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2018-03-08 京都府議会 2018.03.08 平成30年子どもの健やかな育みに関する特別委員会2月定例会 本文 2018-03-08

  1. 別 紙               議 事 の 経 過 概 要 ┌                                      ┐ │ 藤山委員長開会宣告の後、藤山委員長から手話通訳3名の出席の報告、出席要求理│ │事者の交替の報告が行われた。                        │ │ 議事に入り、所管事項の調査、閉会中の継続審査及び調査、今後の委員会運営につ│ │いての協議等を行い、閉会した。                       │ └                                       ┘ 1 開 会  (1) 藤山委員長から開会宣告が行われた。  (2) 藤山委員長から手話通訳3名の出席の報告が行われた。  (3) 藤山委員長から出席要求理事者の交替の報告が行われた。 2 所管事項の調査   下記のテーマについて、理事者及び参考人から説明を聴取した後、質疑及び意見交換  が行われた。   ・障害のある子どもの育みについて〜聴覚障害というハンディキャップを乗り越え    て〜 ◯藤山委員長  まず、所管事項の調査についてでありますが、本日のテーマは「障害のある子どもの育みについて〜聴覚障害というハンディキャップを乗り越えて〜」であり、参考人として、一般社団法人京都府聴覚障害者協会青年役員山本真記子様に御出席いただいております。本日は大変お忙しい中にもかかわらず、本委員会のために快く参考人をお引き受けいただき、まことにありがとうございます。  山本様は、聴覚障害があり、子ども時代の困難を乗り越え、現在は企業に勤めながら手話キャスターとして聴覚障害や手話に関する情報発信に取り組まれ、また、一般社団法人京都府聴覚障害者協会青年役員としても御活躍されていると伺っております。  本日は、山本様が受けられた教育や乗り越えられてきた困難等についてのお話をお聞かせいただければと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。  それでは初めに、理事者からテーマに係る説明を聴取いたします。説明は簡潔明瞭にお願いいたします。 ◯南障害者支援課長  皆さん、こんにちは。私は京都府障害者支援課長の南といいます。よろしくお願いします。  本日は説明のお時間をいただきましてありがとうございます。本日は、京都府の事業や条例について御説明をしたいと思います。最後まで手話で御説明をしたいと思うのですけれども、手話を勉強中ですので、手話通訳をお願いします。  座って失礼させていただきます。理事者説明資料となっております資料をお開きください。  まず、京都府におきます手話あるいは情報コミュニケーションに関します歴史的な経過をまとめた資料1ページをお開きください。京都府におきましては、聴覚障害者支援につきまして長い歴史がございます。始まりといたしましては明治11年に古河太四郎氏によりまして京都府立京都盲唖院という学校が創設されました。これが日本初の聾学校と言われておりまして、こちらの学校の創設を機に手話等の教育が始まったというふうに言われてございます。また、その後ですけれども、昭和に入りまして昭和38年、京都市手話学習会「みみずく」が結成と書いてございます。日本初めての手話サークルの創設も京都で行われたということになります。また、その後も昭和57年、いこいの村栗の木寮という、綾部市にございますけれども、日本初の重度重複聴覚障害者の入所施設の開設でありますとか、全国唯一の全国手話研修センターが嵯峨嵐山に開所するなど、京都府におきましては長い歴史の中で全国に先駆けて聴覚障害者支援の取り組みを進めてきているところでございます。この間、国連の障害者権利条約でありますとか、それを受けました国内法障害者基本法でありますとか障害者総合支援法の施行等もございまして、手話が言語であることというのを法令等でも明記をされるというようなことが進んできているという状況でございます。そうした中で、京都府におきましては平成27年4月から「京都府障害のある人もない人も共に安心していきいきと暮らしやすい社会づくり条例」を施行いたしまして、共生社会づくりを進めてきているところでございます。また、同じ年には、京都市には従前からございましたけれども、京都府の聴覚言語障害センターを城陽市に開設いたしまして、聴覚障害者の方の支援を進めてきております。  2ページ以降、聴覚障害のある方の現状をお示ししております。2ページは手帳の交付者の人数をお示ししております。全体の傾向と同様でございますけれども、やはり高齢化に伴いまして高齢の身体障害の方がふえている状況がございます。また、その下には聴覚障害の関係団体の協会員さんの人数等も記載をしてございます。一方で3ページに行きますと、そうした聴覚障害のある方を支える支援者の状況も書かせていただいております。手話通訳要約筆記、それから盲聾の方向けの介助員、それぞれ登録者数を記載しております。全体としては、平均年齢を見ていただければわかりますとおり、大体55歳前後ということで、支援者の高齢化も進んできているのが現状でございまして、若い方がこうした支援者になっていただくことがこれからの課題になっているところでございます。  続きまして、4ページ、5ページが京都府の今の聴覚障害のある方に対する施策をまとめた資料でございます。聴覚障害のある方の支援につきましては、乳幼児期から老年期までさまざまな取り組みを現在も進めております。特に乳幼児期につきましては、上のほうにございます南部難聴幼児サポートセンター事業ということで、先ほど御紹介しました城陽市に設置しました府のセンターにおきまして、早期からの手話教育等を含めた事業を実施しております。また、手帳等をお持ちにならない軽度、中度の難聴の方に対する補聴器の給付事業等もさせていただいている状況でございます。また、青年期、壮年期につきましては中途失聴等の方に対する教室の開催でありますとか、あるいは聴覚に障害のある方に対する、きょうもお越しになっておられますけれども手話通訳者等の意思疎通支援を行う方の派遣事業、あるいは都道府県として実施しております専門的な通訳者等の養成事業、こうした事業を京都府として実施をしているところでございます。詳細は5ページに記載しておりますので、ごらんおきいただければと思います。  6ページ、7ページにつきましては市町村のほうで実施されております手話通訳あるいは要約筆記等の派遣の状況でございます。人口比等もございますけれども、やはり京都市内でありますとか大きな都市に多くなっておりまして、小さな市町村でありますと派遣がない市町村等もある状況でございます。  こうした現状、課題等も踏まえまして、この2月の定例会に私どものほうから「言語としての手話の普及を進めるとともに聞こえに障害のある人とない人とが支え合う社会づくり条例」という条例案を提案させていただいております。この条例につきましては、さまざまな課題がある中ではありますけれども、やはり手話というコミュニケーション手段がなかなか普及、認知されていない現状、あるいは聾者の方以外の難聴の方でありますとか盲聾の方、さまざまな聴覚障害の方がいらっしゃいますけれども、そうした方への理解、あるいはそうした方のコミュニケーションの普及等がなかなか進んでいない、理解も進んでいない状況を踏まえまして、こうした条例を提案させていただいております。具体的な内容につきましては、先ほども冒頭に御紹介いたしました京都府におきましては、共生社会を推進しているという中で、聞こえに障害のある方全てを支えるための条例にしたいということで、もちろんいわゆる全国的に言われております手話言語条例の要素も入っておりますけれども、それに加えまして難聴の方、中途失聴の方、盲聾の方のコミュニケーション手段の普及等もしっかり位置づけている条例になってございます。  具体的な内容については真ん中の箱に記載しておりますけれども、特に他府県等と比べても踏み込んでおりますのは手話での学習機会の提供でありますとか、手話でのコミュニケーション、あるいは手話以外のコミュニケーション手段を学ぶ機会の確保ということで、特に聾学校におけます教育において手話を学ぶこと、それから手話で学ぶこと、それから学校の中で手話でコミュニケーションをとることをしっかり位置づけまして、条例のほうに明記をさせていただいております。また、そうしたことを府民の方にも理解をしていただくための啓発等もしっかり実施していくということで、条例に位置づけをさせていただいております。こうした条例につきましては、特に私ども行政側からの提案という形ではまだそれほど例はございませんで、こうした形での条例というのは全体の都道府県の中では4例目になっております。知事提案というか行政側の提案という意味では2例目ということになってございます。  こうした条例に合わせまして、来年度の予算事業につきましても、今議会に提案させていただいております9ページの資料になります。この条例を受けまして、しっかりこの条例の理解、普及啓発、それから聴覚障害のある方の社会参加の推進、府民理解の促進を進めるために、まず聞こえのサポーターの養成ということで、聴覚障害のある方の理解を進めるとともに、手話でありますとか要約筆記、盲聾の方の通訳介助に関する理解、あるいは普及を進めるためのサポーター養成について来年度取り組んでいきたいというふうに考えております。また、あわせましてこうした条例を契機に、当然私ども京都府の事業、イベント等での手話、要約筆記等の導入を進めていくとともに、庁内、学校、それから警察等も含めましてそういったところの手話研修等も充実させていきたいというふうに考えております。予算事業等の詳細につきましては最後のページの10ページに記載してございますので、ごらんおきいただければと思います。  簡単ではございますが、私のほうからの説明は以上とさせていただきます。 ◯藤山委員長  次に、参考人の御意見を拝聴いたしたいと思いますが、説明の準備が整うまでしばらくお待ち願います。  それでは、山本様、よろしくお願いいたします。 ◯山本参考人手話通訳)  よろしくお願いいたします。本日はお世話になります。京都府聴覚障害者協会青年部の山本真記子と申します。よろしくお願いいたします。本日は小さいときの経験、そして学校生活の中で困ったこととか、それ以外いろいろ数字をもとにしたデータもあわせて、聞こえない若い人たちの子どものときの様子、聞こえない子どもを持った親、そういった支援についてお話をしたいと思っております。  聴覚障害者の現状ということからお話しさせていただきます。まず、御想像いただけると思うんですが、まず聞き間違いが多いということですね。聞こえない人たちはそういったことの大体のイメージで通じているように思ってしまうわけですね。ところが大きな誤解が生じているということがあります。聞こえる人たちが言われることについて十分通じていると思ってしまいますが、後になってからどうもそれが食い違っていると、そういったことが起こってきます。周りの気配とか様子ということをつかむのが苦手で、突然後ろから声をかけられても気がつかなかったり、今動くべきというようなときに、そういったところで見て判断して、すぐ動かなければいけないということを判断するときが非常に難しくなってきます。私の経験ですが、道を歩いているときですね。車が後ろから近づいてきても、車の音がわかりません。大分近づいてきてもわからないわけです。車が通り過ぎた後に、本当に二、三十センチぐらいのところの脇をすり抜けていくといった、そういった経験もあるわけです。  また、会話に入っていくことが難しい。相手の人と1対1でお話しするときは聞いたりできますよね。話もまあまあスムーズにいけるんですが、集団になってくるとどうしても話から置いていかれます。皆さんが話しているところに入っていけないわけです。その結果、私は黙ってしまって何も言えないんです。ほかの方から見られても、恥ずかしいんだろうかとか、おもしろくないんだろうか、そういったふうにも見られてしまう場合もあります。本当かどうかわからないんですが、笑っていますよね。何で皆さんが笑っておられるのか本当は聞きたいことがたくさんあるんですね。ところが、そうすると皆さんのお話を中断させてしまうわけですね。そこで話の流れがとまってしまうというのは非常に何か申しわけない気持ちで、少し遠慮してしまうことがあります。楽しそうに笑っておられるので、同じようににこにこしている、笑顔をつくってしまうこともあります。  後で小さいときのお話をしたいと思うんですが、私は、18歳のときに手話を覚え始めたんですね。その前は手話というのができていなくて、聞こえる人の中に入っていって、そういった会話もなかなかうまくできない。ところが、聾の世界に行くと手話でしゃべられている。でも、そっちもわからないわけですね。私としたらどっちに立ち位置があるのかわからない状態でした。聞こえる人のところにも行けない、聾のところにも行けない。どっちだろう、どっちに行こうということで、結局孤立してしまって、非常に寂しかったという思い出があります。  職場とか学校生活についてなんですけど、ルールが決まっていますよね。ルールの内容がわからなくてルールを破ってしまったり、わからないまま自分勝手に進んでしまったりというときがあるんですね。そういったことで失敗も結構ありまして、そういったルールについて、わからないままで来たように思っています。  私も時々なんですけれども、やっぱり全て理解できているわけではなくて、依頼をされても、頼まれてもいいよということでやるんですが、実はその意味が余りわからなくて、こういった意味でやってほしかったというふうな依頼の内容だったということも多々あるわけです。聞こえないというのは個人個人違いますけれども、軽い難聴の方もおられるし、重い聾者と言われる人もいるわけです。私の場合は口を読み取ることを小さいときからやっていましたので、何とか口を読み取ることができます。でも、口を読み取ることができない方もおられますし、発声できない人、声なしで手話だけの方と、いろんな方がおられるわけです。そういった状況が今まで積み重なって聾の人が個人個人違うんだなということを皆さん頭に入れていただいたらありがたいなと思っております。  また、よく言われることなんですが、補聴器をつければ聞こえるようになるのではないのかということをよく言われるんです。確かに少しは聞くことができます。例えば、物を落としたりとか、誰かが声を出されたという、そういった声は補聴器を通じて入ってくるんですが、はっきりと元の音がどんな音だったのかとか、誰がどんな話をしているのかというのがなかなかつかめないですね。イメージでいいますとこんなふうに、例えばこういった難聴者の補正の音、聞こえる人がこういう聞こえ方のところなんですが、それを文字ではっきりこういうふうに書けますよね。そう言っておられるのが。ところが、聾唖者が補聴器をかけて聞いたその聞こえの感じがこんなふうに非常に崩れてしまっているというふうになるんですね。難聴者の「な」ですけど、「ん」が小さいとか、ところどころ大きくなったり小さくなったりゆがんだり、そういったことがあります。わかるところ、わからないところ。わかるところだけつなげて自分でイメージをとって全体をつかんでいるような、そういった形で私たちはわかっていると思っているわけです。相手の口を頑張って読み取らなければならないと思うんですけれども、それについては、とても緊張の連続なんですね。日常生活の中においても一緒に住む家族、一番身近なコミュニティということですよね。そういったコミュニティの中での理解がないと非常に辛いわけです。手話を覚えてくださいということでもないんですけれども、聞こえない状況がどんなふうなものかということをまずわかってもらうだけでも非常に助かります。  次に、こちらのプロジェクターのほう、もう少しあとで数字やデータを根拠としたお話をしたいと思います。これとは別にお話ししたいと思います。  私は京都府の京丹後市で生まれました。聞こえないとわかったのが私が1歳10カ月のころですね。2歳ちょっと前のころでした。家族とか親戚の中で聞こえないのは私一人なんです。両親は私が生まれた後、私が聞こえないとわかって非常にびっくりして、戸惑ったようです。障害がある人と接する経験がなかったので、家族の中に聴覚障害を持つ子どもがいるということは非常に戸惑ったというふうに聞いています。家族はそれも含めて私を特別扱いではなくて聞こえる子どもとして同じように育てていったと思います。3歳になって母が厳しく私を指導というか教えることが始まったわけです。3歳、4歳ころというのは8時か9時ぐらいに夜寝るわけです。私の場合は11時、12時に寝るのが当たり前という生活になっていました。私には、姉が3人います。お母さんの仕事が終わって、ほかの姉たちは寝てしまっているんですけれども、そこから私と1対1で勉強が始まるわけです。11時、12時ぐらいまで発声の練習をしたり、お話しする練習をしたりしておりました。寝る前に本を必ず一緒に読むわけです。そのときにお母さんは結構ほかの聞こえる子どもと同じように育っていってほしいと、おくれないようにという気持ちで、それで読めない、書けないというのではなくて、すぐにそういったときには細かく説明してできるまで私に教えてくれるわけです。そのとき、小さいときというのはお母さんのイメージというのは非常に怖いお母さんと、それが頭の中にしみ込んでしまって、何かしても怒られるのではないかと思ってしまうわけですね。いつもよりもお菓子を少したくさん食べ過ぎた、テレビを少し長いこと見てしまったときには、またお母さんから怒られるのではないだろうかという、すごく不安というか心配でした。後で説明させていただきますが、聞こえる両親のところで聞こえない子どもが生まれるというのは、大体両親は厳しく指導するという方向になるだろうというふうに聞いています。  私の住む地域は京丹後市ですけど、聾学校がないんですね。一番近い聾学校が舞鶴聾学校です。府立聾学校の分校だったんですけれども、私の家から車ででも1時間半ぐらいかかるような場所にあって遠いわけですね。保育園に通いながら毎週1回だけその舞鶴分校のほうに通いました。耳の検査とか発声練習、そして言葉、読み書き、そういったことを教わりました。近くに聾学校がないので、通うために寄宿舎で生活する子どももいたわけですが、私の場合は両親の判断もありまして、いつかは社会に入っていくということで、聾学校の中で学ぶのもいいんだけれども、将来のことを考えて聾だけの社会ではなくて、その後、健常の社会に出るのは心配だということがあって、普通の学校に通ったらどうだというようなことで、そういう方針に決まりました。  先ほどもお話ししましたけれども、4人姉妹の末っ子です。母は私を産んだ後に聞こえない娘を教育することに一生懸命になって、上の3人の姉に接する時間がすごく短くなったようです。周りの子どもたちは家族といつもスムーズに話をしている、楽しそうに話をしているのを見て、いいな、うらやましいなと小さいときから思っていました。なぜみんなそんなにスムーズに話ができるんだろうかとも思っていました。小学校に入ってから、今よりももう少し聞こえていましたが、だんだん年が上がるに従って聴力も落ちてきました。私が小学校のときには両方補聴器をつけていました。少しは聞こえる、声の判断ができたんですけれども、左耳の神経が壊れて、今は左耳には補聴器をつけておりません。人によって違うんですけれども、聴力が落ちる人もあれば、ずっと平行線でそのまま行くという方もあります。私の場合は聴力が落ちていきましたので、今は右だけ、仕事のときに人と話をする必要がありますので、右だけつけております。小学校のときには今よりも聞くことができましたので、音声拡大用のマイクを先生につけてもらいながら授業を受けました。でも、学校では突然部屋を飛び出して遊んでしまったりとかいうこともありました。ほかの聞こえる子どもたちはまじめに座って先生の授業を聞いているんですけれども、それができる皆はすごいなと不思議に思っていました。私はできないので、なぜかなとも思っておりました。  自覚はなかったんですけれども、知らない間にストレスがたまって、精神的な病気が出るようになりました。2つあります。1つは指の皮をめくるようになったんです。暇があれば鉛筆の先でつついて皮をめくる。授業中または家にいるときめくり続けて、それをしている間は気持ちが落ちつくんです。ストレス解消ができる。よくないのはわかっているんですけれども、やめられない。初めは指の先だけだったんですけれども、だんだん第一関節から下にまで広がっていって、指全体をめくるようになってしまいました。これは強迫性皮摘み取り症と言われ、皆さんに認めてもらいたいという気持ちが強く出ていました。そういう病気があるということを後で聞きました。2つ目は、毎日せきがとまらないようになりました。風邪でもないし、ぜんそくでもない。けれども、せきが出るんです。せきをしなかったら落ちつかない。そういうことも起こりました。そのときに両親が何か病気ではないか、せきを長いことしている。おかしいということで病院に私を連れていって診察をしてもらいました。けれども異常はない。せきの理由はわからないという説明を受けました。聞こえない子どもを教えている先生からお話を聞きますと、聞こえない子どもには時々そういう精神的な状態があらわれるということを聞いています。自分では気づかないうちにストレスや、周りにもっと認めてもらいたい、一緒に参加をしたいという気持ちを持っていたのかもしれません。両親が、私が聞こえる学校の中で一人だけ聞こえなくてみんなから取り残されているのではないかと心配して、1対1で特別に教えてくれる先生を探して、私が住むまちの隣のまちの元小学校の先生、退職された方なんですけれども、とてもいい先生がいるとお話を聞いて、その先生にお願いをして、おうちに行って、私の娘は聞こえないんですけれども、みんなから取り残されたら困りますので教えてもらえませんかというお話をして、結果、認めてもらって1回3時間、毎週3回か4回ほど通っていました。一緒に勉強しました。その先生は、机の上の勉強だけではなく、社会の動きとか、自然の花がきれいとか、この川はどこどこにつながっていてとかそういう一般的な知識も教えてくれました。机上の勉強だけではなく、生きていく中で必要な幅広く見られるようなお話をしていただきました。一緒にお弁当を持って出かけて公園で食べる、話しながら食べるということもありました。学校の中で友達が余りいませんので、その先生の家に行って話をして、学校であったことを報告をして聞いてもらう。それで心が落ちつきました。そのときの会話の方法は口話なんです。先生も手話ができないし、私も手話ができませんので、筆談することもなく口話でお話をしました。先生のおかげで勉強も何とかおくれずついていけるようになりました。先生のおかげと感謝しています。  小学校の高学年、5年、6年になったときに、中学生になるのがなかなか難しい年になりますね。社会性もついて、周りの状況を自分の判断で動くようになります。でも、周りの人たちはできるんですけれども、私はできなかったんです。そのころから目立ち始めていました。小さいころは、一緒に動いていたんですけれども、だんだん大きくなってきて、どうしても皆から離れてしまうようなことが起こってきました。周りの状況に合わせて動けませんので、悪いように見られたりとか、意見が違って会話がずれたときにけんかもしました。同級生の人たちとだんだんギクシャクするようになりました。何か言われたら私も言い返すようになって、ほかの人と心を通わせて話すようになれず、だんだん孤立していました。人脈というのは全然なかったです。毎日暗い悩みを抱えた生活をしていました。振り返ってみると、それもいい経験かなと思います。  高校卒業のときには手話ができませんでした。基本、口話で会話をしていました。1対1でしたら何とか話せますけれども、聞こえないといっても、高齢の方のように少し耳が遠い感じで、口を大きく開けてもらえば話が通じる、少し聞こえないぐらいかなというふうに誤解をされて、余り私が困っているようには見えなかったようです。実は困っているんですけれども、皆さんからは困っていないように見えて、いろんな協力が得られなくて、大丈夫かなというふうにほっておかれていました。学校の中で友達がいませんので、基本的にいつも一人です。でも、自分の判断で動いてしまって、周りに「助けてください」とか「教えてください」とかがだんだん言えなくなってきました。遠慮する気持ちのほうが先に立って、会話する回数がどんどん減っていきました。朝学校に行って、おはようと挨拶をする人も少なくて、おはようと言えればいいほう。ほかの人と映画見たとか普通の話をすることができたらとてもいい日。毎日誰かと話せないのが当たり前というふうな生活を送っていました。  学校生活の中で困ったことで特に忘れられないことを幾つかお話ししたいと思います。1つ目は、授業をやっている教室が突然かわるときがあります。例えば映画を見て勉強をするとき、いつもの教室ではなくて機械がついている別の教室に移動しますね。誰かが、きょうはここでなくてあっちというふうにみんなに呼びかけてみんなが行くんですけれども、私は聞こえないので誰もいない教室にひとりでぽつんといる。みんなどこに行ったのかわからない、授業が受けられないということもありました。2つ目は、あなたのクラスはいつも集まりの状況が悪いというふうに指摘されたことがありました。授業の始まる5分前には皆さん席についてくださいというルールがあったらしいです。私はそれを知らなくて1分前にいつも座っていました。1分前に行けばいいと思っていたんです。ゆっくりお手洗いを済ませて、1分ぐらい前に部屋に入っていくと皆さんもう座っているんです。私が開けたらシーンとしている。あらっと思って、開けたときにみんなが怖い顔をしてこちらを見る。ルール破りというふうに言われました。そういうこともあります。  そしてまた中学生のときに、修学旅行がありますね。そのとき私たちの学校東京修学旅行に行ったんです。東京に行ったときにいろんな場所を回るわけですが、そのときにグループ活動で回るわけですね。そういったことをやりなさいと言われたんですね。クラスの中のグループで行くわけですが、私は皆さんについて行ったらいいわと。道に迷うこともなく、みんなについて行ったら大丈夫だろうと。そういうふうに思っていたんですね。ただ、ばらばらになって結局一人になってしまったんですね。どこにいたらいいのかわからなくて、最後の集合場所も結局わからなくなってしまったんですね。同じ中学校制服を着ている人を見つけて、探して、あそこにいるし、あそこについて行ったらいいというふうに思って、一緒に行ったらいいのと言えないから、そういった同じ中学校の人に10メートルぐらい離れてついて行ったわけですね。その日、修学旅行の最後の日だったんです。明日には修学旅行が終わって帰る日だったんですね。そろそろ家族にお土産も買うと。そういったこともありまして、お店に行ってお土産を買っていたわけですね。そして、お土産の袋を持って集合場所に向かって行ったら、みんながまたすごく怖い顔で私を見るわけです。何だろうと思って聞くと、解散する前に実は先生からお話があった。時間の問題で買い物はだめと、ここは時間の都合で買い物をしたらいけないという注意を言われていたんですが、私にはそれが聞こえていなかったわけですね。そのとき先生に呼ばれまして言われたのが、「ルールを破った。ほかの人たちは買いたい、買うつもりもあったけど買えなかった。みんなはルールをきちんと守って買わなかったんだよ。あなただけ買った。ずるいんじゃないか」ということを言われまして、皆さんに対しておわびをしなさいということを言われたわけです。みんなごめんなさいというようなことを謝った経験がありました。そのときは14歳で中学生です。言われたまま、私が悪かったのかと思って謝って、ごめんなさいということで済んだわけですが、そのとき聞こえないことを説明できていたらと思うと、非常に悔しい思いがあります。自分の聞こえない障害ということが何なのかということをきちんと把握して、それをその次に周りの人に説明するということは非常に大事なことだなというふうに思っています。  私は手話を覚えたのが18歳ですが、それまで毎日不安だったんですよね。聞こえない先輩の方と会いましてお話しする機会がありました。そのときに先輩の人にアドバイスをもらいました。何かといいますと、まず手話を覚えたらどうかということを言われて、手話を覚えたら、自分がまずそこから道が開ける。それで次にまた聞こえないということを周りにもアピールできるんだよと。そうすると暮らしやすくなるかもしれないねということを言われたわけです。それをきっかけに手話を学び始めて、高校生のとき、地元で手話教室というものがあったわけです。私は手話がわからないときは本を見たり、地域の聞こえない人や聾の人にも少し教えてもらいながら、少しずつ手話を覚えていったわけです。大学に入ってからは手話サークルがありましたので、そこに入ってそこで手話を覚え始めたということです。  その後、仕事に入ってから、今も活動しているのは聾唖協会なんですね。いろんな聞こえない人とそういった協会を通じて初めて会いました。聞こえない人に会う、そういったきっかけというのは珍しいですね。聾唖者がほかにもいるんだ。私は聞こえる者の中にいたので、そのときに、たくさん聞こえない人がいるんや、いっぱい会えた。そこではみんな手話でお話ししている。そういったこともあって手話での時間もふえて、手話を覚えることができました。そういったことできょうまでやってきたわけです。  私の経験のまとめといいますか、そういったことを今まで述べさせていただきました。次にデータを根拠としたことでの報告に移りたいと思います。スクリーンを見てください。  聞こえない人のうち何%ぐらいが手話を使っているのかということですが、よく聞く話では、聾唖者というのは、ほぼ手話を使っているのが当たり前という声も聞くのですが、日本では大体20%ぐらいと言われています。私は聾学校には通ったことがなくて、地元の学校に通ったわけです。手話を知らないまま大きくなった人もいます。  世界で見ると、もちろんたくさん聾者はいるわけですけど、世界で見ると手話を使っている人のパーセンテージというのは非常に少ないわけです。4年前にフィンランドにあります世界聾唖連盟というところに研修に行く機会があったわけです。その結果によりますと、世界の1%ぐらいの人が手話を使っているというふうに言われています。聾者のコミュニティがそれぐらいですのでなかなかしっかりしていない。集まる場所も余りない。聾学校もない。そういったところで、もちろん書いたり読んだりといったこともなかなかされていないという現状も含めてお話を聞きました。先進国では手話でいろんなことが行われているという報告もそこで聞きました。  少し前のデータですけれども、障害者社会参加促進等に関する国際比較調査の結果です。手話を知っているということで98%。皆様もちろん御存じですよね。手話というものがあるということを知っておられると、そういった数だと思うんですね。日本人の中で98%ぐらいの人が手話を知っているということです。そしたら、なぜ手話を使っている聾唖者の子どもが少ないのかということについて、少し説明したいと思うのですけれども、聾唖者が手話を習得する年齢です。それについての質問をした結果です。聞こえない人が手話を獲得して習得したりする年齢は、ばらばらだという結果です。私が入っている聴覚障害者協会のメンバーの中で、小さいときから手話を使っていた人もいますし、大学生ぐらいになってから手話を始めた、覚えたという人もいます。そういったことでも年齢ばらばらです。このグラフを見ると5歳未満で手話を始めたというのは11%です。次に6歳から18歳ぐらいまでです。学生生活の中で覚えたという人の割合が一番多いです。それを足すと半分以上になると思います。大きくなって手話を覚えたという人のほうが多いということです。聾の子どもの教育と言葉の習得の環境が整っていないということです。聞こえる子どもたちは言葉を獲得するのは1歳か2歳ぐらいです。でも、手話を獲得するということになると、それに比べると年齢が高くなってからだと思います。それがなぜかといいますと、聾者の90%が聞こえる親から生まれると、そういった結果が出ています。聞こえる親ですので親が手話を知らない。親自身が手話を知らないので、手話を獲得し始めることがすぐにはできないです。  前のグラフに戻ります。「職場でのコミュニケーション方法は何ですか」という質問ですけれども、その結果を見ますと、「職場で手話を使いません」という人が半分以上です。手話を使う場合の例ですけれども、聾学校の先生であるとか聴覚障害者に対しての仕事、そういったところの施設にいる人は手話を使うのですが、口での仕事、筆談とか、時々手話通訳を使う人も中にはいるということですが、ほぼ口話というか口でしゃべるか筆談になる。そういったところで働いている人が多いということです。  次の質問ですが、家族の中でのコミュニケーションの方法についての質問です。家族会議に参加できないという人が62%もあるのです。お正月のとき両親や親戚とかそこの子どもたちが集まってみんなでお話をしたりしますね。私自身、やはりそこには入っていけないんですね。今、誰がどこそこの中学校に入ったとか、誰それちゃんが仕事をし出したとか、いろんなお話をされるんですが、私にはわからない。終わってから親からこうだったよという報告をもらうわけです。みんなが笑いながらしゃべっている、そういった場には私は入っていけなかったわけです。家族は私も一緒に楽しんでいるだろうというふうに思っていたと思うんですが、親も家族会議というんですか、そういった家族との会話でも楽しんでいたんだろうなというふうに親は思っていたと思います。  社会の生活の中で一番小さいコミュニティというのは家族ですよね。その中の家族の中でのしっかりしたコミュニケーションがとれるかどうかということで、聾者というのはその点難しいと思うんですね。両親が聾であったりとか、家族の中で聾者がいるとか、また手話ができる人がいる場合というのは余り孤立することはないかもしれませんが、どうしても聾者が一人だけだと孤立というかひとりぼっちになってしまうわけです。コミュニティの中で一番小さなコミュニティである家族でのお話し合いというのができない。そのために言葉の発達にも影響があったというふうに思います。経験を結びつけて言葉を獲得することが、家族の中の経験であわせて言葉を獲得していくということが非常に大事だったなと思っています。  改めてこの表を見ていただきたいんですが、先ほど聾の子どもの親は90%が聞こえる親であるという結果を言いました。次に、同じ聾者同士で結婚する比率も結構高いですね。聾同士で結婚して、生まれた子どもというのは聞こえる子どもが多いです。結果的に聞こえる人に比べて、聞こえない者というのはコミュニティの中で簡単にお話しできる環境が非常に少ないというか小さいコミュニティでしかないということがこの表であらわしていると思います。先ほど私は両親に教えてもらって、お母さんが怖かったという思い出話をしたと思うんですけれども、聞こえない子どもを持つ親が子どもの将来を心配するために厳しくなるというようなことで、叱ってしまう、教えてしまわないといけない、それが圧迫になり、いつも怖い不安な生活をしていたというふうになります。そういったことの課題はあると思います。もし親が手話を覚えられる環境があれば、そういった中で育てていければ子どもとのコミュニティも同じように発達していったと思うんですが、そういった社会をつくっていくことが今の私たちの運動だと思うのです。そういったことが課題であると思っています。  先ほどもお話ししました「90%ルール」というのがあります。ごらんいただいたとおりです。参考までに、現在の京都府立聾学校教育方法について少しお話をしたいと思います。聾学校といっても教える方針がいろいろで、口話教育で進んでいる学校もあれば、手話教育で進んでいる学校もあります。京都府立の場合は手話または指文字、口話、筆談、身振り、もともと残っている聴力を使って教育を進めるというふうになっています。私は通った経験がありませんので、聞いた話ですけれども、このポイントは、先生や聾の子どものコミュニケーション、縦のコミュニケーションはできているんですけれども、子ども同士の横のコミュニケーションができないという課題があります。それは子ども同士のコミュニティがつくられていないということになります。京都府立聾学校に通ったことのある聴覚障害者からの意見を聞きますと、聞こえのレベルがばらばらなのは、置いておいて、まず手話で勉強をする。その上で個人個人の子どもに合った勉強方法、コミュニケーション方法を使う。そうすると子ども同士がコミュニケーションをとれる。そういう声を聞いています。  では、まとめに入りたいと思います。まず、教育の課題は、聞こえない子どもだけではなく両親に対する支援も大事になります。子どもが自分では決められないので、子どもが小さいときに子どものことを決めるのは親がします。その親の決定も自分では判断できないところがありますので、皆さんとか聾学校とか耳鼻科の先生方のアドバイスが必要になります。大切になります。問題はいろいろあるんですけれども、それを解決するために、例えば子どもデイサービスの取り組みをする。子どもが放課後に集まって交流や勉強をするところをつくる。また、放課後の取り組みとして難聴者、聾者のサポートをする体制をつくる。私の場合は小さなまちで育ちましたので、近くに放課後デイサービスというのはありませんでした。先ほども説明しましたように横の友達のつながりが少なかったです。そのときは一人で暮らしていたんですけれども、もしこういう取り組みが身近にありましたら、さらに早い段階で友達や聞こえない方ともっとコミュニケーションがとれたと思います。  私も含めて聴覚障害者が持っている問題として、音声優先の社会で、目で見て情報を得て、そのときに合わせて動けるような社会になったらと思います。背景を理解することができる、できないでは大きな違いがあると思います。また、聾の子どもを持っている両親の課題としまして、今、人工内耳がはやっています。昔は人工内耳の技術が余りありませんでしたので、補聴器をつけるとか、補聴器なしで普通に生活をしてきました。今は人工内耳を手術する子どもがふえています。そういう医療モデルだけ進むのではなく、何かお医者さんが聞こえない子どもを見て、「障害が重いですね。この子は聞こえないですね。人工内耳が要りますね」という説明をされると聞いています。人工内耳にはメリットもあり、デメリットもあるということをきちんと説明をした上で両親が決めるということをお願いしたいと思います。十分知識がないまま人工内耳の手術をして、手術が失敗したとか、毎日いろいろしなければいけないことが、後になってわかって困ったという問題も起こっています。十分な情報をきちんともらった上で両親の判断ができる、そういう取り組み、環境が必要になります。いろんな選択肢があるということを本人と、また周りの人たちが理解する必要があるということです。  最後になりますけれども、今、手話言語条例に向けて取り組んでいただいていると思います。今回の話と別の話になるかもしれませんが、この条例がもうすぐ決まるという話を聞いています。決まった後も皆さんも議員としてもっとよりよい社会になるように御協力をいただけたら非常にうれしいです。そして、教育の現場では聞こえない子どもたちが豊かに生活できるようになるために環境整備をしていただき、いろいろな取り組みに力をかしていただけるとありがたいです。  少し緊張して手話も下手で申しわけございませんでした。これで終わりたいと思います。 ◯藤山委員長  ありがとうございました。  説明はお聞き及びのとおりであります。もとの状況に復するまでしばらくお待ち願います。  本日の所管事項の調査におきましては、テーマについて、参考人も交えて、委員間の活発な意見交換の場となるよう運営してまいりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。  それでは、御意見、御見解等がございましたら、御発言願います。   (発言) ◯浜田委員  浜田と申します。  まず、参考人の山本さんにお聞きしたいと思います。きょうのお話を聞かせていただいて私が一番感じたのは、視覚障害者と聴覚障害者の違いということについて非常に感じました。先ほどお話の中で、困っていることがわかってもらえないというお話があったと思いますが、例えば視覚障害者の場合は皆さん白杖を持っておられて、白杖デーというのを毎年やられているのですが、そのときに「何か困ったことはありませんか」「何かお手伝いできませんか」と声をかけてくださいというふうに我々に言われるわけですけれども、聴覚障害者の場合にはそういうことがなかなかわからないですよね。そういうことをわかってもらえるような工夫であるとか、何かそういうことは考えておられないでしょうか。 ◯山本参考人手話通訳)  私の場合は補聴器が見えるようにしています。それから、2つ目は常にメモを持ち歩くようにしています。時々声をかけられますけれども、「済みません。聞こえませんので書いてください」というふうに書いて出すと、「あ、いいです」というふうに行かれてしまうことがあるんですが、聾者ですけれども、もし要求があればきちんと対応できますので、書いていただくこともあります。コミュニケーションは切らないようにしたいと工夫はしております。「聞こえないのですけれども」と言うと、「あ、いいです」と言われることがありますが「話してください」というふうに書いて出します。聾者のコミュニティの中で、集団の中で仲間がひとりだけだともったいないですので、聾集団だけではなくていろんなところに入っていきたいと思って取り組みをしております。行事などでも筆談用の紙を持って提示をしたり、聾者ですけれども、コミュニケーションができるように、獲得できるようにしているとか、手話もいろいろありますので、地域地域によって手話もそれぞれ違いがありますので、その手話などもお伝えして、やってみませんかというふうにお伝えしたりしております。お答えになったでしょうか。 ◯浜田委員  よくわかりました。私がもしそういうふうに言われたときに、障害者支援課長のように私は手話できませんので、筆談でしかないと思います。そういうメモを出していただくというのは非常にいいなと思いました。ぜひ協力させていただきたいと思います。  もう一点お聞きしたいのは、先ほどお話の中で、山本さんの場合は聾学校が舞鶴にあって、1時間かかるので普通学校に行ったということですけど、もし近所や近いところに聾学校があったらやっぱり聾学校に行こうと思われましたでしょうか。 ◯山本参考人手話通訳)  両親の判断になると思います。私の想像ですけれども、やはり一般の普通学校に行ったと思います。それぞれ一人一人違いますので、聾学校ですと、同級生でも、同じような年代でも2人、3人の小さな集団になります。それをいろんな人たちとの交流を求めて、よりたくさんのところから学ぶというふうな考え方だったと思います。舞鶴は、小さな学校で通っている子どもも少なくて、勉強がわからないから放課後に教えてくださいとか、学校に通ってはいないんですけれども、時々来られる子どもがいて、そのような方法で教育を受けると。困ったり悩んだときにも行って話を聞いていただいたり、問題解決ですとか気持ちの部分のストレス解消ですとかそういったこともできたと思います。そういったことができればよいかなというふうに思います。 ◯浜田委員  今現在、府立の聾学校京都市内の御室に本校があって、舞鶴に分校があるということなんですけど、それで十分なのかというのは私は少し思っていまして、協会さんではこの聾学校をもっとふやしてほしいというような要望などはあるんでしょうか。 ◯山本参考人手話通訳)  聾学校に対する要望はないと思います。私の説明が、少し不足していたかもしれませんけれども、身近なところにコミュニケーションがスムーズにできるような、そういったことを保障していただけるようなところがあるといいなということと、例えば美山町では、手話講座を開いていると聞いておりますので、もっと地域の方に参加していただく取り組みがある、ないだけでも随分違うのかなというふうに思います。 ◯浜田委員  わかりました。ありがとうございました。  もう一点は理事者にお聞きしたいと思います。先ほどの障害者支援課長の説明で、来年度の予算で聞こえのサポーターの養成400人という目標がありました。一方で手話通訳者や要約筆記者をふやすというのは条例でも書いていますが、そちらのほうの目標はどうなっているのか。 ◯南障害者支援課長  手話通訳者とか要約筆記者につきましては、従前から事業で養成してきておりまして、大体手話通訳要約筆記ともにそうですけれども、年に2回程度の講座を今、開催しております。それについては引き続きやっていきたいと思っておりますけれども、この条例を受けまして新しい取り組みというか具体的な取り組みとして、やはり京都は大学が多いこともありますので、若い方にそういった手話の通訳とか要約筆記に入ってきてもらうような取り組みを強化したいと思っております。来年度以降大学等とも連携して若い方の研修を受講できる環境をつくるようなことを具体的な取り組みとして進めていきたいと思っています。具体的な人数につきましては、それぞれの講座に募集をかけて、その時々で埋まる、埋まらないがありますけれども、できるだけそういった意味で幅広い方に受けていただけるような取り組みを進めていきたいというふうに思っております。 ◯浜田委員  こういう条例ができるわけですので、ぜひ人的確保を広げるということで頑張っていただきたいと思います。  以上です。 ◯片山委員  2点教えてもらいたいんですが、先ほど人工内耳を安易に勧めないでくださいというか、いろいろなトラブルが起こったりとかというお話があったんですけど、なぜ人工内耳に問題があるかというのが、私には専門的な知識がないので、ふぐあいがどういうふうに起こるのかもう少し詳しく教えていただきたいと思います。 ◯南障害者支援課長  この条例をつくるに当たって検討会を開催しまして、いろんな当事者の方も含めて御意見を伺ったときの御意見として御紹介させていただきますが、人工内耳につきましてはお一人お一人その方によって合う、合わないとかもありまして、つければ必ず聞こえるというわけでもないというふうに伺っております。ですので、個々のお子さんとかの状況によって変わりますし、また言語の習得ということで考えたときに、やはり最初から手話を獲得したほうがいいのではないかという御意見もありまして、早い段階で人工内耳をつける、つけないについては、つけたほうがいいという御意見もある一方で、やはりまずそういった手話の習得を早い段階でやったほうがいいのではないかという御意見もあったということで承知しております。 ◯片山委員  合う、合わないというのはどういうことか。もう一つは人工内耳は、どういうものかを余り知らないんですけれども、もう少し詳しく説明をいただきたい。 ◯南障害者支援課長  専門的な話で少し難しいんですが、多分お医者さんとかの説明のほうがよいのですけれども、人工内耳は直接神経とかに働きかけたりする関係で、それが合う、合わない、聞こえやすさとかというんですかね、先ほど少しありましたけどクリアに音が入ってくるかどうかとか、あるいはすごくぼやけた形で聞こえるような方だったりとか、いろんな方がいらっしゃるようで、それぞれに合った形で人工内耳がいいのか、あるいは手話とかそういった言語を習得されるのがいいのかというそれぞれの御判断が必要です。それが最初の医療にかかった段階で安易といいますか、その段階で人工内耳をその場で勧められるのはいかがかといった御意見もあるというふうには聞いております。 ◯片山委員  わかりました。  あと一点ですけれども、私は、たまに弱視でマッサージの国家資格をとられている、女性の方によくもんでもらうんですよね。その人に1時間か2時間もんでもらうんですけど、その間にいろいろ話をしてくれます。女性の方ですけれども、物すごく活発な方で、先ほども白杖の話があって、電車でホームから転落されて、悲しいかな死亡事故になったんですけれども、それ以来物すごくホームで駅員さんが声かけてくれはったりね。だから何かそういうことがなかったらこの世の中は変わらへんのかと、もんでもらいながら物すごくいろいろ不満を言われてね。要するに自分はたくましく生きてきた。もともと生まれつき目が見えない女性で、子どものころから親にとりあえずたくましく生きるということを教育の中で教え込まれた。だから精神的に病んだこともないし、やっぱりその辺が物すごく左右するとその人が言われるんですけどね。先ほども山本参考人のお話の中で、ストレスがもちろんたまりますから、子どものときに皮膚をめくるという話がありました。そういうようなケアをしてあげるようなカウンセラー的なものと、先ほどおっしゃったように家庭のお母さんがやっぱり厳しくなってしまうと。もともと障害のない家庭で障害児が生まれた場合は物すごく親が厳しくなったりとか、いろいろ家庭によって違うかもしれませんけれども、そういう傾向の中で何かそういうサポート役みたいなコーディネーターというかカウンセラーというか、そういうものが物すごく左右してくるのではないかなというのを僕は物すごく感じたんです。その女性の方は物すごくたくましいんです。障害者の方も生い立ちがあったりいろんな育てられ方によって変わってくると思うんですけれども、やはりこれから条例をつくってやっていこうという中で、そういうストレスをいかに減らすか。専門的なカウンセラーを早くつけてあげるとか、早く対応ができるようなことも必要ではないかなと、少し感じたんですけれども、その辺はどういうふうに思われますか。 ◯山本参考人手話通訳)  今のお話の内容は、すばらしいと思います。うまく説明できないのですけれども、こうすべきだとか、正解はないと思います。子どものときから手話を獲得するのが当たり前だろうという考え方もあります。でもそれが全部正解とは言えないと思います。様子に合わせて、いろいろな背景もありますので、いろんな選択肢があって、その中からどれがいいのか、この人にはこれが合う、あの人にはあれが合うという環境がつくられればいいかなと思います。今おっしゃったお話のようにサポート体制があればありがたいです。  先ほどの人工内耳の話について、少し補足をさせていただきます。私は人工内耳を装着しておりませんが、補聴器と人工内耳をつけた方のお話をさせていただきたいと思います。いろんな段階があります。まず聞こえる人、例えば音の高いとか低いとかも判断できますね。人工内耳をつけるとこのぐらいになります。決まった音だけは拾えるんですけれども、機械的な音になってしまいます。聾者は全く聞こえません。補聴器よりは人工内耳が段階的にいろんな種類のが入ってくるのでましということで、補聴器よりも人工内耳がいいという考え方が進んでいて、医師は勧めるわけです。でも、聞こえる人と同じにはならないわけです。全く聞こえないよりはまし。補聴器より少しまし。人工内耳のほうが少しましということで医師は勧めるのです。おまけに人工内耳は小さいときにしたほうがいいというお話もありますので、私にはその辺の知識はありませんので申しわけないんですけれども、今はそのような話が広がっているようです。お医者さんの話を聞いて、ほかの選択肢なく人工内耳を選ぶという方が多いです。 ◯片山委員  理事者側で、先ほどのカウンセラーとかそういうものの充実はどうですか。 ◯立久井学校教育課長  まずは学校を起点としていろいろ困っている子どもに対しての一般的な対応ということになるのですけれども、例えば聴覚に不自由があるというような子どもさんであるということが、まずわかっていたならば、どう対応するかということは学校としては判断できるはずです。そんな中で、例えばある種の自傷行為をしているんだったら、気がつくべきというのが、まずは大前提です。気がついたならば、恐らく参考人のころにはまだそんなに充実していなかったと思うんですけれども、今、スクールカウンセラー小学校のほうにも行くようになっておりますし、聾学校の分校のほうでもサポートセンターということでいろんな相談を受け付けるように、ここ何年かのことですけれども、なってきておりますので、今なら対応できる部分というのは大きいと思います。ただ、それは気がつかなければいけないというところがあります。これはいじめの問題でも同じですけれども、調査しても見逃してしまうということがあるということで、ここのアンテナを高くしていかなければいけないというのが一つと、文科省学校指導するようにと言われているのは、「SOSを出す勇気を出せ」「弱さを伝えるのが強さだ」ということです。そういう子ども自身にも自分がここで困っているということをきちんと言えるようにいろんな局面で指導していくように文科省から通知も出ております。本当は全部担任が見通していければいいんですけれども、本当に困っているんだったら子どもさんのほうから手を挙げてくれということも伝えていくということが今進んでいるという状況でございます。  以上でございます。 ◯阿部特別支援教育課長  今のお話に少し追加させていただきます。今ありましたように聾学校のほうで、北部は分校、そして南部は京都市にある本校ですね、こちらのほうで聴覚支援センターというのがあります。そこでそういう聴覚に障害のある、または聞こえづらいという子どもたちに対するいろんな相談、子どもたちの相談もありますし、それから保護者からの相談、そういうふうなものをしっかり受けとめて解決に向けて皆で考えていこうという制度があります。あわせて、山城地方では、山城地方は大きいですので、京都府スーパーサポートセンターというのが宇治支援学校にあります。そこについては聴覚あるいは視覚、その他の障害に対応できるスタッフを置いて、そこでもいろんな相談ができるようにしています。北部のほうも同じなんですけれども、特に南部のほうに近くにないというふうなことがありますので、そういうスーパーサポートセンターというのも南部のほうにはつくらせていただいて対応しているということで、そういうカウンセリングとか、あるいは相談機能を充実させていっているというのが現状でございます。  以上でございます。 ◯小原委員  山本参考人質問させていただきたいと思います。本日は御説明ありがとうございました。山本参考人の御経歴といいますか、本当に活躍されているのを見させていただいて、例えば大学のときにアメリカ語学留学をされたり、そして1年間フィンランド留学をされたり、さらには現在も休日には海外の聴覚障害者の方と国際交流活動もされているということです。私の不勉強で申しわけないのですけれども、手話というのは外国の方との共通の言語なのか、そのことについてまず教えていただけたらと思います。 ◯山本参考人手話通訳)  聞こえる方からよくその御質問を受けます。手話は言語と同じですので、国によって違います。英語でしたら、アメリカイギリスの方たちはアルファベットがあります。日本には漢字があります。韓国でしたらハングルの手話があります。色のあらわし方も、手話によって違います。例えば日本で黒は、髪の毛が黒いのでこのようにしますが、フィンランドの場合は髪の毛が金髪が多いので、それでは合いません。夜のイメージで、フィンランドの場合はこのようにします。このように、手話も国によって違います。でも、世界共通の手話、国際手話というのもあります。国際手話なら、アジアは別にして、少し違いもありますけれども、基本的には世界どこでも聞こえない人同士コミュニケーションがとれます。 ◯小原委員  ありがとうございます。大変勉強になりました。その中で、現在、国際交流活動で外国の方ともかかわっておられたり本当に活躍をされていて、今、耳が聞こえない子どもたちにとっても山本参考人のこの取り組みとか、手話キャスターをされたりとか、本当にモデルケースといいますか、本当に希望のような感じがします。ぜひ耳の聞こえない子どもさんにこれまで辛かったこととか乗り越えてきたこととか、そして今充実していることとか、そういったことをぜひ伝えていっていただきたいなと思うんですけれども、協会などでもそういったお取り組みとかされているんでしょうか。 ◯山本参考人手話通訳)  日本の中では、例えば地域小学校中学校の中で手話の体験をするという取り組みがあります。中学校に行って1時間の中で手話を教える、自分の体験を話すという機会がありました。日本でしたら聾学校制度が少しずつよくなっていますけれども、ミャンマーなどでしたらまだまだ制度は充実しておりません。取り組みを頑張っている国もありますので、そういうところに行って聾学校の子どもたちと交流をするという機会もありますし、いろんな取り組みをしています。それぐらいだと思います。大学のときの同級生は小学校の先生をしています。手話サークルで一緒だった方ですけれども、子どもたちに聞こえない人の生活についてお話をしてほしいと頼まれて、その学校に行ってお話をしたこともあります。 ◯小原委員  どうもありがとうございました。  理事者にお伺いをさせていただきます。参考人から京都府立聾学校の状況の御説明がありましたが、やはり子ども同士の横のつながりの観点から、みんなが手話で勉強を学べたらいいのではないかというような御提案が参考人からありましたけれども、それについてはどのようにお考えになられて、どのように今後取り組まれるかについてお聞かせください。 ◯阿部特別支援教育課長  聾学校におきましても手話というものは非常に大切だという認識を持っております。聾学校の生徒たちはほとんど手話ができます。幼稚部というのがございまして、幼稚部に入ってくる子どもたちがそれまでに手話というものに触れていなければ手話ができないわけですけれども、幼稚部の勉強の中でも手話を使ったりとか、あるいは子どもたちの交流の中で常に手話を使う子どももいますので、そういう子どもたちと先生とのやりとりとか、そういう中で徐々に手話を使っていくというふうなことも聞いております。大体幼稚部には3歳ぐらいから入るのですけれども、小学校に上がるころには大体手話ができているということであります。これは自然に獲得するということもありますけれども、できるだけ学校としても手話を使って授業もしていきますので、そういう場面で子どもたちが手話を習得するといいますか獲得するといいますか、そういう形は意識してやっていると考えております。  以上でございます。 ◯小原委員  ありがとうございます。語学の習得のことを考えてもやはり小さいときから学んだほうが恐らく吸収力も高いんだろうなと思いますし、参考人からのお話のようにやはり子ども同士の横のつながりや、それによって世界が開けるといいますか、より多くの方とつながっていくというようなことになるので、引き続きお取り組みのほうをよろしくお願い申し上げたいと思っております。  以上でございます。ありがとうございます。 ◯尾形委員  よろしくお願いいたします。本日は貴重な御講演ありがとうございました。  山本参考人にお伺いしたいと思います。こちらお答えができればでいいんですが、今の経歴を拝見いたしますと、一度花園大学福祉学科に入学されてから佛教大学さんのほうに移られていると思うんですけれども、これは花園大学よりも佛教大学を選ばれたというのは、何か学ばれる中身というのが御自身で選ばれたのか、どういったきっかけだったんでしょうか。 ◯山本参考人手話通訳)  まず私が花園大学に入るときに、要約筆記とか手話通訳といった聾者の支援体制というのが非常にいいというお話を聞いたので、そちらに入学しました。肢体不自由の学生さんたちが通っておられて、バリアフリーが進んでいるいい大学だというお話を聞きまして、それで私が入学を決めたわけです。講義のときでも、私の両脇にノートテイク、要約筆記ですか、麻痺の人とかにも書く人、見えない人にも点字とかそういったものを提供されているというお話もありましたので入りました。入った後ですけれども、とても生活しやすい大学だなという印象がありまして、高校のときは先ほども言ったようにひとりぼっちが多かったわけですが、大学に入ってからは手話サークルとか福祉の勉強している仲間たちが、理解してくれる人たちがたくさんいましたので、非常に楽しい毎日を過ごすことができました。楽しいだけの生活ではやっぱり少し違和感を感じまして、勉強するために学校に通っていたんですが、その目的がやっぱりはっきり要るなということで、精神面での勉強、すごく精神的なことの勉強をしたいと思いました。通っていた花園大学学科ですか、精神のそういったことはなかなか勉強できなかったので、佛教大学のほうに入りたいなというふうに思ってそちらのほうにかわったわけです。その後、佛教大学にかわってからは少しまた変化があったわけですが、支援制度については花園大学のほうがよかったかなと思います。支援制度については、少しどうだったかなという気持ちもあったんですけれども、そういった思いでかわりました。結果的にはどちらもいい経験をしたなと思っています。要するに私が集中できるというか、したい勉強ができるということで佛教大学にかわったということです。  以上です。 ◯尾形委員  ありがとうございます。経歴を見ておりますとすごくキャリアを積まれていかれているというのがわかるんですけれども、最近だと京都大学アジアアフリカ地域研究専攻ということでまた学び直しをされているのですが、これはまた国際的なアジアアフリカ地域研究専攻というのは、どういったかかわりで、今、学びをされているのですか。自身のキャリアアップということも含めてなんですけど、なぜそれが必要なのかというのは。 ◯山本参考人手話通訳)  もともと私は国際支援に非常に興味を持っておりまして、学生のときから国際的なサポートする活動がしたいなという夢を持っていたわけです。それで、そこにまだ行ったこともないんですけれども、社会の状況とかもわからない。特に私は聞こえないので、コミュニケーションも難しいだろうと諦めていた部分もあったんですが、4年前に私がフィンランド留学に行きました。そのときに聞こえない人たちがさまざまな国の手話を習得して、その手話でコミュニケーションができているということを知りました。自分のレベルでは、世界の中で活躍するのはすごく大変なんですけれども、やっぱり国際支援というものにつなげたいという思いが強くありました。話が少し長くなるのでまとめたいんですけど、各国の中で聞こえない人のそれぞれの協会とかそういったコミュニティがあります。日本も協会があります。青年部もあります。いろいろな国であります。それぞれの国であるんですが、活動が進んでいる国とおくれている国というのがあるわけです。進んでいる地域はおくれている国に対しての支援をしているわけです。そういったお互いに相互支援という関係がつくられていることが世界に行ってわかって、それで日本に帰ってからやはりやりたいなと思ったわけです。そのときたまたま友達が大学院生で、大学院に行ってみたらどうかだということを勧められました。インターネットでいろいろ調べて、普通の修士課程のほうに挑戦しようと思いまして、それで、難しいかなと思ったんですが、今は、社会人のカリキュラムがありまして、一週間に一回なんですけれども、そこへ通えるということがわかって、費用のほうも割と安く行けますので、今私は自分でできることをとにかくやってみようということで始めました。このまま学ぶだけでなくて、私のやりたいことと結びつけられるようになればいいなということを思いながら学校に通っています。 ◯尾形委員  ありがとうございます。職歴の中で大手のパナソニックさんであったりとか、ダスキン障害者リーダー育成海外派遣事業だったり、大手のそういった企業の派遣なり、またお勤めをされていると思うんですけれども、今その企業の中でもいろんな国籍であったり性別であったり年齢であったりいろんなものを交えて、ダイバーシティという観点で企業発展につなげようという、その中に障害をお持ちの方というのもあると思うんです。そういった今の企業の考え方ですね。障害を持っておられる方にどういったキャリアとかどういったことを、企業さんとしてはどんな人材を求められていて、またそのためには障害をお持ちの方々のキャリアアップというのが必要だと思うんですが、今の大手企業というのはどういった体制、考え方になって取り組みをされているのですか。 ◯山本参考人手話通訳)  お話ししてもいいのかどうか少し迷う面もあるのですけれども、法定雇用率があります。以前は1.8%で、今は2.0%です。身体障害者の方を雇用して、仕事をする場を提供するだけではなく障害者から学ぶこともありますし、一緒に働くことでサポートするだけではなく相互情報交換のような、そういう考えを持った会社があります。障害者の給料が安いというわけではなく、対等にお給料もいただいています。ただ、障害者枠で雇用された方は給料が安いということもあります。一緒に働くことが大事だと思います。一年に一回ダイバーシティの講演会がありまして、女性とかそれぞれの経験、キャリアを積んだお話とか、会社の中で共通の取り組みをやっているとか、そういう話をしています。特例子会社があります。それでダスキンは、お茶の機械のメンテナンスの事業を中心に、機械を組み立てたりとか、法定雇用率を上げるという背景もあると思います。済みません、うまく説明できないんですけれども、少しずついい方向に取り組みが進んでいるような感じがします。 ◯尾形委員  ありがとうございます。参考人の御活躍のことを学ばせていただきますと、すごくこれからの社会にとっての、どういった教育、これから子どもたちが、企業にとって活躍ができる人材になっていただくためにはどういったことが必要なのかなということと、また、とても夢を描けるような、キャリアをすごく国際的な活躍を目指してされていることを聞きますと、本当に勇気づけられるなと思います。ただ、そういった体制がまだ地域でとられていないというのも実情だと思いますので、また今後の参考にさせていただきたいと思います。ありがとうございます。 ◯西脇委員  山本参考人、ありがとうございました。中途ということでの障害をお持ちだったということでしたかね。その上で手話を独自に学ばれたりとこの間大変な努力をされて、今生き生きととても明るく人生を切り開いておられるという姿に、私も、きっとこの場の委員の皆さんもとても感動したのではないかなと思っております。ありがとうございました。  それで、少しだけなんですけれども、例えば手話ですね。手話を使っておられる、友達同士で使っておられるときに、例えば周りの偏見の目ですね。そういったことに遭われたこととか、それから、今は補聴器をつけておられるかと思いますので、さほど不自由はないかと思いますけれども、難聴というところでの例えば交通事故に遭いそうになったとか、何かそういう命にかかわるような危険な目に遭ったとか、そういう事例、体験があればお聞かせいただければと思います。 ◯山本参考人手話通訳)  先ほどお話ししたとおり、近くに車が通って驚いたということはありますけれども、命にかかわるような経験は今までございません。ほかの人のお話では、聾ではないんですけれども、交通事故でバイクでぶつかって転倒した、その後救急車が来たときに自分は聞こえないのでコミュニケーションがとれなかった、説明ができなくて苦しかったというお話を聞いたことはあります。ほかは、出先で突然心臓がとまって、周りに誰もいないので電話もできない、スマホでメールを打つ力も残ってなくてそのまま亡くなった、そういうお話も聞いたことはあります。 ◯西脇委員  そういう事故などに巻き込まれたときなどに対しての何かサポートとか、いろいろあるかと思いますが、山本参考人が御自身でこういったことがあればよかったのにとかいうことがあれば教えてください。 ◯山本参考人手話通訳)  私自身、小さいときに手話をできればいいかなと思ったことが幾つかあります。学校の中で同級生と手話を教える機会をつくりたかったなとか、勉強が終わった後、30分でもいいので自分から、手話では「おはよう」とか「こんにちは」はこうするよとか、子ども同士で聞こえないことを学んでもらう、楽しみながら覚えてもらう、そういうことが子どもですので覚えが早いですし、私みたいに地域学校に通っている聾の子どもがいると、その中で手話を広げるというのがいいかなと思いました。そういう機会があったらよかったかなと思いました。 ◯西脇委員  ありがとうございました。  それから最後ですが、きょうは子どもの育みということなので、少し関係なくて申しわけないんですが、この際なので高齢者の方の、いわゆる高齢になったときの難聴ですね、それがやはり社会生活を営む上でもとても困難で、それが認知症をさらに併発をしてしまう、もっとひどくしてしまうということ、私の身内を見てもそういうふうに思っているんです。先ほど人工内耳のお話もありましたけれども、それ以前補聴器をつける際にもなかなか、これは高齢者だけではなくて知的障害者の方や聾もあわせ持った方たちのところでの補聴器をつける際の苦労はいろいろあるかと思いますが、そのあたりは、これは理事者の方でも結構です。何かそういう支援というんでしょうか。そこで困っているんですが、いい知恵があれば。これは極めて深刻でもあるんですね。 ◯南障害者支援課長  条例の検討会でも、高齢の難聴の方のお話というのはたくさん出ておりました。やはり中途で、しかもかつ高齢で難聴になられるということで、その後の社会参加がなかなかできなくなって、結果ひきこもりになってというようなこともございまして、大きな問題ではないかという御指摘いただきました。今回、条例にいろいろとそういった方の学習の機会の確保をしようということで、先ほどから、出ておりますけれど難聴の方への手話教室とか、そういったところを少し充実をさせていくことで、高齢になった後に難聴でコミュニケーション手段がなくなった方に対しても手話でコミュニケーションをとっていただけるような環境をよりつくっていこうということで、これまでやってきたような事業を発展させる形で、そういった方にもしっかり手話を習得していただくような機会をふやしていこうということで取り組んでいきたいと思っています。 ◯西脇委員  ありがとうございます。そういう取り組みは本当に大事だと思いますので、もちろん市町村とも連携しながら、地域のいろんな方ともグループとか関係のところですね、大いにこれは普及していただきたいと思います。ありがとうございました。 ◯北岡委員  北岡です。よろしくお願いいたします。  山本参考人、きょうはありがとうございました。次にお会いしたときには私も手話で御挨拶ができるように頑張ります。  それで、一つ教えてほしいんですが、聞こえの障害のある子ども、ない子ども、一緒に、なるべく小さいときから楽しんで手話を知ったり使うということが私は必要だと思います。私自身が幼稚園の先生をしていました。そのときにやはり簡単な手話を交えて歌を歌う。歌と手話というところから入っていきました。そういった一生懸命手話を学ぶということももちろん必要ですが、きっかけとして小さな子どもたちが一緒になって、障害のある子、ない子かかわりなく一緒になって楽しむ入り口として歌と手話というのは効果的というか、いいのではないかと思っているんですが、いかがでしょうか。 ◯山本参考人手話通訳)  そうですね、聾者の中でも手話ということを強く言うんですけれども、手話を覚える必要、覚えなければならないということで考えはあるんですけれども、そういったことに拒否感のある人もあると思うんですね。逆に気楽に楽しめるという方法では非常にいいかなと思うので、特に小さい子どもの場合は楽しいことが初めですので、大人とは違いますよね。それで声を出さないで手話をすると楽しくできることもあるので、そういった方法で子どもに手話を訴えることもできます。手話で通じる方法とかもあり、そこで教えていけると思います。今、日本で手話を獲得して聞こえる友達と、外国の友達を紹介してもらってみんなで一緒に集めてやったりもするのですが、そこで聞こえる人たちも一緒になるわけですね。そういった人たちもほかの国の手話はわかりませんが、でも、遊びをきっかけに手話をして、手話はおもしろいな、もっと学びたいなと思ってくれる外国の方もその中におられるわけです。そういうことで、柔軟なことで始めていったらいいのではないかなというふうに思っています。 ◯北岡委員  ありがとうございました。これからも世界中で活躍いただきますことをお祈りしております。  理事者の方にも今の関連で御質問させていただきたいと思います。この条例もやはり聞こえの共生社会、普及啓発等々も条例の概要の中に掲げられていますように、やっぱり知ってほしい、身近なところで楽しんで手話というものに触れ合ってほしいという今のお話の続きですけれども、そうしますと例えば就学前の保育所であったり幼稚園であったりとかいうところで、小さな子どもたちが先ほど申し上げたように障害のあるなしかかわりなくそういったところで楽しんでいく。それと同時に保護者ですよね。やはり保護者保育園なり幼稚園なりということで、ほぼ毎日と言っていいぐらい通うわけです。子どもだけではなくて、例えばお母さんのコーラスとかも、手話のコーラスもされていますけれども、そういった身近な場所で子も親も一緒になってきっかけとして触れ合う、そしてまたそこから学習につながると。楽しみから言語としての手話という普及といったことが、それでまた親子でまたそこが、何かそういう機会をつくっていただきますと家庭でも楽しみながら手話ができる。ということで子どもだけ、大人だけ、親だけではなくて、ここでは一緒にコミュニケーションが図れると思いますので、そういったこと、例えば学校で考えていらっしゃることがあるかということをお聞きしたいのと、先ほども身近なところで手話を学ぶ機会があればいいねというお話がありました。この条例の概要にもありますので、例えばそういった教育とか保育の場で、どうしても、強制ではないですが、今やっておられるような行事を通じて広めていけないかなというふうに思うんですが、いかがでございましょうか。 ◯南障害者支援課長  まず、全体的なお話として申し上げますと、今回条例を提案させていただく中で、普及啓発が大事だということで、予算のほうでも聞こえのサポーターということで提案をさせていただいています。これは既に認知症サポーターの養成とかもやっておりますけれども、ハードルを下げてというか、割と簡易な研修で数時間で受けられるような形にして、より聴覚障害の方への理解とか、簡単な手話、それこそ歌とかでもいいと思うんですけれども、そういったところの入り口を知っていただくところで実施していきたいと思っております。これは職場単位、学校単位、そういった単位でぜひ受けていただきたいなということで、具体的なカリキュラムも検討を始めているところでございますので、今御指摘ありましたように学校とかもう少し早い段階でのカリキュラムというか、もう少し簡単なコースもあってもいいのかなと今思いましたので、そのあたりはまた事業化の中で少し検討させていただきたいと思います。 ◯立久井学校教育課長  今おっしゃったとおりですが、学校現場のほうでは、参考人からも話がありましたように、総合的な学習の時間とかで、まずは実際に障害をお持ちの方、まずはそこでお話を聞いてどんな状況なのかというのをやった上で、簡単なやつですけれども手話で挨拶、自分のことをせめて伝えられるようにしようというような形での取り組みというのはどんどん進んできておりますので、この条例ができればまたさらにいろんな動きが出てくるかなというふうに思っております。  以上でございます。 ◯阿部特別支援教育課長  先ほども申し上げました聾学校のほうでいろんな相談を聞いているということで、乳幼児相談の「さくらんぼ教室」というのをしております。そこではゼロ歳からの子どもたちもおりまして、もちろんお母さんたちが一緒に来られるというふうなことがあります。その中で、活動として子どもたちとお母さん方、そして指導者といいますか、そういうふうな方たちが一緒に活動するという中に、一定どれぐらいの率かは、わかりませんけれども、手話をされているということを聞いております。今のところはそれぐらいの程度でしかないんですけれども、そういう就学前の場合でありますと、特に保護者の方が一緒にいると。聾学校の幼稚部のほうもほとんどが保護者が一緒についてきますので、そこで一緒に活動するとかということがありますので、そういう意味でいうと保護者の方にもそういう手話を学ぶ機会があります。あわせて、幼児手話辞典というのを聾学校でつくっております。これは子どもたちもそうですし、それから保護者の方にも理解していただくために家庭の中でも一緒に使っていただくというふうなことのためにつくった辞典でございます。こういうものも活用していけるのではないかなというふうに思っています。  以上でございます。 ◯北岡委員  ありがとうございました。それぞれの立場でいろいろお考えいただいて取り組んでいただいていることに感謝申し上げたいと思いますし、さらに充実はしていただきたいと思います。とにかくここにある「障害のある人とない人が」というところが私もポイントだと思いますし、広く楽しむということの入り口を、勉強しなくてはということでの入り口ではなく、一つの言語として習得を楽しんでできるというような入り口のところを、子どもだけ、大人だけではなくて、先ほど申し上げたような親子でそういう会話がその後展開できるような取り組みを就学前からのところ、ぜひ工夫をしていただけたらということを再度お願いをさせていただきまして、質問を終わります。ありがとうございました。 ◯森下委員  1点だけお尋ねしたいと思います。山本参考人のお話を聞いて、実は私が小学校中学校PTAの活動をしているときに、山本参考人のお母さんと同じような悩みを持っていらっしゃる方と接しました。そして、そのお母さんのお子様は、山本参考人と同じようにとてもお母さんが厳しくて、苦労されて育てられて、その方も今現在とても元気に社会に出られて活躍をされています。幼児期はいわゆる耳の聞こえない子どもたちのいる教室へ通ってらしたんですけれども、小学校中学校とみんなと同じように普通の教育を受けられていました。やっぱり補聴器をつけながら、それからお母さんが先生に言って、この子は耳が聞こえにくいので補聴器をつけますという形で授業をされていました。今のお話を聞いていて、そのときのお母さんの苦労と一緒だったなと思うんです。そのころは「きこえとことばの教室」というのがあって、小学校のときはそこに行っておられたのですけれども、中学校にはないということで、中学校にもつくってくださいという要望をした覚えがあるんです。山本参考人のいらっしゃった学校地域では「きこえとことばの教室」というのはなかったんでしょうか。その辺の背景を教えてください。 ◯山本参考人手話通訳)  いい御質問をいただきました。ありがとうございます。私の小学校は、ことばの教室というのはありまして、聞こえない人だけではなく吃音の子どもたちも通っていました。そういう教室がありました。軽い知的の障害の方も通っていらっしゃいました。普通の授業は、基本は同級生と一緒に受けるんですけれども、1時間だけそちらに通って、先生と1対1でお話をしたりとか、発音の練習をするとか、特別支援教室なんですけれども、ずっと支援をするわけではなく、時々教えてもらうという方法でした。小さい小学校ですけれども、私のいる町には6つ小学校がありまして、全部の小学校にそれぞれついているわけではないと思います。私の通っている学校にはありました。ほかの小学校から私の通っている小学校に来ている子どもたちもいました。1時間だけその小学校に来て一緒に学ぶという方法でした。今おっしゃったとおり中学校にはありません。中学校にもあればいいなと思います。ことばの教室ではなくてサポート教室のような、私の対象ではなかったように思いますので、私は行っておりません。 ◯森下委員  今お話を聞いていて思うんですけれども、「ことばときこえの教室」がせっかくあってもかみ合っていないということかなと思うんです。週に一回程度の通級では本当に聞こえ、言葉に苦労されている子どもさんにとっては不十分だったということかなというふうに思うんです。そこで理事者にお尋ねしますけれども、行政のほうではこういった「ことばときこえの教室」の充実と、それから改善というのはどのように考えておられますでしょうか。それから、中学校にはないんです。中学校に行くことはいいですけれども、こういうことばの教室という位置づけがないんです。特に中学校になると授業も難しくなってくるし、英語もあるし、そういう点では必要なのではないかなということと、今回の条例に伴って手話通訳も学ぶような体制をつくるとか、そんなことを考えておられないのかお聞かせください。 ◯阿部特別支援教育課長  今、「ことばときこえの教室」のお話でございましたけれども、通級指導教室の話だと思います。通級指導教室につきましては、ことばときこえの教室とあわせて難聴教室もこのごろはできてきております。ですから、その時代は、ことばときこえの教室は少し障害の程度が軽いというふうな状況のもとでつくっていたのではないかなというふうに思っています。いわゆる聴覚障害でも比較的重い方は聾学校のほうにということになるんでしょうけれども、比較的重い方についても難聴の通級というのが今できております。基本的にはいわゆる自立活動的なことをやりますので、小学校の時点でしっかりそれができておるというふうなことになりますと、それをもって中学校へというふうなことになるわけですけれども、場合によっては中学校のほうでは勉強も難しくなるとかということもありますので、そういうふうな形でつくっているところも今はあります。ただ、今のデータで見ますと全ての教育局であるかというとそういうことではありませんので、教育委員会のほうでも必要かどうかというところも勘案しながらその設置をしているということもあります。ただ、教室をつくる、配置する教員の問題もありますので、なかなかその辺のかみ合いがあるというふうなことで、できているところはそういうこともうまくいっているんだろうと思いますし、できていないところは少しその辺のところもあるんではないかなというふうに考えております。  以上です。 ◯森下委員  条例ができて、具体的にコミュニケーションがしっかりとできることと、それから学ぶに当たって必要な援助や学習する機会の改善に向けて取り組んでいただきたいと思います。  最後に、山本参考人をこうしてお招きして、手話で表現されることを通訳していただいてお話を聞くという機会は私たちは少ないです。私たちがお話しすることを聴覚障害者に手話でお伝えするというのをよく見かけます。私も手話ができないですけれども、そういう場面にはよく出会います。聴覚障害者の方が自分のことを手話で表現されることを通訳していただいてお話を聞くということが、もっと必要だときょう思いました。本当にいいお話をありがとうございました。  以上で終わります。 ◯小巻委員  私が一番最後と思います。ありがとうございました。今、山本さんのお話をずっと聞かせていただいて、私は、できればあなたのお父さん、お母さんの話も聞きたい。昔からのことわざで「三つ子の魂百まで」とあります。これぐらい力強く生きておられるということはすばらしいことやと思うんです。私も娘が二人おるわけなんですけど、うちらの娘から見てみたら全然違います。本当にすばらしい。私はあなたにお願いしたいのは、我々は条例をこしらえてしっかり支援をします。あなたは両親に対してしっかり親孝行しないといけないと思います。絶対そうです。あなたをここまで大きくされるのに並大抵やなかったと思う。普通でさえ並大抵やないんやから。ですから、私は、今度、あなたが結婚されたときに、これから何年か先にまたお会いしてそういう話をもう一遍、聞かせていただきたいなというふうに思います。また一遍できればあなたを大きくしはった両親の話を聞きたいと思います。なぜかというと、今、新聞テレビを見ていても、自分の産んだ子を殺したりとかいろいろあります。今、多いです。あなたのお母さん、お父さんはあなたを大きくするのに並大抵やなかったと思う。これから両親に対してあなたはしっかり感謝しないといけないと思います。我々はしっかり条例をこしらえて、我々は一生懸命になってそういう人を応援します。本当にきょうは、ありがとうございました。本当にいい話を聞かせていただいてありがとうございました。 ◯小鍛治副委員長  きょうはどうもありがとうございました。  数点についてお聞きをしたいと思います。まず理事者にお聞きをしたいんですが、今もお話がありましたように、本当に聾唖というか耳がよく聞こえないという状況が、学校に行く就学前、例えば今もお話あったように幼稚園とかにも行っていない状況で病院にかかったときにそういうことがわかった場合に、保護者の方はどうしていいのだろうというのがまずあるかと思うんですが、医師京都府、また各市町村でやっている取り組みの連携というのはどういうふうになっているか教えていただけますでしょうか。 ◯南障害者支援課長  早期に発見されて早期に支援につないでいくというのは非常に重要だと思っておりまして、今回の条例でもそのあたり少し記載をしておりますが、学校のお話については、もし補足あれば後からお聞きいただければと思います。私どものほうでは、少し冒頭御説明しましたが、府の聴覚言語障害者センターのほうで難聴幼児のサポートセンターというのをやっておりまして、そこに早い段階で保護者の方も含めて相談に来ていただいて、そこからいろんな支援なり親同士のつながりをスタートさせるというようなことをやっております。今回の条例を受けてそこを少し充実させていきたいと思っています。また、市町村でありますとか医療機関との連携というところも非常に大事になってきますので、こちらもまたこの提案させていただいている事業の中に「聞こえとコミュニケーションのサポート事業」というのをつくっておりまして、こちらは関係団体さんとも連携しながら、早い段階でのつなぎでありますとか、あるいは逆になかなかそういう支援につながらなかった方で、ある程度、例えば高等教育まで行かれているような方とか、そういった方の支援につなげるような事業も、しっかり関係機関市町村団体と連携しながらやっていきたいというふうに思っています。 ◯小鍛治副委員長  ありがとうございます。今るる皆さんから取り組みをお聞きしていると本当に非常に一つ一つしっかりとした取り組みが今後なされていくかと思うんですが、今もお話あった横のつながりですね、それの連携があってこそ、多分子どもさんが耳が少し聞こえにくいとかといった場合に、保護者の方がまずどうしたらいいかというところですごく時間がたってしまったりすることが今まではあったかと思うんですが、それを本当に解消できるように取り組みを進めていただきたいと思います。もう一つお聞きをしたいのですがアフリカの話ですけれども、私は、ケニアウガンダ国境の近くに学校の先生として昔住んでいました。その中で、教師としてやっていたんですが、聾唖の子どもさんがおられました。そこでは英語と、ケニアなのでスワヒリ語で話をしておられたんですが、しかし学校に行けない子どももたくさんいたために、耳の不自由な子どもは学校には行けていなかったんですね。しかし、アフリカの中では、例えば目が見えなかったりとか、耳が聞こえにくいという人は、子どもというより大人もそうなんですけれども、そういう人はほかの人が持っていないすごい力を持っているという教えというか、そういう考えがあるんですね。すると、皆さんその人に会いたいというか、パワーが欲しいと思われるのかもしれないですけれども、そういうことが一つあったり、ほかでいうと、例えば双子であるとか三つ子の子どもさんが産まれると、一回の出産でたくさんの子どもを産んだというのは非常にすばらしい女性だというので、その人にお会いしたいということで、みんな違う村から見に来られるのです。それで会ったときには必ずお金を渡さはったり、あと今のお話しさせてもらった聾唖の方に会うと、皆さんお金はないですけれども、10円とか20円を渡されるのですね。それは本当にすごいパワーを持ったと思われる人にお会いできた喜びということで、アフリカの人たちはそういうことをされているというのを、お話を聞いていて、私は思い出しました。実際、アフリカケニアの中も農耕民族狩猟民族がいます。狩猟民族の人は放牧をしながら学校にも行かず、水を求めて放牧をしておられるのですが、今こういうインターネットが使える時代になって、放牧をしている子どもたちに教育をしようとして、キャラバンみたいな車、また電気自動車太陽光発電というか太陽電池を積んで、インターネットで教えてはる日本人の方もおられるんです。例えば今、理事者のほうからもお話がありましたように、人を育成するのにも時間がかかるのであれば、インターネットを使って子どもさんに手話を教えるとか、そういった取り組みを今後していく必要があるのではないかと思うんですが、まず山本さんのほうからどう思われるか教えていただけますか。 ◯山本参考人手話通訳)  済みません。子どもの横のつながりをふやしていく取り組みに関しての御質問ですか。 ◯小鍛治副委員長  それと、インターネットでの手話の今後の可能性をどう思われますか。 ◯山本参考人手話通訳)  質問の答えと少しずれてしまうかもしれないんですけれども、手話を紹介する荒\田らしい取り組みはインターネットであります。それは、まだまだ私は弱い面があると思うんですが、もっと強く呼びかけていかねばならないなと思っているんです。聞こえない人が力を出して活動するように皆さんからも御協力をしていただけるとうれしいなと思っています。 ◯小鍛治副委員長  あと、今の質問理事者のほうから、今の取り組みを教えてください。 ◯南障害者支援課長  インターネットを使った手話の研修ですけれども、今、遠隔手話というか、画像で手話通訳をやるようなシステム等もできておりますので、そういったのも使いながら、いろんな形で手話を提供していくということが可能になってくると思いますし、またICTの活用という意味では音声認識のアプリ等もかなり発展してきておりまして、そういったのも府庁でも導入しておりますので、そういったICT技術も使いながらしっかり取り組んでいきたいと思います。この条例をつくるに当たりましてサポーターの養成とかの事業を進めていくというか、いろんなお話をさせていただく中で、例えば市町村さんのほうから映像で学べるような教材を開発してほしいという声もいただいておりますので、どこでも気軽に研修ができるような教材の開発もこの事業の中で少し検討させていただきたいというふうに思っております。 ◯小鍛治副委員長  最後に山本参考人にもう一回お聞きをしたいんですけど、今、スマートフォンを皆さんたくさん使われているかと思うんですが、何かこういうアプリがあったらいいなというのがありますか。例えば理事者の方からあったように、話をすると音声認識で文字が出てくるとか、手話ができない人には声を認識して、アニメーションで手話をするみたいな、何か夢物語でもいいので、こんなのがあったらいいなというのがあれば教えてほしいです。 ◯山本参考人手話通訳)  2つあります。実際にあるのと、外国のアプリですけれども、「こんにちは」とか短い文章を入力しますと動画で手話を表現する。「hello」とアルファベットであらわしてくれる。そういうのがあります。入力する言葉に合わせて手話が表現される。それを見て勉強になるとか、聞こえる人に対してそれを入力して見せて「こんにちは」というふうに声をかける。そういうのがあります。2つ目は、2年前ですが大阪狭山市で、遷都1400年の記念だったらしくて、人がたくさん来る場所に行くと、QRコードがついていまして、それを読み取って、その場の紹介をするというアプリがありました。もし京都市でもそういうのがあれば、そのQRコードを読み取って手話が出てきたりするとおもしろいだろうなと思います。聞こえない人も来てもらって、QRコードを読んだら、ここのお寺の紹介とか、一度つぶれたんだけれどもまた再建したみたいなことの手話が出てきたりしたらおもしろいかなと思います。外国の人も見て楽しめるかなと思います。 ◯小鍛治副委員長  貴重な御意見ありがとうございました。理事者の方も今お聞きになられたと思いますので、皆さんと頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。  以上です。 ◯巽副委員長  山本参考人、ありがとうございました。  私は、お礼のみ申し上げます。本当に理事者の皆さんも委員の皆さんも充実した時間が過ごせたなというふうに思いますし、参考にもなったと思います。山本参考人国際手話通訳士を目指されているというふうに聞いておりますが、ぜひ頑張っていただきたいと思います。障害のある、なしにかかわらず子どもたち、そしてその父兄の皆さんにも希望となっていただきますように、またよろしくお願いしたいと思います。きょうはどうもありがとうございました。 ◯藤山委員長  ありがとうございます。  これをもって所管事項の調査を終了いたします。  山本様には大変お忙しい中、参考人として本委員会のために御出席をいただき、貴重な御意見を述べていただきましたことを心から感謝を申し上げます。  私からも一言申し上げさせていただきたいと思います。先日ですが、お笑いの「R−1ぐらんぷり」で目の見えない方、片目は光だけわかるらしいですけれども、その方がグランプリをとられました。その方のネタというのが、自分のハンディキャップからの経験を笑いに変えたものでしたけれども、素直に私たちも笑うことができましたし、また理解にもつながりました。その方に投票された票も、私はあれは決して同情票とかというものではなかったと思います。そういった形でさまざまな方がさまざまな場面で活躍をしていただける社会こそが共生社会だというふうに思っております。きょう山本様からもさまざまなお話を聞かせていただきました。大変な御苦労をされながらこれまで頑張ってこられたかと思いますけれども、障害のある子どもさんたち、そして親御さんたちにとって山本様、またこの間グランプリを受賞された芸人の方も大きな夢になるというふうに思っておりますので、どうぞこれからも御活躍をいただきますように、頑張っていただきますように心から御祈念を申し上げたいというふうに思います。本日はまことにありがとうございました。  本日いただきました御意見につきましては、今後の委員会活動の参考にさせていただきたいと存じます。  また、理事者の各位におかれましては、本日、各委員から出された御意見、御見解等について、今後の府政の推進に当たり十分御留意いただき、府民のため、なお一層の創意工夫をされるようお願いいたします。 3 閉会中の継続審査及び調査   別紙要求書(案)のとおり議長に申し出ることに決定した。 4 今後の委員会運営  (1) 委員会調査    本日以降に開催される本委員会所管の行催事等に係る委員会調査については、今後、   新たに、京都府が主催、共催または後援する行催事等で、委員会の付議事件の調査の   ため、委員が出席することが有意義と認められるものについては、委員会調査に位置   づけることとし、その取り扱いについて、正副委員長に一任された。  (2) 今後の委員会運営全般    上記のほか、今後の委員会運営全般について、正副委員長に一任された。 5 その他   発言なし 6 閉 会   藤山委員長から閉会宣告が行われた。                                    −以 上−