大田区議会 2008-06-06 平成20年 第2回 定例会−06月06日-02号
また、テクノポリス構想は、パロアルトの市に行きまして、これからの産業というのは、飛行場と水と道路、そして電源があればどこでもできるんだというのがその当時のアメリカの姿でありました。
また、テクノポリス構想は、パロアルトの市に行きまして、これからの産業というのは、飛行場と水と道路、そして電源があればどこでもできるんだというのがその当時のアメリカの姿でありました。
認識を持たれた上で提案された、でも誰でも思うのですが、新しいことを始めようというときに、しかも伝統ある大田区のナショナルテクノポリスの京浜工業地帯のある意味では強情なわけですよね、その歴史があるだけに。
中小企業の委員長の近藤委員もおられますが、この中間報告にもありますが、委員会ではナショナルテクノポリスと呼ばれるにふさわしい大田区の産業が未来に向けてどうあるべきかを検討すべく、大田区の中小企業近未来構想と銘打ち、将来の大田区が目指す方向性として、「技術ブランドのまち大田」を目指して一つ。一つ、「観光都市おおた」を確立するために2つのテーマを掲げ、委員相互の議論を中心に調査研究を行ってきたと。
委員会では、ナショナルテクノポリスと呼ばれるに相応しい大田区の産業が、未来に向けてどうあるべきかを検討すべく、大田区の中小企業近未来構想と銘打ち、将来の大田区が目指す方向性として、(1)“技術ブランドの街おおた”をめざして、(2)“観光都市おおた”を確立するために、の2つのテーマを掲げ、委員相互の議論を中心に調査研究を行った。 ここに、これまでの調査結果について報告する。
ナショナル・テクノポリスと言われている大田区。技術の集積と機械金属加工を中心としたフルセット型の集積を持っているのが大田区の工業であるわけです。何度も言われておりますが、かつては大田区の工場は9,000以上あった。しかし、今は6,000社に減ってきております。この背景には、大企業を中心としたアジアの国々、特に中国へ生産拠点を移してしまったことがあるのです。
大田区の機械金属工業の集積とネットワークは、ナショナルテクノポリスと称される世界でも特異な高度工業集積として、日本のものづくりの基盤を支えてきました。しかし、大田区の工場数は、最高時の9190(83年)から6165(2000年)に激減し、ものづくり技術のネットワークの崩壊が進み、一刻の猶予も許されない事態になっているのです。
大田区はものづくりのナショナルテクノポリスです。地域経済に大打撃を与えるリストラを進める無責任な大企業に対して、「社会的責任を果たせ」の声を一緒に上げようではありませんか。お聞きします。この点では、この間、大田区が進めてきた事務事業適正化計画による大規模な職員定数削減は、こうした雇用拡大による経済の立て直しの上でも大きな問題があると考えます。 2つ目は、日本の財政構造の転換です。
大田区の機械金属工業の集積は、中小企業、業者を中心に、多種多様で高度な技術力や加工能力を持つ工場が相互に多角的なネットワークをつくり上げ、あたかも1つの工場のような生産システムを形成して、ナショナルテクノポリスと称され、世界でも特異な高度工業集積として日本のものづくりの基盤を支えてきました。