7件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

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下関市議会 2019-03-11 03月11日-06号

西岡広伸君  名古屋芸術大学名誉教授新村洋史さんは、日本学校給食の特色は、給食教育として捉えていると。そして、毎日の献立が生きた教材だと高く評価した上で、また、栄養面でもすぐれた学校給食子供たちに残さず食べてもらえるように、栄養職員栄養教員の努力が続いていると高く評価されています。そういう意味では、本当にこの学校給食というのは、児童生徒にとって欠かせないものだと思います。 

光市議会 2018-06-14 2018.06.14 平成30年第2回定例会(第2日目) 本文

日本学校給食は、1889年に山形県の小学校貧困児童を対象に無償で行われたのが始まりと言われております。戦後、1954年に学校給食法が制定され、子供全員の食のセーフティネットとして発展、定着してきました。子供食格差子供貧困対策を考える中で、学校給食は重要な役割を果たしていると思います。  

柳井市議会 2018-03-08 03月08日-03号

そんな、世界に誇るべき、日本学校給食文部科学省の平成28年度の調査では、学校給食率実施率は95%、そのうち小学校は99.2%、中学校は83.7%となっており、近年増加傾向にありますが、義務法ではないため、実施率は20%にとどまる自治体や、給食完全無償化を行っている自治体もあり、自治体間での取り組みの地域差も大きくなっています。 

萩市議会 2015-03-10 03月10日-04号

かつて日本学校給食は、戦後の食糧難の時代に、外国から寄贈された脱脂粉乳と、小麦粉でつくったパンで本格化しました。1954年には、国産脱脂粉乳を、学校給食用に、安定的に供給する国の補助事業が始まり、その年、牛乳が復帰しました。現在では、国産乳用牛乳の全生産量の約1割に当たる、約35万キロリットルが、学校給食として消費されているということであります。 

光市議会 2011-03-04 2011.03.04 平成23年第1回定例会(第5日目) 本文

戦後、アメリカは戦略的に余剰小麦脱脂粉乳日本学校給食に持ち込んだわけです。日本人の食事が変わったのはここからである。つまり給食は食を変えることができる。先ほども申されましたが、光市に住むすべての小・中学生が9年間給食を食べ、その子供がまた親になっていくということであります。  私は、食育実効性のあるものにするならば、いろいろやるよりも、ここにいいことが本当に書いてある。

周南市議会 2005-06-15 06月15日-05号

そういうことをしてきたのが、日本学校給食の歴史だと思いますが、それをそのつくり手と食べる子供の間を遠ざけておいて、特別の食育をしなければならない。こういうことについて、もっと本来の形である自校方式、センターであってもうんと小規模のものにということを願うわけですが、そういう道が教育長さんの教育の一環としての学校給食のあり方というふうにお考えにならないのかどうか、お聞きいたします。

下関市議会 1992-03-10 03月10日-03号

学校給食だって、これはちょっと名前は忘れましたけれども、ある村が、戦前、子供たちが弁当を持ってくる子が少ないという寒村の中で、何とかしなければいけないということで、その当時の村の、これは山口県ではありませんけれども、給食を出す、ここから日本学校給食が始まったわけです。 それから老人医療のこの制度、あの沢内村から始まって、そして全国の市町村に波及しながら、国の制度になっていったわけです。

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