新宮市議会 2024-03-06 03月06日-05号
予算、決算に関しましても、部長までなった方、管理職になられた方は、今までの昭和の時代のコミュニケーションの取り方、同僚や部下に対して、飲みに行こうや、御飯食べに行こうや、こういうものやぞということを大きく教えていたとき、入ってきた新入社員、若者の公務員たちも、一生懸命一緒に飲みに行ったりコミュニケーションを深めていた時期から大きく大きく時代が変わり、そういうことをしない。家へ帰ってゲームをする。
予算、決算に関しましても、部長までなった方、管理職になられた方は、今までの昭和の時代のコミュニケーションの取り方、同僚や部下に対して、飲みに行こうや、御飯食べに行こうや、こういうものやぞということを大きく教えていたとき、入ってきた新入社員、若者の公務員たちも、一生懸命一緒に飲みに行ったりコミュニケーションを深めていた時期から大きく大きく時代が変わり、そういうことをしない。家へ帰ってゲームをする。
昔は、上司とコミュニケーションを取るために、誘われたら飲みに行ったり、食事に行ったり、ゴルフに行ったり、マージャンをしたり、いろんなことをしてコミュニケーションを取り、役所の中でも上司と部下の関係のコミュニティーが深まっていると考えられますが、今は世代によりまして、若者世代によりますと、休日は休日、プライベートはプライベートとしっかり区別をして働きたいという世代に変わりつつあると思います。
だから、人事評価は権力者が部下を採点するんや。それ基準がなかったら、どうしても部下はつらかっても我慢せんならんと、そういうことになるじゃないか。評価者に対するごますらんならん。だから医療センターの看護師さんは看護師長に気を遣うんです。そんなことは看護に用事ない、うっとうしいさか人事評価をやめさせてくれと。当たり前やないですか。それが直接言えんでしょう、職員は。ほいたら大西に言いに来るんや。
部課長が部下を評価する。職員同士もっと伸び伸びとしたものになるんではないかと。だから10年もやりやるんや。 そやから、人事評価のその愚劣な制度だということ、それでその時間というのは、今度これ6人新しい議員が来たんですよ。それでこのセクハラ問題、教育長、そこへ平成30年12月からそこに座ってもう5年近く、4年余りたつでしょう。ずっと聞いてるんや、皆ね。聞いていた部長らももうおらんねや。
あんたら幹部も、部下を指導するのに熱心な指導なのか、パワハラなのか、どう判定するんな。重大な問題言うとるんや。それをセクハラのこと例に挙げて言うてるんやで。それやったら、城南中学校の体罰事件を例に挙げようか。教育長に悪いさか、教育問題やから、そんな、大西は頼んでも城南中学校の体罰事件、追及してくれなんだと思われるけれども、やっぱり教育の問題やし、子供の問題あるから大西はやらんのや。
そういうことで、こういうふうに、幹部が、権力者が部下を評価するということは、どうしても権力者の感情が入る。だから、侮辱発言やとなってん。 横道へそれたんで、あんなことぐたぐた言うとるから、また次の機会に港のことも三輪崎区のことも言います。 終わります。 ○議長(榎本鉄也君) 会議中ですが、午後1時まで休憩いたします。
だからね、この間、安倍さんが殺害されましたけれども、去年の3月ですよ、安保法制のごり押しが、安倍政治の根幹や理念や、それが全部下へ波及しているんです。だから、この人事評価の理念を言ってください。人事評価を市長がやめないというのは、これ10年やっている。これが市長の政治理念なんですよ。だから、この時期、倫理条例が設置されたこの時期に、あえて議員の中から、大石元則を人権擁護委員に推挙する。
だから、曖昧な基準の中で、権力者が部下を評価して、いい成績を取ったら給料上げたるとか、こういう利益を求める教育を指導していたから、今、社会が乱れているんじゃないんですか。 そこで、なぜこれ上げたかというと、だからこの格言を、朱熹は、朱子学の祖ですよ。大変な教育者、哲学者ですね。言うているのは、この朱熹は官僚だったんですよ、皆さんと一緒。公務員やったんやで。
ところが、新宮市の人事評価は、一人の課長が部下を評価するんや。それが正しいかどうかということに、そのために一般質問しやるのに、それを。だから、もう控訴せんと、議長にも頼んでこれで丸く収めたろうと思いやるのに、ああいう意見言うてきたら控訴せんならんやろう。 (「したげ、控訴」と呼ぶ者あり) ◆1番(大西強君) 控訴したんや。
市役所の人事評価は、課長が部下を評価しとるんや。人が人を評価するときは、これぐらい慎重やなけなあかん。ですから、明確な基準も科学的な基準もない中で評価すること自体が差別制度。そういう評価に基づいて市長が職員の給料を上げるという、こういう利益誘導の教育で、現在、社会で起こっている不祥事件は、ほとんどこれによるものじゃないですか。
部下が起案した書類を直接課長、上司に提出して、直接課長から承認印をもらう。この直接面接して上下のコミュニケーションを図る手間こそ血の通った組織の運営の基になるのではありませんか。行政効率を図るために、印鑑捺印の手間を省くというのであれば、人事評価制度のような、百害あって一利なしのごとき無駄な作業の手間を省けと言いたいのであります。 もとより条例は、私たち新宮市民だけの法律であります。
◆14番(屋敷満雄君) 市長、僕、リーダーというのは、部下に任す人と自分が引っ張る人と両方おるんですけれども、両方ともやっぱり現場を熟知されていますよ。今後は、ソフト面になりますと、そういうことが一番大事になってきますので、それはやっぱり密着した市長の思いになりますので、ぜひその辺を心がけて頑張っていっていただきたいと思います。 以上で一般質問を終わります。ありがとうございました。
このコロナ禍におきまして、3密を取ったような避難所の計画、課長は部下を連れて泊まってきてくれたり、いろんな活動をなされているのは、よく承知しております。 しかし、これは市長、全体としてこの情報、新宮市の人口の3分の1が高齢者であるということに関しまして、高齢者はスマホを持っている方も持っていない方もいる。
これ、ですから、令和元年にトリエンナーレで人間の価値観のこと言やんやで、職員を評価しているけれども、評価者のポリシーで部下の評価が変わるんと違うかと。そこで、トリエンナーレについて大村知事はこれを擁護したんやね。河村市長は真っ向から反対したんや、知事と名古屋市長と考えが違うやない。同じ政策やで。そしたら、文化庁がこの補助金を拒否してきたんや。それで今、大村知事と文科省と裁判やる。裁判ね。
今、摩尼マンションのほうに住まわせてはいただいているんですけども、その職員が自分とこの部屋に異動してきて自分の部下になったときに、町内会のああいう、先ほども議員も言うてましたけども、朝の掃除ですね。あんなとこに出とんのかと聞いたら、そんなん出てないと。そういうことを聞きましたんで、それじゃああかんやろうと。
だから評価するほうは、基準がないんやから、明確な基準がないと、どうしても評価するほうが自分のポリシーに合う部下にええ評価する。自分のポリシーに合わない部下を、価値観に合わない部下に悪い評価をする。それには感情も利害もいっぱい入ってくるでしょうと。結局それが差別制度になるんですよと、ずっと言ってるんや、8年間。 ですからね、教育長、権力者は任命権があるんだから拒否権もあるんや。そうでしょう。
あんたら課長、部長が部下に人事評価してるが、自分の価値観が入らへんか。どうして公平にできるんな。課長みんなそれぞれ価値観違うやないか。そうやろう。 ほいだら倫理、倫理はね、みんなそれぞれ倫理の価値観、それは違う。立場でみんな違うやろう。農業者は農業者、漁業者は漁業者、あんたら公務員は公務員、みんなその立場で倫理観は違うんや。だから倫理観が違うからね。しかし、社会生活を安定させなあかん。
部下職員は、法律があるから仕方ない。幹部は法律があるから仕方ないからやっているんだろうというて、法律があるんか。そういう部下が、いや市議会議員の中にもおるから、法律があるから仕方ないんと違うやないか。市長、教育長がやれ言うからやっとるんやろ。 地方公務員法に義務規定があるからと市長が答弁する。だから仕方なく人事評価は実施されとると思うとるんや。これが問題や言うんやで。
この紀美野町の課長が部下を人事評価しているんですよ。いかに人事評価というのが愚劣な卑劣な行為であるかということを言いたい。いいですか、この課長が部下を常時評価しているんですよ。そして、町長が常日頃仕事は真面目だったと謝罪の会見で謝っている。だから課長になるぐらいだから、常日頃は真面目だったんでしょう。どういう評価していたんですか。Bの評価、Cの評価していましたか。AかSじゃないのかと思いますよ。
また、その際、局長に、ここの局長というのは市長の分身ですね、部下ではなくて。今は各部局の人事は人事課任せなんですけれども、この部局にもやっぱり引っ張りたい、育てたいという職員が出てきます。自分の後、あいつを引っ張ってやろうかいな、伸ばしたいなというような人は絶対いますので、各局長に対して人事のヒアリングを行っていると聞いています。ぜひ、そういったことを聞いてあげてもらったらいいのかなと。