軽井沢町議会 2017-12-11 12月11日-02号
民間の体力任せで、たとえ荒廃し廃墟と化しても、それはいたし方ないとするのでしょうか。そんな別荘地が増えはじめたら、軽井沢のブランドイメージ、どうなってしまうのでしょうか。 また、別荘地所有者の年代についても尋ねました。全体として圧倒的にリタイアされた方が多ございます。定住者は、11団体の調査全体で507戸もありました。その年代も圧倒的にリタイアメント層でした。
民間の体力任せで、たとえ荒廃し廃墟と化しても、それはいたし方ないとするのでしょうか。そんな別荘地が増えはじめたら、軽井沢のブランドイメージ、どうなってしまうのでしょうか。 また、別荘地所有者の年代についても尋ねました。全体として圧倒的にリタイアされた方が多ございます。定住者は、11団体の調査全体で507戸もありました。その年代も圧倒的にリタイアメント層でした。
難しさもよくわかるようになりましたので、さらに行政側としていろんな問題を検討していただいて、とにかく何年かのうちには、あの廃墟がなくなることについて、議会も行政もお互いに協力しながらやっていければいいと思いますので、よろしくお願いいたします。 続きまして霧ヶ峰の問題で、霧ヶ峰の売り物はやっぱりニッコウキスゲだと思うんです。
説明では、カンナの花を植えることにより、原爆投下後の1945年9月、廃墟の広島市に真っ赤なカンナの花が咲き、今後75年は草木も生えないという偏見に苦しむ広島市民に生きる勇気を与えたこの心を伝えることを主眼とし、カンナの植栽については特に取り組んではいないとのことでありました。私から、須坂市に譲与されたカンナの花の写真パネルは須坂市教育委員会において積極的に活用している。
広島・長崎両市では、原子爆弾の投下により、一瞬にして廃墟と化し、数多い尊い命が奪われ、戦後70年以上経過した現在でも、放射線による後遺症や、そして精神的な苦しみを多くの市民に残っておるところでございます。
原爆投下後の1945年9月、廃墟の広島市に真っ赤なカンナの花が咲き、今後75年は草木も生えないという偏見に苦しむ広島市民に生きる勇気を与えた。須坂市は、カンナの花とその物語に共感し、かんなちゃんは、平和親善大使及び花と緑のまちづくり事業マスコットキャラクターという位置づけで誕生したのではないでしょうか。原爆や戦争の悲惨さを伝え、二度と戦争をしない、核兵器廃絶、平和教育が目的となるべきと考えます。
きのう、村長の答弁の中で原村ペンションの行方不明者の発見のときに発見された廃墟等々のことで、そういったあそこまで廃墟になってしまうと、もうリフォームの施しようもないというようなところになっている物件も数多くあります。
屋根や壁が落ち廃墟となったものや、草木に覆われ猫屋敷になっているものなど、表通りからはとても想像がつかない実態があります。 そこで、市役所に隣接するこの箕瀬地区、大通り地区の状況に限ってお伺いしていきたいんですけれども、現状を市はどこまで把握できており、どのような対応をとられているのかをお伺いしたいと思います。特定空き家、それから準特定空き家の状況は把握できておるのかどうかをお伺いいたします。
ただ、私は、廃止を見据えた全面休止とした上で、地元の皆さんの要望に対しては、施設の廃墟化を食い止めるためにも、一部施設をメモリアル施設にして残すことを検討し、理解を得ていくことができないだろうか。そして、競技団体の要望に対しては、選手の海外遠征費の充実等による選手育成の強化策を国に対し、共に働き掛けていく、これ以外にないのではないかというふうに考えますが、どのようにお考えでしょうか。
大型商業施設が撤退した後、その空間が廃墟となり、まち全体が衰退してしまう。想像に難くない現実が待ち構えています。そうならないためのリスク対策が必要です。そのためには、大型商業施設などに対して、土地・建物の使用開始と合わせて、撤退についても長野市として厳格なルールを示す制度設計が必要と考えます。もちろん、ただそれだけでは、長野市で商売をしようとする事業者がいなくなります。
続いて、霧ヶ峰強清水のホテルの廃墟、空き家についてですが、こちらから上っていって霧ヶ峰線を上りスキー場の駐車場に着きますと、真っ正面にホテルの廃墟が見えます。駐車場から自然豊かなスキー場と廃墟はマッチングしないと思います。観光地のイメージダウンになりかねません。景観とは、人の目で眺め、心に刻む風景と言われています。今の景観はいかがなものと言わざるを得ません。
│ ついて │ ├───┼───────┼──────────────────────────────┤ │ 6 │牛山智明 │1.景観について │ │ │ │(1)諏訪IC出口から見える盛り土について │ │ │ │(2)霧ヶ峰強清水のホテルの廃墟
外から伊那を訪れると、バスでも電車でもそうですけど、廃墟と言っていい建物があちこち目に入ってしまう、これは非常に厳しい現状です。これに関する対策というのは、何か考えておられるでしょうか。 ○議長(黒河内浩君) 白鳥市長。
◆5番(神社正幸君) 私が、昨年度の事業の決算を見たところ、廃墟ですか、リフォーム資金は230万円ですか、ありますけれども、アーティスト1人に対しての招聘にかかるお金というのはどのくらいで、どの分野まで、要するにみんなが言うあご足です、どの分まで補填しているのか教えてください。 ○議長(二條孝夫君) まちづくり交流課長。 ◎まちづくり交流課長(勝野礼二君) ただいまの御質問にお答えいたします。
一部は廃墟に近い状態となっており、安全上の観点からも対策が急務となっています。今後人口も経済も縮小していく地方の現状を鑑みると、同様の物件は今後も増加する可能性が高いと思われます。 一方で、明るい材料もあります。若い世代を中心に新しく出店するそういう道を模索する方々が少なからず出てきており、既存の市内の店舗で中心部に移転したいと、そういうことを検討する動きもあります。
その結果、ずさんな計画でつくった施設が各地で放置され、廃墟となったと言われておりますが、必要なのはこの教訓をTPPで生かすことであると考えます。しかし、TPP合意を受けて政府が真っ先に打ち出したのは、地道な競争力強化策でなく、税金を使って、米を政府備蓄米として買い上げて米価を維持するという、これまでもしばしば行われてきた政策のようであります。
もう一点、特に廃墟となったホテルの解体、撤去を行い、その跡地にケーブルカー、スロープカーともいいますけれども、これは資料をおつけしてあります。このケーブルカーを導入、設置をしてはどうかということで、2点、お伺いをいたします。 ○議長(和田重昭君) 小林総務部長。 〔総務部長 小林好武君 答弁席〕 ◎総務部長(小林好武君) 入湯税の超過課税とまちづくりについて御質問いただきました。
昭和21年7月と言えば終戦から1年足らずですが、これは廃墟と化してしまった日本を公民館を軸に再建しようとした構想であり、文部省社会教育局成人教育課長であった寺中作雄氏の名を冠して「寺中構想」と呼ばれています。ことしは戦後70年、したがいまして、この寺中構想から70年という節目を迎えるわけであり、平成29年には松本市の公民館も発足70年を数えることとなります。
しかしながら、進んでいくことで維持管理がかかり続けてしまう可能性もあると思いますし、途中でやめることで、せっかくつくったアートのまちが廃墟とか廃材のまちみたいなふうになってしまう可能性もあると思います。やめるにも覚悟が要るし、進んでいくにも覚悟が必要な事業だと私は思っております。
しかし、ほうっておけば疲弊している商店街やまちが廃墟と化していくのは目に見えています。この流れに歯どめをかけるためにも市からの支援事業を大いに活用させていただきながら、各種団体や地元の人たちと連携し、須坂のまちのにぎわい創出に向け、活動の場を広げていこうと思います。 今、中心市街地で商売し生活する人たちは、まちの活気を取り戻すためめに一生懸命努力をしています。
現在、廃墟となっているホテル等については、観光地として早急な対策が必要であると考えます。この件については、去年も少し申し上げた記憶がございます。 次に、5番目ですけれども、歳入の約3割を占めている基幹自主財源である市税は減少を続けております。平成22年4月に収納課が設置され、収納率は上昇していますけれども、市税のほか一般会計未収金は5億2,671万8,558円となっております。