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  1. 神戸市議会 2014-05-29
    開催日:2014-05-29 平成26年福祉環境委員会 本文


    取得元: 神戸市議会公式サイト
    最終取得日: 2023-04-24
    本文へ移動 ↓ 最初のヒットへ(全 0 ヒット) 1   (午後2時0分開会) ◯委員長(平井真千子) ただいまから福祉環境委員会を開会いたします。  本日は,保健福祉局の所管事項のうち,地域包括ケアシステムについて参考人からの意見を聴取するため,お集まりいただいた次第であります。  最初に,写真撮影の許可についてお諮りいたします。  自由民主党から本日の委員会の模様を写真撮影したい旨の申し出がありましたので,許可したいと存じますが,御異議ございませんか。  (「異議なし」の声あり) 2 ◯委員長(平井真千子) それでは,許可することにいたします。  また,本日の委員会の模様を事務局が記録用に写真撮影いたしますから,御了承願います。  なお,本日は,保健福祉局の申し出により,地方独立行政法人神戸市民病院機構の法人本部長である原田理事にも御出席いただいておりますが,御異議ございませんか。  (「異議なし」の声あり) 3 ◯委員長(平井真千子) それでは,さよう決定いたしました。  また,本日は,環境局の審査は予定しておりませんので,御了承願います。  次に,本日は,国際医療福祉大学大学院教授の高橋紘士様を参考人として招致し,地域包括ケアシステムについて意見を聴取した後,各委員から参考人への質疑を行いたいと考えていますが,御異議ございませんでしょうか。  (「異議なし」の声あり) 4 ◯委員長(平井真千子) それでは,さよう決定いたしました。 (保健福祉局) 5 ◯委員長(平井真千子) 次に,保健福祉局から発言したい旨の申し出がありましたので,発言を許可いたします。 6 ◯三木保健福祉局長 昨晩,神戸市から派遣しておりました神戸市立医療センター中央市民病院元薬剤部副部長が逮捕されたことに関しまして,神戸市会並びに市民の皆さん方には神戸市政に対する信頼を大きく失わせたこと,並びに皆様方に多大なる御心配と御迷惑をおかけしたことについて遺憾のきわみでございまして,深くおわび申し上げます。  なお,事案の内容につきましては,後ほど御報告させていただきます。
     大変申しわけございませんでした。 7 ◯委員長(平井真千子) ただいまの発言について,後ほど保健福祉局から報告を求めたいと存じます。  それでは,これより参考人としてお越しいただきました高橋様から御意見をお聞きしたいと存じます。  参考人が入室するまでしばらくお待ちください。  高橋様におかれましては,意見陳述をお願いいたしましたところ,御多忙にもかかわりませず,お引き受けいただきましてまことにありがとうございます。  高橋様は,特殊法人社会保障研究所研究員法政大学教授立教大学教授を経られて,現在,国際医療福祉大学大学院医療福祉学分野教授として御活躍しておられます。また,自治体や総務省,厚生労働省,国土交通省などで各種研究会の委員を務められ,とりわけ介護保険改革の時期に高齢者介護研究会地域包括ケア研究会委員を務められておられました。  本日は,地域包括ケアシステムについて御意見をお聞きいたしたいと存じます。  それでは,早速御意見を賜りたいと存じますが,予定といたしましては,ただいまより約70分程度御意見の陳述をいただいた後,各委員から参考人への質疑を約30分程度お願いしたいと考えております。  それでは,高橋様,よろしくお願いいたします。 8 ◯参考人 御紹介いただきました高橋でございます。  ちょっと風邪を引きまして,それが最近は,僕はもう1号被保険者なもんですから,そのせいかどうか,ちょっと耳にきまして,ちょっと聴力が大変落ちています。聴覚障害者一歩手前ぐらいの聴力なものですから,後で質疑応答はちょっとよろしく御協力をお願いしますということで,何だかわんわんしているんですが,お医者さんへちょっと行く暇もなく伺ったものですから,ちょっと失礼をすることがあることをお許しください。  大体1時間,時間を頂戴して,お話を申し上げて質疑応答というふうに伺っております。用意した資料は相当いろんなものを──ちょっと手元にあるものをつくりましたが,地域包括ケアという議論が言われ出したのは,2005年に検討されて,2006年からの改正のときに…… 9 ◯委員長(平井真千子) 先生,座ってしていただいて結構です。 10 ◯参考人 はい,座ったまま。  地域包括支援センターができたときに議論しましたが,その源流は,ちょっときょう,お手元に附属の資料で。A4判でべた打ちにしたのは,ちょっと公明党さんの議員さんがいらっしゃるかどうかわかりませんが,月刊公明に頼まれてつい最近書いたもので,まだ校正中なものですから,ちょっといろいろバグが残っていますけども,それが比較的,議会で活動しておられる方に地域包括ケアの来歴といいましょうか,そういうものを御理解いただくように書きましたので,終わってからそれを参考にしていただければと思いますが,地域包括ケアという言葉自身は1970年代ぐらいに大変有名な広島県の──今,尾道市に合併いたしましたから──御調町の山口 昇というお医者さんが,自分たちの実践について名前をつけたのが始まりでございます。  これは,大変示唆的でございますので,地域包括ケアの源流ということが現在の課題を実は相当物語っているというふうに私は思っておりまして,長く福祉行政や医療行政に携わっておられる方は,寝たきり老人ゼロ作戦というのが1980年代,’90年代に議論されたときの指導者が山口 昇先生です。  最近の議論で言いますと,やっぱり治す医療だけでは医療にならない。それは,その背景に人口の高齢化や障害の一般化が起こったわけで,そうなると医療というのは単に治すだけではなくて支える医療にならなければならない。支えるとすると,医療だけでは手も足も出ない,実は。さまざまな看護・介護・福祉・生活支援,そういうものの協力というか,これを包括的支援というふうに私どもは呼ぶようにしていますが,今までは大体縦割りで全部ばらばらにやっていたわけです。何よりも私どもが大変重視しているのは──私はたまたま肩書として高齢者住宅財団という公益法人をお預かりしているからだけではなく,逆に言うと,だから私がここに呼ばれたというところがあるんですが,議員の皆様は,非常に──神戸市がということではなくて,一般的に施設をつくるのに非常に御熱心でございます。特別養護老人ホームが足りないからつくりなさいということを,これは政党を問わず,これは国もそうですし──しかし,これからの大都市型高齢化のことを考えますと,施設は解決になりません。あえてはっきり申し上げたほうがよろしいかと思います。そうではなくて,住まいの中でどのようにケアが必要な人たちを支援する体制をつくるかということが重要で,だから包括ケアに地域という言葉がついているんです。地域包括ケアという,これは国際的にも大きな流れでございまして,私の研究仲間で大変若い──若くはないな,もう──大変な能力のある筒井孝子さんという方がいる。彼女は,要介護認定や看護必要度の基礎的な研究をされた方──彼女は,ことしから兵庫県立大学に赴任されましたので,1週間に1回は必ず神戸に来るようでございますけれども──実はあした彼女に会うことになっているんですが──実は彼女が国際的な潮流を全部調べまして,要するに包括的ケアというのは保健・医療・福祉,これはほぼ常識になりつつある。  これに地域ということを非常に強調するようになったのがやはり近年の大きな流れであって,さらに言いますと,地域力とかそういうものまで考慮に入れなければ実はケアができないんだと。実は,この話は,新聞紙上を拝見しても,最近,5月の19日に読売新聞にコメントいたしましたが──新聞記者に──初めてポジティブなコメントをする人がいたと言っていましたが,私は別に御用学者でも何でもございませんけれど,時にそう言われるんですが,私は介護保険の御用学者だと思っているんですが,今回の地域支援事業の大再編成というのは,まさに地域力をきちんと活性化しない限り本来の制度的サービスも機能しないという視点で大きく改正がされたんです。  それで,介護保険というのがどうも福祉だというふうに理解される方が非常に多いのですが,私はそうではないというふうに思って──社会福祉というのをどう定義するかというのは,いろいろ人によって定義がございますが,私は,むしろ医療のあり方と深くかかわって,先ほど言った支える医療,これから人口が長寿化して75歳以上高齢者がオールジャパンで言うと2,000万人を超える時代になりました。  そうすると,認知症というのは,非常に逆説的な言い方をすると,経済成長と医学の勝利の思わざる結果なんです。人口の長命化というのは,基本的には豊かさがもたらしたものです。ですから,豊かになればどこの国も高齢化するんです。それは,豊かさを均てんする仕組みを社会の中につくってきたからで,社会保障による豊かさの再配分というのもそうですが,家族もそうですし,地域社会もそうですが,そういう機能があったから人は長生きできるようになって,もう1つ言うと,先ほど,寝たきり老人の話を申し上げましたが,1970年代までは,平たく言うと農村を想定していただくと外便所でございます。それから,アルミサッシ石油ストーブもありませんでしたから火鉢,それからアルミサッシがなければ北風びゅうびゅうの──そういう意味でいえば,最近はヒートショックと言いますが,温度差の中で脳卒中を誘発して,それでほとんど絶命していたわけですが,運よくお助かりになった方もいわば肺炎を併発してお亡くなりに──人は寝たきりになるいとまもなく亡くなっていたわけです。  これが人生50年,60年時代の現実で,人生80年,90年というのはまさに豊かさが行き渡ったからみんな長命ができるようになって,そしてそこで言うと,従来の家族,これはいろんな御見解があるのは承知しておりますが,家族が想定していた事態とは別の老親扶養の問題が発生したわけです。だから,介護保険をつくらざるを得なかった。そういう意味で,介護保険というのは,全ての市民の制度,だから社会保険という仕組みに極めてなじむのです。ですから,1号被保険者という形で負担をしていただく制度です。介護保険法には,国民の連帯でこの制度を運営すると法律に書いてあるんですが,まさにこれは健康保険もそうですが,連帯の仕組みでございます。  それで,もう1つは,非常に精妙な財政の仕組みをとって5割・5割,保険料をして,1号被保険者の保険料は保険者で決める。これはちょっと医療保険とは様子が違いますが,保険者で決める。そうすると自動的に2号被保険者の保険料と国の──今は25と20で在宅・施設が違いますけども,5%は調整交付金が入るわけですが,そして県の12.5,そういう形で極めて強固な水平的な配分の仕組みを持っている制度でございます。  ですから,小泉内閣の社会保障削減の時代に3.8兆から今や9兆,将来20兆になるだろうと,伸ばすことができたんです。これ,一般財源を使った福祉制度だったら,こんなに介護保険は伸びなかったはずです。このこと,意外と大論争になったんですが,税金でやれと言った人たちが口を拭ってそのことを言わないんです。僕は,これは神戸市会の話ではなくて中央政界の話ですが,日本の最大の不幸は,社会保障を充実すべきだと主張する方々が負担は嫌だとおっしゃる,これはヨーロッパと非常に大きく違います。デンマーク・スウェーデンの25%の消費税は,日本風に言うと決して自民党的な保守政党が推し進めたのではなくて,いわゆる社会民主主義政党が──ヨーロッパって福祉先進国だと言われるんですが,去年もデンマークへ行ってきて,彼らは非常にリアリズムの国です。それからもう1つは,日本と違う意味で人権という概念が極めてはっきりしていて,高齢の時期をどこで過ごすかということについては高齢者自身の選択を最大限尊重します。  ですから,これは,きちんと僕,確認をとっていないんですが,デンマークというのは24時間の──今回,日本に入った定時巡回のモデルになった国なんですが,あそこは北国ですからブリザードが吹きます。ホームヘルパーが行けなくなるんです。そうすると,実はデンマーク陸軍が出動するという話を聞きまして,要するに市民の選択を最大限尊重するとそういう行動,だから逆に言うと25%の消費税が必要だという判断は,そんなに難しいイデオロギー的対立は生みませんでした。  今,問題は,彼らの国は,日本と同じように,2025年,1.2倍の高齢人口になりますので,だから消費税8%の国と消費税25%の国が実は同じようなことを言い始めているんですね。インフォーマルサポートを非常に尊重しなければいけない。それから,社会的な介護でできることは限界がある。そうすると,やはり家族の力──ヨーロッパでは家族は嫁ではありませんから,配偶者と,それから娘ですね,多くの場合。お嫁さんの介護というのは日本の家制度の特徴ですからそうですが,それはそれとしても,やっぱり家族による支援というのが非常に重要で──ただ,文脈が違うのは,社会的なコミューンによるきちんとしたサービスがあって家族を大事にしたいという考え方になってきていますから,そういうことを含めて,それから地域のいろんな仲間同士の触れ合いといいましょうか,支え合いというのは,彼らは,とりわけオランダなんかはそうですが,非常に重要視いたします。これは,もちろん宗教的な意味で,教会が──教会に行かなくなり始めたと言い条,教会の力はまだ強うございますし,いろんな形で横のフラットな関係で支え合うということが比較的入りやすい,むしろそういうものをこれからもっと重要視するとデンマークのコミューンのディレクターが言っていました。ちょっとそんなことを少し枕にしながら,これからきょうの演題でございます地域包括ケアシステムの話を申し上げます。  日本のケアというのは,非常に私は三等国だと思っております。これは,私の同僚でございます大熊由紀子さんが左側はお撮りになった写真でございますし,去年,クローズアップ現代日本精神科病院協会の院長さんがやっておられる認知症の療養病床の絵が出ました。これは,だから院長さんとしては公開して恥ずかしくないものだと思ったからお出しになったんですが,それを見て,去年,認知症の国際会議が日本でございまして,認知症というのは今,ナショナルポリシー──国家戦略として,フランスがそうですし,イギリスがそうですし,もちろんオランダ・デンマークがそうです。国家戦略ですから,レポートの一番初めに大統領や首相の名前がついているんです。日本はオレンジプランというのがございますが,これは厚生労働省の内部のプロジェクトチームでございまして,ナショナルポリシーではございません。  日本は,経済財政については御熱心でございます,伝統的に。こういう問題は余り御熱心でなかった,政権交代があっても余り御熱心でなかったというふうに思っております。だけど,彼らは,認知症の問題やケアの問題は国家の存亡の問題だというふうに思っているようでございます。今ごろ,出生率を上げて1億人に保つなんていうレポートが出てくる,私は個人的にはポイント・オブ・ノー・リターンを過ぎていると思っていまして,それをやるなら小泉内閣のときが最後のチャンスだったと。  合計特殊出生率が置きかえ水準の2.8を割ったのも1970年代の半ばなんですが,そういうことを含めて,ちょっとここら辺に関する日本全体の問題意識が,高齢者化が今や世界一でしょう,高齢化率──になったにもかかわらず,まだ施設,施設とおっしゃるんですけど,その内実は,これは精神病院のデイルームですが,そしていまだにおりに閉じ込められた認知症の患者さんがいらっしゃるわけです。それから,縛られています,精神病院では。これがクローズアップ現代で映像として出て,国際的な会議のときにその映像が映し出されて,驚愕でした。日本人というのは人権という概念がないのかというふうに言われました。  幾ら扱うのが大変だと言われている方々でも,実は最近,フランス発祥のユマニチュード,これもクローズアップ現代で大変話題になりましたけれども,適切なケアの手法を身につけると非常に穏やかにおなりになる。これは,家族が習得をいたしますと本当にいいんです。これ,実は非常に単純な話で,手を握ること,それから真正面から顔を見ること,それからできるだけ立っていただくこと,非常に単純。ですから,日本のケアの第一線の人はこれは常識だと言っているようなことなんですが,それを,フランス人はデカルトの国なので,1つの技術とシステムにして,誰でも習得できるようなものにした。日本は,職人芸になりますので,大谷るみ子さんという,この世界で大変有名な大牟田の方は──これもNHKのプロフェッショナルだったか──彼女が対応すると本当に穏やかに落ちつかれるんですね。  そういうものを家族でも誰でもやれるようにする,これ,そういうことの第一歩は皆様の地域でもやられている認知症のサポーター──認知症サポーター研修というのは,非常にいいのは中学生ですね。子供たちに会うのが物すごくいいようです。というのは,子供たちが認知症の対応の仕方を学ぶと,そのことによって親に話が行くんですね。ところが,今,学校が忙しくて,ゆとり教育の時代が終わっちゃったものですから,なかなかそういうのを受けてくれないという話は聞きますが,やっぱり子供たちというか若者に認知症の理解をきちんとしていただくというのは,これからのことを考えると大変重要です。技術的な知識を詰め込むだけじゃなくて,こういうことに関するセンス,それからもう1つは,これもぜひ──日本の役所って物すごく頭がかたいのは,全部縦なんですが,もういろんなところで実践が始まっていますが,保育所と高齢者施設をごちゃごちゃにするという,そういう試み。補助がつくと壁を置けと言うんですが,それをごじゃごじゃにすると大変,高齢者──高齢者にとってみれば,自分のひ孫じゃなくても子供の声が聞こえる環境の中で,これが地域包括ケアなんです。何でこういう話をしているかというと,地域包括ケアというのは,地域というのはいろんな人たちがいる,それを私たちは似た者集めと言いまして,認知症だけの人を集めて,こういう形にするとこうならざるを得ない。多様な共生──わざわざ共生なんていう言葉は使わなくてもいいやと思っているんですが,普通の姿──ノーマライゼーションという言葉もわざわざ横文字にする必要はなくて,昔から私たちは老若男女で地域社会をつくっていたんだから,そういうものを,もう1度つくります。  ところが,本当に逆行することをずっと我々はやってきて,団地ができると大体,そのときできた働き盛りの人が入りますから,そのままどどっと高齢化して1つの団地が40%,50%になるわけで,これは神戸の市営住宅等でも例外ではないし,マンションでもそうだろうと思います。そういうことを含めて多様な地域をつくる。これ,右側は,このお二人はもうお亡くなりになりましたけども,精神病院に15年ぐらい入っていらした方と,もう特養が嫌だ,嫌だと言っていた,両方とも認知症の方です。要介護5です。左の方も要介護5ですが,右方の方も要介護5なんです。どっちがいいですか。  介護保険というのは,非常に重要なことは,普遍主義といいまして,皆さんも介護保険料をお払いになっているわけです。65歳以上の方は1号被保険者,40歳以上の方は2号被保険者,お払いになっておる。ということは,受給権が発生するわけです。ということは,誰でもが介護保険を利用していける,だからこれは医療保険と同じだと申し上げているんです。  そうすると,自分がケアを受ける場所としてどういうところがいいのだろうかという選択に基づいてケアの場所を選べるようにする。逆に言うと,お気の毒な方をお救いするための施設をたくさんつくればいいじゃなくて,自分がもし認知症になったり寝たきりになって家族の介護が不十分だと思ったときに入れるところはどういうところなんだろうかということで考えていただきたいんです。  ですから,国の基準は,特別養護老人ホームは,定員1にしたんです。ところが,地方分権で条例事項になりましたら,最低4人までいいという,それを新設するという愚かな自治体──神戸は大丈夫ですね。上田さんが大丈夫とおっしゃっている。東京都は,私はさんざん文句を言ったんです。埼玉県もそうです。千葉もそうです。神奈川もそうですが,4人部屋を共用してしまいました。4人部屋というのは,重度化を進行させるんです,実は。だけど,そのほうが効率的だと言うんですが,実は1人1,500万今かかると言われていますが,多床室をつくっても個室をつくってもほとんどコストは変わりないというのが井上由起子さんという私の同僚で,伊吹文明衆議院議長のお嬢さんなんですが,彼女は試算をいたしまして,そういうことを含めて施設はもっと大事に使わなければいけない。だから,今回の1・2を外すことは私は賛成でございます。遅きに失した。このことはちょっと後で申し上げたいと思いますが,どういう理想的な地域包括ケアを考えるかというところで申し上げます。これは,ちょっと前置きでございます。  それから,これはちょっとお読みいただくことにして,8月に報告されました社会保障制度改革国民会議が大変おもしろいことを言っていて,要するに,正規雇用で専業主婦で雇用者を想定した社会保障の1970年代モデルから,さまざまな多様な人々を含めて──高齢化も進みますし,非正規雇用がこれだけ拡大してしまいました。僕は,非正規雇用というのは多様な働き方としていいんですが,非正規雇用を活用して成長した,とりわけ人件費比率の高いところは相当そういう形で大きくなっていて,最近も話題をにぎわしている例の歌手の人のパトロンだと言われているような人も含めて,それからブラック企業だと言われた人も含めて,人材を相当安く使って成長するというのは,これも──そのおかげで,実はそういうことが大きくなったために合計特殊率が下がったわけでしょう。年収でもう結婚できない,非正規雇用がこれだけ一般化いたしますと,そういうことを含めて,’70年の高度経済成長,正規雇用を前提とした社会保障から,2025年モデルは75歳以上が2,000万人を超え──団塊ジュニアなんですが,これから大問題は,非常に不安定な,年金も非常に不安定な人たちがこれから多量に発生して,この人たちは,持ち家取得率が今,30代,40代,急速に低下しているんです。仮に親から相続しても建てかえ余力がない可能性があります。相続税を払えないかもしれません。そういうことを含めて,相当これから社会保障のあり方が全方位型の社会保障にせざるを得ないと。その裏にあるのは,やっぱり社会的な負担をどうしてもふやさざるを得ないという認識なんですが,これは残念ながら明確には──8%から10%にするのも,これから大もめにもめるでしょうが。  ヨーロッパは18%ですよね,高齢化率が。私どもは22%です。向こうで付加価値税と言うんですが,ところで日本の付加価値税率は幾つですかといって,5%を8%にするところですと言うとはっきり言って大笑いされます,日本ってすごい国だと。こんな負担をしないでこれだけの高齢化社会を乗り切るつもりになっている国は日本だけですね。韓国でももう10%ですかね。いや,そのことは,それぞれの御政党では党の御方針があるので,それは承知していますが,リアリズムで見ると,それからどんなに市場主義といったところで,個人の責任で対応できる領域ではないのです。ケアや──住まいもそうなりつつあるんです,実は。そういうことを含めて,これからどういう国の姿を考えるかというのは,本当に私は──残念ながらそういうことを言うと選挙に落ちるということがあるそうですので,学者しかそういうことは言えないという,だからしょせん学者の談義と言われますが,全世界を見ていると,こんな本当に軽装備で,しかも日本の介護保険は物すごく給付のレベルが高いんです。例えば,施設が完全給付といいまして,何から何まで面倒を見てくれるのは日本だけです。ドイツの場合,一定額しか給付されません。そのかわりドイツは年金が充実していますし,それから24年からずっと改正されなかった生活保護法みたいなことはなくて,もっと機動的に生活,これはゾチアルヒルフェと言うんですが──社会扶助と言いますが,機能するし,それから住宅手当があります,ヨーロッパは。アメリカでさえ住宅手当がある。日本は住宅手当ができませんでした。今回の生活困窮者支援法の中に有期の住宅の家賃補助が入りましたけども,それまで何回も建設省時代から検討して挫折をしてまいりました。  そんなことを含めて,日本の社会保障は非常に不十分なまま,本当にニーズが拡大する一方で,それは恐らく神戸市でありますと,震災以降のいろんな御経験の中でそのことを皆様は痛切にお感じになっているのではないかと思いますが,生活基盤が崩れたときに自助といったって限界がありますから,しかし,自助といっても地域社会の互助とかそういうものは絶対必要です。全てを国家に依存するとか行政に依存するとかということはあり得ません。それほど行政や国家が──日本国政府が強力だとはとても思えませんね。そういうことを含めて,リアリズムでこれから地域ケアをどう考えたらいい──これは先ほど言った話で,今申し上げた。  ただ,大きな議論としては,地域の中でその人らしい生活,これは1970年代にヨーロッパがコミュニティーケアということを言ってこういうふうに変わりました。日本では余り知られておりませんが,1960年代にピーター・タウンゼントという大変偉い──イギリスの学者ってすごい学者が何人もいるんですが,徹底した施設の調査をイングランドについてやりまして,何が起こっているかを調べまして,管理的処遇の中で入所している人たちの自立心が摘み取られるような状況であると書いているんです。これ以降,ヨーロッパは──ケア・イン・プレイスという言葉があります,あるいはエイジング・イン・プレイス──地域社会でケアをすることがいいんだということは逆に言うとどういう考え方かというと,生活をしている場に必要なサービスを届けるような仕組みにしよう。それは,基本的には本人の選択だ。  実は,私の家内はスイスで3年ほど留学していたものですから,結構今でもおつき合いがある。あそこでは,私はここで生活するとお年寄りが決めるんです。もちろん施設へ入りたい──要するに,アルテス・ハイムというのがありますから。だけど,そこは40平米ですよ,基本的に。デンマークもオランダも全部40平米です。日本はサービスつき高齢者向け住宅が25平米で,18平米で,あれが日本では25平米が住まいの最低基準なんです。だから,サつきは25にして共用部分があるところはそれを緩和していますが。だから,特養の個室は10.幾つ,ユニットもそうですが,あれは住まいとは言いません。それから,ヨーロッパでは個室しかありません。本当ですよ,これは。施設と言うんだけど,日本だけです,少なくとも経済的に豊かな国で。このことを意外と御存じなくて──御存じないか,そのほうが得だと思っているのか,業界団体が4人部屋を墨守という大変愚かしいことをやっているんですが,それはそれとして,これは後で。  それで,地域包括ケアシステムというのは,ですから何が構成要素かというと,ニーズに応じた住宅が提供されると基本とした上で生活上の安全・安心・健康を確保するために医療や介護,予防のみならず,福祉サービスを含めたさまざまな生活支援サービスが日常──というふうに,これ,ちょっと時間がありませんので,あれですが,これが今回の介護保険法の5条,去年の改正で5条3項に入りまして,国・地方公共団体の責務として──これ,介護保険法の規定なんですが,介護保険のことはごく一部しか言っていないという不思議な条項です。  これは,実は法制局が介護保険法なのに介護保険以外のことがたくさん入っている条文はいかがなものかと,大分,法制局の審査のときに言ったんですが,局長が出張りまして──宮島さん──そして,これはこうなんだと言って通したという大変おもしろいエピソードがあるんですが,介護保険というのは,ケアが必要な人を支援する上で,1つの制度ではあるけど,全てではない。ここがわからないし,これ,実は,現実には老人福祉が全部後退をいたしました,介護保険以降。本来はそれで──しかし,老人福祉法の中にいろんな条項が,実は成年後見制度もそうだし,権利擁護もそう,いろんな必要なのが入っているんですが,だけど,多くの部分は全部介護保険の給付で賄おうというふうに──これは,先ほどから言いましたように,社会保険でやると大変強力な財源調達能力がありますので,そのことが理由で,税金でやりますと,国は財務省の壁,こちらも財政局の壁というのがあるわけで,なかなかそういう意味では市会の適切な応援が僕は必要だと思うんです。給付ばっかりふやすことに応援したら困ります。そうじゃなくて,どういう形で地域の人たちを支えたらいいのかというところにめり張りと──私,横浜市で無料パスの検討会をやって,おまえは財務局の回し者かと,左と右の両方の議員さんに怒られましたけども,実は高齢者がこれだけふえて普遍的に交通費にすると,とんでもない額になってくるんですね。  ところが,今の話で考えるとまあまあなんだけど,要するに改革っていつも2つの側面があって,今の問題は実は過去の政策の失敗の結果なんです。ところが,これから今の政策決定は,これから,例えば,施設なら40年先を拘束するわけですね。だから,現在の決定というのは実に未来的な政策決定なんだけど,実は過去の政策の失敗からそういう未来的な政策決定がしにくくなるという,そういう逆説があります。それから,現実にやっぱり困っているんですものね。だから,その方の要望には応じたいというのは,これが皆さんのよって立つゆえんですから,これはやむを得ない。やむを得ないけれども,それをやっていると未来への選択肢を1つ1つ塞いでいくという──大変,政治って本当にやっかいなものだというふうに思うんですが,そういうことを含めて,この既定の話で言うと,重要なのはやっぱり地域だと,それから保険給付は自立した日常生活の支援だ,これはずっと言っていてお題目になっていますが,実は本当にそうです。いろんなデータを見ておりますと,例えば,デイサービスが最近,非常に拡大しておりますが,山口市が所管しているデイサービスの要介護の改善度・悪化度をスコア化したら全部悪化なんです。唯一プラスになっているのは,大変,これも有名になった夢のみずうみ村という,ここは改善度が──改善度ってどう計算するかは別として,私も夢のみずうみ村の主催者の藤原さんに教わったんですが,最高は要介護3の人が自立になったと──有名なのは,ばくちをやるので有名になった。3時にエコマネーでばくちが御開帳になります。いや,これ,物すごく重要なことで,福祉ってどうしても清く正しく美しくなんだけど,福祉というのは生活ですから,人間の欲望だとか欲求とか自立心という,そういうものに訴えないとモチベーションの改善ってないんですね。そういう意味では,ばくちというのは物すごくスリルと──これは大笑いしたんですが,その話が新聞に出たら,山口警察署の生活の警部があらわれて,お金をかけていないでしょうねとか何か言いに来たといって大笑い,エコマネーなんです。そうすると,モチベーションが上がる。  ところが,お世話して御丁寧におやりになりたいことは何ですかでやりますと,どんどん悪くなる。人間って不思議なものです。実は,ケア論というのはそこが非常に重要で,悪化するように,悪化するようにケアをしているというのは,やっぱり保護やお世話の思想がそうなっているんですが,実は,だから自立してなんですが。  あと,予防の話が入り,しかし,自立した日常生活の支援のための施策を医療及び居住に関する施策との連携と書いてありますから,医療というのはもう1つ重要です。今回の政策は,限界はあるとしても,とにかく日本は病院が多過ぎます。このことは相当深刻にお考えになったほうがいいです。病院が多過ぎますから,そしてとりわけ長期療養病床が非常に長い滞在数,3カ月以上の社会的入院というふうに言われているものは一般病床でも相当ある。そのことが実は体力低下,自立の低下を生んで退院せざるを得ないという状況をつくり出しているんです。ですから,川上・川下と言っているんですが,どんなに介護のほうで頑張っても病院が重度の障害者を垂れ流しにしているとはっきり言えばそうです。それを何とか改善して,在院日数を短くして,リハビリテーションをきちんとやって,できるだけもとに戻してお出しするという仕組みにしたいというのが,これがこれからの大きな,今回の医療介護法の政策の大きなポイントになります。  そこら辺も──だから,今回は医療介護一体改革法と,これ,国会対策でああいうふうにしたんだとか,いろんな説がありますが,ポリシーは,やっぱり社会的入院を本気でやめざるを得ない。医療のほうの38兆円使っていますが,それもキャパシティーが非常に限界に来つつあるということです。38兆円って,医療費,無駄が多いというんですが,あれはうそで,アメリカの対GDPで見るとアメリカのほうが猛烈にお金を使っています。そのくせ,平均寿命は短いですからね。日本は本当に効率的と言われる。それでもどうも無駄遣いを,病床シフトし過ぎたことをやっている,これをもう1度考えよう。  そうすると,ケアそのものかということは,逆に言うと,自分の家か施設・病院かという選択肢ではなくて,ケアが必要だったときに住み続けられる場所──住まいをどう地域の中に用意しておくかというのは,必ずしも自分の意思である必要はない。しかし,リノリウムで人工的な施設・病院ではない。後でちょっと神戸の実践事例をちょっとお話をいたします。  それから,これは有名な,そんな話が──地域包括ケア研究会という研究会にずっと私も参加して,4サイクルぐらい,一番初めは高齢者ケア介護研究会の地域包括ケア支援センターをつくったときです。つい最近も報告を出したばっかりです。これは,去年の報告ですが,ここで重要視しているのは,本人の選択のベースに住まいと住まい方があって,医療・介護・リハビリテーションの4つの葉,生活支援と福祉サービスという豊かな土がなければ──豊かな土というのは,やっぱり地域力,そして私は神戸という土地柄を考えると,大都市の中では本当に豊かな地域力がまだ培ってきましたし,市民福祉という考え方をいち早く神戸は取り上げられました。市民のやっぱり参加とか,これ,もちろん生協の本家でもありますけれども,やっぱり1人は万人のために,万人は1人のためにといったら,生協だけではなくて介護保険もそういうプロセスなんですね。  そういう議論も踏まえた,やっぱり共助的互助──共助というのは,制度化,システム化した互助と僕らは──互助というのはインフォーマルなさまざまなサポートです。これ,実は,これからの最大の問題は,自助と互助を失った人たちが大量に発生する。これは,神戸では震災以来,たくさん御経験なすったことだと思う。そこに行政の対応だけではとても無理で,市民の力というか,市民力があることによって自助と互助が回復すると適切な形で制度,サービスが利用できるようになるという,そういう──それからもう1つ,例えば,有名なのは兵庫県のかんばら病院小児科医局崩壊事件と僕は呼んでいるんですが,コンビニ受診でお医者さん,医療を使うお母さんたちが,小児科の先生たちがやめだしたときにNPOをつくりまして,お母さんたちが学習会を始めるんです。そして,どういうときには医療という,要するに年がら年中大変だから病院に電話する,駆け込むではなくて,お母さんたちが判断をして適切なサービスを使えるようにするかしないかという判断の力を持つ。これを専門職と協力して,そういう自分たちの力と相互の助け合いというか,そういうものと制度を組み合わせるような仕組みをつくって,これが新しい医学の形をとりましたけども,これも大変重要。  これから非常に重要なのは,最後のターミナルケアの問題。全部今までは病院に依存していましたけど,これ,もう無理になります。ということで,自助と互助という議論と,これ,それぞれのお立場があるので言いづらいんですが,行政の責任を肩がわりするものだという伝統的な批判の仕方がありました。それほど行政はお金を預かっているわけでもありませんし,人材を持っているわけではないのです。  そういうことを含めて,やっぱり制度とインフォーマルなサポートをどういう形で組み合わせ,自助・互助がないとしたらそこにどういう支援をしたらいいか,これはいろんな地域アプローチのやり方──私が大変,最近注目しているのは大牟田市なんです。大牟田市というのは,御承知のように,産炭地で人口20万のまちでしたが,今10万人になりました。財政は夕張並みです。だけど,夕張のように破綻しなかったんです。それはどうしてかというと,あそこの公務員というのは,お金がないから知恵しか出せない。知恵がなければ体を張るという,そういうタイプの公務員──不思議な文化が育っている。これは産炭地の特徴かもしれません。だけど,とにかく地域の中へ徹底的に入り込んで,地域の人たちと協働の作業をして,これが,大変1つの有名なのが大谷るみ子さんという認知症のネットワークづくりで全国的に有名になった方ですし,今,住まいを利用して──あそこは,もともと人口20万のサイズで病院がありますので,これは完全にダブついていますので,これをどうやってダウンサイジングしていくかという,これ,そういう意味では未来都市だと思っているんです。  日本は,これからどこでもそういうことを経験──多分,神戸もかなり似たような経験をされてきたし,これからもせざるを得ない。そういうことを含めて,あそこではやっぱり逆に言うと地域力が復活するんですね。行政に金がないってみんなわかっていますから,地域の人たちが頑張る。しかし,行政としてできることは,補助金を打つ以外にさまざまなやり方だってあるんだというようなことを含めた──これも地域包括ケアの1つのバリエーションなんですが,そのためには横に動く,それからかなり地域に精通したコミュニティー・オーガナイザー的というかコミュニティー・ワーカー的公務員といいましょうか,そういうものを育てなければいけません。全国的に見ていると,異動を2年,3年で機械的にやるところではそういうところは育ちませんから,今,僕,非常に可能性があると思っているのは,保健師。幾つかのところでは,政策にタッチさせる保健師をつくるところが出始めておりまして──保健師って異動がありません。地域の人と深くかかわっています。  その人たちに政策ができるようにすると,事務職と協力をして新しい形をつくる,そういうことを含めた2020年のためにどういう行政の仕掛けをつくるかというのは,これは市長さんや局長さんにお任せするだけではなくて,議員さんもぜひ御関心を持っていただいたほうがいいのではないか。やっぱり力のある公務員──日本は,地方公務員の質は高いんです。僕は,ずっと自治大学校や市町村アカデミーでお教えしている。ただ,やっぱり政策の専門性がなかなか育ちにくい人事が多い。私は,神戸のことは全く存じ上げませんので,一般的なことを申し上げております。  神戸にも──きょうもお越しですが──何人か昔から知っている,課長じゃなかった時代からおつき合いのある方もいらっしゃいますから,それはそういう形で,そういう人事を──というのは,お金とか権限ではなくて,それも重要なんだけど,それを動かすプロデューサー──地域プロデューサーと言うんです。これ,議員さんもある意味ではそういうところがあるわけだけど,そういう機能を持つと,日本は地域にいらっしゃる方,本当に古典的に有名になった毛利さん,真野地区の毛利さんではありませんが,ああいう地域リーダーの質って物すごく日本は僕は高いと思っているんです。  そこがうまく動き出す,そしてあと,団塊の世代が地域に戻り始めていますと,腕まくりして待っているようなところがあって,そこをどうプロデュースするか。これ,従来型の老人クラブ,民生委員が悪いとかそうじゃなくて,それはそれで物すごく大きな力を発揮──従来型ではない地域社会参加のやり方を,ケアの問題を中心にやる,これが今回の地域支援事業の総合事業化の中で,ぜひ,それを上手に組み入れるということが必要なんではないかということを申し上げたい。  少し先に行きましょう。  それから,全国の事例については──ちょっときょうもこんな厚い本が──これ,400ほど都道府県にお願いして集めたのから50ほど選びました。これは,厚生労働省の地域包括ケアシステムというところに全部掲載されていますので。何か神戸があってもいいのになと思いながら,何かの拍子で上がってこなかったんでしょうねと思っているのですが。400から50ほど選び抜きまして,いろんな形で地域でどういう動きがあるかというのをつかまえておりますと,地域包括ケアシステムというものを考える上で,そのコンポーネント──構成要素になるような,そういう仕組み,そういうものを過疎地域から指定都市まで全部横断的に取り上げて50ほど選びましたので,御関心のある方はごらんいただきたいのですが,そういうものを拝見しておりますと,やっぱり僕は可能性がある──それで,先ほどちょっと申し上げた,これ,ケア論というか,要するに高齢化に従ってがんモデルと内臓疾患モデルと認知症・老衰モデルと,要するに今までのケアは基本的には脳卒中の後遺症に対するケアモデルなんです。だから,3大介護という排せつ・食事・入浴というのが重要だったわけです。  ところが,これからは,65歳以上の1割が認知症だと言われています。認知症の子供と言うんですが,最近,大体40ぐらいからアミロイドベータの蓄積が始まりますので──認知症のアルツハイマーの原因だと言われている。40のときから認知症の薬なんて無理ですよね。結局,どうも従来のがん制圧とかそういう感じで認知症の制圧というのは無理だろうというのが認知症の専門家の──本当の専門家ですよね。研究費欲しさに地震が予知できると言って実はできなかったという話と似たようなことがこの領域で起こっているんですが,そういうことを含めてやっぱりどうやって認知症と一緒に共存してつき合うか,言いかえると,穏やかにぼけてくださるよう──先ほどのでいえば右側の──それは恐らく皆さん,きらくえんという──市川禮子さんは最も尊敬する社会福祉法人の理事長のお一人なんです。あそこへ行きますと,認知症の方たちが本当に自己表現,だから4号に見えない4号の人たちなんです。4号に見える4号の特養と4号に見えない特養とあります,明らかに。まだレベルの低いところでは,棒のような寝たきりの人がまだ残っていますから。  特養というのは,お昼だけじゃなくて夜に行かないとだめですね。それを含めて,やっぱり認知症とか,そういうものをどうするか,内臓,がんというのもいろんな死のタイプがありますが,これはちょっと省略させてください,きょうは。要するに,これからは加齢に伴ってさまざまな病気,急性期と慢性期のさまざまなケアが循環的に起こる。そのときに私たちは,1回何かあると全部施設に行きっきりにしちゃうわけ,病院に行きっきり。そうじゃなくて,時々病院──これは急性期です──しかし,おおむね在宅。しかし,単身が来ると在宅がという生活の仕方が無理になるとすると,新しい生活の仕方,私は共同居住とか共暮らしと呼んでいるんですが,これから民家が余りますので,それも大きな民家が余ります。そこに何人かで共同生活をしてさまざまなサポートを入れるという仕組みはもう既に先駆的に行っていますし,高齢者住宅で言えばコレクティブハウスという。あるいは,これ,世代を──お年寄りと若い世代と子育て世代をごちゃごちゃに入れるNAGAYA TOWERという名前を鹿児島の堂園君というお医者さんが始めました,大変おもしろいドクターなんですが──いろんな形で,要するに高齢者だけとか,そういうんじゃなくて,基本的にごちゃごちゃ型というのが僕は最近,大変重要で,そうするとお年寄りというのはまた力がありますから,僕は,これ,いろんなやり方があって,これ,なかなか,市が施策としてやるとかそういうことじゃなくて,大体,昔はじいちゃん,ばあちゃんに子供を預けていたわけですから,その仕組みの非血縁版というんでしょうかね,ベビーシッターの──アメリカは学生がベビーシッターをやりますが,お年寄りにやってもらうというのもありだと思う。これは,共生型の富山のこのゆびとーまれなんかでもそういうものがありますけれども,そういうことを含めた地域での生活というのを,自分のうちか施設かではないさまざまな中間型をこれから考えないと明らかに間に合いませんので──そして,これはちょっともう説明できませんが,生活機能というのは,何が最終的に決め手かというとモチベーションなんです──諦めない,モチベーション。私は,一生懸命──パワリハというのがありますが,それをやっていたお年寄りがぼそっとおっしゃったことが心に残っているんですが,何とか元気になって孫やひ孫と一緒に温泉旅行に行きたい,だからパワリハをやるんだ。介護予防は,一連のワンクールのこういう体操とかというのをプログラムにしますが,何よりその前に何のために,こういうことをやりたいから,このモチベーションがあるかどうかが──我々は,施設へ入れたり,そうするのはモチベーションを全部壊しているんです。やっぱりひ孫,自分の子供じゃなくても,血縁がなくても子供の顔が見られるとモチベーションを高めるわけですよね,そういうこと──だから,私は,小学校区ぐらいにケア拠点をつくって,保育とお年寄りと,それから集会室とか地域交流拠点等,そういうものをセットにしたものを──保育所は保育所,何とかは何とかではなくて,障害は障害ではなくて,フルセット型のものをもうちょっとうまくつくれないのかなと。これは補助金というだけでは無理なんですが,そういう拠点をつくると──そしてそれは有名な長岡のこぶし園というところは,小規模の特養と小規模多機能拠点をつくって,その間に居酒屋とキッズルームをつくるんです。居酒屋というのは,あそこは,長岡は酒蔵が35もあるところなんですが,居酒屋というのも別にここでやると民業圧迫になって怒られますけども,要するにみんなの男どもの集まる場所,それからキッズルームは子供たちがいつもそこに来て遊びの拠点にする。そして,そこでそういう地域の声──そうすると,小規模特養,29人ほどの小規模特養と,それから小規模──だから,100人なんてつくる必要,僕は──もう今のストックで十分ですから,そうするとそこに24時間の訪問介護をセットにしますと,100人の特養入所者だけではなくて同じような状態以上の人が今400人,500人,地域で困っていらっしゃるわけですね。15億かけて100人つくっても残りの人にその15億のお金は回りませんから。  そうすると,そうではなくて,小ぶりの拠点をつくって,それをどうやって地域の中にネットワークで張り,これがこれからの2025年から’30年,神戸の高齢者の予測,ちょっと忙しくて拝見できなかったんですが,ざっと見た限りでも,これからのニューカマーたちですね。団塊の世代のニューカマーたちは,やっぱりそういう新しいタイプのケアの仕組みで対応するということを考えるべきではないか。そういうことをやると──それから最大の介護予防は,地域社会参加です。役割があることです。それは,コミュニティー型のビジネス──これは神戸のお得意だと僕は思っているんですが,そういうものと組み合わせる。  現に,これもやねだんという,これも全国放送で結構話題になった,鹿屋市に高齢者40%以上の200人の集落があります。そこは,焼酎をつくるお芋をつくってみんなで働く,共同労作するという習慣があるんですが,全員じゃないな,去年,その集落で5人お亡くなりになって,4人がぴんぴんころりで1人は入院期間30日,特養入所者ゼロ,それで1人当たりの介護給付率を鹿屋平均と比べると3分の2以下,医療費も3分の2以下,要するに高齢者がアクティブに,これサンプルは200人,300人と非常に少ないんですが,これは絶対一般化できると思います。  役割があってモチベーションがあれば,本当に不思議ですよ,寝たきりの人まで起きるんですもん。これは,そういう環境でなかったから,認知症の人は本当に穏やかになりますから,そういうことを含めて──ここの話をして,ここら辺はちょっともう時間がない──そもそも論で,私たちは病院に頼り過ぎていたというのがこの数字で,それからこれは大変有名な推計でありまして,このまま行くと死に場所がなくなるという推計です。  今までの使い方,要するに我々は施設とか病院を非常にぜいたくに使ってきました。特別養護老人ホームの平均在所期間が1,500日強です。5年も入るんですよ。だから,1・2は外すんです。要するに,ベッド占有者が多過ぎる,長期の──それで,例えば,ざくっと言うと,平均で言うと30万とか25万ですよね。自己負担が1割だから,社会保険で負担している分が,わかりやすく30万だとすると1年で360万,10年で3,600万,平均で5年・1,800万,保険料と税金からそのお一人の方に寄附されているわけですよね。それは,そういう事情があるんだからということはあるんだけど,そうなるとやっぱりそれだけの高コストのものは効率的に,言いかえると回転率を上げるように使ったほうがいい。  現に,ヨーロッパのナーシングホームは,ぎりぎりまで地域へいられますので,本当に在所期間は短いです。寝たきり老人もいるんですが,何カ月程度です。日本のように,5年,10年の寝たきり老人なんてあり得ません。平均ではっきり日本は8カ月というデータがありましたけれども,それから一方でぴんぴんころりもありますが,要するに介護というのは,ここで生活したいということまでは決められますが,どういう形でケアが必要になるかは自分でコントロールできないわけですね。長嶋茂雄さんだって特養に入っていたかもしれないんです。多分,あそこでお倒れになったとき,リハビリがうまくいけば3か4だろう,長嶋茂雄さんに特養に入ってもらう会をつくろうかといって冗談を言った人がありますが,介護保険ってそういう制度なわけですね,普遍的な制度。石原裕次郎が慶応大学で心臓を手術したのも,社会保険を使ったわけですから,3,000万の,決して自己負担じゃないわけ──そういう制度なのだから,やっぱりそういう考え方をしたほうがいいだろうと。  それから,これは死に場所の国際比較で,施設と書いてありますが,これは自宅に近い施設がヨーロッパであります,そういうことでちょっと。  それから,これはもうちょっと省略しますね。これは,質問があったらですが,ちょっと医療の形がゆがんでしまったのは7・1の話ですが,これは,社会保障の一体改革のときに議論していたとおりですが,病気は病気の治療の場として徹底的に使うけれども,ケアが必要になったら,それは病院ではなくて療養病床ですらないと私は思っているんですが,在宅も含めた地域で,だから在宅医療,在宅療養支援診療所の強力なシフト,いろんな議論がありますが,あとネットワークで重要なのは看護師です──地域看護。ヨーロッパ・アメリカは,全部,いわゆる日本で言うと介護のキーパーソンは看護師です。だから,医療的ケアができる人たちが生活支援も──日本の看護師がそういうふうにつくられているとは思いません。生活を見るような看護教育というのは非常に不徹底ですので,そういう意味では,介護と看護と医療,だから包括的なこと,そこに地域住民参加がかむことが絶対重要で,専門職──玄人はだしのアマチュアというのがよくいるじゃないですか,実はこういう人たちが地域にいるというのが専門職の力量を高める絶対的な要件です。僕は,民生委員さんなんかはある意味では本当に玄人はだしの方が物すごくふえていらっしゃる。よく勉強されるし,精通しておりますが,そういうことも含めて,NPOもそうですが,そういう人たちとプロが協働できるような仕掛けづくりの可能性を今回の地域支援事業の総合事業化が僕は生み出していると思います。  事業所に丸投げしちゃだめです。丸投げしたら,要するにペイドワークの──安物ペイドワークだといって非常にそしられることになりますので,ここら辺は,神戸市は非常に広いのでつらいところがあるのですが,いろんな実験がこれから始まると思います。ぜひ,都市型のモデルをつくっていただきたい。  ここら辺はちょっと時間がないので,やめましょう。  今回の法律,私は,介護保険法で言うと,地域支援事業に一時金を出すのは,遅きに失したけど,私は賛成でございます。それから,階層ごとに2割負担にするというのは,私は反対なので──社会保険ってもともと保険料を取るときから高額所得者はたくさん払っているわけね。それで,給付のときに2割というのは僕は社会保険の原理からちょっとおかしいなという,そういう印象でございます。  それから,補足給付の資産要件加味にもモラルハザードを起こすことで大変危惧をしております。本来は,あれは外すべき──介護保険から外して家賃補助の政策として,特養だけではなくて全体としてやるべきだ。ただ,その場合は消費税が3%か4%必要ですので,それでできない。だけど,やがて空き家活用も含めてサービスつき高齢者向け住宅もそうですが,これは相当出てきていて,安いのもできていますが,やっぱりある程度の──賃貸ですから。しかし,これから持ち家取得に失敗した層が相当出てきますと,貧困ビジネスの今餌食になっていますので,これ,そういう意味で空き家対策って非常に戦略的に重要で,去年もちょうど長田区役所にそういう議論をしたいといって,あそこの住宅関係と福祉関係の人,議論をしに参りました。  今回は国の奨励的補助事業ですが,低所得・低資産世帯の居住支援と住まいの額をセットにする,そういう予算がわずかですがつきましたので,そういうことも含めて──空き家活用というのは,多分,25年の住宅の以前で大体全国10何%ですが,神戸でも相当空き家がふえているのでは。そうすると,今,居住支援協議会というものをつくって,住宅と福祉・介護が手を結んで,そしてできるだけそういうものをやろうという,そういうことになっていますが,そういうことを含めた新しい対策が必要だと──ここら辺はもうやめましょうね。これは,もう事務局がいろいろ御説明していただいているだろうと思う。これもちょっとやめましょう。  保険者機能という話なんですが,そういう意味で,やっぱり地域ケア会議をどう実質化していくか,これも政令指定都市モデルというのをぜひ──従来は,大都市行政というのは規模の利益だったんですね。ところが,今や高齢化がこれだけ進むと規模の不利益になっている。きめの細かな行政が非常にしづらくなっていて,中小都市と同じような密度でネットワークを張りめぐらすととんでもない数が必要になるというのが政令指定都市のジレンマなわけです。これをどうするか。だけど,ソリューションは,これから大都市,神戸も含めて大都市で高齢者が立ち上がるわけですから,これをどうしたらいいかというのは,規模の不利益をどう──今までは規模の利益でさんざん得をしていたんですね,全体として。それが規模の不利益になるということをどうするか。これは,やっぱりイノベーションが必要だなというふうに思っております。  これで,ちょっとこれも資料がございますので,後でごらんください。  これがさっき言った地域居住支援のあり方でずっとやってきて,ことし予算になったものですので──地域善隣事業という名前をつけたんですが,善隣事業というのは,金沢や大正大震災の復興事業で同潤会が不良住宅改良をやったときにサービス拠点をつくって,そこに善隣館という名前をつけました。その当時は子供の問題ですから,子供の問題と夜学──労働者に勉強してもらう,それから,そこにもうケースワークとか相談支援と,それから衣食住と,要するにサービスと職業と住まいというのを一体的にという,そういう思想です。  こちらもそうでしたけれども,災害復興でも住宅供給とそれぞれ住まいの復興と,それから仕事の復興とまちの復興が全部違う所管でばらばらにやらざるを得なかったことのいろんな問題が多分おありになったのではないかと思いますが,やっぱりもう1度一体化していくという議論が必要だろうと。これは,少なくともよき隣人という議論ですが,そんな話で,これもちょっと時間がないので,質問があればということにいたします。  それから,ちょっとこれは大急ぎでさっきの話をなぞったもの。これはとてもおもしろいので──ヨーロッパというのは,南北で平行配置,雁行でこうしないで住みますので,日本は平行に立てて,うちを──高齢者住宅になる。ここは,アトリウムをつくって,1階にこういう共有空間をつくるんです。だから,最近,居場所づくりって物すごく言うようになっているのは,自分の部屋があるだけではプライバシーを守れないんです。仲間と一緒に──昔でいう縁側ね。縁側って,サザエさんを見れば,伊佐坂先生が縁側沿いに入ってきておしゃべりする,昔の農家がそうでした。日本の都市型生活様式は,プライバシーとパブリックをズバッと切っちゃいましたから,そこの間に人と人のかかわりをつくる空間をどういうふうに都市設計上つくるかって重要で,オランダはこういう形で,1階にこういう形で──うるさい人たちです,オランダ人って。わいがやが大好きな人たちなので,そういう風景なんですが,そういうこと。  これも,日本で今,コミュニティーカフェとか認知症もそうですが,認知症カフェとか,考えたら老人福祉センターや老人いこいの家は昔はそうだったわけです。あれは行政が管理するために,極めて使いづらい。むしろ民家,地域のイニシアチブを尊重したほうが,あるいはNPOが自由に──場合によっては,空き家活用の場合に固定資産税ぐらいは家主さんに入れるようにとか,要するにこれから私的財産の社会的活用みたいなものが相当地域社会づくりに重要なんじゃないかということ。  これは,障害者と高齢者が一緒に住む住まいは東広島にあって,これは補助金も何も使わないで,高齢者と障害者と子育て世帯が入るようなしつらえでつくったら,1階は障害のサポートセンターと美容院と食堂があるのかな,あっという間にいっぱいになったという例です。  これは,NAGAYA TOWERといって,これも先ほどちょっと紹介した例です。  それから,これは,大変有名な東近江の農村都市モデルですが,いろんな事業体が一緒になってモール,要するにイオンだとかイトーヨーカドーなどのショッピングモール店の社会サービスモールというか,一緒につくって,そこでみんなで,要するに寄り集まる場所がないと在宅のサポートってできない。これは,生活困窮者支援で大変有名なふるさとの会が,やっぱりひとり暮らしの非常に多いところにつくったまちカフェです。ここにみんな集まって,町会の会長さんから認知症の人から精神障害を持ってひとりで暮らしている人まで全部集まる場がつくられました。どうしても今までは対象者と言われる人しか集まらなかったのが,地域のそういう担う人たちも集まれる,そういう場ができ始めているという例です。それで,最後,大急ぎで,これは暮らしの保健室。  提言と言ったんですが,もうちょっとこれ,時間がないのでやめますが,僕は神戸でいつも気になっているのが2カ所ありまして,1つはやっぱりきらくえんです。これは,施設のある種の理想形だと思っています。もちろんもともとは須磨とかでやり,これが2年目になりますか,認知症の人たちを中心に非常にレベルの高いユニットケアをやっていると,これは神戸の財産だと思います。  それからもう1つ,ホームホスピスという言葉が最近いろんなところで話題になり始めております。松本さんという方が雲雀ヶ丘で昔,開業のお医者さんのお住まいを借りてホームホスピスなごみの家というのをやって,2軒目ができて,今3軒目を計画中なんですが,民家の力って本当に大きいんです,不思議ですよ。病院ではもう3カ月だと言われた人が,胃ろうで出てきて胃ろうが外せて3年,4年,御存命になる。寝たきりだった方が本当に意識が回復され,もちろん重度のままですけれども,穏やかな生涯,そういう可能性がこういう場から生まれるんですね。病院にはワンちゃんはいないよね。孫やひ孫の声は聞こえませんよね。  もともとは宮崎のホームホスピスが発祥──これ,NHKがドラマでやったんですが,必ず朝,まないたを切るコトコトコトって音から始まる。生活のある場所でターミナルを迎える環境というのをどうつくったらいいか,これは看護師さんが中心になりますが,医療的なそういうセンスのある人たちが空き家を使って地域の人たちの協力を得ながら──これ,初めは周りの人は葬式ばっかり出すようなところだとリジェクトしていたのが,だんだんここは自分たちの大義のある場所だということになって地域の人がサポートしてくださいました。やっぱり地域の人が支援してくれるようなケアの場所というのは,小ぶりなものでなければならない。そういうことを含めて,そういう拠点はイニシアチブを持って地域で動いている方はたくさんいらっしゃいますので,質の高いものをきちんと維持するという,そういうことを含めてお考えになったらどうでしょうかということで。  最後に,日常生活圏単位にケア拠点を──今までの大規模施設はできるだけ地域化していく。施設については,神戸は比較的,東京なんかと比べて京都や神戸は楽なんじゃないかと思っています,比較的そろっていますので。ただ,それをどうやって地域化していくか,それから空き家活用,それから高齢・多子世代の最終章といいましょうか,介護の問題からターミナルケアの問題に本格的に議論しなければいけません。これは,市民の議論ですからね,市民の選択ですから。だからといって,今までのように8割,9割,病院で死ぬということは物すごく難しくなっているわけです,そういうことを含めた議論。  そういう意味で,それから人口減少社会を想定した都市計画で,地域包括ケアシステムって何かというと,社会保障給付を地域に循環させるシステムなんです。1万人当たり大体40億から50億ぐらいの社会保障給付が落ちています,地域に。それから,年金がもうGNPの相当部分を占める時代が来るわけ。それを地域に落としていただいて,地域で使う。これは,大規模都市ではそんなに効果を感じられないんですが,それでも東京みたいにほかの都市へ持っていくとそこへお金を送らなきゃいけないわけです。そうじゃなくて,市民の納めたお金は地域の中で使っていただく,このためには──そこで仕事ができます。これから少なくとも2030年,’40年まで高齢者ケアというのは大きな仕事,それもどういう仕事なのかというのはこれから大きなテーマになりますが,従来型のおむつの世話と,それから食事の介護だけではない,もっと人間的な大変重要な仕事が日常ケア,待っているわけですから──そういうことも含めた仕事・活動の場と拠点を地域の中に内製化させる,どこか外へ出してお世話をするのではない,そういう仕組みを神戸方式としてぜひ研究していただきたいなというのが。  ちょっと時間,予定よりオーバーしてしまい,ごめんなさい。話すととまらなくなるという悪い癖でございますが,ちょっとそんなところで,限られた時間で恐縮ですが,私のお話はこれで終わらせていただきます。どうも御清聴ありがとうございました。 11 ◯委員長(平井真千子) どうも大変熱のこもったお話をありがとうございました。  それでは,ただいまの意見陳述に対しまして,参考人への御質疑はございませんか。 12 ◯参考人 ちょっと済みません。そういうわけで,ちょっと耳が今遠いものですから,ちょっと聞き直すこともあるかもしれませんが,よろしく御配慮いただきたいと思います。 13 ◯委員(浦上忠文) 耳への配慮というのは,大きい声を出せということですか。大きい声でしゃべれということですかね。わかりました。  私は,神戸市の東灘区の山手のほうに住んでおりまして,最近,60代,70代のお母さん方が,もう病院の健診なんかでも行かへんのやと。何でや。80代,90代,100代のお母さんを見てきて,自分の最後があんなになるんかと思うと──特にあれですよ,特養なんかのお世話をしている人がほとんどですけど,あんな最後を迎えるんやったら,ぱたっと死んだほうがましやと,病気なんか発見せんとこうと,こう言うているわけですね。その気持ちもよくわかりますんですが,ただ,今までの日本人が──もう1つだけ話しておきます。10年ほど前に神戸市議会で市民病院へ見学に行ったけど,何であんなチューブでぐるぐる巻きにしているんやという話を保健福祉局の審議であったときに,当時の井村院長がパーンとたたいて,俺かてあんなことをしたくないと,家族が悪いんや,家族やと,こう言うたんですね。10分でも20分でも長生きすることが親孝行やと思っておるあほなやつがおると。  そういう前提を考えて,きょうの先生の話には大いに感動するんですが,片や,1つの日本人の死生観というか生き方というか,仮に私は今晩死んでもええというぐらいのつもりで生きて,終末ノートも書いて,そしてじゃんじゃん酒を飲んでいるタイプなんですが,ただ,生きるということについてのそういう部分からのアプローチが何か,非常にきょうの先生の熱意のある話は100%わかるんですが,さらにそういう部分が必要で何かないと,なかなかこの仕組み,広がらんかなと思うんですが,その点いかがでしょうかということです。 14 ◯参考人 やっぱり御家族で物すごく苦労されるんですよね。それで飽き足らないで,実はホームホスピスというのは,そういう──あるいは,おじいちゃんのときで失敗したから,もうおばあちゃんはとにかく病院に入れないでホームホスピスでという,そういう感じ。そうすると,そこは家族がしょっちゅう行けるんです。そうすると,お孫さんも含めて死を学習することができる。そうすると,そんなつらいものではなくて,人生は当たり前のもの──人は誰でも死ぬわけですから。こう言うとちょっと怒られるかもしれないけど,日本で最悪のターミナルケアは昭和天皇のターミナルケアですね。それで,つい最近,中村仁一先生が「大往生したけりゃ医療とかかわるな」という本が,あれ,50万部以上の大ベストセラーになったのが,まさに今おっしゃったような,そういう気持ちがあの本をベストセラーにしたんだと思う。  そうすると,逆に言うと,市民啓発なんですね。それから,代替案としての姿──僕,ホームホスピスって物すごいその可能性があって僕は応援しているんですが,今,燎原のごとく広がりつつあるんで。ただ,医師会が邪魔をしたり,たしか兵庫県がホームホスピスの援助をしようと──医師会がホスピスというのは病院だから病院でないところに駆り出すなという話になって,実はホスピスって,どこでもそうですが,住まいなんです。病院じゃないんです。イギリスのホスピスもそうだし,オランダのホスピスも全部住まいなんです,住まいにサポート機能がついている。だから,病院は全部そこを一体化しちゃうので,そういう意味で,医療文化が1970年代につくられた病院医療の文化を変えるって,これ,ある種の市民運動・文化運動だと思っているんです。  それは,行政はそういうことがやりにくいお立場だけれども,むしろそういう場はいろいろな形で考えたほうがいい。そうしないと,はっきり言って医療がもちません。これ,ぜひ,高齢者の死亡数の推計をぜひ──高齢・多子時代の推計は先ほどちょっとお見せ──大体,オールジャパンで言うと今80万,90万が160万,170万になりますが,神戸市でどうなるかというのは,当然,もう長期推計が出ているわけで,それを利用しながら推計されて,そうすると,病院依存型の終末の送り方というのは,不幸であるとともに高コストなんですね。そうすると,畳の上で死ぬというのは──だからといって畳の上に死ぬことに戻れというのかという話になります。そこが地域のいろんな議論をやっぱり課題として出して学び合っていく。  やっぱり神戸市民は,はっきり言えばレベルが高いと僕は思っています。だから,いろんなNPOができているわけですが,そういうことを含めた議論というのは,これはちょっと政策の話ではないんだけども,そこのベースの変化がないと政策が打てなくなるという,そういう状況が相当早く来る。多分,意識の変化を待っていられないようなことが起こるという感じがして,どうしてもこれ,ディスカッションのテーマではなくて,地域の実践のテーマにしていく,そういう意味でぜひ──松本さんのところはせっかく神戸にあるので,御研究になったらいいと思います。  それから,これは本当に良質の人たち,市民が参加する場所でもありますので,それで受けて立つ市民が僕はいると思うんですよね。ということで,済みません,お答えになりませんけれども。 15 ◯委員長(平井真千子) 他にございませんでしょうか。 16 ◯委員(長瀬たけし) 2点,お伺いをさせていただきます。  私,ちょっとそういう現場に多少かかわったことがありまして,先生がおっしゃられるように,ターミナルケアを在宅でというのはすばらしいなと思うんですけども,実際に今,ターミナルケアが行われるケースというのは,家族がいて,家族の理解があって,そしてターミナルケアを行えるかかりつけのお医者さんが近くにいる,それらの関係性が成立しているところしかターミナルケアができない。特に独居の御老人などが,もう半強制的に施設に入らざるを得ないときに,たとえその方が終末期医療についての希望を述べられても,施設においてターミナルケアを施すことができないのが現状だと思います。ここら辺をどのように──例えば,1人で亡くならないといけない方にも死に方の選択ができるようにしていくにはどうしたらいいのかなということをお聞きしたいのが1つです。  もう1つは,介護保険などを利用されている方の立場からいくと,今,ちまたに蔓延しているのは不平等感だと思うんです。たくさんの不平等感がありますが,1つ言いますと,高齢者になって,それまでは障害者の手帳に基づく一定のサービスを受け取っておられた方が,65歳を超えたので介護保険に切りかえる。途端に受け取れるサービスの内容が変わってくる。具体的に言いますと,ヘルパーさんが猫や犬の餌も今まで買ってきてくれたけれども,介護保険になった途端に買い物する内容まで変わってくると,こういうことで非常にやっぱり不満が強い。大阪はやってくれたのにとか,京都はやってくれたのにというようなことが──本当かうそかわかりませんが,半分都市伝説もあると思うんですけども,そういう不平等感が強くて,これを放置すると非常に怖いと思うんですね。これから新しい試みがされるけれども,そもそも行政がこれから進めていこうという介護の新しいあり方というものに市民が非常に懐疑的になっていると思いますので,この辺をどのようにエスコートしていけばいいのか,ちょっとお知恵を聞きしたいと思います。よろしくお願いします。
    17 ◯参考人 ターミナルケアの話は──1番目の質問の話は,家族というものがいらっしゃる方はやっぱり家族でサポートできるような環境を整えて病院,それは,施設依存はできるだけ,少しずつそういう形にシフトしていくということじゃないかと。そして,その上で,そのためには全ての家族に──これ,介護の居宅サービスのレベルが低いということがあるんですが,24時間365日の随意型のサービスをきちんと入れれば,家族の支援というのは,もっと家族ができる支援なんですよね。  それで,もう1つ,おひとり暮らしの方,これもまだ普遍化できないんですが,先ほど紹介した大牟田市がすごくおもしろいことを始めまして,あそこは小学校区単位に──神戸も校区単位ぐらいで自治会ですか──小学校区単位なんですね。そこの病院に入ったら棺おけにならないと出られないとみんな言われていた病院が,2代目の院長さんになって大分モデルチェンジをしようとして,そこにソーシャルワーカーが入って,徹底的に地域を組織するんです。それで,ひとり暮らしと知的障害のひとり暮らしの人たちを地域に戻そうというプロジェクトを始めまして,そしてまず不動産屋とかけ合って住まいを借りる。それから,家賃のほうは,生活保護なので,住宅扶助ができるので,住宅扶助の範囲で何とか賄えるようにしようと。それで,1人じゃなくて2人で住むと割安になりますから。そしてそこに自治会・町内会というか,あそこは自治公民館というんですが,そこをベースに組織化してNPOをつくるんです,白川校区という。そこでさまざまな生活支援を提供する仕組みをつくって,そのおかげで退院することができるようになりました。  そして,介護保険も,もちろん在宅医療が入るわけですが,それでそこの病院は今までそれこそ棺おけにならなきゃ出られないと言ったのが,在宅退院率が今40%ぐらい。前は大体10とか15だったのが40%ぐらいの病院に──病院のほうから言えば,それは回転率が上がりますから非常に経営上もよくなるんですね。それで,病院の意識が変わってくる,そういうこと。これはまだ一般化できませんが,できないことはないというのが大牟田の実践で示しているんだと思うんです。やっぱりそうすると,地域のお年寄り,結構高齢化しているので,元気なお年寄りが腕によりをかけてサポートするというか,そういう活躍の場ができるという感覚で参加──これ,やっぱり上手にそこら辺が地域プロデューサーの腕だと思うんだけど──そういう例がありますので,これは決して僕は諦められない,全部が。それから,もちろん施設のみとりだとかそういう話がありますが,施設のみとりは絶対ふえますけども,あれも基本的に条件はやっぱり個室じゃないとだめですから,そういうことを含めたいろんなターミナルケア──ケアの問題が実はターミナルにつながるわけですから,そこの問題も視野に入れたような議論をぜひ。単に今どうするじゃない議論として,ちょっとお答えにならないお答えかと思いますが,やっぱりこれは相当,2025年までの長期戦と短期戦略と2つあると思いますが,ぜひ議論をしていただきたいことでございます。 18 ◯委員長(平井真千子) 他に。 19 ◯委員(森本 真) 介護保険制度ができて,2000年から15年余りなんですね。当初は,個人ではできないことを社会的にしようということで介護保険制度ができました。そのときは,保険料を払えば,自分の自由なサービスが受けられると,施設でも在宅でもそうだったと。しかし,実際,この15年余りでよくなった点といえば,先生がおっしゃったのは,特養が個室になったでありますとか,少しよくなったことはあるけども,相対的に言えば,今までのサービスが受けられなくなるような制度ができたり,今度はそれこそ施設より在宅だというふうになりました。医療のほうも社会的入院という問題が起きて,中間施設──今の老健施設と療養型ができて,それでつくれという指示が出ていっぱいつくったのに,今度ははしごを外されたようにやめなさいよと。介護保険制度でもいろいろ改悪され──改悪というか,利用者にとっては改悪になって,今度はサービスが受けられません,それは自治体が決めますよとか,先ほど言いましたように,特養は1・2は入れませんよとかということなんですけど,それは実際に先生としては何が問題になっているのか,国のお金の使い方なのか,それとも高齢化を見越していない制度上の問題なのか,そういうちょっと見解をお伺いしたいんですけど。 20 ◯参考人 日本の場合は,低負担・高福祉なんです。だから,その矛盾が物すごく出てきているというふうに思っています。そうおっしゃいますが,介護保険を入れなかったら何が起こっていたかと。だって,この時期は不景気でしたから,税金でやるといっても猛烈な財務当局のコントロールの場に──あれ,公費というのは裁量的経費ですから,政治的な──もちろん社会保障を推進するという方たちは増税反対でいらっしゃったんで,それはしょうがないんだけど,だから社会保険になったというところが実はあるんですが。そういうことを含めて,もし入れなかったらもっとひどいことになっていた。多分,中間階級の人たちは,もうあのときでもそうですが,特別養護老人ホームは一定の階層以上は応能負担でしたから,多分,目いっぱい払わざるを得ないから医療を使う,定率負担の医療を使って,しかも’73年の老人医療無料化がずっと尾を引いて,低負担型で医療サービスが使える仕掛けになっていたので,そっちへ潜り込んじゃったわけ──本来は,福祉でやる。福祉でやるためには,負担を大きくしなきゃ,どう逆立ちしたってだめなんです。それができないので,介護保険で保険料という,そういう仕掛けをしたんですが,はっきり言えば,余りにも日本は高齢化のスピードが速過ぎるのと,それから介護の──やっぱり家族介護とか伝統的な介護の崩れ方が非常にスピードが速かった。ですから,これは非常に逆説的ですが,高度経済成長が成功したから失敗したということです。ヨーロッパの社会って大体,1960年,’70年ぐらいが高齢化が物すごくスピードが上がったときなんですね。そのときに消費税を相当強化して,これ,EU全体として,フランスは1950年から始まるんですが,それは所得税はもともと累進性があそこはきつい国なんですね,ヨーロッパというのは。そういうことを含めて,もちろん日本は所得税のほうの話がそれこそ新自由主義のときで相当いいかげんな税制になったんだけど,それはなかなか後知恵の議論で,やっぱりそういう意味で言えば,やっぱり責任を持ってお金を公平に負担する仕組みというのを日本ではなかなかつくりづらかった。  だって,22%の高齢化率で,国民負担率がアメリカよりちょっと多い程度なんですよ。それで,しかも今度のあれで言うと,高齢者は使い過ぎているから子育てにもっと回せという,ああいう議論が出てくる。全体として社会的負担はふやさないという前提の議論ですから,それ,成り立ちようがない。矛盾というのは,僕はそういう矛盾が爆発しているんだと思っているんです。だから,出生率も絶対,この政策では回復しません。今回の選択する未来というのは,非常に世の中を惑わす提案だと。もうポイント・オブ・ノー・リターンはとっくに過ぎていて,1億人にしろってのは,成長経済のための1億人だから,そういう議論というのは──しかし,それが出ざるを得ないところの奇妙さというのがあるんですね,批判し切れない。  ごめんなさい,ちょっと話が少しいろいろ飛びましたけども,基本的には,僕は,社会保障に関する負担が少な過ぎる,その割にぜいたくな制度をつくり過ぎた。  それからもう1つ,やっぱり現場のレベルで言うと,ケアの考え方がやっぱりお世話型なんですね,自立支援型になっていない。  それからもう1つは,「こんなもんだ,介護」というふうに僕,時々やゆするんです──介護ってこんなもんだ。だから,グループホームが,非常に質の悪いのが参入しましたでしょう,火事ばっかり起こして。あれは理由があって,グループホームの報酬単価を高くし過ぎたんですよ。高くし過ぎたので,質の悪い事業者がこれは利が入ると。これは,言ってみれば,もう1つ言うと,準市場にしたからにはそれだけのインスペクションの仕掛けをきちんと入れなきゃいけないのに,長崎の例のグループホーム火災,僕,相当調べたんですが,あれは貧困ビジネス以外の何物でもないのに,長崎県と長崎市が見過ごしていた。設計図を見ただけで,これはグループホームじゃないと言わなきゃいけないのに,それを見過ごすような監督しかできない──僕は,行政の方がいらっしゃるので──やっぱり行政の問題が物すごく多くて,それはどうしてもやっぱり専門的な視点が入らないまま,ルールに基づいての内実の判断ってなかなかしづらいので──裁量的判断というのは,そういうこともあって監査が非常にいいかげんなんだけど,それに事寄せて質の悪い事業者が入ってしまったというのが介護保険の物すごく大きな問題。  事後規制になったので,これ,金融の世界でもさんざん言われたんだけど,事後規制になれば事後規制になるほど,それだけの──ということで,済みません,お答え,ちょっとなったところとなっていないところがあると思いますが,それで……。 21 ◯委員(森本 真) 意見だけね。  結局,今のこの制度の改革は,団塊の世代の皆さんが老後を迎えるという話ですよね。それ以降の問題で言えば,先生が言ってはるように,非正規労働で年金も払えない若者が今度は高齢時代を迎えると。そのときに,低負担・高福祉と言われていますけど,高負担ができるような世の中になっているかどうかというのはまだ見えていませんけども,そういう点では,いろんな──低負担というよりもそれなりに,介護保険も今で2倍,2020年には3倍近くなって,負担はすごく重くなって,家計に,年金に占める負担の割合は物すごく高くなっているので,そんな低負担,低負担というふうには高齢者も考えていないんじゃないかなということで,御意見だけ言うておきます。余り話が長く続いたらあれなので。 22 ◯参考人 とにかく具体的に要介護認定率をあれして積算すれば,どれだけの給付額が必要かというのははじけるわけですから,それをどう負担し合うかという,これ,イデオロギーじゃなくて現実の計算の問題で,そうすると,今の仕組みで言えば重点化せざるを得ない。 23 ◯委員長(平井真千子) 他に,よろしいですか。  済みません,きょうのお話を伺って,今もちょっと議論みたいになっていたんですけれども,私は,今,介護のシステムが変わるというのは,やっぱりお金がないからという面でのシステムの変更なのかなと思っていたんですけれども,先生のお話を伺って,病院とか施設に頼り過ぎないほうがお年寄りも元気でみとれるというような面の大切さを思ったんですけどね。  ただ,やっぱりマスコミとかも,どっちかというと介護のランク1・2の方がサービスから外れていくというような,悪い,これでサービスが細るんだというような言い方がどうしてもされますし,一般の方もそういう感覚で受けとめてしまっていると思うんです。  それと,厚労省でそういう制度の設計をされている方が,きちんとそういう先生と同じような御意識でされているのかなというのも私たちから見たらちょっと心配といいますか,あるんですけれども,先生の御感覚ではどうなんでしょうか。 24 ◯参考人 なかなか難しい。これは,やっぱり社会的消費という部分が一定程度ないと介護保険ってもちませんので,そうすると,僕は,ある意味,日本人は高度経済成長の中にずっと私的消費を拡大するという方向でやってきたのをどう変えるかということをやらないと──というのは,逆に言うと生活水準を下げるということです。これ,覚悟しないとだめです。そのかわり,社会的な連帯とか消費というのをふやすということによって,私的消費は貧しくなるかもしれないけど,社会的な豊かさ──それで言うと最大の問題は教育ですね。教育が日本はお金がかかり過ぎる。ちょっと紹介しますと,ヨーロッパは,大学がただですから,彼らはアルバイトをしないんです。ボランティアをやるんです。女性はフルタイムで働きますから,日本は女性,子育ての終わった主婦ということになる。そうじゃなくて,年金生活者がボランティアをやる。  だから,そういうことを含めて,ちょっと長期的な展望の議論もするときでなくなるとすると,もうそのとき,そのときで,やりくりでやらざるを得ない。やりくりということは,相当,そもそも10%を20%にする話はないわけだから,これだけ借金して。そうすると,その中でどうするかというと,ターゲッティングをせざるを得ない。どうやって効率的なシステム──効率的なシステムをつくるのは,実は大型でなくて地域単位でいろんな仕組みをつくるという,かなりきめ細かなやり方をしないと多分無理だろうとか。恐らく今までどおりのやり方では,多分,みんなが文句を言うシステムになりつつあるという感じですね。  済みません,ちょっと直接うまくお答えになったかどうかわかりませんが。 25 ◯委員長(平井真千子) ありがとうございます。  もう出尽くしましたか。  (なし)  他に御質疑がないようですので,質疑応答は終了いたします。高橋様,大変御苦労さまでした。  高橋様には,今後とも御指導・御協力を賜りますようお願い申し上げますとともに,ますますの御活躍をお祈りいたします。まことにありがとうございました。  次に,委員会冒頭の保健福祉局の発言について報告を求めます。 26 ◯三木保健福祉局長 それでは,お手元にお配りしております資料に基づきまして,報告事項,元市民病院機構の職員の逮捕について,御説明を申し上げます。  昨日,平成26年5月28日でございますけども,神戸市立医療センター中央市民病院の元職員,妻木邦彰が収賄容疑で兵庫県警に逮捕されました。容疑者は,市派遣職員であり,中央市民病院の元薬剤部副部長──課長級でございますけども──を務めまして,平成26年3月末に定年退職いたしております。  3のところに収賄容疑の概要を書かせていただいておりますけども,新聞報道の範囲で申し上げますと,中央市民病院の移転に伴う新しい薬剤管理システムの導入に関しまして,医療機器メーカーに便宜を図った見返りにパソコン数台を受け取った疑いとのことでございます。  4にございますけども,本日でございますけども,午前10時過ぎから兵庫県警がこの事件に関しまして,神戸市役所,中央市民病院,市民病院機構法人本部に対して令状に基づく一斉捜査を実施しております。  今後は,捜査当局の捜査に全面的に協力するとともに,今回の事件の真相解明に努めてまいり,事件の再発を防止するための取り組みを行ってまいりたいと,以上考えてございます。 27 ◯原田地方独立行政法人神戸市民病院機構理事 このたびは,機構の元職員が収賄容疑で逮捕されましたことにつきまして,また今回の事件に関連いたしまして,神戸市役所,中央市民病院等に一斉捜査が行われましたことにつきまして,機構を代表いたしまして深くおわびを申し上げたいと思います。議員の皆様方,それから市民の皆様方の市政あるいは市民病院に対します信頼を大きく損なう事態であるというふうに痛感をしてございます。多大なる御心配,御迷惑をおかけいたしました皆様方に深くおわび申し上げたいと思います。本当にどうも申しわけございませんでした。 28 ◯委員長(平井真千子) 保健福祉局の報告は終わりました。  ただいまの報告について御質疑はございませんか。 29 ◯委員(森本 真) ちょっとまだわかっていない点もいろいろあると思うんですけども,新聞報道によると,入札が不調で随契ということで便宜を図ってパソコン数台100数十万というふうに出ておりましたが,不調──この随契を担当しているのが副部長だった,部長は全然かかわっていないということでよろしいですか。 30 ◯原田地方独立行政法人神戸市民病院機構理事 済みません,少し御説明申し上げますと,ちょっとここも正直,まだ明確になっていない部分はございますが,仕様書等を作成いたしまして,こういったシステムを入れたいという,そういう仕様書をつくりましたのは病院,特に薬剤部が中心になって病院のほうでつくってございます。ただ,それの入札に──仕様書に基づきまして入札をしておりますのは,これは市民病院機構の別の部署である法人本部で入札をいたしてございます。その入札に当たりましては,当然,予定価格というものを設定してございまして,その予定価格をもちろん持ちつつ入札を行いましたんですが,いずれも3者応募があったんですが,予定価格には達しなかったということで,実はこれ,2回目の入札をやりました。そのうち2者が抜けまして──辞退がございまして残り1者になりました。ただ,この1者の応札価格もまだ予定金額に達しませんでしたので,残った1者と随意契約交渉,これは本部のほうで行ってございまして,予定価格に達する──交渉の結果,予定価格の範囲に入ったということで,その業者と契約をさせていただいたと,そういう形でございます。 31 ◯委員(森本 真) そういう契約で,これ,ちょっと新聞報道でも当局にちょっと聞いたのでもまだわからない点がたくさんあるということで,本部が要は随意契約をしたのに何で副部長のところにパソコンが回るのかというシステムがよくわからないです。 32 ◯原田地方独立行政法人神戸市民病院機構理事 済みません,そこはまさに容疑の核心であろうと思うんですが,ちょっとその容疑も非常にここで資料でお配りしたものが非常にわかりにくい容疑で,私ども,実ははっきりと把握ができていない状態なんですが,これも1つ,新聞報道としか私も申し上げようがないんですが,そこの仕様の作成のところで,ひょっとしましたら副部長がかなり仕様の作成のところではいろいろかかわっておったということもあるようでございまして,そういったところで一定便宜を図ったという可能性もあるということかなと。申しわけございません。非常に歯切れの悪い答弁で恐縮なんですが,容疑事実が,済みません,私ども,きちっとわからないもので,こういった答弁になるのをお許しいただきたいと思います。そういう可能性があるということでお許しいただきたいと思います。 33 ◯委員(森本 真) 今回,まだわかっていないというか,きのうのきょうというところもあるんですけども,1つは,病院の贈収賄というのは結構ありまして,加古川の市民病院の合併のときもあったり,いろいろあって,今回も中央市民病院で,もう大分前の話ですよね,できてから数年たっていますから。  そういう意味で,薬剤部副部長だけかという問題も出てくると思うんですよ。結局,同じように入札をして──いろんなシステムを入れていますから──各部署でシステムの仕様書をつくって本部で入札するけども,不調に終わって1者になったから随契だと言いましたけど,そういうパターンもあるんじゃないかと。そういうところにまた医療機器メーカーもいろんな便宜を図るんじゃないかという思いもありますから,そういう点では,この問題も中身,解明をしていただきたいと思いますけども,ほかにそういう事例もあるんじゃないかと,市民の皆さんも疑いの目で見ていると言ったらおかしいですけど,疑いがあるので,そこら辺もちょっと解明していただきたいと。  きょうは,もうそれ以上答えられないようですので,また今度の委員会のときにまでにもはっきりさせていただきたいと要望しておきます。 34 ◯委員長(平井真千子) 他にございますか。  (なし) 35 ◯委員長(平井真千子) 他に御質疑がなければ,保健福祉局の審査はこの程度にとどめたいと存じます。 36 ◯委員長(平井真千子) 本日御協議いただく事項は以上であります。  本日はこれをもって閉会いたします。   (午後3時57分閉会) 神戸市会事務局 Copyright (c) Kobe City Assembly, All Rights Reserved. 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