103件の議事録が該当しました。
表示内容の正確性については最善を尽くしておりますが、それを保証するものではありません。

該当会議一覧

那須塩原市議会 2018-12-19 平成30年 12月 定例会(第4回)-12月19日−08号

まず、関谷郷土資料館については、江戸時代末期から昭和初期にかけての民具や古文書等の資料を展示しておりますが、建物は平成6年、古民家風に建築されたもので、敷地については借地となっております。展示内容は那須野が原博物館とほぼ重複したものとなっており、その機能を那須野が原博物館に統合することはやむを得ないものと思います。  

市貝町議会 2018-09-06 平成30年  9月 定例会(第4回)-09月06日−03号

今の子供たちにそんなこと言うと、そんな江戸時代の話なんて言われそうですけれども、現に私たちがそういう年代なんです。  ですから、当時、草というのは大事だったんですよ。道路とか、どんどんお互い競争で刈っちゃいますから、刈る場所がなくなるんですよ。そうすると、多田羅の沼の共同の場所、あそこが一番よかったんですよ。ですから、あそこへ早く行って、もう刈っていないところを刈る。

壬生町議会 2018-06-05 平成30年  6月 定例会(第3回)-06月05日−02号

藩校は江戸時代に諸藩が藩士の子弟を教育するために設立した学校で、寛文9年に岡山藩士、池田光政によって設立された岡山学校が最初とされています。宝暦年間1751年から1764年以降は、全国的に藩校が設置されるようになり、全盛期には全国で300校近かったと言われています。藩校サミットは、地域に息づく藩校の伝統や精神現代に生かす趣旨で、全国の藩校関係者により毎年開催されています。

下野市議会 2018-03-15 平成30年  3月 定例会(第1回)-03月15日−06号

続いて、10款5項4目資料館費における資料館管理運営事業について、委員から、「土地購入費の減額の理由を伺う」との質疑があり、執行部の答弁は、「風土記の丘資料館北側の雑木林を購入する予定であったが、調査した結果、江戸時代の後半生まれの方から未相続となっており、相続に相当する方が70名近くいるため、残念ながら購入を断念した」とのことでした。  

下野市議会 2017-12-13 平成29年 12月 定例会(第4回)-12月13日−05号

下石橋一里塚は、平成21から23年度に実施された文化財悉皆調査の結果、江戸時代施設として確認され、下野市歴史文化基本構想の中に掲載されましたことは皆様ご承知のとおりです。それまでは、私自身もその存在を全く知らず、きっと多くの市民もそうであるようにその場所すらわからないでおりました。  

小山市議会 2017-09-07 平成29年  9月定例会(第3回)-09月07日−03号

江戸時代に流行した都々逸に「親の意見と結城のつむぎ、地味で渋いが末のため、何を結城のつむぎの羽織、嫌というほど切れやせぬ」という言い回しがございました。皆さんご存じですか。本場結城紬は、光沢のあるつむぎ織物と違って、木綿地に近く、親子三代にわたって着続けられるというほど強く丈夫な絹織物であることを言いあらわしたものでございます。

那須塩原市議会 2017-03-06 平成29年  3月 定例会(第1回)-03月06日−06号

それで、塾というわけにはいかないんですけれども、現在この立場で校長会議を年6回ほど開催、あるいは教頭会議とか回っておりますが、そういった会議の資料の冒頭には多くの場合、その「論語」から取り込んだ言葉とか、もう一つ、江戸時代儒学者で佐藤一斎という方がいらっしゃったんです。

那須塩原市議会 2017-03-02 平成29年  3月 定例会(第1回)-03月02日−04号

それら等の要望をしているということ、力強く感じたわけでございますが、本市には江戸時代から会津中街道を通って高林地区、特に私どもの住んでいる高林地区には一里塚が残っていると。現実として笹野曽里地区に実際にあります。こうした市内の中にも三斗小屋宿跡、江戸時代の末期、戊辰戦争において会津藩が駐屯して官軍と戦ったなどの歴史があると。

栃木市議会 2016-03-02 平成28年  3月定例会(第1回)-03月02日−一般質問

栃木市は、江戸時代以降、巴波川の船運が江戸と結びつくことで経済が大きく発展し、江戸との物流、人的、文化的交流が盛んでありました。これらのことから、小江戸とちぎと名乗り、あるいは言われていることは、周知のとおりであります。中央区は終戦直後まで運河と水運のまちであったことから、中央区には川、橋にちなんだ町名が多いのであります。例えば日本橋、京橋、八丁堀、新川、それらに加えて入船、湊があります。

鹿沼市議会 2015-12-07 平成27年第7回定例会(第2日12月 7日)

その当時の江戸時代中期におきまして、家老から足軽まで大広間に集めて、米沢15万石の財政状況について藩主自らが全てをあからさまにして協力をお願いしたというふうに言われています。  今、市役所職員も共通認識を持つべき時期にきていると思っています。よく行政の中では縦割り行政の弊害ということが特に言われています。

那須塩原市議会 2015-12-04 平成27年 12月 定例会(第5回)-12月04日−06号

この人がどういう人かというのは、皆さんよくご存じなので、あえてここでお話しすることもないと思うんですが、その二宮尊徳の精神ですけれども、二宮尊徳は1787年から1856年、こういった江戸時代におよそ600を超える藩家や武家、商家の赤字経済を全て、全てなんですね、正常に建て直したことで知られた。彼の再建方法は、分度と推譲の実践にあった。

那須塩原市議会 2015-12-03 平成27年 12月 定例会(第5回)-12月03日−05号

でも、これも非常にこの縛りがきつくて、例えばみんなで獅子舞を続行するためにお金を集めて、そしてやってきたんですけれども、江戸時代以降に入った人には、お金は集めるけれども権利がなかったとか、いろいろあるんですよ、これはとても厳しい規約があって。その後、そういう点も改善をしてやってきた。それでも人がいなくなったと。これは穴沢だけではなかったと思います。  

栃木市議会 2015-12-03 平成27年 12月定例会(第5回)-12月03日−一般質問

さて、この秋、足利市では、江戸時代から明治時代にかけて活躍した画家田崎草雲の生誕200年を記念しまして、足利市立美術館や草雲美術館で草雲展が開催されたり、さまざまな関連企画事業が行われていることは、たびたび新聞報道されているところであります。実は、田崎草雲は栃木市に大変ゆかりの深い人物であります。

那須町議会 2015-12-02 平成27年 12月 定例会(第8回)-12月02日−一般質問−03号

先ほど来お話しさせていただいております商店街の起源をひもといてみますと、安土桃山時代には織田信長などの戦国武将が自分の支配地において楽市などを奨励し、江戸時代においては街道が整備され、その街道上にある宿場町や寺院の門前町で大いに栄え、さらに近現代においては鉄道の駅、そして各地の港など一般的に集客が期待できる箇所に露店などが集まり、自然発生し、栄えていったとあります。