新潟市議会 2019-03-06 平成31年 2月定例会本会議−03月06日-07号
平成30年には出生数が100万人を割ると予測していたのが,ついこの前亡くなられた堺屋太一さんです。この少子化により,日本が崩壊するとも生前言っていたそうです。このまま何も手を打たないよりは,子育てしやすい環境をつくることで少しでも少子化に歯どめをかけられればとも思います。
平成30年には出生数が100万人を割ると予測していたのが,ついこの前亡くなられた堺屋太一さんです。この少子化により,日本が崩壊するとも生前言っていたそうです。このまま何も手を打たないよりは,子育てしやすい環境をつくることで少しでも少子化に歯どめをかけられればとも思います。
これはどういうことかといったら、団塊の世代、つまり昭和22年、23年、24年生まれ、堺屋太一さん亡くなりましたけれども、命名の親、この人たちが65歳になるのが2015年問題だった。その次は2025年問題というのがありました。これは、今言った人たちが、団塊の世代がですね、後期高齢者、75歳になる、こういうことなんですよ。
これ堺屋太一さんの発した言葉でありますが、知価とは何か。物も大切だろうが、それ以上に物の持つ付加価値や形のないデザインやノウハウ、コンテンツ、ブランドといったものが重用される時代のことであります。 さて、五泉市の今までは観光を軸としたまちづくりの側面では、社会の変化に気づかず、すばらしい資源があるにもかかわらず、有効に生かし切ってこなかったと言えるのではないでしょうか。
ましてや考えてみますとですね、この近い将来、堺屋太一いわく団塊の世代、昭和22年、23年、24年生まれ、私もその一人です。ここにも1人おられるようでありますが、これが今五泉市には3,100人おられます。それがやがては高齢者の仲間入りされます。なお一層この行列が長くなるということが想定される。今いろいろマスコミ騒いでいますけども、老老介護の社会問題化、これありですよ。
堺屋太一は、この人口の固まりを団塊の世代と呼び、社会への影響に対する人々の関心を喚起したのは30年前の昭和51年になります。私も昭和24年生まれ、正真正銘の団塊の世代であります。この議場にも先般の山崎一勇議員を初めとして昭和22年生まれ~昭和25年生まれまで16人の議員さんがおられます。
1947年から1951年の5年間に生まれた人たち、平成16年現在で1,092万人だということですが、大きく固まって密度が高く、周囲と異なる特質を持つという意味で堺屋太一さんが団塊の世代と名づけられたと聞いております。大量退職による膨らむ退職金や年金の問題、また技能やノウハウの喪失なども含めて2007年問題と言われていますが、燕市の影響はどのように考えておられるでしょうか。
堺屋太一「団塊の世代「黄金の十年が」始まる」、堺屋太一さんは団塊の世代の名づけ親でもいらっしゃいますし、この方はもう有名です。70年代に700万人の彼らが今後日本に何をもたらすかを予言されておりました。
市長も御承知のこととは思いますが、この2007年問題を世に問うたのは、昭和50年の夏から翌年の春にかけて月刊誌に連載された予測小説である堺屋太一氏執筆の「団塊の世代」であります。その当時大変興味深く読んだことを思い出しています。予測小説、近未来小説とはいえ、30年後の日本社会を鋭く見抜いているこの小説の正確さに改めて感心しているところであります。
次に、景気全般の見通しといいましょうか、雇用のことも含めてでありますけども、経済企画庁の堺屋太一さんは、長官は文筆家でもいらっしゃいますので、いろんな比喩がお上手というか、表現がお上手なわけでありますけども、先般は、こういうことを言っておられました。景気の現況を表現するならば、景気の満ち潮と引き潮がせめぎ合っている感じだと。