158件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

仙台市議会 2000-03-16 平成12年度 予算等審査特別委員会(第12日目) 本文 2000-03-16

設置基準、これが昭和38年、私が学生のころ、高度経済成長にようやく入ったころの基準が今でも生きているんです。保育所というのは便利なところでないとだめです。駅の近くにこの基準でつくれというからつくれないわけです。この基準を撤廃して、別の基準をつくるというようなことを伺ったんですが、本当かどうなのか、もしつかんでいたら内容を教えていただきたい。  

仙台市議会 1999-09-30 平成10年度 決算等審査特別委員会(第12日目) 本文 1999-09-30

この辺についてなども、支店経済の先細りになっていくことは、高度経済成長、高速交通、あるいは今日的な不況というものの先の見通しが立たなかったことにあるんじゃないかと私は思っております。  実は、私が地域の中での政治活動の拠点にいたしております、すぐ裏の日東ハイツという一つのビルディングをとらえましても、去年の春からこの8月までに11社撤退していきました。

仙台市議会 1999-09-10 平成11年第3回定例会(第5日目) 本文 1999-09-10

昭和三十年以降、日本高度経済成長に伴う都市化進展は、河川の水質の汚れ、コンクリートによる護岸工事など、自然環境の悪化を招き、人々を心理的、物理的に川から遠ざけてしまっていました。このことが、我々を川とのつき合いからふなれにさせ、河川との関係が遠いものになったことを玄倉川の事故が象徴しています。  

仙台市議会 1997-12-12 公営企業委員会 本文 1997-12-12

今回のこの県からの受水にしても、当時の計画では、高度経済成長でもっと企業が張りついて、もっと水は使うだろうという、それも30年ぐらい前の計画でしょう、計画そのものとしては。30年前というと1960年代で、1960年代からの計画を……、水道の場合ダムは当然つくりますから、ダムには20年くらい建設期間かかるとなると、計画からもう30年ぐらいかかっていて、世の中全体が変わっているわけですよ。

仙台市議会 1997-12-09 平成9年第4回定例会(第3日目) 本文 1997-12-09

私は、このように水道料金がたびたび引き上げられる根底には、高度経済成長時代に過大な水需要予測を立てて事業を進めてきたことがあり、特に本市を中枢都市と位置づけて、大都市仙台づくりのために、仙南・仙塩広域水道からの受水を主体とする拡張事業を促進してきたことに原因があると指摘せざるを得ません。

仙台市議会 1997-11-13 東西交通軸促進調査特別委員会 本文 1997-11-13

ところが、当時日本高度経済成長に差しかかったときでございまして、イタリアだとかイギリスだとか、日本よりも自動車をいっぱい持っているところは経済的に低迷している。それに比べると、日本は今自動車は少ないけれども、これからどんどん伸びて、あっという間にイタリアイギリスを抜いてしまうぞというのがそのときのグラフでございました。

仙台市議会 1997-09-19 平成8年度 決算等審査特別委員会(第3日目) 本文 1997-09-19

39: ◯交通事業管理者  貸し切り事業につきまして、まず全国的な経営の状況を見てみますと、高度経済成長期には需要が増加いたしまして、貸し切り事業も順調に推移してきたわけでございますけれども、バブル崩壊円高による国内旅行需要の落ち込みとか、あるいは週休2日制普及に伴いまして旅行形態が大きく変化をしていること、あるいは利用者の低価格志向によりまして、事業者間での競争が非常に激化をいたしまして、全国的

仙台市議会 1997-06-13 平成9年第2回定例会(第2日目) 本文 1997-06-13

高度経済成長の終えん、そして少子・高齢化進展、また地球規模における大競争時代の到来など、我が国財政を取り巻く環境は大きく変容をしてまいっております。また、最近におきます数次にわたる景気対策の実施などもありまして、我が国財政借入金依存の体質はさらに深刻度を増していることは否定できないところでございます。

仙台市議会 1996-02-26 平成8年第1回定例会(第3日目) 本文 1996-02-26

一九六〇年代の高度経済成長時代に入って政府が全国総合開発計画を頂点とする工業化政策を強力に推進し始めた時期に、仙台では、健康にして明るい住みよい都市を建設することはすべての施策に優先するという観点から、仙台市を健康都市として宣言し、当時の島野市長は、これを推進するために市役所の機構内においては健康都市推進本部というものをつくって、私が本部長になって、両助役、各局長の参画も受けて、これは強力に推進方

仙台市議会 1994-08-19 公営企業協議会 本文 1994-08-19

これを安定的に継続していくということになりますれば、やはり相互の信頼関係ということが十分構築していくべき課題であろうというふうに思いますし、それから、私から申し上げるのもどうかと思いますが、これからの経済的な関係も含めて、やはり我々としてもこの東南アジアに対して目を向けていくべきであろうというふうに思いますし、何度か先方に行った体験上からしまして、東南アジア、特にマレーシアを中心として、ちょうど高度経済成長

仙台市議会 1994-03-08 平成6年第1回定例会(第6日目) 本文 1994-03-08

高度経済成長期以降、社会環境は急激に変化し、その変化に対応するかのように、学習指導要領は、戦後アメリカ教育使節団の勧告により学校教育課程基準を示すものとして生まれてから六度目の改定がなされ、覚えなければならないこと、教えなければならないことがどんどんふえていき、しかも知識の系統的な習得に混乱を生じさせる矛盾した内容も甚だしくなり、そのたびに学校から余裕やゆとりが失われてまいりました。  

仙台市議会 1993-09-17 平成5年第3回定例会(第4日目) 本文 1993-09-17

歴史を振り返ってみますと、終戦後、戦災の中から懸命に立ち上がり、都市復興のもとを築いた岡崎市長高度経済成長期にそれを引き継いだ島野市長、さらに政令指定都市としての仙台を実現しながら、石井市長は、国際化情報化への歩みを踏み出したにもかかわらず、みずからの手によって、道半ばにしてその座を失ってしまいました。

仙台市議会 1993-03-01 平成5年第1回定例会(第3日目) 本文 1993-03-01

次に、町づくりの理念と開発の方向についてということでございますが、まず健康都市建設協議会の解散と新しい杜の都づくり市民協議会の発足という事態の背景についてというお尋ねでございますが、健康都市が目指してまいりました町づくりは、我が国高度経済成長への移行時期に、公害や環境破壊深刻化に対応するとともに、社会資本の整備が十分でない中で、いわゆるシビルミニマムの確立を図って、市民福祉の向上を図ることを目的

仙台市議会 1992-03-02 平成4年第1回定例会(第4日目) 本文 1992-03-02

我が国スポーツ産業は、昭和三十年代の高度経済成長の波に乗って発展し、その後波の上下はありましたが、昭和六十年代からはリゾート思考、フィットネスブームも加わって、スポーツ産業もいわば上り坂に転じてきました。しかしながら、我が国スポーツを通じての健康問題に関する意識は、いま一つの盛り上がりを欠いております。