岡山市議会 1984-12-14 12月14日-05号
そこで,大石良雄が亡くなってから,明治元年戊辰11月の5日,明治天皇は大石良雄に対して勅語を下されています。 勅語 大石良雄 汝良雄ら,主従の義を固執し,仇を復し,法に死し,百世の下,人をして感奮興起せしむ。朕深く嘉賞す。今東京に幸す。因りて使権辨事藤原を遣はし,汝らの墓に献弔し,且つ金弊を賜う。 こういうふうなうなことです。
そこで,大石良雄が亡くなってから,明治元年戊辰11月の5日,明治天皇は大石良雄に対して勅語を下されています。 勅語 大石良雄 汝良雄ら,主従の義を固執し,仇を復し,法に死し,百世の下,人をして感奮興起せしむ。朕深く嘉賞す。今東京に幸す。因りて使権辨事藤原を遣はし,汝らの墓に献弔し,且つ金弊を賜う。 こういうふうなうなことです。
福祉行政については,福祉元年と言われた昭和48年にオイルショックがあり,自治体が財政の危機に直面するや,あたかも福祉政策の伸びが赤字財政の元凶の一つのように言われ,いわゆる安易な福祉見直し論が議論されるようになりました。
むしろ,長年にわたって培われてきた行政のマンネリ化,あるいは制度にひそむ不合理を一つ一つ是正する努力を重ねることによって必要な財源を生み出していく,あるいはぜい肉を落としていくためのじみちな作業こそが松本市政元年に与えられた大きな課題であると思うのであります。