江津市議会 1999-12-09 12月09日-02号
◎助役(砂田忠君) 平成16年のインターハイに向かっての成功のために昭和57年のくにびき国体、そして61年のインターハイを体験したものとしてその辺のノウハウということでございますけども、かなり古い過去のことでございまして、今日そのことが役立つかどうかわかりませんけども、先ほど生涯学習課長が年次的にいろいろの準備態勢を申し上げたことに並行いたして、まず施設整備を含めまして、スムーズなやっぱり競技ができるような
◎助役(砂田忠君) 平成16年のインターハイに向かっての成功のために昭和57年のくにびき国体、そして61年のインターハイを体験したものとしてその辺のノウハウということでございますけども、かなり古い過去のことでございまして、今日そのことが役立つかどうかわかりませんけども、先ほど生涯学習課長が年次的にいろいろの準備態勢を申し上げたことに並行いたして、まず施設整備を含めまして、スムーズなやっぱり競技ができるような
鳥取県もちょうど昭和40年代、50年代の前半、私自身が県会に出た当初でございますが、非常に人口減少に悩まされておりまして当時鳥取県は58万人になっておったわけでありますが、今やそれが61万人に戻っておりまして、むしろ勢いは島根県よりは人口少ないんですが、島根県より何かすごく活力がある、そういうところもあるわけでありまして、そしてまたわかとり国体等の国体を契機にして、鳥取の相撲とか陸上とかマラソンとかいろいろ
そういう面で、私も市長になりまして浜田駅を利用することも多くありますが、非常に、先ほど来お話があったように、特に歩道の関係が他の松江の駅周辺、米子駅へ参りましても、これらは最近かなり、この10年来、特に島根国体がありました57年以降、かなり変わっております。
今回、八幡町商店街の街路灯29基であるわけでありますが、昭和56年国体の前年に新設されました。そのとき一斉に各商店街がつくりました街路灯でありますが、かなり老朽化しておりまして一部危険があるというような街路灯がございます。
それから、利便性の問題、さっきおっしゃった国体の関係の、高校総体があったわけですが、これやっぱりJR側も考えてもらわにゃいけんと思うんですね。私が浜田市の実行委員長だったんですけども、実行委員会のメンバーに入っておられるんですよ、JRの人が。
その事務局の中に総務企画部、あるいは宿泊観光部、競技式典部、施設部、運輸部、警備部、市民運動部というような、これちょうど国体のときと同じようなことでございますが設けまして、事務局長は助役でございます。当て職で当てておりますが、そういうような形で体制をつくりまして万全を期したいというふうに考えております。