304件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

長崎市議会 1999-07-06 1999-07-06 長崎市:平成11年建設水道委員会 本文

5丁目については、この国道沿いに、ちょっと崖の上みたいなところに民家が張りついております。海べたに企業がおります。ここの部分は、住居表示が適当に振りにくいということで、世帯も少ないということで、今回は、従来の地番のままで残していこうということで、戸町地区計画をしております。  小菅のこの緑の部分は、現在、住居表示をしておるわけでございます。

平戸市議会 1998-12-01 12月11日-03号

この中部支所の問題についても先ほどから出ておりますように、答弁でいただきましたように、財政のことを考えると、紐差病院ということを提示されたけれども、獅子の方の覚書があって、その信頼関係を重視していくというふうに考えているというふうなことになれば、今の状況でいくと、国道沿いにというふうに考えているということでしょうか。 ◎市長白浜信君)  それも一つの方策だというふうに考えております。

平戸市議会 1998-12-01 12月14日-04号

だけど、将来的に今後二十年、二十年先を見たときに、果たしてそこが適当だろうかどうかということも総合的に判断した場合は、やはり皆さんが要望されている筋の場所、あるいは国道沿いといいますか、そういうところの方が将来にとっては必要じゃないかという判断も少ししているところでございまして、今後用地についても早く決めたら、できるだけ率先して、その中でやっていきたい。

長崎市議会 1998-09-08 1998-09-08 長崎市:平成10年第5回定例会(4日目) 本文

祈りゾーンのシンボルとなる中心碑経過につきましては、既にご承知のとおりでありますが、市議会議長私案の提示を受けまして、その後、さまざまなご意見やご指摘を踏まえまして、市内部で慎重に検討を行い、最終的には現在の中心碑をそのまま残し、富永制作の碑は、中心地地区祈りゾーンとしてより充実・強化をし、世界平和の発信地とするために被爆50周年記念事業碑として、中心地点から約70メートル南西に離れた国道沿い

平戸市議会 1998-09-01 09月10日-01号

だから、そういうふうにスケッチ的に観光商工課として島を描いていくということができないものだろうかというふうに思ったんですけど、何か千里ケ浜までの菜の花畑という国道沿いに植えられた花を想像するよりもあそこのところに、今言った南部地区ですけど、船越から宮の浦あたり一帯にかけての菜の花畑というのがすごく写真におさめたり絵にかいたりしても絵になるという感じが受けてならなかったんですけれども、観光商工課長としてはそういうところはどういうふうにとらえていらっしゃるでしょうか

平戸市議会 1998-06-01 06月11日-02号

今、国道沿いをやっとるでしょう。あれだけ赤い、何ですか、あれをいっぱい立てて、これから先は今植樹の剪定をしておりますから、車の方はどうぞ注意をして行ってください。ちゃんとやっているんです。ドライバーはみんな注意をしますよ。そういうのはちゃんとできるわけですから、交通の云々はもう今は要らないの。弱者も健常者も社会の中では同一の活動をする。私が当初申し上げましたでしょう。

平戸市議会 1998-03-01 03月05日-02号

次に、中部振興計画の件でございますが、中部自治振興会内に組織された小委員会検討と並行しまして、内部でも獅子地区との約束であります国道沿いを含めた数カ所を候補地検討作業を進めております。急速に進行する少子化高齢化等将来を見きわめ、住民利便性を考慮し、現下の財政状況の中で求められる地域の拠点施設に対応するには、支所公民館機能と体育館を合わせ持った複合施設を基本に考えているところでございます。

長崎市議会 1997-12-08 1997-12-08 長崎市:平成9年第5回定例会(3日目) 本文

その結果、富永制作の碑は、被爆50周年記念事業碑とすることとし、具体的な設置場所につきましては、これまでいただいたご意見経過を踏まえまして、中心地点から一定距離をおいた場所とし、また、人の動線滞留空間を考慮し、さらに製作者意向も尊重するなど慎重に検討した結果、中心地点から約70メートル南西に離れた国道沿い緑地の一画に設置することとし、平成9年3月市議会及び6月市議会皆様方にご報告したところでございます

平戸市議会 1997-12-01 12月15日-04号

イベントの参加協力、また、国道沿いフラワーポットを置いたりですね、そういうことで、また今国道三八三の改良の計画もありますので、余り手も入れられないということで私も待っているんですが、街灯とかですね、もう少しまち並み津吉並みにやりたいと、整備してもらいたいということはあるんですが、それは時期が来てからお願いするとして、中部地区商工振興にも御協力をお願いしたいと思います。 

長崎市議会 1997-06-10 1997-06-10 長崎市:平成9年第2回定例会(5日目) 本文

そして、本年3月定例会において、市長は本会議冒頭に陳謝をされ、変更に至る説明がなされ、また質問者答弁に、淡々として富永制作の像は被爆50周年の事業碑としてすることとし、具体的な設置場所につきましては、「これまでいただいたさまざまなご意見経過を踏まえながら、中心地点から約70メートル南西に離れた国道沿いの一角に設置することとしております」と答えられたのであります。  

長崎市議会 1997-06-05 1997-06-05 長崎市:平成9年第2回定例会(2日目) 本文

その結果、富永制作の像は被爆50周年記念事業碑とすることとし、具体的な設置場所につきましては、これまでいただいたご意見あるいは経過等を踏まえさせていただきまして、中心地点から一定距離をおいた場所とし、また人の動線滞留空間を考慮しまして、さらに制作者意向も尊重させていただきまして、慎重に検討をいたしました結果、中心地点から約70メートル南西に離れました国道沿い緑地の一画に設置することといたした

長崎市議会 1997-03-10 1997-03-10 長崎市:平成9年第1回定例会(4日目) 本文

その結果、富永制作の像は、被爆50周年記念事業碑とすることとし、具体的な設置場所につきましては、これまでいただいたさまざまなご意見経過を踏まえまして、人の動線滞留空間、さらに制作者意向も踏まえながら、中心地点から約70メートル南西に離れた国道沿い緑地の一画に設置することとしております。  

諫早市議会 1996-03-07 平成8年第2回(3月)定例会(第7日目)  本文

さきの議会で私が質問した折、答弁されているように、国道五十七号線の拡幅に伴い、小野本村の国道沿い民家移転用地の確保、小野小学校運動場そのもの計画が五十七号線とかかわること、こういうことから小野小の移転問題は当然起こってくる問題であります。今回の用地取得予定地の周辺へこれが移転するということは、本会議質問の中でもほぼ明らかになっていることであります。  

長崎市議会 1995-07-05 1995-07-05 長崎市:平成7年第3回定例会(3日目) 本文

また、建設場所の決定につきましては、現在の診療所交通の便が悪い上に進入路の幅員も狭く、人口増が見込めない現在地では再び赤字で廃止という問題が再燃するおそれがあるという検討協議会委員意見を受け、市の内部現地改修を含め種々検討した結果、国道沿い交通利便性もよく、駐車場緑地の広さも一定確保でき、医療環境も保たれ、かつ隣接地に360戸、約1,000人程度の団地開発が行われ、将来的に患者増が見込