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平成 7年12月定例会(第3号12月13日)

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  1. 田辺市議会 1995-12-13
    平成 7年12月定例会(第3号12月13日)


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    最終取得日: 2020-05-23
    平成 7年12月定例会(第3号12月13日)          田辺市議会12月定例会会議録          平成7年12月13日(水曜日)          ─────────────────   平成7年12月13日(水)午前10時開議  第 1 一般質問  第 2 5定議案第17号 田辺市職員給与条例及び田辺市企業職員の給与の種類及び               基準に関する条例の一部改正について  第 3 〃 議案第18号 工事請負契約の締結について  第 4 〃 議案第19号 第三次国土利用計画田辺市計画の策定について  第 5 〃 議案第20号 公有水面の埋立てについて  第 6 〃 議案第21号 ワイオン市との友好都市提携の更新について  第 7 〃 議案第22号 平成7年度田辺市一般会計補正予算(第6号)           ──────────────── 〇会議に付した事件  日程第1から日程第7まで           ──────────────── 〇議員定数 22名 〇欠  員  1名           ────────────────
    〇出席議員           議席番号   氏   名            1番 田 中 康 雄 君            2番 芝 峰   進 君            3番 生 駒 浄 光 君            4番 山 本 紳 次 君            5番 初 山 丈 夫 君            6番 山 口   進 君            7番 宮 田 政 敏 君           10番 十 河 一 正 君           11番 大 倉 勝 行 君           12番 八 山 祐 三 君           13番 森   哲 男 君           14番 青 木 伸 夫 君           15番 稲 沢 勝 男 君           16番 黒 田 庫 司 君           17番 熊 野 芳 和 君           18番 行 森 素 治 君           19番 尾 前 陽 三 君           20番 広 沢 得 次 君           21番 篠 崎 憲 司 君           22番 佐 武 克 彦 君           ──────────────── 〇欠席議員            9番 松 本 定 市 君           ──────────────── 〇説明のため出席したもの           職  名      氏     名          市    長    脇 中   孝 君          助    役    田 中 二 郎 君          収入役       山 崎 英 一 君          教育長       角   莊 三 君          水道事業管理者   谷 中 義 夫 君          企画部長      柴 田   修 君          企画調整課長    衣 田 秀 雄 君          同和室長      高 地 勝 司 君          総務部長      楠 本   薫 君          総務課参事     山 崎 清 弘 君          財務課長      藤 畑 富三郎 君          税務課長      田 中   憲 君          税務課参事     森 内   伸 君          市民部長      辻 本   宏 君          保健福祉部長    山 本 邦 弘 君          経済部長      室 井 修 一 君          農林水産部長    田 中 秀 章 君          農政課長      溝 口 博 一 君          農林振興課長    松 本 忠比古 君          水産課長      杉 原 莊 司 君          建設部長      桝 本 靖 男 君          監理課参事     馬 渡 康 夫 君          土木課参事     稲 崎 敏 夫 君          公共下水道準備室長 堀   義 雄 君          消防長       弘 末   勉 君          教育総務部長    清 水 節 雄 君          理    事    八 百 耕 貮 君          教育委員会総務課長 井 口 富 夫 君          学校教育課長    嵯 峨   勇 君          生涯学習部長    砂 野 啓 三 君          理    事    日 尾 耕二郎 君           ──────────────── 〇出席事務局職員          局    長    橘     勲          次    長    寺 本 千 秋          主    任    福 井 量 規          主    査    千 品 繁 俊 開 議 ○議長(熊野芳和君)   定足数がありますので、ただいまからお手元に配付の日程により平成7年第5回田辺市議会定例会第3日目の会議を開きます。             (午前10時08分)           ──────────────── ◎報 告 ○議長(熊野芳和君)    9番 松本定市君から欠席の届出がありますので報告いたします。 ◎諸般の報告 ○議長(熊野芳和君)    この場合、事務局長をして諸般の報告をいたさせます。  議会事務局長、橘勲君。         (議会事務局長 橘  勲君 登壇) ○議会事務局長(橘 勲君)    命により報告申し上げます。  本日付、田総第656号の2をもって市長から本定例会に提出の追加議案として、5定議案第17号 田辺市職員給与条例及び田辺市企業職員の給与の種類及び基準に関する条例の一部改正についてほか6件及び議案参考資料の送付がありました。いずれもお手元に配付してございます。  以上であります。         (議会事務局長 橘  勲君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    それでは日程に入ります。 ◎日程第1 一般質問 ○議長(熊野芳和君)    日程第1 一般質問を行います。  18番 行森素治君の登壇を許可します。           (18番 行森素治君 登壇) ○18番(行森素治君)    一般質問第二日のきょうはトップとして登壇いたしました。質問、通告順序に従って質問いたします。  今、最初の項については、質問というよりも述懐というようなことになりますが、その点よろしくお願いします。戦後50年を回顧して、私はあまり後ろ向きの話は好きなことがないんで、今まであんまり戦争のことについては語ったこともないんでございますが、戦後50年の節目として、一応、私なりの戦争生活と言いますか、を回顧してみたいと、こう思います。よろしくお願いします。とくに、この中で前を向いても、後ろを向いても、実際に戦争に従軍して弾の下をくぐったのは、おそらく私一人だろうと、こう思います。そういった意味でも、今、本来だったら「われかく戦えり」ということで胸を張って言いたいんですが、私は、内地でおって、もっぱらB29の爆撃の中で警衛とか、あるいは防火とか、消火とか、そういったことばかりをやっておりましたんで、そう大きなことも言えませんので、一応、表題としては、戦前、戦後の私の歩みと、こういうことで出させてもらっております。  昭和6年9月に、南満州鉄道の柳条湖付近で、南満州鉄道を爆破するという事件がありました。この真相については、私もつまびらかじゃないんで差し控えますが、その事件が引き金になって、満州全土にいわゆる戦火が広がりまして、昭和7年2月をもって、全満州を関東軍が制圧したと、こういうことでございます。満州事変は一応、終結いたしました。しかし、これがいわゆる上海事変へと飛び火しまして、全面的な支那事変となる発火点になったと、こう思います。私が小学校、確か四、五年生時分でありました。その時分に紀勢線が田辺まで来て、田辺駅が開通したと、こういったことでございます。昭和7年10月に、国際連盟理事会から派遣されたリットン調査団、リットン卿を中心にした調査団が、満州での実地調査の結論の報告書を公表しました。報告書は、満州事変を日本の侵略と断定いたしましたが、満州における日本の権益を認めると、大変半ばした妥協的な結論であったと思います。  しかし、昭和8年2月、ジュネーブの国際連盟理事会に出席した日本の代表の松岡全権が、連盟脱退をするという演説をして、席を蹴って帰国したわけでございます。それから、日本は国際的孤立へ向かって決定的な道を歩くと、そういったことでございます。前段、そういったことを前提といたしまして、満州事変で、満州全土を制圧した関東軍は、今度は、北京に逼塞していた清朝の末裔、宣統帝溥儀氏、いわゆる「ラストエンペラー」と言われておりますが、その人を引き出してきて、そして五族共和、王道楽土の理想国を築くと、こういうことで第一歩を踏み出しましたが、一方、その国内の情勢を見ますと、昭和初期から始まった金融恐慌によるパニックは、第一次大戦の一時的な好況から、一気に戦後の不況の波となって、関東大震災の打撃という、その流れの中で一挙に吹き出したものが、昭和恐慌であろうかと思います。  都市では、労働争議が相次いで起こって、それへまた首切りと、悪循環が繰り返されて非常に不景気になった。農村は農村で、不作と、それからその時分は農地解放ができてません。いわゆる小作に対する搾取、これもありまして、食うものがなくなって、仕方ないから娘を身売りに出すと、こういった悲惨な状況だったわけです。私たち子どもの時分です。一つの遠因になると言いますか、いわゆる青年将校がクーデターを起こした。五・一五事件あるいは二・二六事件、日本の政党も悪い、重臣も悪い、財閥も悪い、そういったことで、そういった人たちを高橋蔵相とか、いろいろありますが、岡田総理、岡田総理は奇跡的に助かりましたが、渡辺教育総監、そういった人を問答無用で撃ち殺したと、こういうことでございます。原因としては、軍部内部の皇道派とか、統制派とか、いわゆる派閥争いも原因になっていると聞いていますが、そういった時代の中で、昭和十年代は一気に軍国時代、いわゆる軍靴の靴音が高くなった時代でございます。  そして、私は満二十歳で徴兵検査を受けまして、元の田辺中学校、ここにあった田辺中学であろうと思います。甲種合格ということになりまして、その昭和16年の冬、12月8日にいわゆる日米交渉が決裂して、アメリカイギリス、支那、フランスオランダ、こういった列強に対して宣戦布告、真珠湾攻撃と、こういうことになったわけでございます。いわゆる大東亜戦争に突入したわけでございます。私にも「近衛歩兵第一連隊に、昭和17年1月10日、入隊すべし」と白紙が参りました。現役入営の場合は白紙でございまして、予備役の招集の場合は赤紙でございます。そういうことで、いわゆる今までうっ積された国民の感情が一気に爆発したということで、大変私たちは送別会と言うんですか、一か月間、毎晩のように激励されて、歓呼の声に送られて入営したわけでございます。「英米なにするものぞ、撃ちてし止まむ」、そういった大見えをきって入営したわけでございます。  入営後一か年間は、いわゆる一期、二期、三期の検閲がありまして、秋期演習、それから近衛師団としては、ご守衛教育、検閲と、これでやっと一年間で一人前の兵隊になれると、こういうわけでございます。近衛兵の任務は、一、禁闕のご守衛、いわゆる宮城のお守りです。それと二番目は、大宮御所はじめ各宮家のご守衛、そして三番は儀仗と、こういうふうになってますが、そういう勤務のいわゆる上番、下番の合間には、すいたときには、銃剣術とか、射撃とか、あるいは戦闘教練とか、そういったことで、一般練武に励んで参りました。代々木練兵場、あるいは富士滝ケ原の演習場、それから習志野下志津の演習場、そういったところが私たちのいわゆるホームグラウンドでしたが、儀仗というのは、いわゆる皇室の威厳を保つというんですか、飾りみたいな仕事でございますが、陛下が行幸されるときに、路傍のお伴をしたり、あるいは皇太子殿下が、戦争が激しくなって日光田母沢の御用邸とか、そういうとこへ疎開されましたが、そういったときには、儀仗隊と将校を長にして、約一個小隊ぐらいの、30名ぐらいの儀仗隊が行きます。一か月交替ぐらいで勤務しますが、それを「儀仗」と言っております。  空襲がだんだんと激しくなってきますと、それまでは皇太子さんが、明仁親王の今の今上陛下でございますが、ちょうどその時分、小学校の低学年で、赤坂離宮に東宮御学問所というのがあって、そこでご両親と別れて教育をされておりましたが、そこの前庭のいわゆる広っぱで、芝生のスロープでよくご学友という、いわゆるお友達、特別に選ばれたお友達と一緒にころげ回って、自転車に乗ったりして遊んでおりましたが、私たち歩哨交替で隊を組んで行きますと、そういうのに出会いまして、大体、「あそこらに皇太子おるな」というようなことで、整列して着剣をして待っていると、大勢遊んでいた子どもの中で、一人だけぱっと立てて不動の姿勢と言いますか、するんで、「あっ、あれが皇太子さんやな」と、こういうことで捧げ銃の敬礼をするわけなんですが、すぐ挙手の答礼をされて、それからまた子どもらと遊び出すと、こういったことで言うなれば帝王学と言うんですか、修められていたと、こう思います。  昭和20年に入ると、いわゆるサイパンからのB29の爆撃が、大変日ごとに激しくなって参りまして、いよいよ3月9日の夜、正確に言えば、3月10日の未明と言うんですか、3月10日は陸軍記念日で、毎年、代々木練兵場で観兵式があるんで、その年のその準備をしておりましたが、B29がいわゆる下町の方の繁華街、商店街へじゅうたん爆撃をいたしまして、焼夷弾19万発が日本のこの紙と木でできた家を、まちを焼き払ったわけなんです。そういうことで、焼死、爆死、一夜にして8万6,000人、田辺市の人口7万人です。一晩に8万6,000人が焼け死んだわけです。家屋が23万戸という大被害を受けました。翌日、私たちトラックで死体収容に出動したんですが、本当に死屍累るいと言うんですか、自分の肉親を探すために、自分も負傷しながらさまよい歩いている群衆を見まして、戦争の悲惨さ、厳しさというものをひしひしと感じたわけですが、これが空襲の皮切りで、それから空襲は122回、延べ4,870機が、B29がわが物顔に胸を張って、悠ゆうと東京の空を舞い回ったと、こういうわけでございます。
     ときたま、ちょうど鷲へ向かっていく雀ぐらいな大きさですが、日本の戦闘機が体当たりをいたしまして、ともに火を噴いて落ちてくると、そういうことも二、三回見ましたが、高射砲陣地も方ぼうにあって、よく当たる陣地と当たらん陣地があるわけですが、あそこへ来たら当たるぞと見ていたら、必ず打ち落としたと、こういったことも度たびありました。物量にものを言わして、それからも何回も何回も悠ゆうとやって来たわけでございます。4月25日、5月25日という日は、本当に大変な空襲で、延べ1,000機が、空が暗くなるほどやってきたと、こういうわけでございます。それで宮城も大宮御所も全部丸焼けになってしまいました。  5月の空襲のときに、私は大宮御所へ衛兵として上番していましたが、大宮御所というのは、貞明皇太后がお住まいでございまして、昭和天皇のお母さんに当たられる方ですが、実際のお母さんではないんです。そのお方が住んでおりまして、そこの衛兵に行っておりましたが、その皇太后さんは、疎開されるように、みなから進められたそうですが、「私は、もう東京で死ぬんだ」と言って、絶対動かなんだんで、その大空襲のときも大宮御所におりまして、その空襲が激しくなってきたんで、防空壕へご遷座されるということになって、防空壕と言っても、民間の防空壕と違って非常に堅固にできておるし、その防空壕のご遷座要員としてお伴しましたが、女官さんが四、五人、日用品を持って、それへ兵隊が五、六人、警戒のためについていくわけなんですが、そのときはもう既に焼夷弾もばらばら落ちてきているし、これはえらいことやな、これ皇太后さんとこへ焼夷弾落ちてきたらどうしようかなと、なっとうしてでも守らんなんと、そういうことを考えながらいたんですが、100メートルほどで結構無事にお送りしたこと、こういうこともありました。そのあくる朝なんか、松の木に大勢、爆死と言うんですか、爆弾で飛ばされてぶら下がっておりましたが、焼夷弾と一緒に爆弾も落とすということで、本当に激しい空襲がありました。  そういうこともあるし、また市ヶ谷に大本営陸海軍部、市ヶ谷の元の士官学校の跡ですが、そこにあったわけなんです。そこの衛兵に行ったときに、正門歩哨にちょうど私、立哨しておりまして、これはB29単機、一機で来たんですが、爆弾を落として、立哨しているし、爆弾がどんどんどんどん近づいてくるのがよく見えるんです。それで、これはえらいこっちゃなと思ったけれども、歩哨に立っている以上、防空壕に逃げていくわけにもいきません。そういうことで、これで最後かいなあと思って、廠舎の陰へ伏せようとしたときに、ばあんと弾が二つに割れまして、中から出てきたんは、紙のビラです。何百枚か何千枚か知りませんが、ひらひらひらひらといっぱいその辺へ落ちてきまして、それで命拾いしたわけなんですが、そのビラには、いわゆる宣伝ビラで、「裕仁、それから東条に告ぐ」と、「一人でも国民の命を助けたくば、一日も早くポツダム宣言を受諾せよ」と、こういった文句を書かれていたように思います。  そういうこともありまして、もう一回、5月の末ごろの、6月に入ってたかもわかりません。空襲のときには、もう辺り一面、火の海の中で、私たち弾薬庫の防火班で出動しておりましたが、ちょうど私たちの連隊の道を隔てた向かいが女子学習院ですが、そこがもう丸焼けになって、日本式な建物たったんで、柱だけが残って燃えているのが、ちょうど珊瑚の御殿のようなもので、きれいだなと思いながら一生懸命になって、弾薬庫の防火作業についたわけなんですが、焼夷弾はどんどんどんどん落ちてくるし、屋根へ落ちてきたやつを一つひとつ手でつかんで、地面へ放りながらしたわけなんですが、もしこれ、この弾薬庫に引火したら、下には火薬がいっぱい入ってる。これは一巻の終わりなんです。そういうことで、朝になって、やっと守り抜いたということで、空襲の後は、太陽がもう真っ赤になっております。その真赤い太陽を見ながら、友だちと抱き合って喜んだ、そういった経験もありました。  そのとき、私たちの兵舎の屋根も焼けまして、それからいわゆる各中隊に分かれ、中隊が分隊に分かれて、壕舎生活が始まりました。私たちは、牛込、神楽坂、昔の繁華街と言うんか、遊び場所でございますが、そこへ壕を掘って、言うなれば疎開したわけです。それでいよいよ6月22日には、沖縄が玉砕したと、こういうことで、8月6日、広島に原爆投下、ピカドン一閃で死者20万人という、本当に大悲劇が起きたわけでございます。続いて、三日おいて、9日は長崎にも投下されました。この次は東京だということで、私たち、携帯テントといって、1メートル四方もないような小さいテントをいつも持っているんですが、それをいつも頭からかぶっておれと、こういうことで、それで防げるか、防げんか知らんが、その当時は、「原子爆弾」とは言わずに、「新型爆弾」と言っておりました。大変、威力あるということは認めておる。そういうことで、いたわけなんですが、その前の日の8月8日には、ソ連ら対日宣戦をして、今まで不可侵条約結んでいたんを一方的に破って、満州へ雪崩のように攻め込んできたと、在留邦人の悲惨なことは、もうみなさんご承知のとおりでございますが、男はみな連行されて、シベリアへ抑留されたと、こういうことになっております。9日から御前会議がありまして、宮中の防空壕の中です、御文庫と言っております。そこで御前会議があったわけなんですが、そのことは私たちも聞いておりましたが、いよいよもうしゃあないと、御前会議で、軍部は強烈に反対したが、いわゆる天皇陛下の御聖断と言いますか、「これ以上、国民を死なせてはいかん」ということで、御前会議ポツダム宣言を受諾という決断が出たわけでございます。  それを向こうへ通達して、そして8月14日に無条件ポツダム宣言受諾が正式に決定いたしました。そういうことで、8月14日には、私たちにも非常呼集がかかりまして、完全武装で実弾を持って、私たちは桜田門の警視庁の前、あそこへ布陣したわけなんです。宮城をくるっと近衛兵で取り巻いたということでございますが、その14日から15日にかけて、師団司令部の古賀参謀と言う、古賀少佐がおるんですが、この人ほか数名の将校たちが、師団長室へ押しかけて行って、森赳近衛師団長に、「もう一回、天皇に、戦争を継続せえとすることを上申してくれ」ということを申し入れたわけなんですが、森師団長は、「うろたえるな」と、「近衛師団というのは、詔書必謹だ、天皇陛下の言うことはすべてもう聞くんだ」ということを言うたんで、青年将校たちは、一刀のもとに森師団長を切り殺したと。いわゆる「日本の一番長い日」という映画にもなっておりますし、私の班におりました大久保軍曹というのは、師団司令部の方へ変わりまして、司令部付になっておりましたんで、隣の部屋におったそうです。その事件の詳細については、私も後日、聞いたわけでございますが、そういった事件もあって、もう至るところから「戦争を続けよ」という軍部の声が、声というんですか、暴動がひっきりなしに起こったわけなんです。  そういうことで、私たちも桜田門のところに布陣しているときに、宇都宮から士官学校の生徒たちが宮城へ、「もう一回、戦争継続をお願いにいくという、隊を組んで来やる」という情報が入りましたんで、軽機へ実弾を込めて、引き金引いたら弾でるように構えていたときに、靴音がザクザクとしてきたんで、中隊長が飛び出ていて「きさまらどこの部隊か」と聞いたら、同じ近衛第一連隊のほかの中隊の兵隊だったんで、もうちょっとで皇軍相撃つというか、同士撃ちをやるとこだったんですが、そういうこともありました。15日に玉音放送があったんですが、さっき言った、古賀少佐たちは、師団長を殺しておいて、「師団長命令」と言うて、私たちの隣の近衛第二連隊の兵隊を連れて宮城へ押し入って、そして玉音放送の放送盤を、レコードを探したんですが、なっとうしても見つからなんだ。そしてもうその場で自決したと、こういう事件があったわけなんです。  それで16、17日に、私たちも宮城前に配置していたわけなんですが、宮城のあの正門前の広場のとこです。そこへ入れ替わり立ち替わり、市民が大勢押しかけてきて、老若男女、あるいは女子挺身隊が国へ帰る前に、みなその広場へ泣きに来るんです。本当にもう大きな声で、ワイワイ、ワンワンと泣いているんで、私も対面して立っていながら、涙が流れてしようがなかった、こういう思い出がございます。この涙が日本再興になるんじゃなかろうかなとも思いながら、立ってたわけなんです。それから、8月の末ごろに、賢所近衛兵として最後の上番がありました。いわゆる宮中の三種の神器というのがあります。それは、皇霊殿へいつも祭っているんですが、戦争中、いわゆる仮御所、仮御殿というて、言うなれば地下壕ですが、そこへ移していたのを本当の正殿へ、また移し変えるということで、ちょうど私たち上番していたんで、奉輿要員として行かせていただきましたが、高松宮様がご先導されまして、三種の神器を担いで本殿へ移したんですが、そのとき昭和天皇が、天皇陛下が立てってじっと見ておられました。これがいわゆる陛下が皇軍を見た、日本軍を見た最後の瞬間じゃなかったんじゃなかろうかと後で思い出して、大変光栄に感じております。  すぐその後、武装解除をして、兵器の機具の御紋章を全部削って、一か所へ集めて焼くと、こういうことで、軍旗も賢所の前の庭で奉焼しました。つい先日、宮中へ入らせてもらえる機会がありまして、そこを見てきましたが、そういうことで、戦争が終わりまして、9月10日にいよいよ城明け渡しと言うんですか、部隊を米軍に引き渡すということになりまして、アメリカ軍が拳銃を持って入って来る。私たちはもう丸腰です。見習士官が突然、わしの言うように復唱しろというんで、何を言うんかなと思ったら、「アメリカ軍のばかやろう、十年後を見ておれ」と大きな声で叫びました。私たちも同じように叫びながら営門を出てきたわけなんです。向こうはぽかんと見ておりましたが、そして品川駅からいわゆる無蓋車に乗って、「さらば東京よ、また来るまでよ」と歌いながら、故郷へ帰ってきました。大変肩身の狭い思いで帰ってきました。  こういうことで、恩賜のたばことそれから御紋果をいただいて、それを土産にして帰ってきたわけなんですが、「国破れて、山河あり」と言いますが、本当に故郷の山と、年老いた両親に迎えられて、やっと故郷の人間になれたなあと思いながら、戦争とはどういうことか、これが私の三年九か月のいわゆる戦争体験ですが、本当に熱く燃えた青春の一瞬かなと考えながら、戦争は一体何だったのかということを考えました。まあ何と言っても、戦争の悲惨さということは、これは末代まで語り継がないかん。それから、平和の尊さというものも語り継がないかんと、こう感じたわけでございます。戦争によって得たもの、失ったものと項目を出しておりますが、何と言うても、私たち若いころは、満州蒙古を語るときは、よく「日清日露の戦いで、十万の英霊と二十億の国費でもって築いた国防の第一線」ということをよく言われましたが、「赤い夕陽の満州蒙古、それもそうじゃないか日清日露、二度の戦に流した血潮、染めて築いた土地じゃもの」と、こういった歌も歌っておりましたが、父祖の血潮の染みついた土地、そういった観念を持っております。そういうことで、語り継がれてきたわけでございます。  戦争によって失ったものと、これは大変膨大な国費と、それから日本の日清日露か、この方のいわゆる国土、台湾、朝鮮、樺太、そういったものが一遍に失うたと、こういうことでございます。それから、得たものということになりますと、失うたものの中に一番大事なのは、やはり人の命、若い、とくに青年の命を失うた、それが大変大きな損失でなかったかと、こう思うんですが、それを代償として得たものと言えば、何といっても民主主義、それから出版、思想、集会、結社、信仰、そういったことの自由、これであろうかと思います。今の世になってくると、貧しさから脱却して豊かさを得た、これも言えると思います。自由には、しかし当然として責任がついてきますが、自由気ままとか、いわゆる自由放縦とか、流れている、そういったことは危惧するわけでございますが、戦後教育について、一応お聞きしたいんですが、戦前は、いわゆる明治23年に発布された教育勅語があって、道徳の規範あるいは教育のバックボーンになっていたと思いますが、今の道徳教育についてお聞きしたい。  最近、いじめによる子どもの自殺が、また頻発しております。いじめる子どもに対して、もう少し厳しい躾けができないんかどうか。あの自殺の子どもの手記とか、連絡簿の書いていること、そういったことを見ますと、本当に涙が止まりませんが、そういった厳しい躾けができているんかどうか。また親も教師も、もう少しよく子どもを見守ってほしいと、こう思います。子どもの気持ちを察してやれる親であり、教師であってほしいと思うんですが、要するに子どもに対する愛情の問題だろうかと思いますが、教育、そして命の尊さということをしっかり身につけさせてもらいたいと、こう思います。  また、最近、ある中学生の女の子がいわゆるテレクラで知り合った中年の男に殺された事件がありましたが、男女のいわゆる不純交遊というのが、だんだん低年齢化しているのではないかと。また、喫煙についても、昔は徴兵検査が終わるまで絶対に許されなかったし、またそれをきちんと守ったと。戦後も昭和40年ごろまでは、高校生で喫煙を見つかって退学になったこともあったんです。最近、それが大変ルーズになってきて、初めからたばこのうまい人はおりませんが、面白半分とか、あるいは友だちの影響とか、そういったことで喫煙が始まっているんだろうと思うんですが、非常に成長期の子どもにとっても、あるいは女の子たちにとっても大変、「百害あって一利なし」と言われておりますが、喫煙癖もだんだんと低年齢化してるんじゃないかと、これも危惧します。その他、非行とか暴力、交通違反、この実態はどうなっているのか、お考えがあればお聞きしたいと思います。  それから、二番目の友好都市提携についてでございますが、先日、お許しを得まして、海外視察に行ってきましたが、いわゆる歴史の古いヨーロッパのミラノ、バルセロナ、マルセイユ、パリ、そういったところの香り高い文化にも触れてきました。まず、ミラノのドゥオモのゴシック建築の壮大さ、ダ・ヴィンチの銅像のある広場から入ったアーケードの雄大さ、美しさ、ファッションのまちミラノという、美しい町並み、そういったものを感じてきましたが、バルセロナは、スペイン第二の都市て、オリンピックの開かれた近代都市でございます。モンジュイックの丘から見る地中海は、本当に印象的であったと思います。バルセロナでは、老人施設を公式訪問して、視察しましが、視察報告書というのを団長のもとでまとめられると思いますが、そのことにつきましては、一応、省かせていただきます。独断と偏見があってはいかんので、この場は一応、はずさせていただきます。  バルセロナのいわゆる聖家族教会というんですか、ガウディが引き継いでからでも100年たっていると、これからあと完成まで100年かかるか、200年かかるか、とにかく寄附金と参観料をあてにしてやっているんだということですが、大変ヨーロッパにも気の長い事業もあるんだなと、こう感じたわけですが、バルセロナのこの塔も、できてる塔、何本かあるんですが、その一つへエレベーターで上ってきました。107メートルの高さですが、本当にバルセロナのまち、海が一望できるところでございます。  マルセイユは、フランス第二の都市で、フランスの海の玄関口、南仏の港町ですが、ノートルダム寺院から見る地中海、巌窟王の舞台になったイフ島、そういったもの、港を守る要塞の城、大変すばらしい眺めでした。ここでは、小学校を公式訪問いたしました。マルセイユからフランスの誇る新幹線に乗りまして約4時間、パリまで大変広大な平野部を走り、車窓に見える農村地帯を眺めながら、農業大国フランスを実感しました。パリでは、ルーブル博物館を約3時間で見学しましたが、ちょうど酒屋の前を駆け足で走るようなもので、ヨーロッパの歴史と文化をちょっと臭いだけ嗅がしてもらいました。  そういうことで、ヨーロッパはどこへ行っても、日本人の団体さんが多いんですが、国際交流というのは、民間からどんどんできているんじゃないかと、こう思います。大変温暖な地中海の景色のいいバルセロナとか、あるいはマルセイユを見て、この付近にも一つ姉妹都市ぐらいあって、そして若者、学生、それから市職の方がた、こういった人たちが交流できたらええがなあと、こう感じたんで、まだ感じただけでございますが、もしそういった機会があれば、あの付近で適当な類似都市を見つけて、姉妹提携のできるまちがないかどうか、これも一つの課題として考えていただきたい。オーストラリアのワイオン市との友好提携も、大変順調に進んでいるように思います。こういったことで、そういう考えがあればお聞かせ願いたいと、こう思います。  三番目の、時間、通告よりちょっと過ぎてきますが、梅生育障害対策について、これ資料、お手元に配っていると思います。梅については、生産量を府県別に見ると、和歌山県は、全国シェアの50パーセント強を占めております。県内の産地を見ると、田辺市が34パーセント、南部川村が30パーセント、南部町14パーセントと、三地区を合わせると、全県下の78パーセントをこの地域で占めているわけでございます。さらに、粗生産額については、生果でみかんの270億円に迫る225億円に達しています。さらに付加価値をつけた梅干し製造業は、400億円の売上げで、地場産業の県下で四番目というわけでございますが、これに従事する雇用の関係、あるいは樽とか容器とか、そういった附帯事業を合わせますと、本当に大きな地場産業やなかろうかと、こう思います。わが田辺市にとっても、重要な産業であろうかと思います。まさに金のなる木でございますが、近年、生育障害の広がりがあって、梅農家に暗いかげりが出ております。梅生育障害の現況と対策について、お聞きしたいと思います。  市としては、できるだけの予算をつけていただいております。原因究明、あるいは対策に取り組んでいただいてることはよくわかっておりますが、大学等の研究機関が、地元にないのが大変残念に思います。前の参議院選挙のときに、世耕事務所へ行って、近大は水産試験場に大変力を入れて、成果を上げておられるそうですが、農業部門の試験研究にも力を入れていただきたいということを秘書に言うたんですが、先生おらなんだんで、秘書に言ったんですが、秘書の「選挙が済んだら、先生を囲んで話し合いましょう」と、こういう話だったんですが、その後、何の話もないんで。そこで、県にとっても、先ほどから言うように、大変重要な産業である梅については、ちゃんとした梅の試験場のないのが実情であろうかと思います。もしあっても、主産地である、この田辺、南部地方へ立地してほしいと、このことを市としても格段の県への働きかけをしていただきたいと、このように考えていますが、お考えをお聞きしたいと思います。  以上で、第一回目の一般質問を終わります。ありがとうございました。           (18番 行森素治君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    18番、行森素治君の質問に対する当局の答弁を求めます。  市長、脇中孝君。           (市長 脇中 孝君 登壇) ○市長(脇中 孝君)    行森議員から三点にわたるご質問をいただきました。第一点目の戦後50年を回顧してということで、これはいわゆる行森議員さんの、特に3年9か月の兵役のときの、その状況の体験を語っていただきました。私ども戦争当時、まだ学生でありました身で、おぼろげながら戦争のその悲惨さというものも、少しはいわゆる田辺のまちが空襲、グラマンの飛行機で銃撃される姿を私も見ておりますけれども、とてもその比でなかったそのお話を聞くにつけて、行森議員さん、「過去を語ることはあまり好きでない」とおっしゃいましたけれども、どうかひとつその戦争の悲惨さと平和の尊さというものを、これからひとつ勇気を持って、後世への人に語り部になっていただきたいことを、心からお願いを申し上げる次第でございます。あと質問いただきました問題点につきまして、私から二番目の友好都市提携についてお答えを申し上げ、あと教育長とそれから担当部長からお答えをさせていただきたいと思います。  市では、市民の国際交流活動を促進するために、今までいろいろな施策を行って参っておりますけれども、国際化への対応の一環として、平成5年の3月にオーストラリアのワイオン市との間に、友好都市提携を締結いたしております。ワイオン市との提携に当たりましては、議員もご存じいただいておりますように、それ以前に、双方の市民の間で活発な交流活動が行われておりまして、田辺市の友好都市提携の基本方針である、住民を主体とした交流ということを、そして、将来に対する展望、そういったことを勘案しながら、今日に至っているわけでございます。今後も、ますますグローバル化する社会の中で、相互理解に基づく国際平和へ貢献するためにも、都市と都市が手をつなぎ合う、友好都市提携、あるいは姉妹都市提携という交流の形態は、そういう意味で、非常に重要であると考えております。  いずれにいたしましても、住民を主体とした交流の実績やあるいは展望をもとにして、そういうものを踏まえながら、今後も取り組んで参りたいと考えております。当面は、今議会に提案させていただくワイオン市との次期友好都市提携に向けて、努力を傾注して参りたいと考えておりまして、他の都市との提携につきましては、先ほど申し上げましたような、基本方針を踏まえながら、今後の田辺市の課題として参りたいと思いますので、よろしくお願いを申し上げます。           (市長 脇中 孝君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    教育長、角莊三君。           (教育長 角 莊三君 登壇) ○教育長(角 莊三君)    行森議員からの、まず子どもの姿を見るときに、道徳教育はどうなっているかという質問についてであります。学校の教育活動は、教科と道徳と特別活動、三つの領域で展開されておるわけでありまして、道徳は、昭和33年から教育課程に位置付けられているものであります。現在の教育課程の大きな特徴と申しますのは、人間としてどう生きるかという、生き方の価値について学習する道徳教育にあります。内容としては、自分自身にかかわることや、公共、集団、そういった事柄とのかかわりに関することなど、四つほどの視点から生命の尊さ、あるいは友情、あるいは正義、あるいは思いやりなど、感動的な教材や日常的な反省話題、あるいは価値葛藤に引き込む教材、そういったものを使って、まず道徳的な判断力というものを高めていって、実践力へつないでいこうと、こういう意図を持ったものであります。  したがいまして、もとより道徳教育は、道徳の時間というだけではなくて、すべての活動を通じて行われるものであり、教科や特別活動とも関連付けています。各学校では、こうした総合的な形で、道徳的な力の育成に努めておるわけであります。例えば、運動会あるいは音楽会、あるいは福祉体験、勤労体験といった学習など、積極的に活用して、お年寄りとの交流や労働、あるいは生産の喜びを体験するよう、積極的に取り組んでおり、その成果の現れた子どもたちの美しい姿も見られるものであります。しかしながら、すべての児童・生徒が、果たして自分を真剣に見つめる心や、他を思いやる心、あるいは美しいものに感動する心、あるいは公共のために尽くす心と、こういったことが育っていって、しかも自然に行動に移せるか、こういう事柄につきましては、不十分な点は一層、充実に努めなければならないと、そういうふうに考えております。  いじめや問題行動について、お答えいたします。昔のいじめと大きな違いの背景と申しましょうか。それはいろいろありましょうけれども、やはり学歴偏重社会の重圧、そういうふうに感ずる子どもの姿の一つであろうと思いますし、個性が認められにくい社会背景の中での歪んだ自己表現、あるいはそういった社会への反抗と、こういった姿が問題行動であろうと思います。したがって、事の大小にかかわらず、あるいは学校規模の大小にかかわらず、いじめはどこにでも現れると、そういうふうに認識しておるところであります。いじめは、多くの事件の分析から見てみますと、本人からの直接の訴えよりも、むしろ周りの人に気付いてもらうようなサインを送るというところがほとんどであります。また、被害者、加害者のほかに、周りにいる子どもが、それを面白半分とか、あるいは無関心とか、結果としては、加害者の側に立ってしまうと、こういうところから、早期の発見が本当に難しいと考えているわけであります。  このようなことから、いじめへの対応というのは、基本姿勢として、基本的人権の著しい侵害であると、いじめは絶対に許してはならないということを踏まえて、自分の命も、他人の命も大切にすることを子どもたちに指導するとともに、教職員に対しては、日ごろから子どもたちの様子の小さな変化にも気をつけたり、子どもたちと過ごす時間をできるだけ多くしたり、保護者との連携をきめ細かくするよう指導しておるところであります。次に、喫煙問題であります。平成4年度に高校生の悉皆調査のアンケートがあったわけであります。それによりますと、相当数が喫煙をしておるわけでありました。しかも初めて経験するのが中学校が多く、中には小学校というのもあるわけであります。したがって、相当数あろうかというふうに思います。したがいまして、学校では、視聴覚教材等も活用して、その害を指導しておりますし、いろいろな防止活動に取り組んでおりますが、今や小学校でも禁煙指導が必要ではないかと、そういうことが言われているところであります。  しかしながら、さきに申し上げました調査によりますと、やはり高校生の喫煙者の60パーセント以上は、家庭内でも喫煙をしておるわけであります。立派な個室に、「親も立ち入ることができない」というようなことがよく言われるわけでありますが、これは非常に心配なところであります。さらに入手先というものが、ほとんど「自動販売機から」と答えているところも大問題であろうと、そういうふうに思います。便利さと、だれでもいつでも買えるという便利さと引換えに、そういった無秩序、そういうものの引き金になっているところがあるのではないかと、こう思うわけであります。たばこを吸うのは、一部の不心得者のすること、あるいは少年の通過儀礼に過ぎないと。本人の自覚に待つか、家庭の問題だと片づけてしまうことがなかなかできないのではないかと思います。  当地の新聞に、先だって掲載されていました記事のうちに、よく楽しまれておる、なるほどというところがある「こんにちはダニーです」という記事があるわけであります。その中に、「気になる日本」ということで、「自販機でだれでもたばこや酒が買えること」というのが載っていたわけでありまして、よそから見れば、実に不思議な光景ではないかということもあるわけであります。この件につきましては、先日、紀南地区の中学校・高等学校のPTA会長とそれぞれの学校の生活指導担当者の合同会議が開かれたことが、新聞にも載っておったわけであります。その中で、もちろん学校では計画的な教育の推進をし、保護者への啓発も図りますが、自動販売機の対応について、住民の、この盛り上がりの中で、撤去についても提案をなされたと、こういうことを聞いておるわけであります。喫煙の問題は、学校だけではなくて、家庭、地域、社会の大きな問題であると思います。  次に、交通マナーの件でありますけれども、大変残念なことでありますが、昨日、午後3時ごろ、帰宅後、遊びに出かけていた市内の幼稚園児が車にはねられ死亡するという、痛ましい事故が起こっております。直ちに各幼稚園、小・中学校に対して、道路横断については、横断歩道を渡ること、左右の安全確認の上、飛び出さない。自転車の乗り方については、並進、交差点での飛び出し、夜間の点灯、二人乗り等について、指導の徹底を図る旨を通知したところであります。日ごろから、生命にかかわる大きな問題として力を注いでおるわけでありますが、一方、運転者の方も、一人ひとりに声を大にして安全運転を訴えたいというふうに思っているところであります。田辺警察署ほか、いろいろな方がたの指導、さらに小・中学校では、毎月、日を決めて、街頭に出て指導をしておるところでありますが、議員ご指摘の現状もありますので、やはり軽率な行動のもとにある規範意識や遵法精神の欠如と、こういったことに対応した指導が必要であろうと思います。  また、万引き等についても、新聞に報道されていますように、憂慮すべき大きな課題でありますが、最近、再非行率が大幅に減ってきておるというところが嬉しいところでありまして、これにはやはり、最初のときの丁寧な指導、そして保護者の対応ということが決め手になっているのではないかというふうに思っているわけであります。これら子どもたちの生活にかかわる問題の指導や解決には、そのとき、その場で対応していくことが、機会教育として効果的な方法でありますので、やはり学校教育だけではなく、幼いころから、例えば、うそをついてはいけないとか、盗みをしてはいけないとか、人を傷つけてはいけないというようなことをすり込む、そういったことが不可欠であろうと考えています。まず、家庭での指導が大切であり、その上、地域社会の協力、支援というものが期待されているところであります。議員、ご指摘、ご提言の点について、今後とも子どもたちの問題の本質というものを見据えながら、道徳教育が浸透していって、社会全体にそれを尊ぶ風潮というものが行き渡って、これらの課題の解決に大きな力となるよう、取り組んで参りたいと考えております。  以上であります。           (教育長 角 莊三君 登壇) ○議長(熊野芳和君)    農林水産部長、田中秀章君。          (農林水産部長 田中秀章君 登壇) ○農林水産部長(田中秀章君)    行森議員ご質問の梅生育障害の対策についての二点、ご質問いただいております。お答えいたします。  ことしの被害状況につきましては、6月まで雨が順調だったこともあり、昨年ほどの拡大ではありませんでしたが、7月以降の異常な干ばつにより、症状の程度が進み、被害発生本数は、昨年より5,000本増加し、全体で約2万本となっております。地域的には、従来の上芳養、秋津川、上秋津から稲成やその他地域でも発生が見られるなど依然、拡大の傾向にあり、大変深刻な事態と受け止めております。原因究明につきましては、昨年来、田辺市として独自に、大学等の専門的研究機関に依頼し、病理的側面と大気環境的側面の両方から取り組んでおります。まず、大気環境的側面につきましては、現在まで実施しております、数かずの大気測定データが非常に低濃度であることや、大気汚染、酸性雨に対して、梅より弱いとされる果樹や野菜、植物類に異常が認められないことから、直接の原因と結び付けるには無理があるという、専門家の見解もございます。しかし、間接的な要因として、長期的な影響など、未解明な部分の多い研究分野であるため、さらに広島大学の協力を得て、調査を進めていく考えであります。  梅生育障害につきましては、まず、全体的に根の先端部分から枯れ上がってきていることによる立枯れ症というのが、共通した症状でありまして、病理学の専門家の一致した見解として、根の病害であるという指摘がされております。病理的側面からの研究につきましては、東京農業大学京都大学に依頼し、進めてきておりますが、ごく最近、判明した事項として、こうした病害は梅だけでなく、栗、りんご、梨といった果樹に共通した根の病害ではないかということがわかってきております。根が枯れてくる原因としては、植栽方法や薬剤、肥料等の施用が適切でなく、これにより本来、根に共生する特有の菌が減少することにより、根の発育が阻害され、また病原菌に対する抵抗力がなくなり、枯れが進行していくという研究結果が出されております。  果樹の根の病害に対しての研究実績や、専門家が非常に少ないという事情があり、梅生育障害の根の枯れについてのメカニズムの解明や、病原菌の特定といったことについては、かなり難しい面があるとともに、こうした病害に対しては、特効薬的な対策がなく、土づくりや施肥といった栽培管理の根本的な見直しを含めての対策が不可欠であり、その効果が出るまでには、相当の年数を要するものと考えられます。しかしながら、現場では急を要することでもあり、市としましては、今回、新たに専門的研究機関である、生物環境研究所の指導を得て、現場での対策試験をし、原因の解明を進める計画であります。また、現時点での対策としては、梅対策協議会で、現地に20か所の試験園を設置し、昨年来、その効果調査を進めるとともに、ことしの秋には、その中から樹勢維持に効果のあると思われる薬剤、改良剤等を組み合わせ、市単独事業として、農家の協力を得て、2,000本の対策試験を実施したところであります。今後は、さらに栗やりんごの研究実績から、効果の上がっている対策についても、現地で試験をし、できるだけ早期に有効な対策の確立を図っていきたいと考えております。  続きまして、二点目の梅試験場の誘致についてのご質問でありますが、議員おっしゃるとおり、田辺市周辺の三市町村は、全国生産の約40パーセントから50パーセントを占める、全国一の梅産地であり、また生産から加工販売までの梅産業は、本市のみならず当地方の重要な産業であります。こうしたことから、梅の本格的な試験研究機関の立地が必要であるというご意見は、以前から農家や関係者の間にあり、市や農協との間で、これまでにも検討会を持ち、また機会あるごとに県当局に対しても誘致を要望してきたところであります。これに対して、県の現在までの見解としては、御坊市にある暖地園芸センターを梅の試験場と位置付け、全体としては、各試験場の分場は統合し、集中化する方向にあるため、新たな試験場の立地は困難とのことでありました。しかしながら、梅生育障害の原因究明におきましても、これまでの梅に関する基礎的な研究の蓄積が不足していたことが、原因究明と対策が遅れている最大の要因ともなっており、農家だけでなく、大学等の専門家からも指摘されているところであります。  また、近年、梅は全国的に増殖の傾向があり、近い将来、他産地との競合が十分に予想されることから、当地方の現在の優位性を保ち、将来とも確固たる全国一の産地とするためにも、梅の本格的な研究機関は、是非とも必要であると考えております。このため、今後は試験場誘致に向けての具体的な課題である、試験場用地や研究内容、研究体制、さらには管理運営のコスト面などの条件整備についても研究を重ね、農協や関係団体と一致協力し、周辺町村とも連携を図りながら、試験場誘致の要望活動に取り組んでいきたいと考えております。  以上であります。         (農林水産部長 田中秀章君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    18番、行森素治君。           (18番 行森素治君 登壇) ○18番(行森素治君)    それぞれご答弁いただきました。戦後教育についてでございますが、大変本当に心配するのは、低年齢化してきたということ、喫煙にしても、あるいは非行、暴力、いじめ、そういったものすべてが、高校から中学校中学校から小学校まで来るということは、本当に大変なことだと思います。「子どもは親の背中で育つ」と言われますが、本当に家庭教育というものも大変大事な分野であろうと思います。自分の子どもに、本当に将来、健康で地域の役に立てる子どもをつくるということが、もっと真剣に取り組まな、忙しいこともわかりますが、何と言っても、次世代を育てるということが一番大事な仕事じゃなかろうかと思います。教育委員会もいろんな面で、そういった、取り組んでいただきたいと、こう思います。  道徳につきましては、何と言いますか、やさしさ、政治もやさしさが根底になければいかんと、こう思いますが、やはり人の気持ちを思いやるやさしさ、そういったものをもっと教え込んでいただきたい、こう思います。喫煙なんかも、やっぱり多数派になっては、本当に困るんで、いわゆるたばこ吸うて、隠れて吸ううちは、まだあれやけれども、公然とワイワイ言いながらたばこを吸うているということは、本当に今、大人の世界でも喫煙いうことは、非常に肩身の狭い思いをしているわけなんですが、どうかひとつそういった面も、今後の指導の中に生かしていただきたいと、こう思います。  次に、友好都市提携については、市長から「一応、前向いて考えていく」というご答弁でありましたので、これは今、どうこうと言うことでなしに、私がよその国へ行って感じたわけなんです。先ほども言い忘れましたが、海外へ行って感ずるのは、やっぱり日本の良さでございます。そういった意味で、今後の国際時代で、国際交流ということを考えていただきたいと、このように思います。  梅生育障害については、今、部長から答弁ありましたが、今、梅農家がいちばん心配しているのは何かというと、やっぱり無論、生育障害の原因は、シュードモラス菌ですか、土中菌で根をやられるということですが、その直接原因をつくった遠因というのは、やっぱり樹体が弱まっているということが考えられます。御坊火電が第二期工事をするようになっているそうですが、「大気汚染が本当に原因じゃない」とは言い切れんと、こう思いますので、今後、そういった面も十分考えて取り組んでいただきたいと思います。  以上で、私の一般質問を終わります。どうもありがとうございました。           (18番 行森素治君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    以上で、18番、行森素治君の一般質問は終了いたしました。 休 憩 ○議長(熊野芳和君)    この場合、午後1時まで休憩いたします。             (午前11時28分)           ──────────────── 再 開 ○議長(熊野芳和君)    休憩前に引き続き会議を開きます。             (午後 1時05分) ○議長(熊野芳和君)    続いて、12番、八山祐三君の登壇を許可します。           (12番 八山祐三君 登壇) ○12番(八山祐三君)    ちょうど今回は、9人の一般質問で、私がちょうどど真ん中の五番目に当たります。ことしはきのうもテレビでありましたように、ことしの一年をイメージで言うたら、地震の震という字が一字で当てはまるというのが、アンケートの結果、そうらしいです。私は、確かにそのように世相で、大変いわば20世紀が日本にとっては、とくに先進国の中で文明の進歩と言うんか、そういう中で、頂点まで行き渡って、バブルの崩壊、またオウムの事件等、大変な文明国である日本が岐路に立っている、そういう中で、私は、この言ってはなんですけれども、議会制民主主義というのが、約五十年近く日本に定着して、その中で文明の進歩、まあ言わば通信技術等、そういう中でいちばん政治とか、自治体、行財政についてが、経済、そう言った面から「リストラ」と言うんか、「合理化」と言うんか、ある意味では遅れているんではないかと。というのは、私自身は、地方自治体というのが、もう経済圏からこの前も一般質問しましたように、もう既に広域圏が一つになって、一つの自治体をし、都道府県というのを再編して、いわば道州制のような、そういう仕方と言うんかということを模索していかねばならないのではないか。  前には、生駒市長が給食というのを言わば合理化して、できるだけ安上がりで、給食制度をある程度、旧牟婁町に維持しているようにやってる、そういう観点からすれば、もう少し行財政が安上がりで、市民サービスができるような方法をとっていかねばならない、そういった思いの中で、通告に従いまして一般質問を進めるわけでございますが、とくに私は、今日の自治体の中でいちばん遅れていると言うんか、問題になってくるのは、いわゆるごみ問題と下水排水処理、そういったものは、ヨーロッパでは、例えばまちづくりが下水道をつくってから、建物とか上水道でやってきたと。それが日本では、ともすれば目に見える道路とか、建物を建ててきて、ごみとか、下水道というようなものが後回しにされてきた。しかし、ここで私自身も非常に難しい問題と思ってるんですけれども、例えば、水道の代金にしましても、今から水道事業を、水道管をつくっていくと言ったら大変なお金になる。たまたまこれは、昔から長年かけて施設をつくってきたから、いわば1立方メートル150円か、200円ぐらいの値段で供給できるわけですけれども、今後、この公共下水道をつくっていくということは、田辺市の財政を命運をかけるというぐらいのお金がかかってくる。  しかし、「今日の日本の政府の中でも、大変財政的に厳しい」、また「税収アップが今後、期待できない」、そういう中でも、この機会にするのであれば、「早期に20世紀末から21世紀の初頭にかけて取り組まなければ大変難しいんではないか」、そういうことが言われております。そこで、私は、下水の問題とともに、議長に許しを得て、最後のその他で、ごみ問題についても質問したいと思います。  さて、最初の一番目の公共下水道の計画決定と事業の進め方について、現在、準備室を設置して、下水道整備を図ろうとしているが、どのように進めようとしているのかということでございます。公共下水道の計画決定、事業の進め方は、まず計画決定をしなければ、そして処理場の位置決定、そういうことをしなければ事業を進められないわけでございますが、簡単にそれをできるとは、私は思っておりません。これに至るまでに、やはり私は市民合意が先決であるかと思うんです。と申しますのは、ただ単に議会で決定してこうだと言っても、進められなくて、加入者がそこに参加してこれなければ、膨大な費用を市が単独で持つということが大変難しいことで、田辺市が誇れるというのは、今、農業集落排水事業、これは私どもに、県下でも、また全国的にも加入率が高い、そういうことでうまくいってるんじゃないか。それには、これまでその地域の議員さん並びに町内会の関係者が、町、村、一丸となって取り組んでこられた、この方法を今度は、この市中の中の下水道事業をするに当たって、市民の多くの人の同意というか、参加、そういうものが取り付けなければ非常に難しいんじゃないかと。このことは、隣の白浜町、また和歌山市においても、加入率が低いということが大変問題になってくる。これは全国的に言えることだと思います。  とくに、農村地域では、隣近所の人間関係が非常に密接な、いい良好な関係でありますが、町中においては、ともすれば隣の人は何する人ぞというふうな関係にあります。これは、ただ単に技術だけの問題でなくて、生涯教育、いろんな方面からも必要と思うんですけれども、とくに生活環境課等が本当に、このまちをきれいにしていくという意識を広めていく、そういったことをするんですけれども、果たしてこの公共下水道というのが、実際にどれぐらいの費用がかかって、どれぐらいの年月でやっていけるのかと、いろんなことを市民が知っていただくために、私は、今これから必要なことは、計画決定してから進むというんじゃなくて、計画決定並びに事業決定にかかるまでにですね、市民のあらゆるというか、いろんな様ざまな関係機関等の市民並びに議会内で、いわゆるそういう方面の特別委員会なるものを設置して、よほど練ってからかからなければならんのじゃないかと。最悪の場合は、場合によっては、これはとてもできんという、やめないかんというような見解が出るかもわからん。それぐらい突っ込んだところを徹底的に議論をして、計画決定し、事業を進めていくべきと思いますが、市長、どう考えておられるんか。しかし、私は、やるとするならば、私はこの市長の任期中に、いわばそういうどのような結論を、大体計画決定等ぐらいを進めて、次の任期には事業にかかるというぐらいの考えがあってもいいんじゃないかと、そういったことを含めましてお聞きしたいと思います。  二番目の下水道準備室の充実策として、生活環境課の浄化槽部門と農林振興課の農業集落排水事業部門をまとめてはどうかと。このことは、私が公共下水道の区域が一応、構想ですか、そういうの6万人規模の田辺市の市街地周辺あるんですけれども、その中には、農業振興地域も含まれてると。そういったところが、果たして公共下水道で全部賄うのか。ある程度、いわゆる農業集落排水事業の方法でもって、やれる地域があるのではないか、又は合併浄化槽にやった方が、より安く進むのではないか。そういう市民の、例えば稲成、秋津、万呂、新庄区域がそういうふうに考えられるわけでございますが、市民としてどういうふうにしていったらいいかと。その窓口が今、いわば二つあるわけですね。ほとんどは生活環境課の合併浄化槽に頼るという形になると思うわけですけれども、今は、公共下水道がまだ準備計画中で、農業集落排水事業以外のところは、そうなってるわけでございます。  しかし、私はこの施設が農業集落排水事業の場合は、いろんな農業関係の問題とか、そういう補助金のルートが、違いがあるわけですけれども、これから施設が完成しますと、農業集落排水事業の処理施設の維持管理も、例えば神島台にあるコミプラですか、そういう処理場の維持管理も、また大型の合併浄化槽の維持管理も、同じように維持管理の方法、技術というのは似かよったものになってくるので、それを総合してまとめていくということが、今後の課題ではないかと。また、私自身も思ってるんですけれども、今後、公共下水道を推進、仮に実施していくことになりますと、これらの費用は、水道代を集金とともに徴収するという形になるので、上下水道部門、そういう水環境についての部門というのは、一つにまとめていく考えがないのかどうか、改めてお聞きしたいと思います。  三番目の質問に移ります。保健所業務を県から移管し、市の行政機関として取り組む方策を考えよ。われわれ市民の健康とか、あるいは環境問題、そういったことのいわゆる法律上の許認可権というのは、保健所にあります。しかし、近年、地方分権と申しますか、とくに保健婦さんの仕事は、県の保健所から地方自治体の市町村に、その保健業務を委託するという形で、平成9年度からそういう方向を打ち出してると。あと一年余りしかないわけです。そういうこともございます。さらに、私の思いますのに、例えば浄化槽の申請、このことについては、田辺市は、合併浄化槽が約50パーセント、ことしは超えるぐらいの普及率になっているわけでございますが、このことは、とくに市民部はじめ行政が、いろんな様ざまな形で市民にアピールして、合併浄化槽を推進しているところであります。  しかし、私自身、建築士として確認申請を出すときに、まず最初に、浄化槽の設置許可書というなるものをもらってくるわけです。その中で、いわば図面と合併浄化槽、何人槽、所定の位置を図示して、それをもらってくるのは、保健所に浄化槽業者に依頼して、保健所でもらってくるわけですけれども、しかし、その書類は、最初に田辺市を通過するんではないか。許可をもらってきたのは、あとから確認書につけていくわけです。例えば、例をとっては何ですけれども、山口さんが家を新築しようとする、そのときに、浄化槽をどうしようかということに、ほとんどいわば田辺市の生活環境課の指導というのは全くゼロということです。なされてないという形になるわけです、個人にとっては。何をしようと。まず、その書類は、私が図面書いて、私と山口さんと話するか、あるいは浄化槽屋さん話して、単独浄化槽にしようか、何にしようかと、そう判断したら、施主さんの知らないうちに浄化槽の許可とってきてると。施主さんの知らないうちに、判子だけを置いてるんか、どういうふうに判子置いてるか、大変重要な判子が何枚も押すわけですけれども、そういう最初に単独浄化槽にしようか、合併浄化槽にしようかということ決定するときに、直接その施主さんに、市民に生活環境課が指導してるという形はとられてないわけであります。保健所で許可もらってきたのを確認書にくっつけて、事後報告という形で、田辺市が把握するにしてるわけであって、何も田辺市が施主さん一人ひとりに、「あなたは合併浄化槽にしよしとか」、あるいは「今後、公共下水道に入りなさい」とかいうような指導できるような仕組みにはなってないわけです。  だから私は、それは権限が田辺の保健所にあるから、それはどうすることもできないなというわけですけれども、ほかの田辺市を取り巻く周辺町村では、町ないしは村に直接、町民、市民に指導して、それを経過して保健所に許可もらっているという形がありますので、今後、私は保健所の健康とか、いろんな様ざまなことをできるだけですね、県の保健所に任せるというんではなくて、できるだけ取り入れられる部分は、積極的に、お金のかかることかもわからないけれども、後でそういうことは知らなかったということのないように、私の知り合いの中にも、「そんなに八山さん、合併浄化槽がいいんだったらつけるんだ」と、「しかし、私は大工さんかどっか頼んどったら、知らん間に家できとった。それで浄化槽は、たまたま聞いたら単独浄化槽だった」と、「そういうことは知らなかった」ということがあるわけでございます。今後、そういうこと以外にもいろんな面で、今後の行財政の地方分権と言うんだったら、この田辺市がこの和歌山県紀南の中核都市として、できるだけ市民に密着できるような業務については取り入れて、市民サービス、生きたサービスができるようになってはどうかと思うわけでございます。  四番目の農業用水路の整備資金源として、安定して確保できる方策を指導してはどうかと。これは、先般、田辺市の10年の長期総合計画の中でも意見がありましたけれども、いまだにその農業用水路の水利組合の水路の整備資金源としてですね、田辺市も半分補助を出してるんですけれども、その運営資金源として、浄化槽の設置の水利組合の同意書を得るときに、5万円なり10万円なりと、お金をもらってるところがある。これは全国どこにでもあるわけです。しかし、私の記憶では、ここ五、六年前ですか、合併浄化槽にでも協力金を出せということがあって、実は田辺の保健所におられた関さんという獣医さんが、大変合併浄化槽の推進に取り組まれた方でございますが、広島県の方で、その同意書がなかったら、保健所が許可しないという方針を裁判を立ててしたら、保健所が負けたと。要するに、そういうことで、「合併浄化槽を設置する場合は、同意書をつけなくてもよろしい」ということが、全国的に各自治体に通達を既に出してるところでございます。  しかし、まだ田辺市内でも、協力金を求めているところがあると聞くんですが、実際にあるのか。あれば、そのことのあり方が、私はおかしいと思うわけでございます。しかし、さりとて水利組合が清掃にかかる費用というのは、私は浄化槽を設置した人からしか取れないということが、非常に理不尽なことでございます。とくに合併浄化槽に、雑排水をきれいにして流すのにお金を取って、くみ取りである場合、生活雑排水を垂れ流しても、そこからは取れない。私は、とにかく家を建てたということだけで、雨水から生活用水からいろいろ流すんですから、そういったところから、たとえ年に一件当たり1,000円でもいただくという方法で、なるほどというような形でお金を取っていき、あるいはもうそれ取ったら、水利を今後、管理していくのは大変だから、もうすべて行政で管理してくれとか、いろいろなことが本当に今後、特定の人にすべての維持管理を、責任を押しつけるんでなくて、みんなで水利を守っていくというかな、そういうことができる方法、市内全域にどこどこは取ってるけど、どこどこは取ってないというんじゃなくて、確かに地域の事情がそれぞれ、様ざまあるわけですけれども、なるほどという、できるだけ田辺市市内統一した方法を指導していってはどうかと思うわけでございます。  五番目の市内の小中学校の災害避難場所としての機能充実についてでございます。先般、11月28日に、学校の避難所機能充実を、そこに備蓄や職務の拡大の提言というものが、文部省の協力者会議で提言がされましたわけでございます。そして、私はこれを見てですね、確かにことしは阪神・淡路大震災あって、学校が避難所の役割になってくる。そしたら田辺市もどうかなと思ったら、田辺市も72か所ある避難所の中に、小中学校が入っていると。しかし、そこには簡単な食事だとか、毛布だとか、そういったものがほとんどすべて用意されていない。確か私が聞くところによりますと、田辺市は文館か、市民総合センターか、どこかそういうところにある、置いてるらしいけれども、その避難所というところには置いてないと。しかも、そこの学校の避難所の中で、避難市民に対していろんなことの管理というものが、校長が負わないかんようになってるわけです。どこまで校長がそうせないかんのか、校長にとっては、道具も何もないという状態でせないかん。  しかし、私が思うのに、緊急のときの避難というのは、私はやっぱり田辺市でも、小中学校がいちばん何ですか、市民にとっては行きやすい場所であると。一方、次の資料にもありますけれども、学校は防災拠点か。防災拠点として、私は位置付けているようには聞いていませんが、今後、田辺市が防災拠点としていくのであれば、どのような機能を持った方向にしていくのか。あくまでも私は、学校というのは、小中学生の教育の場として、今まで充実してきた。今後、そのような方向にいわゆる機能を高めていく考えなのか、そういったことについて、もしもそうするんであれば、それなりに対応できるように取り組んでいかねばならないと思いますが、その点についての見解をお聞きしたいと思います。  先ほどお断りした五番目のその他で、ごみ問題についてであります。10月から有料指定袋を実施して、約二か月余りになります。新聞報道にもありましたが、ごみの減量化は出ているし、ごみの出し方もかなりすっきりして、この事業が大変スムーズにいってることは、市民のみなさんの協力、そして清掃事業所の職員の取り組みによるものとして、評価するものであります。そこで、私が二点、感じたことを質問いたします。  一つは、この指定袋制を取り入れたことにより、市民のリサイクル化が非常に進んでいるわけですが、新聞とかいろんな古紙というものが多くて、家庭で保管するのが大変である。しかもその新聞、雑誌のそういったものが、一方では、古紙として再資源として使われとる。私が思うのに、少なくとも一か月のごみというのは、何袋かなるというんかな、少なくとも40円一か月でかかると、袋代がね。しかし、それを再資源として、仮に古紙に使われやるとしたら、私は1トン当たり大体1万円ぐらいで出されていることからすれば、何十円かなるものが、何十円もかけて出してると。しかし、一袋20円とか、41円で出してるけれども、実際の費用はその十倍ぐらいかかってるわけです。その費用でもって焼いてるわけです。だから、このことを何とかもう少し回収してやれる方法を取り組むべきじゃないかと。お金になるものをお金をかけて焼いてるということがね、そういう意味で、私はごみステーションを何箇所かつくってますと思いますが、もう少し市民にわかりやすくステーションをつくるなり、あるいは日を決めて回収に、それはお金を取らなくても、新聞とはっきりわかるようにすれば回収すると、そういう方法を考えてはどうか。  二つ目として、先ほど私が言いましたけれども、ごみは今、一袋20円、41円となってるけれども、これで約私は、ごみの施設の減価償却やいろいろ考えたら、十二、三億円お金がかかる、その中の1億円しか徴してない。あと12億円というのは、私は私自身の個人としては、できるだけ半分ぐらいは受益者負担、応益負担、応能負担とかあるけど、応益負担ということになってくるとすれば、幾らか今後、市民の理解を得て値上げしていくことも必要やと思うんです。しかし、民生委員から生活保護世帯など、生活困窮者の負担について、何とかならないかという相談を受けたわけでございますが、生活保護者というのは、このごみを有料というか、指定袋制になったからといって、生活保護者にいわゆる支給金が増したわけではない。また、そういうことは全面的にその負担増しになっておる。そういった方にですね、私は生活保護費を引き上げるとか、あるいはそういった人に指定袋をある一定、渡してあげるか、何らかの方法を考えるべきかと思うわけですが、当局はどういうふうにお考えか、その点についてお聞きしたいと思います。  これで、私の第一回目の質問を終わります。(「あしたのね、僕の質問に、ごみいう具体的にこれ出して通告してるんよ。これで、どうしてこれ許可したんな、この質問。今の内容聞いてもダブってるで」との声あり)           (12番 八山祐三君 降壇) 休 憩 ○議長(熊野芳和君)    この場合、暫時休憩いたします。             (午後 1時38分)          ──────────────── 再 開 ○議長(熊野芳和君)    休憩前に引き続き会議を開きます。             (午後 2時22分) ○議長(熊野芳和君)    休憩前に、12番 八山祐三君の第一回目の質問が終了いたしておりますが、この場合、八山議員から一言、答弁の前に申し上げたい点があるとして、発言を求められておりますので許可します。  12番、八山祐三君。           (12番 八山祐三君 登壇) ○12番(八山祐三君)    休憩前において、私が質問したその他の分については、議員の申し合わせ上、適当でないと思われますので、質問を取り下げたいと思います。よろしくお願いします。           (12番 八山祐三君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    12番、八山祐三君の質問に対する当局の答弁を求めます。
     市長、脇中孝君。           (市長 脇中 孝君 登壇) ○市長(脇中 孝君)    八山議員さんから五点にわたるご質問をいただきました。一番目の問題、二番目の問題につきましては、私からお答えをいたしまして、あと三点、担当の部長からお答えをさせていただきます。  まず、第一点の公共下水道の計画決定と事業の進め方についてでございますけれども、申し上げるまでもなく、下水道は私たちの日常の生活に不可欠な施設でございまして、浸水の防止、汚水の排除、トイレの水洗化といった生活環境の改善のみならず、河川等の公共水域の水質を保全するためにも申し上げるまでもなく、大変重要な都市としての基盤をなす施設でございます。市におきましては、本年の4月に設置いたしました公共下水道準備室におきまして、事業化に向けて具体的な手法の検討を続けておるところでございまして、かねてよりご提言のありました処理区の分割につきましても、他の大型プロジェクトと並行して事業化を図れないものかというような点からも、県と協議を重ねて参ったところでございますけれども、率直に申し上げまして、国の承認を得ることは、非常に難しいという状況にございます。  また、建設費及び維持管理経費についても、詳細、検討いたして参りましたけれども、議員から以前にご提言をいただきました処理場を、何箇所かに分割して建設することは、後年度の財政負担が非常に多額に上ること、それから処理場用地の確保すること等が非常に困難であると考えております。市の公共下水道事業につきましては、県の上位計画と整合を図るべく、区域面積1,190ヘクタール、計画人口6万1,300人、処理水量4万7,400立方メートル、総事業費約400億円の基本計画を、平成元年の3月に策定をいたしておりまして、基本計画に沿った形で、全体計画を一処理区として実施いたしたといたしましても、事業実施の段階で、汚濁の度合いの高い地域、早急に整備をしなければならない地域を選定するとともに、順次、面整備を行い、その人口に応じた規模の処理場を建設して、随時、拡張していくという手法をとることが可能でございまして、このような手法により、国庫補助事業として、より低コストで財政状況を勘案しながら、着実に整備区域の拡大を図っていけるのではないかと、こういうふうなことも考えてございます。  こういう手法で参りますと、いわゆる敷地の造成とか、管の延長、あるいは質的な問題で、ある程度の先行投資は避けられませんけれども、大きな先行投資というのは、その分野にとどまると、こういうふうに考えているところでございます。いずれにいたしましても、今後、事業の推進につきましては、議員のみなさん方に詳細な資料を提供いたしまして、説明申し上げますとともに、十分なご審議をいただいて参りたいと考えております。また、市民の皆様の声も十分反映させるべく、市民の代表の方からなる下水道推進対策協議会のような組織も考えているところであります。今後、議員並びに市民のみなさんと十分な論議を尽くした上で、処理場の位置決定、それから都市計画決定、都市計画法及び下水道法による事業認可取得等の手順を踏んで、公共下水道の実現を図って参りたいと考えております。よろしくお願いをいたします。  それから、今一点の下水道準備室の問題の中で、下水道準備室の充実策として、生活環境課の浄化槽部門と農林振興課の農業集落排水部門をまとめてはどうかというご提言をいただきました。この件につきましては、議員からこういういわゆる下水道、それから水質の浄化管理、そういった問題については、何回かご提言をいただいてるところでございまして、現在、市では、集落排水事業により施設を完成して、既に供用しているところ、また引き続き実施しているところ等がございますけれども、既に完成をしたところは、一定の成果を上げておりまして、合併処理浄化槽につきましても、補助事業として、既に市民のみなさんの中に定着しているところでございます。公共下水道につきましては、今も申し上げましたが、準備を進めているところでございまして、議員ご承知のように、これらの事業につきましては、建設省、それから農林水産省厚生省というように、それぞれの所管が異なります補助制度の中で、縦割行政の中でおりてくるものを、受け止めて横の調整を図りながら進めているのが、自治体の大部分の組織であろうと思いますし、田辺市もまた、そのようにいたしております。  市では、生活排水浄化対策連絡調整会議によりまして、都市計画区域内については、公共下水道事業で、そして農業振興地域は、農業集落排水事業で、そして芳養町の漁業集落再編地域周辺は、漁業集落排水事業で実施して、これらの事業の進捗状況を見ながら、合併処理浄化槽の設置事業を、全市を対象にして実施することにいたしまして、それぞれの部門において調整を図りながら、汚水処理に取り組んでいるところでございますので、とくに農業集落排水事業につきましては、他の農業基盤整備事業や、住環境整備事業と一体性を持って実施する事業も多くなってきております。それから、地域との関連もございますので、事業の実施につきましては、当分の間、現在の組織で進めて参りたいと考えております。なお、これらの完成後の農業集落排水施設と合併浄化槽の管理の一元化、それから将来には、公共下水道上水道を含めた管理体制につきましては、ご提言を十分念頭にいたしまして、検討を進めて参りたいと思いますので、よろしくお願いを申し上げます。           (市長 脇中 孝君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    保健福祉部長、山本邦弘君。         (保健福祉部長 山本邦弘君 登壇) ○保健福祉部長(山本邦弘君)    私の方から、三点目のご質問の県の保健所業務を市の行政として取り組む方策を考えよと、この前段の保健婦と保健にかかる分について、お答えいたしたいと思います。  近年の人口の高齢化や出生率の低下、それから慢性疾患を中心とする疾病状況の変化や、地域住民のニーズの多様化、そして食品の安全性、ごみ・地球環境等の生活環境への住民意識の高まりなどに対応するために、地域保健対策強化のための関係法律の整備に関する法律が、平成6年の7月1日付をもって公布されたところでございます。その中で、議員ご存じのように、従来の保健所法が、地域保健法に名称も変わりまして、一部改正されまして、そこには保健所を設置する上での基準として、特別の事情がある場合を除き、人口が概ね10万人という基準が示されているとともに、都道府県又は和歌山市などの政令で定められた市及び特別区が設置するものとなっておりまして、地域住民の健康増進、衛生上の試験、検査、疾病予防、公共医療事業の推進等の様ざまな保健所業務が規定されております。  また、都道府県と市町村の役割を見直して、住民に身近で頻度の高い、母子保健サービスなどについては、主たる実施主体を市町村に一元化するとともに、保健所については、地域保健の広域的、専門的、技術的拠点としての機能を強化する等が定められまして、そのことによって、平成9年4月1日より、県から市町村に対し、三歳児健診などの母子保健サービス及び一般的な栄養相談や、栄養指導など、今まさに議員の言われている生活者の立場を重視した、そして保健と福祉が一本化した市町村中心のサービスが始動するための権限移譲が進められようとしておるところでございます。もちろん、それにかかる保健婦等のマンパワーの確保も必要となって参ります。現在は、県との間において、母子保健事業市町村移譲対策検討委員会を設けまして、業務マニュアルをはじめ、財源の負担割合をも含めた説明を受けるとともに、具体的な協議を進めているところでございます。いずれにいたしましても、国、県、市、それぞれの役割分担の中で、連携をとりながら、市保健センターを核とした市民のための地域保健のさらなる充実、向上に努めて参りたいと考えております。  以上です。         (福祉事務所長 山本邦弘君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    市民部長、辻本宏君。          (市民部長 辻本 宏君 登壇) ○市民部長(辻本 宏君)    八山議員の三番目のご質問の保健所業務を県から移管し、市の行政機関として取り組む方策を考えよとのご質問の中の、浄化槽に関することについて、お答えいたします。  浄化槽のことにつきましては、議員さんご承知のとおり、浄化槽の設置については、浄化槽法和歌山県浄化槽に関する指導要綱に設置に関する条項がございまして、浄化槽法に規定する届出の前に、要綱に基づいて、あらかじめ協議書を保健所長等に提出し、環境保全について協議しなければならないと規定され、また知事等の浄化槽の適正な設置に関する審査を受けなければならないと定められております。  議員のご意見につきましては、十分、理解できるところでございますが、現行法上は、保健所業務となっておりますので、市としては、先ほど、周辺町村のお話もありましたが、年間の設置件数、田辺市の場合は、単独、合併合わせて600件ほどになるわけで、町村と比較はできないほど数が多いということもございまして、一応、現行の事務手続きの方法で執り行いたいと考えておりますので、ご理解をお願いいたしたいと思います。  なお、合併処理浄化槽の普及促進については、建築設計事務所のみなさん、それから浄化槽協会田辺支部の業者さん方に、合併処理浄化槽の普及について啓発、お願いをしてるわけなんですけれども、お蔭様で田辺市の合併処理浄化槽の普及状況は、毎年度、目標である設置基数、その予算の執行については、100パーセント実施している状況でありまして、ちょっと自慢になるんですけれども、先ほど農業集落排水事業の全国的な配置についてもお話ありましたけれども、田辺市の合併処理浄化槽の、平成7年度の設置計画基数については、国の第一次内示によりますと、全国で九位という位置にございます。ちなみに、一位は松山市、二位が倉敷市、三位が岡山市、四位が四日市市、五位が鹿児島市、それから鈴鹿市、町田市、長野県の佐久市、そして九番目に田辺市ということで、全国でベスト九位に位置してるところでございます。よろしくお願いします。          (市民部長 辻本 宏君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    農林水産部長、田中秀章君。         (農林水産部長 田中秀章君 登壇) ○農林水産部長(田中秀章君)    八山議員ご質問の四点目の農業用水路の整備資金源として、安定して確保できる方策を指導してはどうかということについて、お答えします。現在、田辺市では、生活排水対策として、田辺市生活排水対策推進計画を策定し、公共下水道、農業及び漁業集落排水、合併処理浄化槽により水処理対策を推進しています。また用水路の改修につきましても、農業用水の安定、供給といった立場から、市の事業として、受益者負担金をいただきながら施工しております。  合併処理浄化槽につきましては、平成元年より平成6年度までに、1,530基が設置され、今年度も380基の合併処理浄化槽の設置が予想されます。水利組合につきましては、農業振興地域を中心に、市内に130を超える水利組合が存在し、このうち合併処理浄化槽設置時に、協力金を徴収している水利組合があることは承知しております。この協力金につきましては、水利組合が通水確保と水路の保全のため補修、しゅんせつ、草刈り等の維持管理費用に支出していると聞いております。  また、合併処理浄化槽の設置につきましては、昭和63年10月27日付、厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課浄化対策室長より、浄化槽設置時に水利組合の放流同意書の提出を求めることは、違法の疑いが強いと通知されています。この放流同意については、かつて単独処理浄化槽の設置後、水利組合とのトラブルが多く、放流同意を求めることが、その対応策でありましたが、近年、合併浄化槽の普及により、社会的状況が著しく変化した結果、この通知が出されたと解釈しております。しかしながら、現実に水路を維持管理しているのは、農業者であり、現在は、農業者の高齢化や水田転作や転用のため、組合員の減少といった問題もあり、また水路の改修時には、受益者負担が必要となります。  このように、それぞれの水利組合では、個々に状況が異なるということもあり、安定した資金と適正な維持管理という両面で、今後、議員ご提案の手段をも含めて、生活排水の浄化を推進するといった立場に立ち、農業委員会及び地元の水利組合等の関係者と協議して参りたいと考えております。  以上であります。         (農林水産部長 田中秀章君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    総務部長、楠本薫君。          (総務部長 楠本 薫君 登壇) ○総務部長(楠本 薫君)    私から五点目の市内小中学校の災害時避難場所としての機能充実について、お答えいたします。  まず、市が指定いたしております避難施設は、議員お話もございましたように、72か所ございまして、その内訳は、小学校が17校です。中学校が7校、高等学校が3校、その他の公共施設21、町内会館が15、その他民間施設が9となってございます。これらの避難施設は、原則といたしまして、自宅が被災して居住できなくなった方に、ご避難いただく二次施設として位置付けておりますが、住宅などに災害の危険が迫った場合に、事前に避難する施設としてもご利用いただいてるところでございます。いずれの場合でも、災害が発生しました直後は、まず自分のことは一番安全であるという場所へご避難していただくという、自分で守るということを基本にしてございます。  さて、ご質問ございました、これらの指定避難施設を今後、どのように充実していくのかということでございますが、まず本年度で作業を進めております防災アセスメント調査や、それから津波被害想定調査などで、市内のどの地域が、どのような災害で被災する恐れがあるのかなど、市内全域の災害危険性を具体的に把握するとともに、施設についても、安全性を考慮した上で、指定避難施設の全面的な見直しを行いたいと、こう考えてございます。こうした見直しと併せまして、小中学校を含めました指定避難施設での災害時の責任者等の明確化、それから市職員の指定避難施設への配置体制などにつきましても、早急に具体策を講じていく予定でございます。また、防災アセスメント調査などの被害予測結果をもとにいたしまして、災害時におけるご質問の備蓄品の配備などについても十分検討し、充実して参りたいと考えてございます。  それから、議員ご指摘の災害時における小中学校施設の重要性につきましても、おっしゃるとおりでございまして、市内全域にくまなく配置され、かつ公共施設としては建物、空地ともに広い面積を有することから、避難場所の中でも、地域の核となるべく重要な施設であることは衆知の事実でございます。このため、防災拠点施設としても、今後、充実して参りたいと考えてございます。今後とも、市民のかけがえのない生命と財産を守り、安心して暮らせるまちづくりに向けて、より充実した体制として参りたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。          (総務部長 楠本 薫君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    12番、八山祐三君。           (12番 八山祐三君 登壇) ○12番(八山祐三君)    市長はじめ、それぞれ丁寧な答弁いただきましたので、再質問はいたしません。しかし、一番目の公共下水道について、少し提言しておきたいと思います。今現在、つくられている計画は、都市計画区域内の中で相当広い範囲、6万人規模ありますけれども、このことをやろうと思えば、市長おっしゃられたように、400億円、しかし、今現在の基準でそうですけれども、これを何年計画でやるかわからないけれども、実際にやるとしたら、その何割か、あるいは倍ぐらいになるかもわからない。今後、後世にそういう財政負担ということを考えると。この方法が最もベターであるのか、場合によっては、私は先ほど答弁でも、処理場、一つでないと。上位部門というか、そういうこと認められないと。しからば、場合によっては、私はどうしても公共下水道でないと整備できない区域に、最小限認められる範囲に絞って、できるだけ安上がりでいくということを考えねばならないのじゃないか。  また、例えば新万とか万呂とか、比較的土地のあるところと住宅地の広いところは、合併浄化槽でもできるということになれば、既にそうしている地域にとっては、同じ20PPmの放流基準というか、それ以下のできるものであったら、なかなか新たに加入金ということは、いただくということは無理ではないかと、難しいんじゃないか、そういったことを様ざまな観点から、市民のみなさんの協議会開いて、徹底的に議論を出して、結論を出す。それとともにですね、仮にそこで決めたところで、実際に加入していただけるかということは、これまた難しい話なんです。私は、ひとつ環境整備基金なるものを考えてですね、環境税というんか、合併浄化槽あるいは農業集落排水事業に加入している方、あるいは公共下水、今後、加入される方と、していない方とだったら、した途端にお金を徴収する。しなければ、それまで無料であると。  考えてみたら、水をきれいに浄化して流している人だけがお金を負担して、悪く言えば、垂れ流しせざるを得ん人は、お金を出さなくてもいいと。これはいずれにしても、ひとつ例えばですね、きれいな水を、水道を供給して、市民は、汚して流す人は、経費かからない。それを汚して、さらにきれいにして、浄化装置つけてやってる人は、お金を負担してると、このことを私は、いずれにしても市民が、同じような負担をしてですね、浄化装置を持っていない地域の人も、それ相応に協力している人も、同じだけの負担をしてですね、その分を今後の環境整備基金になるような、ひとつこれは地方自治法にかかる法律の範囲でないんかもわからないけれども、田辺市内で、そういった新しい方法を考察してですね、市民の理解とか、全市的にスムーズに公共下水道というものは、推進されるようなことを考えるべきではないか、このように思うわけでございます。  それと、先ほど市民部長が、田辺市は、合併浄化槽は全国第九位であるということで、大変自慢というんか、それは確かに市民部長の努力もあるわけですけれども、しかしまだ約半分近くの人というのが、単独浄化槽で出してる。私は、単独浄化槽を設置している人の中に、そういうことが知っておったら、合併浄化槽にするんだったという市民がたくさんおられるわけです。その人に直接指導というんかな、できるような方策、方法は確立されてない。いわゆる合併浄化槽の補助金制度というのは、いわば単独浄化槽を設置する費用があれば、補助金は、合併浄化槽との差額を見るというのが、厚生省の補助基準となっているんで、本来、言えば、田辺市はもう少し近隣の町村並みに補助金を引き上げたら、実際、そうなるわけです。しかし、補助金が少ないからというんじゃなくて、ほとんど補助金を足し算すれば、合併浄化槽に入れられると、そういう制度になっているということを、直接の市民ですね、これから家を建てようか、あるいはトイレをどうかしようかという人が、くまなく全員知っているというわけではないです。  だから、もう少し頑張れば、ほとんど全員ができる。「そんなことを言わなくても、三年たったら単独浄化槽は禁止されるんやから、全員そうなる」と、言うんかもわかりませんけれども、私は、行政がリーダーシップを発揮していくということになれば、強制的に法律でそうなる以前から、取り組むべきであると思うし、さらに「難しい」と言われるのは、先ほど市民部長の答弁にありましたように、計画基準は、毎年、上回っていると。これは、確かに補助金を市、県、国に出してる。今後は、全国的に厚生省の予算というのが、厳しい状態になってくると。私は、補助金をどんどん引き上げと言うとるわけではございません。新築に関しては、もうほぼ義務付けられてくると思います。それよりも、今後の問題は、単独浄化槽をしている家庭を、今度、どのように切り替えていくか、これは今後の公共下水道の推進とからまって、非常に難しいところがございます。そういったことを、いろんな各方面から検討して、悔いのないような行政の指導が今、期待されているところでございます。今後とも、生活環境課の発奮を私は期待するところでございます。  市内の小中学校の避難場所については、私は、今後、そういう阪神・淡路大震災のような、そういう震災というのは、天災でなくて人災であります。だから、もちろん地震という天災にプラス都市機能というか、大都市に集中してる、そういうことに、相からまって起こったということで、田辺市のような地方都市が、全く大都会と同じような対策をとるべきかどうかという、また過剰防衛というか、そういうことがどうかわかりませんけれども、この地域にあって予想される、最小限で市民の防災意識を高揚させるために、たびたび毎年、市内の小中学校防災訓練を行っている、学校という拠点がございますので、その場が、本当にある程度の防災設備、機能が持っているような、そういう形をこれから今後、充実していくべき課題と思いますので、その点、財政上の問題もございますので、できるだけ負担のかからない「なるほどそうか」というような、拠点機能を発揮できるよう、今後、取り組んでいただきたいと。  これをもちまして、私の一般質問を終了します。どうもご清聴ありがとうございました。           (12番 八山祐三君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    以上で、12番、八山祐三君の一般質問は終了いたしました。 休 憩 ○議長(熊野芳和君)    この場合、暫時休憩いたします。             (午後 2時57分)           ──────────────── 再 開 ○議長(熊野芳和君)    休憩前に引き続き会議を開きます。             (午後 3時15分) ○議長(熊野芳和君)    続いて、21番、篠崎憲司君の登壇を許可します。           (21番 篠崎憲司君 登壇) ○21番(篠崎憲司君)    どうしても僕の一般質問の前では、何か地震が揺るような思いをしてなりません。今回は、先般、教育長に文部省の教育の方針、あるいは田辺市における教育の指導の、その理念、そういう基本的なことをお尋ねいたしました。正直言って、教育長は、まことに弁舌さわやかと言いますか、もう水も漏らさん名答弁でありますから、再質問の際には、大変手こずる思いをいたします。しかし、私は、教育長や教育委員会をいじめようと考えておりません。今回、大変大事な学校教育の現場にゆるみがないか。とくにいじめや、不登校児童生徒に対する対処の仕方についてということで、お尋ねを二、三点いたしたいと思っております。  もうみなさんもご存じのように、新聞やテレビでいじめ問題による自殺、ここ二週間ぐらいの間に、四人の中学生が亡くなったという記事が、頻繁に放映しております。あえて私の方から、そのいじめの実態を克明に報告することは、みなさんに大変失礼なことだと思っております。しかし、それほど今の時節に、大変悩んでおる問題はございません。とくに今日、少子化社会と言って、子どもが少なくなっている。今まで6教室まであった第一小学校でも、4教室に減った。できれば大きな棟が一筋からっぽになったというほど、学校の生徒も少なくなっている。それは、第一小学校だけではなしに、日本全体、和歌山県全体、田辺市の中にも、ややもすれば整理統合していかなくてはならんのじゃないかというような、適正規模になりにくい、いろんな問題を抱えている今日であります。生徒が多すぎて、問題や課題が多いというのは、わかるわけでございますが、生徒が少なくなって、充実して当たり前のはずにもかかわらず、むしろいじめや、そうした問題がたくさん出てくるということについては、大変私たち一遍から見ますと、矛盾を感じてなりません。  実は、ここにあるこのいじめの本でございますけれども、1,800通の生徒の書き表した遺書、その父兄の願い、そのときの状況、それから、そのときの学校の対応の仕方、学校が気付いたこと、そういうことをこの厚い本にまとめられております。本当は、その中のたとえ50通でも60通でも、一時間ほどかけて読ませていただきたいところでありますが、私は本だけを読んで、すべてを信じることは、信じたくございません。これは、あくまでも私の肥やしとして、参考資料として、今後の対処をいかにするか。田辺市における体制はどうなのかという、そこへ触れてみたいので、その貴重な一時間を費やさせていただきたいと思うわけであります。  ただ、この本を通して言えることが二つ、三つあります。一つは、何かと言いますと、いじめで自殺しているほとんどの子どもは、「苦しくて、助けて、死にたいんや」という、この題の、この一編にあることであります。もう一つ具体的に言いますと、いじめられてる子というのは、学校はそれとなしに、学校ノートや、担任がそれをちゃんと把握しておった。それに対処することが、大変あいまいであったということが、自殺した子どもたち、「えっ、あの子そがな状況だったんか」という人がほとんどなく、学校が知り得ておったという事実であります。そして、「もう私は、友達も先生も家庭にも話しかけられる場所がない。どこへ自分のこの気持ちをすがっていいのかわからない」という、この事態が、子どもを死に追いやって、最後に遺書に書いてるほとんどの人は、「僕は、みんなのために犠牲になります」、僕は、いじめの子どもたちのために犠牲になります」、女の子も、男の子も書いています。  そして、三つ目に言うのは、学校もお母さんも、取り巻く社会も、「大変かわいそうやのう」という同情の問題だけと、「こがなこと二度と起こらんようにせんかよ」という戒めが、最後のまとめに書かれるだけでありまして、根本的な解決への対応の仕方が全然なされていないというのが実態で、後から後から出てくる。ひょっとしたらきょうも出るかわからん。あしたも出るかわからんという形が、今の現状であります。私は、午前中の行森議員さんの質問に、教育長は、まことに耳障りのいい、あんな形で田辺市の教育を進めてもうたら、絶対に間違いないと言わんばかりの聞こえがしてくるわけです。私は安心をしている一方、ほんまにええんやろか。これでええんやろかという、田辺市の一人の親として、そういう気持ちにかられるのであります。  三行ほど読ませていただきます。こうした一連のいじめ問題に対処した、大学の専門の先生が書いております。「いじめは、あるものという認識に立つことが必要です」。田辺市には、そんなんない。絶対にそがなこと起こり得んというふうに立ってはいけません。いじめが発生すると、学校や地域だけ限られた範囲でしか議論しない、これが二点目です。子どもの受験に不利になるというわけで、地域だけで、学校内に潜伏させることが多い。単に、いじめられた子どもを処分するということだけに走り回り、納めようとする気持ちだけで、解決の糸口をつかみ出そうとはしていない。評論家は大変厳しいことを書いているようであります。  学校教育課長に、お尋ねを具体的にいたします。この1,800通のそうした問題のお便りや、あるいは親御さん、先生の立場で載せられております、このアンケートから少し考えてみたいと思います。「あんたの学校にいじめはありますか」という質問に、「ある」と言うて答えた人が36パーセント、「ない」と答えた人が32パーセント、「わからない」と答えたという人が32パーセント、このアンケートの集計を見るときによって、36パーセントも「ある」というふうに、はっきり言えること。それから「わからない」というのは、それほど深刻に潜伏しているというふうに考えられること。「ない」と胸を張って言える子は、いじめの中に入っていないかもわからんけれども、少のうても68パーセント以上の人が、何らかの形でいじめをとらまえているということであります。「いじめを防止するには、先生は頼りになりますか」、大変厳しいことです。「頼りにならない」が52パーセント、「わからない」が23パーセント、「なる」と言うて先生を信頼する統計が25パーセントです。「いじめを防止するには、親は頼りになりますか」、「なる」と言う人が31パーセント、「わからない」が29パーセント、「ならない」が40パーセント、私は、この壇上に立って、いじめ問題が、単に学校だけの問題として押しつけたり、学校だけが取り上げて、すべての責任を持たなくてはならないということでは、決してありません。やっぱり学校と、それから家庭と地域社会がともに話し合いをし、根本的な原因をしっかりつかんで、その解決策を見い出していこう、事件を納めようというものではなしに、解決に向かって何か問題になっているかということの解決策に対する対応の仕方がないという、評論の厳しい意見もありますように、事を納めるだけでは解決はしない。  きのう、深夜のテレビを見ておると、群馬県で起こった、二日ほど学校を、授業をボイコットした中学校、最終的には、「先生に対して信頼を寄せんのか」と言うたら、そうでもない。子どもたちにマイク持って、報道員の方が聞きますと、ほとんどの子どもがどういうことを言うかというと、「今まで僕ら言いたいことようけたまってあってん。今度のこのことは、ちょっとしたきっかけであったけれども、先生と二日間、ホームルームやそういういろんな会合を通して、もういっぱい言えた。腹いっぱい言えて、そのことがよかった」と、そういうような評価をされました。私は、二日間の授業を子どもたちが大人の真似のようにボイコットをするという、何かそういうふうな運動を展開することは、ややもすれば大変疑問を抱く一人でありましたけれども、二日間のホームルーム活動みたいなことを起こして、そこで「腹いっぱいのことを先生に聞いてもうた。それで僕らすっとしてん」と、「これからまじめに授業を受けます」という、子どもたちの素直なこの気持ち、私は、このことが解決策であって、事件を納めるもんではない。事件の発端は、どのような形で起ころうとも、その発端の小さな問題点を大きくとらまえて、そしてみんなの学校だけの問題にするんじゃなしに、あるいは家庭へ押しつける、「学校、あんた責任あるで」という問題にかかわらんと、それを社会にも公言し、学校にも、これは家庭にも問題があるということの中で、みんなぐるみでこの問題を取り組んで、解決に向かって何が大事かということを論議し合う。恥を隠そうと思って、学校内だけで処理をしたり、処分をして、そして、これはできるだけ穏便に、そしてできるだけ今後、この学校の将来を担ってる子どもたちがあんねんから、他の子どもたちに派生せんように、その問題児だけをとらまえて解決しようとしている、このことが果たしていいのかどうか。  田辺には、幸いにして教育長の言われるように、自信と十二分な体制を整えている教育体制でありますから、私の声を上げて言ってる、この問題、本当に「そんなことを言わいでも、ちゃんとできてる」という、全くお叱りを受けることになるかもわかりませんが、私は、あえてそのことを危惧する一人であります。そういう観点から、お尋ねをしてみたいと思います。もう疑問しているいじめの対応について、田辺市はどうなのか。あるいは田辺市には、今、全国で起こっている、そうした問題、ゆゆしい問題が潜伏、沈んでいないかどうか、そういうことをお尋ねしてみたいと思います。  私は、不登校児童ということで、実態を挙げておりますが、不登校そのものをどうこうという気持ちは、毛頭ありません。ただ、このことが新聞に載りますと、お名前は書いていないんですが、私あてに、ここに書いている題は、どっかの本の中で感銘を受けた人でしょう、市民の中から。「登校否定と学校の引力」、こういう題で、子どもたちが、いかに学校と自分というものの楽しい場であるというふうな、学校へ、学校へ子どもを引きつけるという、そういう一口に言ったら、そういう学校に今、なってるんか。何か子どもたちにいろんなものをおっかぶせたり、行きたくないような空気を見たりしてないか。たとえたら、今度、先生の話に少しそれますが、僕このことしゃべっていったら、またイエローカード回ってくるな、やめます。  先生が、問題が起こって、人間としての子どもの尊重、ここに子どもの権利条約という本も、私もいろんなことでとちったらいけませんので、こういう本も読ませてもらいました。大体、書いてることと、私の考えてることもよく似ておりますので、間違いないと思いますが、そういう中で、子どもはやっぱり未完成で、大人になりきれていない未完成であるという基本を踏まえて、先生が子どもに怒る、あるいはいろんな嫌がらせや、先生が暴力を振るう、怒るということ、叱るんじゃなしに、怒るということの中で、昨年も1,670件に近い先生の暴力沙汰、勧告やら、もちろん子どもの殺害も含めてでありますが、小さなことから言えば、勧告やあるいは少し叩き過ぎて、父兄との間に問題のあったというようなことでありますが、最近の若い先生は、自分と同じ人間の扱いをして、未完成な子どもを理解する、子どもから教わるということを忘れて、自分と同じような立場で、人間としては同じ立場でありますけれども、子どもと大人という、教師という社会の中で、ややもすれば、それを本当に怒ってしまう、こういう教師とのトラブルが頻繁に絶えんというのが、今日の文部省の頭の痛い問題でもあります。  田辺の教師像は、先般、教育長がるるお話をされましたので、私も安心しております。しかし、やっぱり学校で授業を受けて、大半子どもたちに接するのは、直接の担任の教師であります。教育委員会が先生を採用するときに、先生の性格、人間像までわかって採用というところには、大変難しい問題があると思います。ただ、国語を教える、英語を教える、社会を教える、理科を教える、他の技能的技術を教える、それを習得した、免許を持って来たという、知学的な合格者ということで、日本は、すべて免許証のそうした国でありますから、それだけだけで、本当にその先生に、そのプラスアルファの子どもを育てる、子どもを大人にこしらえていくというんか、教育していくという、その能力、この能力がプラスされてこそ、立派な教師だというふうに私たちは思えるのであって、教える、教え方50、それから子どもをそうした社会人として立派に巣立ちすることのできる、そういう能力50と、そういう形での先生像というものが当然であります。  大変、うれしい。僕はこの本を読んで、これもレポートでした。昔のタイプ印刷のレポートでした。そのレポートを五、六年前に読んだんですが、こがな先生おもしろいけどなと思いました。若い先生ですが、岩手県の先生でして、どうしても受け持った子どもたちが、どうも乱れて、授業にも、あるいは友達関係いうんか、クラスがどうしても協調したり、何か落ち着かない子どもたちのざわめきがあるんで、先生は何か考えないかんなと思って、ある日、「きょうは、授業全部休みや、あしたは、全部授業なしや、教科書持ってくるな。そのかわり、家にあるつるはしとスコップと学校のバケツも用意するけど、足らんさかいに持ってきてくれ」と言うて、朝、「先生」って言うて、みなそれぞれ家にあるものを集めてきて、「よしわかった、学校のごみを捨てたい、これはみなさんのいろんなものも捨ててみたいんで、直径5メートルぐらいの穴を約1メートル半掘らないかん。きょうは、そのために君たちにそんなもの持ってきた」言うて、ラインを書いて、運動場の要らんとこの土地のところを、もちろん校長先生に許可をもらったんでしょう。そのねらいが、後で生徒に伝えられたんですが、そのときに、子どもたちはいやいや、渋しぶ、「こんなん先生しんどいやら、なぜこがなことわしらだけせんなんな」という、その教室一クラスですから、「なぜせんなんな」、文句、不平たらたら言うたんですが、「国語の授業よりましやろが。英語の授業するか」って言うて、それなりに、先生なりに押しつけて朝からやった。昼飯がきた。「弁当持ってあるから、おい女の子、お茶沸かせ」、お茶沸かした。給食でおばさんにもうてこいというんじゃないんです。「女の子、悪いけど三人、お茶沸かしてくれ」、して分担して、昼みんな穴の回りで、まだ50センチしか掘ってない穴の回りで弁当を食べた。それからまた、もっこかついでバケツへ入れたり、穴のほん端へ、山に積んで、みなさんもよく知っておりますけれども、大体倍の土量になります。  その山に積んだ土が、どんどん大きなって、そしてやっと夕方とっぷり暮れるまで、普通授業は、もう早う終わったある、早う帰りたい子どもあったけど、段だん昼の1時、2時になると、だれも「帰ろら」とか、「しんどい」とか言う人なくなってきた。そして、日暮れになったら、とっぷり日暮れたけれども、まだ掘った。先生がようやく巻尺、差しで図って1メートル50「よし、これでええ、ようしわかった、道具全部穴の中にいれとけ」と言うて、「気つけて帰れよ」って帰らせて、あした来て「悪いけども、きょうはおまんらに頼みあんねん」。「なんな」言うと、「すまんけども、ごみは市の方で取ってくれるんで、この穴は不要になったんで、この穴を埋めてくれんか」、「なんなよ先生」と言うてものすごう怒ったんですが、穴をまたみんなでですね、もちろん埋めた穴は、大体盛り上がって、雨が降れば、少し落ち着くだろうということで、先生が三日の日に、ホームルームの授業に、「君たちに、まことにすまん、汗をかかせてこんなことさせて、君たちいやだったろう。先生も言いにくかったけど、おまはんらに頼まな仕方ないんや」というような、いろんなそういう指導をし、そのときに文句を言う生徒が一人もなかった。やっぱり汗を出いて、みんなで協力して助け合って、一つのことをみんなで盛り上げたという、大変美しいというよりも、現実性のある仕事というのはこがなもんやという話を含めて、いろんなことを、時間がないから言いませんが、指導したという話で、その後、そのクラスは、みんなものすごく仲良くなって、協力をし合う、協調性のある、成績も抜群に伸びてきたという、岩手県の中学校の話であります。  それと同じように、実物大の絵を校舎の壁に書かした。象は象、ワニはワニの大きさ、きりんは高いきりん、後ろ側にあるものを、絵の色と言うたら濃い目、前に段だん薄い目にして、二重に象やきりん書きながら、一定のところへ書き上げた。それは別の学校であります。そのときも、穴の掘らした先生と同じように、その先生は、何とか子どもたちの、今、私が悩んでいる問題をどこかで、子どもたちの問題を解決してやりたい。子どもたちに肌でそれを味あわせてやりたいということで、これも大成功したお話であります。ペンキ塗りさがいて、屋根へはしごをかけて、何遍もはしごからころんで落ちたという危険性も味わいながら、校舎の板塀へ、そういう実物大の動物を20頭も25頭も描いたというお話であります。  私は、今、われわれが子どもたちの回りを見ますと、きょう行森さんが言った道徳の中に、古い道徳の中にも、ものすごくよい、残されて育てていい道徳がある。新しい時代に、新しいぜいたくという感覚で、病気になる、そういう性格も出てくる。やっぱり戦前、戦後、民主主義という、わずか50年ほどの時代に得た教育が、やがて崩壊されようとして、民主主義そのものの教育いうのは、一体何なということで、崩壊されようとしている。根本的に、私は、時間がないので10分だけ、教育長なり、学校教育課長に答弁をいただきますが、考え方をいただきますが、もう5分ほどお許しをいただきたい。再質問はいたしません。  それで、最後にお願いしたいのは、やっぱり田辺市には、一般行政と教育行政が、戦後の教育のあり方に、地域に教育のよさを持たされておる。文部省は、あらかたの方針、国の方針は立てても、それの方法や、運営については、その土地、土地の中央の教育委員会というものを定めて、そこで教育行政が運用されることを許されてある。私は、戦前の教育と戦中の教育と、軍国主義という教育と、それから民主主義や開かれた教育の中に、今日的に新しい時代で価値観も違い、あるいは職業を選ぶ場合も、異なる今日の複雑な多様化した時代であります。個性化と言われておりますが、そういうものを含めて、時間がありませんので、多く資料を持ってきておるんですが、しゃべり切れません。  私は、この辺で直接のいじめや問題を、それはそれとして対応し、処分して解決を見出すという、現実の問題もありますが、せっかく教育委員会制度を設けた今の制度の中で、受け身の中の教育行政ではなしに、一歩先んじた教育のプログラムを立てるという、そんな地方に許された教育のあり方を根本的に、ほかの県がやらなくても、和歌山県の田辺市が、「おい、こがなことやりやらよ」という、そんな本当に心強い、未来を考えた教育のあり方が模索されて、決して私はいけないとは思いません。むしろ、文部省の今の悪いところを断ち切って、いいところは残しながら、むしろ進言をしていくというような、地方の教育行政でなければならないのではないかと、今日、根本的にこのいじめのことを聞く中で、読ませてもらう中で、お母さん方や社会が願う中で、やっぱり教育の基本を司るのは、その地方に委ねられた教育委員会であります。  その教育委員会が、私が今、申し上げましたような、そういう気持ちになって、私たちも責任を持ちます。家庭も責任を持つように意識改革をしなければならない。しかし、それを仕事としている教員、教育委員会がリードし、引っ張っていくという役割を果たすのが、今日の根本的、それらの問題の解決へ向かう方向ではないかということを最後に提言を加え、もし課長や教育長に考えがございましたら、あと10分残しておりますので、ひとつお答えをいただきたいと思います。  それから、一点、来年のことを言いますと鬼が笑いますが、3月には、私は最終的に、学校教育と生涯教育、つまり教育委員会が責任を持たされている教育行政の範疇で、最後に、昔で言う社会教育の立場、社会教育の責任という分野で、質問をしてみたいなと、今からそれをお願いしておきたいと思います。以上で、私の再質問はいたしませんので、教育長なり、学校教育課長が私の質問したことに、もしお考えがありましたら、ご答弁をいただきたいと思います。           (21番 篠崎憲司君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    21番、篠崎憲司君の質問に対する当局の答弁を求めます。  教育長、角莊三君。           (教育長 角 莊三君 登壇) ○教育長(角 莊三君)    それでは、篠崎議員のご質問、三点ありましたが、その中で三番目のことについて私の方からお答えし、一番、二番については、学校教育課長の方からご答弁をさせていただきます。  議員ご提言のとおり、子どもを育てるということには、学校とともに家庭や地域社会の教育機能が不可欠なわけであります。そのことにつきましては、国レベルでも、現在、第十五期の中央教育審議会で論議がされているところであります。その家庭、学校、地域社会の三つの教育機能というのは、特色がありますので、お互いに重なり合う、そういう部分のあり方というのが重要になってくるであろうと思っています。田辺市教育委員会では、生涯学習という考え方のもとで、学校教育社会教育の領域、連携と、そういう位置付けをしておるわけであります。  まず、子育てにかかわる社会の啓発ということについてお答えしたいと、私どもは、生涯学習の推進と、こういうことを高く掲げて、社会教育分野における施策体系というものを明確にして、様ざまな施策展開計画によって活動を実施しているところであります。例えば、家庭教育の諸問題につきましては、子育てに関する親の学習が、積極的に進められるように、乳幼児学級あるいは若い母親セミナー等を企画しております。  一方、ほとんどの学校の努力目標に、基本的生活習慣の形成ということが取り上げられているのは、これは発達段階というに応じて、当然のことでありますけれども、しかしながら望ましい基本的行動様式の確立と、こういうものは、まず家庭にあるわけでありまして、何と言っても、習慣付けや美しい心情の芽生えと、こういうものには最適の時期がありますので、就学前等義務教育の連続や重なりに、そのあり方が大切となって参ります。  次に、地域社会の教育機能と、こういうことを考えてみます。市民のだれもが、触れ合いを深めながら、まちづくりに励む営みいうものの中で、さりげなく現れる感化力、あるいは教育環境への深い配慮、こういったものに特色があると思います。その結果、品位のあるまちのたたずまいと、それから生き生きした住民の言動が、自然にコミュニティー意識というものを高めながら青少年に夢を描かせたりと、あるいは目標を抱かせる助けとなることが期待されると思います。  そういう視点から、具体的な例を二つほど挙げてみますと、一つは、けさほどもご質問がありましたが、少年の喫煙や飲酒と、こういうものが、いかに学習意欲や生活態度、あるいは健康などに障害となることは、これは論を俟つないところであります。しかしながら、それらを自販機から買うことができると、こういう点で、教育的にはもっと重大なことがあろうと思います。それは自由というものは、人間にとって最大の価値であろうと思いますが、少年たちの心に、その尊さと、それから放縦や利己心、こういったものの違いと、こういうものがどう育っているかということを考えてみても、自販機ぐらい、少年の無自覚というものを助長したり、あるいは自制心を麻痺させたり、ひいては自由の認識というものを歪めてしまうというものは、数が少ない、めったにないわけであります。その上、本来、遵法の精神が育つ最適の時期に、平気で法を犯す現実というのがあるわけであります。調査によりましても、40パーセント以上の者が、「喫煙は自由だ」と、こういうふうに答えている事実があります。  今や家庭や地域社会というのは、教育環境というものの現状を深く考えて、まず大人の方が利便性というものをいささか我慢をして、喫煙や飲酒に関する指導をわが事として、もし酒やたばこの自販機というものをなくすことができたならば、それは社会の進展、変化に則した意義ある具体策だということができるのではないかと、こう思っています。また、全然別のことでありますが、このほど活動を開始したひがし公民館でです。そこでは学童保育の場として活用しておりますが、運営については、田辺東部小学校の育友会活動に位置付けして、地域で子どもを育てるという活動をしていただいている、その端緒についたところであります。あれやこれやと挙げればたくさんあるわけでありますが、第三次の総合計画に全体構想を明記しておるところでありまして、生涯学習推進体制を整備して、基本的人権の尊重を根底に置いて、学習者の視点に立った、総合的な施策により、教育を広くとらえるとともに、家庭、学校地域社会がそれぞれ教育機能が十分発揮できるような、支援というものを考えて参りたいと思っています。  昨今、子どもたちにかかわる暗い面の報道が多いわけでありますけれども、そればかりではなくていろいろな面で、将来を託すことのできる力強い子どもたちの姿も見ることができます。私たちは、明るい希望を持って、自信を持って、こういった具体的活動を進めていきたいと思っているところであります。議員ご提言の田辺独自の教育実践ということについてのご提言であります。義務教育は、基本的に日本人として21世紀を拓く人材を育成するという課題に向かって展開されているところであります。私どももまたその目標に向かって、田辺における教育課題を浮き彫りにして、独自の具体策を構想し、創造することが肝要であろうと思っています。  そこでまず、広くダイナミックに変動する世界で、多元的な価値や主張にたじろがないで、堂どうと自己を表現する資質や能力、そういうものの育成が中心的な課題であります。人間は、生涯学び続ける存在であることを思うと、子どものころから学ぶ喜びというものを感得させて、そして学ぶほどに、未知の世界がまた広い、そしてその広いことに、その不思議さに引き込まれていく、そういう感性や思考力、あるいは日常言われなくてもできるという、そういう判断力、生活判断力とでも言いましょうか、こういうものが培われていくためには、息の長い今後の指導が必要でありますが、端的に言えば、指示待ち人間が育ってはならないと、こういうことであります。その他、創意ある表現力を伸ばす課題、さらには日本人としての気位を持った自立の誇りや国際感覚というものを身につけていく、そういうことのためには、国のシンボルに対して真摯な敬意というものが芽生えているかどうかということも、また欠かすことができないと思います。  そのようなことから、田辺市の学校教育の基本方針を、自分のよさを伸ばし、広く社会に生かす人間の育成を目指すと定めて、学校経営の指針としています。幾つかその特色というものを挙げてみますと、教育研究の充実ということがまずあります。これは、昭和44年から続けている教育推進体制であります。多くの主題を取り上げてやっていますが、例えば主体的学習、あるいは選択履修幅の拡大と、こういったその時どきの主題を取り上げて、一校の研究が、その学校だけではなくて、他に広がっていくという、そういうシステムに重きを置いて、大学教授の直接指導を受けながら進めております。  二つ目には、福祉教育の推進ということがあります。子どもの発達段階から見て、感受性の強い児童期から青年前期にかけて、感性でつかむ体験的学習を積ませることが大切であり、またそれができる最適の時期だというふうに思っております。したがって、市内の全校が福祉協力校となって、児童・生徒の社会福祉への関心と理解を高め、そして社会奉仕や連帯感の基礎が培われることを願った、体験学習に取り組んでいます。そのほか学校週五日制にかかわる学校外活動ということであります。田辺市では、私どもの教育委員会と関係者によって、第二土曜日における障害を持った子どもたちへの対応と、それを通して市民ボランティアの育成ということを図っています。現在は、ボランティア登録者が、一般も高校生も中学生も合わせて203名ほどいるわけでありまして、そのうちの生徒たちは、初めはぎこちなかったところがありましたが、ほとんど連続して参加をして、感想文には、例えば、「5月14日は、自分を見直すきっかけとなった記念日だ」と、こういうようなものもありますし、非常にたくさんの感想文、いいのがあるわけであります。  そのことを読んでみますと、自分の生き方について真剣に考える態度が身についてきているように思うわけであります。終わりでありますが、市民のみなさんの中には、国や文部省の指導が、学習指導要領によって非常に窮屈に枠付けされているような、錯覚もされる向きもあるわけでありますが、これは幅の広い指導の方向を示したものであります。もとよりこの公教育ということを携わることになりますので、日ごろの教育活動において、指示的な指導というものは、これは許されないということは当然であります。言うまでもなく、教育の営みというのは、本来、画一的なものでなく、明治以来も、「個性を重視する」とは言い続けられてきたものの、日本的風土と合わないというような点もあって、歴史的には教育全体の理念や体制、実践、その方向に向かわなかったということがあるのではないでしょうか。21世紀を拓く人材を育てるということは、英才教育というような概念ではとらえることのできない、社会全体の英知を結集した教育の目標であると考えております。ご提言を深く理解して、田辺の教育に新風を吹き込んで、さらなる発展を願って取り組む覚悟であります。  以上であります。           (教育長 角 莊三君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    学校教育課長、嵯峨勇君。         (学校教育課長 嵯峨 勇君 登壇) ○学校教育課長(嵯峨 勇君)    議員さんご質問いただきました一点目のいじめや不登校、こういうことについてでございますが、平成6年度に教育委員会に報告のあったもので、小・中学校合わせて5件ございます。年度内に一応の解決を見てございます。いじめの対象となった子どもからは、お話にありましたように、何らかの形でのサインが送られてくるのが、いろんな事例からも、私どもの昨年度の状況からもあるわけです。ただ、担任や学校の先生との心のつながり、担任だけじゃなくて、いろんな先生との心のつながりというふうなこと非常に重要となってきます。子どもから訴えてきてくれたものに感じる、あるいは子どもたちから訴えてきてくれないというふうなことは、非常に心配するところでございます。そういったことで、いろんな場を使って研修をいたしてございます。  議員さんの方から、ほんまに田辺市には、「いじめは、今ない」と言えるかというふうなお話もございましたけれども、実は私、昨年度のことであるわけですが、市内の村部の市民の方から、「みかん畑で、中学生ぐらいの子どもたちが、いじめの状況の中で心配だったんです」という、そういう通報もいただいてございます。ですから、現在もありませんということにはならないのではないかというふうに認識をいたしております。非常に難しい情報の得られにくい、いじめのこの特徴を踏まえまして、学校・担任のシャープな感覚、あるいは私ども教育委員会も、常に保護者の訴えや市民の方がたのつぶやきに耳を傾けられるように、そういうふうなことを意識をしてございます。
     また、昨年度にいじめ対策委員会教育委員会で設置してございます。いろんな立場の方がたに委員さんになっていただいて、こういったことへの対応についての指導と合わせて、情報をできるだけ広くいただけるような、そういうふうな体制を組みつつ、遺漏のないように努力をいたしてございます。ただ、私は現場でよく話をさせていただくわけなんですが、いろんな事件があった場合の、校長の報道関係のインタビュー等で、「こんなにひどかったとはわからなかった」と、そういうふうなインタビューがあるわけです。内部に携わっておる者が、こういうふうな言い方はよろしくないだろうと思いますけれども、どんなことがあっても、それほどひどいとは思わなかったという、そういうレベルの認識を持たないようにしてほしいということを、常に校長会等で訴えてきてございます。それから、不登校等につきましても、全くいじめと同じような、そういう人間関係の中から救えていくケースというのが非常に多いわけでございまして、そういったことに対しても、十分留意をしながら指導を進めてきてございます。  二点目の教育現場の取り組み等にかかわって、教師はもっと育つべきものと言いますか、人格的にもしっかりしてほしいというご意見でございました。教育委員会では、毎月、定例の管理職の会で、研修素材としていろんな形で焦点を絞りながら、研修を深めてございます。基本的研修の中では、教職員が採用されて一年間に二十日間、県教委の責任で研修を進めてございます。その後も五年、十年という節目、節目に研修を義務付けてございますけれども、田辺市としまして、ちょうど五年、十年の間に当たるころの先生方に、経験者研修ということで実施をしてきてございます。私の方では、教師指導については、いろいろとご意見があろうかと思いますけれども、教職員の使命感、あるいは実践的な指導力、あるいは高い教養、識見の一応三点を大事にしていきたいと思ってございます。  しかし、その基盤としては、どんなに言っても誠実さ、子どもに対する誠実さ、保護者に対する誠実さ、あるいは謙虚さであると考えてございます。このことは、社会人としても、教職につく者としても、当然、心得ておくべき素養であろうかと、こういうふうに思ってございます。私が担当しておりましたころに、兵庫教育大の先生で武田先生という方がおられるわけですが、この先生に、「よい先生の資質とはどういうふうなものですかという話を聞かせてください」ということで、聞かせていただいたのが三点ございます。「子どもが好き、教えることが好き、それから教える内容が好きな先生というのがすばらしい先生です」というふうに、非常に簡単に教えていただいたわけですが、私たちはそれを大事にして参りたいと、こういうふうに思ってございます。議員からご提言いただいた教師像と、こういったこと十分に心に銘記して、今後も研修を深めて参りたい、こういうふうに思っております。         (学校教育課長 嵯峨 勇君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    21番、篠崎憲司君。           (21番 篠崎憲司君 登壇) ○21番(篠崎憲司君)    いじめで自殺する中学校の子どもたちのそのまちでは、教育委員会も学校も今、教育長が話されたように、豊かな心ですばらしい学校を構築しているということを自信を持って行ってる、そのまちが突然、ああいうふうな事件となって現れてくるということを考えますと、私は、田辺の教育長は信じておりますが、どうかそういうふうな事件の起こらん、私とこのまちにはという、この気持ちだけは、ひとつ持たないで、頑張ってほしいな。  それから、課長の話の中にありましたように、大半の先生方は、子どもの信頼とそれから子どもを通して、子どもを教育するという仕事に誇りを持ってくれていることは当然であるが、一部の先生の中には、ややもすれば、子どもから見ると、「あの先生好きやけれども、この先生嫌いや」、この子どもの単純な先生に対する信頼を向ける言葉の中に、「嫌いや」、「好きや」という、こんな簡単な言葉で表すその中に含まれてる要素を十分お考えいただきたいなと思うのが、仕事として共有されてる方がたに、今いちばんこの時代に大きく取り上げられている問題だけに、きっかけを通して研鑚をし、みんなぐるみでこの問題と対処していただきたいことを、教師のみなさんにもお願いしたい。  しかし、これはもうごく一部という言い方はどうかと思いますけれども、そういう方がたもあることを通して、私は憂いておるわけでございますので、どうか田辺市に、私が先ほどレポート持って来た、あの本の中にありますようなことが起こらないように態勢を私たちも、もちろん側面から頑張りたいと思いますので、教育委員会の姿勢としてよろしくお願いを申し上げまして、私の一般質問を終わります。  どうもありがとうございました。 ○議長(熊野芳和君)    以上で、21番、篠崎憲司君の一般質問は終了いたしました。 休 憩 ○議長(熊野芳和君)    この場合、暫時休憩いたします。             (午後 4時12分)           ──────────────── 再 開 ○議長(熊野芳和君)    休憩前に引き続き会議を開きます。             (午後 4時22分) 日程第2 5定議案第17号 田辺市職員給与条例及び田辺市企業職員の給与の種類及び基準に関する条例の一部改正についてから 日程第7 5定議案第22号 平成7年度田辺市一般会計補正予算(第6号)まで一括上程 ○議長(熊野芳和君)    続いて、日程第2 5定議案第17号 田辺市職員給与条例及び田辺市企業職員の給与の種類及び基準に関する条例の一部改正についてから、日程第7 5定議案第22号 平成7年度田辺市一般会計補正予算(第6号)まで、以上6件を一括上程いたします。  提出者の説明を求めます。  総務部長、楠本薫君。          (総務部長 楠本 薫君 登壇) ○総務部長(楠本 薫君)    それでは、追加議案書に基づきまして補足説明を行います。  1ページをお願いいたします。  5定議案第17号 田辺市職員給与条例及び田辺市企業職員の給与の種類及び基準に関する条例の一部改正について、地方自治法第96条第1項第1号の規定により議会の議決をお願いするものでございまして、本件につきましては、本年8月の人事院勧告による国家公務員の給与改定に準じて改正いたすものでございまして、内容といたしましては、まず第1条の職員給与条例の一部改正では、第16条の扶養手当関係で、16歳から22歳までの扶養親族がある場合の加算額を、現行より500円引き上げるものでございまして、第22条の住居手当関係では、現在、住居手当の支給を受けている職員が、異動により単身赴任することとなり、赴任先でも新たに住宅を借り受けた場合、両方の住宅にそれぞれ住居手当を支給するよう改正するものでございます。第23条の通勤手当関係では、基本的には、本市の職員には該当がございませんが、異動等により、通勤のため、特別急行列車等を利用することになった職員に対し、従来の通勤手当に加えて、特急料金等の半額を支給するように改正するものでございます。また、給料表を別表第1、第2のとおり改正するもので、続きまして第2条の田辺市企業職員の給与の種類及び基準に関する条例につきましても、第1条に準じた改正となっております。なお、給与改定は、一部の改正規定を除きまして、平成7年4月1日にさか上り実施をお願いするものでございます。  次に、5ページをお願いいたします。  5定議案第18号 工事請負契約の締結について、田辺市老人複合福祉施設建設工事請負契約の締結について、議会の議決に付さなければならない契約及び財産の取得又は処分に関する条例第2条の規定により、議会の議決をお願いするものでございまして、工事名は、田辺市老人複合福祉施設建設工事。契約の方法は、指名競争入札。被指名者数は、16社。入札年月日は、平成7年12月6日。契約金額は、17億980万円。請負人は、大阪市中央区北浜東4番33号 株式会社大林組 取締役社長津室隆夫殿。  工事概要、指名業者名等につきましては、別添参考資料をご参照願います。  次ページに参りまして、5定議案第19号 第三次国土利用計画田辺市計画の策定について、田辺市の区域について定める国土の利用に関する計画を策定することについて、国土利用計画法第8条第3項の規定により議会の議決をお願いするものでございまして、内容といたしましては、国土利用計画和歌山県計画を基本としつつ、田辺市総合計画基本構想に則して策定し、土地利用に関する基本的事項を定めるために、議決をお願いするものでございます。  次ページに参りまして、5定議案第20号 公有水面の埋立てについて、公有水面埋立法第3条第1項の規定により平成7年10月27日付けで、和歌山県知事から諮問のあった公有水面の埋立てについて、次のとおり答申したいので、同法第3条第4項の規定により議会の議決をお願いするものでございます。  1、埋立免許出願人を和歌山県に、埋立区域の位置及び面積、(1)は、田辺市新庄町字出井2393番地の8、2393番地の9、2393番地の7に接する無番地の地先及び同字西跡ノ浦2401番地の3及び2402番地の2に接する無番地の地先公有水面。面積は、5,005.32平方メートル埋立地の用途は、ふ頭用地及び教育施設用地。当市の意見、異議なし。  埋立区域につきましては、次ページをご参照願います。  続きまして、5定議案第21号 ワイオン市との友好都市提携の更新について、本市とオーストラリア国ニュー・サウス・ウェールズ州ワイオン市との友好都市提携の更新について、議会の議決をお願いするものでございまして、現在までの取組み経過と内容にもちまして、説明にかえさせていただきますが、田辺市とワイオン市の友好都市提携は、マンネリ化や形骸化防止のため、三年間の期限を設けており、平成8年3月でその期限を迎え、これまで両市の市民の間で、幅広い分野において交流がなされてきており、本年度は、三周年記念事業実行委員会が組織され、交流を持ってきた団体が、現在までの交流の成果や反省点等を振り返るという目的のもと、市民交流展を中心とした事業も展開されました。10月には、提携の更新及びそのあり方を検討するため、市民の代表で構成する更新懇話会を設置して、ご議論をいただき、今後もワイオン市との提携を続けていくべきだという報告を受け、期間を5年として、提携を更新していきたいと考えております。  次のページの友好都市宣言書は、両市が友好都市提携を持つ証として、その基本方針を示すものであり、11ページの協定書は、宣言を受けて、具体的にどのような交流事業を実施していくかの指針を明記いたしております。  それでは、12ページに参りまして、5定議案第22号 平成7年度田辺市の一般会計補正予算(第6号)は、次に定めるところによる。  第1条、歳入歳出予算の総額に、歳入歳出それぞれ9,774万5,000円を追加し、歳入歳出予算の総額を、歳入歳出それぞれ310億7,784万7,000円とするもので、併せまして地方債の補正をお願いいたしております。内容につきましては、18ページをお願いいたします。  今回の補正の案件につきましては、先ほどの人勧に伴う条例改正でご説明申し上げました、人件費の補正、これは一般会計で約4,000万円を必要と見込まれますが、休職とか、育児休業等による不用額が出たことによりまして、人件費の補正では1,470万5,000円を、そしてただいまから申し上げます件のトータルが8,304万円。まず、議会費、この18ページの旅費でございますが、先ほどのワイオン市との交流提携に伴うワイオン市への出張旅費として、議会費では3人の139万5,000円を。  それから、次ページの国際交流事業費の396万円につきましては、旅費といたしまして、市長ほか4名の職員と通訳の賃金、それから相手国への記念品代等々の経費でございます。  それから、25ページに参りまして、生活保護費の扶助費で、7,200万円の追加をお願いいたしておりますが、これは入院等の増加による医療扶助費の追加をお願いするものでございますし、42ページの公共土木施設災害復旧費のうち、人件費を除いた568万5,000円につきましては、追加認証があったことに伴う補正をお願いいたしております。以上の財源といたしましては、地方交付税、それから国庫支出金等をもって充てております。  以上で、補足説明を終わります。よろしくご審議の上、ご賛同賜りますようにお願いいたします。          (総務部長 楠本 薫君 降壇) ○議長(熊野芳和君)    以上をもって、提出者の説明が終了いたしました。  この場合、お諮りいたします。  ただいま議題となっております議案については、既に提出されている他の議案と同様に、後日審議願うことにいたします。  これに異議ありませんか。            (「異議なし」の声あり) ○議長(熊野芳和君)    異議なしと認めます。  よって、さよう決しました。  この場合、お諮りいたします。  本日の会議はこの辺にとどめ延会し、明12月14日午前10時から再開いたします。  これに異議ありませんか。            (「異議なし」の声あり) ○議長(熊野芳和君)    異議なしと認めます。  よって、さよう決しました。 延 会 ○議長(熊野芳和君)    それでは、本日はこれをもって延会いたします。             (午後 4時32分)...