45件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

小松市議会 2018-09-11 平成30年第3回定例会(第3日目)  本文 開催日: 2018-09-11

戦後の復興高度成長オイルショックによる経済不況安定成長など、社会の大きなうねりの中で市民幾度の難局を不屈の精神で乗り越え、今の小松市の基礎を築いてきた半世紀でありました。  それでは、通告しました4項目について順次質問をいたします。  1点目は、市制100周年を見据えたビジョン策定についてであります。  2040年に市制100周年を迎えます。

加賀市議会 2016-03-09 03月09日-03号

今、価格変動とおっしゃいましたけれども、新病院のときにはオイルショックのようなものがなくても、変動に応じたわけですね。今、石油の価格なんかが大幅に下がっているというふうに思いますが、こうしたものについては変更の申し出とか何かあるんですか、減額の申し出とか。そういうことは全くないんですか。 ○議長高辻伸行君) 菅本総務部長

加賀市議会 2014-12-11 12月11日-02号

せっかくプロポーザルという形をとっているにもかかわらず、安価に設定できず、国土交通省労務単価改定に基づいて考慮したとしても、納得できる範囲ではないと思いますし、資材単価などはオイルショックなどがなければ、そんなに急激に変動するものではないと思います。もし資材単価労務単価等の詳しい内容、内訳があればお示しいただきたいと思います。 ○副議長田中金利君) 大田新病院地域医療推進室長

加賀市議会 2012-06-12 06月12日-03号

まず、私が前回発言した背景といいますのは、運輸省に昭和47年に入りましたけれども、すぐに第一次オイルショックがありました。昭和52年には第二次オイルショックもありました。そのときの交通行政はどういう対応をしたかということを御説明申し上げますと、不要不急交通削減をすると、エネルギー問題から。当時の風潮は当たり前でした。 したがいまして、土日の交通機関ダイヤ削減、ロープウエーはストップ。

小松市議会 2012-03-19 平成24年常任委員会連合審査会 本文 開催日: 2012-03-19

バブル時代オイルショック時代、それからリーマンショック時代、その時代時代を与えられた各首長は、市民のために、まちづくりのために一生懸命やってきたんです。今もそうでしょう、今も。ただ、その中において、駅の高架化事業3点セット、あれは650億円の予算を投入したんです。たかが10万都市で高架なんですよ。あの時代、これを計画したのは竹田又男市長のときからの延々としての計画なんです。

小松市議会 2011-03-18 平成23年第1回定例会(第4日目)  本文 開催日: 2011-03-18

その間には、円が固定相場から変動相場になったため急激な円高が始まり、オイルショックを起因とする不況と二度に及ぶ経済変動をも日本は克服してきましたが、バブルを経て失われた20年が始まり、ようやく立ち直りかけたところへリーマンショック、そして現在へとつながってきています。またその間、オウム事件や9・11のゲリラ事件など歴史的な世情不安も経験してまいりました。  

能美市議会 2009-06-16 平成21年第2回定例会(第2号) 本文(一般質問) 2009-06-16

ところが、昭和48年の第1次オイルショックでは、景気状況を直撃し、高度経済成長は終焉を迎え、その後一時バブル期はありましたけれども、低成長時代へと突入し、当然ながら保険財政は年々増加する医療費を支え切れず、昭和58年には老人保健法が制定され、患者負担制度が導入され、今日に至っているのはご承知のとおりであります。  

七尾市議会 2008-09-18 09月18日-04号

そういう中で、池田内閣時代には、所得倍増という形の中で、繊維産業が大変3チャン企業といいますか、家内工業といいますか、8台ぐらい、そしてまた大きい企業には100台以上の企業の中で、この能登地方の人材によってそういう企業も発展してきましたが、やはりそれも49年、50年のオイルショック以降、大変な憂き目を見てきておるわけであります。 

能美市議会 2008-06-17 平成20年第2回定例会(第2号) 本文(一般質問) 2008-06-17

私の感想でございますけど、ご承知のように、この昭和40年後半の第1次のオイルショックによる狂乱物価と、それからインフレ傾向の様子に、当時の国民は大いに不安感に駆られると同時にヒステリー状態に陥りました。議員もご承知のとおりであります。トイレットペーパーや建築資材の買いだめなどに国民が走り回り、一時騒然とした状況になったことが、本当に鮮明に今思い出されます。

七尾市議会 2008-03-24 03月24日-05号

ただいま上程いたしました議会議案第4号についての提案説明でありますが、原油原材料高騰オイルショック以来の記録的な価格となる一方で、親事業者への納入価格公共事業体落札価格低迷を続け、「下請けいじめ」、「低価格入札」が横行するなど、中小企業を取り巻く経営環境は厳しく、危機的な状況にあるといっても過言ではありません。 

白山市議会 2007-09-13 09月13日-03号

本に書いてあるものを読んでみますと、出生率低下の原因として未婚化晩婚化が挙げられ、出生が最も多く発生する女性の年齢もかつての20歳代から、近年では30歳代へとシフトしつつあり、1970年代半ばのオイルショック以降、出生率低下基調にあるが、結婚している夫婦出生子供数だけを見れば平均して2.2人、最終的には子供を2人ないし3人産んでいる夫婦が80%強を占める極めて安定した状態にありました。

小松市議会 2005-06-13 平成17年第2回定例会(第2日目)  本文 開催日: 2005-06-13

昭和48年以降、オイルショック等によりまして経済状況変動人口頭打ち等によりまして給水量の伸び悩み、これは需要予測に大幅な狂いから受水量の見直しを県当局と交渉したところでございます。  したがって、経過的に申し上げますと、昭和50年9月が受水量10万トンでございました。54年12月には受水量を5万トンに変更させていただいております。そして、57年11月には現在の3万2,000トンと。

七尾市議会 2004-03-08 03月08日-01号

我が国をとりまく国際情勢は、イラクの復興支援のための自衛隊派遣や、北朝鮮の拉致問題、核・ミサイル問題を包括的に解決し、日朝国交正常化を目指していかなければならないことなど、政治的に解決していかなければならない課題が山積していることに加えて、アメリカのBSEやアジア各地で発生している鳥インフルエンザなど、かつてのオイルショックのように世界各地で起こっている社会的、経済的な諸問題が国民一人ひとりの生活

金沢市議会 2003-03-10 03月10日-02号

しかし、皮肉にも2度のオイルショックを経て、県水を受水する昭和55年ごろには、経済の低成長とともに、水需要の増加にも陰りが見え始めてきました。これ以降、県水受水市町は、3年ごとに上がる受水料金と年々の受水量のアップというダブルパンチによって大変厳しい水道財政の運営を強いられ、県当局受水市町の間で長い間攻防が続けられてきました。

小松市議会 2000-12-11 平成12年第4回定例会(第2日目)  本文 開催日: 2000-12-11

オイルショック円高等、これまで幾度なく不況を乗り越えてきましたが、今の現状はこれまでない最悪の状況と思われます。割高な電気料金人件費等、ハンディを背負い技術力の向上とコスト削減に取り組んで克服してきたが、業界は「コスト削減自助努力は限界に来ている。自分たちだけではどうしようもできない」と厳しい現状を訴えています。  

金沢市議会 1998-09-17 09月17日-03号

昨今、社会資本整備時期の初期と後期、例えばオイルショック前と後の違いにより、社会資本質そのものにおいて格差が生じていると考えますが、市長の見解を伺います。 例えば、市営公園整備世帯面積に応じた割合、市道幅員、側溝の深さ、宅地と道路の高低差より生じる段差など、金沢市の社会資本整備充足率にあらわれない住みにくさが表面化してきております。