43件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

那覇市議会 2018-12-18 平成 30年(2018年)12月18日総務常任委員会(総務分科会)−12月18日-01号

◆委員(宮里昇)  これ政府の、あるいはこれまで、仲井眞知事とか宜野湾の佐喜眞市長、前の市長などが発言したことでは、普天間の危険性除去を一日も早くということでずっと言われて、これ、特にベトナム戦争とか、復帰後、非常に普天間は厳しく、運用が厳しくなって。

那覇市議会 2015-07-08 平成 27年(2015年) 6月定例会-07月08日-08号

アメリカベトナム戦争やイラク侵略など、国際法違反の戦争を繰り返してきました。この戦争の口実がでっち上げだったことは当事者も認めています。  日本政府は、このようなアメリカの無法な戦争に一度もノーと言ったことはありません。日米同盟の名で、アメリカの言われるままに参戦し、戦闘参加する。ここに集団的自衛権行使の一番の現実的な危機があります。  

名護市議会 2014-06-09 06月25日-09号

アメリカベトナム戦争のおかげで帰ってきた米兵が相当数心の悩みを持って、もう募集ができない。これを日本自衛隊がとってかわろうという、こんな時期に来ている。だからこそ、アメリカの起こす戦争に加担してはならない。こういう思いを持って私はこの文案でもまだまだ弱いという思いはあるけれども、この思いがあって、この集団的自衛権という名前で戦争に加担するようなことが起こってはならない。起こさせてはならない。

那覇市議会 2013-02-25 平成 25年(2013年) 2月定例会-02月25日-02号

アメリカ政府沖縄県民が、主席公選、祖国復帰を熱望し、さらにベトナム戦争の発進基地として、沖縄基地使用することに反対する姿を重視すべきである。『人民人民による人民のための政治』は民主政治基本理念であり、民主主義指導者をもって自ら任ずるアメリカ沖縄においてもこの基本理念を生かさなければならない。  

那覇市議会 2011-09-27 平成 23年(2011年) 9月定例会−09月27日-付録

│ │       │発 言 事 項│     発   言   要   旨     │ │位│ (会 派 名) │       │                      │ ├─┼───────┼───────┼──────────────────────┤ │3│山 川 典 二 │1 水道行政に│ 広辞苑によると、枯葉剤とは「除草剤の一種 │ │ │(改革クラブ) │ ついて   │で米軍がベトナム

那覇市議会 2008-02-26 平成 20年(2008年) 2月定例会-02月26日-03号

その間、朝鮮戦争ベトナム戦争を初めとして多くの紛争等が起こりましたが、我が国は国内において平和を維持してまいりました。  そして、議員ご承知のとおり、日本国憲法はその前文と第9条によって、平和国家を目指すという日本の立場を国際的に大きく訴えるという役割を果たしてきたものと考えております。この平和法の精神は、絶対に守っていかなければならないものと考えております。  

那覇市議会 2007-09-12 平成 19年(2007年) 9月定例会-09月12日-03号

この時期というのは、ベトナム戦争の時期にあたりまして、枯葉剤には最強の化学物質といわれているダイオキシンが含まれているということで知られております。こちらに、沖縄県教育資料文化センターが出しております環境読本という本で、「消えゆく沖縄の山・川・海」という本がありまして、この中にダイオキシンがどういう性質なのかというのが載っているので、紹介させていただきます。  

那覇市議会 2006-06-27 平成 18年(2006年) 6月定例会-06月27日-08号

20世紀は戦争と抗争の時代と言われたように、第1次、第2次世界大戦、そして戦後朝鮮戦争ベトナム戦争という具合に多くの戦争がありました。21世紀を迎え、世界が平和に向かって歩み出すと思いましたが、9.11同時テロが起き、民族宗教地域経済格差により、紛争・対立が後を絶ちません。これまでの国家間での話し合いでは解決できない新たな状況が生じております。  

那覇市議会 2006-06-19 平成 18年(2006年) 6月定例会-06月19日-07号

ベトナム戦争は90%なんですね。戦争とか、有事が起こる場合というのは、市民の犠牲が大きくなるということなんです。  国民保護条例をほかの14市町村が上程しなかったという内容なのですけれども、沖縄戦の経緯から住民には抵抗感があるというふうに答えているというわけですけれども、那覇市は今回提出しているわけですよね。

那覇市議会 2003-12-11 平成 15年(2003年)12月定例会-12月11日-05号

ベトナム戦争を見てください。自分が有利なような戦い方をしているわけです。だからテロをするということは、自分が有利な戦いを展開をしていると思わなければならないと思います。  ですから、市長も、自衛隊派遣は反対と、せっかくおっしゃったわけですが、内閣は決めてしまっているんですがね。  

那覇市議会 2002-09-10 平成 14年(2002年) 9月定例会-09月10日-03号

だから、アメリカがもうこうだと言えば、すべてが戦争行為になってしまうということで、私は実質的にベトナム戦争その他含めて、沖縄の米軍基地が出撃拠点基地になっていると。  この新聞でも、業者の方も含めて、テロから1年、観光客は戻ったと。しかし、米軍がイラク攻撃をしたら、観光客はまた減るだろうと。

那覇市議会 2002-03-05 平成 14年(2002年) 2月定例会-03月05日-05号

石川さんといえば、ベトナム戦争写真がいっぱいですよ。ベトナム戦争、いろいろな。そういえば海兵隊が主軸になって行っているわけですから、そこで海兵隊の写真がいっぱいありますよ。ベトナムの民衆の悲惨な姿もいっぱい出てきます。村民の虐殺だってあったというのも記憶に新しいんだと思います。そのアメリカの海兵隊がベトナム戦争で使った主力の兵器がM16ライフルなんですよ。  いいですか、市長。

那覇市議会 2002-02-28 平成 14年(2002年) 2月定例会-02月28日-02号

本市といたしましては、那覇軍港が長期にわたって米軍に使用されており、ベトナム戦争湾岸戦争では化学物質等の搬出入がなされたこともあり、その影響も心配しておりますし、また、那覇軍港は市民生活圏とも隣接をしているため、公害対策上、周辺に及ぼす影響を把握する必要もあると考えており、沖縄県、那覇防衛施設局、米軍で構成する三者連絡協議会において那覇軍港の環境調査を行い、公表してもらうよう県に要請をしております

那覇市議会 2002-02-22 平成 14年(2002年) 2月定例会-02月22日-01号

復帰30周年の記念事業として、本市出身でベトナム戦争取材をはじめ、世界的に活躍している、石川文洋氏の写真展を開催いたします。カメラのレンズを通して見た復帰前後の沖縄の姿を、ぜひ多くの市民に見ていただき、市民生活と平和のかかわりについて考えていただきたいと思います。  次に、「住みよい生活都市」について申し上げます。  

那覇市議会 2001-12-07 平成 13年(2001年)12月定例会−12月07日-03号

中村昌樹 議員    部長は、年度途中から部長にかわられて、大変苦しい立場というのは理解するんですけれども、やはり市長、あのベトナム戦争でもそうであったように、勇気ある撤退か、ないしは立ち止まる勇気というのは私は必要ではないのか、これだけ二分されている意見が後ろ側にあるならば、やはり十分審議しないといけないですよ。

那覇市議会 2001-06-20 平成 13年(2001年) 6月定例会-06月20日-08号

那覇軍港と普天間飛行場の移設は、あくまでも基地の県内たらいまわしと強化にほかならないだけでなく、そもそもが1960年代のベトナム戦争当時の米軍の新基地建設計画の再現であります。同時に先の米シンクタンク、ランド研究所の提言で、米軍普天間飛行場の米空軍による継続使用を提言するなどは、米軍基地の無条件返還こそが、沖縄基地問題を解決する唯一の道であることを示しています。  

那覇市議会 2001-06-11 平成 13年(2001年) 6月定例会-06月11日-05号

憲法第9条があったからこそ、ベトナム戦争朝鮮戦争に行くことなく、外国人の人々を1人も殺さずに、私は済んだと思っております。  (「それは当然だよ」と言う者あり)  翁長市長は、たびたび「不毛なイデオロギー」と言われておりますが、私にはその言っている意味がよく分かりません。市長のしていることは、日の丸、君が代自衛隊など、すべて、私はこれはイデオロギーの押しつけに考えております。  

那覇市議会 2001-03-02 平成 13年(2001年) 2月定例会-03月02日-04号

それから最後ですが、例の那覇軍港の問題、私はこれはいろいろな評価も確かにこれもあろうかと思うんですが、しかし、思い起こすと、あのベトナム戦争の頃、復帰前後というのは、原子力潜水艦も入港し、コバルト60で海が汚染されて魚が売れないということで、漁民の皆さんも、私たちは当時、原水協に私いて、一緒にサバニで海上デモをし、原潜の寄港阻止の運動もするとか、漁民独自で2・4ゼネストには、那覇から嘉手納に船を仕立