川口市議会 2021-03-09 03月09日-05号
川口市立文化財センターは、歴史的資源の保護と活用を目的として、平成18年6月に開館したもので、昭和41年に建設されたUR川口本町の建物内にあることから、施設の老朽化等により、移転の必要があるものと認識しているところであります。
川口市立文化財センターは、歴史的資源の保護と活用を目的として、平成18年6月に開館したもので、昭和41年に建設されたUR川口本町の建物内にあることから、施設の老朽化等により、移転の必要があるものと認識しているところであります。
本市の学校施設の多くは、昭和40年代から50年代にかけて建設されており、既に数十年が経過していることから、施設の老朽化対策が喫緊の課題であると認識しております。こうしたなか、平成30年度には学校施設の長寿命化計画の策定に当たり、各施設の劣化状況調査を実施したところでございます。
(2)のアでございますが、南鳩ヶ谷公民館につきましては、昭和51年の開設から44年が経過しており、平成23年度に耐震化しているものの、施設が老朽化していることは認識しております。
次に、(3)でございますが、当該事業地は、戸塚第2工区の区画整理によりできた保留地を(仮称)東川口駅前行政センターの建設用地として、昭和56年度に川口市土地開発公社が先行取得し、その後、本市が同公社から買い戻し取得したものでございます。 次に、(4)でございますが、令和2年9月29日に事業者と基本協定を締結し、令和3年5月の着工に向け、事業者において準備が進んでおります。
現在の戸塚支所は、昭和57年の建設から40年近くが経過し、老朽化も進み、一刻も早い整備が望まれているところです。今、この時期に、東川口駅前行政センターの整備事業に着手されることは、川口市北部全体にとって大きく飛躍するチャンスであると考えます。 そこで、(仮称)東川口駅前行政センター設置事業について、プロポーザル方式による公募の結果や現在の状況等についてお尋ねします。
大きな8 川口市立グリーンセンターの再整備について 昭和42年の開園以来、50年以上、市民の憩いの場所として親しまれてきたグリーンセンターの再整備工事が本年3月よりスタートいたしました。
大きな9 下水道ストックマネジメント計画について 本市の下水道は、昭和15年2月、工事に着手し、令和2年3月末で処理人口普及率は87.6パーセントとなっております。下水道は居住環境の改善や公衆衛生の向上を図り、快適で衛生的な生活環境を確保し、公共用水域の水質を保全するための根幹的な施設です。
本市の水道事業は、昭和27年の通水以来、人口の増加や産業の発展に併せて、増大する水需要に応えるため、7期にわたる拡張事業を実施し、水道施設の整備を進めてきました。 この間、市民の皆様が安心して水道水を使うことができるよう、市は水道管や浄配水場等の更新、耐震化等、各種施策に積極的に取り組んでこられました。
一方、本市行政の中心として昭和から平成、そして令和まで市政発展を皆さんとともに歩んで参った旧本庁舎は、60年余りの歴史に幕を下ろしました。私も、市議会議員時代の4年間と市長に初当選した平成26年からの6年間を旧本庁舎で過ごしました。旧本庁舎に深く感謝するとともに、役目を終えましたことに一抹の寂しさも感じております。
また、市史については、旧川口市では川口市史の編さん事業を昭和63年に、旧鳩ヶ谷市では鳩ヶ谷市史の編さん事業を平成4年に終え、現在に至っております。市史は郷土の歴史を紹介するまさに市の歴史書であります。そこで、鳩ヶ谷を含めた市史の再編さん事業を行なってはどうかと思っております。 そこで提案ですが、(1)としまして、市内の河川に架かる橋の由来と市の偉人・功労者などを市民に周知することについて。
(2) 高齢者押しボタン及びシグナルエイド対応信号機について 盲人用信号機が日本ではじめて設置されたのが昭和30年でしたが、ベルを鳴らして赤と青を判別するために、付近の方から交通騒音と言われておりました。その後、住民の理解を得るためにベルの音を柔らかいオルゴールやチャイムに替え、音響式信号機の運用時間帯を設定するタイマー機能がついたのが昭和50年以降と言われております。
しかしながら、旧芝園小学校の校舎及び敷地は、昭和53年に当時の日本住宅公団から市へ有償譲渡されたものでございますが、当該敷地の埋設土に土壌汚染のおそれがある埋設物が混在された経緯が不明であり、原因者が特定できないことから、請求を行うことは難しいものと考えております。 以上でございます。 ◎山田浩一学校教育部長 御答弁申し上げます。
川口オートレース場は昭和27年2月に開場し、昭和30年1月に初の川口市営開催を行い、以来60年余りにわたり様々な時局を乗り越えながら、累計で約1,233億円、単年度の最高額としては、平成3年度に65億円を一般会計に繰り出し、社会福祉の財源などとして市政に多大なる貢献をしてきたところであります。
来年は、昭和39年に開催された東京オリンピックから55年がたち、2度目の東京オリンピック・パラリンピックがいよいよ開催される予定です。東京オリンピックから今日まで、日本は大きく成長して参りました。この川口市においても、今では政令指定都市を除くと、住民基本台帳上、全国第2位の人口になるまでに成長を続けております。 歴史は繰り返されると言われます。
日本PTA全国協議会の資料によると、そもそもPTAは昭和21年、戦後GHQにアメリカのPTA資料を提示され、文部省社会教育局へ日本におけるPTAの結成を指導し、文部省社会教育局や地方社会教育担当者によって全国に普及したということでございます。
大きな質問の9 川口総合文化センター・リリアの施設予約について アンサンブルリベルテ吹奏楽団は、川口市を拠点に社会人を主なメンバーとして昭和55年に発足いたしました。川口で音楽を育み、育ち、つなぐ、この吹奏楽団は市内の中学校へ指導を行い、その中学生を定期演奏会に招待し、吹奏楽の裾野を広げる地域活動も積極的に行なっていると伺っています。
昭和20年に設立した埼玉県水泳連盟の初代会長は、本市の通算6期約20年にわたり川口市長を務められました大野元美元市長であります。昭和42年の埼玉国体水泳大会では、団長を務め見事天皇杯獲得。埼玉県旗を掲げ、服のままプールに飛び込んだエピソードは有名で、今の青木町公園にもこのときの写真が飾られております。
台風第19号について、私は事前に気象庁等から記録的な暴風、大雨となる可能性があり、本市に甚大な被害をもたらした昭和33年の狩野川台風に匹敵する大雨となるおそれがあるとの情報を得ておりました。 また、気象情報等を参考に10月12日の夕方から夜にかけて最大風速45メートル、瞬間最大風速65メートルの非常に強い勢力を保ったまま、東海地方または関東地方に上陸するものと予測しておりました。
次に、(2)でございますが、地歴調査の結果、当該敷地は昭和9年から昭和46年まで日本車両製造株式会社蕨工場が操業しており、昭和46年3月に日本住宅公団に売却されたものでございます。その後、日本住宅公団が校舎などの施設を建設し、昭和53年3月に市に土地と施設が有償譲渡されました。
この三重塔は、昭和59年度に2,650万円の費用をかけて修理工事があったようですが、それ以降は実施されておりません。 工事の際には、県と市でも一部を負担してくださっていることと思いますが、修理には多額の費用がかかり、檀家さんが減少しているお寺においては負担が重いものと感じております。