26件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

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須坂市議会 2014-02-17 02月24日-01号

公共交通確保では、日常生活通勤通学時の移動手段となる「すざか市民バス・すざか乗合タクシー」の運行屋代須坂線バス運行長野電鉄長野線施設整備に対して助成します。 「みんなが主役まちづくり」について申し上げます。 人権が尊重される社会実現につきましては、本年度から新たに策定された「須坂人権政策推進基本方針」に沿って、人権尊重の理念に関する正しい理解と人権尊重思想普及高揚を図ります。 

長野市議会 2013-09-01 09月24日-05号

長野電鉄活性化協議会が、昨年四月及び九月、また本年一月と三回にわたり、屋代須坂線を初めとする三路線について、乗降調査を実施いたしました。 その結果、屋代須坂線については、長野電鉄屋代線からの移行率目標七十パーセントに対し、四月と一月の平日においては、目標値を超える乗車数があるものの、休日は平日の半分以下の利用者数であること。

須坂市議会 2013-08-27 09月03日-01号

廃止となりました長野電鉄屋代線につきましては、平成24年4月1日から、鉄道にかわる交通手段として、長電バス株式会社による屋代須坂線の運行が開始されました。また、沿線3市で長野電鉄屋代線関連資産無償譲渡を受け入れることとし、基本協定を締結しました。 例年八木沢川で実施してきました河川一斉清掃を平成24年度は鮎川で行い、地元区などから多くの御参加をいただきました。

須坂市議会 2013-02-19 02月26日-01号

また、通勤通学される皆さんの移動手段確保のため、屋代須坂線バス運行事業や、長野電鉄長野線施設整備に対し助成します。 「みんなが主役まちづくり」について申し上げます。 人権が尊重される社会実現につきましては、いじめ問題やインターネットによる人権侵害が深刻な状況となっていることから、子供の人権を守るための講座を市内のPTAを対象に3回シリーズで開催します。 

長野市議会 2012-09-01 09月06日-01号

そのうち、検討ルートの一つであります旧長野電鉄屋代線屋代須坂間における既存鉄道施設を活用したLRT導入につきましては、早期対応が求められている廃線跡地活用と密接に関連していることから、審議会においては、これを優先して審議し、去る七月三十日に、市に対して概算事業費需要量及び費用便益等を考慮して検討した結果、現時点では導入は困難であるとの中間報告を提出いただきました。 

軽井沢町議会 2012-06-12 06月12日-02号

また、意外にもつい最近になって長野電鉄屋代須坂線、これの廃線に伴って次の新システム交通システムをどうするかという中で、LRT導入の声が高まってきているというのがこの間のテレビのニュースなどでも紹介された話でございます。 私がここにLRT導入を取り上げたのは、町の公共交通政策について、この際今までの常識、既成概念を踏み越えて、奥行きと深みのある検討をするべきだと考えるからであります。

須坂市議会 2012-06-04 06月11日-01号

3月31日に運行を終了し、廃止となりました長野電鉄屋代線につきましては、4月1日から、鉄道にかわる交通手段として、長電バス株式会社による屋代須坂線の運行が開始されています。 昨年試行した「すざか市民総合大学」につきましては、4月に「須坂人手形」を発行し、本実施しました。「須坂を知り、誇りに思う須坂人」を目指す70人の市民の方が入学されました。 

千曲市議会 2012-03-06 03月06日-02号

路線の名称は屋代須坂線とし、長電バス株式会社運行いたします。路線につきましては、基本的に屋代駅から国道403号線に沿って松代方面運行いたしますが、朝と夕方は通勤通学者利便性を考慮して、速達性定時性確保するため、国道403号バイパス運行し、松代高校へ乗りかえなしで連絡する便も設定いたしました。 

長野市議会 2011-09-01 08月17日-04号

まず、採択すべきものとして、「バス代替問題点として、国道四百三号のうち屋代須坂間の改良率は約八十六パーセントであるが、残りの十四パーセントは未改良である。今後の改良計画については、まだ具体化していないことから、国道四百三号を利用してのバス代替は前提にならない。仮にディーゼル車導入した場合、その導入に要する経費は松代地区住民自治協議会の試算によると、バス代替の場合と同程度で済むとのことである。

千曲市議会 2011-03-09 03月09日-04号

これは、そして小諸~小海間を運行していた佐久鉄道株式会社が、計画、免許申請したものをそのまま譲り受けて、大正11年の6月10日に屋代須坂間24.4キロメートルを開通させたものであります。 そして、その当時としては先端技術を取り入れて、いきなりいち早く電化をやったということです。しかも、昭和12年には屋代駅経由で湯田中行きの国鉄客車の乗り入れを実現しているわけであります。 

須坂市議会 2011-03-03 03月03日-05号

大正9年5月30日に発足した河東鉄道は、佐久鉄道が持っていた屋代須坂間の鉄道敷設権を譲り受け、翌年建設に着手され、異例の早さで大正11年6月7日竣工、6月10日午前8時30分、初めての列車屋代駅を須坂へ向け発車、超満員の列車須坂駅に着くと盛大な祝賀式が行われ、河東の人々の四半世紀を超えた悲願がかなえられたとのことです。須坂では当時須坂町です。

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