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平成11年 12月 定例会(第6回)-12月08日−02号
平成11年 12月 定例会(第6回)-12月08日−02号

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  1. 西都市議会 1999-12-08
    平成11年 12月 定例会(第6回)-12月08日−02号


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    DiscussNetPremium 平成11年 12月 定例会(第6回) − 12月08日−02号 平成11年 12月 定例会(第6回) − 12月08日−02号 平成11年 12月 定例会(第6回)           平成十一年十二月八日 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ●議事日程(第二号)        平成十一年十二月八日(水曜日)                    午前十時開議  第一、一般質問 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ●本日の会議に付した事件  議事日程(第二号)に同じ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ●出席議員(二十二名)            一番 丸山美木生君            二番 吉野元近君            三番 井上久昭君            四番 河野方州君            五番 井上照也君            六番 松浦幸男君
               七番 池田明男君            八番 八木忠臣君            九番 横山昭雄君            十番 緒方敦男君           十一番 弓削春男君           十三番 壱岐佐一君           十四番 池沢正博君           十五番 矢野房巳君           十六番 黒木正善君           十七番 日高不二夫君           十八番 野村隆志君           十九番 小浦紀男君           二十番 浜砂一郎君          二十一番 浜砂百敏君          二十二番 狩野保夫君          二十三番 橋口定幸君 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ●当局出席者   市長              黒田 昭君   収入役             長友義忠君   総務課長併選挙管理委員会事務局長                   徳永碩男君   職員課長            神田 守君   財政課長            小森一三君   税務課長            三輪剛士君   管財課長            阿萬紘八郎君   商工観光課兼西都原対策室長   近藤 一君   企画開発課長          鬼塚 薫君   建設課長兼東九州自動車道建設対策室長                   滝井清次郎君   都市建築課長          原 勝行君   下水道課長           久嶋英晴君   区画整理課長          高橋芳徳君   農林課長            和田一男君   農村整備課長          塩谷交秋君   生活環境課長          黒木良直君   市民課長            原田郁夫君   健康管理課長          斎藤末市君   会計課長            山中 喬君   福祉事務所長          関谷恒徳君   水道課長            関 義明君   教育長             菊池彬文君   教育委員会総務課長       佐々木美徳君   教育委員会学校教育課長     山下 守君   教育委員会学校給食センター所長 長友敏明君   教育委員会社会教育課長     阿万定治君   教育委員会保健体育課長     長友英光君   教育委員会図書館長       黒木虎男君   農業委員会事務局長       図師健光君   監査委員            緒方 満君   監査事務局長          小畑種敏君   消防長             大岩根初夫君 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ●議会事務局出席者   事務局長            本井睦英君   事務局次長           蓑毛幸一君   議事係長            黒木弘志君   議事係             白坂重幸君   議事係             浜砂正富君 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−                               午前十時零分 開議 ○議長(丸山美木生君) これより本日の会議を開きます。  本日の会議は、お手元に配付の議事日程第二号によって進めることにいたします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− △一般質問 ○議長(丸山美木生君) 日程第一、一般質問を行います。  一般質問の通告者は六名であります。質問の順位は、お手元に配付の通告表のとおり決定いたしました。  これより順次質問を許します。  まず、六番松浦幸男君の発言を許します。 ◆六番(松浦幸男君) (登壇)それでは、通告に従いまして質問をさせていただきますが、今回は市長の政治姿勢についてだけをお伺いをいたします。  過ぐる十一月二十六日の宮日新聞によりますと、二十五日、黒田市長は今期限りで勇退する意向を明らかにされました。正式には十二月議会中に表明する考えとの報道がありました。そして、市長は、自分が起用した助役と選挙する形はつくりたくない、スムーズに引き継ぐことが市政安定につながると勇退の理由を説明されておりますが、十二月議会前の発表ということに市民はもとより、市役所の職員にも驚きやら戸惑いが広がっております。このように突然勇退を明らかにされたことには何らかの理由があるものと思いますが、お差し支えなければお伺いをいたします。  市長の任期は平成十三年二月四日まであるのに、余りにも早い時期に御勇退を明らかにされたので、残されました一年二カ月余りの期間、市政が停滞するのではないかと心配するものであります。どのように市政運営に当たられるのか、お考えをお聞かせをいただきます。  以上で壇上からの質問を終わります。(降壇) ◎市長(黒田昭君) (登壇)市長の政治姿勢についてお答えをいたします。私はかねてから、一つの仕事をなすには十年が一区切りであろうと考えてまいりました。市長という責任の重い仕事もそのような考えからいたしますと、三期十二年ということになります。したがって、四期目には特に慎重を期さなければならないと考えておりました。このようなときに、前助役を含め二人の方が極めて意欲的に次期市長選に出馬を明らかにされました。いずれも有資格者であり、私は安心して次期を託することができると考え、今期をもって引退することを決意した次第であります。私の任期は平成十三年二月四日までとなりますが、二人の方の出馬表明が早々でありましたので、私の意中を市議会を初め、後援会、市民の方々に十分説明することもできず、突然の引退表明となったことをお許しいただきたいと存じます。  顧みますと、昭和五十七年十二月、前中武市長の招聘を受け、議会の議決を得て西都市助役を拝命し、以来今日まで満十七年間、市議会を初め、市民各位の絶大な御支援と御指導をいただいて微力ながら市勢発展に尽力できたことを深く感謝し、また市長、助役という重責を長期にわたって担うことができましたことは、私の生涯で最も名誉とするところであります。残された一年余りの期間、当面する行政課題に最善を尽くし、市政の停滞を来すことなく次期に引き継いでまいりたいと考えております。  以上です。(降壇) ◆六番(松浦幸男君) それでは、自席から少々お尋ねをいたします。  実は新聞報道があります前にこのことを考えておりましたので、大変内容をまとめるのに苦労いたしました。ただいまお話しのように、理由を差し支えがなければお聞かせくださいと申しましたが、大変苦しい内容の答弁ではなかろうかと思っておりますが、市長もお使いになりましたけれども、前助役を含めて二人の方の出馬表明が早々であったということで議会やら後援会、市民の方々に十分なる説明ができなかったということをここでお許しをいただきたいと言われました。本当に苦しい答弁だなと思ったのは、市長は四期目は特に慎重を期さなければならないということは、市長そのものが余り早い時期に引退を明らかにすると、それぞれまたいろいろと心配やら不安を市民に与えることではなかろうかというような気持ちでおられたと思います。しかし、前助役が突然出馬表明をされたということで、市長としては不本意ながらも勇退を明らかにせざるを得なかったのではなかろうかと思っております。なぜならば、前助役は、立候補表明に当たっては黒田市政を引き継ぐということを抱負で述べられております。したがいまして、市長としては勇退表明を追い込まれたような格好になったのではなかろうかと思っておるところでございます。  そして、一つの引退の理由としては、市長は、二人の方が極めて意欲的に次期市長選に出馬を明らかにされましたということで、いずれもその方々は有資格者であり、私は安心して次期を託することができると考えておるので今期限りで引退を決意されましたと。本当に苦しい答弁ではなかろうかと思っております。市長が表明をされましたように、十二月の議会で明らかにすると言われましたが、今まさしくその苦しい中での決意であったと思っております。  市長は三期目の施政方針の中でこのように言っておられます。清潔で公平な市政、誠実で心の通う市政、最新にして先見性のある市政を政治信条として、豊かさと活力に満ちた文化の香り高い西都市の実現のために努力してまいりますということで三期目の施政方針も述べられておりますが、いよいよ三期目の大体十一年間終わるわけですが、この中には市長としての実績もたくさんあると思います。言えば限りないわけですけれども、妻市街地の土地区画整理事業も完成をいたしておりますし、助役時代からの一ツ瀬の総パ事業も完成、また三財川筋とか八双田川筋、三納川筋、この土地改良についても完成をいたしましたし、あるいは清水台のニューホープタウンにつきましても、福祉ゾーンという形でここにいろいろまとめながら総合福祉センター等も完成をされました。また、最近では西都原古墳群を中心とする周辺整備事業も県と一緒になって着工されております。そして、念願でありました東九州自動車道につきましても、いよいよ十二年度、十三年には供用開始ができるという運びまで来ております。さらには中心市街地活性化事業におきましても着々と進まれておりますが、それにまだ妻北の今度は土地区画整理事業もいよいよ十二年度から着工されるというようなことで、非常に市長の実績といいますか、着実に上げられておるというふうに思っております。  今、市長が言われましたように助役時代から今日まで十七年間、市勢発展のために尽力をしてまいりました。このことについてはいろいろ市民はもとよりですが、高く評価をされていると思っております。こうした市長の実績の陰にそれなりに皆さん方とともに、ここで言われましたように市議会を初め市民の方々の努力があったと申されまして、私ども敬服をしておるところですが、しかし、先ほど中しましたように、このような時期に、早い時期に市長の勇退を表明しなければならなかったということが非常に私も残念ですが、市長にとっても心残りがあるのではなかろうかと思っておりますが、先ほど言われましたように市政の停滞ということについては最善を尽くして努力するということでございますので、まだ一年有余ありますので、ひとつ精いっぱい努力をしていただきたいということを希望いたしまして、終わりたいと思います。 ◎市長(黒田昭君) 私の実績についていろいろと評価をしていただきましたことに感謝を申し上げます。ただいま引退表明をいたしましたが、その考え方の最も基本的なところは、やっぱり一つの仕事をするには十年は必要だ。三年や五年では到底一つの仕事を仕上げることはできない。特に市政というような大きな責任の重い仕事についてはなおさらそうであろうかと思います。そういうようなことを考えますと、三期というのは十二年でありますから、やはり当初に考えたいろいろなプロジェクトについて一通りの目鼻がつく、またある程度ついた、そういうような時期が三期目ではなかろうか、そのように思うんです。四期目になりますと、今度は改めてまたそこから十年という区切りに対して考えていかなければならない、こういうようなことになろうかと思います。  そういうようなことを考えたときに、極めて意欲的なお二人の人が早々に次期市長選に名乗りを上げられた。助役は、もちろん私と市政をともにしてきた責任を同一にするものでありますし、最も身近な一人である。また、もう一人は、長い間西都市を代表する政治活動をやってこられた。お二人とも十分西都市政を担える人たちであろう、そのように考えますと、私がここで次期にバトンをタッチいたしましても決して市政が停滞することはなかろう、そのように考えました。特に二人とも立候補を表明するに当たって、黒田市政を、今やっている市政を継承していきたい、このような考え方も述べられておりますので、そういう面からも私は安心して、今、山積する行政課題を引き継いでもらえる、そのように信じておるわけであります。もちろんまだ今から一年有余あるわけでありますから、その間にできるだけのことを尽くしまして、そしてスムーズに次の人にバトンタッチができるようにして市政の停滞がないようにしなければならない、そのように思っております。一生懸命残された期間努力するつもりでありますので、なお一層の御指導、御支援を賜りたい、そのように思っております。 ○議長(丸山美木生君) 暫時休憩いたします。                             午前十時十二分 休憩                             −−−−−−−−−−−                             午前十時二十六分 開議 ○議長(丸山美木生君) 休憩前に引き続き会議を開きます。  次に、二番吉野元近君の発言を許します。 ◆二番(吉野元近君) (登壇)通告しました質問項目に従いまして順次質問をしてまいります。  質問の第一は、姉妹都市提携を目指す韓国・慶州市との交流推進についてであります。今回私は、二十一世紀への大きなかけ橋づくりの一つである国際交流の問題について初めて質問をさせていただきます。国際交流へ向けての本市での対応については、第二次総合計画の中期基本計画の中で、国際交流員の受け入れ及び本市の伝統文化や芸術の外国への紹介などのほか、市民レベルでの友好親善交流の促進とそのための国際交流協会の設立について定めてあります。実はそれにこたえるという形で具体的な動きがあったのであります。そのことはいずれも宮崎日日新聞の報道で知ることができました。一つは、十一月十四日付の姉妹盟約を目標とした西都ロータリークラブと韓国・慶州市の南慶州ロータリークラブとの交流についての記事であります。もう一つは、十二月三日付の西都市国際交流協会が設立されたという記事であります。いずれも時を得たすばらしい活動でありまして、私はこのことに感動するとともに心から敬意を表したいと存じます。  西都ロータリークラブのことについては後ほど詳しく申し上げますが、国際交流協会については、会員が約百人で、会長には本席におられる黒木正善議員が選任されておられます。設立年月日は平成十一年十一月二十五日で、その目的は、市民の幅広い参加による国際交流活動を促進し、諸外国との相互理解や友好親善を深めることにより西都市の国際化を図るとともに、地域の活性化に寄与したいと定めてあります。また、設立総会の中での講演で、市の国際交流員であるチャーリー・クオさんは、交流のあり方として地理的に近い中国や韓国に目を向ける方が大切ではないかと訴えられたそうです。この機会に同協会のますますの御発展と御活躍をお祈り申し上げたいと存じます。  さて、質問に掲げています姉妹都市提携を目指しての韓国・慶州市との交流推進についてであります。私は、質問に取り組む段階で県内各市町村においての国際交流の実態、なかんずく姉妹都市提携の条件について宮崎県総務部国際課の資料をもとにして調べてみました。そんなに詳しく申し上げる時間はありませんが、市では、バージニアビーチ市と提携した宮崎市、町村では、韓国の扶鯨邑と提携している南郷村など六市四町一村となっています。これに加えて、宮崎日日新聞十一月十四日付及び同月二十三日付の報道では、都城市が中国・重慶市直轄の江津市及びモンゴル・ウランバートル市との姉妹都市と同格の友好交流都市締結の調印を行ったとのことであります。そうなりますと、姉妹友好交流都市提携が実現していない市は小林市と西都市のみとなり、極めて寂しい思いがいたします。そのようなことを思いめぐらしているとき、私たち西都市にもほのかな明かりが見えてきたようです。その明かりこそこのたびの西都ロータリークラブの交流活動の快挙でないでしょうか。  報道された新聞の中によりその交流の経過について申し上げておきます。平成十一年十一月一日から三日まで西都ロータリークラブの池田洋文会長及び国際奉仕委員会の大石太郎委員長など九人の方々が韓国の慶州市を訪問され、南慶州ロータリークラブとの交流会を持たれました。その際、韓国のクラブと友好姉妹クラブを締結したいと要望された西都クラブの訪問団に対して、南慶州クラブのキム会長から韓国側も姉妹クラブ締結を望みますと、十二月の第三遍には西都市を訪問しますと表明されたとのことであります。その後、十二月の西都市への訪問は明年一月の中旬ごろに順延したいとの連絡が来たそうです。関係者に伺いますと、正月行事の関係とのことです。必ず実現することは信じて疑いませんと話しておられました。  そこでもう一つ大事なことは、今回の交流活動が単にロータリークラブ関係のみの交流ではないということであります。すなわち新聞でも大石委員長がコメントされておられるとおり、今回の交流が将来的には西都市と慶州市の姉妹都市盟約につながるものであるということであります。私は大石委員長にお会いして生の声をお聞きしてまいりました。その中で要点のみを申し上げておきたいと思います。それは、「西都市においては姉妹都市、友好都市交流の提携がなされていない。非常に残念であり、情けないことである。都城市は積極的に推進しているではないか。西都市が都城市より小さいからといっておくれをとってはいけない。私たちロータリーの今回の交流は西都と慶州のクラブがお互いに握手することで世界平和へ向けて展開しようとする活動だ。西都市としても姉妹都市提携を目指して頑張ってほしい」。おおよそ以上のようなことを話されて、私たち行政に携わる者に対して厳しく指摘されたのであります。私も私なりに心に強く決意するところがありました。  そこで、質問に掲げております西都クラブの交流活動について、市長がごらんになっての評価と慶州市との姉妹都市提携を目指しての今後の取り組みについてはいずれも関連がありますので、一括して御答弁いただきたいと存じます。私が調べてまいりました資料によりましても、国際交流、とりわけ姉妹都市提携に至るまでの経過では、どの市町村でも必ずそこに住む市民を初め、企業関係者とか民間各種団体のいわゆる民間外交がきっかけとなっているのであります。その上から考えますと、本市においても今回の西都ロータリークラブの交流活動は高く評価しなければならないと思います。と同時に、西都ロータリークラブの活動をベースにして西都市と慶州市との姉妹都市提携を目指して市と議会が一体となった活動を展開していかなければならないと考えます。市長のより積極的なお取り組みを御期待申し上げたいと存じます。  質問の第二は本市の人口増対策について、以下三点のお尋ねをいたします。まず第一点は、人口が増えない原因についてであります。第二次総合計画の後期基本計画における人口の推移と指標を見ると、平成七年の国勢調査では三万六千三百三十一人となり、昭和六十年からしますと二千三十九人も大幅減少となっておりまして、さらにこの後期計画の最終年次、すなわち平成十二年の人口をコーホート要因法によって推定しますと三万四千五百五十八人となるそうです。まさに人口増は望めない大変厳しい状況になると言われております。  このようなことから、市として後期計画においては人口増対策として新規の住宅団地開発事業を初め、若者の定着を図るため、雇用の場の確保、及び本市の基幹産業である農林業の振興を初め、商工業、観光の振興など積極的に推進することによって、最終目標年次、すなわち平成十二年の人口を三万八千人に想定すると言っております。ところが、現実は、本年十一月一日の現在の現住人口は三万五千七百十九人となっておりまして、総合計画による明年度の三万八千には遠く及びそうにない厳しい数字となっております。まさにこの数字が示すように、町を歩いても車であちこちの通りを走ってみても、日を重ねるごとに人がいなくなり、寂しい思いをしているのは私一人ではないと思います。人口がこのようにふえない原因は一体どこにあるのでしょうか。市長の率直な御見解を求めたいと存じます。  第二点は、これまで市として人口増対策にお取り組みをしてこられましたが、その経過と成果について具体的に述べていただきたいと思います。私の方から少し申し上げますと、住宅対策のうち、ファミーユたて野推進構想及び集団型工業団地の造成計画及び県立高等技術専門学校の誘致などが市として取り組まれてきた対策であろうと思いますが、いかがでしょうか。  第三点は、人口増対策の具体的提案について若干のお尋ねをいたします。私はこのたび、平成五年三月二十二日に設置されました西都市地域活性化推進協議会の平成六年度総会での人口対策委員会報告書に目を通す機会を得ました。その中に具体的な提案が幾つかなされております。道路、住宅、企業誘致、観光、教育の五つの分野に分け、協議検討した結果をまとめています。主なものを二、三申し上げますと、住宅対策では宮崎市のベッドタウンをにらんだ場所に大型住宅団地の造成とか、企業誘致対策では頭脳型企業の誘致や地場企業育成に対する諸施策などが述べられています。また、観光対策としては観光農園や森林公園の導入とか、教育対策としては各学校の学力のレベルアップなどが提言されております。市はこれに対してどのように対応されてこられたのでしょうか。市長より御答弁をいただきたいと思います。
     質問の第三は、西都市企業立地促進条例の見直しについて市長にお尋ねいたします。先ほどの人口増対策とも関連する質問でありますが、まず企業誘致に積極的に取り組んでこられた市当局の御努力に対しては敬意を表したいと思います。これからも雇用拡大や人口を増やすための対策として企業誘致には積極的に取り組まなければならないと考えます。また、総合計画の中で市としての取り組み方も明らかにされていますが、現実はなかなか厳しいものがあります。そこで、一つの手段として現在の条例の拡充を図り、企業が来やすい環境をつくるべきではないかと考えます。市長より前向きの答弁を求めまして、壇上からの質問を終わります。(降壇) ◎市長(黒田昭君) (登壇)まず、姉妹都市提携のことにつきましての御質問にお答えをいたします。ロータリークラブにおける交流活動の現状と評価についての質問でありますが、西都ロータリークラブは十一月一日から三日まで二泊三日で韓国を訪問され、慶州市の南慶州ロータリークラブと交流されております。今回の訪問の目的は、南慶州ロータリークラブとの友好姉妹クラブ締結を進めるためのものであると聞いております。この訪問に対し、南慶州のロータリークラブも西都ロータリークラブとの姉妹クラブの締結を前提として交流活動をしていきたいとのことであり、来月には西都市への訪問が計画されているようであり、一層の交流が深まっていけばと考えております。市といたしましての今後の取り組みについてでありますが、私はかねてから姉妹都市提携につきましては、行政主導というよりも民間レベルでの交流等を深め、それを契機として締結を進めるべきであろうと考えてまいりました。議員のおっしゃるとおり、友好都市提携候補地として韓国・慶州市も議論されてきたところでありますが、今回のような両ロータリークラブの交流活動を契機として締結の機運が高まれば大変ありがたい、そのように考えておるところであります。  次に、人口増対策に対する御質問でありますが、まず人口増ができない原因並びにその分析についてでありますが、女性の晩婚化、社会進出などを背景とした少子化あるいは高齢化に伴う社会的要因、さらに本市における雇用機会の受け皿が十分な状況でなく、就労者の市外流出などによるものと考えておりまして、今後におきましても、企業誘致、住宅団地整備など本市独自の人口増施策を推進していくことが人口減少の歯どめ策になるものと考えております。具体的なことにつきましては担当課長から答えさせます。  次に、西都市地域活性化推進協議会における人口増対策の具体的提案に対する市の対応についてでありますが、この協議会は、本市の二十一世紀を展望した魅力ある地域づくり、人口増対策、西都原問題などの協議、検討を目的とした民間団体等を中心として、平成五年度より三カ年の活動の中で、各専門委員会による地域づくり等の先産地研修を初めとした活動結果に基づく市への提言をいただいたところであります。その中で、人口増対策に関し、自然を生かした住宅団地対策として、余剰農地を活用した住宅団地の造成など幾つかの具体的な施策を示していただきましたが、このことは現在進めております住宅団地整備構想の一つの指針として生かされておるものと考えております。  次に、西都市企業立地の促進条例の見直しに開する質問についてでありますが、この条例による優遇措置の適用を前提とした企業誘致の推進はその手段の一つとして大きな効果があったものと考えております。現在まで延べ十六企業に対し優遇措置を適用しておりますが、条例の見直しにつきましては、誘致による税収効果、経済効果が企業規模により格差が生じることなど、見直しに際してはその適用基準となる業種、従業員数、雇用奨励金の基準額などを初め、慎重に検討する必要があると思い、今後の企業進出の動向等見ながら考えてまいりたい、そのように考えておるところであります。不足するところにつきましては担当課長から答えさせます。(降壇) ◎企画開発課長(鬼塚薫君) 本市の人口増対策につきましての御質問にお答えをいたします。  これまでの人口増対策とその成果についてでございますが、市外資本の流入に伴います地域産業の振興と、若年労働者等の市内雇用によります人口増対策としての企業誘致、そして住環境整備に基づきました定住促進といたしましての住宅団地整備事業を人口増対策としての大きな住として取り組んでまいりましたことは御案内のとおりでございます。その中で企業誘致につきましては、二十七社の企業を誘致をいたしておりますが、現在は十六企業十七工場におきまして約九百名の従業員が雇用されている、そのような状況にございます。企業の地方進出や新規投資が以前と比較いたしまして厳しい状況にはございますが、東九州自動車道の開通などこれからの本市の企業立地環境が整備されますことを踏まえまして、平成十年度から造成に着手いたしております霧島工業団地の県内及び特に南九州における生産拠点としての分譲啓発など、より積極的な誘致活動に取り組んでまいりたいと考えているところでございます。  また、住宅団地整備におきましても本年二月よりファミーユたて野を三十六区画分譲中でございますけれども、現在、市外からの居住者八区画を含めまして十六区画が売却をされております。引き続き早期の売却へ向けまして分譲啓発に取り組んでまいりたいと考えております。さらに、県立高等技術専門学校につきましては、直接的な定住人口確保ではないかもしれませんけれども、誘致に伴います地域活性効果及び地元専門技能者の育成確保に寄与するものと、そのように考えているところでございます。  以上でございます。 ◆二番(吉野元近君) それでは、順次再質問させていただきます。  まず、慶州市との姉妹都市提携の問題であります。質問に先立って、新聞にコメントされている西都ロータリークラブの大石委員長のお話をそのまま述べてみたいと思います。「近くて遠い国の韓国のクラブと友好姉妹クラブを締結したいと願っていたが、実らなかった。しかし、今回交流を通して、南慶州クラブとの相互訪問を通じ、ニーズに応じた活動を展開したい。とりあえず、児童生徒の国際交流や飢餓難民への支援を行うことになろう。将来的には西都市と慶州市の姉妹都市盟約につながれば」と話しておられます。私は思います。西都ロータリークラブが交流の相手先として韓国、とりわけ慶州市にあるロータリークラブを選んでいただいたことは極めて大きな意義があるのではないでしょうか。それはなぜかと申しますと、本市は約三百基もの古墳が密集する歴史的な景観の中で、来訪者が古墳や古代歴史文化の興味や関心を高めるために古代歴史ロマンを体験できるような整備をただいま西都市は取り組んでおります。いわゆる西都原古墳群及びその周辺地域整備アクションプログラムの構想であります。その実現のためには、韓国の千年の都と言われる慶州市と深い交流を図り、姉妹都市提携が実現すれば、二十世紀から二十一世紀への文化の展望も大きく開くことになると思うからであります。  新羅の都慶州は、古来、東アジア国際文化交流の中心でありました。日本も使節を派遣し、最新の大陸文化を学んだ地でもあります。慶州は日本の文化の恩人、仏教伝来の師の地であります。その上から先日十一月一日に日本に来られたイ慶州市長は、日韓両国は真の友好国として永遠の信義と友情を築かねばならないと万感の思いを込めて述べられております。重ねて申し上げますが、このようなことから西都市挙げて慶州市との国際交流を深めて、ぜひ姉妹都市提携を実現すべきだと思いますが、市長の決意のほどをもう一度お述べいただきたいと思います。  次に、西都市として市当局と議会及び民間関係者が一体となって、仮称、慶州市との姉妹提携交流を推進する連絡会を設置してはいかがかと思いますが、市長の御答弁をお願いいたします。  三点目は、交流促進のためにこの推進連絡会を中心にして慶州市にお伺いしてはいかがかと思いますが、これも市長より御答弁をお願いします。  特にこの際、関連して申し上げたいことは、これまでに市並びに議会において慶州への調査研修または交流が行われております。その経過を簡単に申し上げますと、昭和五十七年に特別委員会が訪問、平成五年十月に小浦議員や浜砂一郎議員など七名が訪問、特に小浦団長より黒田市長の親書をイ市長へ手渡した。平成六年六月、野村委員長のもと、特別委員会が訪問、平成七年三月、西都市地域活性化推進協議会、西都原対策委員会が視察訪問、平成九年十月、丸山議長を中心に古墳の保存と観光活用について調査を行うとともに慶州市長への表敬訪問、以上のような訪問交流を行っておりますが、報告では、市民レベルでの交流、特に若い人たちの交流を推進してそれぞれの国の文化伝統を尊重し合っていくということが確認されています。  第四点は、壇上で申し上げましたように私が今回慶州市との交流を思い立ったのは、十一月十四日の宮日の新聞に目がくぎづけになったからであります。ロータリークラブの方々の御努力に深く感心をしたからであります。来年一月中旬に南慶州ロータリークラブが西都市においでになるようであります。その際、市長は西都ロータリークラブと打ち合わせをされて、ぜひともその関係者とお会いしていただきたいと思いますが、この点について市長の答弁を求めます。  人口増対策につきましては、私は三つの設問を考えましたが、いずれにしても一定例会の質問のやりとりだけでこれが解決するはずがありません。急速に進行している高齢化や少子化の現象はいよいよ厳しく、そして大きく影響を及ぼしております。株式会社シンクタンク宮崎では人口問題の分析をしておりますが、一口に申し上げますと、自然動態はマイナスに転落し、いわゆる少子多死化社会が到来するであろうと、このように言っています。自然減と社会減によって総人口の減少が加速的に進むとなれば、私たちの町にも大きな不安をもたらしていくことになりましょう。すなわち産業、労働、社会保障、年金、保険、医療、福祉、教育、また地域活力など社会的経済活動に危機的な問題が起こる可能性があると言われております。このような不安が現実のものとならないように今こそ真剣な取り組みが求められております。  十二月号の広報「さいと」では地域に根差した若者たちの取り組みとして特集が組まれております。そこには「二十一世紀をまさに目前とした現在、時代は目まぐるしく変化し、社会全体の仕組みも大きく変わろうとしています。このような中、私たちの住む西都市には、地域に暮らす人々が夢と希望を抱ける町にしようと日夜頑張っている多くの若者たちの姿があります」と述べて、いろいろな関係者の声を紹介しております。要するにいろいろな厳しい制約条件があって、行政と民間団体、市民などが一体となって立ち向かわなければならないのがこの人口問題だと思います。  そのような考え方に立って私は二つの質問をいたします。その一つは、まず「西都を愛する人は集まれ」、またサブタイトルでは「どうする西都市を」、もう一つ用意しまして、「いかにして人をふやすか」との看板を掲げて、東京や名古屋、大阪に行っておられる西都出身の人々に呼びかけ、日程を設定して市民会館に集まってもらいたいと思います。そこで思い切りいろんな立場、いろんな角度から意見、提言をしていきたいと思いますが、いかがでしょうか。今、市では東京会議、大阪会議として市長や市議会議長が中心となって開催しておられますが、それはそれとして、ただいま申し上げました私の提案について市長の積極的な対応をお願いしたいと思います。  第二点は、住宅対策の一つであります。それは人口増にとって最も確実性のある手段ではないかと考えて、過去において議会でも論議された新田原航空自衛隊隊員宿舎の誘致運動はいかがかということであります。会議録や資料に目を通しますと、新富町の関係でいろいろ難しいことはわかりました。また、西都商工会議所からの人口増を図るための対策として、ぜひ隊員宿舎の誘致実現をしてほしいとする陳情を議会も採択し、運動を展開した経過もわかりました。そして、新富町と防衛庁との覚書があるために西都市へは建てられないということもわかりました。そこで、西都市は独自に防衛庁と覚書を結んで西都市への誘致を図ればいいのではないかという声もありました。そこで、現実的に防衛庁と話をしてみて、まだ隊員宿舎を建てる枠があるとするならば、積極的に要請をすべきではないかと考えますが、市長の見解を求めます。  企業誘致立地促進条例の見直しについての再質問です。条例の見直しについての質問を考えましたのは、十月二日付の宮日新聞で、日南市が企業誘致を促進するために用地取得補助及び補助対象となる施設枠の拡大などを柱とする条例改正を行ったという報道に接したからであります。私は、日南市から条例も取り寄せて本市の条例とどのように違うかを調べてみました。  そこで、再質問の一つは、本市においても総合計画でも言っておりますように積極的な企業誘致を展開しなければならないので、そのためにも、日南市の取り組みのように条例の拡大を図って企業が来やすいように取り組むべきではないか、具体的に答弁をお願いできたらと思います。  第二点は、日南市のように対象企業の拡大はできないかということで、高速道路が完成するので、運輸事業、倉庫事業も対象にすべきではないかということであります。  第三点は、この際お尋ねしたいのは、霧島工業団地の企業へ売り渡す際の坪単価は造成後幾らになるのかということであります。お答え願いたいと思います。また、その際、企業に対しての助成は考えておられないのか、市長の前向きの答弁を御期待いたします。  以上で第二回目の質問を終わります。 ◎市長(黒田昭君) まず、姉妹都市の提携についてでありますが、今、質問議員も言われましたように慶州とは長い間のつき合いをいたしております。今、西都原の整備が着々と進んでおりますけれども、この西都原対策をどうしたらいいかという点については積極的な慶州市からの御指導をいただいたわけであります。専門家の招聘等もいたしまして、現地を見ていただきましたし、また西都市も議会の西都原対策委員会等を中心にして現地の視察もしていただきました。そのように今までかなりの交流をしてきたところであります。また、今回のロータリークラブの交流も大変ありがたいことでありますし、かつてまたライオンズクラブの方も何回か慶州との交流をいたしております。  そういう面から見ますと、民間交流、議会の交流等かなりできて、しかも西都市の最も大切にする古墳という共通の問題を抱えている。そういう点では私は十分提携の条件は整っておる、そのように思うわけであります。特にそれを進める会をつくるまでもなく、皆さん方にかなりの理解はいただいておるというふうに思うわけであります。ですから、今後提携した場合に具体的にどのような計画をお互いにしていけばいいのか、またどのようなそれが市としてのメリットになるのか、そういう点等、具体的な問題等これから研究する段階なのかなというふうに思っております。そういうことを積み重ねていいチャンスを迎えてきたときには皆さん方の期待にこたえたい、そのようには思っておるところであります。  一月中旬には南慶州ロータリークラブの皆さん方がおいでになるということでありますから、私もロータリークラブの方からも要請を受けておりますが、ぜひお会いして、いろいろなこちらの事情もお話を申し上げたい。また、ぜひ西都原もこの際見ていただきたい。やはり慶州の専門家から指導いただいたことがこんなに立派に進んでおるということを見ていただこう、そのようにも思っております。私も一回は古墳整備を前提として慶州を視察をした経緯もありまして、ある程度の事情は理解をしているつもりであります。  次に、人口増対策ですけれども、人口増対策というのはだれしもが望むところでありますけれども、人口がふえるということは一体何を私どもは期待しているのかということなんてすね。一つは、これは購買力の拡大、いわゆる人口が多くなって消費が拡大していけば、それが商店街における購買力を高めることになるという非常にストレートなメリットがあるわけですね。もう一つは、間接的ではありますけれども、人口増という増の中に若者が含まれておるとするならば、文化活動等、地域活性化に非常に役立つ、こういうようなことを意図して私どもは人口が多い方がいい、そのように思ってきておるわけでありますが、現下の情勢から言いますと、大幅な人口増というのは到底期待ができないような経済や社会の状況にあります。よほど環境が大幅に変わらない限り西都市の大幅な人口増は望めないというふうに考えております。ですから、それを前提とした第三次の総合長期計画というのは考えなきゃならないんではないかというふうに思っております。今、御意見にもありましたようにシンクタンク等にお願いをして、将来人口の推定、対策等について検討しておるところでありますが、そういうようなことで大幅な人口増は望めないけれども、交通アクセスの改善等によってはやはり宮崎市のベッドタウン的な性格を持つようになってくれば、そこにある程度の期待も持てるのではないかというふうに思っております。  それから、これに関連する企業誘致の問題でありますが、今の経済状況の中では大きな企業の地方進出というのが停滞の状況にありますので、なかなか厳しい状況のところであります。これは条例を少々見直したからといって、今それに取りついてくるような企業というのはほとんど私はあり得ないというふうに思っております。私どもは今、県と提携をしながら、目ぼしい企業があったときには現地を案内する等々努力をしているわけでありますが、そういう状況の中で具体的に可能な企業から申し出がいろいろ出てくる場合があるわけでありますが、そのようなものに対して具体的にどう対処するかということを取り上げて、極力来る可能性のある企業に対してこちらの考え方を提示していくということで考えていくべきではないかというふうに思います。かなり大幅な対策を講じなければならないときには、当然これは議会にも諮って、そしてその判断を仰がなければならない、そのように思っております。少々の条例の内容を変えたからといって、私は、大幅な企業の誘致促進は難しいのではないか、そのように思っております。具体的な問題について具体的に議会にも相談をしてまいりたい、そのように思っております。  運送業や倉庫業というのもインターが出てきますと一応は考えられる業種ではありますが、西都のように物流の少ないところに大きな運送とか倉庫業者の可能性があるのかというあたりも若干問題でもあるし、またこういうようなものに対して就業人数あたりはどのようになるのか、私どもが期待しているのは流出する就業者を引きとめるということですから、多くの人が就業するような職種が欲しいわけですね。そこ辺に対してこのような業種がどうかというあたりは、そういうような問題が出てきたときには当然検討して、積極的な対策を講じれば可能性があるというときには議会にもまた御相談を申し上げたい、そのように思っております。  霧島工業団地の今、売り渡し価格でありますが、私どもがおよそ概算でやっているのは坪当たり二万五千円ぐらいを考えておるわけでありますけれども、これは今造成にかかっておりますが、借入金によって造成の事業を進めておるという関係から、いつ売り渡すかという時点によって金利加算がどのくらいになるかということがあるわけでありますが、私どもは少なくとも周辺の実勢価格等から見て三万五千円から四万円以内では処分しないと、坪当たり単価が四万以上になったら、まずこれはいろいろな企業誘致だけじゃなくてほかの利用を考えたとしても無理ではないかというふうに思っているんです。ですから、できるだけ早く相手が見つかれば、割合金利加算が少ないうちに処分することができるのてはないのかというふうに思っておるところでありまして、今、積極的に県等にお願いをして企業の紹介等をいただいておるところであります。ことしの造成事業が終わりますとかなり見映えもよくなりますので、少しは反応があるんではないか。また、平成十二年度末には高速道路もいよいよ供用が開始されますので、それらの問題、それから高規格道路の整備等が進んでくればかなり交通アクセスも変わってきますので、その辺に大きな期待を持っておるところであります。  以上です。 ◎企画開発課長(鬼塚薫君) それでは、人口増対策につきましての質問の中で、以前に西都商工会議所より提出されました航空自衛隊隊員宿舎誘致問題を考えてみてはどうか、さらに現時点において建設枠はあるのかという御質問でございますけれども、現在の隊員宿舎の建設計画につきましては、新富町内の既存宿舎四土戸につきまして、老朽化に伴います現在の箇所での建てかえが将来的には計画をされている状況のようでありますが、町外を含めました他の箇所での新規建設計画につきましては現在のところはないというふうに新田原基地の基地対策の方に確認をさせていただいております。しかしながら、本市の人口増対策、特に住宅団地整備推進におきます新田原自衛隊の隊員の方たちを対象といたしました分譲につきましては、ぜひ必要なものであるというふうに認識をいたしておりますので、今後におきましても自衛隊への分譲啓発等に積極的に取り組んでまいりたい、そのように考えております。  それから、申し落としましたけれども、本市出身者、いわゆる東京、大阪、名古屋等に在住されております方々に西都に帰郷していただきまして、意見、提言をいただく場を設けてはどうかという御質問でございますけれども、本市におきましては、関東関西周辺に在住の本市出身者によります東京西都会、近畿西都会を対象といたしまして、ふるさと西都の将来像につきまして御意見、御提言等いただきまして、これからのまちづくり等の指針としていくことを目的に、東京と大阪会場でのあすの西都を語る大阪会議、東京会議を隔年で開催をいたしているところでございます。過去におきましては、平成三年度からでございますけれども、東京会議四回、それから大阪会議五回ほど開催をいたしております。現在、東京西都会に三百四十三名、近畿西都会に四百六十名の会員の皆さんがいらっしゃる状況でございます。これらの本市出身者を対象といたしまして、一堂にふるさとへ帰郷していただき、御意見等をいただく場を設けることにつきましては、費用等の負担等の問題もございますし、現在は考えていないところでございますけれども、各個人ごとの帰郷の際に提言をいただきます場所を設けたり、あるいは講演等をお願いをするなど個別にお願いするような形で今後考えてまいりたい、そのように考えております。  以上でございます。 ◆二番(吉野元近君) それでは、再々質問を行います。  最後に、総括して若干の御要望を申し上げます。本市においてはただいま、本年度より二年間で将来を展望した二十一世紀の本市のあるべき姿について定める第三次西都総合計画の策定に取り組んでおられます。そこで、ぜひ国際交流事業の構想については宮崎県の新国際化プラン推進体制を参考にして作成していただきたいことをこの機会に御要望申し上げておきます。  もう一つの要望は、西都郵便局や西都原入り口では見かけましたが、市役所を初め、国道や県道、それに主な施設に韓国語の案内標示板を設置していただけないかということであります。これは今後国際交流を推進していく上からはもちろん、観光客として来られる方々への利便を図ることからぜひ必要であると思うからです。  以上の二点についてよろしくお願い申し上げます。今回の私の質問は、これからの西都をどうするかという視点から考えて極めて重要な問題ばかりであります。ですから、今後も市民と一体となって徹底して取り組んでいきたいと思っております。以上で今定例会における一般質問を終わります。 ○議長(丸山美木生君) 暫時休憩いたします。                             午前十一時十四分 休憩                             −−−−−−−−−−−                             午前十一時三十分 開議 ○議長(丸山美木生君) 休憩前に引き続き会議を開きます。  次に、十七番日高不二夫君の発言を許します。 ◆十七番(日高不二夫君) (登壇)質問通告に従って順次質問してまいります。  まず、介護保険制度についてであります。来年四月の介護保険制度のスタートを目前にして全国の市町村はみずからの知恵を絞り、懸命にその実施準備をしてまいりました。ところが、政府は十一月五日に、高齢者の保険料徴収見合わせや、重度のお年寄りを介護する家族への慰労金支給など介護保険の円滑な実施のための特別対策という名の見直し策を決定しました。これらは介護保険制度の根幹にかかわるものばかりで、新聞等の報道によりますと、在宅介護の現場を担う人たちからは政府に対する戸惑いや不信の声が上がっています。本年四月にスタートする介護保険制度が百点満点だと思っている人はだれもいません。だからこそ各自治体は少しでもよいものにしようと努力しているのです。  介護保険の導入には理念があったはずです。それは介護の社会化です。そして、国民が保険料を負担するかわりに福祉サービスを権利として利用できることです。当然ながらサービスの質を高めることを要求できることも意味します。その結果、介護される高齢者の人権が守られるのは言うまでもありません。今回の政府決定はこの介護保険の理念と大きくかけ離れています。また、政府決定の財源は保険なのに保険料を徴収しないという赤字国債で後の世代に負担を転嫁するものです。  私は、この政府決定を知ったときの第一印象は、これでまた少子化傾向に拍車がかかるなということでした。そして、後の世代に対していたたまれない気持ちになりました。この政府決定に対して当然多数の知事や市町村長から批判の声が上がっています。黒田市長はこの政府決定をどう受けとめられたか、お尋ねします。以下、政府決定で派生する幾つかの質問をしてまいります。  一、市の介護保険担当者は大変な努力をされて市内百十カ所で介護保険制度の地区別説明会を開かれてきました。今回の政府決定は長年の議論の末にできた枠組みがわずか一カ月の間にかき回され、いびつなものになってしまったわけですから、もう一回地区別説明会を開いて変更内容を周知徹底させる必要があります。しかし、もう余り時間はありません。今後どんな方法で市民に周知させるおつもりか、お伺いします。  二、家族介護慰労金は介護保険とは別枠で支給されますが、要介護度四か五、住民税非課税の低所得世帯という条件で介護サービスを受けなかった家族に限られています。厚生省は十一月十日の委員会で、要介護認定で重度の要介護四か五に相当が基準だが、市町村が独自の判定方法を導入してもいいと言っています。果たして介護認定を受けずに市が独自で要介護度四か五と判定できるものでしょうか、お伺いします。また、支給の基準が市町村の判断にゆだねられると、同じ介護状態でも市町村によって支給できる世帯とできない世帯ができることになります。そのことについてもお考えをお示しください。  三、市町村によっては介護保険制度の見直しについて今までやってきたことの多くをやり直さなければならないとか、事務処理システムをこの時期になって変更しなければならないという声が出てきています。西都市はこのことについてどんな状況か、お知らせください。  次に、介護認定の進みぐあいについてお尋ねします。  一、現在申請者はどれくらいの人数で、判定がなされた人数は幾らでしょうか。また、判定された方々の各段階の人数と率を自立も含めて七段階でお示しください。  二、一次審査、二次審査を含めてお尋ねします。現在、調査員は何名でしょうか。西都市では調査員が第二次審査の場に同席することになっています。私はこのことに大賛成ですが、調査員が同席することによるメリットがあらわれているならお知らせください。  三、第二次審査の判定の結果に大きな不満を持つ人と納得する人が出てきていると思います。その辺の状況もお知らせください。  四、一番気がかりなことは、現在も、そして来年の三月までは何らかのサービスを受けながら自立と判定された方への来年四月以降の対処の仕方です。厚生省は、十一月二十九日の全国老人福祉介護保険担当課長会議で自立認定者を支援する事業の詳細を明らかにしました。このことは市町村にも伝達されてくるでしょうが、介護保険ではサービスを受けられなくなる自立認定者への現時点での生活支援、介護予防策の構想をお示しください。  五、東米良地区のように市街地から遠く、人家がまばらにしかない地域の介護サービス体制づくりも気がかりになります。この面へのお考えもお聞かせください。  六、最後に、現在支給されている介護手当を今後とも続けていかれるのか、廃止なり減額の方向で見直していかれるのか、お伺いします。新設される予定の家族介護慰労金とも関連させてお答えください。  次、西都原の整備について御質問いたします。ことしの秋の西都原のコスモスの花は見事でした。満開の時期も十一月二十五日に菜の花植えの準備で掘り返されるまでほぼ一カ月間続きました。当然土曜、日曜、祝祭日以外にも市内外からたくさんの人々が西都原を訪れ、コスモスの花畑の中を散策し、鬼の窟の墳丘の上に上がってすばらしい景観に浸っていました。私も、西都原を訪れる人々がどんなことに関心を持ち、どんな行動をとるか知りたくて、暇をつくっては日中も西都原に上がっていました。私を寂しい思いにさせたのは、コスモスの花にあれだけ集まってくれている人々が古墳群の中にはほとんど足を運んでくれないということです。私は、コスモス畑の中の人数、駐車の数、地場産品と書かれたテントの商店への人々の集まりぐあいを見たら車を走らせて、第三古墳群、第二古墳群と見て、第一古墳群の駐車場に車を置き、十三号墳を中心とした古墳の中を歩きました。古墳群の中ではだれにも会わない日が続きました。私は、よく言いますように西都原のすばらしさの一つは古代ロマン漂う古墳群だと思います。だからこそ国は西都原の古墳を群としての価値を認めて特別史跡に指定したものだと思っています。市長はどうしたら西都原を訪れる人々が古墳群にまで足を運んでくれるとお思いでしょうか。市長のお考えをお聞かせください。  西都原古墳群は県立公園ですから県の管理下にあります。古墳を取り巻く草原はことしも三回草刈りがなされました。三回目は十月の末でしたから、それからは草も伸びず、すばらしい草原になっています。ところが、古墳の草は三月末から四月初めに刈られただけで、今はカヤ類が一メートル以上も伸び、円漬か前方後円墳かの識別もつかないほどです。これでは宝の持ちぐされです。昨年度はかなりの費用を使って第一古墳群の中に遊歩道と休憩所かつくられましたが、ここに足を運ぶ人はほとんどいません。古墳の草刈りがなされていないからだと私は思っています。遊歩道づくりなどは国の補助がつき、古墳の草刈りの費用は県の単独予算だからだと言えばそれまでですが、古墳のすばらしさを見てもらうために遊歩道などはつくられたのでしょうから、本末転倒ではいけないと思います。市長にお願いします。西都原古墳群の古墳の草刈りを私が今まで見てきた他の風土記の丘の古墳のように年に三回はしていただきたいと県に働きかけていただきたいのですが、どうでしょうか。  次の質問に移ります。西都原の桜並木についてであります。西都原の御陵墓前の花は、桜、菜の花、コスモスと三本柱になりました。市御当局が桜並木の管理にも力を注いでおられることは評価しています。ことしの春も十五本の桜を桜並木の間隔のあいているところに植えられました。枝打ちもしておられます。しかし、菜の花、コスモスほどは手を入れておられないのではないでしょうか。特に古木が心配です。御陵墓前から鬼の窟にかけての桜並木と祭殿前の広場の桜の二割の約六十五木は老木で、幹が腐れていて、枝だったものが幹になっていたり、根から出た幼木が幹になったりしています。根はしっかりしていますのでいいのでしょうが、激しい台風が末たら心配です。あの桜並木を維持していく方法もお聞かせください。  以上で壇上からの質問を終わります。(降壇) ◎市長(黒田昭君) (登壇)まず、介護保険制度についての御質問にお答えをいたします。十一月五日、政府が決定した介護保険法の円滑な実施のための特別対策についての見解でございますが、これに対しましては、十一月十一日に全国市長会として施行準備に新たな負担を伴う措置が一方的に行われたことを極めて遺憾として、あわせて国の責任による的確な広報や万全の財政措置などを強く要請する決議を行ったところであります。この特別対策は、一つには高齢者保険料の特別措置、二つ目には医療保険者の対策、三番目には低所得者の利用者負担の軽減、四番目に家族介護支援対策、五番目に介護予防、生活支援対策、六番目として介護基盤整備対策がその主な内容となっております。特に保険料については、制度の本格的なスタートに向けての助走期間として新たな負担になれていただくようにとの配慮から、国の財源により軽減策が講じられることになっております。市としては、説明会等で意見や戸惑いの声が最も多かった保険料について、一時的ではあれ、負担軽減策が実施されることや、低所得者に対して利用者負担の軽減策が行われることは、市民の経済的負担の軽減とともに制度への理解が深まり、結果として円滑な制度導入が図られるものと期待をいたしておるところであります。  次に、この特別対策について変更された事項などの市民への周知対策でありますが、市の広報紙やパンフレット等の広報媒体を十分に活用して、さらに可能な限り地域に出向いて説明を行ってまいりたいと思います。また、虚弱なひとり暮らし高齢者の方など情報が伝わりにくい世帯には民生委員の方に御協力をいただき、さらに在宅介護支援センターなどを通じて制度内容の周知に努めてまいりたいと思います。  次に、家族介護支援対策の一つとして実施される家族介護慰労金支給事業については、重度の低所得高齢者の介護を行っている家族に対して慰労のための金品を市町村が贈呈した場合にこれに要する経費の一部を国が助成する事業で、その支給内容は、要介護度四、五の住民税非課税世帯の高齢者を一年間介護保険サービスを利用しないで介護する家族に年額十万円までを支給するとなっております。要介護度の判定については、要介護認定を受けた方はその結果を活用し、受けない方に対しては要介護認定の手法を準用して要介護四、五に相当するか否か判断することが考えられますが、この家族介護慰労金支給事業は介護保険とは別枠の国の補助事業で、紙おむつなどの介護用品支給事業、家族介護者交流事業など六つの事業から成るメニュー事業の一つであり、市町村の判断で選択する事業や事業内容も違ってくるものと考えられます。市としては国の補助基準を踏まえ、他市町村の状況も勘案をしながら事業の内容を検討してまいりたいと考えております。  次に、この特別対策による事務処理システムの変更についての御質問ですが、特に保険料の賦課調定、収納管理等の部分で変更が必要となりますので、現在本市の介護保険の電算システムを委託をしております株式会社デンサンとの協議を進めているところであります。以下につきましては所長から答えさせます。  次に、西都原整備についてお答えをいたします。まず、市長はどうしたら西都原を訪れる人々が古墳群まで足を運んでくれると思うか、こういう質問でありますが、質問議員の言われるとおり、西都原は春の菜の花、秋のコスモスの花畑を初め、桜並木やミツバツツジなど四季を通じたボリューム感のある花の景観で今や古墳と花の西都原のイメージが定着して、西都原を訪れる人々の魅力の一つとなっておりますが、何といっても西都原の本来のすばらしさは、広大な台地上に特徴ある数多くの古墳が密集する様子を実感できるということであります。  今回の整備五カ年計画では、約三百基もの古墳が密集する歴史的景観の中で、来訪者が古墳や古代の歴史文化への興味や関心を高め、古代歴史ロマンを体験できるような整備を目指すもので、まず古墳及び古墳群が持つ特徴を明確化するような発掘などの調査研究及び整備、次に来訪者が古墳や古代の歴史文化について理解を深められるような説明施設等の充実、さらに身体の不自由な人や高齢者等の利用にも配慮しながら、古墳群内の周遊園路や駐車場、トイレ等の整備を行うものであります。特に第一古墳群への新たな進入路の整備により百基余りのさまざまな古墳群が密集する様子が実感でき、酒元ノ上横穴墓墳群の覆屋の整備とあわせ、新たな観光名所として期待を寄せているところであります。今後これらの整備とあわせ、イベント広場や駐車場の整備、県全体を対象とする古代歴史資料館を目指す西都原資料館の再整備、幅広い情報提供を行うガイダンス施設等案内施設の充実が図られ、西都原を訪れる人々が古墳群まで足を連んでいただけるよう、歴史的景観と自然景観とが一体となった古墳群としての総合的な整備に努めてまいりたいと考えております。以下につきましては担当課長から答えさせます。  以上です。(降壇) ○議長(丸山美木生君) 暫時休憩いたします。                            午前十一時五十三分 休憩                            −−−−−−−−−−−−                            午後零時五十八分 開議 ○議長(丸山美木生君) 休憩前に引き続き会議を開きます。 ◎福祉事務所長(関谷恒徳君) それでは、要介護認定の現状に関連する御質問にお答えをいたします。要介護認定の状況でございますが、九月十六日から申請の受け付けを開始しており、十二月二日現在七百五十九人が申請済みとなっております。申請予定者数を千三百人と想定しておりますので、約五八%の方が申し込み済みとなっております。そのうち認定済みの内容は四百三十八人となっており、内訳は、介護保険非該当となる自立者が百四十人で全体の約三二%、要支援者は八十八人で二〇%、要介護一が百人で二三%、要介護二が五十三人で一二%、要介護三が十九人で四%、要介護四が十六人で四%、要介護五が二十二人で五%となっております。  次に、本市の訪問調査員は在宅介護支援センターのケアマネージャーなどで三十三名の方にお願いをしております。また、介護認定審査会から要請があった場合には調査員が介護認定審査会に同席をすることにしておりますが、そのメリットとしては、調査結果や医師の意見書などの審査資料では不明な対象者の状態像をその場で確認した上で審査判定ができることや、調査に当たって判断した根拠等を審査会が確認することにより調査員の資質の向上や判断基準の統一が図られていることなどが考えられます。  次に、認定結果に対する申請者の反応ですが、現在のところ特に問い合わせや相談、苦情などはありませんが、今後、具体的に介護サービス計画を作成する際に希望どおりのサービスが受けられるかどうか、利用料が幾らになるかなどで認定結果に対する問い合わせや相談が出てくるのではないかと思われます。  次に、介護保険非該当、いわゆる自立と認定された方への対策ですが、特別養護老人ホーム入所者には五年間の経過措置がありますが、在宅サービス利用者には経過措置がありません。しかし、サービスを利用していることによって本人の心身機能が維持され、その結果として自立と認定されてしまうケースも否定できません。また、要支援者や要介護者とならないような予防的な事業を行うことは介護保険に要する費用を抑え、保険料を低くすることにもつながることですので、市としては介護保険非該当、いわゆる自立と認定された方へのサービスについては介護保険とは別財源の高齢者福祉サービスとして積極的に実施してまいりたいと思います。具体的には国において市町村への補助事業として実施される生活支援、介護予防、生きがい活動支援を柱とする事業を取り込んで実施してまいりたいと思います。  次に、東米良地区などの過疎地域に対する介護サービスの提供についてですが、介護保険のサービスを提供する事業者は都道府県の指定を受けることになっておりますが、その指定基準にサービス提供拒否の禁止の基準があり、正当な理由なく通常の実施地域内でサービス提供を拒否できないことになっております。このことを踏まえた上で、市としては市内のサービス提供事業者の連絡会議等を開催し、ケアマネージャー及び介護サービス提供者との連携を図り、サービスの円滑な提供ができるよう対策を講じてまいりたいと思います。  最後に、介護手当についての御質問にお答えします。本市においては福祉事業として在宅で六十五歳以上の寝たきりや痴呆症の高齢者を介護している保護者に対し、市民福祉手当として月額六千円を九月と三月の年二回に分けて支給しており、本年九月の状況は百一人に対し三百二十八万二千円の支給となっております。また、国民健康保険制度から、在宅で寝たきりの方を介護している世帯主に対し介護手当として月額一万五千円を支給しており、現在四十八人の方が受給されています。これらの手当につきましては、核家族化の進展など介護をめぐる環境や情勢の変化、さらに介護を家族、家庭という単位ではなく社会全体で支える制度として介護保険制度が創設されたこと等を踏まえ、見直しをしてまいりたいと考えております。しかし、一方では、要介護者等が家族からの介護を希望し、家族もそれに対し努力されている世帯等も現実には存在するわけで、国もそういう現実に配慮する形で家族介護慰労金の考え方を打ち出したと思います。以上のことを踏まえ、市としましては当面これからの手当につきましては、廃止するのではなく、介護保険のサービス給付と重複しないよう調整して給付する形で見直しをしてまいりたいと思います。なお、家族介護慰労金につきましては、福祉事業の市民福祉手当と関連が深い制度と考えられますので、見直しの中であわせて検討してまいりたいと思います。  以上です。 ◎商工観光課長(近藤一君) では、私の方から、まず西都原古墳群の古墳の草刈りについての御質問にお答えをいたします。西都原古墳群は、西都原杉安峡県立自然公園内で昭和四十年代、風土記ケ丘整備事業により公有されてきた区域が特別史跡として指定され、国、県、市により草刈り等の管理を行っております。内訳として、特別史跡西都原古墳群三百九基中、国有古墳二十四基については国の補助金八〇%によりまして、また西都市所有十一基につきましては県の補助三分の一によりまして、年二回、六月と十月、西都市が古墳マウンドの草刈りを行っております。さらに台地上の風土記ケ丘内を含む古墳マウンドについては年二回、十二月と三月、県文化課により行われ、古墳周辺の平地都について年四回、五月、七月、十月、三月、県の都市公園事務所により行われておるのが現状であります。昭和二十七年、特別史跡西都原古墳群として文化庁が指定し、管理団体を西都市に定めてありますが、質問議員が言われるとおり、古墳マウンドの通年の草刈りについて管理状態は十分とは言えず、平地程度の管理は必要と考えますが、管理区域が広域であることや、県立公園史跡地内として県で管理されていることから今後県と調整を図ってまいりたいと考えております。  次に、桜並木を維持していく方策をとのことでありますが、このことついて平成九年度、桜並木の植栽現況調査を実施いたしまして、この調査に基づき、桜の生育に影響あるてんぐ巣病の撤去や老木の枝打ち、伐採、更新など、この間、保護増植に努めているところでありますが、質問議員の言われるとおり、馬場内の桜並木や御陵墓前広場の桜について老木が相当見受けられ、更新の時期に来ていると思われます。しかし、桜は伐採をしたり、古木や大木の移植をしますと育たないと言われておることから、新たに補植する以外に方法はないのではないかと考えておりますが、今後県と西都市が取り組む整備五カ年計画の中で桜並木の整備につきましても検討してまいりたいと考えております。  以上です。 ◆十七番(日高不二夫君) まず、介護保険の問題ですが、市長の答弁の中で、六十五歳以上の高齢者には半年間免除、あと一年間は半額徴収するということについては、国の財源により軽減策が講じられるようになったことは、一時的であれ、市民の経済的負担を軽減できるということから評価しておられたようですが、私は反対なわけですね。というのは、だれでも御存じのように国が西都市だけに軽減措置をしてくれるなら万々歳ですけれども、国民全部ですので、西都市民イコール日本国民ですから、その立場に立ったら、私、六十五歳以上の高齢者ですのでなおさら思うわけです。  新聞に投書されたのがありましたので、私の考えと全く同じでしたから二人分ほど紹介させていただきたいと思います。一つは、十一月二十四日の朝日新聞の山口県の七十五歳の女性からですが、こう書いております。「カラスが鳴かない日はあっても介護保険について政府や与党の考えが変わらない日はない。毎日の新聞やテレビを見ながら落ちつく先はどこなのかと迷う。本当に介護を充実させる気があるなら、受けるべき老人も自分の収入に見合った保険料の負担は当然と思っているとき、半年はいいよ、その後にじわじわ取るよなんて言われても」、後、略します。  もう一人は、宮日新聞の十二月四日に載っていた高崎町の七十一歳の女性です。「介護保険制度の見直しにすっきりしないものを感じています。六十五歳以上の保険料を半年間猶予してその後は半額、その間の介護料は国の借金で、そのツケは私たちの子や孫に回ってきます。子供たちが将来不幸になることを喜ぶ親がいるでしょうか。しかも、少子化です。子供たちは借金だけ払わされても自分たちの将来は保障されるのでしょうか」。ずっと飛ばして最後だけ読みます。「私は、子供や孫たちにだけ負担をかけたくないのです。払わなければならないものはきちんと払って親の義務も果たしながら介護を受けた方がすっきりします」。  全く私の考えと同じですが、介護保険法の成立というのはちょうど今から二年前の十二月九日だったんですね。この法の成立前から各市町村は法の成立を前提として準備のための作業をずっと進めてこられました。これは今までの法律にない面だったと思うんです。それだけ介護保険というのは難しいものを持っているから国は県を通して市町村にしてもらったんだろうと思いますが、市民の大半は不満はあっても負担の覚悟はしてきたのじゃないかと思うんです。低所得者はある程度別としても、一応ほとんどの市民は困ったなと思いながらも出さなきゃならないとして覚悟してきたと思うんです。政府の特別対策の決定をしたとき、私は自分の孫の顔が真っ先に浮かびました。それから、若い人たちのことを考えました。ただでさえ先行きが不安なのに、また一兆円近くの金を介護保険のために出さなきゃならんのか、子供を産むのはもうちょっと控えておこうという人が出なかったとは言えないと思います。低所得の高齢者対策ならばわかるんですけれども、どんな大金持ちの高齢者も一律に納めなくていいですよというのは政治の姿としていかがなものかなと私は思います。  西都市の一号披保険者の保険料は、前の議会でも市長から答弁いただきましたが、三千二百二十一円のようですね。私の場合、その基準の一・五倍になると思います。年収が二百五十万円以上あるようですから。そうしたら半年分の無料と一年間の半額を合わせて五万八千円、私は助かるわけです。家内の場合、恐らく基準額ではないかと思うんですが、そうしたとき三万八千円ですね。私の家族で九万六千円、助かるわけです。それは非常にいいんですが、しかし、この金額を亀井静香という方やら与党三党の政策責任者が後で払ってくれるならいいんですけれども、全部国民が払わなきゃならない。結局は私の子や孫が払うことになるわけですね。昨年の七月、小渕内閣が誕生してから財政再建計画というのはどこへやらいって、この一年五カ月で五十兆円の借金を国はつくったそうです。経済再建のためということなら目をつふることもできますけれども、私たち六十五歳以上の者全部にあなたたちは払わんでいいですよと言われたとき、私は当然払わなきゃならないものと覚悟していたわけですから、おまえは払わなくてもいいから、おまえの子供や孫に払ってもらうからでは我慢できないと思います。私は自分の家の家計では子供たちに一切負担をかけないように切り盛りをしてきたつもりでおります。私が死ぬ場合も千供たちには一切の借財は残さないつもりでおります。そういうことを考えると、今回の政府の対策には本当に憤りさえ感じます。そういうことから、先ほどの市長の御答弁にありました「一時的であれ、市民の経済的負担の軽減が図れるなら」と言われるのは、私、やっぱり釈然としないわけです。その辺の市長のお考えをもう一回お聞かせ願いたいと思います。  それから、市民への説明というのは先ほど答弁のとおりまたしていかれるようですが、市民への説明の一番難しいのは私は次のことだろうと思います。それは政府の今回の特別対策のもう一つの柱に、これまでホームヘルプサービスを利用していた低所得の高齢者は利用者負担を当面三年間は三%に、その後、段階的に引き上げて二〇〇五年から一〇%にするというのがあります。これはいいことだと思うんです。低所得者にはそれだけの援助があっていいと思うんですが、ところが、これまでホームヘルプサービスを全く受けていなくて要支援や要介護になった低所得の高齢者にはこの適用は受けられないようになっております。結局、今また来年の三月までホームヘルプサービスを受けてなくて要支援なり要認定になった低所得者の利用者負担は一〇%です。介護の公平公正という観点からこのことをどう説明会で説明されるおつもりか、非常に難しいことですけれども、お聞かせ願いたいと思います。  それから、家族慰労金の問題ですが、先ほど担当課長から数字なり金額を教えていただきましたけれども、市長の御答弁では、市としては国の補助基準を踏まえ他市町村の状況も勘案しながら−−ごめんなさい、これは家族介護慰労じゃなくて自立と認定された人たちに対する対策ですね。市長の御答弁では、市としては国の補助基準を踏まえ他市町村の状況も勘案しながら事業内容を検討すると。このことについては国はおとといですか、十二月六日に各市町村の担当者を集めて説明したというのを新聞で見ましたので、まだ市としてはその対策を立てるところまでいってないと思いますので、ここのところは一応割愛していきたいと思いますが、それにしても今までサービスを受けていて自立と言われた人たちに対しては本当に手厚い対策を立てていただきたいと思います。市の事務処理の影響はデンサンの会社と協議しておるということですが、どれぐらい経費がかかることになるのか、わかっていればお教え願いたいと思います。  東米良対策等も出ましたが、これは今後にまたなきゃならないのかなと思います。  介護手当の今後ですけれども、市長の御答弁では、廃止するのでなく、介護保険のサービス給付と重複しないよう調整して給付する形で見直すとおっしゃいましたが、だから解釈のしようですけれども、要支援なり要介護になった人たちはこの介護手当を廃止することもあり得るということになるのかなと思いますし、また今後そういう家族介護慰労金については見直しの中であわせて検討するということですから、今後検討していかれるんでしょうけれども、問題は、三月議会にこの予算を提出しなきゃならないわけですので、早急に結論を出していかなきゃならないと思うんですが、その辺の市長のお考えをお聞かせ願いたいと思います。  次に、西都原の問題ですが、まず最初に担当課長でも結構ですのでお答え願いたいのは、現にある西都原の資料館を建てかえする計画が浮上して、市と県と場所の選定からいろいろ検討しておられるようですが、どんな状態になっているのかをひとつお聞かせ願いたいと思います。  それからもう一つは、十三号墳と百七十一号墳についてですけれども、どちらの古墳も県教委の発掘調査が終わって、現段階では業者が入っているようですね。例えば十三号墳について言えば、私、ふだんは業者が働いていますので、日曜は休みですから、日曜に十三号墳の上に上がってみるんですが、三日前の日曜日に行ったときは穴がきれいに上から掘られて、そしてその穴の周りの上部にはコンクリーでずっと周りが囲んであります。そして、穴の中には大きな石が今から詰まれようとしておりますし、そこに私は上から入っていく仕組みかなと思ったら、横からトンネル式に入っていくようになっているようですね。そこまで今仕事が進んでいますので、それから百七十一号墳もかなりふき石を並べておるような状態ですが、いつごろ完成するのか、担当課長おわかりならお教え願いたいと思います。  そこで、資料館についてですけれども、全国に十四ある風土記の丘の資料館や博物館を全部見てきたわけですが、やっぱり西都原の資料館が一番古いですね。これは仕方がないと思うんです。西都原の風土記の丘は指定第一号ですので、それだけ古くなっても仕方がないから建てかえられるんだと思いますが、問題は中の展示物をどうするかだろうと思います。今のところよそと比べてみると非常に貧弱です。よそと比べたことを若干述べさせていただきますと、ことしの十月中旬に西都原調査特別委員会の皆さんと大阪奈良方面に行ったんですが、まず大阪の和泉市にある池上曽根遺跡に行ってみました。これはどなたも耳に残っておられると思いますが、西都原と同時に古代ロマン再生事業として国が二カ所だけ指定した中の一つですね。これは古墳時代じゃなくて弥生時代の遺跡ですけれども、私は三年前に行って、今度行ってみたら、三年前はただ発掘調査でしたが、かなり復元がなされておって、弥生時代にふさわしいカヤぶきの建物ができておりました。そして、盛んに見学者が出入りしておりましたが、そのすぐそばにはテントやらちょっとした小屋ができておって、ボランティアによる土産物屋もありました。私も珍しいものはないかなと思って見たら赤米せんべいというのがあったので、これこれと思って買って帰ったんですが、非常においしいということで好評でした。その池上曽根遺跡のすぐそばに大阪府立弥生文化博物館というのがあるんですが、これも建物といい、中身といい、非常にすばらしいものだったと私は思っております。  次の日に大阪市の河南町にある近つ飛鳥風土記の丘に行ったんですが、これも三年前に行って二回目ですけれども、ここは古墳群を中心とした風土記の丘ですが、十四の風土記の丘では十三番目につくられたので非常に新しいと見ていいんですけれども、ここに約百基の古墳群がありますけれども、天井が崩れたり、周りが壊れたりして非常に古墳としてはかわいそうな古墳群だなと思ったんです。その真上には高圧線が、高圧の送電線が通っていますので、やっぱりこれも困りものだなと思って聞いたら、風土記の丘ができる前からこの電線は通っておるんですと言われたので、何とも大変だなと思いました。  ところが、ここにある近つ飛鳥博物館というのはすばらしいですね。大阪は財政事情が逼迫しておりますので、今の大阪府ではこういうことは到底できませんと言っていましたが、この博物館をつくるために建物に四十二億円かけておるようです。展示物とか展示に三億五千万円、映像、あちこちにビデオ装置がありましたが、それに四億円、合計七十七億円かけたと。博物館の中には縮尺五十分の一の日本で一番大きいと言われている仁徳天皇陵の模型があって、千五百年前の古墳づくりの様子や当時の人々の生活している様子が五十分の一の縮尺で小さくいっぱい何千人とつくられておるんです。西都の博物館ができたときこれだけのものができるかなと思いましたし、もう一つ私、びっくりさせられたのは、鬼の窟の前のクスノキを運ぶときに修羅というのをつくって運びましたが、あの修羅のでっかいの、長さが八・八メートルに重さが三・二トンとありましたが、その大きな修羅がその博物館に入って、温度調節から湿気調節までぴしゃっとできて、永久保存ができるような形で保存してありました。そういうものを見たとき、古墳群はすばらしいが博物館はまだまだだなと思いました。
     そして、奈良県橿原考古学研究所附属博物館というのにも行ったんですが、ここはさすが奈良県から出てきた遺物をずらっと並べて、これも確かに目をみはるものがありました。  古墳はどうかということで、曽根遺跡に行く途中に時間がありましたので、皆さんと一緒に堺市の仁徳天皇陵を一回りしてみようといって回ったんですが、時間がなくて四分の三ほどしか回れませんでしたが、ここもちょうどそのころ西都原の御陵墓の草刈りをやっておったように業者が入って外側の草は刈っておりました。中は絶対入れないそうですから外側だけの草ですね。  それから、藤井寺市に仲津山古墳というのがあるんですが、これは西都原の女狭穂塚と相似墳だと言われておるんですね。形は全く同じだから、これで日向と近畿とのつながりがあったんだというのを証明する古墳の一つですが、その仲津山古墳にも行ってみたんです。ここも御陵墓ですから入れませんので、それですぐ近くの古室山古墳という高い古墳がありますが、そこの上に登って仲津山古墳を見たんですけれども、周りはきれいに刈られておりましたが、中は全く手つかずです。  そして、その足で橿原市の新沢千塚古墳群というのに行ったんですが、これは前、紹介したと思いますが、西都原と同じぐらいの古墳の数があるんです。ある考古学の本で新沢千塚古墳群を見たら壮観だったと、そして西都原古墳群を見たら圧倒されたと。圧倒と壮観はどう違うかを皆さんたちに見てもらおうと思って、私は二回目でしたが行ったんです。やっぱり西都原かすばらしいということになったんですけれども、その新沢千塚古墳群は橿原市の管理下だそうです。きれいに草が刈ってありましたので、年にどれくらい刈りますかと言ったら、年に三回刈ってその費用は一千万円要りますと、しかし頑張らなきゃ仕方がないんですよというようなことを言っておられました。  そして最近、宮日新聞などで生目古墳群というのが非常にクローズアップされてきましたので、先週の土曜日に行ってみたんですが、全部で三十基ぐらいの古墳があって国指定になっておるようですが、時間がなかったから全部は見れませんでしたが、一号墳と三号墳を見ました。一号墳は長さが百三十六メートルですから、西都原の十三号墳よりもかなり大きいですね。三十三号墳は百四十三メートルですから、これも大きいです。ところが、一号墳は県道のすぐ上にありましたけれども、山だなという感じで、だれかが教えてくれなければ古墳ということはわからない古墳でした。三号墳はそこからちょっと離れた山の中にあったんですが、今、発掘調査をして、トレンチも入れてふき石が出るところまで掘っておりますので古墳だなと思ったんですが、この生目古墳群は宮崎市の創立七十周年記念行事として公園化するんだということですので、まだ始まったばかりだと思いますが、ここがきれいになったら、宮崎市に近いわけですから、西都原もうかうかしておれんぞという印象を受けました。  それから、宮日新聞には十一月二十日に、妻高校の一、二年生が約五百八十人、第二古墳群とその周辺道路をきれいにしたというのがありましたので行ってみたんですが、高校生ですから草刈りは持ちませんのでかまを持って行ったようですが、かまを持っている人たちも非常に少なかったということで、一つの古墳の十分の一刈っておったでしょうかね。二時間ぐらいでは到底あれぐらいしかできんのだなと。一遍に一つの古墳にかかるとけがをする心配があるから、クラスごとに分けたのかな、あっちひっかかじり、こっちひっかかじりのような形で切られておりましたが、それでも高校生があれだけやってくれるというのはありがたいなと思いました。  先ほど県は年に二回刈ると、今度は十二月刈るということでしたが、だから私は一回としか見てないんだと思うんですけれども、十二月刈られたら確かに二回になります。ところが、二回ではやはり余りにも間があき過ぎるなと思います。十二月刈るとすれば、あれは全部刈ってトラックでどこかまた持っていかなきゃならないんです。その費用も大変だと思うんです。私は、県に金がないなら、ボランティアで市民としてできないものかなと思うんですが、前方後円墳には十三号墳みたいな前方後円墳と百号墳みたいな絵鏡式前方後円墳というんでしょうか、絵鏡式古墳といいますが、あんなふうにそれぞれ形が違うんですね。草をきれいに刈ったら古墳のすばらしさがわかると思うんです。そういう意味でどうしてもやっぱり刈っていただきたいなと思うんです。今刈ってあるのは鬼の窟古墳、これはいつもきれいにしていますね。県も常に気をつけているんだと思います。十三号墳、これは今整備もしておるからでしょうが、きれいです。百号墳は今発掘調査をしているんです。カヤが立っておったら調査ができんからでしょう、常に刈っております。  確かに先ほど言われるように西都原の風土記の丘といえばよその風土記の丘と比べ物にならないぐらい広いんです。だから、なかなかやれないんだと思いますけれども、せっかくあれだけの遊歩道をつくったり、いろいろ腰をおろすところをつくったりしているんですから、その本尊を整備してほしいなというのが私の願いです。どうか市長、もうちょっと県に働きかけていただきたいと思うんですが、どうでしょうかね。もし年に一回か二回しかできないとすれば、一回と考えたときに、私はずっと見て回っているんですが、十月ぐらいに刈れば大分効果があると思います。十月刈れば三月までは草が伸びません。少なくとも半年間はきれいに見えるわけですね。ところが、今、伸びているのは、三月の末か四月の初めに刈ったわけですから伸び放題で、夏ですからわずか二カ月ぐらいであんな状態になりますので、刈るなら秋口、そうしたらきれいに半年間は姿を見せてくれると思います。下の草原を刈るのを見ているんですが、大きな草刈り機であっち走りこっち走りで刈っていって、そしてあと四、五人の人が草刈り機を持ってきて、そして木のわきとか、特にミツバツツジなんかあんなのが生えているところ、草刈り機で大型の機械が入らなかったところを刈っていっているようです。だから、あそこはきれいだが、古墳が余りにも惨めだなと思うのでこういう問題取り上げたんですが、その辺、市長のお考えを聞かせてもらいたいと思います。  それから、整備ができたら確かにお客さんが来るようになるかもしれませんけれども、そのときそのときでお客さんが少しでも来てくれるような準備はしていかなきゃいけないと思うんです。上がり口なんかに大きな看板を立てて、第三古墳群へどうぞという看板は立てられないものかなと思うんです。ほんの一カ月ぐらい前でしたが、御陵墓前に軽ワゴンで久留米ナンバーの車がとまって、競馬場の跡で二人で朝御飯を食べておられるんです。珍しい人たちだなと思ってしばらく話しておったら、二十年ほど前に自分が一人で来たことがあるけれども、今度はどうしても家内を連れてきたくて来て、この車の中に泊まって、今、朝御飯食べている途中ですと言われるから、私、暇ですが、いいところ案内しましょうかと、ぜひそうしてくれと言われて、第一古墳群に行ったんです。  それから、あの古墳祭の日もそうです。古墳祭が終わって昼ぐらいに宮崎から知り合いが五、六人来ましたので、西都原を案内しようかで案内したら、やっぱりそれなりに感動してくれるんです。この前、シンポジウムでも出ていましたように、西都原というところはいやしとか安らぎというのがあるところだなと思うんです。私は、西都原には年間三百二十日は行くんですが、なぜあそこを歩くのかなと自問自答してみると、あそこを歩くと安らぎを感じて、その日一日平穏な気持ちで過ごせるがなというのが結論だろうと思っております。私が好きなのは西都原を歩くこととたき火をたくことですね。たき火に当たるというのは非常に気持ちを和ませてくれると私は思っておるんです。  それから、桜並木ですが、確かに言われたように老木をどうかしなきゃならんというふうに思うんですけれども、私は全くの素人ですので、この前の朝、樹医の資格を持つ植木屋さんに御同行願ってずっと見て回ったんですが、古木は古木として生かす方法があると言われるんです。ただ、どうしても摘まなきゃならん枝が出てくるから、ここはまた本人が塗り薬を持ってきて、こんなふうにして塗ればこれは大丈夫ですよと言われたんですが、そんなことでもうちょっと手を加えたら台風のときも大丈夫になるんじゃないかなと思いますし、要望ですけれども、あの御陵墓の北端の畑側、あそこは大分あいておるんです。桜が植えてないところがかなりあります。あそこも植えられたらどうかなと。それからずっと御陵墓、昔の競馬場ですからあれを回って鬼の窟からもう一つ内側に古墳がありますね。あそこ辺は今あっからかんとしていますから、あそこまで桜並木にしたらいいがなと思うんですが、その辺はどうでしょうかね。  以上で質問を終わります。 ◎市長(黒田昭君) まず、介護保険のことからお答えをいたしますが、今度の国の特別対策で負担の軽減の対策を中心として打ち出されました。大変高齢者の皆さん方が介護保険について理解をしている、せっかく納めるものは納めなきゃいかんという覚悟をしているときにこういうことがあって甚だ残念だというような意味合いだったと思いますが、確かにそのような方もおられるわけでありますけれども、だんだん具体的にこの負担をするということになりますと、必ずしも私はそうではないと思うんですね。仮に三千二百円ということで今高齢者の、いわゆる一号披保険者の保険料を出しておりますが、十二カ月で三万八千四百円、それを年寄りの人、御夫婦おられるということになりますと、それに二号披保険者の人がまだはっきりそれが出てきておりませんのでわかりませんけれども、これを同じとして考えれば、かなり低いとは思いますけれども、同じとして考えれば、四人分の保険をここで払わなきゃならんということになってくるわけですね。これはやっぱり突然新たな負担としてお願いするわけですが、まだまだ私は全体としては今お話しのような理解をされている人だけはいないだろうということを考えます。そういうようなことになりますと、やはり半年間でもそのようなことについて猶予があれば、その間に具体的な金額を提示して心組みの説明をしていくことができるのてはないのかというふうに思っておるわけで、そういう面から言えば確かに後年度負担を強いるわけですから、国の国債によってその負担をしていくということですから、将来負担を残すことにはなるわけであります。  しかし、将来の負担を残すという論議は、これはこの福祉の問題じゃなくて、今度の大幅な経済対策としての補正が出ておりますけれども、これもまさに建設国債を中心とする大きな国債であるわけですね。これもやはり同じように大きく将来負担を残すことになるわけでありまして、福祉においてもしかり、このような経済対策についてもしかり、やはり後年度負担ということを入れて論議をするということになりますと、これだけに済まないのではないのか。しかし、これは一人一人が負担をしていただくということでありますから、国民全体の負担を分けてするということでありますから、大変ありがたいあれではありますけれども、やはり当面する負担を軽減するという意味から言えば、先ほど壇上から申し上げましたようにいささかなりとも被保険者の経済負担を軽減することができるのではないのか、そのように思っておるわけであります。  それなら、一律負担にせんでもう少し低所得者、そういうような内容を分けてやるべきではないかというのも一つの考え方ではあろうと思いますけれども、今回は新しい制度というようなことで一律負担軽減というような方法がとられているんだろうというふうに思っております。だから、法律からいっても、手だてからいっても、決して介護保険の基本的な考え方を崩すというものではないと思うんですね。これがずっと負担をしなくてこれを税金でという話であれば別でありますけれども、基本的な考え方は全く今までどおりであって、期限を切って負担を軽減しようということでありますから、これはこの介護保険の理念を逸脱するものではない、その部分はしっかり立てられてそれは動かしてはない、そのように私は理解をいたしております。ですから、軽減をできるということならありがたいことだなということを一面では考えておるわけであります。地方の座談会もかなり私も出ましたが、やはり保険料が幾らになるのか、一割負担というのは大きいなというような、いわゆる負担についての質問、意見というのが非常に多いということ等から考えれば一つの対策かなというふうに思っております。  それから、これによって今までせっかく準備してきた賦課の事務、徴収事務、そういうようなものががらりと変わってくるという、いわゆる事務上の手直し、このあたりが要ることは確かであります。これは事務当局、私ども側の問題でありますから、これは当然受けて立たなきゃならんだろうというふうに思っております。西都の方ではそう大きな混乱、また手戻りというのはないようでありますが、今、委託しておりますデンサンと協議をいたしております。それについての料金がどのくらいになるのか、担当課長わかっていれば答えさせますが、私、承知しておりませんので、若干の確かに手戻りの経費は要るだろうというふうには思っておるところです。  それから、介護手当の見直しでありますが、今、福祉手当を六千円、九月と三月に分けてお上げしておりますが、月額六千円でありますけれども、この人たちが百一名、それから国保の方の制度に入っている、いわゆる国保対象者でありますが、この人たちに対する月一万五千円の介護手当、これが四十八人おられるわけでありますから、両方合わせますと百四十九名ということになりましょうか。この人たちが今度の認定の結果どのようなことに分かれていくのか。これは在宅で寝たきりというようなことを前提にした介護手当ということでしておりますので、民生委員の皆さん方からの確認を得て申請をしてもらっているわけでありますから、恐らく四か五かというようなことになっていくのではないかというふうに思われます。しかし、これは結果を見なけりゃ確実には言えませんけれども、その場合、仮に四とした場合に最高三十一万四千円という今度の保険で見る介護の上限があるわけでありますので、この三十一万四千円を限度として給付の計画を、いわゆる介護計画を立ててもらうわけでありますので、当然そうなればその中に介護手当というものも含まれてくる、そういうふうに考えますので、そのあたりはこれはもう重ねてやる必要はないのではないのかというふうに思います。そういうようなことを調整しながら、どのくらいの人が引き続いてやらなければならないか、そういうあたりを見きわめていきたいというふうに思っております。当然のことながら四月一日からこれらの制度が始まりますので、関連する条例規則等については三月議会で御説明を申し上げる、提案するようなことになっていかなきゃいかんのではないかというふうに思っております。  それから、自立者に対する対策が出てくるわけですね。確かに先ほど認定の状況を説明いたしましたように、現在デイサービス、デイケアの人たちを中心にして始めましたが、その中でも三二%ぐらいの人が自立という判定を受けました。現にそういうサービスを受けている人が大部分であろうというふうに思われるんですね。今度は四月一日から保険が国の特別対策のとおりにいけば保険料を納めなくていいことにはなりますけれども、本来であれば保険料を納めたらデイサービスとデイケアに行くことができない。今までは保険料を納めなくても行けたのが今度は行けなくなるという話になるわけでありますから、そういうようなことについてはそうならないような対策を当然のことながら私は講じていかなければならないというふうに思っております。その点については国の方でもいろいろ事業が計画されておるようでありますから、それらを対象にしながら少なくとも今までのような状況が持続できるようなことにはしなきゃならん。ただ、財源的にはこれは別財源としてやっていかなきゃならんだろうというふうに思っております。  ただし、今から六十五歳に入ってくる人たちはこの新しい介護保険制度で言う認定、この精神によってかなり厳しく、今までよりも厳しく審査されるということになりますので、今までの六十五歳以上でそういうことを受けた人よりも今から入ってくる人たちというのはかなり厳しくなってくるということは考えておいてもらわなきゃならんだろうというふうに思っているんです。これは現にサービスを市が正当なものとして提供している人たちの経過的な措置、こういうような考え方で対応していかなきゃいかんのではないかというふうに思っております。  次は西都原対策についてでありますが、おっしゃるように菜の花とかコスモス、そういうような花については非常に皆さん関心を示しておられますけれども、まだまだ古墳そのものに対する関心は低いということであります。それをいかに古墳に結びつけていくか。一つは、今、個々の整備が進められております。一号団地ですか、A地区、ここにつきましては十三号墳を中心としてかなり整備が進んでおります。そういう部分的な整備は進んでおりますけれども、それを動線としてつないでいくという点についてはまだまだ不十分であるわけですね。ですから、点の整備が済みましたら、それを線で結ぶという動線計画というのを当然のことながらつくって、そしてその動線の中に駐車場がどこにあり、また便所がどこにあり、どういう園内道路、そういうものがあるかということをはっきりさせていかなきゃいかん。そうなってくると、質問議員が言われましたように、あの団地の入り口に案内板を大きくしてその動線を提示することができるのではないのかというふうに思っております。この短期五カ年計画の最終の段階では私はそこまでいかなければいけないんじゃないのかというふうに思っております。今のところ、どこに案内をしてどのように人を誘導していくのか、そのためにどのような案内板等を置けばいいのかというところまでまだ届いてないというのが実情でありますので、そういうものも含めてこれから県と一緒になって最後の仕上げをしていかなきゃいかんのではないか、そのように思っておるわけであります。  そういうようなものの重要なポイントの一つに資料館もあるわけでありますが、資料館の内容についてはいろいろ御意見がありましたが、今のところ七十一億の総事業の中ではおよそその半分ぐらいが資料館に向けられるというふうに振り分けがされております。その中で県においていろいろと検討がされていくものと思いますが、全体の基本設計にたしか今取りかかっておる。来年が実施設計、こういうことになっていくように思いますが、これらにつきましては、十三号、百七十一号墳の完成時期ともあわせまして担当課長の方でわかっていれば御説明をさせたいと思います。資料館の内容の整備については、これからいろいろ県におきまして専門家も擁して検討されるだろうと思いますから、御意見にありましたような先進地のいろいろな状況等も見ながら私どもも提言をしていきたいというふうに思っております。  それから、草刈りでありますが、おっしゃるように平場については県が公園の整備として県の公園協会に委託して、年四回これは刈られているわけですね。それに比べて古墳の方は、県の方は四回しておりますが、市が担当いたします国有の古墳二十四基と市有の十一基、三十五基につきましては市が担当して、国の補助、県の補助を得ながら取り組んでおるわけでありますが、年に二回であります。ですから、おっしゃるように不十分な点があるわけでありますが、この点につきましては県にもお願いをして、少なくとも平場を草刈りをする年四回というようなことに持っていけるように努力をしてみたいというふうに思います。時期等につきましてもいろいろ現地のイベントの模様等がありますので、十分効果が上がるような時期を選定していきたいというふうに思っております。  それから、案内施設の整備についてでありますが、今申し上げましたように最終的にはかなりしっかりした動線を示す案内板をつくるということになろうかと思いますので、個々の分についてはなかなかまだ十分なところまでいっておりません。それと案内者も今ボランティアで取り組んではいただいておりますが、まだ少人数でありますので、十分対応できるというところまでまいっておりませんが、この前、青森の三内遺跡の方がおいでになりましたが、あの人からの指摘では、西都原はなかなか立派なところだけれども、市民の姿が見えないという話を伺って、我々の取り組みがまだ不十分だなという感じがいたしました。青森の三内遺跡では市民団体が積極的にそのような案内を買って出ておる。この前見えた人がその代表の一人であったわけでありますが、そういう御意見もいただいたところであります。  それから、桜並木の補橋・新橋等につきましては御意見のとおりでありますので、今後公園整備にあわせて努力をしていきたいと思います。ことしの春、宮崎市から山桜を約六百本、寄附を受けております。幼木でありますので、二年生の苗ないしは三年生の苗にして現場に出した方がいいんじゃないかという御指導をいただきましたので、今、西都原に仮植をいたしておりますが、そのような山桜の寄附、寄贈もいただいておりますので、それらを含めて植樹の場所、それから桜の種類、そういうようなものについても専門家の意見を聞きながら補植・新植をしてまいりたい、そのように思っております。不足の点があれば福祉事務所ないしは商工観光課長、社会教育課長から説明をさせたいと思います。 ◎福祉事務所長(関谷恒徳君) それでは、御質問の中でホームヘルプサービスに係る御質問がございましたので、これについてお答えしていきたいと思いますけれども、低所得世帯で法施行時にホームヘルプサービスを利用している高齢者については、当面三年間は三%として、段階的に引き上げをして平成十七年度から一〇%にするという考え方が示されたわけですけれども、これに対してホームヘルプサービス以外のサービス利用者や新たなサービス利用者に適用しないのは不公平じゃないかという御質問であったかというふうに思いますけれども、これにつきましては、国の方の考え方が示されておるわけですけれども、介護保険料は一割の利用者負担が基本になっておるわけですけれども、新規の利用者や他のサービスの利用者についてはこの負担をしていただくことになっておるわけですけれども、低所得者については高額介護サービスの自己負担限度額を一般より低く設定しており、無理のない範囲での負担となっているように配慮されている。ただし、現にホームヘルプサービスを利用している高齢者の多くが利用者負担ゼロでありますし、西都市におきましても現実に所得に応じて第一段階、第二段階、ほとんど九割の方が負担金がゼロというような状況になっております。そういうことから激変緩和の観点に立って、法施行時にホームヘルプサービスを利用している低所得者については経過的に利用者負担の軽減措置を講ずるものというふうに考え方が示されておるところでございます。  それから、もう一つ、特別対策による事務処理システムの変更についてはどれぐらいの経費が必要かという御質問でございますけれども、これにつきまして、ただいま株式会社デンサンの方に積算中でございまして、現在のところまだ未定でございます。以上でございます。 ◎商工観光課長(近藤一君) 資料館の整備についてのお尋ねにお答えをいたします。平成十一年度、ただいま市長も申し上げましたが、基本設計を行っておるところでございまして、十一年度に基本設計をつくりまして、十二年度に実施計画、そして十三年度から着工いたしまして十五年度末に完成をする。そうしまして十六年の四月オープンと申しますか、開館をさせるという計画のようであります。そのようにお聞きをいたしておるところでございます。  それから、十三号古墳と百七十一号古墳の整備状況と完成時期等についてのお尋ねにお答えをいたします。十三号古墳は平成十年度から整備が進められ、ほぼ整備も終わりまして、外部から見ますと完成したように見受けられるところでございますが、お聞きをいたしますと、古墳に埋葬されている主体部が見学できる施設、古墳の中に入りまして埋葬部分が見られるような施設整備を現在進めておるということでございまして、これは今年度中に完成、いわゆる来年の三月までにすべての整備が終わりまして十二年度四月にオープン、見学ができるようになるということでございます。  それから、百七十一号古墳につきましては整備のための調査が最終段階になりまして、これが終わりますと、古墳の約半分程度をふき石で敷きまして復元をされる計画だとお聞きをいたしておりますが、この古墳につきましても来年の三月までに整備を終わりまして、十二年四月から見学ができるようになるとお聞きをいたしておるところでございます。  以上でございます。 ◆十七番(日高不二夫君) 先ほど福祉事務所長が答弁された前段、説明会のときこれは非常に難しい説明になるだろうと思って質問したわけですが、本当に難しい説明になるなと、答弁は要りませんけれども、それから後世に対する負担の問題ですが、確かに一般経済浮揚のための赤字というのはみんなで負担しなきゃならんと思うけれども、六十五歳の人間としては、これは孫になぜ払わせなきゃならんのかなというのがずっと私は消えないような気がするんです。ここで市長にどうせよと言ったってしようがないけれども、それから新たな質問ですが、介護保険係の部屋です。二階にあります。奥まったところにあるものですから、今後市民の方が今まで以上に出入りされると思うんです。市民譚のところにも健康管理課のところにもちゃんと入り口のところに台があってそこでいろいろされますが、介護保険係は一番奥の方で、そういう市民と相談ができるようなスペースもないし、そういう設備もないわけですが、これを今後どうされるつもりか、検討しておられるならお答え願いたいと思います。  西都原のことですが、おととい月曜日に、鬼の窟の前に菜の花の苗を育てているところがありますが、おとといから取り始めたですね。私も行ってみて、「去年は惨めな苗だったけど、ことしはすばらしいですね」と言ったら、「ことしは最高ですわ」と言われる。けさ西都原に行ってみたら三分の一ほどは苗が十一日のために配ってあったですね。けさ西都原の気温が零度でしたので、私の家は一度でしたから、下と西都原では一度違うんだなといつも思うんですけれども、霜が大分おりていました。十一日の苗植えの日に霜解けでべたべたしなきゃいいがなと思ってけさ通ったんですけれども、西都原を少しでも世間に出したいと思うがために先ほどのような質問をしたんですが、確かに市長も言われたように市民が余り足を運びませんね。私はよく市民の人たちに質問していたんですが、西都原には梅の木が何本ぐらいあるか知っているかというと、「さあ、二、三本だろうか、あっとじゃろうか」という答えが多いですね。ということは第三古墳群に足を踏み入れてないということだと思うんです。第一古墳群もそうだと思うんです。  答弁は要りませんけれども、教育長にお願いなんてすが、特に別れ遠足には西都原へ行きますね。春の遠足には都於郡、三財あたりからも前行っておったんですが、別れ遠足は妻南、妻中、妻北、穂北小中ぐらいでしょうか。見ていると、西都原に上がったらそのまま第二古墳群の草原に行って、そこでレクリエーションなんかしてそのまま帰るんですね。もったいないなと思うんです。やっぱり年度ごと分けてもいいから、第一古墳群にことし行ったら、来年は第三古墳群を通って、そしてレクリエーションをするとか、そういうふうにお願いしたいなと思います。  ちょっと時間があるようですので、先ほど一番目に質問された松浦議員に関連してですが、市長はけさほど議会を通して市民に勇退の公表をされたわけですけれども、そこの中で大変いろいろあったと思いますし、松浦議員がいろいろな点を挙げて紹介しましたが、私も全くそのとおりです。ただ、市政の停滞云々というのもありますけれども、確かに心配になりますが、アメリカの大統領の制度は二期で二回当選したらそれで終わりですね。四年間大統領がだらけておるかといったらそうじゃないと思うんです。市長も最後まで緊張感を持っていただいて、頑張っていただいて、そのときに御苦労さまでしたと言わせていただきたいと思うんですが、自分のことを言って変ですけれども、私も定年退職の年にこのままでは緊張感がとれるな、どうしたらいいかということで、緊張感をとらないためには今まで一遍も教えたことのない一年生を受け持とうと思って一年生を担当したんですが、市長の責務と小学一年生の責務は雲泥の差でしょうけれども、私は私なりに緊張感を保つように頑張ってきたつもりであります。  もう一つ言わせていただきますと、きょうは十二月八日です。私の十二月八日を簡単に振り返らせていただきたいと思うんですが、けさ新聞を見ますと、十二月八日のことを書いているのは宮日新聞の「声」の欄に二人、朝日新聞の「天声人語」にちょっと書いてありましたが、ちょうど昭和十六年十二月八日は、私が小学校六年生で、朝、学校に行こうとして、七時ごろだったと思うんですが、顔を洗っておったらラジオの例の「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。我が帝国陸海軍は西南太平洋上において米英軍と戦闘状態に入り」というのを聞いたんです。聞いたときは、ああ、とうとう始まったか、先生たちが言ったとおりだなと思うと同時に、背筋がぞっと寒くなったですね。それをよう忘れんのですが、きょうみたいに、きょうよりも深かったと思うんですが、霜がいっぱいおりておった朝だったというのを思い出しますし、それから次の年にいわゆる旧制中学校に入って、それから勉強どころじゃなくて、終戦は延岡の旭化成の工場で中学四年のときに迎えたわけですが、終戦のラジオを聞いたとき、ガーガーガーガーいって何かわからんかったから、「ソ連と戦うことになったんだから頑張れよという放送だったんだろうね」とお互いに言って工場で仕事をしていたら、「日本が負けたげなぞ」と言ってきた。その男はみんなから取り囲まれて、「おまえはうそを言うな」といってそれこそ袋だたきに遭いそうでした。でも夕方になったら落ちつきましたので、もう戦争は終わったんだから電灯は明々つけようやといって寮で電灯を明々つけておったら、陸軍の憲兵がやってきて、警察官ですね、「だれが電灯つけろと言ったか。まだ日本帝国陸軍は負けておらん。受け持ちの先生を出せ」、とうとう先生が出ていったが、先生が往復びんたを食ったということがありました。そういう十二月八日を知っているのは市長と浜砂百敏議員と私ぐらいじゃないかと思って出させてもらいました。どうも失礼しました。 ◎市長(黒田昭君) 介護保険対策につきましては、今、福祉事務所がその総合窓口としてやっておりますが、確かに今から、今のところまだ余り相談は来てないようでありますけれども、いよいよ四月が近づいてきますと、いろいろと相談もあると思いますので、相談室等を考えて場所の選定等も考えたいというふうに思っております。  西都原につきましては、やはりおっしゃるように私どもはもう一歩市民全体の西都原に対する関心を高めなきゃならんのではないかと。十二月十一日にはまた菜の花の植えつけにお願いをしますが、大勢の人が集まってくれるものと思いますので、そういうような時期をとらえてできるだけ家族ぐるみで西都原においでをいただくような啓蒙もしたい、そのように思っておるわけであります。  十二月八日、開戦記念日のことが出ましたが、私は開戦記念日の印象は余りありませんけれども、八月十五日の終戦記念日のときに一兵卒として非常に複雑な涙を流したことを開戦記念日に続いて思い出します。 ○議長(丸山美木生君) お諮りいたします。  本日の会議はこの程度にとどめ延会いたしたいと思います。  これに御異議ありませんか。       (「異議なし」と呼ぶ者あり) ○議長(丸山美木生君) 御異議なしと認めます。よって、本日はこれをもって延会することに決しました。  次の本会議は明九日午前十時開議、一般質問を続行いたします。  本日はこれをもって延会いたします。                              午後二時十四分 延会