8件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

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那覇市議会 2019-12-20 令和 01年(2019年)11月定例会-12月20日-付録

さら│ │ │       │       │  に、首里城には万国津梁による大交易時代、│ │ │       │       │  薩摩による侵略・支配、明治政府琉球処│ │ │       │       │  分、沖縄戦での壊滅的破壊、米軍占領、米軍│ │ │       │       │  布令による琉球大学の設置、首里市から琉球│ │ │       │       │  大学への

那覇市議会 2019-12-11 令和 01年(2019年)11月定例会−12月11日-07号

そして、首里城には、万国津梁の大交易、薩摩琉球支配、明治政府琉球処分による琉球王国の終焉、日本陸軍の駐留、正殿の老朽化と首里市議会での取り壊し決議、伊東忠太東京帝国大学教授と鎌倉芳太郎沖縄研究者のご尽力による取り壊し中止、沖縄戦での壊滅的破壊、米軍による占領・異民族支配、跡地に米軍布令での琉球大学の設置、跡地での琉球政府創立式典で瀬長亀次郎立法院議員の米軍への宣誓拒否、日本への復帰、国立琉球大学

那覇市議会 2014-02-26 平成 26年(2014年) 2月定例会-02月26日-04号

薩摩や徳川藩へ献上されておりまして、当時はアルコール度数が高い、いわば刀傷の消毒にも適しているという。大変貴重に重宝されていたということでございます。戦前の沖縄には100年、200年物のクースがありましたけれども、去る太平洋戦争で灰じんと帰してしまい、もうほとんど残っておりません。  

那覇市議会 2009-12-10 平成 21年(2009年)12月定例会−12月10日-05号

ことしは、1609年の薩摩の侵攻から400年、1879年の琉球処分(廃藩置県)から130年の節目の年であります。ことしは、その意味でさまざまなシンポジウムが、沖縄はもとより奄美地域でも数多く開催されました。私もあらゆる機会を通しまして、琉球、そして沖縄の歩んできた苦難の歴史に思いをはせ、また、これからの沖縄の将来について考えさせられた1年でもございました。

那覇市議会 2009-06-09 平成 21年(2009年) 6月定例会-06月09日-04号

次に、薩摩侵攻は、1609年に薩摩独立国であった琉球に侵攻した出来事であり、琉球処分は、1879年の廃藩置県による琉球王国の消滅と新生・沖縄県の誕生という出来事で、いずれも沖縄歴史における大きな分岐点・ターニングポイントであったと考えております。 ○安慶田光男 議長   神谷博之企画財務部長

那覇市議会 2009-03-02 平成 21年(2009年) 2月定例会-03月02日-07号

「ペリー艦隊は5月26日に薩摩の影響下にあった琉球王国の那覇沖に停泊をした。ペリーは首里城への訪問を打診したが、王国側はこれを拒否した。しかし、ペリーはこれを無視して、武装した兵員を連れて上陸し、那覇を行進しながら首里城まで進軍した。王国は仕方なく、武具の持ち込みと兵の入城だけは拒否するとして、ペリーは武装解除した士官数名と入城をいたしました。

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