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平成28年  9月 定例会(第3回)-08月31日−03号

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  1. 垂水市議会 2016-08-31
    平成28年  9月 定例会(第3回)-08月31日−03号


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    DiscussNetPremium 平成28年  9月 定例会(第3回) − 08月31日−03号 平成28年  9月 定例会(第3回) − 08月31日−03号 平成28年  9月 定例会(第3回)       平成28年第3回薩摩川内市議会会議録(第3日目)              開議日時 平成28年8月31日 午前10時              開議場所 薩摩川内市議会議事堂 ◯出席議員(26人)    1番 森満 晃    2番 帯田裕達    3番 下園政喜    4番 成川幸太郎    5番 小田原勇次郎    6番 谷津由尚    7番 持原秀行    8番 徳永武次    9番 中島由美子   10番 福元光一   11番 川添公貴   12番 今塩屋裕一   13番 新原春二
      14番 宮里兼実   15番 佃 昌樹   16番 森永靖子   17番 井上勝博   18番 永山伸一   19番 福田俊一郎   20番 大田黒 博   21番 杉薗道朗   22番 川畑善照   23番 橋口博文   24番 瀬尾和敬   25番 江口是彦   26番 上野一誠 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ◯説明のための出席者   市長           岩切秀雄   副市長          向原 翼   副市長          知識博美   総務部長         田代健一   企画政策部長       永田一廣   市民福祉部長       春田修一   農林水産部長       橋口 誠   商工観光部長       末永隆光   建設部長         泊 正人   消防局長         新盛和久   危機管理監        中村 真   新エネルギー対策監    久保信治   六次産業対策監      小柳津賢一   観光・スポーツ対策監   古川英利   教育委員会   教育長          上屋和夫   教育部長         中川 清   水道局   局長           新屋義文 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ◯事務局職員出席者   事務局長         田上正洋   議事調査課長       道場益男   課長代理         瀬戸口健一   主幹兼議事グループ長   久米道秋   管理調査グループ員    榎並淳司   議事グループ員      柳 裕子 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ◯議事日程(第3号)  第1、議案第115号 薩摩川内市立小学校・中学校条例の一部を改正する条例の制定について  第2、議案第116号 農業協同組合法等の一部を改正する等の法律の施行に伴う関係条例の整備等に関する条例の制定について  第3、議案第117号 財産の取得について  第4、議案第118号 薩摩川内市樋脇グラウンド・ゴルフ場の指定管理者の指定について  第5、議案第119号 薩摩川内市営住宅条例の一部を改正する条例の制定について  第6、議案第120号 薩摩川内市公衆浴場施設条例の一部を改正する条例の制定について  第7、議案第121号 平成28年度薩摩川内市一般会計補正予算  第8、議案第122号 平成28年度薩摩川内市簡易水道事業特別会計補正予算  第9、議案第123号 平成28年度薩摩川内市温泉給湯事業特別会計補正予算  第10、議案第124号 平成28年度薩摩川内市公共下水道事業特別会計補正予算  第11、議案第125号 平成28年度薩摩川内市農業集落排水事業特別会計補正予算  第12、議案第126号 平成28年度薩摩川内市漁業集落排水事業特別会計補正予算  第13、議案第127号 平成28年度薩摩川内市天辰第一地区土地区画整理事業特別会計補正予算  第14、議案第128号 平成28年度薩摩川内市天辰第二地区土地区画整理事業特別会計補正予算  第15、議案第129号 平成28年度薩摩川内市入来温泉場地区土地区画整理事業特別会計補正予算  第16、議案第130号 平成28年度薩摩川内市国民健康保険直営診療施設勘定特別会計補正予算  第17、議案第131号 平成28年度薩摩川内市介護保険事業特別会計補正予算  第18、議案第132号 平成28年度薩摩川内市水道事業会計補正予算  第19、一般質問(個人質問) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ◯本日の会議に付した事件  議事日程のとおり −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−           〜〜〜〜〜〜〜           午前10時開議           〜〜〜〜〜〜〜 △開議 ○議長(上野一誠) ただいまから、昨日の会議に引き続き、本日の会議を開きます。  本日の日程は、お手元に配付の議事日程のとおりであります。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− △日程第1、議案第115号−日程第19、一般質問(個人質問) ○議長(上野一誠) まず、日程第1、議案第115号から日程第19、一般質問までの議案18件と一般質問を一括議題とします。  これより、昨日の会議に引き続き、一括上程の議案に対する総括質疑並びに一般質問のうち、個人質問を行います。  それでは、まず佃議員の個人質問を許します。 ◆15番(佃昌樹) 議場の皆さん、そして、テレビのライブをごらんの皆さん、おはようございます。  私にとって今回が最後の本会議質問になります。それなりにいい質問ができたらいいなと思っているんですが、結果は皆様方の解釈にお任せをするしかありません。できるだけ時間を有効に使いたいとは思いますけれども、ひっかかるところもあるかもしれませんが、簡潔に当局の答弁をお願いをして質問に入りたいと思います。  まず、1番目、これからの薩摩川内市原子力政策のあり方についてということであります。  そこで、昨日も代表質問の森満議員の答弁の中にありました、脱原発を掲げている現知事に対して、市長としては、経緯を説明して維持を続けさせていただきたいといったような意味と、または、見直しについては協力をせざるを得ないなどという二つの答えがありました。  そこで、1番目として、きのうのにとらわれる必要はないんですが、脱原発知事が誕生したが、市長としての感想です。直感的な感想はどういった感想をお持ちになったかをお伺いしたいと思います。 ◎市長(岩切秀雄) 脱原発に対する県知事の感想ということですが、私が理解しているのは、即脱原発ということではなくて、将来は脱原発でいきたいということは、いろんな討論会の場とか、そういうところで聞いてはおります。それに関しての質問でございますけど、基本的には、やっぱり市政が発展するためには、国、県、市が協力し合わなければいけないと。これは今までもずっと言い続けていることです。  したがいまして、森満議員にも答弁しましたとおり、三反園知事は選挙の結果として当選された、行政のトップになられたわけですから、原子力発電所のみならず、県政全般にわたって一生懸命頑張っていただくことを願っております。  また、原発については、今までも申し上げましたとおり、やはり県と協調していかなければならないと思っていますので、このたびの九州電力に対する要請について、九州電力のほうからどういう回答が出るかわかりませんけど、その回答結果によっては、知事とも時間を見て十分協議をしてまいりたいというふうに思っております。 ◆15番(佃昌樹) ちょっと私にとっては不思議な−−回答結果によっては知事と協議をしたい。何かその辺に、九州電力が回答を出すことによって、薩摩川内市の市長が何か物申さにゃならんのかなと、そういう本当に立場なのかなっていう気がするんですよ。  それは、民間と県との問題を薩摩川内市の市長が何で言わんにゃいかんのかなと。今、ちらっとそんなことを考えました。横やりを入れる必要があるのかな。これが率直な疑問です。  二つ目にいきます。旧伊藤知事の時代というのは、推進でした。同じ歩調でよかったんですが、これからはどういった方針で臨まれるのか。どういった方針をもって臨まれるのか。一部今の答えの中にもありましたが、再度、方針についてお答えを願いたいと思います。 ◎市長(岩切秀雄) 先ほどの質問で、私が横やりを入れるという発言がございましたけど、そういう考えではなくて。要請されたのが、一旦停止するということを要請されていますので、もし一旦停止という九州電力の回答があるならば、私はやはり知事と話をしたいなと。  それはなぜかと言うと、本市が再稼働するに当たっては、議会の十分な審査の結果、意見を賜った上で、私も再稼働するということに同意をした経緯があるから、そういう発言をしたわけで、決して県と九州電力との関係で横やりを入れるということではございませんので申しておきます。  また、これからどういった方針で臨むか。先ほども言ったとおりなんですが、基本的には、本市として再稼働を認めた以上は、これが仮に方向が変わってくるとすれば、やはり市としての考え方を知事にしっかりと伝える必要があると思っています。それは、やはり原子力発電所は、30年以上本市が議論をしてきた、歴代の市長、また、議会、いろんなことで原発問題に取り組んできた経緯等を説明しながら、そして本市の発展がどのように変わってきたかということなんかを含めて、これは私だけじゃなくて、議員の皆さん方とともに、やはり協議をしていく必要があろうかと思います。そういうことで、新しい知事に対しても理解を求めていく努力をするのが私の責務だと思っております。 ◆15番(佃昌樹) 三つ目に進みますが、三つ目は避難計画の見直しの方針ということになるんですけれども、その前段で四つほど、市長がこのことを認識しているか、認知しているかということについてお聞きしたいと思います。  まず一つは、知事が薩摩川内市、視察に来られました。病院とか福祉施設、住民等の声を聞いて、やっぱり避難計画見直しが必要かなというふうに訴えていらっしゃるようです。  2番目に、この本会議において、避難計画見直しの陳情が否決されました。私たちの議会では、趣旨採択とか一部採択といった制度をとっておりません。したがって、見直しについては全面的に否定なんです。これが議会の答えなんですよ。それが二つ目。  三つ目、原子力の特別委員会で当局を呼んでいろいろ質問をした中では、当局としては熊本地震の検証をして、必要があれば県とともに見直しを進めていかなければならないという見解を示しました。これが三つ目。  四つ目は、これは、中村危機管理監が課長時代に福島に行って、福島第一原発事故を立地自治体の職員で検証をして、その検証結果を配られたと思います。その検証報告で、いろいろな問題が指摘をされていましたが、それを網羅している避難計画にはなっておりません。福島原発を実際検証した中身のものが、では避難計画の中に網羅されているかといったら、そうではないということなんですが。  今、私が四つ申し上げたことについて、市長、そのことについて認知されているかどうか、まずお伺いしたい。 ◎市長(岩切秀雄) 知事が本市を訪問して、いろいろ調査をされた。それはもう当然報道で十分認知しております。これはこれで、知事の見られた感想だと思っていますので、それで見直しを県のほうから指示があれば十分市としても対応したいというふうに思っています。  議会の否決の問題について私が関知するわけにいきませんので、議会は十分協議をしての否決だったと思っております。
     特別委員会で、熊本地震の結果を見て、避難計画の見直しについては、これはもう避難計画は最初から100%ということはできませんので、それぞれの訓練の結果を踏まえて見直しをしていくべきだと思います。  その中で熊本の地震が発生したことに対して、やはり市としても現地を調査する中で、そしてまた熊本県から報告が出されたとすれば、それを検証する中で見直しはすべきだと、私はそのように思っています。  それと、危機管理監が−−全原協の中で各団体、それぞれ福島原発の事故の状況等を調査するということでプロジェクトを立ち上げました。その中で、中村当時の課長がリーダーとして活躍してきました。いろんなことを調査したことを踏まえてでしたが、先ほど御指摘のとおり、まだ、当時の状況で避難計画をどうする、こうするというところまで福島自体がまだそういう状況でなかったのではないかと思っていますので、これもまた、私のほうとして参考にしながら避難計画の見直しは逐次していく必要があろうというふうに思っているところです。 ◆15番(佃昌樹) じゃ3番目の質問ですが、もうお答えになりました。3番目の質問は、地震に対するインフラ整備。現在、長寿命化計画でいろんなインフラ整備が進んでおりますが、現行の避難計画では複合災害を伴う原発災害については、もう白紙の状態ですね。避難計画見直しの方針は、行政としてあるのかというのが質問なんですが。あるとすれば、何から始めるのかということ。先ほどちょこっとお答えになりましたけど、再度お願いします。 ◎危機管理監(中村真) ただいまの御質問でございます。  先ほど市長のほうからもございましたが、現時点におきまして熊本地震に関する調査の検証結果、まだ出されていないと考えております。今後、熊本地震による防災上の課題が抽出されますと、とるべき対応策が見えてくるものと考えております。とるべき課題等が抽出された場合は、国・県を初め防災関係機関と連携とりながら対応していくこととしております。  現時点において、まだ、検証結果が出されておりませんので、どういったところからということにつきましては、まだ、慎重を期すべき時期というふうに考えております。  また、先ほどもございましたけれども、県知事が機会あるごとに計画の見直しについても表明されております。県のほうから今後方針も示されるものと考えておりますので、それを踏まえ考慮してまいりたいというふうに考えております。  以上でございます。 ◆15番(佃昌樹) 当局は見直しをせにゃいかんという判断をしているにもかかわらず、議会は全面否決なんです。かねて市長は、議会の意向を酌んでとか、議会の皆さんの意見を聞いてとかおっしゃいますが、今回のこの件について、議会の意向は無視するということになりますか。 ◎市長(岩切秀雄) そういうことにはならないと思います。やはり議会の意見は尊重しながらいくべきだと思いますが、私が言っているのは、避難計画について一部不備があるとするならば、やはり見直していくべきだろうと思っております。これは、熊本地震において新しい知見があるとすれば、当然見直しをすべきだということを発言しているわけで、議会としては全面的にそれを否定されたのではないと思っておりますので。今後、やはり協議をしながら、見直す際は、当然議会とも協議をしなければならないし、そういう発言を私はしているわけで、決して、議会を無視して私が行動するということはないというふうに考えておりますので、御理解いただきたいと思います。 ◆15番(佃昌樹) どうしても詭弁としかとりようがないんです。都合のいいときには議会を利用し、都合の悪いときには議会を切っていくと。これが本当の二元代表制なのかなという思いをしているんですよ。私最後だから、もう言いたいことびしっと言いますけれども。  したがって、やっぱり岩切市長、もう半世紀以上市役所の職員、市長並びに役職、ずっと続けてこられたわけですよ。周りはもう全部市長の教え子、市長の分身です。そういった中で行政を進めてこられましたので、言えばお山の大将なんですよ。そのお山の大将が、いろいろとその発言を変えられると、我々としては困るなというところもあるんです。非難はしませんよ。非難はしませんけれども、やっぱりよどみが出てくると、やっぱりそんなふうになるのかな。私がはたから見とって、そんなふうになるのかなというふうには思います。  これだけに固執しているわけにいきませんので、ただ、やっぱり議会と今回は行政とがすれ違って、完全にすれ違ってということだけは、これは認識したいと、意識したいと思います。  それから次ですが、避難の指示の関係についてなんですけど。4番目ですが、その前にちょっと前段でお話したいんですが。市長もよく知っておられると思いますが、全原協におられた双葉町長の井戸川克隆元町長。御存じですよね。双葉郡双葉町の元町長で井戸川克隆。元町長。この方が薩摩川内市の市役所を訪れる前夜にお会いしていろいろお話を聞きました。彼は、昼はこうしてやっとここまで来たと言いながら、岩切さんは今の私の身分では会わないでしょうね。一介の素浪人になりましたから会わないでしょうねっていう、何かこう悲しい声で話をされました。  しかし、岩切さんに伝えたいことがあるんですと。どういうことかというと、最後は、住民に近い首長が住民から責め立てられるんですよと。国は何もしてくれなかった。ここは、2回ほど庁舎移転をしておりますし、行った先で被曝、行った先で被曝といったような状況だったわけです。  住民に対して、この方は指示をして自分で引っ張って行ったという形になりますけど、住民には避難指示に従う義務はないわけですと。従う義務がない方々が、やっぱりいろんな被害を受けていると。国に対しては、余りにも遠過ぎると言って、個人個人の利害関係が違いますから、したがって、一番責められるのは首長なんですと。このことを私は岩切さんに伝えたいんですと、こんなふうにおっしゃいました。経験を持った人はそうだろうなというふうには思いました。  そこでお伺いしたいと思いますが、それは、将来のことで不明だからわからないじゃなくて、今、原発問題というのは、将来のいろんなことを想定して考えておらんにゃいかん。それが今の原発問題ですので、そういったことも念頭に置いておいていただけば、現実に−−質問として言います。現実に避難生活となった場合−−避難命令という言葉はないということを市の職員から指摘をされました。避難指示に訂正をしてください。避難指示を発することができる住民に最も近い市長は、住民からの訴えを受けることについて、どのような見解を持っておりますかっていう質問です。  以上です。 ◎市長(岩切秀雄) さっきの答弁の中で、議会とそごがあるんじゃないかということですけど、そういうことは一切ございません。議会の審査状況を見ながら私も判断しているし、また、委員会で職員が答弁するのも私の意向を酌んでしているというふうに思っています。したがって、議会等の意見を上で、いろんな大きなことについては判断いたしておりますので、佃議員言われるようなことは一切ございませんので、御理解をいただきたいと思います。  また、井戸川前双葉町長の話につきまして、私も協議会で何回も協議をいたしました。ただ、前町長は、「私は被曝した、被曝した」ということを再三言っておられます。しかし、再三、私は、「被曝したんだったら検査をして診察したほうが説得力があるんじゃないか」という話もしましたけど、前町長は一回も検査しなかったということです。したがって、どれぐらいの被曝だったのか、私は一切知り得ておりません。  また、福島原発以後、国はエネルギー基本計画の見直しをして、万一、そういう事故が起きた場合は、国がやはり関係法令に基づいて全て責任を持つということがうたわれておるし、また、前伊藤知事時代に、当時の経済産業大臣、小渕大臣に照会をされた文書においても、国が責任を持つということを明確にされましたので、私としても国の責任の中で、もし万が一事故が起きた場合の処理はされるというふうに思っておるところであります。  したがって、原発事故の第一の責任者は当然事業者でございますけど、いろんな意味を含めて国が責任を持つということが明確にされておるということは、これは今までも議会で答弁してきたとおりでございます。したがって、井戸川前町長がいろんなことを言っておられますけど、会って話をするまでには至らないというのが現状でございます。 ◆15番(佃昌樹) 見解についてちょっと伺えなかったので、どういった見解なのかわかりませんが、今、答弁で二つほど違和感を感じます。  やっぱり実態として、行政としては見直しをせにゃいかん。だけど、議会としては見直しの必要はないと。これは歴然と違う結論を出してるんです。その結論をさもわかったように言う。どうしたって納得ができない。歴然と違ったものを出しながらやってるんです。「今回は議会の皆さんに遠慮してもらって見直しを進めたいと思います。これは、もう国、県、市の問題ですから、やらざるを得ません」というんだったら話はわかるけれども、「議会のやり方は理解しています」。だけど現実に二つは全然違う方向を向いているのに。まずそれを思います。  それから、国が責任をとるというけれども、今だっていろいろな個人の補償とか、それから、避難している方々、もう棄民生活ですよ。捨てられた民族というような棄民生活。こういったことに対して、国が責任を持ってということにはまだなっていないんです。  だから、よくよくすると、個々人に対してのものじゃなくて、除染とか、そういったインフラ関係については国がやるということはわかってはいるけれども、補償関係については、国は何もタッチはしてない。ただ、お手伝いをしているというだけの話で、何もしてないんです。だから、国が最終的に責任をとるということは、おかしいんですよ。小渕大臣が来て、最終的に法律に基づいて国が責任をとりますというけれども、法律の中に個人の賠償までは書いてないんです。法律の中では、こういうことを国がやりますと書いてあるだけで、書いてあることを国がやるだけです。だから、全て国が責任を持ってやっている状況では、福島では、ありません。  そのこともやっぱりきちっと理解をしていかないと、故人は浮かばれない状況になるんじゃないかなと思います。時間がありませんので、これはこれで切り上げたいと思いますが。  次の大きな2番目、樋脇高校跡地のグラウンド・ゴルフ場について。  この件については、私のほうで、樋脇高校にグラウンド・ゴルフ場をつくって、樋脇、昔の市比野みたいに活性化を図る起爆剤にしたらどうかということでありました。  そこで質問をしたいと思います。来年4月のオープンまでの進捗状況はどうなっていますか。 ◎観光・スポーツ対策監(古川英利) 樋脇高校跡地のグラウンド・ゴルフ場についてということで、平成20年の12月に議員のほうが建設をできないかという提案をされてということで、地元の方々が一生懸命考えられて、グラウンド・ゴルフ場をやるということで、昨年度から本格的な工事に入っております。  現在の状況につきましては、クラブハウスの改修が既に完了し、芝張り工事をやっております。約50%の進捗ですが、9月末(本ページ下記の発言により訂正済み)には芝張りが全面完了いたしまして、芝の養生期間に入る見込みであります。あわせて、駐車場、放送施設などの周辺整備を行って、年度内には全て完了する予定です。  市民スポーツ課へ今年度から所管が変わりましたけども、整備については建設部と一緒にやっております。工事につきましては、来年4月のオープンに間に合うようにという見込みでございます。 ◆15番(佃昌樹) 2番目にいきます。  オープンに向けての企画についてはどのように考えておられますか。また、コンセプトに伴うキャッチフレーズは考えられているのか。旅行商品の一つとしても考えられるわけですが、複数の所管課で売り込みの実施が必要ではないかと思いますが、その辺の考え方をお聞かせください。 ◎観光・スポーツ対策監(古川英利) 済みません。先ほど私、芝の養生が、芝張り工事が今月末と申しましたが、9月末の間違いでございました。(本ページ上記で訂正済み)  企画につきましては、オープンまでに、県内、市内のグラウンド・ゴルフ協会の関係者や利用団体、それから、九州各県のグラウンド・ゴルフの関係団体を訪問して営業活動を考えております。  施設のPR、施設利用のお願い、それから、県大会、九州大会、大きい大会の誘致を積極的に行いたいということと、また、指定管理者が指定され次第、指定管理者と一緒になりまして営業活動を行いたいと思っております。  このほか、グラウンド・ゴルフ関係者に関係なく、県内外の旅行会社、イベント会社にも訪問を行って、議員おっしゃったような旅行商品の造成など、幅広い営業を展開しようと考えております。  あわせて、市民向けにリーフレット、広報紙、FMなどを利用したCMで広く周知をしたいと思っておりますし、来年春には竣工式を考えていますので、地域の特色を生かしたオープニングセレモニーを指定管理者、地元の方と一緒にやりたいと思います。  こういう売り込みをするに当たって、キャッチフレーズは必要かと思っておりますので、指定管理者が決まり次第、地元の方と一緒にそういうのを検討してまいりたいと思っております。  あわせて、ホテル、旅館の方々ともホテルパック、宿泊パック、そういったものも考えておりまして、例えば、樋脇の市比野温泉を利用した日帰りパック、温泉パックなどを旅行商品の造成を促していきたいということと、食事やお土産品など、さまざまな事業者とのタイアップも必要と考えております。  以上です。 ◆15番(佃昌樹) 少子高齢化の中で、もう頼りになるのは高齢者です。高齢者を中心とした、やっぱりそういった営みっていうのは、大変いいものじゃないかなというふうに思います。ぜひ成功させていただきたいと思いますが、オープニングは、どういったセレモニーが考えられているんですか。 ◎観光・スポーツ対策監(古川英利) 私どもで考えるんじゃなくて、地元の方、指定管理者も交えて考えたいと思っておりますので、指定管理者が決まり次第、そういった具体的な検討に入りたいと思っております。 ◆15番(佃昌樹) わかりました。どうもありがとうございます。  それから、3番目なんですが、健康管理、特に、高齢者というのが中心になりますので、健康管理とか、運営上特段に配慮しなければならないこと等については、現在の段階ではどのようなお考えか、お聞かせください。 ◎観光・スポーツ対策監(古川英利) 先ほどちょっと私の答弁漏れで、複数の所管課で売り込みをすべきではないかということにも関連するんですけれども。この施設は、今おっしゃるような高齢者の健康や体力の維持増進、世代間交流、それから、生涯学習、いろんな機能があると思いますので、高齢・介護福祉課やコミュニティ課などの関係課とも一緒に、この施設の利用の仕方を考えないといけないと思ってるんですが、売り込み等。  あわせて、その運営上の配慮につきましても同じようなことがございまして、高齢者の利用者が多いということを十分に踏まえての事故防止の対応、それから、健康管理、そういったものの注意喚起等、そういうのを確かめるようなイベントをやったりとかいうのも考えております。  特に、今の時期でありますと熱中症、冬場の高血圧などに注意が必要だということで、救護室や放送室を活用した注意喚起をしながら、マニュアル作成、健康管理、事故防止の未然防止に努めたいというふうに考えております。 ◆15番(佃昌樹) くれぐれも瑕疵による事故ということが認定されないように、やっぱ注意して運営をお願いをしたいと思います。  それでは、次に、いつも教育委員会が尻切れとんぼでしたので、15分ありますので何とかやってみたいと思いますが。  教育委員会について、超過勤務・多忙化問題についてですが、現在、出退勤記録の調査をやられております。その出退勤記録には、持ち帰りの超過勤務は含まないというふうにして調査がなされていると思います。私もここにデータがありますけれども。薩摩川内市ランキング、超過勤務時間というふうにしてずっと書いてありますが。厚生労働省の見解として、月に45時間、1日2時間です−−これは、持ち帰りの仕事は省いてですから−−の超過勤務は、過労死の警戒ラインと言われています。月45時間を超える学校もあります。ひどいのは70時間という学校があります。  そこで伺います。45時間を超える学校幾つかあるんですが、超過勤務調査後の具体的対策についてはどのようにされておられますか。 ◎教育長(上屋和夫) 時間外勤務についてのお尋ねでございますが、教職員の時間外勤務につきましては、職員一人一人の勤務状況を的確に把握すると。それから、適正な勤務時間管理を推進するということから、お尋ねの調査につきましては、平成25年の6月から朝の登庁時刻を記入する。そして、帰るとき、夕方ですが、退庁時刻を記録するという出退時刻記録カードの記入を実施してきているところでございます。  これにつきましては、各学校の管理職は、その結果を定期的にチェックをするようにしておりますし、その都度、実態を把握して、必要な場合は指導するように、こちらのほうからも指導しているところでございます。  また、教育委員会におきましても、毎月、この学校から職員一人一人の1カ月の時間外勤務の集計表を報告させております。そして、市内全職員の状況把握と分析を行っているところであります。  それを見ながら、非常に多いという場合については、校長に個別にしっかり指導するようにということで、その都度、連絡、指導を行っているところであります。  これまでいろいろ分析をしているところでございますが、その結果も幾らか紹介させていただきたいと思いますけれども。一応、朝来た時間からということですから、一般的に学校は8時15分からですが、子どもたちは30分ぐらい前に大体学校に来ると。そうすると先生方も、おのずとそれより以前に来るということから、幾らか朝早く来ますし、帰りも4時45分が一応終了時刻になりますけれども、それから、いろいろするうちに30分、40分おくれるだろうと、そういったことも考えているところでございます。  それを超えるものについて、やはり時間外勤務として注目をしていかなきゃいけないと考えておりますが。そういう考え方に立ちまして、平成27年度の管理職を除いた集計結果を紹介しますと、月の時間外勤務が40時間未満の職員が69%でございました。そして、40時間から60時間未満の職員が24%と。あわせますと、合計93%の職員が60時間未満という形が出ておりまして、おおむね妥当な管理ができているかなという判断をしているところではございますが、残り7%の職員につきましては、学校事務や公務処理、部活動指導等によりまして、60時間以上の時間外勤務になっております。  特に、80時間を超えた職員のいる学校については、先ほど申しましたように、校長に直接指導しているところでございます。  ただ、状況を見ますと、この80時間を超える職員、月平均の人数で見ますと平成25年度は5.9人、平成26年度は4.6人、平成27年度は1.8人と減少はしてきておりますので、こういった指導をさらに続けて、適正な勤務時間の管理がなされるように、特に、定時退庁日とか、部活動における休養日の設定、そういったことに重点を置きながら指導しているところでございます。 ◆15番(佃昌樹) 私に言わせれば、定時退庁日を設けなきゃいけないということ自体がおかしい。本来の働く環境ではないんじゃないか。  国のほうも、働き方改革担当大臣ちゅうのをつくった。日本人の働き方を改革していかにゃいかん。それぐらい日本人のいびつな働き方が−−ホワイトカラー・エグゼンプションというのがあります。ホワイトカラーは何時間働いても構わんといったような。だけど、それじゃおかしい。やっぱり定時退庁日のないほうが、これはノーマル、普通の形だと思うんです。  ところで、教育長は40時間から60時間について肯定されているような意見なんですが。この40時間から60時間の超過勤務を教育長はよしとして肯定されていらっしゃるんですか。 ◎教育長(上屋和夫) 時間外勤務という考え方からしますと、必ずしもよしと言えるものではございませんが、やはり教師の仕事の性格上、どうしても子どもを帰した後に教材を片づけたり、点数をつけたり、幾らかやはり時間を超える勤務もあるということは承知しておりますので。先ほど言いましたように、例えば、朝7時半ごろ学校に来ると、もう既に8時15分からですから、45分間早く来たことになります。そしてまた、4時45分に終わって5時半に帰れば、そこで45分で、もう1時間半を超えてるわけですよね。私たちの調査ではそういう仕組みなもんですから、60時間の場合も、それを差っ引いてみると、大体1日1時間から2時間といった時間外の勤務になるかなと考えまして。そういうことからすれば、部活動の指導とか、あるいは教材の研究とか、そういうことを考えると、おおむね60時間ぐらいまではそうなのかなという理解をしているところでございます。 ◆15番(佃昌樹) 私の理解はそういう理解じゃないんです。現在、人事異動によって長距離通勤がかなりたくさんいらっしゃいます。その方々が朝早く出てきて、子どもより30分も40分も早く出てくる、そういう場合もありますよ。しかし、これが毎日毎日ということにはならないと思うんです。かなり長距離通勤、帰りもそれだけの時間とるわけですから大変だと思うんですよ。ほとんどはやっぱり居残りで残務整理をしていくという、それが多いと思います。  むしろ、教育長がおっしゃるような、朝早く来てっていうような、そういった解釈よりも、こういった長距離通勤が蔓延化している中で、ぎりぎりに来る先生方のほうが多いんじゃないのかなというふうに思惑を広げられたほうがいいと思います。そうじゃないと、早く来た時間、生徒が帰った後の残務整理の時間、これをちょっとずつ足したら60時間になる、40時間になる。こんな解釈ではないはずですよ、実態は。実態はそんな単純なもんじゃない。  だから、せっかくおやりになるんだったら、もうちょっと中身の濃いものをおやりになったらいかがです。出退勤調査ですけれども、実際に、もう持ち帰り時間までやられたら相当な数になると思うんですが、実のあるものにされたらいかがかなと思います。  今の教育長の答弁から考えて、そのように私は考えたんですよ。考えたというより、そのように直感的に思いました。だから、ぜひ出退庁時間についても、もう継続は必要です。継続は必要ですが、中身の濃いものになるように努力をされたほうがいいんじゃないかなというふうに、これは提言をしたいと思います。  それから、これは、多忙化の問題なんですが、教育長は時事通信社の「内外教育」の中で、「教育長はこう考える 上屋鹿児島県薩摩川内市教育長に聞く 全市域で小中一貫教育推進」といって時事通信社の「内外教育」という欄で出てくるんですが、この中で、このようにおっしゃって、なかなか小中一貫教育は進まないということで、質問の記者に対して、このように答えられておられます。  「小・中学校相互の連携をとらなければならず、教師が多忙化するといった負の面を考えるからだ。実際に小・中学校が連携して交流活動をやってみると、そのよさを実感する。生徒指導の安定や不登校の減少、学力向上にもつながっていく。9年間で子どもを育てるという気持ちを小・中学校双方の教師が持つことで必ず多忙化の問題も乗り越えていけると思う」、このように言っている。記憶ございますか。  記憶があるということですが。結局は、その現状、今、小中一貫教育をやっているわけですが、多忙化から、もうそれも、しかももう何年目です、もう5年も過ぎて七、八年たつわけですが、じゃ多忙化が解消されたのってなったら、現場はいいやっとなってるんです。だけど、時事通信には、こういうふうにインタビューに答えられている。しかも、多忙化は負の面だというふうにも考えられています。そこは、私もそう思うんですが。  そこで、今回、文部科学省が出しました「学校現場における業務の適正化に向けて」ていうのがあって、さわりを読むと、「学校現場を取り巻く環境が複雑化・多様化し、学校に求められる役割が拡大する中、教員の長時間勤務の改善が課題となっている」。超過勤務時間、課題です。「学習指導要領の改訂の動向等を踏まえた授業改善に取り組む時間や、教員が子どもと向き合う時間を確保し、教員一人一人が持っている力を高め、発揮できる環境を整えていく必要がある」。そのためにこの学校における業務の適正化ということで、文部科学省がタスク構想をつくって通知として出しているわけです。  柱は四つあるんです。一つの柱が、教員の担うべき業務に専念できる環境を確保する。それから、二つ目が、部活動の負担を大胆に軽減する。三つ目が、長時間労働という働き方を改善する。四つ目が、国、教育委員会の支援体制を強化する。  時間があったら詳しく述べたいんですが、附箋が張ってあるところを読むと時間がオーバーしますので、もうやめます。当然、熟知されていると思いますが、熟知されていらっしゃいますか。 ◎教育長(上屋和夫) どういうことをもって熟知しているというか、この判断が難しいところですが、私も何回か読ませていただいて、そのたびに、今までやってきていること、これからやっていくべきこと、いろいろ考えているところでございます。 ◆15番(佃昌樹) この中に、教育委員会がアプローチをきちっとやりなさいということを書いてあります。教育委員会の責務としてきちっとやりなさいと。リーダーシップをとってやりなさいということが書いてありますが−−リーダーシップをとること。それから、教育委員会が示す業務見直しの改善目標を踏まえつつ、校長のリーダーシップのもと、教職員の役割分担を大胆に見直し、業務の効率化・最適化を図るとともに、組織的・機動的な体制づくりを推進する」と。学校ではこうしなさいとなっている。こういったことを熟知をしていますかということを聞いてるんですよ。熟知されていらっしゃるだろうと思います。  そこで、じゃあそういった学校に対して、そうなっていない学校に対して指導しなきゃいけないわけですが、指導する、そういった体制というのはできているんですか。 ◎教育長(上屋和夫) 今、議員のほうも言われましたけれども、四つの観点からこの国のほうでは取り組みを示しているところでございまして、そのことを踏まえて、本市としてこれまでやっていること、これからやるべきこと、いろいろ考えております。そういう観点から、今後、学校のほうには指導していきたいと思いますし、先ほど言いました出退時刻の調査等を踏まえながら、常に学校の取り組みを見守っていきたいと考えております。 ◆15番(佃昌樹) 教育長は、教育の専門家であります。私も32年教壇に立ちましたから、それなりに教育はわかっているつもりですので、一つ教育長に尋ねます。  多忙化は負の部分だということは、これはそのとおりですよね。そこで、多忙化の弊害、なぜ多忙化がいけないのかという、教育専門家としての立場からどのように考えていらっしゃいますか。なぜ多忙化がいけないのか。どこにどんな影響があるのか。  もちろん、そういうことは専門家ですので、一発でぱっと答えられると思います。いや、何を答えても、こりゃ正解なんですよ。何を答えられても正解なんです。だけど、教育長が一番これだなと思うものがあると思います。 ◎教育長(上屋和夫) 多忙化は−−確かに精神性をむしばむ多忙化ということは、ぜひ避けていかなければいけないと思っております。しかし、仕事というのは、忙しいことも仕事の一つでありますし、ある程度の多忙感はやむを得ないだろうと。それをやはり仕事に対する満足感、充足感で乗り越えていくというのは、先ほど紹介されましたその文章にも使っていたことでありました。  私が、やはり多忙化はよくないと考えるのは、先ほどの文部科学省のこの適正化の通知のところでも言われましたけれども、教師にゆとりがなければ、授業改善の教材研究はできません。子どもに向き合う時間がございません。そういうふうな多忙化をつくってはいけないと思っております。しかし、本来、教師のやるべきことは、子どもを知・徳・体、調和のとれた人格の形成でございます。そのために、教師がやるべきことは、多忙化の中でも頑張ってもらいたいというのが私の気持ちでございます。 ◆15番(佃昌樹) ずばり私が思ってることを答えられました。さすがさすがと思って、大尊敬をいたします。  昔、私、教育長室に呼ばれて、沖久教育長とわんわんやったことがあるんですよ、こういった問題で。まあそういった経験もあったもんですから、どう考えているのかなと思っております。  そこで、やっぱりこういった多忙化を排除するためには、委員会として学校には衛生委員会がありますが、統括労働安全衛生委員会を設置されるべきだと思いますが。もう鹿児島もつくってるし、霧島もつくってるし−−霧島はまだか。鹿屋もつくってるし、志布志もつくってるし、奄美もつくってるというようなふうには聞いているんですよ。ただ、薩摩川内市つくっていない。学校から上がってくるものも教育委員会内でもんで、仲間内だけで協議をしてということになりますが、それについては、やっぱりいかがなものかなと思いますが、設置の希望は−−希望はというより根拠はあると思うんですが、どうですか。 ◎教育長(上屋和夫) 今、議員が言われました各市町状況を把握してみましたら、43市町村のうち7市町村がつくっているようでございます、鹿児島市等を初めとしまして。  このことにつきましては、前も議員のほうから御質問をいただきました。検討をしてみたいということは言っておりましたが、まず私たちがやはり取り組むべきは、実態を把握することが一番だと。そして、各学校の衛生推進委員会の報告を受ける。それから、我々が出退時刻を調査する。このことでまず状況把握をしていこうということで、この設置については、今のところ見送っているところでございましたが、今回、文部科学省のほうからこのような通知も出されましたので、改めて教育委員会として、この必要性について検討していきたいと考えております。 ◆15番(佃昌樹) 次の2番については、時間がありませんので、要望として教育委員会で受けとめてください。  本当に今回が私の最後の質問になりました。職員の皆さん、それから、私を支えてくださった市民の皆さん、本当に長い間お世話になったと思います。これからは、一市民として、行政が必要であるならば、それに報いていきたいなというふうにも思っております。そういった意味で市民生活を送らせていただきたいと。皆さんには、本当に長い間お世話になりました。ありがとうございました。(拍手) ○議長(上野一誠) 以上で、佃昌樹議員の個人質問を終わります。  次は、福元議員の個人質問を許します。      [10番福元光一議員登壇] ◆10番(福元光一) 質問に入ります前に、きのうからの議員の質問に対しての市長の答弁、また、きょうの議員の質問に対しての市長の答弁、特に、原子力発電所に関しての答弁は、推進派また賛成派の方々にとっては岩切秀雄薩摩川内市長がいささかもぶれていないということで評価されたのではないかと思っております。  また、原子力発電所反対派の方々にとっては、原子力発電所即停止という三反園知事が誕生しても、やはり岩切市長の考えはいささかもぶれてない。今までの考えどおりだったなと思って、反対派の人たちも、やはりそれなりの考えで、また今から行動されることだと思っております。  私は、きのうからときょうにかけて市長の答弁は、やはりこれから先、市民に対して憶測や、またデマが出ないような発言であったということで、私も個人的には安心しております。  ところで、これから核心に入ってまいりますが、私の質問に対しては、少し今までの信念を曲げてでも市民の要望と思って答弁をしていただきたいと思っております。
     それでは質問に入ります。むつみ会に所属しております福元でございます。今回も、市民の目線で、市民の思いを、私の政治心情であります「育ててもらったふるさとへ」という大きな高速船へ乗せて、今までは要望をたくさんフェリーに乗せて進んでまいったような気がいたしますけど、少しスピード感がないようでありますので、今回からは少しずつスピード感に対応してもらうように高速船へ乗せてまいります。  そうして、本土から甑島列島の全ての市民が今の政策で安心して生活ができるようになったと思っていただけるように、議員の責任として当局に質問をしてまいります。明快なる答弁を期待いたします。  それでは、通告に従い質問に入ります。今回は大きく2問についてお尋ねいたします。  1問目は、現在の高齢者の介護状況について、2問目は、本市農業、農道の将来像について、お伺いいたします。  1問目、現在の高齢者の介護状況について。  (1)本土地区と甑地区において、介護施設に入所したいが、あきがなくて待機している高齢者数はどのくらいなのか。また、その対応はどのようにしているのか、お伺いいたします。  (2)在宅高齢者で体が不自由な人の在宅診療の充実が必要と思うが、現状を示していただきます。  (3)認知症対策はどうなっているのか、お伺いいたします。  (4)介護認定の基準見直しが必要と思うが、どう思われるのか、お示しください。  (5)介護施設の整備が必要と思うがどうか、考えをお示しください。  大きな2番目、本市農業、農道の将来像について。  本市は合併後11年を経過し、合併により1次産業関連(6次産業を含む)で改善されたことと、現在や将来の農業に対する課題・未来像が見えてきていると思われるが、どのように感じておられるのか、お伺いいたします。  (2)いまだに農家は政府が進めようとしている環太平洋連携協定(TPP)に対して不安を持っており、将来希望の持てる農業政策をしないと、不安から離農を招きかねないと思われるが、どのような政策を考えておられるのか、お伺いいたします。  (3)市町村合併4年後の平成20年度末に本土地区の6土地改良区薩摩川内市土地改良区へ合併し、3年程度で残りのところも合併するように聞いていたが、いまだに土地改良区に入っていないところがあると聞く。未加入の土地はどこで、その農地面積はどのくらいで、全体面積の何%になるのか、お伺いいたします。  (4)農業用施設の維持管理を担う人が高齢化し減少している。主食用水稲、畜産用の飼料水稲(WCS)、きんかん等の生産や農業の規模拡大を行うため、また、周辺住民の生活環境に対する影響などを考慮すると、年間を通じた用排水路やため池の維持管理等が欠かせない。これまで地区の慣例で行ってきている維持管理の作業への参加者も年々減少しているが、将来に向けてその対策はどう思われておられるのか、お伺いいたします。  (5)薩摩川内市土地改良区域内と同土地改良区域外があり、事業推進上で数々の支障があると思われるが、この二重行政をどう考えておられるのか、お伺いいたします。  (6)今後、未加入の区域を市が中心になり、薩摩川内市土地改良区へまとめる考えはないか、お伺いいたします。  (7)市内の至るところで農地が宅地化されており、耕作地のなくなっている農道、水路等が現在も耕地課や土地改良区の管理となっている。住民の生活道路・排水路をいまだに農家が維持管理をしている状況を見て、建設維持課のほうが管理は望ましいと考えるが、今後所管がえすることは考えられないか、お伺いいたします。  以上で、壇上からの質問を終わります。 ◎市民福祉部長(春田修一) それでは、1番目の介護状況についてということで、5問質問が出ております。回答させていただきたいと思います。  まず一つ目でございますが、本市の待機者数、介護施設に入所したいが、あきがなくて待機している待機者数の数でございますが、平成28年4月1日現在において、特別養護老人ホームに入所申し込みをされている方でございますが、この方の中で重複申し込みをされている方あるいは市外居住者を除きますと650名となっております。そのうち入所基準となっております要介護3以上の方は488名となっておりまして、そのうち在宅での待機は119名というふうに、4月1日現在で把握しております。  なお、地区別の要介護3以上の待機者数は、本土地域が451名、甑島地域で37名となっておりまして、在宅で申しますと、それぞれ106名と13名という形になっているところでございます。  この在宅の方がどのような状況かと申しますと、在宅の方ではデイサービスあるいはデイケア、あるいは特別養護老人ホームへのショートステイ、あるいは小規模多機能事業所、これは訪問、通所、ショートステイができる24時間対応の施設でございますが−−小規模多機能施設の利用等をされているところでございます。  本市としましては、この待機者減の対応としましては、第6期介護保険事業計画の中で、50床の増床を見込んでいるところでございまして、現在、逐次整備を進めているところでございます。  次に、2番目の質問でございますが、在宅診療の充実が必要と思うがということでございます。  これにつきましては、高齢化の進行に相まって、医療と介護の両方を必要とする状態の高齢者がふえてきている状況がございます。住みなれた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、在宅医療と介護を一体的に提供するために必要な支援を行うことが必要であると考えておりまして、本市におきましては、川内市医師会、薩摩郡医師会が、在宅医療支援センターを設置していただいておりまして、その運営を昨年度から行っていただいているところでございます。  あわせまして、本市の場合は、県内で第1号でございましたが、在宅歯科医療推進室も設置しているところでございまして、在宅等で歯科医院に通院できない方からの相談を受け、訪問歯科診療をしていただける歯科医との調整を行っているところでございます。  ちなみに、平成27年度の実績でございますが、在宅医療支援センターで−−川内市と郡の医師会でございますが、合わせまして210件の相談を受けて対応いたしてもらっております。在宅歯科医療推進室では90件受けて対応しているというような状況でございます。  次に、3番目の認知症対策ということでございますが、本市における、まず現状でございますが、4月1日現在で介護認定を受けている方の65%が認知症の何らかの症状のある方でございまして、認定者数が6,100人のうち認知症のある方が4,002名という形で介護認定上、把握しているところでございます。  この対策としましては、まず、認知症への理解、普及啓発というようなことでは、具体的には認知症サポーター養成講座というのを実施しております。これにつきましては、市内の企業も含めまして小・中学校の学生も含めまして実施をしているところでございまして、昨年度までの実績として1万人の養成講座を行っております。  そのほか、認知症の初期集中支援事業も実施しておりまして、これにつきましては、認知症サポート医、それと、内科医あるいは保健師、そういう方と連携をとりながら、初期集中の対象となられる方についての支援を行っているところでございます。  この中では、これは新聞等でも取り上げられたところでございますが、平成28年、DASC調査ということで、介護認定を受けていらっしゃらない方の70歳以上の方を訪問調査をいたしております。その中でDASCという一つの調査があるんですが、この方を調査をしながら、その方への支援を行っているところでございまして、現在1万6,000人介護認定を受けていらっしゃらない方がいらっしゃいますが、そのうち6,000人強の方の今調査が済んだところでございまして、今後、全対象とされる方については対応していきたいというふうに考えております。  そのほかにも、若年性の認知症への強化とか、あるいは、介護者への支援、あるいは、地域ケア会議を開催したりというような形で行っております。  特に、平成27年度につきましては、認定率及び介護給付費も対前年度で初めてマイナスになったところでございまして、これにつきましては、認知症予防、こういう部分が大きく効果を奏してきているのではないかというふうに考えているところでございまして、現在、軽度の認知症−−MCIと呼ぶんですが、この方への認知症予防教室というのも行っているところでございます。  次に、4番目の介護認定の基準見直しが必要かと思うがということでございますが、御案内のとおり、介護認定につきましては、介護の必要量を全国一律の基準に基づき、客観的に判断する仕組みでございまして、この全国一律の基準そのものを市独自で見直すというのは難しいということで御理解いただければと思っております。  最後に、介護施設の整備が必要ということでございますが、これにつきましては、これも平成28年、本年の4月1日現在におきます整備状況でございますが、これは特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、それと、介護療養型医療施設、3施設がいわゆる介護施設と呼んでおりますが、計1,648床分を現在市内では整備しているところでございます。  これを同時期の類似団体と申しますか、10万人規模の鹿屋市さん、あるいは霧島市さんと比較してみますと、鹿屋市さんが1,382床、霧島市さんが1,366床ということでございまして、本市は両市よりも300床以上の整備を進めてきているというような状況でございます。  この中で特に特別養護老人ホーム、アンケートの中でも老老介護とかいう形がかなり本市の場合見受けられます。そういうこと等もございまして、特別養護老人ホームの整備を本市の場合は特に進めてきているというようなことでございます。  ただ、国の社会保障・人口問題研究所の資料によりますと、当市の65歳以上の高齢者は平成37年がピークの予想をされております。また、平成47年に75歳以上がピークになるというような推計があるところでございます。  このようなこと等から、平成30年度からの第7期介護保険事業計画の中では、今後の人口の推移、あるいは施設整備と保険料のバランス、加えまして、介護施設においては、絶えずハローワークへの求人を出しているというような状況等もございまして、スタッフの確保というのも重要な課題だろうと思っております。これらの状況を見きわめながら、今後、計画を策定すべきというふうに考えております。  あわせまして、在宅医療の推進、あるいは先ほど申しました認知症対策など、地域包括ケアシステムの手だても講じながら、在宅介護の限界点を引き上げていきたいというふうに考えているところでございます。  以上でございます。 ◎農林水産部長(橋口誠) 大きな2の本市農業、農道の将来像について、福元議員の御質問にお答えします。  まず(1)合併後11年を経過し、1次産業関連で改善されたことと、現在や将来の農業に対する課題・未来像についてどのように感じているかという御質問でございます。  本市の農業を取り巻く情勢につきましては、平成27年に実施しました農林業センサスの結果によりますと、本市の農家戸数は4,204戸で、合併翌年の平成17年に調査を実施した10年前に比べまして1,720戸減少しております。  一方、3ヘクタール以上の面積規模の農業経営体は163戸であり、10年前に比べ47戸増加しており、1戸当たりの経営面積は増加している状況であります。  このように、本市におきましても、農家の離農は進んでおりますが、これら離農した農家の農地を引き受けて、経営規模拡大を行う農家がふえている傾向がうかがえるところであります。  また、6次産業化につきましては、「六次産業化促進条例」及び「六次産業化基本計画」を踏まえまして、農林漁業者が主役の6次産業化の推進を基本理念として、農林漁業者の経営の改善及び所得の向上を目指し、個々の経営状況等に応じたきめ細やかな支援を行ってきております。  これらによりまして、少しずつではありますが、みずからの経営改善に主体的に取り組む農業者がふえてきたものと感じております。  なお、地域の中核農家となり得る農業経営体の法人化や企業の農業参入が少ないなど、農業の後継者や新たな担い手の育成・確保が課題となっており、そのため、経営改善意欲のある農業者と新規就農者の育成・確保、集落営農の取り組みを推進し、農業法人の育成・支援、女性農業者の活動を支援するなど、農業に意欲的に取り組む経営感覚にすぐれた担い手づくりを目指してまいりたいと考えております。  次に、(2)TPPのことでございますが、農家はTPPに対して不安を持っているが、どのような政策を考えるかとの御質問でございます。  皆さん御存じのとおり、TPPに関しましては、平成27年10月に大筋合意がなされ、平成28年2月4日に参加12カ国が協定書に署名、協定書が確定したところであります。  これに基づきまして、政府は、平成28年3月8日、TPPの承認案と関連11法の改正事項を一括した「TPPの締結に伴う関係法律の整備に関する法律案」を通常国会へ提出し、審議が始まっておりますが、承認、成立にはいまだ至っていない状況であります。  この秋の臨時国会の中におきまして、審議が再開されると聞いておりますが、一方、現在、アメリカ合衆国におきましては、大統領選挙真っ最中でございまして、今の状況を見る限りでは、TPPの行方は全く不透明な状況であると言えると思います。そのため、今後も国及び内外の動向を注視しながら情報収集に努め、必要に応じまして農家の皆様への情報提供に努めてまいりたいと考えております。  TPPは国策であり、基本的には国の責任で、我が国の農業振興を図るべきであると考えているところではございますが、本市におきましては、他自治体と比較しても、特色ある市単独の農業振興対策としての補助事業を展開しながら、農家育成や経営安定に努めているところから、農家の皆様には今後もこれらを活用しながら、TPPにも備えていただきたいと考えているところでございます。  仮に、TPPの発効後に、農産物価格の下落が生じた場合、価格補償等の対策は、国が主体となって講じるべきであり、その際は国・県へ強く働きかけたいと考えております。  ただし、TPP発効後に、本市を限定とした農産物価格下落等の影響が生じた場合には、市として何らかの対応をしなければならないというふうに考えるところでございます。  続きまして、(3)平成20年度末の薩摩川内市土地改良区への合併に関しまして、いまだに土地改良区に入っていないところがあると。未加入の土地はどこで、その農地面積はどのくらいで、全体農地面積の何%になるのかという御質問でございます。  議員の申されるとおり、農業就業者の労力の軽減と組織基盤の強化を図るために、平成20年12月24日に6土地改良区で合併をいたしまして、薩摩川内市土地改良区が発足したところであります。  未加入となったところは、樋脇地域、東郷地域及び上甑地域の一部の区域の3土地改良区で、その面積は79ヘクタールでございます。  当時の9土地改良区で設立しておりました合併推進準備委員会時の全体面積4,596ヘクタールの1.7%となっており、地目による薩摩川内市全農地面積8,296.4ヘクタールに対しまして、未加入3土地改良区の割合は1.0%であります。  次に、(4)でございますが、農業用施設の維持管理を担う人が高齢化し減少していると。年間を通じた用排水路やため池の維持管理等が欠かせないのに、維持管理の作業への参加者も年々減少しているが、将来に向けてその対策はとの御質問でございます。  用排水路やため池等の農業用施設につきましては、薩摩川内市土地改良区を初め、農業就業者の自助努力により適切な管理をしていただいているところであります。  しかしながら、近年の農村地域の過疎化、高齢化、住宅地の混在化等の進行により、地域の共同活動が困難化してきていることから、農業就業者への負担の増加を市といたしましても懸念しているところであります。  近年、草刈りや水路の土砂しゅんせつ等の要望も増加しておりまして、地域で維持管理が困難な場所につきましては、本市でも状況を確認し、緊急性を考慮しながら、可能な限り支援をしてまいりたいと考えているところでございます。  また、水路、農道等の草刈り、水路の泥上げ等の保全管理活動を支援します多面的機能支払交付金等の補助制度もありますことから、これらにつきましてもさらに啓発を図ってまいりたいと考えております。  次に、(5)薩摩川内市土地改良区域内と同土地改良区域外があり、事業推進上で数々の支障があると思われるが、この二重行政をどう考えるかとの御質問でございます。  薩摩川内市土地改良区につきましては、農業農村整備の中心的な推進母体として、また、土地改良施設の維持管理組織として、本市の農業農村の維持保全に多大な貢献をいただいているところであります。  市といたしましても、市土地改良区の運営強化のために、土地改良事業の計画の作成や補助金などの支援を行ってきております。また、国・県の補助金を利用しました農業農村整備事業を行う場合には、整備内容、区域の決定等、受益者・権利者の合意形成や同意などのいろいろな手続が必要であり、土地改良区は必要不可欠なものとなっております。  このようなことから、農業基盤整備の強化のためには、市と土地改良区との連携が必要であり、二重行政とは考えていないところであります。  なお、一方、災害復旧などの緊急を要するものにつきましては、市土地改良区の区域を含め、それ以外の区域につきましても、市として迅速に対応しているところでございます。  次に、(6)でございます。今後、未加入の区域を市が中心となり、市土地改良区へまとめる考えはないかとの御質問でございます。  市といたしましても、効率的な運営を図るためには、薩摩川内市土地改良区へ未加入の区域をまとめることも必要だとは考えております。  今後、未加入の区域から井堰等の水利施設の整備等、土地改良事業の要望や相談がありました場合には、薩摩川内市土地改良区への加入を促進してまいりたいと考えるところでございます。  最後に、7番目でございますが、市内の至るところで農地が宅地化されており、耕作地のなくなっている農道、水路等について、建設維持課のほうが管理が望ましいと考えるが、今後所管がえすることは考えられないかとの御質問でございます。  宅地化されました区域の農道、水路等につきましては、受益地がないことから、土地改良区等による維持管理は難しいと考えるところでございます。これらの区域の農道、水路等につきまして、議員が申されるとおり、市道等との区別がつかず、市民にとってわかりにくいとも思われます。このようなことから、現在宅地化された区域におきまして、状況の洗い出し等の調査を行い、住宅地、農用地等の目的に応じた所管となるよう、建設部とこれらのあり方について協議中であります。  将来におきましては、受益地がなく宅地化された区域においては、その目的の所管となるよう進めてまいりたいと考えているところであります。  以上であります。 ◆10番(福元光一) 今の2番の(7)に関して、建設部長はどのような考えを持っておられるんでしょうか。 ◎建設部長(泊正人) ただいま農林水産部長のほうから答弁がありましたとおり、既にいろんなところで協議をしておりまして、協議が整って、部については建設部のほうで対応できるものと思っております。  以上でございます。 ◆10番(福元光一) それでは、市民福祉部長も農林水産部長も大変御苦労さんでしたと。答弁に対してです。というのは、やはり今の答弁を聞いておりますと、私の気持ちから言うと、お書物どおり答弁をされたと。その答弁を今までも何回も聞いておると。もちろん、窓口に行っても同じ答弁を聞きます。  まず、市民福祉部長に質問しますけど、1の(1)、この問題に関して、やはり我々議員は、市民から、常日ごろ介護施設への入所の件で要望を受けます。そのたびに、高齢・介護福祉課の窓口を訪ねることが多々あります。介護認定度の問題、また、施設の飽和状態で高齢、障害者がどうしても施設に入所することを断念せざるを得ない状態が続いております。  障害者に限らず、その家族も大変な思いで生活をしております。市民は薩摩川内市に住んで、また、平成の大合併で、みずからの、自分たちのふるさとは安心して生活できるようになったと思ってこそ、初めて市の政策が認められるのではないでしょうか。すぐできることではないと思われますが、介護施設に入所できない方々の数を年次的に減らす方向で努力をしていただきたいと思います。  現実は−−これから2番、3番と質問してまいりますけど、すさまじい生活、現実なんです。今回、市民福祉部長と農林水産部長に一歩踏み込んだ答弁を期待しておったわけです。前の議会のときに、待機児童のことで国がすぐ動いて、薩摩川内市も単独で第3子から保育料の手当てを補助するような政策もとられました。あの国会で取り上げられた「保育園落ちた、日本死ね」という過激な言葉で、すぐ国は動き出しました。すぐというか、待機児童の問題はいつも取り組んでおられるんですけど、やはりあのような過激な問題で大々的に待機児童は少なくなるような施策を前面に打ち出されて、国会も動いております。  先ほど言いましたように、さきの本会議で、市単独の、保育園に通園している3人目からの補助を拡充されたわけですが、やはり待機児童という言葉は出ますけど、待機老人という言葉は余り出ないんです。  今から薩摩川内市のためになる子どもに手厚くやって、もう用済みの老人には、もう手当てをしないというような政策ではいけないし、また、今現在はやっておられると思いますけど、やはり市民からの要望があったときには、それなりに努力をしていただきたい。その点から、今回、やはり踏み込んだ、一歩進んだ答弁が欲しかったんです。  次に行きますけど、1の(2)内科、歯科いろいろな関連の病気が考えられますが、体が不自由だったりして病院に通うことができない人たちが数多くおられると思います。それらの方々に、一般の人たちと同じように医療が受けられるように、関係機関と連携をとって、しっかりとした医療制度の整備を期待いたします。ぜひ検討していただきたいと−−検討じゃなくて、検討を実行していただきたいと思います。  それから、1の(3)、これから先もふえることが予想されております認知症患者を、親をいろいろな事情で施設に入所させることができなくて、やむなく仕事をやめて見守っている家族が数多くあると聞いております。  テレビニュースでも放送しておりますが、収入はなく、親の年金では生活ができなくなり、すさまじい生活を送っているのが現状です。将来のある子どもさんたちが、親の看病とはいえ、仕事をやめて一生を台なしにしなくても済む政策をとってほしいものです。  これは、10月に、我々もですけど、市長も市長選挙を控えておられるし、やはりそこにはマニフェストというのが生まれてくると思いますが、実現可能なマニフェストをしっかりと市民に訴えていただきたいと思います。  このすさまじい生活の一端は、私がテレビニュースで聞いておりましたことをメモしてまいりました。読んでみます。  50歳の男性です。  認知症の実の母を殺害。最初、兄が一人で仕事をしながら見ていた。一人ではどうしてもできず、50歳の弟に一緒に介護を手伝ってくれと連絡。ちょうど弟は仕事がなく無職だったもんですから、兄は仕事へ、弟は母の介護へとなりました。その間、母親は昼夜暴れ出す。母との言葉の疎通ができなくて、母を化け物だと思った。母を楽にしてあげるのは自分しかないと思う。そうして殺害してしまう。  もちろん、親であっても誰であっても、人間を殺すと罰を受けますが、この方は懲役8年の刑を言い渡されたそうです。  それから、71歳の男性の場合。  42年間連れ添った妻を手にかけた。自分も手首を切って死のうかと思ったが死にきれなかった。その方は、介護して1年足らずで手にかけた。  定年後、妻とドライブなど一緒によく行っていた。2年前に奥さんが入院して、退院後、自宅で介護の生活は始まった。そばについて助けてやりたいと思った。リハビリ生活の始まりであった。洗濯、炊事、介護を一人でやる。3カ月後、ほぼ寝たきりになった。排便の後始末、食事の世話、これが介護だと思った。10カ月後、奥さんから「死にたい、殺して」と頻繁に言われるようになった。奥さんが自分の手で首を絞めるようになった。「生きるのがつらい、人生の幕を閉じたい」と男性自身もブレーキはきかなくなってしまう。介護して11カ月後、最後のドライブに出て、車の中で妻を殺害した。  こういうニュースが流れましたけど、これは、作り話では、私はないと思っております。そういう経験した方の話だと思っております。  こういう事実が薩摩川内市でも、現在まであったかもしれません。しかし、こういうのが介護をする人の現実であります。
     先ほど言いましたように、皆さん方は公務員ですから、お書物どおり間違いのないような政策をしていかなくてはならないんですけど、しかし、それでは困っている市民は浮かばれないと思います。しっかりと一歩踏み込んで、来週月曜日には部課長会議があるもんですから、市長に「わいが給料下ぐりゃあしてやあなっとよ」と言われても、自分の給料が下がってでもやるという覚悟でないとできないし。市民から言わせると、結局市長の足を引っ張っているようなことになるわけですから。役所がやってくれないと−−今の部長はだめだということはないんですよ。役所がやってくれないと市長はだめだと、今の市長はだめだということになるんです。そういうことも考えて、ぜひ少しでも前に進んだ行政をやっていただきたいと思います。  それから、1の(4)に入ります。一通りの認定基準は理解しますが、体が丈夫でも、先ほど申しました認知症は、突然症状があらわれたり、また、家族の事情によって、どうしても患者を見守ることができないことがあります。そのような現実を助けてやれるのは行政しかないと思います。地域が助けてくれると、そういう甘いもんではないと思います。  そのような現実を助けてやれるのは行政でありますが、認定基準は認定基準として、また、その認定を受けた人の家族の内容を精査して、先ほど部長が言いましたように、認定基準は全国一律だということだったんだけど、それはそれで、今度は薩摩川内市の認定基準を決めたらいいんじゃないですか、認定基準以外に。どうしても、これは、お宅は要介護1、要介護2だからっていう、それで突っぱねておいたらどうしようもないんです。要介護1、要介護2でも、やはり全国の一律の認定基準をはみ出したところで、今度は薩摩川内市の認定基準というのを決めたらいいんじゃないですか。  先ほど言いましたように、子どもさんたちが仕事をやめて親を見ていると。収入はないと。そういう現実がありますから、ここも1の(4)も検討してください。検討結果が出る前に、また、私も呼んでください。私は、市民の要望として言いますから、そうしてください。  1の(5)に入ります。介護認定基準の見直し、介護施設の整備をしますと、介護保険料にはね返ってくることは予想されますが、保険料が上がるからといって、現状のままでは、家族にかかる負担減が図られないと思います。社会保障の充実のために、国民は国民健康保険料、社会保険料を納めているのですから、消費税など、国主導の税を有効に活用して、市民の理解を得ながら整備できるところから着手していただきたいと思います。  今度は、大きな2番の(1)と(2)が関連がございますので、一緒に2回目の質問をいたします。  先ほど、農林水産部長がいろいろ答弁した中で、少しずつという言葉がございましたけど、少しずつではもう間に合わないんです。後継者育成が急務ですが、この言葉も今まで何回となく聞いております。  現在の第1次産業を顧みますと、農家は財務状況が大変厳しいのが現実であります。安心して1次産業に取り組める政策が必要と思います。少しずつじゃなくて、先ほど市民福祉部長にもお願いしましたが、やはり大股で歩くぐらいの行政をやっていただきたい。そうしないと、これから土地改良の問題も出てきますけど、薩摩川内市の農業というのは、東北、北海道に比べて、大規模ではなくて零細も零細、最零細でありますから、やはりその点を考えてしっかりと行政を行っていただかないと、最初答弁をいただいたように、何回も今まで聞いたような一辺倒の答弁では、私がこうして質問をして、農家の方々が「わいが質問では、ぱっとせんかったよ。もうよか」というような言葉が聞こえてくるような気がいたしますので、これから検討、実行ということに進んでいただきたいと思います。  2番の(3)と(5)と(6)、関連がございますので、質問をいたします。  今現在、第1次産業にとって、先ほど述べましたように、生産者にとって財務状況も厳しく、薩摩川内市土地改良区の運営も例外ではないと聞きます。薩摩川内市の今後の第1次産業の繁栄、土地改良区の安定的な運営を願うならば、早急に一体化する必要があると思います。  六次産業対策監もおられますが、やはり薩摩川内市も指をくわえて農家を見ているわけではないと思います。6次産業、そういう手も広げて、若い後継者がいろいろな角度で収入増を狙っていろんなことをやっておりますけど、やはり農業と土地改良、別々に考えられないですから、一体に考えてやらないといけないですから。  そのためには、やはり土地改良の運営も大事、農家の経営も大事、そういうことから、やはり今回は市民福祉部長と農林水産部長にたくさん課題が残りますけど、宿題が残りますけど、ぜひやっていただきたい。そして、六次産業対策監には、今までどおりじゃなくて、まだまだ農家の立場に立って、いろいろアドバイスをしていただきたい。六次産業対策課の窓口に行くと、やはりお書物に書いたようなことを述べられることもありますけど、やはり、それでは現実とそぐわないところも多々ありますから、ぜひ力を入れてやっていただきたいと思います。  それから、大きな2番の(4)と(7)に入ります。  農業用施設の建設は、さかのぼって40年ぐらい前に建設された施設が大半であります。今の社会環境を見ますと、改良の手を加えなければならないところが多数あります。農業に携わる人口が少ない現状を見て、早急な手だてが必要と思われます。  一つは、40年ぐらい前にできた、農業というと水を引く井堰、水路、水を揚げる施設、そういうのがありますけど、やはり40年前と今では、農業に限って言いますと、合わないところがあります。我々亀山校区のほうの農業を例にとって言いますと、京セラの横の高城川のところから水を引いてる井堰というのは、川を横断するような井堰を−−井堰じゃなくて水路を掘ってあるんです。水路。想像したら建設部長はすぐわかりますけど、川の中に水路があると、雨が降るたび砂利が入るんです。それにグレーチングをかぶしてあるんですけど、今度はグレーチングのすき間から小さい砂利がいっぱいあるんです。そういうことも10年、20年−−十何年、15年ぐらいでしょうか、行政に訴えてきてもなかなかはかどりません。そういうところ。  それから、水路は、水揚げ場から田んぼまでの距離が長いと、その中間が住宅地になって、そうすると管理が行き届かない。農業をやってる人が少なくなったりする。そうすると水路の中に草が生えてくる。その草に上流から流れてきた大人のおむつ、そういうのも引っかかっております。魚の死んだのだとか、生活排水、人が生活した残渣などが引っかかっている。  そういうのを見て、本当で現場に来ていただいた耕地課の人たちに言うんです。こういう水でつくった米をあなたたちは喜んで食べますかと。はい、いいですよって言ったら、私なんかは無償で提供してあげますから。  だから、そうした住宅地がいっぱいできているわけですから、生活排水路と水路は別々にやっていただきたい。そうしないと、それこそ後継者が育たないと思いますから、やはりそういうところも研究していただきたい。  以上で、私の2回目の質問を終わりますけど、まとめて市長が土地改良区また高齢、障害者の介護の問題、そういうことを答弁いただければよろしいかと思いますけど。 ◎市長(岩切秀雄) 高齢化の問題、今言われたとおりだと思います。新聞、テレビ等でも報道されるとおりなんですが、どうしても、この対策をどうするかということになると、いろんな基準があって、今それをお書物でということでの質問なんですが。市でさらに上積みするような方法が一番手っ取り早いかもしれませんけど、そうすると、やっぱり介護保険料にはね返ってくる、また、市民にはね返ってくる。いろんな悪循環といいますか、そういうことはありますが、私は、少子高齢化等を含めて人口減少対策を考えなけりゃならないということで、少子高齢化対策の中の一つとして、高齢化という問題を大きく取り上げていかなきゃならないとは思っています。  認知症の問題についてもしかりです。まだ福元議員は若いからいいですけど、私はもうその対象に近い年齢になっていますから直感するわけであります。したがって、今言われたようなことを、やはり真摯に受けとめながら、そしてスピード感を持って対応ができるように努力をしてみたいと思います。  また、1次産業の問題についても大変疲弊をしているということで、6次産業ということで取り上げをして今日に至っています。何とか、やはりこの鹿児島県また薩摩川内市の農家の人たちの所得を向上するためにいい方法はないかということで取り上げているわけですが、さらに、これをまた強化していかなきゃならないというふうにも思っておりますので、きのう質問がありました「3期目にどういうことを考えるか」という中でも申し上げたとおりでございます。これは、市民の負託を受けなけりゃならないわけで、選挙結果によって、もし、そういう負託を受けることができれば、申し上げたようなことを、できるだけ早く、どういう方法がいいか検討していかなきゃならないというふうに思っています。 ◆10番(福元光一) 介護施設の問題は、ある施設に行って聞いてみたら、今、待ちが何人ぐらいですかと言ったら、百何番目ですよって言った。ということは、百何名亡くならないと入れないということだと。単純にそうなんです。  それから、土地改良、農業、第1次産業のことに関しては、やはり、今この議会でも農業をやっている人が二、三人しかおらないと私は思っておりますので、やはり、こういう声が出るのが少ないと思いますけど、しっかりと考えて行政をやっていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。ありがとうございました。 ○議長(上野一誠) 以上で、福元光一議員の個人質問を終わります。  ここで、休憩します。  再開はおおむね13時といたします。  再開は振鈴でお知らせいたします。           〜〜〜〜〜〜〜〜〜           午後0時1分休憩           〜〜〜〜〜〜〜〜〜           午後0時58分開議           〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ○議長(上野一誠) それでは、休憩前に引き続き会議を開きます。  次は、瀬尾議員の個人質問を許します。      [24番瀬尾和敬議員登壇] ◆24番(瀬尾和敬) 薩摩自民の会の瀬尾和敬です。午前中、重たい質問が続きました。私の後にも重たい質問者が控えておりますが、粛々と質問をさせていただきます。  質問に入る前に、8月に体験したこと、あるいは世相を眺めて感じたことなどを述べてみたいと思います。  8月10日、熊本第8師団創隊54周年及び北熊本駐屯地開設59周年記念行事に参加しました。この記念行事は、もともと4月24日に開催される予定でありましたが、熊本地震発生により無期延期されていたものであります。  会場は、地震による大きな被害を受けた熊本ホテルキャッスルでしたが、600名を超す人たちが集まり、熊本第8師団の創隊、駐屯地開設のお祝いはそこそこに、むしろ熊本の復興に熱いエールを送る会といった雰囲気が漂っていました。行きは渋滞する高速道路で、相変わらずブルーシートに覆われた町並みを眺め、心を痛めながら進みました。帰りに、ホテルの前の熊本城のライトアップを見て、ある種の感動を覚えました。そして、1日も早い復興をと思わずにはおられませんでした。  「崩落せし熊本城のライトアップ肥後もっこすのこの心意気」。そのときに詠んだ歌であります。  8月21日、リオデジャネイロのオリンピックが終わり、にわかに朝夕が秋めいてまいりました。メダルラッシュに沸く日本列島でしたが、2020年の東京オリンピックを見据えて、早くも2兆円を超えると思われる施設整備費の問題や、開催国としてメダル獲得の画策が始まっております。参加することに意義があると唱えたオリンピックの生みの親、クーベルタン男爵は、最近の華美に演出されるオリンピック、また、各国のメダル獲得志向をどう見ておられることでしょう。  「オリンピック参加の意義を説くよりもメディアはメダルの数を煽れり」。  8月26日、県の消防操法大会の応援に出かけました。薩摩支部を代表して大会に臨んだ祁答院方面隊下手分団は18年ぶりの県大会出場でありました。その時期に私も下手分団に在籍していたこともあり、後輩団員の一挙手一投足に目を注ぎ、手に汗握りながら応援しました。  タイムの速さでは2位であり、全国大会出場を予感させるほどのできばえでありましたが、結果は9位でした。例年にない猛暑の中で、懸命に訓練に励んできた下手分団の皆さんには、よく頑張ったとねぎらいを申し上げたいと思います。また、操法の訓練をすること自体が初期消火の基本にもなるわけであります。なりわいを持ちながら、市民の生命・財産を守るために日夜奮闘し、今回の操法大会に向けて努力された全ての消防関係者の皆さんにもねぎらいを申し上げたいと思います。  「猛暑には負けじとひたすら風を切る操法要員心無にして」。  前置きが長くなりましたが、これより通告に従い、質問いたします。  本市は、中国常熟市とは平成3年より、また、韓国昌寧郡とは平成24年から友好都市協定を結び、ほぼ毎年のように相互に行き来し、交流しています。今回の質問は、常熟市と昌寧郡との交流について、友好都市締結に至った経緯と理由、今後の展開等についてお伺いするものであります。  まず、中国常熟市についてであります。  平成3年7月26日、中国常熟市との友好都市締結がなされ、ことしで25年が経過しました。この間、公式訪中団を初め、青少年によるスポーツ・文化交流、民間団体による経済・文化交流など、幅広い分野での友好関係が築いてこられたところであります。  去る7月20日から23日まで、中国常熟市との友好都市締結25周年を記念した公式訪中団、経済交流団及び文化交流団の合同訪中団による常熟市訪中が行われ、不肖私も文化交流団の一員として参加させていただきました。今回の訪中は私にとって3回目であり、1回目は平成17年、合併後間もないころ、政務活動の一環として議員の皆さんとの訪中、2回目は平成25年、市議会議長として公式訪中団の一員としての訪中、そして今回の訪中であります。  10年前の常熟市の印象は、人が多いこと、自転車が多いこと、鼻つきの古いタイプのトラックがけたたましい騒音を鳴らしながら走っていたことなどでありました。しかし、2回目、3回目となりますと、中国経済発展を象徴するかのごとく、自転車は電動付自転車やバイクにさま変わり、また、トヨタ自動車の走行試験場等の進出が影響してか、高級車の走行が目立つようになってきました。また、入居者が少ないなどとやゆされたこともありましたが、高層マンションの建築も相変わらず進められ、さらに、交通インフラとして高速道路の整備も着々と進められており、建設途中の工事現場も随所に見ることができました。  基本的に土地は国のものと言われる中国においては、さまざまな開発を進めるに当たり、積極的な財政投資や計画遂行ができるわけであり、訪問するたびに変貌を遂げている中国には、ある意味、そら恐ろしさも感じます。  さて、話を戻しますが、言語や慣習の異なる中国常熟市との友好都市関係を構築し、また、その関係を維持することは容易ではなかったはずであります。しかし、本市と常熟市の熱意により、友好関係が25年も続いてきたことは特筆すべきことであります。  近年、日本と中国の国家間の歴史認識の違いや、尖閣諸島をめぐる領海問題等がクローズアップされるたびに、日本と中国のまち同士、つまり薩摩川内市と常熟市のまち同士の交流関係に疑念を抱く市民が少なからず存在していることは否めません。国と国がいがみ合っているのに、まちとまちとの関係がうまくいくはずがないというものであります。  この件に関しては、平成25年の公式訪中の際、岩切市長が公式な声明発表の後を受けたフリートーキングの中で、「国と国との関係が思わしくない中で、常熟市と薩摩川内市の交流をどう思っておられるか」と通訳を介して時の常熟市長に切り出されたことを思い出します。常熟市長は、「国と国の関係はさておき、目的を持ったまち同士が、異国とはいえ、交流を深め合い理解し合うことは重要なことです」というような返答をされたことを思い出します。  また、今回の表敬訪問の際も、王書記のお話の中で、「国と国との関係はさておき、薩摩川内市と常熟市との交流関係は、異国間のまち同士の交流としては、その年数、その内容等において、中国国内でもモデルとして注目されている」というような話がありました。うれしい気分にさせられる一言でありました。  次に、韓国昌寧郡について触れてみます。  韓国昌寧郡とは、平成24年5月16日、平等、互恵の原則に基づき、文化、教育、芸術、経済など幅広い分野における交流活動を推進することを目的とし、友好都市締結が行われたところであります。  昨年8月に韓国昌寧郡の訪問を受け、ことし8月には8日から3日間、向原副市長を団長として、スポーツ交流の中学生など、総勢29名で訪韓され、多様な交流だけではなく、昌寧郡の代表的な観光地、牛浦沼や工場視察などが組み込まれていた旨、南日本新聞でも、また、ヤフーニュースでも大きく報じられております。  友好都市締結が行われた2年後、平成26年3月、韓国昌寧郡の綱引き開催に合わせて、民間交流団の方々と合同で視察に参加しないかと打診を受けたことがありましたが、あいにく3月議会の真っ最中であり、断念したいきさつがあります。  この韓国昌寧郡についても、竹島の領土問題や慰安婦問題等で国家間はいがみ合う場面が多いわけでありますが、それでも本市と昌寧郡は粛々とした関係が構築され、今日に至っています。  さて、本定例会の施政等の概要の中で、岩切市長は、常熟市との友好都市締結25周年記念訪中に関して、その成果を、「王書記表敬訪問の際、貿易・観光交流を更に推進したい旨提案したところ、王書記の御英断により、今月29日に両市間で貿易と観光に関する協定を締結することになった。このことは、友好都市交流を開始した当初からの目的であり、大変喜ばしく、永年の目的の達成に向け大きく前進できたと考えている」と述べておられます。  実に25年もかかり目的達成に向けて大きく前進したわけであり、岩切市長の施政等の概要に示されたことで、今回の私の質問の大きな趣旨は満足するものでありますが、確認の意味も込めて、通告に従い、順次、常熟市・昌寧郡との交流についてお伺いします。  まず最初に、平成3年に海外交流の相手先として、中国常熟市を選ばれた経緯と理由・目的は何だったかお伺いします。  次に、平成24年に海外交流の相手先として、韓国昌寧郡を選ばれた経緯と理由・目的は何だったのかお伺いします。  3番目に、常熟市及び昌寧郡との経済・文化交流や青少年によるスポーツ・文化交流を通じてお互いを理解し合ってきましたが、その交流の概略をお伺いします。  続いて、常熟市及び昌寧郡との経済・文化交流や青少年によるスポーツ・文化交流を通じてお互いを理解し合ってきましたが、その交流の成果をお伺いします。  次は、今回の質問のメーンでありますが、このたびの常熟市への訪問で、当初の目的である貿易・観光交流に関する理解が一挙に深まり合ったと思われますが、岩切市長の感慨をお伺いします。  最後に、今後の常熟市及び昌寧郡との経済・文化交流及び青少年のスポーツ・文化交流の展望の概略について、岩切市長、上屋教育長にお伺いします。  以上、壇上からの質問とさせていただきます。      [岩切秀雄市長登壇] ◎市長(岩切秀雄) 瀬尾議員の御質問にお答えいたします。  まず、常熟市との交流について、そして、今回、貿易・観光交流に関する協定を締結いたしましたが、市長の考えを聞きたいということでございます。  経緯については詳しくは担当部長に答弁させますが、昭和56年、市制施行40周年というのが旧川内市でありました。それは、川内港の3万トンバースが完成した年でもありました。このときに、当時の福寿市長が、耀華号というのを市でチャーターして中国に行きました。この大きな目的は、やはり川内の港に一番近い中国の都市をまず知ることだということと、それと、港の状況はどうかということについて、この耀華号で行かれました。  その後、重要港湾川内港ができまして、これについて、川内港の活用をしようということになりまして、福寿市長が、公式に中国との交流を進めようということになりましたが、逝去されたことによりまして、引き継いだ仁礼市長が、まずは上海に近い港湾都市を調査して、交流ができる港を探そうということになりまして、第1次日中友好川内市経済調査団というのを派遣されました。総勢12名でありました。私はこのときに秘書長として同行いたしました。そして、昭和62年、29年前ですが、川内港が関税法上の開港指定を受けたことによりまして、鑒真号という船が川内港に着くようになりました。そして、上海まで行くことによって、中国を知ろう、市民が知る機会、もしくは常熟コースというものがございまして、常熟へ行く、そういう市民の人たちにいろんな中国の紹介をする、そういう機会がずっと続きました。  以降、平成3年に、仁礼市長のときに友好都市を締結いたしまして25年、今日に至ったわけです。  そのような大きな経過がありましたが、なかなか交流というのが、文化交流とか、そういうのに始まって、最初の目的でありました貿易についての協議がなかなかできない状況でございました。  ところが、近年、先ほど御紹介のとおり、著しい発展を常熟市は遂げてきております。当時、私どもが調査に行ったときには、港ということで、本当に小さい船がいるぐらいの港だったんですけど、そのときもう既に川内港は国際法上の指定を受けた港であったんですが、そこと交流して、本当に港ができるのかという危惧もいたしました。ところが、近年、もう上海に次ぐ大きな港に成長しております。  今回、公式訪中団と経済交流団、また、文化交流団、3団一緒に行ったことが、常熟市の受け皿としては大変快く受けていただいたというふうに思っています。  その中で、常熟市のトップであります中国共産党常熟市委員会書記、王書記に会えることができました。これも瀬尾議員も一緒に参加をされました。  その中で、25年もたって、これ以上交流をできないとなると、本当に目的を達成するのかなという気もありましたので、かねて行くときは、なかなか書記に会えることはないんですけど、今回、向こうのほうから会おうということもいただきましたので、いい機会だなと思って話をしました。そうしたところ、早速応じていただきまして、じゃ、お互い調査しようということになりまして、それについての協定を結ぼうというのも向こうのほうから提案がありまして、そのためには、常熟から、港を見たり、観光地を見たり、専門の経営者を送ろうということで話がまとまりまして、先般、28日から調査に来ていただきまして、29日に二つの協定を同時に締結ができました。  したがって、いよいよこれからが常熟市との正式な交流になるというふうに思っているところでございますので、早い機会にその成果を上げていきたいなというふうに思います。  また、観光についても、近年、中国から日本に相当な観光客が来ますけど、常熟市と薩摩川内市の特化した観光をという提言をいたしておりますので、早速もう向こうからも10月前半には50名の観光客団を送ると言われましたので、それを受け入れたいというふうに思っております。  そういうことで、本当になかなかできなかったことができるようになったということで、今からが大変状況は変化してくるものと思っています。  そのためには、川内港の整備が必要だというふうに思っていますので、さらなる川内港の整備に力を入れていきたいというふうに思います。  また、常熟市並びに昌寧郡との交流の今後の展望でございますが、スポーツ交流とか文化交流をずっと進めてきましたが、これについても同様に、お互いの文化を知るということ、スポーツを知るということで、青少年の皆さん方にも参加をいただきながら、将来の中国との関係も理解をしていただく機会はつくっていくべきだろうと思います。  常熟市については、とにかく川内港と常熟港が貿易ができる港に最終的には仕上げていかなければいけないし、また、あわせて観光交流も、甑島を中心にしていろんな紹介をして、日本のよさを、また、薩摩川内市のよさをPRしていきたいと思います。  昌寧郡についても、後ほど経緯は答弁させますけど、やはり民間の中で大綱引きと−−向こうの綱は全然違うんですけど、やはり綱引きという原点が、韓国にあるというようなことでありますので、そういう意味を含めての交流が始まってちょうど10年たちましたので、行政も一緒に交流をしようということから始まっておりますので、これについても今後、近くですので、交流を進めていきたいと思います。  以上で私の答弁を終わります。      [上屋和夫教育長登壇] ◎教育長(上屋和夫) ただいま市長からもありましたけれども、改めて私のほうから今後のスポーツ・文化交流の展望についてお答えいたします。  人類は皆兄弟とよく言われますが、日本人のルーツをたどれば、まずは中国大陸朝鮮半島とのつながりが考えられます。呉越同舟、臥薪嘗胆という言葉がありますが、古代史研究によれば、今から約2,500年ぐらい前、中国の春秋時代に、呉と越という国がありました。この二つの言葉は、この呉と越にちなんで使われております。呉は越に滅ぼされ、越は楚という国に滅ぼされました。そして、呉と越の国の人々の一部は、それぞれ難民として船に乗り、中国大陸から南方諸島朝鮮半島を経由して、日本にたどり着いたという説があります。呉と越は今の常熟市のある蘇州市や上海市のあたりでありました。  また、飛鳥時代以前には、朝鮮半島で高句麗などに攻め入られた百済や新羅の難民の一部が日本に逃れてきたという説もあります。昌寧郡は、当時、新羅の国の一部でありました。  交流している常熟市と昌寧郡の人たちは、見た目にも日本人と似た顔つきでありますが、遺伝子学的にも、やはりつながっているものと考えられます。  議員も言われましたように、現在、中国や韓国と日本の政治ベルではさまざまな状況、課題がありますが、この日中、日韓スポーツ等交流では、子どもたちは言葉の壁を乗り越えて、片言の中国語や韓国語で、時には英語を交えながら、あるいは身振り手振りでと、すぐに打ち解け合います。仲よくなります。大人とは違う距離感の縮まり方であります。  これからのグローバルな時代を担っていく子どもたちが、子どものころから、早いうちにお互いの国のよさやすばらしさを知り、友好を深めておくことは、将来の国と国との友好親善を安定的に継続、発展させていくためにも、とても大事なことであると考えます。  したがって、常熟市と昌寧郡の青少年交流については、これからも交流の内容等をいろいろ工夫しながら、さらに充実したものになるよう努めていきたいと考えております。  以上ですが、お尋ねの交流の概略、成果等については、この後、部長がお答えいたします。 ◎商工観光部長(末永隆光) (1)から(4)までについて、順次答弁をさせていただきますが、少々長くなりますけれども、御理解をいただきたいと思います。
     まず、(1)中国常熟市を選んだ経緯と理由、目的についてであります。  昭和56年の「市民の船」の後、この「市民の船」に参加された方々の発案によりまして、翌年の昭和57年に県内初の川内市日本中国友好協会を設立いたしまして、重要港湾川内港の利活用を促進し、産業経済の活性化を図るため、中国の港湾都市との友好都市を目指すことといたしました。  昭和60年に上海市周辺の港湾都市へ、川内港を利用した交易と友好都市締結の可能性を調査するため、第1次経済調査団を、江蘇省の常熟市、常州市、浙江省の寧波市、嘉興市の4都市に派遣をいたしました。調査団の調査結果をもとに、常熟市、嘉興市の二つの都市に絞り込みまして、翌年の昭和61年に第2次経済調査団を派遣し、最終的に常熟市に決定をしたということでございます。  常熟市を選んだ理由といたしましては、上海市に極めて近く、揚子江に面した国際貿易港の整備が進められていたこと、緯度が本市とほとんど同じであること、面積及び人口規模が、中国における常熟市の割合と、日本における本市の割合と同じであること、農業や軽工業を中心に発展しており、経済的に豊かな土地であることが主な理由であります。  その後、昭和62年度に第3次経済調査団、昭和63年度に第4次経済調査団を常熟市に派遣し、友好都市締結の同意を求めたところであります。  また、昭和62年度から小・中学生によりますスポーツ交流や相互の友好訪問が評価されまして、また、孫平化中国日本友好協会会長の力添えによりまして、平成3年7月26日に友好都市を川内市で締結をしたところでございます。  (2)韓国昌寧郡を選んだ経緯と理由、目的についてであります。  本市と昌寧郡との交流の経緯は、平成11年9月、川内大綱引保存会が大綱引400年祭に、韓日親善協会中央会長を初め、昌寧郡など、韓国親善訪問団を招聘したのがきっかけであります。以降、毎年、川内大綱引保存会と霊山綱引保存会との相互交流が続けられております。  平成20年3月、金昌寧郡守から行政間交流協約締結の親書を受け、翌年の平成21年8月、向原副市長を団長とする友好調査団を派遣し、綱引き、温泉、ラムサール登録湿地など共通点が多く、友好都市締結は相互交流を進める中で可能になることを報告したところであります。  同年9月、昌寧郡林企画監査室長を団長とする来日団が本市を訪問され、平成22年10月には、岩切市長を団長とする友好交流調査団が昌寧郡を訪問、金郡守の本市訪問と、平成24年度に友好都市締結を目指すことを提案いたしました。  平成24年3月、金昌寧郡守を団長とする訪日団が本市を訪問され、平成24年5月に友好都市締結の調印式を昌寧郡で行うことに同意をいたしました。  そして、平成24年5月16日、昌寧郡にて友好都市協定を締結したところであります。  昌寧郡を選んだ理由といたしましては、平成11年から川内大綱引保存会と霊山綱引保存会が綱引きを通した民間交流を続けており、平成21年には両保存会によります友好保存会関係協定が締結されるなど、長い間の大綱交流が両市郡の友情を深めるきっかけとなったこと、両市郡に、ラムサール条約に登録された湿地を有していること、多くの史跡や温泉に恵まれた地域であること、農業が盛んであることなど、多くの共通点があることが主な理由であります。  交流の目的といたしましては、両市郡の共通点である綱引き、温泉、観光、ラムサール登録湿地、農業などを生かした交流を進め、互恵関係の構築と両市郡の発展につなげることを目的としているところであります。  (3)常熟市及び昌寧郡と経済・文化交流や青少年によるスポーツ・文化交流を行ってきたが、その交流の概略についてであります。  私のほうからは、常熟市及び昌寧郡との経済・文化交流の概略について答弁をいたします。  まず、常熟市との交流の概要についてでありますが、友好都市締結直後から経済・文化の相互交流を官民一体となって取り組んでまいりました。  経済交流につきましては、平成3年から、常熟市から経済視察団、農業考察団などを受け入れ、経済交流に向けた協議を行うとともに、平成5年と平成7年には、常熟市から技術研修生それぞれ4名が本市で1年間研修を受けるなど、常熟市の経済発展のための技術支援を実施いたしました。  また、経済交流訪中団を定期的に派遣し、常熟市内の日系企業訪問や常熟市の生産品、輸出入品の調査などを行い、経済促進に向けた協議を重ねてまいりました。  文化交流につきましては、平成4年に川内文化経済交流団を派遣し、常熟市、北京市、上海市を訪問し、上海市では、上海市での講演会に出演するなど、相互の文化交流を深めているところであります。  その後も、川内文化協会を中心に、文化交流訪中団を10回以上にわたり派遣し、日本固有の伝統文化、芸能を常熟市民に披露してまいりました。  なお、川内港に新鑒真号によります市民の船が延べ56回寄港し、観光客及び修学旅行生などを常熟市に約2,200人、中国全体には約9,100人が訪中するなど、市民交流も継続しております。  昌寧郡との交流の概要は、常熟市と比べますとまだ4年目と日が浅く、現在まで人的な相互交流が中心となっております。  具体的には、行政、議会、綱引保存会への表敬訪問や文化財、農業、商工業、観光に係る視察や意見交換会などを行う公式団による隔年交流の実施や相互の行政システムの現状や課題などの調査や意見交換を行う職員交流研修団によります相互交流が主なものであります。  以上であります。 ◎教育部長(中川清) (3)の常熟市及び昌寧郡との青少年によりますスポーツ・文化交流の概略について答弁をいたします。  まず、中国常熟市との交流は、先ほど商工観光部長のほうからも答弁がございましたが、平成3年、友好都市締結以前の昭和62年から始まっておりまして、ことしで30回目、派遣と受け入れは3年をワンサイクルとしまして、薩摩川内市の派遣が2回、受け入れは1回で、これまでに20回の訪中において延べ258人の児童生徒が派遣をされております。  スポーツ交流の種目は、バスケットボールが7回、卓球が6回、そのほかサッカーや陸上、水泳、剣道といった種目で行われ、文化交流は、両市の伝統舞踊の披露や楽器の演奏、ダンスや書道などの発表による交流を実施をしております。  韓国昌寧郡との交流では、平成24年、本市と昌寧郡の友好都市締結を受け、平成25年から青少年による交流が始まり、ことしで4回目で、派遣と受け入れは1年ごとに訪問、受け入れをし、これまでの2回の訪韓で27名の中学生を派遣しております。  昨年までの3年間は、サッカーで交流を行ったほか、学校訪問を通しまして、全校生徒との交流会を開催をしたり、一緒に給食を食べたりするなど、幅広い交流を行ってまいりました。  ことしは、スポーツ交流では、新たに柔道を実施をし、初めて和太鼓や琴、新体操といった文化面での発表も行い、交流を深めたところでございます。  以上であります。 ◎商工観光部長(末永隆光) (4)についてであります。常熟市及び昌寧郡と経済・文化交流や青少年によるスポーツ・文化交流の成果についてであります。  私のほうからは、常熟市と昌寧郡との経済・文化交流の成果についてお答えをいたします。  常熟市との経済・文化交流における成果でございますが、経済交流では、平成20年11月に川内商工会議所と常熟市工商業連合会によります友好会所関係締結協議書が交わされ、商工業施設の視察や意見交換など、相互交流を重ねてきております。  平成22年度には、初めて川内港から常熟港へ木材のトライアル輸出を実施いたしましたが、現在は量は少ないものの、定期的な輸出が定着をしております。  本年7月の友好都市締結25周年合同訪中にあわせまして、初めて常熟市内のショッピングモールで薩摩川内フェアを開催し、本市特産品の試食販売や観光PRビデオの上映、文化交流団によります日本舞踊や正調川内はんや節などのステージショーを行うなど、多くの常熟市民へ本市をPRすることができました。  また、平成6年には、本市から、常熟市川内の森植樹市民訪中団が常熟市を訪問、尚湖ほとりの「川内の森」に記念植樹を行うとともに、平成13年の10周年記念では、常熟市から、東屋「琴川亭」建築団が本市を訪問し、総合運動公園に「琴川亭」を建築されたところであります。  文化交流では、平成9年に、本市の平佐西小学校と常熟市の石梅小学校の友好交友校の締結、平成23年の友好都市締結20周年のときには、鹿児島純心女子大学と常熟理工学院によります友好学校協定が締結され、平成26年の鹿児島純心女子大学20周年記念には、鹿児島純心女子大学が常熟理工学院から学生、教員を招聘し、交流を深めておられます。  また、平成11年度から、常熟理工学院外国語学部日本語学科へ、鹿児島純心女子大学の卒業生を含む述べ7名を日本語講師として派遣し、中でも大崎氏におかれましては、長年の功績が評価され、常熟市民栄誉賞を受賞されておられます。  国際交流員招致事業におきましては、平成7年から延べ20名の国際交流員を招致しており、うち12名が常熟市出身者であります。語学講座を初め、中国文化や常熟市の紹介、学校、地区コミ等での伝統料理教室など、市民との交流が行われております。  また、薩摩川内市文化協会が日本舞踊、詩吟、茶道、生け花など、日本古来の伝統文化を披露することにより、常熟市民に日本文化のすばらしさを伝えてこられました。  続いて、昌寧郡との成果でございますが、昌寧郡との友好都市交流につきましては、まだ4年目と日が浅く、友好都市締結以降、人的な交流を中心に取り組みを進めてまいっております。  公式団及び職員交流研修団による相互交流によりまして、ラムサール登録湿地、温泉、農業、観光など、それぞれの町の魅力を調査するなど、相互親善と相互理解を深めているところであります。  友好都市締結を記念し、両市郡の伝統工芸品や特産品等を交換し、本市では国際交流センターにそれらを展示し、市民への啓発に役立てているところであります。  昨年11月には、第1回薩摩川内ポートフェアを開催し、国際交流の紹介コーナーにおきまして、昌寧郡の紹介や特産品を市民へ紹介し、好評を得たところであります。  以上であります。 ◎教育部長(中川清) (4)の青少年によるスポーツ・文化交流の成果についてでございます。  参加した児童生徒の感想文では、「常熟市の選手はとてもレベルが高く、また、文化交流では、これまで見たことのない演技や演奏などがあり、大変感動しました。さらに、昼食を食べながらの交流会では、言葉は通じなくても、筆談や英語、身振り手振りで何とか会話が成立をし、自信が持てました」、「訪問前にはいろいろ調べてきましたが、百聞は一見にしかずの言葉どおり、想像をはるかに超えることばかりでした。もっといろいろな国に行ってみたいという気持ちが膨らんできました」といった感想を述べるなど、世界に目を向け、視野を広げるとともに、実際の体験を通して、国際感覚を身につける貴重な交流事業となっていることを強く感じております。  さらに、訪中・訪韓の経験を通して、改めて日本のすばらしさや薩摩川内市のよさに気づく機会にもなっているということは大変意義深く、また、今回の常熟市訪問団の受け入れの際に、過去に交流事業に参加をしました元団員が交流会場に駆けつけ、応援メッセージを発表してくれる場面もございました。参加した後も、交流事業に関心を持ち、常熟市との友好親善に寄与したいという思いを持った青少年が確実に育っていることがわかり、大きな成果がここにもあると実感をしたところでございます。  以上でございます。 ◆24番(瀬尾和敬) 市長、それから教育長、この常熟市、それから昌寧郡とのつき合いに関して、歴史的なことまで教えていただきまして、重たいお答えをいただきました。それから、部長さん方には、これまでの経緯とかを具体的に教えていただきました。今、部長さんが言われたことは、ちょっと書きとめるのに暇がありませんでしたので、また後ほど、その原稿を見せていただきたいと思います。  重たいお答えをいただいた後に、軽い質問で恐縮なんですが。青少年のスポーツ交流、文化交流とかされる場合のことなんですが、例えば文化の場合、お互いに見せ合って、そのお互いの文化を理解するという方法もありますし、踊りだと一緒に中に入って踊ったりするということもあるでしょう。  ところが、スポーツとなりますと、お互いに競い合うというか、戦ったりするわけでありまして、勝ち負けの決着がついたりするものがあります。そういうものを踏まえながら、例えば競技する種目、あるいは発表し合う種目、これについて、そういうときの種目の選定の仕方というのは、どのようなふうにされているのか、それをお伺いしたいと思います。 ◎教育部長(中川清) 基本的には、その年の交流会の実施協議の際に、翌年の交流の内容や時期について両市の案を持ち寄りまして協議をしております。  例えば、スポーツ交流種目は、これまでの経緯、選定の種目、両市で実施可能な種目を出し合うなどしまして調整をしております。  また、文化交流では、応募者の発表種目の中から、発表内容ができるだけ偏らないように配慮をしております。  以上でございます。 ◆24番(瀬尾和敬) 例えば、派遣する選手、もしくは代表者を選ぶ場合は、その人たちの技量というのが優先されたりするものなのかどうなのか、それをちょっとお伺いします。 ◎教育部長(中川清) 派遣者の選考では、交流種目の技量について、ある程度考慮をいたしますが、応募者の所属学校や学年、また、文化交流における発表内容や種目などに、これも先ほど答弁しましたように、偏りがないように、総合的に判断をし、選考しております。一定の技量については考慮いたしますけれども、それだけではないということで御理解いただきたいと思います。 ◆24番(瀬尾和敬) よくわかりました。このような交流というのは、青少年にとっても非常にいいことであるので、できるだけ幅広い見地から、多くの子どもたちが海外を体験できればいいなという思いで質問させていただきました。  次は、常熟市との貿易・観光交流の協定締結が8月29日に行われた。その旨、新聞にも報道されておりました。  私がつらつら思うに、貿易・観光交流というのは、双方とも何らかの利益がなければならない。例えば、こちらから何かを常熟市に輸出すれば、常熟市から何かを輸入しなければならない。そういうふうなのが国際的なつき合いではないかなと考えています。  例えば、観光面で、こちらから向こうへ送り込んだら向こうからも来るとか、お互いにそういう利益も伴うような関係になるんじゃないかと考えています。  そこで、常熟市というのは150万都市でもありますし、うちの15倍以上の大きな規模のまちでありますけれども、貿易をするにしても、観光交流をするにしても、対等な関係がある程度築けるのかなと、少し心配になる面があります。そこと協定を締結をしたということは、ある程度の覚悟も必要じゃないかなと考えています。  そういう意味で、協定の内容等もある程度踏まえながら、今後の考え方、展開というのをお聞かせ願いたいと思います。 ◎市長(岩切秀雄) まず、貿易については、今、両方でどういうものが輸出できて輸入できるか、その調査は始めております。そしてまた、こちらから輸出する場合に、向こうでどういうものが使えるのかどうか、向こうの回答を待っているところですが、今からが、先ほど言ったとおり、いろんな調査をしていかなきゃならないと思っています。  また、観光については、先ほど部長も答弁しましたとおり、約1万名近くが鑒真号で上海周辺に行きました。そのうち約2,200名が既にもう常熟市に行っています。そういうことも踏まえて、当面は、向こうから2,000人近くは来られるのではないかなと思っていますが、人口が違いますので、市としては、市民だけに限らず、県内に対して考えなきゃいけないなと思っていますし、応募をしなきゃいけないなと思っていますし、また、当時は鑒真号という船でしたけど、今回はもうずっと飛行機が頻繁に上海航路がありますので、それを利用したほうがいいなというふうに思っていますので。国の大きさが全然違いますけど、貿易についてもかなり今後船が往来することが確実にできると思っています。  そしてまた、本市は10万人を割りましたけど、鹿児島県が約160万人ですが、相手方は150万人です。やっぱり鹿児島県全体と同じぐらいの人口を有していますし、また、いろんな意味で、陸路もかなり新幹線を含め、発達していますから、常熟市だけに限らず、常熟の港が拠点になるというふうに私どもは考えていくべきだろうというふうに思っています。 ◎商工観光部長(末永隆光) 私のほうからは、協定締結の概要につきまして、少し説明をさせていただきたいと思います。  協定締結は29日に行われまして、その日のうちに議員の皆様方には主要事項処理経過報告書として報告をさせていただきましたが、内容といたしましては、川内港と常熟港間の貿易を促進し、両市の互恵関係の構築と発展に寄与するため、五つの項目を定めております。  一つ目は、両市は、相手の立場を尊重し、相互に誠意を持って協力する。  二つ目は、両港−−両港といいますのは川内港と常熟港のことであります。両港及び貿易に関する研究や情報共有に努める。  三つ目は、定期的な港湾関係者の相互交流と商談会などの開催により、ビジネスの拡大を図る。  四つ目は、産業の特性や両港の優位性を最大限に生かし、木材、鋼材などの取り扱い品目を幅広く開拓する。  五つ目は、定めのない事項については別途協議するという5項目であります。  さらに、5年後の見直しについて定めているところであります。  以上です。 ◆24番(瀬尾和敬) 市民によっては、薩摩川内市がつき合う外国というのは、よりによって中国か、韓国かという方もおられましたが、きょういろいろ質問させてもらいまして、そのつき合っている歴史とか、その重みも感じました。これからは、そういうことをおっしゃる市民には、よくかみ砕いてお聞かせしようと考えています。  私は、文化交流団の一人として行きましたが、主な仕事は五つ太鼓を運ぶ係と、それから舞台の整備でした。それともう一つしていたのが、写真を撮る係をしておりました。そこで、たくさんの写真の中からこれはと思う写真を何枚かお見せしたいと思います。  これは、結団式の写真です。(写真を示す)向原副市長が、留守はお任せください、健康に気をつけて行ってきてくださいと笑顔で言われたんですが、岩切市長は笑顔でなくて、今度はただでは帰ってこんぞと、何か手ぶらじゃ帰ってこないぞというようなかたい決意を述べられた、そんな気がしました。  次に行きます。これが常熟市との新しい歴史のツーショットです。岩切市長が貿易・観光交流をさらに推進したいと言われたときに、この王書記は、すぐさま言われました。「皆さんが滞在中に、幹部の者たちに命じて、段取りをつけます」と。普通は、こういう国際的な場では、「承りました。善処しましょう」とかいうのが落ちなんですが、すぐさま言われました。これはすごいなと思いました。こういう王書記の判断というのは、それこそ御英断だったと、私は考えています。ここが常熟市との新しいスタートと考えています。いい写真が撮れたと思っています。  そして、翌日、薩摩川内フェア。デパートのところで、これは五つ太鼓と踊りのコラボレーションですが、皆結構、向こうの人たちも楽しんで見ていただきました。五つ太鼓というのが大体ないんです、向こうには。そのときに、市長がお見えになりまして、地元のマスコミに囲み取材を受けておられます。恐らく、「貿易・観光交流を今後さらに進めていくことになりました」と、「ぜひ常熟市の皆さん、薩摩川内市にお越しください」とPRされているんじゃないかと思いますが、どうでしょうか。また、この顔が、めったに見られない笑顔です。これもいい写真だと思います。  これは、向こうの方々に体験学習をしてもらおうということで、五つ太鼓をたたいてもらっているんですが、体格のいい女性が舞台に上がられまして、この太鼓を平たくたたけばいいんですけど、ばちを直角にゴツッ、ゴツッとされるもんですから、10万円もする大太鼓が破れやせんかなと思って心配して見ていました。  このあたりまでは−−この舞台が、これは青く映ってますけど、ここが真っ白で、そして赤の電光掲示板みたいになっている舞台でした。  これが、浴衣の体験着つけです。このモデルになっているのは、今国際交流員でお見えになっている孫さんの息子さんだそうです。こちらの髪の長い方が奥さんだそうです。この息子さんは、聞き分けがよろしくて、じっと着つけをしてもらっていましたけど、この浴衣を一応モデル料としてもらわれたんだそうですが、大きくなるまで誰にも触らせないと。大きくなってから着るとつんつるてんになるんじゃないかなと考えてるんですけど、こういうこともありました。  これも同じ着つけなんですが、この着つけられているモデルの女性は、常熟理工学院の日本語専攻の女性です。日本語もわかるし、こうやって浴衣を着せてもらって、もううれしくてうれしくて、最後までずっとこれを着ておられました。もちろんこれもプレゼントされました。  どうして日本語を専攻しているんですかと、恐らく一人っ子ですから、もっと違う選択もあったんじゃないかなと思ったんですが、お父さんが日本語を勉強しなさいと言われたと。日本語を勉強して、じゃ、日本に行くんですかと言ったら、日本に行くつもりは今はありませんが、中国に進出している日本の企業に行きたいんだということでありました。すてきなお嬢さんでした。  このあたりから後ろの画面が変わるんですけど、ここから薩摩川内市の観光動画になります。これは、下甑の灯台のあたりです。  これは里の武家屋敷が後ろになっています。  そして、この背景は高速船です。くじをするということになったらしくて、中国の方も抽選が大好きらしいんです、くじ引きが。ここに、焼酎、五代とかいろいろ並んでいますが、当たるとうれしそうな様子は日本と中国変わらないなと思いました。このとき、抽選券を引いてくださったのは市長でした。  そして、踊り子に手を触れないでくださいとお願いしたんですが、おじさんが乱入しました。公式訪中団の一人でありますが、合流していただいて、おまえたちはようできたねと手荒く褒めていただいたところであります。そのときに撮らせていただきました。ちょうど我々は、この日はデパートの中でいわば講演をやっておりましたが、そのほかの団体の方は摂氏40度の外で植樹をしたりとかされてたらしくて、ほっと一息といった一コマです。  そして、これが舞台のフィナーレ、中国の方々を交えながら、一緒に川内はんやを踊っている様子です。本来ならば、もう少しぐちゃぐちゃと欲しかったんですが、皆さん、見よう見まねで踊っておられました。  これが、とりあえず皆さんに紹介したい分であります。  市長、何か言いたそうな顔をしていらっしゃいますが−−いいですか。  私もこの任期の最後の一般質問ということでありますので、自分なりにいろいろと考えていることもあります。平成3年から、私自身、議会議員をさせてもらっておりますけれども、25年間やってきて、果たして町民の皆さん、そして市民の皆さんのために十分に働けたかなというような思いがあります。  そこで、自分自身につくった短歌がこれなんですけど。「東雲の空仰ぎつつ駆け抜けし四半世紀を胸裡に問う」というやつでありまして、自分自身の反省も踏まえながら、今、毎日のように胸裡に問う日々が続いています。  近いうちに選挙になるんですが、先輩に選挙のことをお伺いしましたところ、「そら瀬尾君、市民が君を必要とするなら、市民が通らせてくれるやろう。市民が、いやもう、おまえはよかと言われたら、もう通らんばっかりのこっじょ」といとも簡単に言われます。ああ、なるほどなと思いながらも、複雑な思いで日々過ごしておりますが、これからもまた残りの任期中、精進してまいりたいと考えています。  もうこの際でありますので、もしかすると最後になるかもしれませんので、上屋教育長と岩切市長に、今思っていることを簡単にまとめてみました。  これは上屋教育長にです。
     「終わりなき教育の道突き進む君の背(そびら)のいとど逞し」。  上屋教育長薩摩川内市教育長になられましてから、小中一貫教育の推進、薩摩川内元気塾とか、さまざまなことをやってこられました。そして、間近なところに東郷小学校の小中一貫校の設置とか、それから、学校統廃合の話も当分の間検討されると思います。つまり、教育に携わる方というのは、終わりのない道だというふうに考えています。ある意味、これだけ厳しい中をやってこられたという、そういう意味からしますと、尊敬の念すら抱く思いであります。そこで、こういう短歌を上屋教育長につくりました。何か感想がありましたら。 ◎教育長(上屋和夫) 感想ということですが、背筋を伸ばして、今、句を承りました。瀬尾議員の温かいお気持ちを感じながら、与えられた任期を精いっぱい頑張りたいと思います。ありがとうございました。 ◆24番(瀬尾和敬) あと岩切市長に。  「我がまちの躍動目指さんかの君の双眸しかと心に刻む」。  最近、岩切市長の選挙の看板が立っています。そこに、ふるさと躍動という言葉がありまして、ああ、私も一緒にそのふるさとの、この薩摩川内市の躍動のために頑張りたいなと思いますが、私自身はそういう可能性があるかどうかもわからないという状態です。  そこで、せめて岩切市長のその両の眼をしっかりと心に刻んでおきたいと。そして、どういう場でもまた一緒にまちづくりのために頑張っていきたいと、そういう思いでこれを書かせていただきました。もし何かありましたら。 ◎市長(岩切秀雄) 私には文学的な才能はゼロです。なかなかうまいこと考えられるな、そして、それを表現できるなという、瀬尾議員の少しでもそういう能力をいただけたらありがたいんですけど、なかなか難しい。焼酎のほうは幾らでも飲みますけど、こういう短歌はなかなか難しいです。  したがって、何かそういう話を聞きましたので、どういうことかということで調べてみました。先ほどありましたとおり、我がまちの−−これは薩摩川内市ですね。薩摩川内市の躍動を目指すというのが、私の1期目からのキャッチフレーズとしてきていました。それに対して、瀬尾議員のほうから、私に対して、「双眸しかと」という力強い眼で私を見ていらっしゃるんだなと、私もあなたをちゃんと見たいなというふうに思っているんですが。二人とも無事うまくいけばいいんですけど、これがどっちか、もしくは私がうまくいかんかった場合はお許しをいただきたいと思います。今まで8年間、私にもいろんな指導もしていただき、また、御協力もいただいたことに深く感謝を申し上げます。  そしてまた、さっきの常熟市への交流については、今ほど写真紹介あったとおり、いろんな意味で収録もされておられる。そしてまた、今後の思い出としても記憶に残る年だったなというふうに感じました。本当にありがとうございました。 ◆24番(瀬尾和敬) わずか1項目の質問でしたが、丁寧に対応していただき、本当にありがとうございました。  これで私の質問を終わります。 ○議長(上野一誠) 以上で、瀬尾和敬議員の個人質問を終わります。  次は、江口議員の個人質問を許します。      [25番江口是彦議員登壇] ◆25番(江口是彦) 甑島の江口是彦です。薩摩川内市議会議員として3期目、最後の定例議会となりました。44回目の登壇、今期最後の3期目、節目の一般質問であります。市政発展のための政策提言がどれほどできたのか、成果として目に見えるものがあったのか、また、甑島の議員として甑島住民の声をしっかり届け、市政に反映させることができたのか、胸を張って報告できるほど自信はありません。それでもめげずに今回もしつこく質問してまいりたいと思います。  いろいろと質問したかったのですが、35分という持ち時間の制限もありますので、今回は通告しております3点に絞って伺います。  なお、今回は一括質疑・一問一答の併用方式で行います。  一つは、今回もまた、またかと思われるでしょうが、しつこく甑島の読み方、呼称問題についてお尋ねをしてまいります。  二つ目として、「甑はひとつ」に向けての提言を受けて、甑島の振興、活性化の今後のあり方について考えてみたいと思います。  三つ目に、川内原子力発電所の問題について、将来の廃炉も含めたこれからのあり方等についても市当局の考えを伺いたいと思います。よろしくお願いをいたします。  まず初めに、甑島の呼称問題、甑島の読み方について伺ってまいります。  本会議でも何回も取り上げてまいりました。私にとって乗り越えなければいけない問題、見過ごすことができない、許すことのできない問題であります。甑島の読み方を、「こしきじま」から「こしきしま」に変更するよう、地名訂正申請書なるものが岩切市長の名において国土地理院長宛てに出されていることを知ったのは一昨年、平成26年9月17日でありました。9月25日には、南日本新聞で報道されたこともあって、多くの島民や出郷者の方々が深い悲しみと強い憤りを覚えたと言います。私のもとにも多くの声が届けられました。島民の声が、島民の甑島を深く愛する思いが、市長、行政当局に通じないことで、折れそうになることもありましたが、なぜ変更、訂正しなければならなかったのか、納得できるまで諦めずに追求してまいりたいと思います。  甑島の地名訂正という理不尽な行為を許すわけにはいきません。島民の皆さんと力を合わせて、「こしきじま」を取り返すまで戦い続けたいと思います。  3月議会で質問しましたが、国土地理院に提出されたという地名訂正申請書の様式にも大きな疑問を感じていました。これまでの「こしきじま」との読み方、表記は間違っているので、「こしきしま」と正しく訂正し、改めてほしいということになります。国土地理院は、この申請書をどう処理したのか、どのようなやりとりがあったのか明らかにされる必要があります。  企画政策部長の説明では、国土地理院のほうに指導を仰ぎ、書類、書式の送付をお願いし、書類が送られてきて、それを受けて、それに沿って、国土地理院長に出したということで、市のほうで様式をつくりかえるとか、そういうことはありませんでしたとのことでした。  そこで私は、茨城県つくば市の国土地理院を直接訪ね、地名訂正申請書が提出された経緯について聞き取りをいたしました。企画政策課や議会事務局の職員の皆さんの取り計らいもあって、国土地理院基本図情報部地名情報課の課長や課長補佐の方が長時間にわたり、丁寧に対応をしてくださいました。本当にありがたく思うことでした。  そのことを踏まえて、具体的に質問をしてまいります。  まず、第1点目、地名訂正申請書が出された経緯についてですが、国土地理院を訪ねて調査、聞き取りをした結果、企画政策部長の説明どおりでありました。  地名変更について、内容的には、国土地理院としては関与してない。その立場にないということでありました。自治体のほうで地名訂正を望まれる場合、申請書の様式−−これは、「地名訂正申請書」一つしかないそうです。これによって提出をしてもらうことになるそうです。  提出された内容について、理由や根拠等を国土地理院のほうから問い合わせることはないそうです。課長いわく、出された時点で、「こちらの表記が間違っていたのですね。ごめんなさい。訂正の手続を進めます」ということで、年1回、8月ごろ、国土地理院と海上保安庁による「地名等の統一に関する連絡協議会」に諮ることになったようであります。  地名訂正は、あくまでも地元自治体の都合によるとの捉え方です。職員個人の感想としては、甑島など、地元でも問題も起こらず、「こしきじま」の読み方で何の不都合も起きていないのに、なぜ訂正だったのでしょうかとのことでしょうが、あくまでも地元自治体で議論をしてくださいとの立場でありました。  元鹿児島県離島振興課長さんから、小池剛国土地理院長宛てに出されていた、「根拠のない申請に応じた甑島の3島の島名読み方訂正の撤回を求める」という内容の文書については、存在を認めつつも、その内容等については、私が一方的に説明するのをうなずいて聞かれるのみで、意見を差し挟まれることはありませんでした。当然でしょうが、さすが公務員であります。  そこで、国土地理院の権限に属する、市町村などに対して行われる情報提供要求の法的な根拠はどうなっているのか伺うことでした。その法的な根拠は、測量法の第13条にあります「国土地理院の長は、関係行政機関またはその他の者に対し、基本測量に関する資料または報告の提出を求めることができる」によっているとのことであります。  お尋ねをいたします。国土地理院長から、地名に関する情報提供の求めもないのに、なぜわざわざ地名訂正申請書を提出しなければならなかったのか。これまでの答弁、説明では多くの出郷者や島民は納得できていないと思います。提出の根拠、理由について、改めて明確な説明を求めます。  2点目です。このことについても何回も答弁をいただいております。あらかじめ、議会、市民の皆さんに説明する機会を設けなかった点は配慮に欠けていたとの認識は示されましたが、地方自治法の第96条に言う、議決事件ではないとして、一般的な行政手続として行ったから問題はないと繰り返されています。  平成26年の12月議会で、この行政手続について、企画政策部長がもっともらしく説明をされました。地名訂正申請は、国土地理院が定めた手続に基づいて行われたこと。国の基本図は、関係市町村と連携して情報収集をすることになっていること。そして、あたかも正しい地名情報を国に提供して、訂正がなされたような誤解を与えるような説明でありました。  今回、国土地理院を直接訪ねてわかったことですが、地名情報のやりとり、情報の交換については、全くなされておりません。企画政策部長が3月議会で説明されたように、ひな形の様式をいただいて申請をしたということに過ぎないのです。  あえて伺います。この問題は、そのような軽い事柄との認識だったのでしょうか。  3点目です。甑島の読み方については、「行政文書など内部では統一するものの、甑島住民が日常的に用いる読み方を変更するものではない」、「甑島の市民の方々が直接に影響をこうむるということはない」と説明をされています。  ことしの夏の帰省客、高速船に乗った途端に、「こしきしま」のアナウンス、気分が悪くなったと言います。地域おこし協力隊メンバーによる甑島の紹介での「こしきしま」の連呼に、ふるさと「こしきじま」の人格が否定されているようで悲しくなったと言われています。観光客はいざ知らず、甑島に生まれ育ち、出郷していても、愛してやまないふるさと甑島が、「こしきしま」と呼ばれることに屈辱感や嫌悪感を持つことは大げさでも意識過剰でもありません。音の持つ響きはとても大切です。「こしきじま」という耳なれた響きに多くの人たちは愛着を持っています。  市長は、このような島民感情などをどう思われますか。正直なお気持ちをお聞かせください。  4点目。先ほど、元鹿児島県離島振興課長さんから、小池剛国土地理院長宛てに長文の手紙が出されていることを紹介しました。聞き取りの中で、その手紙の中で指摘されていたことにも触れることでした。「我が国の島の呼称をよくも検討せず変更するのは国土地理院の自殺行為です。法律では、地形図上での取り扱いは国土地理院の権限と責任です。国土地理院の愚かな間違いは新たな間違いを生もうとしています。国土地理院が国土を正しく守らんとするのであれば、薩摩川内にうそっぱちの申請であることを認めさせて、申請の撤回をするよう求めるべきです」。これらの主張は、地名訂正申請書を形式的に受理し、事務的に作業を進めた国土地理院にとってはかみ合わない指摘だったのかもしれません。  しかし、いろいろ聞かせてもらう中で、国土地理院の地名情報収集のあり方は、そこで生活してきた人々の歴史や文化を含めて尊重され、大事に継承していくことだと説明をされ、理解することでした。  その理念からしても、甑島という地名は、土地と一体となった地名への愛着、日本人としての証明や自己確認、日本人のアイデンティティーに不可欠なものであることが理解できます。  今さら国土地理院に差し戻しをお願いするわけにもいきません。ここはメンツもあるでしょうが、間違っている地名情報の提供は、こちらから撤回すべきではないでしょうか。手続的には、地名訂正申請書の再提出を行うことはできないのでしょうか。市長のお考えをお聞かせください。  5点目です。国土地理院への再提出といっても簡単にはいかないでしょう。時間もかかると思います。甑島住民に、「こしきしま」との読み方を強いるものではないと繰り返し説明されています。  そこで、甑島の表記については、島民に混乱を招くような「こしきしま」との振り仮名をつけることなどは避け、ローマ字表記についても慎重に取り扱ってほしいと思います。  また、この問題に関する島民や出郷者からの問い合わせや抗議の声には、誠実に対応され、かつオープンにいつでも情報公開できるような体制で取り組んでほしいと思います。このことについての見解をお示しください。  次のテーマに移ります。  「甑はひとつ推進会議」では、合併以前の4村ごとに配置されている行政施設のあり方を主に、今後の甑島のあり方を10回にわたって検討し、このたび、「甑はひとつ」に向けてとして提言が取りまとめられました。ここで、甑島の将来像、甑島振興、活性化の具体的な内容について質問をしてまいりたいと思います。  まず1点目として、「甑はひとつ」のスローガンの捉え方について、「甑はひとつ推進会議」での共通認識はどのようなものであったのかお聞かせください。  2点目です。一体化方針の基本的な考え方、行政施設のあり方についてお尋ねをしてまいります。  藺牟田瀬戸架橋完成後、支所・診療所等の行政、防災、医療等の主要施設は、まず上甑島地域と下甑島地域にそれぞれ拠点を置くという形での集約が提言されています。将来、甑島で一つにしなければならない場合も見据えてとなっています。甑島は一つの小さくまとまった島のように捉えられているかもしれませんが、本土でいうなら、寄田から祁答院まですっぽり入るような規模なんです。交通を含めた生活環境は、本土と比較できないほどです。離島という特殊性を考慮しなければなりません。安易に一体化、集約化というわけにはいかないのです。島で生活している住民の立場でしっかり検討する必要があります。  住民が心配していることの一つが、甑島の住民代表でつくられた「甑はひとつ推進会議」の提言だからと、行政施設のあり方についても結論ありきでおりてくるのではと懸念をしておられます。再配置問題一つにしても、推進会議での意見も多様です。住民への説明会など、いつ、どのような形で行われるのか、お考えをお聞かせください。住民と施策を共有するためには、住民とのコミュニケーション、意見交換は大事です。  3点目です。甑島の支所職員の果たす役割、位置づけについてお尋ねをいたします。  地元現場に密着し、地元の事情に精通しているのは地元の支所職員です。今、地域振興課1課だけですが、福祉から税務、建設、経済まで幅広く手がけなければなりません。地方再生が叫ばれる時代、地域振興、地域おこしのコーディネーターの役も担わなければなりません。支所の職員は、本庁からの指示待ちだけでなく、地元現場の問題をしっかりと受けとめ、本庁に政策提言できるようでなければならないと思います。市民サービスセンターに配置された職員に、その職責を担わせることが可能でしょうか。離島振興を現場で担ってもらうためにも、特に甑島の支所職員の充実を図るべきと思うのですが、考えをお聞かせください。  4点目です。これも高齢化社会の甑島の住民が一番心配していることでありますが、安心安全の生活を支える防災体制について、基本的なことをお示しください。また、将来の支所再編との関係もありますが、台風災害等に備えた職員の配置は大丈夫なんでしょうか。  5点目です。藺牟田瀬戸架橋完成で取り残されるのではと心配されている地域があります。例えば江石、小島、瀬上、桑之浦、片野浦、瀬々野浦、内川内など、架橋完成後、甑島の中で、一体化・集約化のもと医療・福祉の整備も含め、光を当ててもらえるのかと心配をされています。  甑島でも過疎高齢化が著しい集落も含め、隅々まで行き渡る均衡ある振興・活性化のための方策について、推進会議などではどう検討されたのか、お聞かせください。  6点目です。薩摩川内市図書館の甑島4分館及び移動図書館の充実について要望をいたします。  これは、私個人の感想ですが、合併前のそれぞれの村時代の図書館と比較して、サービスが低下しているような気がいたします。  旧里村では、図書館司書が配置され、読み聞かせ活動などもあり、うらやましく思うことでした。合併後は、上甑の分館とかけ持ちになりました。今では、土曜・日曜日の図書館利用は役場の守衛に鍵を借りて、子どもたちだけでの利用となっているようであります。  上甑町の分館も和室も備えた立派な施設ですが、寂しい感じがいたします。  下甑の分館は、中央公民館の解体・撤去により、支所の1階に設置されています。下甑の場合、村時代、移動図書館を導入しました。きめ細かにステーションを設け、図書購入も利用者の希望をすぐ取り入れて充実させていました。今は、甑4町を1台で回っているという状況であります。  詳しく、甑島4町の図書分館の状況や移動図書館の内容を調査・分析しているわけではありませんので、現状はどうなっているのでしょうか、お伺いをいたします。その上で、改善すべき点がないのか、お聞かせください。  7点目です。甑島の振興・活性化を図るためには、離島振興法及び有人国境離島法を積極的に活用していく必要があります。今、考えられている甑島の具体的振興策についてお示しをください。  8点目です。7月12日に予定されていた下甑・鹿島地域まちづくり懇話会が、都合により延期されました。七つの地区コミュニティ協議会から、それぞれの地域が抱えている要望・課題が議題として出されていました。当局もそれぞれ回答を準備して臨もうとされていたと思います。  個別の議題について、ここで回答を伺えればと思っていましたが、早い機会に、下甑島において、島民の前でまちづくり懇話会を開催する計画とのことですので、そのことの確認とそれぞれの議題について真摯に受けとめ、島民が納得する回答をその場で示すことを予告していただければと思います。お願いします。  最後に、大きな3点目として、川内原子力発電所の問題について質問をいたしたいと思います。  今、稼働している1号機にしても2号機にしても、いずれ廃炉に向けた取り組みを始めなければなりません。そこでお尋ねをいたします。  1点目です。原発立地自治体としての考えをお聞かせください。  川内原発1号機、2号機について、そう遠くない将来、廃炉に向けた取り組みを始める必要があると思うのですが、このことに関する市長のお考えはいかがでしょうか。  2点目です。廃炉には、原発についての深い知識が必要であり、そのためには、高水準の知識と技術を有する専門家や職人を確保し続け、さらに後継者も育成しなければなりません。国などへ原発廃炉技術者養成の専門学校誘致を要請する考えはありませんか。  3点目です。三反園知事は原発に頼らない社会を目指すとのことですが、川内原発の今後について、知事と語り合う考えはありませんか。きのうの記者会見での内容を含めて、もう一度お示しいただければと思います。  以上で、壇上からの質問を終わります。      [岩切秀雄市長登壇] ◎市長(岩切秀雄) 江口議員の質問にお答えいたします。  私のほうからは、川内原発の近い将来の廃炉に向けた取り組みについて、その中で、廃炉の時期の判断をどのように捉えているかという御質問でございます。  先ほど、御承知のとおり、いつかは廃炉になるということは十分認識をいたしております。しかしながら、具体的な廃炉時期は事業者が判断することになっておりまして、その対応を待たなければならないと思っています。現時点で、事業者から何の協議もないことから、廃炉の時期について、今、答弁することはできません。  次に、廃炉の技術者の養成の専門学校を誘致しないかということでございますが、廃炉作業については、専門的な知識、技術、これらを有する人材の育成というのは必要であろうと思いますが、既に、国のほうとしては、外郭団体を初め、そういう組織があるということでございます。  基本的には、やはり国や電気事業者を中心として対応すべきであり、御意見のとおり、専門学校の誘致について、国や県に、現在のところ要請する考えは持っておりません。  次に、三反園知事と語り合う考えはないかということでございます。  森満議員、佃議員にも答弁したとおり、私としては、いろんな政策について知事と話をする機会は必要であろうと思いますし、また、知事のほうも聞きたい、語りたいという認識を持っていらっしゃいますから、その時期時期では語る必要があると思います。  ただ、原発問題については、今、九州電力のほうに熊本地震についての一時停止と点検を求められておりますが、その結果がどのようになるのかわかりませんので、その結果を見て判断したいというふうにいたしております。  しかし、いずれにしても、いろんな機会を捉えて知事とは語る機会を持ったほうがいいというふうに、私は思っているところでございます。  あとについては、担当の部長に答弁をさせます。 ◎企画政策部長(永田一廣) 私のほうからは、江口議員から1項目め、それから第2項目め、2項目につきましてお答えをさせていただきます。  まず、江口議員みずから国土地理院のほうへ赴かれまして、これまでの私の定例会での答弁なりについて事実確認等をいただいた様子、紹介をいただきました。  それでは、質問の内容につきましては、番号で申し上げていきます、時間の関係上。  まず、1番目の(1)番目の質問でございます。地名訂正申請書を提出した理由、これにつきましては、これまでも御答弁申し上げておりますが、甑島の読み方については、地域住民の方々の中でも「こしきしま」あるいは「こしきじま」、それぞれのケースがあり、合併した際でも統一したものがございませんでした。これは議員も、あるいは甑島の市民の方々も十分承知のことだと思っています。  新市誕生から、本市ではいろんな施策、特に甑島の振興・活性化を狙いとして展開してきておりますが、そうした中、市としては、その読み方を市として統一した事業展開が、甑島の名前、知名度の向上あるいは発展につながるとの思いから、地図上の地名として用いますこの表記について、市としての読み方について訂正を申し出たものでございます。これが提出理由でございます。  次の(2)の2番目の質問でございます。  今回の市としての読み方の統一は、繰り返しになりますけれども、市がシティセールスその他行政活動を対外的に展開していく場合の取り扱いでございます。あくまでも市が行政運営上関与する範囲におきまして、また、方針を決定して以降に用いる場合、すなわち遡及しない考えで限ったものでございまして、繰り返しになりますが、甑島のセールス、知名度の向上など、甑島の発展を願ってのことでございます。  なお、この市としての取り扱い、市として今後使っていくんだという方針につきましての、議会、関係者への説明について配慮に欠けた部分があったということは、平成26年当時、私のほうからはおわび申し上げたところでございます。  次に、3番目、甑島の市民の皆さんは、「こしきしま」、「こしきじま」どちらの呼び方もこれまでの長い生活の中で使用され、現在でも使用されておられまして、どちらを使われてもお互いにその呼び名を受け入れてきておられるというふうに思っております。  今回の手続は、繰り返しになりますが、市が市政運営をする上で「こしきしま」と呼ぶことについてお知らせしておりますけども、この市としての統一した取り扱いについて、甑島の皆さんには理解をいただいているというふうに考えております。  いろんな機会を通じて、この呼び方につきまして、関係者の意見をお伺いする機会がございますけれども、鹿島で開催された懇話会の中では、確かに御意見も頂戴しました。あと一回ほど御意見、御質問いただきましたけども、そうした2回ほど出された意見等ございましたが、説明をして、それ以降は、この呼び方につきまして、島の方々から問い合わせとかそういったのは一切ないということでございます。  なお、3月定例会で申し上げましたが、この呼び方につきましての問い合わせ、あるいは苦情、抗議につきましては、昨年の2月に頂戴して以来、その後そういう話等いただいておりません。  次に、4点目でございます。地名情報の撤回と再申請ということでございましたが、今回の訂正につきましては、繰り返しになります、行政活動を対外的に展開する場合の読み方として統一したものでございます。撤回する考えはないということをぜひ御理解いただきたいと思います。
     次に、5番目、振り仮名等につきましての御質問です。  繰り返しになります。市が今後使用する場合、今回決めました方針のとおり、読み方としては「こしきしま」とする考え方でございます。  また、問い合わせ等への対応ですけれども、先ほど答弁しましたとおり、昨年以降寄せられてはおりませんけれども、これまで10件ほど電話あるいは文書で寄せられてきておりますが、その都度、経緯や考え方、取り扱いなどを相手方に十分説明し、また、抗議文書につきましても文書でお答えするなど、先ほど議員のほうから、誠実にということがございましたが、適宜、適切に対応してきているというふうに理解してございます。  なお、情報公開につきましても、条例等に基づき対応してございます。  次に、大きな2番目、「甑はひとつ」の提言の関係です。  まず1番目、スローガンの考え方でございますが、「甑はひとつ」このスローガンにつきましては、橋をかけ、甑島が一つにつながる、物理的・地理的なつながりもさることながら、上、中、下、三つの島それぞれの島の住民の方々の心を一つにしようという思いがあって、合併の前から使われてきているものというふうに、私も考えております。  平成16年、薩摩川内市誕生におきましても、甑島地域におきますこのスローガンに込められた当時の思いを引き継いできております。「ひとつ」というのは、単に施設を島で一つにする、一本化するという単なる意味ではなく、繰り返しになります、住民の方々の心を一つにして振興・活性化につなげて一緒に行こうという、そういう思いが込められてきているというふうに理解しております。  1点目です。施設の今後の取り扱いについて、住民説明会等についての御質問でございました。  今回いただきました提言につきましては、旧4村の各界各層の方々20名からなる委員ですが、合併の意義、架橋の効果を改めて深く理解された上で、旧四つの地域の枠を越え、甑全体を後世につなげていく、これを目標として取りまとめられたものと理解しております。  御質問にありました、支所を初め、今後の行政施設のあり方につきましては、今年度公共施設再配置計画をつくることになっておりますが、この考え方を中心に、それぞれの担当所管課におきまして、改めて再配置案を検討・作成した上で、必要に応じて説明会等をしながら進めていくことを想定してございます。  時期等については、現在お答えできる状況にはございませんけれども、今ほど申し上げましたとおり、個々の行政施設等の展開につきましては、頂戴しました提言を尊重しますとともに、そのほかに取りまとめに至るまで10回ほど会議を重ねておりますが、その他盛り込められない多くの意見も附帯意見として記載してございますので、そういった意見も十分参考にしていく考えでございます。  次に、3点目、支所職員の役割についてです。  合併以降、これまで住民のサービスに支障がないように、効率的・効果的な組織見直しに努めてきていると考えております。  今回いただいた提言でも記載のとおり、ごらんのとおり提言をいただいておりますが、提言の内容は、藺牟田瀬戸架橋がかかった後の姿として、なかなかイメージしづらいところがありますが、そういう前提で取りまとめていただきました。したがいまして、平成30年完成としますと、あと2年、3年はかかりますが、それまで待つということではなくて、これからもいろんな見直しを進めていかないとと思っております。  提言という一つの形はありますが、それに、形にこだわらず、地域課題の解決、提言など職員に求められる役割を十分果たせるように、体制の維持は考慮してまいりたいと思っています。  防災、災害の関係もございますが、支所の形、今後どういう形になるか、それは別として、その形にかかわらず、消防防災サポーターや民間の市民の方の協力を含めた地域の防災体制をしっかり確保していくことは重要なことというふうに考えております。  一つ飛びまして、5番目になります。東西地域の均衡ある振興という質問でございます。  これまでも国・県の事業等を活用しながら、甑島地域全体の振興などに努めてきたと考えております。今後におきましても、甑島の東側、西側、上、下、そういったことではなくて、甑島地域全体見据えた中で、今般制定されました有人国境離島法あるいはツーリズム推進協議会を立ち上げております、こういった事業、ソフト事業を展開するなどして、甑島地域の振興・活性化、あるいは厳しい現状にありますので、維持という点も視野に入れながら事業を進めてまいりたいと考えております。  一つ飛びまして、7番目になります。離島振興法等を活用した具体的な振興策につきましてです。  御案内のとおり、平成25年に創設されました離島活性化交付金によりまして、甑島の鮮魚その他戦略産品の輸送費補助を初めとして、産業振興、観光振興の分野で、この離島活性化交付金を有効に活用しております。  また、今般、有人国境離島法で、旅客運賃の低廉化、生活・事業活動に必要な物資の費用負担の軽減など、国として必要な財政上の措置を講ずるという議員立法という形で制度がスタートしております。  現在、国・県におきまして、基本方針、計画づくり、進められてはおります。市でもいろんな意見をまとめて県のほうに進達し、あるいは情報収集とか意見交換をさせていただいております。  今現在、具体的にどういった事業を考えているかという、示せという御質問でございましたが、現在進行中でございますのでお答えできませんけれども、いずれにいたしましても、離島振興法など最大限に活用して、甑島の振興あるいは地域の維持に今後とも努めてまいります。  最後に、8番目、まちづくり懇話会につきまして、ことし7月に予定しておりました下甑・鹿島地域のまちづくり懇話会は、天候不良が予想されましたために延期させていただきました。延期いたしました懇話会につきましては、今後、地域と調整いたしまして、11月以降、年明け、年度中までに、改めて開催する考えでございます。  懇話会に当たりましては、あらかじめ議題として、それぞれ地区コミ単位で調査しておりまして、議題によりまして直ちに、すぐに対応できるもの、あるいは実施までに時間や関係機関との調整を必要とするもの、あるいは多額の予算を伴うもの、いろいろな形で上がってきますのですが、議題の内容は、文面あるいは支所を通じて、実際の地域の声を酌みながら、三役、関係部課長で事前に協議をし、会議には臨んでおります。前向きの答弁をという話でございましたが、いただいた議題につきましては、できるできない、できる方向での視点で整理をして、考え方は示す方針でございます。  以上でございます。 ◎危機管理監(中村真) 私のほうからは、2の(4)甑島住民の安心安全の生活を支える防災体制のあり方について、現状について御説明させていただきます。  合併直後は、防災行政無線(移動系)の整備が整わず、各支部単位ごとの運用でございましたが、平成26年度から防災行政無線(移動系)の統一を行い、本部との情報伝達が一本化されたところでございます。さらに、万が一の地上回線通信途絶に備え、衛星携帯電話を本庁舎に1台、甑島地域に10台配備したところでございます。  また、鹿児島県建設業協会甑島支部と、平成18年4月に「大規模災害時における応急対策に関する協定」を締結し、大規模災害時における迅速な対応ができるようにしてございます。  さらに、平成26年2月、鹿児島県建設業協会甑島支部と、災害時に停電が発生した場合における指定避難所の明かり取り用電源確保のための発電機の提供に関する要領を定め、電源確保に努めているところでございます。  職員の体制としましては、現状必要な体制はとれていると考えております。  今後につきましても、防災計画を基本として、状況に応じた市民の安全安心のため、臨機応変な防災体制をとっていくこととしているところでございます。  以上でございます。 ◎教育部長(中川清) 2の(6)薩摩川内市図書館甑島4分館及び移動図書館の充実につきまして答弁をいたします。  まず、現状でございますが、甑島4分館の蔵書数は3万2,785冊、住民一人当たりの冊数は、鹿島分館の16.4冊を筆頭に、平均6.9冊と、市全体の平均2.5冊を上回っております。  図書購入費は、毎年度分館ごとに、分館運営に最低必要な基本額と各地域の人口割を合計しました額を配分をし、各分館で自主性を持って図書を購入をしております。  移動図書館につきましては、甑島4地域を8月を除き、毎月1回巡回運行をしており、平成27年度の実績は、4地域の29ステーションで貸し出しを行い、1,221人に利用され、4,633冊を貸し出しております。  運行につきましては、毎年ステーションの場所を見直すなどの工夫を図っておりますが、利用者1,221人のうち小・中学校の児童生徒の利用が856人、約70%を占めておるなど、一般の利用は少ない状況にございます。  今後の充実についての御意見でございますが、これにつきましては、甑島4分館及び移動図書館の状況、今後の進め方は、地区の人口の状況、分館の利用状況、さらに藺牟田瀬戸架橋を踏まえた公共施設の再編の議論の中で、移動図書館も含めて、効率的な図書館業務のあり方について検討していきたいというふうに考えております。  以上でございます。 ◆25番(江口是彦) 1点目の甑島の読み方の問題については、なかなか、私も2年ほどずっと一緒に議論をしてきましたけど、かみ合わなかったのかなという思いをしております。だけど、今回国土地理院に行って、非常に地名に関する−−例えば国土地理院に地名情報に関する取り扱い等の意見が、これはもう平成21年に地理学会というところから出された文書ですけれど、その中に、例えば地名情報については、そこに生活している人々の歴史とか文化とか、自然現象も含めて、しっかり総合的に表現されたものが好ましいというか、ちゃんとそれを調査されたいと。  これは、例えば北海道アイヌの地名。アイヌ語がなかなか、私たちもわからないのがあるでしょう。そういうのが安易に訂正されてきた歴史もあるようです。やっぱり、今それが反省をされていると。あそこはアイヌの地名というところがあったそうですから、詳しい内容まではちょっと勉強できませんでしたけど、やはりそういうところも含めて大事にしていくべきだということが地理情報部での基本的な見解でありました。  だから、私は、甑島の問題ってのは、やはり甑島の住民なり、そこの歴史、文化、これはもう去年から一生懸命、郷土誌とかの文書とかいろんなことを提起しながら、これは元離島振興課長さん等も言われていたことでありますので、今後当局にお願いしても撤回はされないんだなと思いましたので、このことは、今後、甑島の島民と一緒になって頑張っていかなければいけないなと思ってます。これは、今後のあれに引き継いでいきたいと思います。  あと一つ、甑はひとつ推進会議。これは、昔は離島振興協議会というのがあって、今それはちょっとお休みされているわけですが、甑はひとつ推進会議の今後のあり方、今後はどうされていくのか、甑島振興協議会等との関係も含めて。  それから、さっき甑島民は一生懸命心配している部分があるって言いましたけど。どうなるんか、どうなるんかって。もう広報で出ましたから、振興協議会の甑島振興だよりですか、「これは、こうなるのか」とか、一生懸命、やっぱみんな心配されるわけです。さっきの江石とか瀬々野浦とか、そういうとこの方も含めて。  だから、今後の住民への説明、その辺はどう考えていかれるのか、ここをちょっとお聞かせください。 ◎企画政策部長(永田一廣) 委員から2点ほど、今後の会議のあり方についての御質問が一点だったと思います。  現在、甑はひとつ推進会議、平成26年10月設置した会議が、今存続しております。また、合併前から、旧4村の村長さん、議長さん、その他からなります甑島振興協議会という組織がありまして、合併時点におきまして構成メンバーはかわりましたけれども、同協議会は現在もございます。ございますが、甑島振興協議会につきましては、先ほど言いました首長さん、議長さん方からなる、例えば橋をかけるといった、甑の大きな課題を県・国に伝えて実現につなげる、かなり政治的な活動、目的を有する協議会でございました。  合併後は、村長さん、議長さんはいなくなって、違うメンバーが入ってきて、会の性格が若干変わらざるを得ないということで十数年経過してございますが、今時点は、この協議会は休止状態でございます。  一方、推進会議につきましては、平成26年10月、会議を立ち上げまして、提言を提出され、一定の初期の目的が達成されまして、1年間様子が見たいということで、とりあえず存続しております。  現在、二つの会議がございます。会議の中でもいろいろ議論がございました。推進会議を今後廃止するのか、あるいはメンバーを改変して、あるいは振興協議会が今休止状態になっているけども、どういう形で二つの会を整理していくのかという、甑島の関係団体、委員の方々が出されておりますので、これにつきましては、今後、できましたらこの年度内に、この二つの会議の今後のあり方について、意見を聞きながら整理をしていきたいと、これが一点でございます。  それから、いただいた提言について、甑島の市民の方々への周知ですけれども、甑島振興だよりで、提言の全文を島内の各世帯に配布し、一応皆さんごらんいただくようにしましたけれども、これに加えまして、必要に応じて出前講座等をしております。地区コミ単位でも結構ですし、それぞれの任意の団体でも結構ですので、市長を通じ、あるいは直接お寄せいただければ、私どもの担当部署で、会の性格あるいは会議をまとめるに至った、その裏に、文書で読み取れない補足をしながら説明をしてまいりたいと思っております。  また、先ほど冒頭で申し上げました個々の施設の統廃合、一定程度整理していく中では、この提言を十分に参考にしながら組み立てて、その都度、必要に応じてですけども、住民説明会等をしながら進めていくことになろうかと考えております。  以上でございます。 ◆25番(江口是彦) 私は、甑はひとつ推進会議に入って議論したり、様子を見てるわけじゃないのでちょっとわかりませんが、今、住民がちょっと気にしているのは、自分たちの代表で自分たちで決めたことだから、というふうに上からおりてくるんじゃないかということを言われるわけです。じゃ、推進会議のメンバーだった人にちょっと聞くと、やっぱりそこの会議では、「甑はひとつ」というスローガンがあるのもあってなんでしょうけど、こうあらねばっていうところからスタートを−−スタートというか−−だから、なかなかそれに反するようなことは言いにくいという思いも、ちょっとイメージが湧かないかもしれませんけど。  例えば、甑島振興協議会というのは利害調整機関でもありましたから、物すごいいっぱいけんけんごうごうけんかしながら、机たたきながらやっていたわけです。だけど、根本は、やっぱり甑のためにでしたから、そこでの議論を、お互いに甑が発展していくために議論をしていたというのは間違いないんですが、その辺がちょっと気になるということであります。  このことは置いとって、一つだけ、図書館の問題。移動図書館を今度購入、買いかえになると思うんですけど、そのことも含めて、どういうのを購入−−非常に、今度かわるって。昔からの下甑の移動図書館でしたから、それがわかってたら教えてください。 ◎教育部長(中川清) 今後の計画としまして、移動図書館を購入の予定でございます。これは、来年度の予算の要求に検討いたしております。  先ほど申し上げましたとおり、甑島全体の高齢化、これは本土の地域も進んでおりますので、移動図書館を含めて、どういうようなサービスの提供、さらに、それを実現するためにはコストの削減というものも出てまいりますので、分館のあり方を含めてどのようなあり方ができるのか。あるいは学校の図書館との連携とか、そういったものも含めて、全体的に移動図書館を含めて、効率的な運営について検討していきたいというふうに考えています。  以上でございます。 ◆25番(江口是彦) 時間がなくて十分議論できませんでしたけど、甑島の図書館に関しては、本当、本土以上の、やはり文化を島にも提供する一つの拠点ですから、ぜひお願いしたいと思います。  きょうは言葉足らずでしたけど、これで3期目の区切りの質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。 ○議長(上野一誠) 以上で、江口是彦議員の個人質問を終わります。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− △延会 ○議長(上野一誠) 本日は、これで延会したいと思いますが、御異議ありませんか。      [「異議なし」と呼ぶ者あり] ○議長(上野一誠) 御異議なしと認めます。  次の会議は、明後日、9月2日、午前10時に開きます。  本日は、これで延会いたします。  御苦労さまでございました。           〜〜〜〜〜〜〜〜           午後3時6分延会           〜〜〜〜〜〜〜〜...