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旧松阪市 平成12年 11月 定例会(第6回)-12月07日−03号
旧松阪市 平成12年 12月 全員協議会-12月07日−01号

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  1. 松阪市議会 2000-12-07
    旧松阪市 平成12年 12月 全員協議会-12月07日−01号


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    BODY {font-family : "MS ゴシック"} BODY {letter-spacing : 0.3ex} BODY {line-height : 130%; } -->DiscussNetPremium 旧松阪市 平成12年 12月 全員協議会 − 12月07日−01号 旧松阪市 平成12年 12月 全員協議会 − 12月07日−01号 旧松阪市 平成12年 12月 全員協議会           平成12年12月7日          松阪市議会全員協議会会議録 協議事項   1 第22次日中友好促進訪中使節団参加報告について                              午後1時45分開会 ○議長(引地忠君) ただいまより全員協議会を開催いたします。  本日の全員協議会は、さきに連絡をいたしましたとおり、去る10月24日から10月30日までの7日間、日中友好促進三重県議会議員連盟主催の第22次訪中使節団に参加された3人の議員より視察報告を願うものであります。  なお、時節柄大変御多忙な時期でもございます。3名の方々には簡潔にわかりやすく御報告をいただくことを願いまして、まず前田議員よりお願いをいたします。 ◆議員(前田行正君) 議長のお許しをいただきましたので、このたび日中友好促進第22次訪中団として参加させていただきました。そのことに対してまずもってお礼を申し上げ、そしてきょうここで皆さんの前で御報告できますことをお礼申し上げさせていただきます。  その前でございますけれども、お断りを申し上げておきたいと思います。この報告に備えまして、山本登茂治議員が、今IT革命と言われております情報通信技術を駆使して、この中国訪問記録をデジタルカメラにおさめて、ぜひきょうこの場で、この足取りをつぶさに皆さんにごらんいただこうと思ったんですが、あいにくこの議場にはそのような設備は整っておらないようでございますので、市長さんにお約束を申し上げたんですが、大変申しわけないですけれども、口頭で皆さんに御報告を申し上げさせていただきます。  今、議長さんがおっしゃいましたが、日程が10月24日から30日までの1週間でございました。訪問都市といたしましては、正確には中華人民共和国河南省、そして北京市、鄭州市、開封市、そして上海市へ行ってまいりました。参加者でございますけれども、三重県議会議員の8市の議員が16名編成で、団長市が尾鷲市でございまして、それから団長市であります尾鷲市さんの事務局長が1名加わってくれまして、17名編成で行ってまいりました。  それでは、1週間追ってずっと説明をさせていただきますけれども、まずずっと1週間の中で教育関係につきましては、後ほど長野議員から、そのときになりましたら、私、交代をさせていただきます。それから、近郊の農家の視察もしてまいりまして、その農業関係につきましては、山本登茂治議員からいろいろ御報告をいただくことにしております。  まず、それでは1週間を追って御報告をさせていただきますと、まず関西空港でございましたけれども、結団式で団長の方から、今世紀最後の記念すべき訪中団として、所期の目的を達成することを念願して行ってこようじゃないかということで、まず来る年2001年は、主に訪問先であります河南省と三重県とは友好都市提携、来年でございますが、15周年を迎えるわけで、中国との親善交流の関係はこれまでにも増して重要であることの認識、そして中でも日本中国の関係は、皆さんも御承知のように古来からの恩恵を享受してもらって現在に至っておる。しかも、これからもさらに友好関係を深めて、歴史文化経済教育等々、各方面で交流を図っていくことが、日中両国はもとよりアジア全体の安定、繁栄、そして世界平和へと大きく貢献できるものと確信し、同時にこの視察を通じてその成果を議会活動の中で市民福祉、そして文化向上に寄与できることを念じながら、それを誓って出発に臨んだわけでございます。  そして、24日でございました。北京に向けてまずテークオフをいたしまして、それで青島空港で一たん入国手続を済ませまして、それで北京へ到着したわけでございますけれども、早速北京空港へ着きましたら、河南省の人民政府外事弁公室のアジアアフリカ担当の朱元超さんの大変温かい出迎えを受けて、あしたから僕がすべてのガイドと通訳をしてあげようということで、不安がここでちょっと解消もしたようなわけでございまして、それで一日が終わったわけです。  2日目ですが、まず北京市の歴史文化遺産と、それから都市計画による新しい町の視察をさせていただいたわけでございます。少し御紹介をしますと、行ってみえた方はよく御存じだと思うんですが、北京といいますと中国首都でございまして、人口が1250万人、総面積が1万6800平方キロ、広さにしますと四国に匹敵するようでございまして、まず中央の直轄都市中国の主要機関のすべてがここに存在しておるというようなことでございました。その北京の歴史文化遺産を生かした都市計画、その街並みは本当に整然としておりまして、まず皆さん御承知のように天安門の前に広がるメーンストリートといいますか、大変な広場がございまして、面積が40万平方メートル、100万人が収容できる広場ということで御説明がありました。この広場、20世紀の歴史的舞台としてその役割を果たしてきたと言われておりまして、その周辺の長安街というところがあるんですが、その整備も大変行き届いておりまして、近年、特にその外資導入による再開発が急ピッチで進められておりまして、超近代高層ビルの建設の町になっておりまして、様相がもう一変しておるというようなことも伺ってまいりました。昨年でございましたが、10月の建国50周年を迎えたその機会に、ひとつ21世紀への飛躍を目指して一段と活気づいてきたというようなことで、私どもこの目でその様子が大変うかがえてまいったわけです。
     この後、その天安門広場を後にいたしまして、世界的遺産とも言われております博物院でございまして、故宮博物院を視察見学させていただいて、中国歴史でございましたが、元、明、清、三王朝時代の640年にわたる皇宮として使われたそうでございまして、随分高い、高さ十数メートルと言っておりましたけれども、城壁に囲まれた総面積72万平方メートルと言っておりましたけれども、そして所蔵品たるや100万点にも及ぶというようなことで、大変なものが所蔵されておりまして、もうそこで驚異と感動を覚えたのでございます。  そしてまた、次にさらに明時代の墓でございますが、十三陵といいまして、ちょうど皇帝の13人の墓地を参観させていただきました。そのときにちょっとこういうことを教えていただいたんですが、中国では皇帝の墓を陵と言うそうでございまして、そして聖人とか武官の墓を林、それから政治家、役人の墓を塚というそうです。それから一般農家の墓を墳と言う、古墳と言われますけれども。そういうふうで表現をされているということを説明を受けました。  それでその日は終わりまして、3日目でございますが、朝から北京の中日友好協会へ表敬訪問をさせていただいて、それで秘書長さんの瑞釣さん、女性の方でした。それから、スタッフの劉国亮さんとの面会で、ここでもまた大変な歓迎を受けたわけですが、そのときにその秘書長さんの言葉の中で、日中の交流は民族間の交流である、そして両国はアジア平和のために惜しみない努力が必要であるというようなこと、さらにはまたパートナーシップを発揮して、今後も平和と発展のために日中、向こうでは中日と言われましたけれども、友好親善をさらに強固にして21世紀に伝えなければならないことをいろいろ話し合いをしまして、双方理解をさせていただいたわけですが、今回、中国の視察につきましては、中国の悠久の歴史、芸術、文化行政産業など、多方面の視察をさせていただいたわけですけれども、格別の御配慮をいただくことに感謝を申し上げて、その協会を後にいたしまして、北京空港より国内線で次の訪問都市であります鄭州市を訪問させていただきました。  鄭州市では人民政府の外事弁公室の李建華さんの出迎えを受けまして、その案内で表敬訪問先であります国際飯店へと移動をいたしまして、そこで河南省の副省長、まず県で言います副知事さんですね、李成玉さん、それから人民政府の外事弁公室の趙国成さん、馮永臣さんと面会をいたしまして、大変温かい、言葉で言いますと熱烈な歓迎を受けたわけですが、中でも三重県と河南省との友好提携はもう14年間続いておると、そしてまた、先ほども言いましたように2001年に15周年を迎えるということで、本当に親しい間柄なんだというようなことと、それから世界12カ国と提携を結んでいるが、特に三重県との交流は深く、近年特に経済文化交流が最も盛んであるということをおっしゃってみえました。今後も両国の双方の友好関係が保たれ、さらに繁栄、発展することをということで理解をしながら、三重県の北川知事から親書をお預かりいたしておりまして、手渡しをさせていただきました。  その鄭州市ですが、人口605万人、面積にいたしまして7446平方キロということで、ちょっと聞いてみたんですが、産業構造農業が主でございます。その農業では小麦、とうもろこし、綿花が主に栽培をされておるというふうなことで、工業も紡績、それから冶金、それから石炭、砥石などが主要産業になっておるというようなことでございます。  翌日ですが、鄭州のぼう山区というところがございまして、張定邦村の希望小学校を視察訪問いたしました。この希望小学校といいますと、レインボープロジェクトで三重県から1000万円の寄附をして学校が2校建てられまして、この2校目の新しい学校希望小学校ですが、これを視察させていただきました。このことにつきましては、いろいろとまた長野議員の方に交代をして、まず御報告をしていただきますので、長野議員、よろしくお願いいたします。 ○議長(引地忠君) 次に長野議員。 ◆議員長野操君) このたび日中友好促進三重県議会議員連盟第22次訪中使節団の一員として初めて中国を訪ねる機会を与えていただき、心から感謝しております。  7日間の訪中でございましたが、多くの方々にお会いし、さらに中国歴史文化産業教育、風土などに触れることができまして、中国に対する認識を深めることができました。  それでは、私が分担します部分につきまして御報告申し上げます。  中国教育振興に一貫して努力しております中国少年発展基金会が、希望工程プロジェクトと銘打って、農村、特に貧困地区の校舎建設などを全国的に展開している事業ですけれども、これにつきましては実施10年来、国内外の援助額は12億元を突破し、就学の機会を得た貧困地区の小学生数、校舎数はそれぞれ190万人、5300校に迫るということでございます。  訪中4日目でしたが、その1校であります鄭州市ボウ山区にあります日中友好張定邦村希望小学校を訪問いたしました。この小学校三重県の日中友好協会のレインボープロジェクト事業の募金で建設されたもので、建設資金1000万円を贈り、平成11年にこの小学校建設されまして、さらに1校が建設中とのことでございます。卓球室に案内された団員一行は地元のボウ山区長、それから鄭州市の教育委員会副主任、日本では教育長という地位だそうですけれども、それから学校長、それと地元関係者の人たちと意見交換を行いました。教育事情についてですけれども、特に一人っ子政策にかかわる教育のあり方、それから不登校及びいじめ問題の現況と対策等について説明を受けました。  伊勢市の小学校では以前からこの同小学校児童の作品交換をしておりまして、今回は浜郷小学校からの習字、絵を持参しました。中国側からは紙細工と絵が渡されました。なお、訪中使節団の方からは手動式の鉛筆削り、消しゴムつき鉛筆を贈りました。  中国人口の大部分を占める農村のレベルアップこそ、中国の当面する緊急課題であることは理解はできますが、率直に申しまして、失礼な言い方かもしれませんが、こんなところにも日中交流の一翼を担っているのだなということに大変驚きました。それほど田舎でございました。  また、中国を語るのにトイレを抜くわけにはいかないと言われておりますけれども、2階建ての白い校舎、非常にきれいな校舎とは別棟になっておりました、狭くて暗くて不潔なトイレを見たときには、とにかく考えさせられました。  以上が私の部分の報告でございます。 ◆議員(前田行正君) それで、先ほど報告がありました希望小学校の視察を終えまして、次の訪問市であります開封市でございますが、開封市の方を訪ねました。開封市でもやはり同市の外事弁公室の張体斌さんの出迎えを受けまして、まず参りましたのが工業団地、市高新技術園区管理委員会というところを訪問したわけでございますが、その開封市でございますが、人口が約でございますが460万人、面積が6444平方キロ産業構造で主なものはやっぱり農林業、桐の栽培が主でございました。それから農産物といたしましては、スイカ、小麦、綿花、ゴマ、ニンニクが主な農産物、そして工業では食品加工場、それから紡績、機械、電子工場等があるというようなことでございまして、  それで、先ほど申し上げましたように、工業団地でございますが、開発区といたしましては、29平方キロ面積で48社が操業をしておりました。中でも食品関連会社が60%を占めておるというようなことでございまして、それも外資系の企業が大半を占めているとのことでございます。それでびっくり驚きましたのは、その団地、上下水道がすべて完備をされておりました。そしてまた、進出要件として環境汚染規制が大変厳しい条件とされておりました。そういう話を聞いて、外を見たわけですが、私の見た限り、広大な視界の中で1本の煙突もなかったのが大変印象的でございました。  それからその次、足を進めまして、食品工場に案内されたわけでございますけれども、そこは三重県と河南省と友好都市を提携して第1号の合弁会社ということで、名前を挙げて失礼なんですが、四日市の太陽化学工業と、それから現地開封市の金明食品との合弁会社であるということで説明を受けたわけですが、開封市の農産物を利用目的とした加工工場であるということで、製品の主なものが乾燥ネギ、それから乾燥キャベツ、乾燥タマゴ、その他いろいろいわゆる即席めん類の添加食品で、驚いたのがその大半が日本輸出をしておるというようなことでびっくりをいたしたわけですが、そしてその原料野菜の安定確保のために近郊農家への委託契約栽培をして原料供給を受けているというようなことでございました。また、そこの工場ですが、従業員の方が大変年齢層が若くて、20代から30代ということで、その説明者の工場長も30代とのことでございました。大変企業意識に燃えておられたような感じをいたしました。  その後、開封市人民代表大会を訪問いたしまして、開封市の人民大会常任委員会副主任、日本でいう副議長さんですが、卜嵐忠さん、それから市長助理と言いまして、助役さんですが、孔鉉佑さん、それから副秘書長の白国棟さん、それから政府要人の女性の方4人からまた熱烈な歓迎を受けまして、そして三重県からも企業進出をしており、日中両国には経済文化を通じて友好親善の輪が着実に広がっている状況であるということを話し合ったわけでございますが、その交流がさらに深まることをいろいろと意見を交換させていただきました。  次にそして5日目でございますが、開封市のまちづくりを中心に視察をさせていただいて、これ都市公園ですが、清明上河園、あるいは鉄塔、龍亭といった、その都市公園の見学をさせていただいたわけですが、その後、午後ですが、中国の大河と言われますか、揚子江に続く黄河ですね、そこを視察をさせていただきました。説明によりますと、有史以来幾度となく大氾濫を繰り返している暴れ川としても有名でございますということでございました。延長5465キロメートル、その流れは実に雄大でございましたが、その水ですが、水が60%で土砂が40%、まさに黄土色の泥流でございました。この源流を聞いてみますと、チベット高原モンゴルの黄土高原から、その通過するときにその泥をえぐり流して、下流に毎年16億トンの土砂が堆積をさせるというような説明がありました。この暴れ川、今もなお流域住民は大変日夜防災に神経をとがらせているということでございまして、また反面、この水でございますが、農業はもとより住民の生活用水、母なる川として大変崇められていて、今もなおそれが生き続けているということで、そんな説明を受けて、それの関連施設、あるいはその水利施設防災施設も見せていただいたわけでございます。  それから、次6日目でございます。鄭州からボウ山区の近郊農家へ視察訪問をさせていただいて、近郊農家のいろんなところを見せて参考にもさせていただきました。このことについては、これからまた山本登茂治議員から御報告をいただきます。 ◆議員(山本登茂治君) それでは、報告担当ということでございますので、鄭州市内の農村訪問に興味を持って参加をさせていただきましたことを報告させていただきたいと思います。  トマトのハウス栽培の視察をさせていただいたわけですが、これは当然生産者の鉄則でもありますが、生産コストの低減、そして消費者に安心していただく無農薬栽培法に努められておりました。例えば化学肥料を使わず農家肥料の有機質肥料使用したり、また病害虫対策としてはかん水する水温を調整すれば病気が防げる、害虫駆除には虫を寄せつけ付着する特殊なものを天井からつるして、これはハエ取り紙みたいなものでございましたが、そういうようなもので駆除をしておるということでございます。ハウス内の温度対策はボイラーの設備使用せずに、ハウスの北側の面にコンクリートの厚壁をつくり、昼間の太陽熱を吸収させて、その熱を夜間に地中に伝導させる、この方法は農家の若者たちが考案して好評を得ておりました。また、日照が少ないときはファンヒーターらしき電熱器を使用しますが、1年のうち数日ぐらいとのことでございました。路地野菜栽培は年間70種類ぐらいと多く、日本とほとんど同じでありました。私も農家であることから、自分は松阪市の認定農家であるんだということを、また作付面積等PRいたしましたが、相手に伝わらなくて非常に残念でございました。  私の農村の方の報告を終わります。 ◆議員(前田行正君) その後、個人経営の畜産農家、さらにはまた中国、国がモデル牧場として酪農王国でありますオランダから資金援助を受けまして、技術指導を受けて超近代的な酪農工場を視察させていただきました。  鄭州市を最後に視察日程を終えるわけでございますが、それで最後の空路、上海市に移動をしたわけでございますが、上海でございますが、人口が1470万人、面積にいたしまして6340平方キロ中国最大の人口を有して、商工業あるいは金融の町として栄えておるような説明もありました。中国の発展の言葉に、上海が稼ぎ北京が使うというような言葉もあるようでございまして、本当に中国の率いる牽引車となっていると言われておりまして、街並みが熱気と活気が本当にあふれているようでございました。そういう日々変貌を究めている上海の町を視察を終えまして、全日程の枠を閉じたわけでございます。  総括になるわけですが、中国政治経済の体制といいますと、皆さん御承知のように、社会主義から市場経済体制への確立を目指しておるということで発展を続けておるようでございます。これは1999年、ことしですが、統計から都市部の登録の、中国の専門的なことはよくわからんですが、失業率が3.1%、そして教育関係でございますが、中学校の入学率が88.5%、それで小学校の入学率が99.1%というようなことでございます。  前後しますが、中国人口規模、総人口12億5909万人というようなことでございます。それで、これの割合ですが、都市部が30.9%、3億8892万人、農村部が69.1%で8億7017万人ということで、これ年齢の関係ですが、0歳から14歳までが25.4%、15歳から64歳までが67.7%、そして65歳以上はわずか6.9%というようなことで、1戸当たりの平均が3.58人だそうでございます。  所得でございますが、年間の可処分所得でございますが、都市部では5854元、これ日本円にしますと、掛ける14円としてもらうとわかるんですが、8万1956円、農村部にいきますと大変低うございまして、可処分所得が2210元、3万940円というようなことでございました。  それと経済関係の貿易ですが、日中の貿易総額が7兆5287億円、その中で日本輸出が2兆6569億1000万円、そして日本への輸入が4兆8717億9000万円というようなことでございました。  このようなことから、日中正常化から本当に二十数年たつわけですが、昨年の11月26日、平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言などから、中国都市との友好都市提携が現在204組結ばれているということでございました。  今回の訪中団の一員として私ども3名、使節団としての使命、そして視察を通じての成果は、こういう議会に報告させていただきましたことをお礼を申し上げ、冒頭にも申し上げましたけれども、これを機会に市民福祉、そして文化向上に努力を重ねてまいる所存でございます。どうか皆さん、いろいろそういうことで覚悟しておりまして、この御報告を終わらせていただきます。長らく御静聴どうもありがとうございました。(拍手) ○議長(引地忠君) 以上で第22次訪中使節団に参加された議員の視察報告を終わります。ただいまの報告に対し何か御意見等はありませんか。           〔「なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(引地忠君) それでは、これで全員協議会を終わります。                              午後2時19分閉会...