広島市議会 2017-06-23 平成29年第 2回 6月定例会−06月23日-02号
こうした方々に被爆の実相に触れていただくとともに,75年間草木も生えぬと言われた廃墟と化したまちから復興したこの美しいまちの姿を見ていただくことで,平和への思いを共有していただけるのではないかと思います。 このような中,被爆75周年となる平成32年に,全国都市緑化フェアを広島で開催すると聞いております。
こうした方々に被爆の実相に触れていただくとともに,75年間草木も生えぬと言われた廃墟と化したまちから復興したこの美しいまちの姿を見ていただくことで,平和への思いを共有していただけるのではないかと思います。 このような中,被爆75周年となる平成32年に,全国都市緑化フェアを広島で開催すると聞いております。
意見書案第13号 衆議院議長 参議院議長 あて 内閣総理大臣 外務大臣 広 島 市 議 会 議 長 名 国連での核兵器禁止条約制定交渉会議に日本政府が参加し,同条約制定に主導的役割を果たすことを求める意見書案 1945年8月6日,広島市は一発の原子爆弾により一瞬にして廃墟と化し,同月9日に原子爆弾の犠牲となった長崎市
1発の原子爆弾で廃墟と化したあの日から,緑と笑顔のあふれるまちへと見事に復興を遂げた広島市は,その諦めない底力を今こそ発揮するときを迎えており,我々はこの地上に核兵器の廃絶された世界を必ずや示し,被爆者の方々へ報いなければなりません。
しかし、近年では坂と路地で廃墟となりかかっていたが、このロケーションに魅せられた女性のNPO理事長が若者を巻き込みながら再生に取り組み、尾道市から、この地区の空き家バンクの運営を委託されるまでになり、若者定住も結構な実績がある。
美学、美しい学問ですが、美学の中では、「この世の中で最も美しいものは廃墟の中にある」という言葉がございます。空き家対策にしっかり取り組んでいただきまして、尾道を宝のまちにしていただきたいというふうに思います。 次に、交通渋滞解消対策についてお伺いをいたします。 本市の旧市街地は、春秋ゴールデンウイークや行楽シーズンなど、毎年交通渋滞が起きております。
現地では廃墟と化したまちが残り、戻れる地域が発表されても、実際の生活は果たしてできるのでしょうかという心配をしております。広島の原子爆弾投下後、人が住めないまちになると言われていました。しかし、現在のように復興し、繁栄をしています。しかし、広島、長崎における原子爆弾による熱線と放射能は今の福島の放射能による放射線量とは大きな違いがあると思います。
現地では廃墟と化したまちが残り、戻れる地域が発表されても、実際の生活は果たしてできるのでしょうかという心配をしております。広島の原子爆弾投下後、人が住めないまちになると言われていました。しかし、現在のように復興し、繁栄をしています。しかし、広島、長崎における原子爆弾による熱線と放射能は今の福島の放射能による放射線量とは大きな違いがあると思います。
決議案第5号 オバマ米国大統領の広島訪問を受け,被爆地から核兵器廃絶と世界恒久平和の実現への決意を表明する決議案 1945年8月,広島・長崎両市は一発の原子爆弾により一瞬にして廃墟と化し,両市合わせて21万人を超える多くの人々の尊い命が奪われた。放射線による被爆者の苦しみは今もなお続いている。
世界で最初に被爆し,廃墟の中から活力とにぎわいのある,そして,水と緑にあふれる美しい都市として復興を遂げたこの広島は,平和のとうとさを体現するまちであります。この国際平和文化都市広島へ人生の基礎をつくる時期にある海外の若者に,より多く来訪いただき,核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け,自分たちに何ができるのか,何をすべきなのかを考えていただくことは大切であると考えております。
そんな空き施設ですが、利用計画がない施設は廃墟になっても解体しないので、そのままのものもたくさんあります。年間でどの程度解体を進めているのかお伺いいたします。 ◎財務部長(澤村直樹) 年間という御質問なので、これまでの件数でお答えさせていただきますと、これまで廃校となった23校のうち、吾妻小学校を初め6校において17棟の解体を実施しております。
そんな空き施設ですが、利用計画がない施設は廃墟になっても解体しないので、そのままのものもたくさんあります。年間でどの程度解体を進めているのかお伺いいたします。 ◎財務部長(澤村直樹) 年間という御質問なので、これまでの件数でお答えさせていただきますと、これまで廃校となった23校のうち、吾妻小学校を初め6校において17棟の解体を実施しております。
何年も何年も置かれるのは,広島市の帳面上,そうなることは別に問題ないんですけど,問題なのは地域の人たちから見たときに,そこは廃墟ですよ。廃墟が地域の中の一等地を占める。そういう状況で地域を活性化してくれと言われてどうやってやるん。 だから,その部分を売却できるところだけやりますとかではなくて,売却できないところもあります,それは。活性化できないところもありますよ。
その際,よく考えなければいけないのは,廃墟となっている原爆ドームが,なぜ世界遺産に登録されたのかということであります。 日本に世界遺産はどんどんふえておりますが,その中でも,原爆ドームは宮島などの他の世界遺産とは違って,いわゆる負の世界遺産だということが最も重要なことで,この点をしっかり踏まえた取り組みが必要だと考えます。
人類史上最初の被爆都市である広島は,70年間,あるいは75年間,草木も生えぬと言われた廃墟の中から,先人のたゆまぬ努力と国内外の温かい援助によりまして,目覚ましい復興を遂げ,平和の象徴,希望の象徴として,世界の人々から認められるまでに至り,本年,被爆70周年という節目の年を迎えました。 この間,被爆者の憎しみや苦しみ,悲しみは筆舌に尽くしがたいものであり,また,消え去るものではありません。
広島は人類最初の被爆地として,核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を世界に訴えていくとともに,廃墟から復興した平和と希望の象徴であり続ける必要があります。そのために平和を願い広島を訪れる世界の人々に対し,被爆の惨禍や被爆者の平和への思いを広め,伝えるとともに,訪れる人々が集い,学び,考え,語り合えるように憩う場などを提供することが重要となります。
容積率の特例許可によってもマンションの建てかえが困難となった場合、廃墟化する可能性も指摘されており懸念をしているが、どうかという質疑に対し、国としては、マンションの建替え法の改正で、建てかえをせずに敷地そのものを売却するような制度、売却後もディベロッパーが土地開発を進めるような制度をとり、廃墟とならないような施策をとっていくようであるとの答弁がありました。
それでは,質問の戦後70年をどう考えるかということですが,戦後70年というのを私は今年広島でつくづく感じたことは,広島は70年前には原爆で壊滅,廃墟の状態,都市であったわけですが,70年たって,あの広島の復興した姿を見るにつけ70年前にこの都市が廃墟だったんだろうかと。私は原爆の後,広島を訪ねたことはありませんから,あとといって10年近くたってからですから,そういった思いがしておりますが。
これについては、これまで新規就農者であったりとか担い手であったりとか、あらゆる面で中山間地域の活性化という発想のもとに、休耕田であったり、あるいは廃墟となるようなそんな住宅であったり、いろいろな意味で今中山間地域が疲弊をしつつある中で、何とかこれまでのような元気を保とうではないかというふうなもとで農業従事者の支援をしてきたわけです。
広島平和記念都市建設法により,廃墟となったまちを復興させたことは承知していますが,何を根拠に国際平和文化都市というのでしょうか。 そこで,他の政令指定都市を調べてみたところ,19市中15市が国際化推進プラン,あるいは,それに準じたプランを作成していました。
75年間は草木も生えぬと言われた廃墟の中から,市民のたゆまぬ努力により,目覚ましい復興を遂げ,70周年という大きな節目を迎えます。今後も平和を願い,平和都市の建設を進めてきた先人の努力をしっかりと受け継ぎ,私たちの願いである核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を目指す平和原点の地としての広島であり続けなければならないと思います。