二戸市議会 2011-02-24 02月24日-一般質問-02号
それから、まちづくり推進事業の補助金の審査につきましても、これはやはり審査に当たる中で、その地域がよりよくなるために使うお金でございますので、そういう意味では全体的にそういう実践をした方、そういう学問をしている方々を含めていろいろアドバイスいただきながら、1つでも2つでもステップアップできるように進めてまいりたいと考えているところであります。 ○議長(佐藤正倫) 小笠原議員。
それから、まちづくり推進事業の補助金の審査につきましても、これはやはり審査に当たる中で、その地域がよりよくなるために使うお金でございますので、そういう意味では全体的にそういう実践をした方、そういう学問をしている方々を含めていろいろアドバイスいただきながら、1つでも2つでもステップアップできるように進めてまいりたいと考えているところであります。 ○議長(佐藤正倫) 小笠原議員。
それから、最近では京都大学のフィールド教育科学センターというのがございますが、そこで森里海連環学という新しい学問の創設のきっかけにもなっているということでございます。
つまり、イーハトーブという言葉はもはや1つの学問体系を構成するというところまで至っているということだと思います。 さて、前置きが長くなりましたけれども、大石市長のマニフェストの中には岩手ナンバーワン宣言が高らかにうたわれているわけであります。そして2010年、ことし以降、合衆市イーハトーブ花巻構想、あるいは地方政府花巻市構想を柱にしたまちづくり第2ステージと位置づけています。
ちょっと学問的になって、難しくなって、私もよくわからないのですけれども、今はやりのドラッカー、ことしの一番売れた本で、女子高生の野球のマネージャーがこのドラッカーのマーケティングを入れたらどうなるかという本がベストセラーになっておりますけれども、このドラッカーの一説をかりたものでございます。
各地域、それぞれ昔から伝承活動をされてきた踊りというのはあるのだと思うのでございますけれども、どういう経緯でこうなってきたかを知っている人がいなくなってしまったというのが悩みでございますので、これを解決するには学識経験者みたいな学問の分野の人とか、あるいは民謡の研究家みたいな人のところへ行って調査、聴聞、聞き取り調査、その他いろいろやらないと、指定になるような書類ができ上がらないのではないかというふうに
食育は、食べ物や食べる行為のみに着目した政策ではなく、食料を得るための環境づくりに始まり、健全な食生活、食の安全確保への取り組み、食文化の伝承など、農業、健康と栄養、生涯学習など、非常に幅広い分野の学問や概念が含まれたものであります。
学問やスポーツ、芸術などさまざまな分野において生き生きと活動し、将来の夢に向かって一生懸命努力している若者がいる一方、フリーターやニートと呼ばれる、社会人としての基礎的資質、能力や、勤労観、職業観の未熟さのある若者の増加がメディア等を通して報じられているところであります。
6点目は、所管課及び関係各課は建築室を中心に縦横に連携し、報告、連絡、相談を密にして事件解決に当たり、上部への指導を仰ぎ、できれば技師は現場での経験を積むことが異論はあろうが生きた学問に通ずると思っております。市長の所見をお伺いします。
また、芦東山記念館では開館3周年特別展として、「仙台藩の学問」の開催、石と賢治のミュージアムでは、「鉱物から賢治の世界を知ろう」などの企画展や各種講座などを開催してまいります。 5つ目に、地域に根ざした生涯スポーツの推進について申し上げます。
ただ、行政の一員として、また政治家として、そういう町をつくる上では、当然市民の皆さんの心の豊かさを得られるような、そういう都市をつくるべきだということで、これは学問的に同じかどうかというのはよくわからないということを申し上げておりますが、ただ、政治家としては、そういう都市をつくる上では当然市民の皆さんの心の豊かさを実現できる、そういう町をつくっていかなければならないし、その実現に取り組んでいきたいということでございます
市民憲章の一項に、教養を高め、誇れる文化を育てますとあり、人生の道は文化の豊かさにある、これは有備館のある岩出山町の学問サミットでの提言であります。 ここでは、芸術、芸能活動について伺います。 今こそ、現在の社会環境の中で、心の豊かさを持つことはとても大切であり、みずからの元気、地域の元気のためにも、芸術、芸能活動の充実とその必要性を痛感しているところであります。
現在、社会の状況は変わっておりますが、まず企業の進出は、高度の技能者を、また学問を極めた者を求め、また上下水道の普及がどの程度か、あるいは新幹線の駅があるか、また高速道路の乗り入れ、また所要時間等々要するなどの条件を満たしたかで進出してきていると思われます。
その後、江戸に戻り、開業しながら翻訳を続け、庶民の要求にこたえる学問を続けました。1838年、「夢物語」を書き、これが幕府を批判したとして投獄されました。1844年、脱獄し、数多くの門人や宇和島、薩摩藩士に守られ、潜行千里、その間も医療や天文学、兵学などの著訳に力を傾けました。そして、薬品で顔を焼き、人相を変えて医療を続け、1850年10月30日、江戸青山において47歳で英雄的な最期を遂げました。
我が気仙地域の産業活性化協議会は、この国の法律に基づきまして本年2月に設立をさせていただいて、私が会長でありますが、いずれ気仙管内2市1町、それから大船渡の地方振興局、それから管内の商工団体、それから学問的立場からの北里大学等で組織をいたしておることは御承知のとおりであります。この協議会では、産業集積の形成及び活性化に関する基本計画を作成いたしまして、本年3月に大臣の同意を得たところであります。
したがって、この際、平泉、中尊寺、金色堂、毛越寺を見ただけで平泉の世界文化遺産を理解したことにはなりませんということを強調しながら、全体として理解いただく、また見ていただく、そういうストーリー性なり、あるいはそういう学問性でもいいですし、そんなことを意識しながら、目で見てわかるものを、あるいは触れてみてわかるということもあるでしょうが、進めることが大事なのかなというふうに思います。
学問的な問題はあるのかもしれませんけれども、イコモスというのはまた別な視点で話をするのかもしれませんけれども、東北大の教授の中で高橋富雄さんという方をご存じだろうと思いますが、何度も平泉についてやっている歴史学者ですが、その方は平泉というのは、文化というのはもともと中尊寺と毛越寺と無量光院、3つだけで十分なのだと、そして何というかというと、こういう部分について話をするということは、少なくとも松尾芭蕉
スポーツでも、学問等の分野でも、大成した人物に共通することは、義務教育段階では、自分の目指すものに直接かかわらないような学習や生活上のことでも、その基礎・基本的なことをしっかり努力して身につけたり、真剣に学んだりしていることであります。例えば、あいさつや掃除をする、校則を守る、家庭の仕事をする、親や友達を大切にするなど、基本的な行いをしっかりやっていることです。
◎教育委員長(沼尻洋一君) 私も日ごろ同じように考えておるものでございまして、学校のほうでは学校として学びフェストというふうなことでの学問と、我々一般にしつけ教育というふうなことで私は考えていますけれども、両方の面で数値目標を掲げてやるというふうなことにはなっていますけれども、学校とそれから家庭の両輪で人権問題を含めた事のよしあしのことを子供に教えていくということが今ちょっと、学校はやっているけれども
◎市長(大石満雄君) 教育の中で特に学校教育というものは、1つには基礎的な学問を身につけるということと、あとは人格を形成することということで、これは非常に大切な分野でありますが、もう一つは、世の中の流れに沿った教育の内容、これも充実させていくということで、これまで日本の国は来たはずであります。
教育委員会とすると、そのことが教育基本法第2条の中に、この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならないと書いてあります。