9件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

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田辺市議会 2008-09-18 平成20年 9月定例会(第4号 9月18日)

当事業団は、昭和36年雇用施策の一翼を担う事業組織として設立された労働省所管の特殊法人であり、最初の目的炭鉱閉山による離職者の就業訓練や移転就職者用宿舎建設目的としていた炭鉱離職者援護の使命を終えた後も、対象を一般離職者に広げていく。存続させ平成8年度8,142億円という予算を持ち、大きく雇用された4,800人以上の職員を要していました。  

田辺市議会 2006-09-21 平成18年 9月定例会(第5号 9月21日)

相次ぐ炭鉱事故原油輸入自由化に伴って、エネルギーの主役を石油に奪われ、炭鉱は次々に閉鎖し、そういったものの処理費に580億円を費やした。その6割は借金である地方債で賄っております。その後、夕張市は、観光へと政策変更して行っておりましたが、バブルの崩壊で市の標準財政規模の14倍に当たる632億円の負債を抱え、財政再建団体の申請を行ったと言われております。  

田辺市議会 2006-06-28 平成18年 6月定例会(第4号 6月28日)

昔は炭鉱で栄えたまちですが、現在は閉山して年々人口が減少し、少子高齢化が進んでいます。炭鉱閉山後、企業も少なく、厳しい労働条件のもとで働いている父母がふえて、共働きでやっと生活が成り立っている現状のもと、少子化対策支援事業として、小学校6校374人の子供たちの給食費1,230万円を予算化しました。子供たちが全員そろっておいしく給食が食べられるようになったことを父母たちは大変喜んでいるそうです。

田辺市議会 2003-09-25 平成15年 9月定例会(第4号 9月25日)

昭和19年、戦争前の九州炭鉱での話ですけれども、1日5円、各種いろんな手当がついて月収が150円から180円、200円もらっていた人も現実にいたそうです。当時の巡査の月給が45円です。50円として4分の1ですね。大卒の事務の人が75円、兵隊は10円だったそうです。そのときに200円もらっている人たちが現実にいたと。

田辺市議会 2003-06-26 平成15年 6月定例会(第3号 6月26日)

しかしですね、これを紹介している一例を挙げますと、「徴用令状を突きつけられ、手錠をかけられ日本炭鉱に連行された」という話は、朴慶植という人の「朝鮮人強制連行の記録」に掲載されている金大植という人の手記からの引用ですね。その手記の原文を読むと、昭和18年2月の話になっているのです。先ほど言いました昭和18年には徴用なんかはないのです。昭和19年9月からであるのです。

田辺市議会 1997-06-26 平成 9年 6月定例会(第4号 6月26日)

たまたま旧産炭地でありまして、その炭鉱が三つの都市にまたがっていたということも、条件としてはあるわけでありますが、国が違う三つの都市が、共同でパンフレットをつくり、企業の誘致条件も、大体足並みを揃える。どこかの都市だけが優れていると、どうしても企業がそこに集まってしまいますから、いろいろ話し合いで調整をするという具合であります。また、ドイツの北部にリューべックという歴史のある都市がございます。

田辺市議会 1995-06-21 平成 7年 6月定例会(第3号 6月21日)

そして、最後にですね、273ページ、「強制的に日本に連行された約70万人の朝鮮人や4万人の中国人は、炭鉱などで重労働に従事させられた。さらに、徴兵制のもとで台湾朝鮮の多くの男性が兵士として戦場に送られた。また、多くの朝鮮人などの女性も挺身隊という名目で戦地に送り出された。占領地では、日本軍は住民に厳しい労働をさせ、戦争に必要な資源や米などを強制的に取り立て、占領政策に反対する住民を処刑した。

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