128件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

名護市議会 2018-03-05 03月13日-05号

当時、岸本市長は認めたものではないということでよろしいでしょうか。 ○宮城弘子議長 暫時休憩いたします。休 憩(午後0時14分) (質問内容説明あり)再 開(午後0時17分) ○宮城弘子議長 休憩前に引き続き会議を開きます。渡具知武豊市長。 ◎渡具知武豊市長 今のご質問に私が答える立場にはございません。 ○宮城弘子議長 岸本洋平議員

名護市議会 2016-09-12 09月20日-05号

これは当初から岸本市長最初のときからこの問題について触れてきました。通らないんですか、飛行しないんですか、国頭村を回っていくんですか、伊江島にと。しかしながら、一貫して評価書まで三共地域のアセスはやられていないんです。

名護市議会 2016-03-02 03月14日-07号

継いだ岸本市長海上基地案受け入れを表明した。岸本市長はどのような思いだったのか。その後、沿岸案が出てくる。それはどのように岸本市長は述べていたか。ところが、継いだ島袋吉和市長は、沿岸案についての基本合意に署名したが、市長選に出馬した際、沿岸案についてどのような公約を掲げていたか。結局、岸本市長による受け入れ条件、そういうものも無効にされて、島袋市長公約を無視した沿岸受け入れだけが残った。

豊見城市議会 2015-12-22 12月22日-05号

「元比嘉市長移設容認表明、以後元岸本市長島袋市長と三代にわたり、更に元稲嶺県知事や前仲井眞県知事に於いても移設について国と協議し、合意した経緯がある」と。「これに対し、事実に反するのではないか」と求めました。そうすると、「どういうことか」と問いただしてきました。あのときの比嘉市長は、市民投票で1万6,000票以上の反対多数、賛成は1万4,000票しかありませんでした。

名護市議会 2014-09-29 10月16日-10号

◆4番(川野純治議員) まず1点目、建白書は確かに事実だということでありますが、もう1点、そうですね、岸本市長7つ条件を付して、苦渋の選択で容認ということもありました。私も当時、市長室前に抗議でいましたのでよく覚えています。それから島袋吉和市長沿岸案受け入れたということも事実であります。これはたしかどなたかでしたかね。

名護市議会 2014-09-29 10月08日-06号

それから、当時の岸本市長の状況といいましょうか、ちょっと振り返ってみますと、まず、ご自身のポリシーというのと、それから取り巻く環境というものの狭間で、苦悩と焦燥感というものが、そこにいるものとしては非常に痛いほど感じ取れたということを記憶しております。それから、要旨の(2)と(3)は同じような内容のものですけれども、まず岸本建男さんという方は、非常に決断と行動力に優れた方だったと思います。

名護市議会 2014-09-29 10月06日-04号

岸本市長は私の要求に基づいて現地踏査を行い、同部隊撤去要求核専門部隊撤去されました。この基地の近くに地下核シェルターと思われる施設があったことが確認できました。市は現地を踏査して撤去を求めるべきです。なぜならば、専門家によると、ロシアでは米国基地核シェルターはミサイルの標的になっているとのこと。

名護市議会 2012-06-07 06月15日-06号

どこがいいかと以前、岸本市長時代に屋部と羽地の中間である名桜大学の後ろ手の山のほうはどうだと、あるいはまた明治山のほうはどうだという話も出ました。ですけれども、最初からこれの手だてがないという否定をする。これは、いかがなものかと思います。これは、あけみおSKYドームとか、そういったところは非常に立派にできました。

名護市議会 2011-09-08 09月26日-09号

この件について、当時の岸本市長軍用地継続使用政府に求め、平成20年までの継続使用が認められた。 その後、島袋市長より更なる継続使用が要請され、平成23年12月までの継続使用が認められた。 継続使用については、当時の岸本市長、島袋市長米軍普天間飛行場辺野古への移設理解を示し、かつ防衛行政に協力していたからこそ認められたと思料される。

名護市議会 2011-06-09 06月14日-03号

そうしたら土木事務所最初のころは知らんふりされて、それから前の岸本市長が間に立ってようやく進めてきた事業なんです。進めて、ようやく着工したからこれからうまくいくなと思ったら、また途中まで工事して投げ出されているものだから、この辺、安和区と土木事務所がうまくいってないのかどうか。

名護市議会 2011-03-02 03月22日-12号

私が行ってまいりますということで、岸本市長が直接政府と交渉してやめられました。後で資料をいただきたいと思っておりますが、そういう経過があります。したがって、今の部長の話では、待ちの話なんです。要するに財政脆弱な名護市としては、当然提供施設について、こういう理不尽ないわゆる跡地利用計画ができる話でも何でもないんです。この部分は山の中でありまして、この一部分はです。