藤沢市議会 2021-06-24 令和 3年 6月 定例会-06月24日-06号
現在の野球場につきましては、昭和60年に大規模な改造工事を行い、その後、平成10年のかながわ国体を契機とした改修、平成31年には老朽化したスコアボードを電光化するなど、安全かつ快適に御利用いただくため、コンディションの維持に努めてまいりました。八部公園野球場の老朽化につきましては、外野フェンスの劣化や内野スタンドが太陽熱により塗装が一部剥がれるなど今後改修が必要であると認識をしております。
現在の野球場につきましては、昭和60年に大規模な改造工事を行い、その後、平成10年のかながわ国体を契機とした改修、平成31年には老朽化したスコアボードを電光化するなど、安全かつ快適に御利用いただくため、コンディションの維持に努めてまいりました。八部公園野球場の老朽化につきましては、外野フェンスの劣化や内野スタンドが太陽熱により塗装が一部剥がれるなど今後改修が必要であると認識をしております。
生徒とか運動部という言葉を市民という言葉に置き換えていけば、国体やオリンピックを目指すような選手ということも大事だけれども、そうではない、今ここに書かれていたような多様な市民のスポーツニーズにも応えていくものであるべきではないかと思うんですけれども、いかがでしょうか。
そうしたときには、ボランティアそのものをもう一度見詰め直そうというか、市民の皆さんと一緒に考え直そうという今機運に来ていますので、市民活動推進センターは、今思うと、かながわ・ゆめ国体のときに、ボランティアを組織的に進むということをどう支援するかという歴史で立ち上がった経過もありますから、そういう意味でいうと、ボランティアを組織的に進めていこうということの支援から始まってはいますが、今はもうボランティア
ことしの国体で都道府県対抗戦が初開催されるようですが、本市としては何か取り組みがあるのか、お伺いをいたします。 ◎鈴木 スポーツ推進課課長補佐 ことしの茨城国体においては、eスポーツの都道府県対抗戦が文化プログラムの一つとして初めて開催されることを認識しており、最近では関心の高い種目の一つとして認識しております。
◆友田宗也 委員 実は、具体的に国体の文化スポーツプログラムになっていたりとか、藤沢の高校も全国大会に出られたりとか、あと慶應義塾大学もITソリューションと一緒になってeスポーツの研究を進めていたり、実は藤沢市においても、水面下ではeスポーツの機運が高まりつつあります。
PRのことも出ていたので、ちょっと質問させてもらいたいんですが、古い話ですけれども、平成10年に藤沢で神奈川国体の軟式野球とバレーボールがあったのですね。
そうすると、藤沢には剣道も柔道もオリンピック、国体に行けそうな、たくさん指導員がいますから、うまく利用するということが、先ほど言いました三者連携の子どものためになるというふうに私は思います。それは、今のお答えで、そういうところと一生懸命やるということでございますので、期待をしておきたいと思います。
実際、各地の国体なんかを見ていると、近くなってくると、いわば盛り上げるために子どもを動員してみたいな発想にすぐなるんだけれども、ここは6ページにあるように、あくまで教育課程に位置づけて実施する取り組みを対象という、そこのルールはぜひ守っていただきたいというふうに要望して、意見とさせていただきます。 ○東木久代 委員長 これで意見を終わります。 休憩いたします。
嘗ての治安維持法は、国体を変革し私有財産制を否定する者だけを対象とする、という建前が、現実には労働組合、演劇団体、俳句結社、絵画サークル、教育研究者、綴り方運動、宗教団体などあらゆる組織、人々を弾圧したことを想起すべきです。安倍首相の「一網打尽にする、捜査機関の躊躇をなくす」という言葉が、治安維持法との親近性を表しています。
平成10年のかながわゆめ国体を契機に現在の場所に移設されました。 ちなみに、ある旅行会社のウエブサイトの中にある藤沢・江ノ島名所・史跡満足度ランキングでは第25位でありました。口コミでは余り知られていないようですが、見応えがありますとか、見る価値ありのスポットですなど、うれしくなる口コミもありました。
◆堺英明 委員 前回のオリンピックを経験した職員の方というのは当然退職されて、もういらっしゃらないわけでありますが、大会の規模の違いはあるにせよ、本市にはまだ神奈川の国体の経験者の方もたくさんいらっしゃると思われます。大きなイベントに携わった経験を生かした取り組みも必要であると考えますが、見解についてお伺いをいたします。
また、平成10年のかながわ国体を契機とした改修などを経まして、今日の姿になっておるわけでございますけれども、とりわけ議員もお話にございましたように、天然芝のグラウンド、これは関係者の御尽力もございまして、県内でも有数の良好なコンディションが維持されておりまして、安全かつ快適にプレーできる球場として大変高い評価をいただいているというふうに承知しております。
◎企画政策部長(渡辺悦夫) 本市では平成10年開催のかながわ・ゆめ国体に参加されたボランティアが組織化され、NPO団体として現在も活動を続けられており、このほかにも多数のボランティア団体が活動されている状況がございます。
これを言うと歳がばれちゃうんですけれども、昔、かながわ・ゆめ国体がありましたよね。あのときに、やはり市民参加ということで、いろいろな各界からの委員が集まって、正式な名前は忘れましたけれども協議会が開かれています。私、そのときの委員なんですね。福島県まで視察に行ったりして課題整理をしてきたんですけれども、やっぱり近くなってくればくるほど、いろんな課題が出てきます。
これは前のオリンピックのときを契機に建設がされたということで、そして平成の神奈川国体のときにリニューアルをされたわけであります。そういう意味では、公園の噴水がまた次のオリンピックを見るのかなということはちょっと思いがあります。
また、学生時代につきましては国体二連覇、また、世界選手権の日本代表であったり、オリンピックの強化選手でもございました。 現在、諏訪魔選手は藤沢市内の青少年の育成に一生懸命取り組まれております。先月、11月に行われました、すわまちおこしですね。
その後、神奈川国体の開催に向け、昭和29年にこの敷地を神奈川県に譲渡し、神奈川県はグリーンハウスを含む周辺の土地約10万2,000平方メートルを購入した上で、昭和30年に県営藤沢総合運動場を設置し、第10回国民体育大会の高校男子バレーボール及び一般と高校のサッカー競技を実施しております。 ○副議長(佐賀和樹 議員) 松長議員。 ◆17番(松長泰幸 議員) ありがとうございます。
◎市長(海老根靖典) 学習文化センターは、私も10年前覚えておりますが、たしか国体の誘致のときにデッキができて、多機能交流拠点整備事業ということで、当時の理事者の皆さん、いろいろ考えられて、地元の皆さんといろんな御意見の交換をして、本来ならば取り壊すはずでありましたその建物を、10年というお約束をさせていただいて、御理解いただいて現在まで利用してきたということであります。
平成10年がかながわ・ゆめ国体です。そのときにあそこをオープンするように、間に合うようにつくったんです。おっしゃるとおりです。そのときに藤沢市から、その当時の秩父宮家及び宮内庁を含めて、あの秩父宮というお名前を使わせていただきたい、そういう話を持っていっているはずですね、ただ単に皇族がどうぞというわけにいきませんから。
芝生化の歴史は古く、1972年に鹿児島で国体が開催されたのを機に、鹿児島県内の小中高、約60校が芝生化に取り組み、翌1973年には当時の文部省が5カ年計画で学校環境緑化推進事業で校庭の芝生化を先駆的に進めたのでありますが、このときは定着までには至らず自然消滅した経緯があります。当時の時代背景からしましても、いかにも時期尚早だった感があります。