1206件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

山口県議会 2022-11-01 12月05日-02号

経済企画庁長官も務められた作家堺屋太一さんは、この事態を予測され、近未来小説油断!」として書かれ、当時の流行語にもなりました。 油断──油を断たれるの言葉のとおり、第四次中東戦争に起因して、ペルシャ湾沿岸石油産出国石油価格の大幅な値上げと産出量の削減を決めたことで、特に中東からの石油の輸入に多くを頼ってきた我が国は、エネルギー不足、狂乱的な物価高騰に直面しました。 

宝塚市議会 2022-06-17 令和 4年第 2回定例会-06月17日-06号

また、阪神・淡路100名所づくりのこの主要な事業で、堺屋太一さん、当時の貝原知事との高級博覧会場の構想があったというふうにも聞いています。  景観法で言えば、本市は平成24年に景観行政団体になって景観計画を策定してこられた。この場所に、それは市全域とお聞きしていますけれども、この特別な場所に新たに、新たにというか、再び整備される橋についてはやはりグレード感を落とさないでいただきたい。

大船渡市議会 2021-06-16 06月16日-02号

その中で紹介された、団塊世代という言葉を定着された堺屋太一さんの絶筆となった「三度目の日本」という本があり、早速買って読みました。3度目の日本、1度目は明治の人たちが目指した強い日本、2度目は戦後の復興に努力し、日本人が求めた豊かな日本、そしてこれから日本人の目指すべき第3番目の日本とは、という内容でした。答えは、意外でしたが、楽しい日本だそうです。

富山県議会 2021-06-01 令和3年6月予算特別委員会

作家堺屋太一さんは、お亡くなりになる前にこんなことを言っておられました。明治維新の後、日本の国は諸外国に対抗するために強い日本を目指してきた。その結果、日本日露戦争にも勝利しました。第2次世界大戦敗戦後、日本の国は豊かな日本を目指してきました。その結果、日本は目覚ましい経済発展を遂げ、経済大国に数えられるようになりました。

根室市議会 2021-03-12 03月12日-03号

最初の申し上げた高齢化社会、私も団塊世代トップランナーと言ってもいい、市長もそれに続いて団塊世代って、これ誰が団塊と言ったか、市長は、堺屋太一さんですか、この名前使ったの、ということであったと思うんですけど、ずっとこういう言葉になって我々は特別な分類になっていますが、そういったことで保健福祉にしても何にしても頑張っていかなきゃならないと思っておりますし、ありがとうございました。 

昭島市議会 2020-12-03 12月03日-04号

また、社会経済状況の変化を的確に捉える中で、既成概念にとらわれることなく、柔軟な発想による施策展開に努めることにより、堺屋太一氏より私に託された多様性意外性のある楽しいまち昭島の実現を目指してまいります。 堺屋先生から特に、人間にはいろいろな考え方がある。批判、批評、意見に対して、そういう考えもあるんだと一旦は受け止めていくことが大事だよと言われました。

昭島市議会 2020-12-02 12月02日-03号

国際法務総合センター内の国連極東アジア犯罪防止研修所国際会議室での堺屋太一先生をお招きしての、恐らく先生最後基調講演がありました。市長も様々な場面、局面の中で御紹介されています。堺屋先生お話では、楽しい日本、そして楽しい昭島をつくってほしいとの先生思いは、市長のみならず、私の心にも深く残っております。 

昭島市議会 2020-09-03 09月03日-04号

そして、堺屋太一先生より私に託された、住んで楽しい、働いて楽しい、通って楽しい、そんなまちづくりを目指して、「楽しい」というのが今後のキーワードかなと先生はおっしゃっていました。楽しくなければ駄目だよと。楽しいまち、楽しい国、そうしたのを目指していくのが令和の新時代なのかなというふうにおっしゃっていましたね、そのときはまだ令和ではなかったですけれども。

昭島市議会 2020-08-31 08月31日-01号

平成30年12月には、堺屋太一先生をお招きして、恐らく先生最後の御講演であったと思いますが、先生お話では、楽しい日本、そして楽しい昭島をつくってほしいとの先生思いは、市長のみならず私の心にも深く残っております。 また、平成31年には新しいアキシマクジラの作製、そして子ども発達プラザホエールのオープン、これは民設民営でありますけれども、土地自体の貸出しを行っております。

長野県議会 2020-07-01 令和 2年 6月定例会環境文教委員会−07月01日-01号

堺屋太一さんに聞けば分かるだろうけれども、それもあくまで予言で終わってしまうと思うんです。  古くから建設会社を営んでいる事業者がいました。ところが、今、建設業といっても後継者もいない。会社は、名目上、営業行為をし、登記も残っている。その会社に、ある産業廃棄物の収集をやっている会社運転資金を融資された。

北名古屋市議会 2020-03-06 03月06日-02号

堺屋太一小説団塊世代」から、1947年から1949年生まれの第1次ベビーブームの約806万人を団塊世代と呼んでいます。この団塊世代が全て75歳以上になった場合の人口が約2,179万人、人口構成比率が18.1%と予想されています。この高齢人口増加により生産年齢減少による税収不足、医師、看護師不足社会保障費増大、空き家の増大などは2025年問題と呼ばれています。 

昭島市議会 2020-03-02 03月02日-02号

我々、自由民主党昭島市議団としても、堺屋太一氏が生前、本市の未来像としておっしゃった「住んで楽しい、働いて楽しい、通って楽しいまちづくり」、これは必要なまちづくりの視点だと考えておりますし、市長が常々おっしゃっております「住んでみたい、住み続けたい、ここでなりわいをしたい、なりわいを続けたい、訪れてみたい、そして誰もが昭島大好き」と思える昭島まちづくり、共に描いていきたいと、我々、会派の全員が思っております

京都市議会 2020-02-28 02月28日-03号

私は維新政治塾1期生ですが,故堺屋太一先生お話の中で,官僚が主導してきた中央集権の金太郎飴的なまちづくりを終え,それぞれの地方の特徴を生かした楽しいまちづくりをしようというような提唱をされていました。維新地方のことは地方で決める,地方が自立すると言います。それはグローバル社会の中で地方が生き生きと栄え伸びるためであります。

昭島市議会 2020-02-27 02月27日-01号

初の試みでありました昭島まちづくり企業サミットにおいて、今は亡き堺屋太一氏にとって最後の御講演をいただきました。その基調講演において、「新たな時代においては、楽しい日本をつくらなければならない。楽しいまちづくりをコンセプトに楽しい昭島をつくっていきましょう」との御提言を頂きました。「楽しいまちとは、多様性意外性に富んだまちである。

八尾市議会 2020-02-26 令和 2年 3月定例会本会議−02月26日-03号

そんな中で、堺屋太一さんという、元通産官僚の方がいらっしゃいますけれども、先だって他界なさいましたが、「3度目の日本」という本を書かれているのです。この「3度目の日本」といいますのは、まず、明治維新のときに、天下泰平江戸時代黒船が来ることによって、日本国中がひっくり返るようなことになった。  そこで生まれた言葉が、富国強兵というのが生まれましたと。

徳島県議会 2020-02-19 02月20日-04号

経済企画庁長官堺屋太一氏は、このことをもって三度目の敗戦と言っています。一度目は神奈川県浦賀沖に来た黒船に開国を迫られたとき、二度目が太平洋戦争、そして三度目の敗戦黒船による海上封鎖やB29による空襲ではなく、人口減少によって地方壊滅状態になっていくことだというのです。日本社会経済人口増加を前提としています。