江東区議会 2020-02-28 2020-02-28 令和2年予算審査特別委員会 本文
今回は、奇跡的に荒川が氾濫せずに助かりましたが、もし氾濫していたら、果たしてパニックを避けるための情報統制が正しかったと言えるのか、私は疑問です。 インターネットをふだん活用されない御家庭、また、有事の際にインターネットが使えないことを考慮して、ラジオ配布による情報発信体制の強化を並行して行うという江東区の姿勢はすばらしいと思います。
今回は、奇跡的に荒川が氾濫せずに助かりましたが、もし氾濫していたら、果たしてパニックを避けるための情報統制が正しかったと言えるのか、私は疑問です。 インターネットをふだん活用されない御家庭、また、有事の際にインターネットが使えないことを考慮して、ラジオ配布による情報発信体制の強化を並行して行うという江東区の姿勢はすばらしいと思います。
「津波てんでんこ」という言葉は、皆さん御存じの東日本大震災の際、後に釜石の奇跡と呼ばれた事例で、日ごろから自分の命を自分で守れと防災訓練を受けてきた釜石市内の小中学生が、行政や学校の避難指示を待たずに津波が来ることを周囲に知らせたり、高齢者や園児の手を引いたりしながら、誰一人死ぬことなく高台に避難した行動を指します。
また、岩淵水門の水位計が13日、午前9時50分に7.17メートルまで達し、氾濫危険水位までわずか53センチしかない状況下、その直後に東京湾の河口では大潮の干潮を迎え、この引き潮に引っ張られて一気に水位が下がったことはまさに奇跡的でありました。 私は釣りが趣味ですので、東京湾の潮の干満には絶えず関心を持っておりますが、大潮の日の荒川河口は干潮と満潮で約2メートルの水位差があると言われております。
本区は、戦争の惨禍の苦しみからまさに奇跡的な復興を遂げ、日本全体も平和で豊かな生活を享受できるようになりました。しかしながら、世界の中では今なお紛争地域が存在し、また、悲惨なテロ事件によりとうとい生命が失われている現実があります。また、戦争を知らない世代が区民の大部分を占める現在、毎日の平和な生活の中で、ともすれば過去の悲惨な体験を忘れがちになります。
奇跡的に死者はなく、一般2名、消防団15名の軽傷で事なきを得ました。 今後のまちづくりに向けてパブリックコメント、復興まちづくり委員会の設立、市議会では、駅北対策特別委員会を設置してまちづくり計画を策定しています。今、町の復興に向けて動き出しているところです。 大規模火災、首都火災は起きないとは言えません。糸魚川大火が突きつけた重大な問いかけです。
これこそ奇跡が起きた瞬間で、参加者全員で飛び跳ねて喜び合いました。 区長からもケンブリッジ飛鳥選手についてお話があり、区長の人情の厚さと深さにも皆と感動いたしました。 そしてテレビで放映されたパラリンピックも、大感動の連続の中で終わりました。
赤ちゃん先生の取り組みは、命の偉大さに気づき、自己肯定感を高め、いじめや自殺防止のため、生まれてきたことの奇跡、自分自身の命の偉大さを学ぶことを目的としています。実際に赤ちゃんと触れ合い、赤ちゃんの母親から生まれたときの話などを聞くことで、親の思いや自分の価値、周りの仲間の命の価値に気づくことができます。
3.11以降、「釜石の奇跡」とか、さまざま例を挙げまして各会派から本当に防災教育の大切さということを質問されていました。 先ほどの質問の答弁の中でも、「3.11を忘れない」という副読本を使ってとかと、そういう答弁がありましたけれども、それを使って区教育委員会としては、どの視点を重要視して教育に生かしているのか伺いたいと思います。
ここで、昨年の東日本大震災における「釜石の奇跡」を思い起こしてください。片田教授から、「想定を信じるな」、「最善を尽くせ」、「率先避難者たれ」との防災教育を徹底的にたたき込まれた小学生、中学生たちが、固定観念にとらわれ即座に逃げようとしない大人たちを救ったあまたのエピソードは、記憶に新しいところです。大人たちもそれなりに防災の知識はあったはずです。しかし、行動に移さなければ無意味です。
防災都市江東の実現ですけれども、今まで「釜石の奇跡」についてさまざま論じられておりました。先日、NPO協議会の席上で、防災に関するセミナーがあったわけですけれども、そのときの講師の方から、先日、写真入りで当時の現場の様子を伺いました。そのときに、今回こどもたちが無事だったことはよく知られていますけれども、学校の避難訓練の際、地域の皆さんが一緒に行動をともにしていたそうです。
東日本大震災のあの「釜石の奇跡」から痛感したことは、どんなに万全と思われる対策を立てたとしても、いざというときは最善を尽くして避難するという心構えを、いかに一人一人の意識の中に構築していくかが重要であるということです。つまり、行政による災害対策や堤防などの社会資本が充実してくるほど、人間の危機意識が減退するという矛盾をいかに克服するかということであります。
3.11以降、防災教育の見直しが叫ばれ、6月の定例会も含めて多くの委員から発言があり、釜石の奇跡も紹介されました。釜石の防災教育に取り組んだ片田教授の生の体験を交えた講演を伺いましたが、取り組む中で大変だったことの一つに、教育委員会、特に学校現場でいかに実践してもらうか、これが挙げられておりました。 そこで伺います。
しばらくずっと私も見ていて、今回の東日本大震災で例えばきのうの本会議でも質問、御意見がありましたが、「釜石の奇跡」など、そのようなことを聞いていますと、自分たちの住んでいる町というものがどういう町であるか、どういう地域であるかということを基本的には知らなければいけないのだなということがよくわかりました。特に江東区には、新しい住民の方もどんどんふえている。
次に、釜石の奇跡についてであります。 基本3原則として、「ハザードマップを信じるな」、「そのときにできる最善を尽くせ」、「率先避難者をつくれ」がありますが、まさに地域に根差した防災教育であると考えます。日本ほど災害のある国はないと思います。自分の命を守るといった防災教育への取り組みの重要性も感じております。また、たくさんの命を同時に守ることが大事とも感じております。
これまで事故が起こらなかったのが奇跡であります。もし事故が起きたら江東区も責任の一端は免れないでありましょう。 このように東西線は、お年寄りやこどもの乗れない電車だと言われながら、現実にはお年寄りやこどもも乗っております。また、ご婦人方に大変お気の毒ですが、朝夕もみくちゃにされて乗っており、これが果たして日本という文明国家の地下鉄でありましょうか。
アスベストは1970年以降、日本では「奇跡の鉱物」などと珍重され、建設資材、電化製品、自動車、家庭用品など、さまざまな用途に広く使用されてきました。しかし、人の髪の毛の5,000分の1程度の細さであるアスベストは、潜伏期間が長く、近年では「静かな時限爆弾」と世間では恐れられています。
次に、憲法9条の見直しに関する見解についてでございますが、戦後の荒廃から奇跡とも言える我が国の繁栄を振り返ったとき、国民の精神的な支柱として、大きな原動力となったのは、まさしく戦争放棄をうたった憲法9条に象徴される平和憲法であります。
奇跡的にも亡くなった方は一人もいなく、地域の防災に対する意識がかなり高かったのであろうと推測されます。 また、この地震でも阪神大震災の教訓が生かされ、政府の災害応急体制の早期立ち上げにより一定の成果を上げ、関係防災機関との救護体制も連携が図られるなど、被害を最小限にとめることができたと言われております。