北広島市議会 2017-07-07 08月30日-03号
次に、「寒地稲作この地に始まる」皆さんのところに配付してあると思いますけれども、町村知事の筆太の碑文がきらりと秋の陽を返し、中山久蔵翁の温和なプロフィールが参加者一同に微笑みかけた、本道米づくりの父、中山久蔵の偉大な功績をたたえて、広島村字島松1番地に建立された「北海道産米先駆功労者・中山久蔵記念碑」の除幕式が行われた一瞬であります。
次に、「寒地稲作この地に始まる」皆さんのところに配付してあると思いますけれども、町村知事の筆太の碑文がきらりと秋の陽を返し、中山久蔵翁の温和なプロフィールが参加者一同に微笑みかけた、本道米づくりの父、中山久蔵の偉大な功績をたたえて、広島村字島松1番地に建立された「北海道産米先駆功労者・中山久蔵記念碑」の除幕式が行われた一瞬であります。
しかし、一方で教育委員会では島松駅逓所を知新の駅サテライトに指定し、寒地稲作発祥の地として周辺の遺跡等を含めた周遊の整備が計画されておりますし、また、市民の間では、「ボーイズ・ビー・アンビシャス」、クラーク博士の別れの地を記念する、そういう取り組みを行おうとする動きも出てきております。 これに農業体験や美しい農業景観が合わされば、この地域は多くの方が訪れ、学び、楽しんでいける地域になると考えます。
さて、2月16日に東京都で開催された釧路港ポートセミナーで、積雪寒冷地の港湾の利活用に関する調査研究等を行う寒地港湾技術研究センターの川合紀章理事長の講演の中で、北極海航路における釧路港の地理的優位性などが強調されていたと聞いておりますが、釧路港も昨年11月に官民連携で釧路港北極海航路研究会を発足させ、北極海航路の利活用に向けて動き出しています。
降雪が経済活動に及ぼす影響につきましては、その評価方法を国立研究開発法人寒地土木研究所の助言を得ながら検討してきたところであります。具体的には、この冬、モデル路線を抽出いたしまして、積雪の状況による交通量や走行速度の変化などから除排雪による経済的効果を推計する調査を行う予定でございます。
北広島は寒地稲作発祥の地であり、中山久蔵さんでありますとか、赤毛米というのがありまして、特に、市のそのほかのいろいろな計画の中には、こういう過去の偉人というんですか、こういう方たちのことが盛り込まれているのではないかと思います。
しかし、近年、中山久蔵の寒地稲作発祥の地として、脚光を浴び、全道的にも注目されつつあります。もしかすると、千歳空港に降りて札幌に向かう途中に立ち寄る、北海道でも有数の観光スポットになるかも知れません。そういった意味においては、道路を整備することは決して無駄にはなりません。ですから、私は、議員として地域の再生の基盤整備として輪厚三島線の道路整備に全力を注いでいます。
北広島市は寒地稲作発祥の地とされ、農業は開拓以来基幹産業としてきましたが、近年は農家の高齢化や担い手不足による農地の減少、耕作放棄地の増加が進んでいます。2010年は2,160ヘクタールだった耕地面積が、本年3月末現在で2,030ヘクタールとわずか5年の間に130ヘクタールも減少しています。
私も、1月3日から7日まで、祖母井部長を団長とする訪問団でハルビンの国際氷雪祭と寒地博覧会に行ってきましたけれども、この中で、ハルビン市の劉奇副市長から、魚や肉の缶詰工場、あるいはビートの製糖工場などの技術支援、これを旭川市に求められております。
こうした田中知事の意図の具体的現れが道立の寒地建築研究所の設置であり、後に北海道住宅供給公社が主として建設したコンクリートブロック造りの通称三角屋根と称される寒地向け住宅であります。 北海道は昭和28年頃から住宅不足で、総合開発進展に伴う流入人口増に対応できる住宅供給が迫られておりましたけれども、その解消は容易ではなかったようであります。
◎市長(高橋定敏君) 北海道のような寒地におきましては、ある意味では、やはり冬期間もある程度自由に遊べる全天候型のスポーツ施設であったり、そういう要望はいろいろな地域で多いということも聞いておりますし、事実、札幌ドームなんかは、札幌市として、北海道全体として、道民から愛され利用されている施設だと私は考えております。
次に、気象観測システムの活用についての御質問がございましたけれども、本市におきましても、札幌管区気象台ですとか日本気象協会、さらには、独立行政法人寒地土木研究所のホームページなどから気象情報を入手しながら、出動時間につきまして、除雪センターなどと連携を密にしているところでございまして、今後におきましても、さまざまな情報を入手する中で、なるべく的確な出動となるよう心がけてまいりたいと存じます。
その中で釧路市と独立行政法人の寒地土木研究所と協定を結んでおります。その中では、これまでは道路関係の技術的な支援、相談に乗っていただいたんですけども、河川のこともお話をさせていただきましたら、河川のほうも内部で独立行政法人のほうで相談に乗ってくれるというお話がことしいただきました。
本市は皆さんもご承知のとおり北海道寒地稲作発祥の地です。広島県人が入植されて130年の歴史の中で、農業から地域づくり、まちづくりが始まりました。明治、大正、昭和、平成と4代にわたって本市は開発発展が進められて、今日に至っています。先人の苦労がいかに大変であったか。想像を絶することが窺えます。
わがまちは寒地稲作の原点でもあるわけですし、私はそのイベントをテレビで見た時に、なんてわがまちにふさわしいイベントなんじゃないだろうか。北海道米の産地であるこの北広島市が、こんなイベントを発想できれば、まあ、彼らのまねをすることになりますから、どうかということになりますけれども、そういったことをやはり考えていくことが必要なんだろう。
中でも、北海道における寒地型、あるいは、1人の要介護支援のためにかかる経費などを含めると、全国一律の単位を提供すると、明らかにその給付に負担がかかるか、あるいは、他の財源を手当てするといった大きな問題から、制度そのもの持続性というのは不可能でないかとさえ私たちは考えております。
第3回目の委員会、これは26年3月4日開催でございますが、独立行政法人の寒地土木研究所の地域景観ユニット総括主任研究員の松田泰明様に講師になっていただいて、北海道におけるドライブ観光と道の駅の魅力向上についてという内容で、基調講演を行っていただいております。その後、委員会で講師も含めて全員と厚真町における道の駅の可能性について考えるということを題材に意見交換を行っております。
そうしますと、昭和28年に苫小牧市市制5周年を記念して、旧西町地区で寒地向け住宅博覧会が開かれ、ブロック住宅促進による地場産業の育成に寄与されたとしていますし、製造されていた会社が西田信一社長の弥生ブロック株式会社と聞いていますから、歴史的におもしろい建物と私は考えております。これから調査、研究を行うということですが、民間の施設で対応が難しいと思いますが、早急に検討をお願いしたいと思います。
昨年は、中山久蔵翁が、道南以北では不可能といわれた赤毛米の寒地稲作に成功してから140周年の年でありました。 本年は、明治17年に広島県人和田郁次郎翁等103人が、一村創建を目指して入植してから130年という節目の年にあたります。
あと、もう一方、試験結果のところでございますけれども、ここにつきましては、既に寒地土木研究所もやってございまして、ここでは問題ないということでございますが、この間、例えば運送業とか、自動車業界の方からの要望を受けた中で、どうも苫小牧の雪質がああいった粘りつくような雪質で、なかなか問題なのだと心配をされているということもありまして、私どもは独自に調査をさせていただいている、試験をさせていただいているということでございます
ただ、展示について、この北広島には寒地稲作、今回140周年のやつやりましたけども、当市には中山久蔵ですとか、あるいはクラーク博士、和田郁次郎という3人の偉人が、先人がまちづくりにかかわっておりますが、その3人に対してはどのような展示を考えているのか。 ○議長(中川昌憲) 文化課長。