41件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

日立市議会 2018-09-28 平成30年第3回定例会〔上程議案等〕 開催日:2018-09-28

│ │              │東海第二原発近くには、処理工場の超危険な「高レベル廃液」が保管 │ │              │されており、日立港には油槽所、巨大ガスタンク群や、油タンカー、大 │ │              │型船舶の出入等、複合災害、被害拡大の脅威が現実にあります。    

ひたちなか市議会 2017-09-12 平成29年第 3回 9月定例会-09月12日-03号

ガラス固化体というのは既に六ヶ所処理工場の試運転で117本つくられておりますけれども,通常の固化体は54本にすぎなくて,残りは不良品だというふうに言われているんですね。だから,そういう不良品もつくられていて,本当に安全なのかというところがありますので,その辺の認識はいかがでしょうか。 ○武藤猛 副議長  須藤雅由市民生活部長。          

土浦市議会 2011-12-13 平成23年 第4回 定例会-12月13日−03号

処理工場や高速増殖炉実験炉もある原子力県なのであります。この茨城で東海第二原発の廃炉を実現し,安心して安全に暮らせる地域社会を今まさに構築していかなければならないと考えます。土浦市としても,福島第一原発事故による多大な損害を東電に請求もしている被害者としての市でもあります。また,ホットスポットがあちらこちらに存在し,30キロ圏内よりも危険地域と言っても過言ではありません。

筑西市議会 2011-06-20 平成23年  6月 定例会(第2回)-06月20日−委員長報告・質疑・討論・採決−06号

それが青森県六ヶ所村にそういう貯蔵・処理工場というのがありますが、もうあそこでも満杯だと。54基の原発がありますが、そこでも貯蔵プールには大体あと何年か先ではもう満杯になってしまうというような話で、これはもう技術の未完成であるから非常にこれから大変なことになると。この使用済み核燃料放射能そのものを半減するのには何万年もかかるという話だ。だから、一時新聞でも報道されました。

ひたちなか市議会 2011-06-09 平成23年第 3回 6月定例会−06月09日-02号

住民参加による避難訓練も実施されておりますが、本市におきましては、平成16年度に行われた東海村処理工場における事故を想定した訓練におきまして長砂地区の住民が避難し、足崎及び高野地区の住民は屋内退避を行うなど訓練に参加してございます。今後の原子力防災訓練においては、福島第一原発の事故を踏まえて事故の想定や対応訓練など内容が検討されるものと考えます。

ひたちなか市議会 2003-09-29 平成15年第 4回 9月定例会−09月29日-付録

│  │  │     │  東海事業所  │2 核燃料サイクル開発機構東海事業所の事業概│  │  │     │         │ 要について                │  │  │     │         │  核燃料サイクル開発機構東海事業所におい │  │  │     │         │ て、事業の説明を受け、処理工場の視察を行│  │  │     │         

日立市議会 2003-09-09 平成15年第3回定例会(第3日目) 本文 開催日:2003-09-09

東海村の当時の動燃、現在の核燃料サイクル開発機構の処理工場爆発火災事故から6年、JCOの臨界事故から4年がたち、また、山林火災や風水害の記憶からも次第に遠ざかり、事故災害に対する備えについて、私たちは改めて事故災害のときの貴重な教訓を思い起こし、市民と市役所との協働によるきめの細かい日常的な防災対策の充実と継続的で基礎基本にのっとった訓練などをきちんとしておくことが災害に備える一番の近道であると

ひたちなか市議会 2001-12-13 平成13年第 4回12月定例会-12月13日-03号

平成9年3月11日、旧動燃東海事業所処理工場内のアスファルト固化処理施設での火災爆発事故、2年前の9月30日、核燃料加工施設ジェー・シー・オーでの臨界事故と、相次ぐ事故原子力災害による肉体的、精神的、経済的な極めて重大な被害を多くの市民がこうむるとともに、情報伝達のおくれや事故対策の混乱、危機管理の欠如等、原子力防災に対する不備がさまざまな角度から指摘をされたのは記憶に新しいことであります。

ひたちなか市議会 2001-03-06 平成13年第 1回 3月定例会-03月06日-01号

2.核燃料サイクル開発機構東海事業所の事業概要について 核燃料サイクル開発機構東海事業所において、事業の説明を受け、処理工場の視察を行った後、質疑を行った。3.その他 オフサイトセンター建設予定地、常陸那珂港北埠頭を視察し、執行部の説明を受けた。  第5回委員会 平成12年7月28日 都市計画マスタープランの概要について、執行部から説明を受け、質疑を行った。次に、視察の日程について協議した。  

ひたちなか市議会 2000-12-15 平成12年第 4回12月定例会-12月15日-04号

人口密集地域における原子力センターは世界には類例を見ない立地であり、核燃料処理工場による通常公衆被爆は国内のいかなる原発立地点よりも3けたも違う数字ですよ。長砂地先でいえば、昔の単位でいうと32ミリレムという公衆被爆を前提として安全審査が通っているんです。国内のいかなる原発立地点よりも全然違うひたちなか市なんです。

ひたちなか市議会 2000-09-13 平成12年第 3回 9月定例会-09月13日-03号

このような状況のもとで東海処理工場の再開が行われようとしております。この問題については、既に国はゴーサインを出し、県の原子力安全委員会でも安全を確認したとしており、残る県原子力審議会の審議の行方が注目されております。審議会のメンバーの1人である清水市長にお伺いをいたします。  まず第1点は、去る6月議会で、私は、この問題について市民の意見をきちっと把握すべきであると申し上げました。

ひたちなか市議会 2000-06-15 平成12年第 2回 6月定例会-06月15日-03号

3点目は、核燃機構処理工場の再開問題について伺います。  火災爆発事故から3年、核燃機構は、3月27日に茨城県東海村に対し処理工場の再開を申し入れました。東海処理工場施設の臨界安全性を含む安全性については、既に国の原子力安全委員会の判断で妥当とし、5月19日に開かれた県の原子力安全対策委員会もこの国の判断を追認しました。

ひたちなか市議会 2000-06-08 平成12年第 2回 6月定例会-06月08日-目次

………………………………………………… 91    (1)市内海水浴場    6番 二平基代枝君 ……………………………………………………………………… 95    1.子供の育ちを保障する保育行政の一層の充実を ………………………………… 95    2.介護保険、スタートから2カ月        問題点の改善を ………………………………………………………………… 96    3.核燃機構の東海処理工場

日立市議会 2000-06-05 平成12年第2回定例会(第2日目) 本文 開催日:2000-06-05

1、核燃料サイクル開発機構東海事業所処理工場について。  3月27日、核燃料サイクル開発機構東海事業所は、茨城県東海村東海処理工場の再開を申し入れました。日本共産党は、この間の調査などから、東海処理工場には安全上、重大な欠陥があることをさらに明らかにし、再開の中止を引き続き求めています。  第1に、平成9年3月11日に起こした火災爆発事故の原因が特定されていません。  

ひたちなか市議会 2000-03-16 平成12年第 1回 3月定例会-03月16日-04号

官民挙げて処理工場反対運動をやってきた旧勝田市などにはもともと安全神話などというのはなかったんです。事は現実問題であることが証明されたんです。この市民であるからこそみずからの主張を持つのが当然です。ましてや市長は、我々議員も同様ですが、責任を持ってみずからの見解表明をしなければならないと思いますが、いかがですか。

日立市議会 1999-12-07 平成11年第4回定例会(第3日目) 本文 開催日:1999-12-07

私は9月議会で、その危険性と、プルトニウムの再利用が、世界的に見ても破綻していることを挙げ、2年前に事故を起こした処理工場再開に反対する考えを述べて、市の対応を伺いました。今回の事故も、ウラン濃縮度18.8%という高速増殖炉の実験炉「常陽」の燃料に関連したものでした。改めて処理工場の再開は認めるべきではないと思いますが、市の考えをお聞きいたします。  

日立市議会 1999-10-14 平成11年第3回臨時会(第1日目) 本文 開催日:1999-10-14

私ども日本共産党では、2年前の処理工場事故といい、今回の事故といい、原子力に関する安全神話は崩れたという考えのもとに、原子力行政の抜本的見直しをするよう国へ要望しているところですが、今回の意見書に関しましては、私どもと同じ意見であるところに関しまして賛成するところです。  

日立市議会 1999-09-14 平成11年第3回定例会(第3日目) 本文 開催日:1999-09-14

1997年3月11日の東海処理工場アスファルト固化処理施設での火災爆発事故は、施設のシャッターや窓が吹き飛び、37人もの被爆者を出し、施設外の環境放射能が放出、60キロも離れたつくば市でも放射性物質が検出されるなど、国内の原子力事故としては最悪・最大のものでした。  97年12月、事故調査委員会は最終報告書をまとめましたが、明確な事故原因は特定できませんでした。