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12件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

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日付議会議事録名議事録内容
2014-05-29 大阪府議会 平成26年  5月 定例会本会議-05月29日−04号 政界の暴れん坊ハマコーこと浜田幸一さんが言い続けていなければ、一兆四千四百九億円もかけた東京湾アクアラインはできていません。ぜひ、関西広域連合でこの計画の価値を国へ訴えていただきたい。国土強靱化よりは財政健全化を優先すべきだという意見もあるでしょうが、結果として、強靱化予算に十兆円も二十兆円も使うのであれば、積極的に関西への投資を訴えるべきであります。 もっと読む
2002-02-01 千葉県議会 平成14年2月定例会(第5日目) 本文 おまえが政治を志すならば、この支える側で生きるということだとは、私が師事させていただいた元衆議院議員の浜田幸一先生の教えでありました。ところが、最近の印刷物やパソコンの人という字を見ると、支える側がどんどん伸びて支え合うようになっています。具体的には、こういう字から、こういう字を使うようになってまいりました。わかりますかね、この変化が。 もっと読む
1999-10-14 東京都議会 1999-10-14 平成11年行財政改革基本問題特別委員会 本文 浜田幸一さんが石原知事に、石原君に告げるというので本を書かれて、あの中に、東京は必ず地震が来るんだと書いてある。地震に備えろと。私は、地震に一番弱い墨田区に住んでいるものですから。トルコ地震では一万五千人が亡くなったといわれておりますけれども、大正十二年の関東大震災で、墨田区で三万八千人亡くなったんですね、被服廠で。 もっと読む
1997-06-10 福岡県議会 平成9年6月定例会(第10日) 本文 皆さん方の情報公開の実務に当たっている方々が、何を参考にして今運営をしているかというと、「セミナー情報公開」浜田幸一、岩井孝監修という本がありますが、それにこういうことが書いてあります。 もっと読む
1996-09-01 和歌山県議会 平成8年9月 和歌山県議会定例会会議録 第4号(全文) これは作家曽野綾子さんの「あとは野となれ」という著書の一部で、元衆議院議員浜田幸一さんの書いた「不肖ハマコーがゆく」の冒頭でも引用をされているところであります。  西口知事は昨年十一月に知事に就任されてから約一年が過ぎ、和歌山県民の知事に対する評価は、私の知る限りではなかなか好評でありまして、「永井はようやってるよ」とはだれも言ってくれませんが、「西口さんはようやってるよ。 もっと読む
1996-02-01 和歌山県議会 平成8年2月 和歌山県議会定例会会議録 第7号(全文) 私は、昭和五十九年でありましたが、半島振興法制定運動のさなか、当時衆議院議員でありました浜田幸一先生が私に語った次の言葉が忘れられないのであります。「西本さん、我が国が開発途上国に対し、最近欧米に負けぬ援助を行い、それらの国々から非常に感謝され、信頼されています。 もっと読む
1992-09-01 和歌山県議会 平成4年9月 和歌山県議会定例会会議録 第4号(全文) 絶対だめだ」と、当時の浜田幸一衆議院建設常任委員長に土俵際でたたきつけられ、まさに断腸の思いでございました。しかし、玉置先生は静かにそれを耐えられ、黙々と目的達成の日まで最大限のご尽力をくださいました。重い病を人に漏らさず、その最後のエネルギーを半島振興法にかけてくださった玉置先生には、何と感謝を申し上げてよいやらわかりませんでした。   もっと読む
1991-06-21 熊本県議会 平成 3年 6月 定例会-06月21日−02号 〔三角保之君登壇〕 ◆(三角保之君) 六月補正の重点的な事柄については、知事の説明要旨の中に十分うたってあるところでございますが、私どもが後援会などで県政の報告会をいたしますと、この財政問題というのは一つもおもしろくなくて、あんまり聞く方もいないわけでありますけれども、衆議院の浜田幸一さんが予算委員会の代表質問の際に一万円札をこうつくっていきまして、ここからここまでが何費、ここからここまでが何費というふうな もっと読む
1991-06-21 熊本県議会 平成 3年 6月 定例会-06月21日−02号 〔三角保之君登壇〕 ◆(三角保之君) 六月補正の重点的な事柄については、知事の説明要旨の中に十分うたってあるところでございますが、私どもが後援会などで県政の報告会をいたしますと、この財政問題というのは一つもおもしろくなくて、あんまり聞く方もいないわけでありますけれども、衆議院の浜田幸一さんが予算委員会の代表質問の際に一万円札をこうつくっていきまして、ここからここまでが何費、ここからここまでが何費というふうな もっと読む
1990-09-20 大分県議会 平成 2年 第3回定例会(9月)-09月20日−04号 一九八四年九月の中核派による自民党本部放火事件で、自民党の浜田幸一氏は日本テレビ・ワイドショーで「この責任はだれにあるかというと、泳がしてきた我々にある」と語っていましたが、一般事件に比べて極端に低い検挙率が示すように、泳がせ政策は今や国民の常識とさえなっています。  さらに、政府、警察当局は、これらの挑発行動を警備、弾圧体制強化の口実にしばしば利用してきました。 もっと読む
1990-09-20 大分県議会 平成 2年 第3回定例会(9月)-09月20日−04号 一九八四年九月の中核派による自民党本部放火事件で、自民党の浜田幸一氏は日本テレビ・ワイドショーで「この責任はだれにあるかというと、泳がしてきた我々にある」と語っていましたが、一般事件に比べて極端に低い検挙率が示すように、泳がせ政策は今や国民の常識とさえなっています。  さらに、政府、警察当局は、これらの挑発行動を警備、弾圧体制強化の口実にしばしば利用してきました。 もっと読む
1990-03-13 大阪府議会 平成2年2月定例会警察常任委員会-03月13日−01号 浜田幸一さんもそうですね。失礼いたしました。  それから、私たちの党に対しては、黒い車でボリュームいっぱいにして「殺せ」とか「出ていけ」とか、まあそれは聞くにたえない罵声というものを浴びせておるわけです。 もっと読む
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