15件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

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糸満市議会 2019-06-25 06月25日-06号

平成7年の地下鉄サリン事件日本中を恐怖に陥れた事件だったと思います。最近では、毎年のように発生する地震、集中豪雨大型台風自然災害は、自然災害列島日本を強く印象づけた時代でありました。また、子供たちいじめや虐待も大きな問題となっております。平成は、このような出来事があった時代だったと記憶しておきたいと思います。新しい令和の時代災害や戦争のない平和な時代が長く続くことを祈念したいと思います。

宜野湾市議会 2012-06-26 06月26日-07号

防犯カメラ監視カメラ設置必要性でございますが、最近では、議員のお話の中にもありましたけれども、地下鉄サリン事件などで特別手配されていた容疑者の逮捕に最も効果を発揮したのは、防犯カメラの画像でございました。また、大阪心斎橋で男女2人が刺殺された通り魔事件でも、容疑者行動を確認する上でも、防犯カメラは活用されております。このことから防犯カメラ設置は、防犯上大変有効であると考えております。

名護市議会 2007-09-06 09月18日-07号

また、その毒性については地下鉄サリン事件でもご存じのようにサリンよりはるかに毒性が強いと言われております。そのようなことから国頭村における枯葉剤問題は付近住民にとっては極めて深刻なことだろうと察しております。また、ダイオキシンに関連して考えてみますと、私たち名護市における焼却施設ダイオキシン濃度についても私たちはそういう観点から年6回にわたって測定しております。

豊見城市議会 2006-06-21 06月21日-03号

今、危機的に日本におきましては地下鉄サリン事件が起こりました。これは一種のテロなんですよ。それをいかに国民保護条例案をつくってその中で我々管轄の市町村は独自にそういった豊見城市民避難誘導はどうするべきか、また自己防衛はどうするべきかを真剣に考えないといけないと思っているんです。そういった意味を踏まえて説明をしなければいけないと思っているんです。

那覇市議会 2005-03-01 平成 17年(2005年) 2月定例会−03月01日-03号

我が国において、平成7年3月20日に発生した地下鉄サリン事件は、化学剤であるサリンを使用し無差別大量殺傷目的としたテロ事件として記憶になお新しいところであります。そのテロリズムは、その目的・動機の如何を問わず正当化され得ず、断固非難されるべきものであります。  本市は、空港、港湾を抱えており、テロに対する対策が強く求められております。

那覇市議会 2001-12-07 平成 13年(2001年)12月定例会−12月07日-03号

修学旅行についてですけれども、修学旅行のキャンセルと言いますと、何年前でしたか、地下鉄サリン事件で、東京に行くコースがだいぶ修学旅行が変更になったことを記憶しておりますけれども、この修学旅行は、どうも何でもないんじゃないかと思っても、ついついおじいさん、おばあさんたちが、自分の孫たちがそこに行くのは、非常に危険じゃないかという、本当に気持ちは分かるんですけれども、そういったこともありまして、少しの父兄

那覇市議会 1996-09-10 平成 08年(1996年) 9月定例会−09月10日-02号

さて、昨年は阪神淡路大震災地下鉄サリン事件そしてことしは、病原性大腸菌O−157の蔓延と、性質は異にするが、国家的危機管理あり方が大きく問われる事態が続出いたしております。  目に見えない細菌による生物的な感染力という脅威は、何の前ぶれもなく起こり、広い地域に甚大な被害をもたらしました。その上、発病まで間があるため、感染経路が特定しにくいなど、国民に不安を抱かせるものが大でありました。

沖縄市議会 1996-04-03 04月03日-12号

阪神大震災では機械管理や自衛隊の存在の希薄さ、地下鉄サリン事件ではオウム真理教信者等高等教育を受けているものの犯罪行動、低年齢化したいじめによる自殺の問題等を含めて、偏差値教育に問題があるのではないかとの疑問を提起するものであり、また官僚が多く関わっていた住専等の処理問題、薬害HIV、つまり血液製剤によるエイズ感染に関わる問題等政治社会経済もどん底に落ち込んだのはなぜか、振り返ってみますと

那覇市議会 1996-03-12 平成 08年(1996年) 3月定例会−03月12日-05号

戦後最大の阪神淡路大震災社会恐怖を与え震えさせた地下鉄サリン事件をはじめとするオウム事件、国際的に信用を失した金融機関破綻不祥事経済不況による産業の空洞化問題、そして本県においては、国民世論まで怒りのこぶしを上げ、また日米地位協定の見直し論まで求めた北部におけるあの悲惨な痛ましい少女拉致暴行事件など、国民にとっては極めて厳しく、安全で平和な年ではなかった、と思うのであります。  

沖縄市議会 1995-12-25 12月25日-07号

そして復興に向けて動き出した矢先に今度は大都市をパニックにおとしいれた地下鉄サリン事件それをきっかけとしたオウム事件がありました。この2つだけの事件を顧みてもまさに波乱の1年であったと思います。 震災発生後の燃え上がる炎を見ながらどうすることもできず立ち往生している市民に胸が締め付けられる思いがいたしました。

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