直方市議会 2021-06-21 令和 3年 6月定例会 (第6日 6月21日)
2点目の直方市の体育館、建築は昭和48年となっております。 ○教育部長(安永由美子) 建て替えについてどのように考えるかというところでございます。市全体の計画といたしましては、公共施設等の総合管理計画がございますが、体育施設の個別の計画は、今、まだございません。検討をしなければならない時期というふうには考えております。
2点目の直方市の体育館、建築は昭和48年となっております。 ○教育部長(安永由美子) 建て替えについてどのように考えるかというところでございます。市全体の計画といたしましては、公共施設等の総合管理計画がございますが、体育施設の個別の計画は、今、まだございません。検討をしなければならない時期というふうには考えております。
これは、昭和32年頃、植木と直方が合併したときに、その当時はそういう工法が、今みたいに重機もないし、それで川の中を潜る。ほかにも、今まで、ちょっとあったんですけどね、そういう方法で入ってます。 それから、もう一つ、その当時は継ぎ手が印籠継ぎ手、継ぎ手に鉛を打ち込むという、私も施工をしたところを見たことないんではっきりは分からないんですけど、鉛を打ち込むというような工法らしいです。
直方・鞍手広域市町村圏事務組合につきましては、昭和47年7月に設立されております。当時、消防業務につきましても1市4町での発足について協議が行われておりましたが、結果的には協議が整わず、当分の間、当時の宮田町、若宮町、小竹町、鞍手町の4町で構成することとなり現在に至っております。
対象物件では、昭和56年5月31日以前に竣工したもの、所有権以外の権利が設定されていないこと。公共事業等による移転、建て替え等の補償の対象になっていないもの。住居部分の面積が延べ床面積の2分の1以上であるもの。評定項目の評点の合計点数が100点以上のものなどとなっております。以上でございます。 ○10番(渡辺和幸) 歳入は結構です。2款1項6目ですね。
右欄別表、市営住宅中、第一光田市営住宅の建設又は取得年度の「昭和49年度」の項を削除し、左欄のように改正しようとするものです。 最後に、附則といたしまして、この条例は、公布の日から施行するといたしております。 以上、議案第6号について御説明いたしました。よろしくお願いいたします。 ○議長(中西省三) 議案第7号について、提案理由の説明を求めます。
○市長(大塚進弘) 第3次直方市総合計画、これも、ちょっと私も総合計画の一部に関わっておりましたんで、思い起こせば、第3次総合計画、平成3年と、今、御案内ありましたけれども、ちょうど直方市が昭和50年代人口が増加して、状況としては、本当に読み返してみると夢のある絵を描いてるんだなあと。新幹線の話も盛り込まれている。壮大なスケールの花の都市。
この構想は、昭和63年コンピュータ・カレッジ事業計画、直方ソフトパーク構想から始まり、平成7年にメカニズムとエレクトロニクスとの融合をテーマとする直方メカトロビジネスタウンの開発計画が具体化されてきたと伺っております。 かつて直方市は石炭関連産業の集積地として発展してまいりましたが、炭坑の閉山に伴う大量失業や公害への対応のため、旧産炭地振興策として、国は石炭六法や激変緩和措置を講じました。
まず、直方市体育館の建て替えについてですが、私の記憶では、昭和48年に建設されたと思うんですが、既に50年近くたっております。当然、建物として老朽化しており、内部施設も不都合なところが多数出ており、エアコンの空調設備も完備しておりません。今はエアコンが完備してない市立体育館のほうが珍しいぐらいでございます。当然、夏は蒸し暑く、冬は真から底冷えする。
まず、直方市介護保険条例の改正でございますが、附則第6条におきまして、「特例基準割合」を「延滞金特例基準割合」に、括弧書きの「当該年の前年に租税特別措置法(昭和32年法律第26号)第93条第2項の規定により告示された割合」を「平均貸付割合(租税特別措置法第93条第2項に規定する平均貸付割合をいう。)」に改めます。 また、「(以下この条において「特例基準割合適用年」という。)」
二つ目、昭和56年5月31日以前に建築または工事着手したものであること。 三つ目、耐震診断の結果、建物の上部構造評点が1.0未満であること。 4点目に、現に居住者がいること。 5点目に、建築基準法及び関係法令の規定に違反していないこと。
○都市計画課長(田辺裕司) 議員御案内のとおり、昭和34年9月に開通しており60年以上経過しております。現在は、筑豊電気鉄道において2年に一度定期点検の実施と国や県の補助を活用しながら塗装の塗り替え等の必要なメンテナンスを定期的に行っており、現時点で早急な改修が必要という状況ではないと筑豊電気鉄道からは聞いております。以上です。
直方・鞍手広域市町村圏事務組合につきましては、昭和47年7月に設立されております。当時、消防業務につきましても1市4町での発足について協議が行われておりましたが、結果的には協議が整わず、当分の間、当時の宮田町、若宮町、現在の宮若市になっておりますが、それと小竹町、鞍手町で構成することとなり、現在に至っております。
市内の小中学校の施設は昭和40年代から昭和50年代初めに建築され、経年的な老朽化が進んでおり、そのため計画的な改修、改築、耐震化が進められている現状です。また、全校にエアコンも設置されましたが、約10年後にはそのエアコンの更新時期もやってまいります。
直方高校は昭和29年ですかね、全国制覇しておりますし、準優勝が4回ですかね、3位が3回ぐらいですかね。もちろん渡辺和幸議員も直方高校で全国準優勝したときのチームの一員でございます。ちなみに自分のことであれですけど、一中がバレー部は渡辺和幸議員、二中が渡辺幸一議員、三中が那須議員と私が、4人ですね、バレー部出身ということで、非常に寂しい思いをしとるわけですね。
また、郷土研究会の資料によりますと、この関係の要望については昭和52年、昭和56年、昭和58年の3回直方市への陳情や市議会への請願が出されている。また直近では、平成26年、副市長、恐らくこれは当時大塚さんだったと思います、教育長、市議会議長へ面談され要望がなされています。いずれも財政難という理由で難しいとの回答で立ち消えとなっています。
昭和初期に民間の公園として整備され、当時は日若公園と呼ばれていたそうです。戦後に多賀公園と名称を変更、昭和45年に敷地面積2万5,290平方メートルの近隣公園として直方市の公園となりました。以上です。 ○5番(渡辺幸一) 次に、公園施設はどのようなものが設置してあるのか教えてください。
2020年ですね、2020東京オリンピックの聖火リレーの県内ルートについてということでございますが、私も前の東京オリンピックのときは昭和39年ですかね、たしか小学校5年やったと思いますが、北小学校におりましたので、あそこに、沿道に、今のこの大通りに出まして聖火を見ました。
○総合政策部長(大場 亨) 自治区公民館連合会につきましては、基本は小学校区の区割りによりますが、昭和56年に直方東小学校の開校により小学校区の見直しが行われたことなどで自治会が組織する校区と小学校区が異なるところがございます。連合会は行政と協働し活動を行っておりますけども、任意の団体でございますので、組織内の区割りにつきましては行政が見直し変更などを行うものではございません。
市民球場は昭和45年開設です。体育館が昭和48年の開設になっています。これはどちらももう50年、半世紀たつ施設です。特に体育館、今まで私もバレーとかいろんな競技をしておりましたけど、実際はっきり見てみました、今回。そこで、まず外壁、玄関正面は29年に修理されておりますけど、側面にロープが張られて、駐車はしてはいけない地域になってますね。
各条例が制定された時期につきましても、調べましたが、昭和7年から平成30年までさまざまでございます。その時々で担当部署の判断により作成をされております。