この睡足軒の森につきましては、平林寺のほうから無償で貸与していただいておりまして、そのうちこの睡足軒に関しましては、もともと松永安左エ門さんの別荘という形であったかというふうに思うのですけれども、そうした由来を考えたときに、松永安左エ門さんといえば大茶人で有名な方でありますけれども、もう一つ私としては、大変私が尊敬しております20世紀最高峰のイギリスの歴史学者にアーノルド・トインビー博士という方がいらっしゃいまして
イギリスの歴史学者アーノルド・トインビーは述べています。その国の神話を学ばなかった民族は例外なく滅んでいる。
次は、大東亜戦争についてであります。日本は、「大東亜戦争」と言いました。アメリカの命令によって「太平洋戦争」と言いかえられてしまったわけです。
これは、イギリスの歴史学者アクトンの有名な言葉です。地方自治体の首長は、議会のチェックは受けますが、予算の編成権と執行権、職員の人事権等を有し、その権力は大きいものがあります。また、首長になると、それまでは全く見ず知らずだった人たちが、首長の権限を自分に有利に行使してもらおうと、言い寄ってきます。市長になって9ヶ月の私」、これは一昨年10月になっているのですが、「そのような経験があります。
初めに、大きな1の日本人のこころを育む道徳教育の充実についてでありますが、イギリスの歴史学者、アーノルド・トインビーは、「一つの国が滅びるのは、戦争によってではない。天変地異でもなければ、経済の破綻によってでもない。国民の道徳心が失われたそのときである」とその書で明快に指摘をしております。
イギリスの歴史学者であり、政治学者であるパーキンソンがその著作の「パーキンソンの法則:進歩の追求」の中で、官僚組織の非合理性について指摘しております。一つは、実際にこなさなければならない仕事量に関係なく役人の数はどんどんふえ続けていくという官僚組織の肥大化の特質を示した成長の法則であり、二つ目は役人がふえれば実際に必要でない仕事を創造するという凡俗の法則であります。
歴史の研究の著者と言えば、私も尊敬する20世紀最高峰のイギリスの歴史学者、アーノルド・ジョセフ・トインビー博士です。
イギリスの歴史学者、もう故人でございますけれども、アーノルド・トインビー博士というのがいらっしゃいました。この博士の言われている中に、「変革の必然性に対処する建設的な方法は、変革が抜き差しならなくなってくる以前に自発的に変革を行うことである。我々が行動を起こすのが早ければ早いほど、我々の選択の範囲は広くなるだろう」と言われております。大事なことは、先手を打っていくことであります。
これを、イギリスの歴史家アーノルド・トインビーは、20世紀は非西洋の反撃が始まった世紀といわしめ、後年、大正13年、1924年、中国革命の父 孫文が、第1次国共合作のため北上する途上、神戸に立ち寄って行った大アジア主義の講演の中で、日露戦争当時、自分はフランスのパリにいました。ちょうどそのとき、日本の艦隊が日本海においてロシアの艦隊を撃破したという報がパリに伝わった。
イギリスの歴史家アーノルド・トインビーは、「歴史を顧みずして未来を語ることなかれ」と言っています。世紀の変わり目であり、過去の歴史を踏まえて現在を考えることは、単に将来を予測することだけでなく、どのようなすばらしいまちにしていくかという大事なことであり、市政をあずかる私の基本姿勢でもあります。この姿勢を13年度もしっかり貫いていきたいと思っています。
イギリスの歴史学者であり、経済学者のパーキンソンの法則に委員会学というのがあるのです。それでは、たった一つの100万円ぐらいのものであれば、3時間も、4時間も、あるいは1日、2日をかけて会議をする、このような2億もするものについてはだれもわからない、だから会議のしようがないのです、意味がなかったわけ。