浜松市議会 2021-03-12 03月12日-06号
本市の公立小・中学校は全144校ですが、昭和50年代に建設された築40年を経過する施設の延べ床面積の割合は、令和6年には約69%に上ります。一気に改善できるばかりではなく、当然計画的改修が必要でございます。
本市の公立小・中学校は全144校ですが、昭和50年代に建設された築40年を経過する施設の延べ床面積の割合は、令和6年には約69%に上ります。一気に改善できるばかりではなく、当然計画的改修が必要でございます。
昭和26年に戦後復興期の住宅不足と住宅に困窮する低額所得者に対し、第1種・第2種の公営住宅からなる公営住宅法が制定されました。
動物園は、昭和58年に手狭な浜松城公園から舘山寺総合公園内に移転し、自然の地形を生かした森の中の動物園として造られました。現在は浜松市動物園再生基本計画に基づき、都市公園事業の一環として再整備を進めているところでございます。また、動物園は浜松市の代表的な観光地である舘山寺地区の主要な観光施設としての顔も併せ持つため、観光部局とはPRなどで連携しており、今後も連携を拡大してまいります。
遠州灘海浜公園江之島地区には、南部清掃工場の建設に伴い、昭和45年に清掃工場の余熱を利用した浜松市における最初の温水プールが設置され、そして昭和54年には競技用プール等が整備されました。多くの市民やアスリートたちが利用し、ここから巣立っていったものでございます。
現在、全国では、農地面積の推移を見てみますと、農地面積が最大であった昭和36年には609万ヘクタールあった農地が、令和元年には169万ヘクタール減少し439万7000ヘクタールとなっています。
この政令指定都市制度が地方自治法に規定をされたのは昭和31年でございますけれども、そのときは、対象が旧5大市でございました。その後、60年以上が経過をいたしまして、先ほど御答弁申し上げましたとおり、今、政令市が20市ございまして、その人口規模が、それぞれの自治体の状況等というのは非常に多様化をしてきております。
1点目は、消防施設は各7消防署、18出張所、加えて消防ヘリポートの26か所あり、昭和46年から平成30年まで竣工時期も幅があります。耐震性や老朽化などの検証を踏まえ、順次整備し機能維持を図っていると思います。財政的な資源が限られる中、大規模災害や豪雨災害などを含む複雑化、多様化する災害に対応していくためには、消防体制の拠点となる消防施設を計画的に整備し、活動を充実していく必要があります。
1点目、水防団の役割や必要性についてですが、本市水防団は、昭和38年に水防法の規定により設立し、現在17分団、807名の団員で組織され、毎年6月には天竜川河川敷で水防演習を行うとともに、日頃から分団ごとに訓練を重ね、洪水などによる水害の発生に備えています。
市道曳馬中田島線直上での第1期の高架化事業は、昭和61年度に整備がされており、橋脚などは阪神・淡路大震災前の耐震基準により施工されていることから、鉄道事業者は、橋脚などの耐震化工事や剥落防止工事を進めております。議員御指摘のとおり、八幡駅を支えている橋脚などについては、現時点での耐震化工事は未施工な状況となっております。
現在の浜松城天守閣は、戦後復興のシンボルとして、昭和33年に建設されたものですが、60年以上経過しています。天守閣の耐震強度に不安が残ります。平成19年度に耐震診断をされたようですが、当時すぐには倒壊の危険性は低いと診断が出ております。しかし、静岡県の判定基準では、耐震性能がやや劣るとされており、かなりの被害を受けることが想定される建築物とも判定されています。
浜松市中央卸売市場は、昭和54年3月30日に国から開設認可を受け、同年4月から5月にかけて水産・青果と業務を開始して以降、公正・公平で衛生的な商品取引の場として、安全で安心な生鮮食料品等を適正な価格で供給する重要な使命を担ってきました。
1980年、昭和55年5月に野球場がオープン、翌年、野球場の西側に中央広場、その翌年に多目的広場、そして昭和58年にテニスコートとゲートボール場が完成して第1次計画が終了し、引き続き第2次計画として1985年、昭和60年7月に集会・研修施設としての文化センターとスポーツ施設としての体育館を兼ね備えた可美公園総合センターが落成、その後、第3次計画として平成元年7月に可美公園総合水泳場、平成3年にはお祭
まさに昭和、平成に継ぐ新たな令和の時代も戦争のない平和な時代でありたいと願う思いは、共通であると認識するところです。 本市は、浜松市制100周年を迎えた平成23年7月1日、浜松市平和都市宣言を告示しております。さかのぼること昭和20年、市内中心部は、大空襲により多くの市民のとうとい命と財産が失われました。戦後の荒廃を先人の御努力によって復興へと導いた平和への道筋。
国は、平成21年7月に天竜川水系河川整備計画を策定し、今後、おおむね30年の間に戦後最大規模相当となる昭和58年9月洪水と同規模の洪水が発生しても安全に流すことを整備目標にしています。現在、船明ダム下流においては、流下能力が不足する箇所の河道掘削を実施するとともに、樹木伐開を浜北区中瀬、東区豊西町、南区鶴見町などで集中的に行っています。
水防団の歴史をさかのぼると、明治20年4月、浜名郡河輪村ほか15カ所、磐田郡二俣町水利組合の設立に始まり、昭和38年4月、8分団、団員443名の浜松市水防団が設立され、その後、平成17年7月の合併に伴い、17分団、団員807名の現在の体制となりました。水防業務を行うための根拠となる法律は2つあり、一つが水防法で、市町村は、水防事務を行う水防団を置くことができるとしています。
昭和30年代初頭から青島ミカンを主力とした品種の系統統一化や、三ヶ日町柑橘出荷組合の結成により、生産から販売に至る一体的な取り組みが現在の三ヶ日みかんを支えています。 この間、販売不振や牛肉オレンジ自由化など、数え切れない苦難を乗り越え、長い年月を経て地名度を上げて現在に至っています。 農産物は、市場において適正な価格で取引されなければ、農家は所得の安定が図れません。
小・中学校施設の多くは、昭和40年代後半から昭和50年代前半に建築され、築後40年を超える施設の延べ床面積は約47万5000平方メートルに達し、小・中学校全体の6割を超えている状況です。これら小・中学校施設の長寿命化対策は、安全・安心な教育環境を提供していく上で喫緊の課題であると認識しております。 次に、2点目、小・中学校施設の長寿命化の取り組み状況についてお答えいたします。
警視庁によると、2018年1月から12月の交通事故死者数は全国で3532人であり、昭和23年の統計開始以来で最少の交通事故死者数となった一方で、高齢者の事故比率が高まっており、最近多くの報道がされているとおり、高齢運転者が加害者となるケースが社会問題化しています。我が国の運転免許保有者は昭和30年代後半から急速に増加し、半世紀を経過した現在では、高齢者の運転免許保有者比率は高まっています。
昭和から平成初期までの浜松のハード整備が一段落つき、今後四半世紀先への新たなつち音が始まっています。それは、箱物というつち音ではなく、文化創造という人と人のつながりによるつち音であります。 時間がなくなってまいりました。 平成元年は、ベルリンの壁が崩壊し東西冷戦が終結しました。 私の卒業した大学の創立者の言葉に「政治は究極の技術である」とあります。まさに箴言であります。
これまでの無電柱化の施工状況は、昭和61年度に着手し、平成29年度末で約37キロメートルが完成しています。 続きまして2点目、無電柱化事業の今後の取り組みについてお答えします。 国では、巨大地震や大型台風による大規模災害への防災・減災対策の向上を図るため、無電柱化の取り組みを重要な施策として位置づけ、平成31年度予算案では新規制度として、防災・安全交付金の無電柱化推進計画支援事業を創設しました。