勝山市議会 2021-11-26 令和 3年12月定例会(第1号11月26日)
本年1月7日から降り続いた雪は、市内全域で平成30年豪雪、昭和56年豪雪を上回る速さで降り積もり、市民生活を麻痺させるとともに人的、物的被害が各地で発生しました。 さきごろ発表された10月の気象庁観測では、大雪をもたらす要因の1つであるラニーニャ現象がそのまま続く確率が60パーセントとの発表があり、2年連続の大雪となる可能性が指摘されています。
本年1月7日から降り続いた雪は、市内全域で平成30年豪雪、昭和56年豪雪を上回る速さで降り積もり、市民生活を麻痺させるとともに人的、物的被害が各地で発生しました。 さきごろ発表された10月の気象庁観測では、大雪をもたらす要因の1つであるラニーニャ現象がそのまま続く確率が60パーセントとの発表があり、2年連続の大雪となる可能性が指摘されています。
大学の短期大学部を御卒業後、昭和61年4月から平成3年3月まで社会福祉法人友愛会南川福祉学園に勤務されました。また、地域におかれましては、平成21年4月から平成23年3月まではひとり暮らし老人相談員を務めていただき、平成25年12月から平成28年11月までは主任児童委員を務めていただいております。
終戦の1945年--昭和20年11月1日には餓死対策国民大会が日比谷公園で開かれ、翌年の5月1日のメーデーの後の5月19日には飯米獲得人民大会が皇居前で開かれ、25万人が抗議行動を行ったのは食糧メーデーとして有名です。その経験から食糧管理制度--食管制度が出来、生産者からは高く買い上げて安定して米作りを保障し、消費者には安く売って安定して供給する法律ができました。
これは、昭和50年10月15日に市指定文化財となり、平成31年3月に、新ふるさと創造推進事業で解説板が鐘楼門の入り口に設置されています。 勝山藩主小笠原家は、美濃高須から2万2,777石で勝山に来られ、小笠原礼法を受け継がれました。 菩提寺は、元禄4年、1691年建立され、330年の歴史があります。
そして、市が管理いたしております新・旧大用水の監視をそれに使っておりまして、元町3丁目、旭毛屋町、昭和町3丁目の3箇所に設置をして、今現在も私の携帯にも1時間おきにそこの画像が入ってくるようになっています。 3基設置しまして、特に大雨警報時なんかには24時間、ずっと1時間おきに画像を見て、水位が上がっていないか、そういったことを見て運用しています。
流域人口も昭和28年の当時の比ではなく、万が一にもあってはなりませんが、南川の破堤は人命の損失や家屋の流出と小浜市に壊滅的な状況をもたらすものと思います。 お答えいただきました南川の河川整備計画の作成を強く県に働きかけていただくことと、市内のリスク箇所の点検や修繕をよろしくお願いいたします。
1947年から1949年、いわゆる昭和22年から昭和24年の第1次ベビーブームに生まれた団塊の世代が後期高齢者となる2025年には、人口の4分の1が75歳以上になるため、日本の少子高齢化社会が一気に加速すると予測をされております。社会保障費の負担増加が懸念されます。 そこで、第8期介護保険事業計画と団塊世代への対応についてお伺いをさせていただきます。
この福井市少年自然の家は昭和56年に設置され,40年が経過しており,この施設を維持していくためには給排水設備,電気設備,空調設備などを更新する必要があり,今後,計画的に整備していくべきだと思っております。また,トイレについては,男女合わせて43か所ありますが,洋式トイレは13か所のみで,せめて半分以上は洋式化すべきだと思います。
糸満市摩文仁を中心に広がる南部地域は、昭和47年の本土復帰に伴い戦争の悲惨さや命の貴さを認識し、戦没者の霊を慰めるために、自然公園法に基づき戦跡として我が国唯一の沖縄戦跡国定公園として指定されています。同地域では、沖縄戦で犠牲を強いられた民間人や命を落とされた兵士の遺骨が残されており、戦後76年が経過した今でも戦没者の遺骨収集が行われております。
これから加速度的にDX化が進んでいくと考えますが、越前市の市役所に目を移したときに、自治体というのはそもそもアナログの時代に設置をされ、昭和22年に制定された地方自治法も全てアナログの時代を基本につくられた法律です。私たちの議会も、市役所も、全てその法律に基づいて、その法律を遵守しながら進めてきております。
本市では,昭和60年に福井市行政改革大綱を策定して以来,行政サービスの見直しと行政運営の効率化に力点を置き,継続して行財政改革に取り組んでおります。新たな行財政改革指針につきましては,現在,策定作業を進めており,来年2月の策定を目指して,取り組んでいるところでございます。
大手橋・西津橋は、昭和13年の供用開始以来約80年が経過しており、安全確保の面でも早期の架け替えが望まれております。 平成24年度に県において事業に着手され、これまで、用地・物件補償のほか南川右岸の市道和久里竹原線の拡幅工事を実施し、また令和元年度からは城内橋の橋台の工事にも着手されております。 今後、秋頃からは、歩行者等が利用できる西津橋・大手橋の仮歩道橋の工事が予定されております。
多田川水系における治水事業につきましては、県が昭和44年度から多田川下流から河道拡幅整備を進めてきておりまして、今年度和久里地係におきまして馬渕橋の架け替え工事を行う予定であり、今後、国道27号までの多田川の整備が完了後、森川の整備に着手すると聞いております。
源氏物語の作者である紫式部が、生涯でただ一度、都を離れて暮らした場所が本市でありまして、これを記念して昭和61年に区画整理事業により整備を行ったものでございます。歩行者専用道路であるふるさとを偲ぶ散歩道に隣接しているということもございまして、年代を問わず多くの方が散策に訪れる、情緒ある趣を有する公園でございます。
広域基幹林道若狭幹線の整備につきましては、福井県が昭和62年度から平成14年度にかけて、阿納尻から若狭町世久見まで約20キロメートルを、森林施業の合理化、林業生産性の向上を目的に整備したものでございます。また、本路線は、沿線から若狭湾を一望できるあずまや、駐車場などの休憩施設も併せて整備されておりまして、開設当時から森林作業者のほか、市民や観光客など多くの方に利用されております。
裸眼視力の昭和54年から令和元年まで40年間のデータであります。一目瞭然で年々悪化してる状況がうかがえます。裸限視力1.0未満の児童・生徒の割合が、小学校では10人のうち三、四人、中学校ではもう半数以上、高校では3人に2人以上にもなっております。これは所さんでなくても大変ですよというふうになります。
その中でも,都市計画の決定が一番古い路線は,何らかの形で整備予定があるものを除きますと,昭和21年5月に都市計画決定しました市道の本町明里線と,県道の加茂河原線でございます。また,都市計画の決定または変更が新しい路線ですが,県道につきましては,平成11年3月に都市計画決定した県立大線,市道につきましては,平成3年3月に都市計画決定した高木灯明寺線と,同じく都市計画変更した桜橋線でございます。
これは昭和51年に総合公園として都市計画を決定しております。その後,昭和61年のクリーンセンターの都市計画決定に併せまして,昭和62年に東山公園も変更し,一体的な整備を図ってきたところでございます。
また、昭和56年豪雪が12月27日から30日までの四日間に185センチの新雪が降って、1月15日に積雪深が最高270センチになった記録が残されています。 昭和38年の豪雪、いわゆる38豪雪のときは、最大積雪深が213センチだったという記録が残っています。
越美北線は,昭和35年12月に南福井駅から勝原駅までが開業して以来,地域の重要な足として,通勤通学での利用だけでなく高齢者の貴重な移動手段として地域の人々の暮らしを60年にわたり支え続けてきました。私も中学校3年間と高校3年間の計6年間,通学手段として利用させていただきました。