観音寺市議会 1996-06-18 06月18日-02号
次に、小・中学校のボランティア教育についてでありますが、文部省も偏差値教育のみならず、ボランティア活動やスポーツの実践を入学試験、また就職試験にも取り入れようとの論議がされていると報道もされ、先日の新聞紙上にも小学校教員志望者に介護実習の義務づけをしてはどうかというような検討がされていると言われ、心の痛みの理解が大切だと言われていますが、市教育委員会としても小・中学校のボランティア指導やボランティア
次に、小・中学校のボランティア教育についてでありますが、文部省も偏差値教育のみならず、ボランティア活動やスポーツの実践を入学試験、また就職試験にも取り入れようとの論議がされていると報道もされ、先日の新聞紙上にも小学校教員志望者に介護実習の義務づけをしてはどうかというような検討がされていると言われ、心の痛みの理解が大切だと言われていますが、市教育委員会としても小・中学校のボランティア指導やボランティア
都村さんが書かれておる文を読んでいただいておれば幾分理解されると思うんですけど、奇抜なことも多分ありますけど、やはり自分の親が寝込んで、実際そのような状態になったときに初めて自分が痛みを経験したということを、涙ながらに訴えておられました。
人の痛みがわからん人に福祉を語る資格はないと私は断言いたしたいと思います。これは道路管理者であります市として、直ちに撤去するように申し入れてください。本会議中にそのお答えをいただきます。 それから、一つ間違ってはならないのは、江尻土地改良区と愛生苑側との関係はるる申し上げましたが、当初は意見が対立したのは事実であります。
このため、私は、行財政の改革を第一に掲げ、取り組んでいるところでありますが、行政改革は非常に痛みを伴うものであるために、市民・議会・職員など、関係各位の理解と協力を得ながら粘り強く進めてまいる覚悟であります。
みんなが痛みを分け合うところからリストラが達成し、「冬来たりなば春遠からじ」という状態が実現すると思うのであります。 だれかの言葉の中に、「人間の価値とは学歴ではない」と。「何かができるということである」というのがあります。今、市の職員に私はこれができると言えるものが一体何人おるのでありましょうか。
したがいまして、本市におきましても、国保税の引き上げが毎年のように行われ、国保加入者へのさらなる痛みと犠牲を強め押しつけてきているのであります。さすがに、平成7年度は一斉地方選挙があり、引き上げをしなかったと思われますが、選挙が終わると早速来年度は引き上げの提案を出してきたのであります。
バブル崩壊後の我が国の経済情勢は、昨今のように価格破壊が進行し、本市行政にもその影響を如実に与えており、バブル時代のハイコスト社会から現在のローコスト社会への転換に向かうとき、行政は率先してその認識と取り組みを行うべきであり、そのためには痛みを伴うことも勇気をもって対処し、幹部職員が能力を十分発揮し、資質をより高めることと部下の管理能力を高める努力や、さらに職員と一致した熱意ある行政改革推進体制をつくり
あるいはいじめの早期発見チェックポイントというこういったもの、心の痛みのわかる子にというこういうもの、いじめ問題対策情報センターというこれは国の……。 (発言する者あり) 坂出市のはまた教育委員会から各校園に通知という形で出さしていただいております。 それでは、続きまして小・中学校のコンピューターのリース化の御質問についてお答えいたします。
一体、市は丸亀の駅前がゴーストタウンになっても全然痛みを感じないのだろうか。」という意味の声であります。 また、何年かぶりに丸亀市を訪れた人たちは、「駅は立派になったが、駅から一歩南へ出ると、タクシーは客待ちでたくさん並んでいるし、その向こう側は寂れた田舎町のようにみすぼらしい限りだ。一見しただけで、不景気なまちですね、丸亀というところは。」と丸亀市の第一印象を語ります。
いじめ被害を訴える遺書を残して命を絶った新潟県上越市の中学1年の男子生徒の心境に思いをいたすとき、関係者のみならず私たちも心の痛みとともに深い無力感に言葉を失うのであります。伊藤準君がいじめの陰湿さと両親へのいじらしいまでの感謝の言葉を残して旅立ったのは、くしくも1年前に同じように同級生のいじめに耐えかねて自殺の道を選んだ愛知県西尾市の大河内清輝君の一周忌の当日でありました。
その年の公務員の賃上げが1.18%であったことと比べてみても、国保税の引き上げ率が約9%であり、実に8倍にもなっており、納税する市民にとっては大変な痛みとなったのであります。 このような情け容赦のない無謀な引き上げが、政府の強い指導というよりも、むしろ政府の命令でもって強行されたのであります。
子供を取り巻く環境が急激に変化して、子供の世界から遊びが奪われ、遊びの中で覚える人間としての痛み・喜びを実感して成長することが少なくなっています。また、家庭での親子・家族の結びつき、地域での人とのかかわり方が希薄になり、子供の自立が困難になっています。さらに、子供を取り巻く退廃的な文化状況、政治や社会のゆがみ・病理現象など、子供が健全に成長・発達できない背景があります。
「むかつく」、「いらいらするからいじめた」、「いじめて楽しかった」など、いじめる子は相手に痛みを与えることを悪いとは思わず、生活の中でいっぱいになった不満を発散させていると言えます。しかし、こうした要因の中で、子供が多くの時間を過ごしている学校の中で、ストレス、抑圧感が異常に高まっている問題を何よりも考えてみる必要があるのではないでしょうか。
このような中にあって、市民への犠牲も、国政での悪政が根本にあるとはいえ、消費税の増税、社会保障の削減が進行しようとする中で、痛みが大きくなろうとしてきております。市民の命と暮らしを守るべき立場にある本市が、競艇にのみ頼るとはいいませんが、競艇に市民をというのでは、病んだ今の社会を変える方向にではなく、ますます病んでいく方向に市民を駆り立てる結果につながるように思えて仕方がありません。
しかし、行政が市民及び他市町民や他県の人たちの犠牲の上に、しかもその犠牲と痛みをふやすことに対して当然視をする、あるいはなれてしまうことは大変危険だと思えるのであります。来年度の競艇事業からの一般会計への繰り入れは、49億円を見込んでおります。これは、1日当たりの売上高を昨年より約1割上乗せするというものであります。
地方分権は、国政レベルでの国際貢献国家づくりを目指して、地方には財源抜きの分権化を押しつけ、その受け皿としての広域行政によって、民間活力の導入や活性化を図るというものであり、自治体に働く人たちの人員削減と、市民には税負担と受益者負担を強化し、一層の市民への犠牲と痛みを押しつけようとしております。
背骨や腰の痛みで病院を訪れるお年寄りの多くが骨粗鬆症と言われ、患者数は500万人以上で、その大多数が女性と言われています。閉経の後、骨を守る役割を持つ女性ホルモンの分泌がなくなり、骨量が急激に減るために、60歳以上の女性に多く、全国の寝たきりのお年寄りの1割が骨粗鬆症による骨折が原因と言われています。
このように子供たちにさえも痛みを強いているのが現下の我が市の財政の実情でありますが、その中にありましても可能な限りの対応に努力また工夫をいたしたいと考えております。 さらに、子供たちが将来に夢を持てるような、この子供たちが成長して市政を担当するころには、必ずやこういう苦しい思いをさせないような確固とした行政、財政基盤の確立を目指さなきゃならんと、このように考えておるところでございます。
1980年代に入ってからの日本の政治は、臨調・行革を振りかざして福祉や教育費を削り、国民、市民に痛みと犠牲を強いる中で、軍事費を急激にふやしてきた結果、今ではアメリカに次ぐ世界第2位の軍事大国になったのであります。しかも、今後もこれまでにも増して一層の軍事大国化への道を市民、国民へのますますの犠牲のもとに推し進めようとしております。
つまり、その最大の責任が国にあるとはいえ、市民の生活を守る立場を堅持せずに、国の方針どおり、国保税や保育料の値上げを初め市営住宅家賃の値上げ、市民会館等の施設使用料金や窓口での手数料の引き上げ等々の公共料金の引き上げに伴う市民の痛みと犠牲を強めてきたことにも、その都度、反対をしてまいりました。