4件の議事録が該当しました。
表示内容の正確性については最善を尽くしておりますが、それを保証するものではありません。

該当会議一覧

  • 1

高石市議会 2018-12-07 12月13日-04号

この方は、いろんな三陸津波の影響を受けて、村長になられて、普代水門という15.5メートルの高さ、205メートルの幅、普代川に河口から300メートルの水門を建てられた。そのときに、1984年ですから昭和59年に完成しているんです、十何年間の工事で。

高石市議会 2018-10-21 03月09日-04号

そういう意識が高まることが何よりでございまして、本日の朝刊か何か載っておりましたけれども、宮城県の閖上保育所でしたか、その保育所の所長さんが、以前から三陸津波の資料を見て、いざとなったら子どもたちを連れてということで、あの東日本大震災のときに奇跡的に全員保育所の園児を助けたというのが出ておりましたが、ふだんからの意識が大事であります。 

豊中市議会 2012-02-02 平成24年 2月 2日防災対策調査特別委員会-02月02日-01号

総務部長のお話では、津波への危機意識が薄れていましたのは役場職員だけではなく住民も同様であったそうで、町では昭和三陸津波これが1933年3月3日に発生しておって、その日毎年訓練をしておるんですけれども、参加者は年々少なくなっていった現実にあったということであります。そして、多くの職員を犠牲にしてしまったことが悔やんでも悔やみ切れないとおっしゃっていました。

四條畷市議会 2003-09-24 09月24日-02号

天災は忘れたころにやってくるという、昭和三陸津波から2カ月後に寺田寅彦さんが『津波人間』という随筆に書いてありますが、「津波に凝りはじめていたころは高いところに住居を移しても、5年、10年、20年たつ間に低いところを求めていくのは人間である」と言われています。そうして運命の1万数千日の終わりの日が忍びやかにやってくる。近づいてくる。

  • 1