大野城市議会 2007-03-01 平成19年総務委員会 付託案件審査 本文 2007-03-01
私どもが思っておりますのは、一人は弁護士、もう一人は女性政策に詳しい方、この二人でいろいろな側面を補われれば、先ほどからの心配もありましょうけれども、極端な判断、例えば非常に右翼的な弁護士で、こんなもんでは受けられませんというようなことがないような均衡を保つのではないかと思っております。 以上でございます。 95: ◯委員(神野芳行) 今の部長の説明、よくわかりました。
私どもが思っておりますのは、一人は弁護士、もう一人は女性政策に詳しい方、この二人でいろいろな側面を補われれば、先ほどからの心配もありましょうけれども、極端な判断、例えば非常に右翼的な弁護士で、こんなもんでは受けられませんというようなことがないような均衡を保つのではないかと思っております。 以上でございます。 95: ◯委員(神野芳行) 今の部長の説明、よくわかりました。
続いて、右翼の街宣による拡声機による暴騒音の規制についてお伺いいたします。 本市のこの本議会においても、昨年の12月議会、平成17年12月14日に、この本議会が3回中断いたしております。さきの6月議会、平成18年6月13日の議会におきましても4回議会が中断されております。
│ │ │ │5.右翼等による拡声機による暴騒音の規制について │ │ │ │ (1)議会中断をせざるを得ない状態が発生する。近隣の脳病院、保育 │ │ │ │ 所、小学校等の迷惑を考え暴騒音規制条例をどう考えるか。 │ │ │ │ (2)庁内の手続きを得て実現の可能性は、いつ頃の見込みか。
…………………………………… 33 (1)20番 尾野 正義 ………………………………………………………………… 33 ・ 高齢者の健康管理について ・ 職業無料紹介について ・ コミュニティセンター有料化後の問題点について ・ 観光客誘致について ・ 右翼等
その間、右翼による街宣に始まり、逮捕、裁判、判決と一連の決着を見ましたが、口ききの要素を残すところに問題発生の種火を残すことになる。指名選定委員会対象の金額を2,000万円から1,000万円に下げることを提案申し上げてまいりました。「多忙だからできない」と説明を受け、「1年間、1,500万円を下限とした試行をする」との答弁をいただいております。
民主主義を批判してマスコミから右翼反動というレッテルが張られるようなものだが、小泉改革を批判すれば政治生命を失いかねないのが現在の改革神話なのである。本人も構造改革とは一体何なのかわかっていないのではないか、大声で改革改革と叫んでさえいればだれもが恐縮して後ずさる。マスコミ受けも悪くない、それまで改革をスローガンにしていた野党もこれには文句のつけようがない。
かって、労働運動に対して敵視政策が盛んなころ、組合の分裂を策動したり、右翼が乗り込んできて組合解散を叫んだり、悪魔の手によって70人からの集団脱退、別の組合ができたりして職場が真っ暗くなり、不幸なときの経験もございます。私は、こんなぎくしゃくした話ではなく、こんな厳しい時代だからこそ、労使が信頼関係に立って今やっていると思います。
センターに寄せられる相談件数は、 年間300件から400件ございます。 それぞれの相談に応じて的確に助言、 指導を行っておりますが、 そのうち警察と連携をとった方がよいと思われる相談は、 今年度を見ますと、 2月末現在で64件ございました。 このうち21件につきましては、 直接警察に連絡して対応する必要があると認められた相談でございます。 例えば、 暴力団組員への借家明け渡し要求の相談や、 あるいは右翼団体等
ところが、それが軍部と右翼の逆鱗に触れまして、浜口さんは東京駅頭でピストルで佐郷屋という若い青年に撃たれました。しかし、彼は、そのときに、これは男子の本懐であると叫んだんですね。引かなかったんです。そして病院に入りまして、治して、まだ立派に治ってなかったけど、当時の民生党が国会に出てこいということで出て行ったんです。そして、無理をして、ついにばい菌が入りまして亡くなりました。
いでおります。 以来、 犯罪や暴力のない明るいまちづくりを目指し、 警察などの関係機関との連携のもと、 暴力追放意識の高揚のための啓発活動や暴力団等の排除活動など、 官民一体となった暴力追放運動を展開しています。 この民事暴力相談センターが、 ことしで設立15周年を迎えることとなっています。 最近では、 暴力団等の活動がますます巧妙化、 潜在化、 多様化していると言われ、 特に、 えせ同和、 えせ右翼
戦後、日本では、愛国心とか日本固有の文化・伝統などと言うと、すぐに右翼であるとか、民主主義がわからぬ戦前の古い人間のように言われますが、みずからの国家に誇りを持ち、みずからの国を愛することは、国づくりの基本であります。戦後の自虐的な歴史観に基づく教育を受けずに育った私どもの年代が、この点だけは申し上げておかなければなりません。 私も、戦争を経験し、その悲惨さをだれよりも知っております。
次に、2点目の質問でございますが、私の姿勢といたしまして、右翼・暴力団、これらの団体には、毅然とした態度で臨みたいと思っております。このような団体、人とは関係を持たない、会わない、やむを得ず会わねばならない場合は、一人では会わない、必ず職員と同席し、対応するようにいたしております。
しかし、やはり町民の今度の選挙での一つの大きな関心は、政・官・行の癒着の問題とか右翼の街宣車が来てまちじゅうを回るとか、そういうこれまでと違った行政の出発を願っておるわけです。
この議場の中でも思い出される方もあると思いますが、その直後、宿舎で右翼の暴漢に刀で刺し殺されました。この治安維持法は戦後の1945年10月にこれも勅令ですが、勅令730号で廃棄されました。刑を受けていた人全員は「判決を受けざれしこととみなす」とされ全員釈放されました。山宣はこのように国会でただ一人、当時国民の立場で奮闘しました。
こういうことを言いますとすぐ右翼だとか軍国主義者だとか、そういうレッテルを張るのが今の日本の教養レベルのようですが、私はそんなレベルでこのことを考えて訴えているわけではありません。チェスタトンという人が、「ローマ市民がローマを愛したからローマが発展した」という言葉を残しております。
ところが今日、日本では愛国心というと、とかく右翼反動と見られたり、この言葉に注視をする人が多いのが現実であります。 さらには、ときとしていいかげんな歴史解釈が幅をきかした結果が、日本人の心をむしばむ原因となる芽を育てることになった事実も、また間違いありません。