32件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

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鹿児島市議会 2012-06-01 06月21日-05号

建設局長上林房行信君) 星ケ峯六工区の土地につきましては、平成五年三月の鹿児島開発事業解散に伴い本市が承継しておりましたが、本市においては利用計画がなかったことから、住宅用地としての開発目的として、平成十一年七月、住宅公社より土地売却の申し出がなされたため、同年十月に市議会で星ケ峯六工区の土地売却の議決をいただいております。 

鹿児島市議会 2011-06-01 06月20日-03号

企画財政局長宇治野和幸君) 谷山二区一号用地は、鹿児島開発事業造成したもので、株式会社IHI所有地面積は約百三十二万二千四百平方メートルであり、総事業費から面積案分で算出しますと、造成費用は約百三十九億円となるようでございます。 財源は、造成土地処分収入や起債といった事業団みずからが調達したものでございます。 

鹿児島市議会 2008-09-01 09月18日-06号

先日、昭和四十年代当時の鹿児島開発事業開発した住宅団地に長年お住まいの町内会長さんから御相談がありました。「町内会の区域内に市の街区公園が二カ所あるが、両公園とも有効面積がそれぞれ一千平方メートル未満で設置基準を満たさないので、公衆トイレ設置してもらえない。何とかできないか」とのことでありました。

鹿児島市議会 2007-07-01 06月20日-04号

当時、元交通局長のM氏が鹿児島開発事業主幹で城山団地市営住宅桜ケ丘団地をあっせんされていたがうまくいかず、星ケ峯皇徳寺団地の販売まで待って対応するとの口約束が交わされたようです。しかしながら、T氏が現職なため転勤をしたり、交通事故を起こされ五年間の入院を余儀なくされたりして現在に至り、不満が募り当局に大きな声で抗議されておられます。 

鹿児島市議会 2006-03-01 03月10日-07号

まず、与次郎ヶ浜二丁目二千二百九十五の四十四の土地の誕生でありますが、昭和四十年三月、鹿児島市と谷山市、鹿児島県三者で鹿児島開発事業設立をされ、昭和四十年十二月、鹿児島市が開発事業団与次郎ヶ浜埋め立てを委託し埋立完成を目指し、昭和四十五年には鹿児島市が与次郎ヶ浜地区への観光地区を指定し、土地利用制限行い観光推進事業として国際観光株式会社設立をし、鹿児島市にかわって埋立地土地売却を行うことになりました

鹿児島市議会 2005-12-01 12月15日-03号

申し上げてみますと、昭和四十年三月、鹿児島市と谷山市、鹿児島県三者で鹿児島開発事業設立をされ、昭和四十年十二月、鹿児島市が開発事業団与次郎ケ浜埋め立てを委託。ここでいわゆる水搬工法による埋め立てが始まるわけであります。昭和四十三年、鹿児島市が与次郎ケ浜利用計画をつくります。昭和四十四年には鹿児島市が観光地区条例を制定をし、土地利用制限条例をつくります。

鹿児島市議会 2005-07-01 06月16日-02号

私は平成四年の個人質問に当たり、鹿児島開発事業開発した城山団地字図が混乱しているとわかりましたので、市が関係した開発団地なのだから市が責任を持って是正すべきだと申し上げました。市とされましては、平成五年から市の事業として城山団地伊敷団地、千年団地さつま団地丸岡団地鶴留団地平成十年まで事業を推進してこられました。

鹿児島市議会 2005-03-01 03月11日-07号

中でも、鹿児島開発事業開発した玉里団地造成は、昭和四十八年に完成をし、その面積は九十七ヘクタール、計画戸数は三千百七十八戸とその規模は市内の当時の団地開発の中では最も大型のものでありました。しかし、その当時は調整池設置は義務づけがなく、玉里中央公園の隣接に工事用の沈砂池があるのみで、当然山崎川への雨水の負担ははかり知れないものがありました。 

鹿児島市議会 2004-12-01 12月08日-03号

しかし、鹿児島県と鹿児島市でつくった鹿児島開発事業は、立地企業に対してプール建設費を含めての分譲単価企業からは徴収しながら、プール着工予定の五十五年になってもプール建設に着手しませんでした。そのことを昭和五十五年第三回定例会で取り上げました。当時の鹿児島開発事業理事長は、山之口安秀市長であります。 会議録を見てみますと、「開発事業団理事長の職にある市長に問う。

鹿児島市議会 2004-06-01 06月21日-03号

石播問題は、今から三十二年前の昭和四十八年六月十五日の、当時の金丸知事石播社長との間に締結をされました工場立地に関する協定書に始まり、鹿児島開発事業理事長でありました末吉利雄当時の鹿児島市長との間に締結をされた土地売買契約書鹿児島市長との間に締結をされました環境保全に関する協定書、この三つの協定書契約書があります。

鹿児島市議会 2003-10-01 09月24日-06号

昭和四十年代より山崎川流域では、鹿児島開発事業開発した玉里団地を初め、民間や土地区画整理組合施工による住宅団地が次々に誕生し、緑豊かな静かな山合いであったこの地域は、人口が増加するとともに小学校、中学校、幼稚園、保育園などの公共施設ショッピングセンターなどの商業施設が立ち並ぶ、にぎわいと活気にあふれた地域へと様変わりをしました。 そこで伺います。

鹿児島市議会 2001-09-01 09月12日-05号

鹿児島開発事業が、県民の税金でもって臨海部埋め立てを行い、石播との土地売買契約書締結しましたのが、昭和四十八年六月十五日であります。この石播進出に対しましては、鹿児島県並びに鹿児島市、そして開発事業団との間に幾つかの契約書並び協定書締結をされました。 私は、ここに当時の一連の協定書契約書、こういうものを持ってまいりました。今回の質問をするに当たって、すべてを改めて見返してみました。

鹿児島市議会 2001-03-01 03月07日-05号

第四、新しい駅をつくるとなりますと、その駅舎の対象は平成五年四月に鹿児島開発事業から土地を引き継いだ旧国鉄広木グラウンド跡地を前提として進められるものかについてもお聞かせをいただきたいのであります。 次に、KSD問題、制度金融問題に絞って、対策についてお聞きをいたします。 KSD事件は、全国の中小業者の方々から年間二万四千円の掛金を共済だといって集める。そして百万人以上の会員ができた。

鹿児島市議会 2000-12-01 12月08日-02号

西別府町三十五筆、面積約八千八百平方メートル、同じく西別府町十九筆、約四千四百平方メートル、これは公共事業代替用地で、平成五年度に鹿児島開発事業から承継したものでございます。 星ケ峯二丁目七筆、約千三百平方メートル、星ケ峯五丁目十四筆、約三千平方メートル、これは平成三年度及び四年度に道路代替用地として取得したものでございます。 

鹿児島市議会 1999-12-01 12月08日-04号

谷山号用地石川島播磨重工業土地は、鹿児島県と鹿児島市でつくられました鹿児島開発事業が、公有水面埋め立て造成した土地であります。その鹿児島開発事業歴代理事長鹿児島市長であります。 昭和四十九年三月、当時の末吉鹿児島市長並びに鹿児島開発事業理事長石川島播磨重工業社長との間で土地売買契約書が提出された。

鹿児島市議会 1999-12-01 12月07日-03号

昭和四十八年鹿児島開発事業磯地区海浜レクリエーション基地基本計画を策定し、その構想は、本市磯地区養浜公園計画として引き継がれました。しかし、末吉市長から山之口市長への市政の交代により立ち消えとなり、幻の養浜公園計画となったのであります。しかしその後、本市は、平成に入って、磯─祇園之洲間の養浜計画を策定して、諸調査を進めてまいりました。

鹿児島市議会 1999-10-01 09月22日-08号

私は、今ここに、鹿児島開発事業の「あゆみ」という事業団が発行した記録を持っておりますが、この記録によりますと、伊敷団地開発平面図が載っておりまして、今、福祉館分団舎が建設されている土地は、公園用地として明らかになっているところであります。その公園用地をいつの間にか市有地に変えて、そこに福祉館をつくる。そして、そのまた片隅に分団舎をつくった経緯が、この書類からも明らかになるわけであります。

鹿児島市議会 1999-10-01 09月16日-04号

第六点、駅予定地の広場である旧国鉄広木グラウンド跡地五千二百四十八平米を、鹿児島開発事業から平成五年四月一日に継承しておられるが、JRから事業団はいつ、何の目的で買い受けたものか。二十数年間遊休地のままとなっているが、いつまで放置させておくつもりなのかお聞かせ願いたい。 次に、女性に対する暴力防止対策についての質問に入ります。 

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