379件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

世田谷区議会 2020-10-06 令和 2年  9月 決算特別委員会−10月06日-05号

世田谷区というところは大場啓二区長が一九七五年、私が生まれた年に当選をして七期二十八年やった。そのときに、世田谷区の町の憲法とも言える基本構想基本計画をつくって、そのときに区政自治権機能の拡充と、住民参加というのを打ち出したということなんです。それで、世田谷区は住民参加ということで全国に広めていって本当にこれを大事にしてきたと思います。  

世田谷区議会 2019-10-09 令和 元年  9月 決算特別委員会-10月09日-06号

真鍋よしゆき 委員 今、加藤委員から質問がありましたけれども、この都市整備領域質問を毎回させてもらっているんですけれども、かつて「まちづくり最前線」なんて、大場啓二さんや佐野助役川瀬助役大塚助役なんていうときには、今のような地区計画の話なんていうのは、区のほうでメニューをつくって町に飛び込んでいったような気が私はします。

世田谷区議会 2019-09-03 令和 元年  9月 都市整備常任委員会-09月03日-01号

前の前の区長大場啓二さんのときに、世田谷区は木を一本切るのも厳しい、うるさい区にすると言っていたのを覚えているんですけれども、それがこういう流れだったと思うんですよ。  ところが、この委員会で、それこそ住民の方がパネルを持ってこられて、いつの間にかこれだけの木が切られて、こんな状況になっていますというのに何回か立ち会いました。

世田谷区議会 2019-06-12 令和 元年  6月 定例会-06月12日-01号

そのころの大場啓二区長は、区長になったときから、世田谷区政政令指定都市を預かった気構えでと号令をかけたと著書の中で振り返っています。特別区において前例のない政令指定都市行政区に匹敵するものとして、区内に五つ総合支所を配置しました。さらに、住民本位区民参加のもと、地域ごとの特性に沿った区民主役まちづくり地域福祉を充実させる方向で、地域行政制度が構想された経緯も述べています。

世田谷区議会 2018-10-02 平成30年  9月 決算特別委員会-10月02日-02号

平成十四年度までの実績というと、大場啓二区長、七期、四年間、約二十八年間でございますけれども、これが都市計画道路に関しましては延長約四・六キロ実現しております。それも新規路線着手として、十五個の新規路線着手をして、そのうちこの七期、四年間の二十八年間に五路線の完成を見ているわけです。そうすると、十五引く五で十個の路線を今度、熊本区長が継続した。  

世田谷区議会 2018-09-20 平成30年  9月 定例会-09月20日-03号

ここに「まちづくり最前線」「手づくり まちづくり」という大場啓二区長の本が一九八五年に発行されております。この本であります。区のまちづくりの歴史が刻まれた本です。  ここで、大場さんが次のように述べております。少し長いようですが紹介します。  私どもがこのまちづくりに入りますときに、意を決したことが一つございます。

世田谷区議会 2016-06-14 平成28年  6月 定例会-06月14日-02号

きょう、区長非常時職員体制のことで御質問しまして、前向きな答弁をいただいたと私は思いましたが、かつて、この世田谷議会で、当時、大場啓二区長だったと思いますが、非常時にどうやって区長はこの役所に来られますかという質問をされた方がいらっしゃいまして、当時の津吹教育長が手を挙げて、区長のところに自転車で迎えに行って、区長を後ろに乗せて役所に参りますという答弁をされたのを本当に覚えております。

世田谷区議会 2014-03-10 平成26年  3月 予算特別委員会−03月10日-02号

さらにさかのぼると、大場啓二さんなんていうのは、その目玉政策特養待機者ゼロですよね。寝たきりゼロ、それからゼロ歳児保育園待機児ゼロと。それで、この福祉対策三ゼロ作戦というのを三年間で二百五十億円を投じて進めていくという、非常にわかりやすいということがあるんです。  その点、やはり今回も子ども・子育て応援都市せたがやというような、ちょっと子どもに――確かに子どもは重要ですよ。

世田谷区議会 2013-10-15 平成25年  9月 決算特別委員会-10月15日-08号

今まで、大場啓二区長熊本哲之区長と続いて、熊本区長時代には二倍の速さで道路整備を行っていくという強い決意と覚悟の中で進めてまいりました。今度は道づくりプランの改定と道路整備方針流れがいろいろ変わってまいりますけれども、今までの道路整備方針の考え方をこの先もしっかりと継承されていくのか、そのことについて、まず初めにお伺いをいたします。

世田谷区議会 2013-03-27 平成25年  3月 定例会-03月27日-05号

続いて大場啓二区長とは二十八年間、反対に非常に長きにわたり仕えさせていただきました。そして、熊本哲之区長とは八年間、現在の保坂展人区長と二年間、合わせまして三十八年間、四人の区長との出会いがございました。  きょうは、胸に二つのピンバッジをしております。姉妹都市、ウィニペグ市とバンバリー市のものであります。ネクタイは、アドルフ・ティラー、ドゥブリング区長からいただいたものでございます。

世田谷区議会 2013-02-27 平成25年  2月 地方分権・地域行政制度対策等特別委員会-02月27日-01号

金澤 生活文化部長 宮崎部長に補足して申し上げますけれども、支所と本庁の関係のお話なんですが、地域行政制度というのは、昭和五十年に大場啓二さんという方が当選されて打ち出した。現実問題動き出したのは昭和五十四年なんです。地域行政推進本部という筆頭部昭和五十四年の四月一日にできたんですね。この年、私は役所に入ったんですけれども、昭和五十四年。それで、支所制ができたのが平成三年です。

世田谷区議会 2011-09-21 平成23年  9月 定例会-09月21日-02号

〔三十番山口ひろひさ議員登壇〕(拍手) ◆三十番(山口ひろひさ 議員) 世田谷政発展のためにご尽力された大場啓二区長が、今月一日にご逝去されました。大場区長は、七期二十八年の長きにわたり文化都市世田谷の礎を築いてこられました。だれもが住み続けたいと思うふるさと世田谷を創生するという確固たる信念で区政を導いてきた、その偉大な功績には、ただ頭が下がるばかりであります。

世田谷区議会 2011-09-20 平成23年  9月 定例会-09月20日-01号

去る九月一日、大場啓二世田谷区元区長が享年八十八歳でご逝去されました。今日の世田谷区政の礎を築いた功績に心から敬意を表するとともに、安らかなご冥福をお祈りするばかりです。私は、熊本区長葬儀委員長を務める葬儀で弔辞を述べるに当たって、大場区長の「手づくりまちづくり」と題する本を読ませていただきました。  

世田谷区議会 2011-06-20 平成23年  6月 地方分権・地域行政制度対策等特別委員会−06月20日-01号

金澤 政策経営部長 地域行政は前の前の区長さんである大場啓二さんが公約で出されたものなんですね。それが昭和五十年、これは区長公選で、それまでは区長議会で選ばれていたんですけれども、選挙で選ばれた区長さんだった大場啓二さんがこの地域行政というのを言い始めた。  それで、昭和五十四年という記載がございますが、昭和五十四年に地域行政推進本部という組織ができたんです。

世田谷区議会 2011-06-17 平成23年  6月 都市整備常任委員会-06月17日-01号

木下泰之 委員 この土地の買収ですけれども、この買収については昭和六十三年七月二十九日に二子玉川公園に関する協定というのが世田谷区長の当時の大場啓二氏と、それから東急電鉄横田二郎氏と、それから東急不動産の社長と、この三者で二子玉川公園計画に関する協定というのが結ばれているわけですね。  

世田谷区議会 2009-04-13 平成21年  4月 公共交通機関対策等特別委員会−04月13日-01号

小畑敏雄 委員 小田急の件については、喜多見〜梅ケ丘までを第一期工事として分離して工事を行うということが打ち出された後に、世田谷議会では、その前からずっと地下がいいという意見が盛り上がってきまして、議会も、時の区長大場啓二さんも地下がいいということになって地下で進めていたんですよ。  

世田谷区議会 2008-10-01 平成20年  9月 決算特別委員会−10月01日-03号

それから、人口推計のことで先ほど他会派からの質問があったときに、増加が続くというお答えがあったんですけれども、私は、世田谷区には人口論がないのかどうかというのを前から問題にしてきたんだけれども、ここに一九八五年の「まちづくり最前線」という大場啓二さんの文章があるんです。「四十五年の人口は七十四万八千人ですね。