徳島県議会 > 1993-06-30 >
07月01日-02号

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  1. 徳島県議会 1993-06-30
    07月01日-02号


    取得元: 徳島県議会公式サイト
    最終取得日: 2023-01-04
    平成 5年 6月定例会   平成五年六月徳島県議会定例会会議録(第二号) 平成五年七月一日    午前十時三十八分開議      出席議員計四十名          (その番号・氏名左のとおりである)     一  番     福  山     守 君     二  番     西  沢  貴  朗 君     三  番     吉  田  忠  志 君     四  番     樫  本     孝 君     五  番     来  代  正  文 君     六  番     猿  瀧     勝 君     七  番     竹  内  資  浩 君     八  番     北  島  勝  也 君     九  番     杉  本  直  樹 君     十  番     佐  藤  圭  甫 君     十一 番     長  尾  哲  見 君     十二 番     児  島     勝 君     十三 番     川 真 田  哲  哉 君     十四 番     宮  城     覺 君     十五 番     北  岡  秀  二 君     十六 番     亀  井  俊  明 君     十七 番     堺        廣 君     十八 番     遠  藤  一  美 君     十九 番     原     秀  樹 君     二十一番     榊     武  夫 君     二十二番     板  東  敬  二 君     二十三番     岩  浅  嘉  仁 君     二十四番     平  岡  一  美 君     二十五番     四  宮     肇 君     二十七番     近  藤  政  雄 君     二十八番     湊     庄  市 君     二十九番     木  村     正 君     三十 番     元  木     宏 君     三十一番     俵     徹 太 郎 君     三十二番     七  条     明 君     三十三番     松  本     弘 君     三十四番     服  部  昭  子 君     三十五番     小  倉  祐  輔 君     三十六番     中  谷  浩  治 君     三十七番     大  西     仁 君     三十八番     原  田  弘  也 君     三十九番     阿  川  利  量 君     四十 番     谷  口     修 君     四十一番     木  内  信  恭 君     四十三番     日  下  久  次 君   ────────────────────────  出席職員職氏名     事務局長     市  原     実 君     次長       西  本  辰 年 男 君     議事課長     鈴  木  行  雄 君     調査課長     佐  藤     功 君     議事課課長補佐  大  竹  将  夫 君     調査課課長補佐  大  西  完  治 君     議事係長     森  本  哲  生 君     委員会係長    板  谷  充  顕 君     企画調査係長   木  村  輝  行 君     事務主任     日  関     実 君     主事       山  口  久  文 君     主事       栗  本  誠  治 君     同        佐  光  正  夫 君     同        四  宮  哲  也 君     同        河  内  か ほ り 君   ────────────────────────  列席者職氏名     知事       三  木  申  三 君     副知事      松  田  研  一 君     出納長      中  川  一  郎 君     企業局長     藤  井     格 君     総務部長     富  田  辰  郎 君     企画調整部長   三  好  勝  則 君     福祉生活部長   古  川  文  雄 君     保健環境部長   内  藤  康  博 君     商工労働部長   宮  本     清 君     農林水産部長   田  中     誠 君     土木部長     縣     保  佑 君     国体局長     坂  本  松  雄 君     財政課長     河  内     隆 君     財政課課長補佐  高  岡  茂  樹 君   ────────────────────────     教育委員長    齋  藤  キ ヨ ミ 君     教育長      近  藤  通  弘 君   ────────────────────────     人事委員長    大 久 保  久  夫 君     人事委員会事務局長齋  藤  喜  良 君   ────────────────────────     公安委員長    北        公 君     警察本部長    栗  本  英  雄 君   ────────────────────────     代表監査委員   折  野  國  男 君     監査事務局長   三  澤  暢  男 君   ────────────────────────  議 事 日 程   第二号   平成五年七月一日(木曜日)午前十時三十分開議 第一 議案撤回の件             (撤回理由説明)                       (議   決) 第二 議案第十七号             (提出者説明)                       (議   決) 第三 県政に対する一般質問         (四   名)   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) これより本日の会議を開きます。   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 日程に入るに先立ち、諸般の報告をいたします。 知事から、お手元に御配布のとおり議案の提出通知がありましたので、御報告いたしておきます。   ──────────────────────── △財第240号  (参照)                          財第240号                      平成5年6月30日 徳島県議会議長 元 木   宏 殿                徳島県知事 三 木 申 三   平成5年6月徳島県議会定例会の議案について(提出)  このことについて,別添のとおり提出します。 第 17 号 控訴の提起について   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 次に、知事から、お手元に御配布のとおり、「議案撤回請求書」の提出がありましたので、御報告いたしておきます。   ──────────────────────── △財第243号  (参照)                          財第243号                      平成5年7月1日 徳島県議会議長 元 木   宏 殿                徳島県知事 三 木 申 三        議 案 撤 回 請 求 書  平成5年6月28日付け財第237号をもって提出した議案の内,第12号埋蔵文化財総合施設新築工事のうち建築工事の請負契約についてを撤回いたしたいので,徳島県議会会議規則第19条第2項の規定により請求します。   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 諸般の報告は以上であります。   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) これより本日の日程に入ります。 日程第一、「議案撤回の件」を議題といたします。 知事より、お手元に御配布のとおり、「議案第十二号・埋蔵文化財総合施設新築工事のうち建築工事の請負契約について」の議案撤回請求があります。 本件について、撤回理由の説明を求めます。 三木知事。   (三木知事登壇) ◎知事(三木申三君) 今期定例会の開会日に提案いたしました議案のうち、「第十二号・埋蔵文化財総合施設新築工事のうち建築工事の請負契約について」につきましては、昨日付をもって、契約の相手方である建設工事共同企業体から、工事の請負について辞退したい旨の申し出がありました。 県といたしましては、諸般の事情を考慮した結果、この申し出を受けることとし、第十二号議案の撤回をお願いするものであります。 議員の皆様方には大変御迷惑をおかけいたしましたことをおわび申し上げますとともに、事情を御理解いただきまして、当議案の撤回について、御賛同賜りますようお願い申し上げます。 ○議長(元木宏君) これより、「議案撤回の件」を起立により、採決いたします。 本件は、これを知事から請求のとおり許可することに御賛成の方は、御起立を願います。   (賛成者起立) ○議長(元木宏君) 起立全員であります。 よって、本件は、知事から請求のとおり許可することに決定いたしました。   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 次に、日程第二、「議案第十七号・控訴の提起について」を議題といたします。 本件について、提出者の説明を求めます。 三木知事。   (三木知事登壇) ◎知事(三木申三君) このたび、追加提案いたしました第十七号議案は、「控訴の提起について」であります。 平成元年八月九日、穴吹県民運動場において、当時穴吹町立三島中学校一年生の生徒が、課外クラブである野球部の練習中に倒れ、死亡した事故につきまして、両親及び祖母が穴吹町及び県を相手取って、同年十二月二十六日、徳島地方裁判所に損害賠償の訴えを提起し、平成五年六月二十五日、判決がありました。この判決につきましては、県にとって内容的に承服しがたいものがあり、これを認めれば、今後、クラブ活動時において指導教員に過重な注意義務を負わせることとなり、学校現場に与える影響は極めて重大なものがあると考えられます。 以上の事情から、本件については控訴すべきものと判断し、地方自治法第九十六条第一項第十二号の規定により、議会の議決を得るため提案するものであります。 何とぞ御理解いただきまして、御賛同賜りますようお願い申し上げます。 ○議長(元木宏君) これより質疑に入ります。 質疑はありませんか。   (「なし」と言う者あり) ○議長(元木宏君) 質疑なしと認めます。 お諮りいたします。 本件については、委員会の付託を省略いたしたいと思います。 これに御異議ございませんか。   (「異議なし」と言う者あり) ○議長(元木宏君) 御異議なしと認めます。 よって、さよう決定いたしました。 これより討論に入ります。 討論の通告がありますので、発言を許可いたします。 三十四番・服部昭子君。   (服部議員登壇) ◆三十四番(服部昭子君) 私は、日本共産党を代表して、第十七号議案について、控訴することに反対の立場から討論を行います。 平成元年八月九日、三島中学校一年生の内藤康仁君が、穴吹県民運動場での野球部の練習中に倒れ、同日午後二時四十分ごろ、熱中症による急性心不全で死亡いたしました。心から哀悼の意を表します。この件について、一九九三年六月二十五日の徳島地裁の判決では、練習なれしていない者も参加をしていたのだから、指導教師は練習が過度にわたり熱射病にならないよう細心の注意を払う義務があったと指導教師の責任を認めています。 これについて県側は、事故の発生を防止すべき一般的注意義務はあるが、健康状態を逐一監視し、体調不調の申し出のない者まで、あらかじめ健康に異常を発見して対処することまでは要求されないものであり、事故発生後の措置にも、何ら義務違反はないとしています。また、安全の確保については、保健体育やスポーツの分野についての指導方針を示すとともに、研修会を開いて学校事故の防止に努めているということも報告はされておりますが、現に内藤君は熱中症による急性の心不全で命を失っております。県は、本人からの申し出もなく、事故後の措置にも何ら義務違反はないとしておりますが、当日、一緒に練習をしていた友人たちは、体調の不調を何回も訴えたのにこれが無視されたこと、最後にけいれんを起こした状態になってようやく対処をしたという実態を語っております。本人からの申し出もなく、事故後の措置にも何ら義務違反はないという県の言い分には、納得することはできません。 教育基本法には、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない」とうたっております。今回のこのような事件の中で、こういう教育基本法の趣旨が一体どのようになっていたのか、御両親やおばあさんのいろいろな訴えをお聞きをいたしましたが、私たちは、子供たちがより豊かにスポーツを通じて大きくその可能性を広げていくこと、これは非常に意義のあることだと思います。しかしその場合にも、いろいろと安全確保について県も指導をし、そういうふうな方針も示されておりますが、実際の場では、より上手になるためにと非常に過酷な訓練が行われている。水を要求しても、なかなか水を飲ませてもらえなかったり、水道で手を洗うこともなかなか許されなかったりという実態について、友人たちがこもごも語っております。 このようなことが徳島県の教育の場で再び行われることがないように、スポーツの振興には全力を注ぎながら、その中での生徒の安全の確保、まして命まで失うようなこういう事件が二度と再び起こらないように注意すべきであることを主張いたしまして、私は控訴に反対をいたします。 ○議長(元木宏君) 以上をもって、通告による討論は終わりました。 これをもって、討論を終結いたします。 これより、「議案第十七号・控訴の提起について」を起立により、採決いたします。 本件は、これを原案のとおり決することに御賛成の方は、御起立を願います。   (賛成者起立) ○議長(元木宏君) 起立多数であります。 よって、本件は、原案のとおり可決されました。   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 次に、日程第三、「県政に対する一般質問」を行います。 通告がありますので、通告の順序に従い、発言を許可いたします。 三十七番・大西仁君。   (大西議員登壇
    ◆三十七番(大西仁君) ただいまから、自由民主党・県民会議を代表いたしまして、知事初め理事者に対し、当面する県政の諸問題について質問をいたします。 まず最初に、今議会は、三期十二年にわたって県勢発展に尽力されてきた三木知事最後定例県議会であります。このような歴史的な定例県議会で、我が会派を代表いたしまして質問できますことを大変光栄に存ずる次第でございます。これひとえに、我が会派の皆さん、また、ほかの会派の皆様方に厚く御礼を申し上げる次第でございます。 さて、最近の経済情勢を見ると、景気は底入れした感はありますが、依然として低迷しており、新聞情報等によっても、企業収益は軒並み悪化し、来年度の新規採用者を厳しく抑制する企業もふえておるわけでございます。一方、本県の景気の状況についても、公共投資は拡大しているものの、個人消費の低迷等により、景気は依然として足踏み状態で推移している状況であります。景気と同じく最近の天候も梅雨が明け切らず、まことにゆううつな空模様が続いておるわけでございます。 今議会は、三期十二年にわたって県勢発展に尽力されてきた三木知事にとって、先ほども申しましたとおり、最後の定例県議会でありますので、知事初め理事者におかれましては、この記念すべき県議会に実りの多い御答弁をよろしくお願いをする次第でございます。 さて、三木知事は去る三月、さきの二月定例会において、今任期限りをもって勇退されることを表明されたわけでございます。当時は、まさに青天のへきれきであり、大きなショックを受けましたが、日がたつに従って、知事の政治家としての進退を決める決断、またそのさわやかさに感服をいたしておるわけでございます。ここに、改めて三木知事のこれまでの輝かしい御功績に対しまして、深甚なる敬意と感謝を申し上げる次第でございます。 思い起こせば昭和五十六年十月、三木知事は、経済情勢や財政状況も厳しく県政も混乱の中にあって、将来への展望が全く見えず暗雲に包まれていた県政を立て直すべく、県民の衆望を担って県政を担当されてきたわけでございます。前任者から積み残された懸案事項は、辰巳への企業立地や橘湾問題、四国縦貫自動車道など余りにも多く、まさに八方ふさがりの中での知事就任であったと思うわけであります。しかしながら、知事はその清潔、公正な政治姿勢のもとに、持ち前のファイトと将来を見通す冷静な判断力、揺るぎないリーダーシップを存分に発揮され、一党一派に偏せず県民党の立場を貫かれ、県民と粘り強い対話を重ねることにより数々の難問を解決し、大きな成果を上げてこられました。 県民の多年の悲願でありました大鳴門橋の完成、徳島空港のジェット化、大型流通港湾の建設、国道バイパスなど道路網の整備、阿佐東線の開業、今年度に藍住─脇間の供用が予定されている四国縦貫自動車道の建設など、陸・海・空にわたる交通体系の整備は格段に進歩し、福祉保健関係では、財団法人徳島県総合健診センターの設立、県立総合福祉センターなど、福祉施設の充実、県立海部病院の改築、また工業開発の面では辰巳工業用地への企業誘致、土成工業団地の完成、橘湾石炭火電立地計画の具体化を、また文化面では、文化の森総合公園の建設、神山森林公園の整備、国際化に向けた徳島県国際交流協会の設立など、数え上げれば枚挙にいとまがないわけであります。 知事の功績は、本県の将来の発展につながる大規模プロジェクトのみではなく、一方では教育や福祉、医者の立場を生かした保健医療の分野など県行政のあらゆる分野にわたり、きめ細かな施策を推進し大きな成果を上げてこられました。こうした三木知事の御努力により、県政の重要懸案事項はおおむね解決するか、またはその解決の道筋をつくられたものであります。県民の立場から率直に申し上げまして、これだけの期間にこれだけの事業を成し遂げられたことはまことに神わざであります。まことに御苦労さまでございました。 このたび、知事勇退の決意をなされるに当たって、まことに感慨無量のものがあったと推測するわけでございますが、先ほど申し上げましたように、六月定例会は、知事を支えてきた我が自民党・県民会議にとっても、知事に対する最後の質問の機会となりますので、この際、この三期十二年間の県政を振り返っての感想と、知事任期中の施策で特に思い出深いもの、満足感を持っておられるもの、あるいは徳島県の将来について望むこと、また県民に望むことなどについて率直な所見をお尋ねいたします。 さて、三木知事の御功績により、県政は今、未来へ向かって大きく羽ばたこうとしております。知事は、本県の将来の発展に向けて確かな道しるべを打ち立てられ、知事が先鞭をつけられた多くの事業は今、着々と確かな歩みを進めておりますが、一方では懸案事項として、今後の努力にまたなければならない事業も残されております。橘湾への石炭火電の立地、細川内ダムの建設、四国縦貫道及び横断道の開通など、解決を急がなければならない重要課題も山積をしておるわけであります。 そこで、これらの事業の中で特に早急な解決が必要とされる事業について質問をしてまいりたいと、このように思います。 まず、阿南市橘湾への石炭火力発電所の立地問題であります。 当計画につきましては、平成十二年七月の初号機運転開始を目標として、本年十二月には電源開発調整審議会へ上程するという大変ハードなスケジュールであると伺っておりますが、今議会冒頭の知事所信にもありましたように、去る六月二十三日には電源開発株式会社及び四国電力株式会社から県に対し、環境影響調査書を添えて建設申し入れがあったわけであります。 御承知のように、橘湾の開発問題については長い経緯があるわけであります。県政最大の懸案事項として、我々の心に重くのしかかっている問題でもありますが、今回の火電計画が順調に歩み始めたことは、県政の一端を担う者として感慨ひとしおのものがあるわけであります。知事初め関係者のこれまでの御努力に対しまして心から敬意を表すとともに、我が会派としても今後とも積極的に推進していかなくてはならないと決意も新たにしておるところでございます。しかしながら、火電が立地するまでにはクリアしなければならない問題点も多々あろうかと存じますので、二点に絞って基本的な問題点についてお伺いをいたします。 まず第一点といたしましては、平成十二年七月の初号機運転開始に至る作業スケジュールはどのようになっているのか。特に本年十二月の電調審上程が非常に重要な意味を持ってまいりますが、これに向けての必要条件は何か。また、その見通しはどうか、県としての取り組みについて、お伺いをいたします。 第二点目としては、環境保全対策についてお尋ねいたしますが、石炭火電立地に対する県民大多数の関心事は、環境面での不安ではなかろうかと思うわけであります。そこで、環境影響調査書が提出された現在、事業者が実施する最新最善の環境保全対策とは具体的にどのような方策なのか、お伺いをいたします。 また、今後、住民への周知方法として、環境影響調査書の公開縦覧、説明会を開催する予定であると聞いておりますが、具体的にどういうスケジュールで実施するのか、また、県が独自に実施した環境調査はどのように生かされるのか、お伺いをいたします。 次に、四国横断自動車道の進捗についてお伺いいたします。 今さら言うまでもなく、四国横断自動車道は、本州四国連絡道路四国縦貫自動車道と一体となって高速自動車道路網を形成し、二十一世紀における四国の高速交通時代を担う非常に重要な道路であります。特に、四国の玄関を目指す本県にとっても、横断道と縦貫道は、明石海峡大橋の開通に伴い近畿圏から入ってくる巨大なエネルギーを県内の隅々まで伝えるとともに、本県の産業、文化、経済の発展を支えるまことに重要な役割を持つ大動脈であります。このため、この道路の整備促進については、議会においてもたびたび議論がなされた経緯があり、県民挙げて、国に対し早期着手を要望してきたところであります。この結果、平成三年十二月の国幹審において、鳴門─津田間の三十六キロメートルが整備区間に、阿南─徳島間の二十五キロメートルが基本計画区間にそれぞれ格上げされ、早期着手に向けて大きく一歩を踏み出したものと評価するとともに、一日も早く次の段階へ進んでもらいたいというのが、私の考えであります。 しかしながら、建設省においてまとめられた第十一次道路整備五箇年計画──これは平成五年度から明石海峡大橋が開通する平成九年度までの五カ年間の道路整備の目標としてまとめられたものと聞いておりますが、この計画によれば、計画期間内に縦貫道は川之江まで供用が図られ、既に開通している高知自動車道松山自動車道を連結することが盛り込まれているとのことでありますが、一方、横断道については津田と鳴門間の供用が計画されていないことが明らかとなったわけでございます。このことが報道された際には、私のところにも縦貫道に続いて横断道も他県におくれをとったとのおしかりの声や、明石海峡大橋を通って本県に多くの車が来るのを一体どうしてさばくのかというような声も届いておるわけでございます。 三〇〇〇日の徳島戦略の中では、横断道は鳴門から香川県境までを明石海峡大橋の供用に合わせて促進すること、また鳴門以南についても早期着工に向けて努力することが明記されております。 したがって、県民は高松─鳴門間はもとより、鳴門以南についてもその早期供用を強く期待しております。特に鳴門以南のルートについては、国を中心に種々検討された結果、東側ルートに固まったとの土木部長の答弁を受けて、はや久しいものがあります。このルートについては、都市計画決定をするため平成五年内に地元説明会に入りたいとのことであり、この中で、ルートについての詳細な説明がなされるとのことでありますが、まだ都市計画決定をするその手続についても明らかにされていないのであります。このような現状で、果たして横断道の整備推進は心配ないのか、県民ともどもに大きな不安を覚えるものであります。 そこでお尋ねいたしますが、都市計画決定に向けてどのような作業が進んでいるのか、現状の報告と合わせて、横断道の促進に努める決意のほどを知事にお伺いするものであります。 御答弁によりまして、再問を続けてまいります。   〔堺議員退席、出席議員計三十九名となる〕   (三木知事登壇) ◎知事(三木申三君) お答えをいたします。 まず第一点は、私の在任三期十二年間の県政を振り返っての感想と思い出深いもの、満足感を持っておるもの、あるいは徳島県の将来について望むもの、県民に望む事柄、こういった一連の御質問にお答えをいたします。 私が知事に就任いたしました当時を振り返ってみますと、ただいま大西議員がお述べになりましたとおり、厳しい経済情勢や財政状況、それに加えて政治的混乱などにより、県政上には多くの課題が山積をしておりまして、まさに八方ふさがりという大変混乱の状態が続いた、そういう状況でございました。 こうした状況を打ち破るために、私はまず何よりも県政の安定ということが重要だと考えておりました。さらには、県民の皆様方が今求めておるものは何だろうか、そういうことをつぶさに把握をして、県政運営に当たるということが必要だということを痛感をいたしておったわけでございます。 私はこの三期十二年間、一貫して県民党の立場、さらには対話の県政の推進を県政執行の基本姿勢として堅持をいたしてまいったわけであります。県議会と理事者との歯車がうまくかみ合って、議論は議論として闘わせながら、よりよい県民福祉の向上のために県政運営がなされる、そういう状況をつくらなければならない。そして、施策面につきましては多くの県民の皆様方の十分な理解と協力が得られる、そういう土壌を早くつくらなければならない、こういうことに専ら心がけ、実行してまいったわけでございます。 大きく振り返ってみますと、私の任期の前半期は混乱期から安定期への基礎づくりの時代でありまして、何よりもまず前の県政からのそれぞれの懸案事項の解決のために、その全精力を傾注して取り組んでまいったわけでございます。決してそれ以上の新しい飛躍的なことを考える余裕などなかったというのが率直な私の実感でもございます。 そして、任期の後半期、特に三期目になりましてからは、それらの懸案事項の進捗はもとより、新しく徳島が明石海峡大橋の開通、さらには関西国際空港の開港に対して、どのような対応、準備を積極的に図っていかなければならないか、あるいは、二十一世紀に向けての徳島をまさに人間の健康体のようにバランスのとれた姿として築き上げてまいりますために、各種施策をどのように計画的に組み立てていけばいいのか、そのような思いから、三〇〇〇日の徳島戦略及び徳島県総合計画二〇〇一、この二つの計画を県民の英知を結集して策定をいたしまして、来るべき二十一世紀への本県のあるべき姿というものを県民の皆様方にお示しを申し上げることが、私に与えられた最大の使命であると考えた次第でございます。 私の在任期間十二年間は、二十一世紀に向けた徳島の発展のための基礎づくりと飛躍への道しるべを指し示すことにあったと、総括をするとこのようになろうと考えております。 県政の重要懸案事項が一歩一歩着実に前進できまして、各般にわたる施策がおおむね順調に推移できましたのも、県民の皆様方を初め県選出国会議員、県議会議員各位の絶大な御尽力あってのことと、深く感謝を申し上げております。ここに改めて、心から厚くお礼を申し上げる次第でございます。 今、私は県政の最高責任者として、私に託されました十二年間を振り返りましたとき、まさに一時代の役割を果たし得たのではないかと、こういう正直申し上げて、大きな充足感を自分自身感じておるところでございます。 また、それと同時に、知事に初当選いたしました当初の徳島県の将来を思うあの熱気と清新な意欲を結集して県政刷新のためにともに闘ってまいりました同志の皆様方の若かりし姿、さらには、今は亡き同志の方々の当時の姿というものが、今、私の脳裏を走馬灯のように駆けめぐっております。「時節流るるがごとし、時人を待たず」と申しますとおり、まことに感慨無量のものがあるわけであります。 次に、私のこれまでの知事在職期間中の施策で、特に思い出の深いもの、満足感を持っているものは何かと、こういうお尋ねでございますが、大西議員も御指摘になりましたとおり、私は、本県の抱える重要懸案事項の数々や教育、福祉、医療、文化等々の各方面にわたる諸施策の推進に精力的に、そして我慢強く取り組んでまいったわけでございます。それらの事業には、それぞれに数多くの思い出などがございますが、時間の関係でそのすべてを申し上げられませんので、そのうちの幾つかについて述べさせていただきたいと存じます。 まず、重要懸案事項の中では県南部開発の大規模プロジェクト辰巳工業用地の企業誘致の問題、さらには橘湾の工業開発問題等々がございます。 辰巳用地につきましては、昭和五十九年二月の合同製鐵の立地申し入れ撤回という事態を受けまして、懸命の誘致活動を展開いたしました結果、平成二年二月に神崎製紙及び日亜化学工業、この二社の立地が決定をいたしまして、現在は、分譲面積百十ヘクタールのうち八割程度までが立地決定を見たと、こういう状況になりました。 次は橘湾の開発でございますが、これも当時、全く見通しがついておりませんで、多額の先行投資の負債だけが残されておると、こういう状況でございましたが、平成二年十二月、石炭火力発電所の立地が決定いたしまして、去る六月二十三日には電源開発株式会社及び四国電力株式会社から、環境影響調査書を添えて建設の申し入れがなされ、県としてもこれを受け入れることとしたところでございます。 また、四国縦貫自動車道、これにつきましても御承知のとおり、昭和五十六年の一月に路線発表がされておりながら、路線を変更したということで、地域関係住民の猛烈な反対運動が起こっておった、この反対意見が非常に強くて、話し合いの糸口すら実はつかめない、こういう状況でありました。この状況が四年間も、実は続いたわけでございます。やっと話し合いに入れましたのが昭和六十年、この時点からやっと話し合いに入ったわけでございます。これにつきましては、本年度いよいよ藍住─脇間につきましては供用開始が予定されると、こういう状況になっておりますので、話し合いに入ってから今日まで実質約八年の年月を経て、県民待望の高速道路が開通をすると、こういう見込みが立ってまいったわけでございます。この開通は、徳島─川之江全区間が明石海峡大橋開通までに供用できるための大変大きなステップになるというふうに思いまして、大きく期待をいたしておる状況でございます。 また、大西議員も御承知のように、沖洲流通港湾計画につきましても、計画だけはございましたが具体的な進展のめどというのは当時全く立っていませんでした。これを見直すことによって、一期計画、二期計画、実行可能な計画につくり直して、この一期計画の着手を図ったわけでございます。この問題につきましては、海面下の土地の私有権がございました。また、漁業補償をどう解決するかと、ここらが重要なポイントでありました。ここらを十分関係皆様方と話し合いをし、解決をして、着工にこぎつけたわけでございますが、一期計画はことしの三月に概成の運びとなりました。御承知のように、本年八月ごろから企業への分譲を開始する、こういう状況になってまいりました。 また、国道バイパスの建設につきましては、国道五十五号徳島南バイパス、特に小松島市におきましては圃場整備事業、河川改修事業それとバイパス建設事業、この三つの事業が複雑に絡み合ってもつれた糸のごとき、そのような問題をたくさん抱えておりまして、全く動きが見られなかったわけでありますけれども、これも粘り強い話し合いの結果、それぞれが解決をして、現在、徳島南バイパスは全線供用をいたしております。阿南バイパスにつきましても、八月中には小松島市大林町から阿南市西路見町約九キロメートルが供用開始になる、こういう予定でございます。 また、多くの県民の皆様方、さらには県外の方々それぞれから広く好評をいただいております神山森林公園の建設、これにつきましても、現在の天皇・皇后両陛下御即位直後の初めての全国規模の公式行事として御臨席をいただいた、そのためにつくりました神山森林公園、大変好評をいただいておりますし、毎年この地におきまして、徳島県植樹祭を開催をしておる、これも強く印象に残る事柄でもございます。 あるいは、全国的にも類例のない、図書館、博物館、美術館、この五つの文化施設を一堂に集めた文化の森総合公園の建設、さらには県庁舎の建設、これも私が就任した当時、計画がございましたが、いま一度見直そうということで、一年間、この計画を見直したいきさつ等、思い起こすわけでございます。これはいずれも立派に竣工をいたしております。 また、その後に計画をいたしましたアスティとくしま、これは県民の強い期待に基づいて大型の集会施設を兼ね備えた多目的ホールの建設、これも現在、順調にいたしております。 いずれにいたしましても、これらの事業は、当然のことながら私ひとりの力でなし得たものは一つもないわけでございます。これには貴重な土地を御提供いただきました関係者の方々、さらにはまた、所要の事業費確保に御尽力をいただきました県選出国会議員初め関係各位、あるいは常に県政推進のあるべき姿について御叱正を賜ってまいりました県議会議員各位、さらには貴重な御意見、御提言をいただいた県民の皆様方など、一人一人すべてが今、このような成果をつくり上げていただいた功労者ではないか、心から感謝申し上げておる次第でございます。 最後に、徳島県の将来に望むこと、さらには県民に望む事柄についてでございますが、今、本県は二十一世紀に向けての展望を切り開く大きな転換点に実は差しかかっております。二十一世紀のあるべき姿を示した二つの計画、すなわち総合計画二〇〇一と三〇〇〇日の徳島戦略、これは県民の皆様方の英知を結集して策定した計画でございます。この二つの計画を県民ぐるみで今後着実に推進、実行に移すことによって、二十一世紀に向けての徳島の発展が約束されると思うわけでありますので、県民一人一人、本県の将来のために大所高所に立った御判断をいただきながら、県民ぐるみでこの二つの計画の着実な実行のためにさらに一致結束して取り組んでいただくことを私は特に念願をいたす次第でございます。 いずれにいたしましても、私の残された任期、あとちょうど三カ月でございます。健康県徳島づくりのために、さらに残る期間全力を傾注して取り組んでまいりますので、最後まで議員各位を初め県民の皆様方のさらなる御指導、お力添えを切にお願い申し上げたいと存じます。 次に、石炭火電について、幾つかの御質問にお答えをいたします。 初号機運開に向けての作業スケジュールでございますが、本年十二月に開催予定でございます電調審に上程をいたしまして、それを受けて港湾計画の変更が平成六年三月開催予定の中央港湾審議会に諮られることになっております。その後、埋立免許を取りまして、平成七年二月に敷地造成工事の開始、平成八年十二月に本館建設工事に着手、平成十二年七月に一号機運転開始、こういうスケジュールになっております。 次に、電調審上程の必要要件でございますが、まず通産省の省議決定に基づく環境審査をクリアする必要がございます。これにつきましては、既に資源エネルギー庁の予備審査を受けておりまして、今後、資源エネルギー庁が中心となって関係省庁との調整が図られるものと考えております。なお、そのほか特に明文化されたものはございませんが、事業者には事業の確実性を判断するために用地取得の可能性や漁業者等関係権利者の基本的な意向について問われることになっております。 このことにつきましては、現在、地権者及び漁業者等関係権利者に対しまして、精力的に協議を行っておるところでございまして、電調審までに同意をいただくべく、県、市、事業者が一体となって、誠意をもって協議をしてまいりたいと考えております。 また、県に対しましては、主務官庁であります経済企画庁から、電調審約一カ月前に地元情勢把握のために意見照会がある予定となっておりまして、知事同意の得られたものについて、電調審に付議されるというふうに聞いております。県としましては、県議会の皆様方を初め地元阿南市等の御意見も賜りながら回答をいたすこととしておりまして、今後とも当計画に対する御理解と御協力をお願いしていくことにいたしております。 次は、事業者が実施する最新最善の環境保全対策とは一体具体的にどういうことか、一連の御質問にお答えをいたします。 最新最善の保全対策については、去る六月二十三日に事業者から発電所建設の申し入れがございましたが、あわせて環境影響調査書の提出がございました。その中では、発電所施設につきましては、サイロ式貯炭の採用、共用化、合理化等が計画をされております。敷地面積、埋立面積の縮小化がさらに図られております。また、排煙脱硫装置、脱硝装置、電気式集じん装置等、高性能のばい煙処理装置の設置が計画をされておりまして、阿南地域の一時間当たりの硫黄酸化物排出量は一二〇〇ノルマル立方メートル以下に十分抑制される状況になっております。 次に、環境影響調査書の公開縦覧、説明会のスケジュールについてでございますが、事業者におきましては、地元住民らを対象に七月五日から一カ月間、阿南市及び隣接一市七町の役場、事業者事務所等において公開縦覧いたしますとともに、七月二十一日には説明会を予定しておりまして、地元住民等の意見の把握に努めることにいたしております。 また、県の実施しました環境調査の活用方法については、県におきましては平成三、四年度の二カ年にわたりまして、石炭火電等環境調査を実施してまいりまして、県環境影響評価技術審査会の検討を経まして、環境問題に対する県独自の研さんと把握に努めますとともに、事業者の環境影響調査書に対する審査などにこれを活用いたしまして、指導してまいりたいと考えております。 次は、横断道についてでございますが、この重要性につきましては、先ほど大西議員がお述べになったとおりであります。本四道路や縦貫道は既に整備が進んでおりますが、横断道の阿南─高松間につきましては、新たに国幹道に追加指定をされたという関係から、その整備がおくれておるのが現状であります。しかしながら、高速道路網を形成する必要から、横断道の整備促進は喫緊の課題であるというふうに私ども認識しておりまして、積極的にその促進に努めてまいったところでございます。 現状と今後の見通しについてでございますが、まず鳴門─津田間につきましては、施行命令をいただくために道路公団において調査が進められておりまして、早期にこの作業を完了すべく努力をしていただいておるところでございます。 次に、鳴門以南につきましては、特に徳島市におきましては市街地が発展してきたという状況から、東部海岸沿いを通過することが望ましいという結論に至ったものでございます。東部海岸沿いには道路、河川、港湾、農林等の諸施設がございますので、種々の調整が必要になってまいります。環境影響評価を実施する必要もございます。さらには、都市計画決定の手続を行わなければならない、こういった点など、多大な作業を必要とするものでございます。したがいまして、これまでこれらの作業に集中してまいりまして、ほぼ大詰めを迎える段階に至っております。このため、建設省の要綱に基づきまして、都市計画地方審議会の中で環境影響評価を検討していただくこととなりますので、審議会の議を経て、近く専門の小委員会を設置することとしておりまして、この小委員会での審議の結果を踏まえまして、年内には地元説明会においてルートなどについて説明してまいる予定にいたしております。この説明の中で県民の理解を得ながら横断道の整備を進めるために、国、県、市、町が一体となって整備計画格上げに向けて早く都市計画決定を終えたいというふうに考えております。 一方、高速道路を取り巻く最近の情勢、大変厳しいものがございます。特に地方にとっては、必ずしも容易でないものがございますが、先ほども申し上げましたとおり、横断道の重要性にかんがみまして、早く格上げされるように、さらに全力を傾注してまいりたいと考えております。   〔原田議員退席、出席議員計三十八名となる〕   (大西議員登壇) ◆三十七番(大西仁君) ただいま知事から御答弁をいただいたわけでございますが、知事は去る三月の勇退表明において、県民をこよなく愛され、今後は架橋新時代にふさわしい指導者に後事を託し、県勢がこれからも二十一世紀へ向かって生き生きと限りなく発展してほしいとの願いを述べられております。権力の座に執着せず、淡々と後のことはすべて後継者に任せるという知事の態度は、まことに立派であり、敬意を表したいと思うわけであります。しかしながら私は、政治に携わる者は清潔、公正さはもちろん、たゆまざる情熱と冷静な判断力、そして将来に対する責任もまた持つべきであると、常々考えておるわけであります。任期中、最後の最後まで任務を全うしていくことが、知事の残された責任であり、また県民の願いであると確信をするわけであります。 知事には、まだ三カ月余りの任期が残されております。この間、知事みずから県民とともに精魂を傾けて作成されました総合計画二〇〇一及び三〇〇〇日の徳島戦略の着実なる実施に向けての努力をしてまいりたいとの基本的なお考えを聞いたわけでございます。両計画が着実に推進され、本県が、来るべき二十一世紀において飛躍的な発展を遂げ、県民福祉の向上が図られますよう、来る十月四日の任期いっぱい懸命の御努力を御期待を申し上げる次第でございます。 また、橘湾、横断道問題については知事から御答弁をいただいたわけでございますけれども、知事初め理事者各位が県政の重要懸案問題に誠実に取り組まれている姿を見て、まことに我々も心強く感じておるわけでございます。横断道問題につきましては、知事の強い決意のほどを聞かせていただきまして、安心をしておるわけでございますけれども、後に残る理事者各位の今後、なお一層の御奮闘を心から御期待を申し上げる次第でございます。 橘湾問題については、長い期間にわたって多大のエネルギーを費やしてきた問題でもあり、県勢の将来の発展を左右する重要懸案問題であります。しかも、本年は十二月の電調審を控え、非常に重要な年になるわけであります。そこでこの際、もう一度再問をしたいと思いますけれども、県南地域振興と地域環境整備の観点から、石炭火力発電所に隣接して確保しようとしております公共用地計画はどのようになっておるのか、また、昨年十二月には石炭灰処分場としての計画に対し、環境庁から厳しい見解を示されたところでありますが、今回の公共用地計画に対して、運輸省や環境庁との調整はどのように進んでいくのか、その見通しについてお伺いをしたいと思います。 御答弁によりまして、再問をしたいと思います。   〔堺・原田両議員出席、出席議員計四十名となる〕   (縣土木部長登壇) ◎土木部長(縣保佑君) 私からは、橘火電に隣接して確保しようとしております公共用地計画についての関連にお答え申し上げます。 この公共用地計画につきましては、県南の地域振興及び地域環境整備の観点から、港湾計画の一部の変更に際しまして、石炭火電計画とともに港湾計画に位置づけることとしておりまして、現在、橘港港湾計画調査委員会を設置しまして、委員の方々の御意見、御提言を聞きながら作業を進めているところであります。これまで二回の委員会を開催しまして、地元阿南市の要望や港湾に対する背後地域からの要請を受け、また発電所の隣接地であるというメリットを生かすという観点に立ちまして、公共用地への機能や施設につきまして種々検討を行っているところであります。 具体的に申しますと、港湾施設や漁業施設の整備、また発電所の熱資源を活用するとともに、マリーナや親水性緑地を核とした海洋性レクリエーション施設を整備することによりまして、にぎわいと潤いのある快適な港湾空間の創出、さらに地域環境整備のために廃棄物最終処分場を確保するなどの案が出されております。 今後、八月末ごろをめどに予定しております第三回目の委員会を経まして、県の基本計画を取りまとめたいと考えております。その後、この計画をもって運輸省との正式な協議調整を行いまして、十二月に予定しております地方港湾審議会の議を経て、来年三月に国の中央港湾審議会に諮られることとなりますが、この段階で運輸省が環境庁と協議することになります。 また、計画策定に当たりましては、港湾法や瀬戸内海環境保全特別措置法に照らしまして、港湾の開発、利用及び保全が適切になされているのか、また埋め立てに公共性、公益性があるのか、内陸部で適地がないのか、埋め立てが最小限のものなのかなどの観点から、運輸省や環境庁の審査を受けることとなりますので、これらを念頭に置きまして検討を進めているところでございます。 いずれにいたしましても、この計画策定につきましてはスケジュール的にも非常に厳しい状況でございますが、港湾計画変更の承認が得られますよう最大限の努力をしてまいりたいと考えているところでございます。   (大西議員登壇) ◆三十七番(大西仁君) ただいま土木部長の方から、石炭火力発電所に隣接しようとしております公共用地計画問題については、橘港港湾計画調査委員会が設置されておるわけでございまして、その委員会の方々の御意見なり御提言をいただきながら作業を進めてまいりたいというような発言でございますけれども、非常に重要なことでございますので、万遺憾なきようひとつよろしくお願いをするわけでございます。 私に残された質問は十分となっておるわけでございますけれども、ここで、目前に迫っております東四国国体の開催についてお伺いをいたします。 昭和五十七年八月に日本体育協会国体委員会において、本県と香川県の共同開催が承認されてから、早いもので十年余りの歳月が流れておるわけでございます。この間、県民を挙げて進めてまいりました開催準備も、まさに秒読みの段階を迎えております。半世紀に一度、本県では四十年ぶりの開催をされるこの国民体育大会は、申すまでもなく我が国最大のスポーツの祭典であり、開催県の本県にとりましても、スポーツの振興は言うに及ばず、地方文化の発展、さらには二十一世紀へ向けての県勢の飛躍的進展への起爆剤となるものであると確信をしております。 本年十月二十四日に鳴門総合運動公園陸上競技場で開かれる秋季大会開会式まで、残すところ百十五日となった今日、県、市町村、関係団体がスクラムを組んで、膨大な開催準備の詰めの作業に総力を挙げて取り組まれておるところであります。関係各位の御努力に対しまして、心から敬意と感謝を表する次第でございます。また、県民の国体に対する関心は日一日と高まっておるわけでございますけれども、我々一人一役ということで、国体成功に向けて頑張っておるわけでございます。ここで、知事に改めて長年の御労苦に対しまして感謝を表するわけでございます。この国体成功に向けての知事の決意のほどを承りたいと、このように思うわけでございます。 また教育長には、その国体開会後の施設、またいろいろと指導者を養成されておりますけれども、その方の今後の取り組み方について御答弁をいただきまして再問をしていきたいと、このように思っておりますので、よろしくお願いいたします。   (三木知事登壇) ◎知事(三木申三君) お答えをいたします。 国体開催に向けての決意についてのお尋ねでございますが、この国体開催につきましては、私は知事に就任したのが昭和五十六年十月でございますが、就任後直ちに本県で国体開催をやろうと、こういう検討を始めまして、翌五十七年の八月に第四十八回国体が徳島、香川両県で開催するということが国において了承されたと、こういう経緯がございます。 これを考えてみますと、私の在任期間十二年間は東四国国体の開催準備と一緒に歩んできたといっても言い過ぎではないと考えております。十年を超えるという長い年月をかけまして、この開催準備をしてきたわけでございますが、現在順調に進んでおります。秋季大会開催まで、残すところ百十五日と、カウントダウンとなった今日、さまざまな思い出が去来し、感慨無量のものがあるわけでございます。 これはぜひとも成功させなきゃならないということで、ただいまお述べになりましたように、県民総ぐるみでこの国体にいろんな形で参加していただいて、これを成功に導いていかなければならない。そのためには国体一人一役、こういう運動を展開をいたしておるわけでございます。さらには地元の参加をする選手団、今までの成果を十二分に発揮して活躍をする、この十分な活躍をいただくことによって、多くの県民の方々に大きな感動を与えていただきたい。そしてまた、この大会がいつまでも心に残る大会として成功していただきたい。残された期間はわずかでありますが、この成功に向けて、私自身も先頭に立ってこの準備を進めてまいります。この開催準備の県実行委員会の会長、現在は会長でございますので、残された期間、全力でもって、この成功に向けてさらに努力を続けていく所存でございます。   (近藤教育長登壇) ◎教育長(近藤通弘君) 国体開催を契機に整備をされた施設や、あるいは養成された指導者を今後どのように活用して県民スポーツの振興を図っていくのかというお尋ねにお答えを申し上げます。 東四国国体開催を目前に控えまして、県民のスポーツに対する関心や興味が、これまでになく高まっておると認識をしております。また、県民のスポーツに対するニーズも非常に多様化していると認識をしております。こうした中で、東四国国体開催を契機に整備をされましたスポーツ施設や養成をされました指導者の効果的な活用は、生涯スポーツや競技スポーツ並びに学校スポーツにおける体育スポーツの振興に大きく反映されるものでございまして、国体開催によって得られたこれらの貴重な資産を最大限に生かすことが、将来の本県スポーツの振興を図る上で必要不可欠なものであると考えておるところでございます。 こうした中で教育委員会といたしましては、新しくスポーツ担当の社会教育主事の養成を始めますとともに、国体を契機につくられました財団法人徳島県スポーツ振興事業団体育主事を活用することによりまして、それぞれの地域に根差したスポーツの振興を図ってまいりたいと考えているところでございます。また、こうした社会教育主事や体育主事と国体を契機に各地域に生まれました指導者との連携によりまして、国体に向けて整備された数多くの体育スポーツ施設が生かされたものとなるよう、単に個人や団体のスポーツ活動の場の提供にとどまることなく、各種大会や体力相談、スポーツ教室を開くなど、幅広く利用できるようにしてまいりたいと考えているところでございます。   (大西議員登壇) ◆三十七番(大西仁君) それぞれの問題について、知事並びに近藤教育長の方から御答弁があったわけでございますけれど、国体問題につきましては本県を全国にアピールする絶好の機会であります。また、ただいま知事、教育長の方から力強い決意を聞きまして、私たちも大変自信を深めておるわけでございます。これからも一人一役ということで我々も頑張っていきたいと、このように思っておるわけでございます。 さて、三木知事は昭和五十六年十月、県民の大きな期待を担って知事に就任されて以来、今日まで三期十二年間の県政も、残すところあと三カ月となってまいりました。この間、知事は前県政の積み残した事業はもちろん、新しい施策にも積極的に取り組まれ、数々の成果を挙げられ、県政に残された御功績はまことに多大なものがあり、大多数の県民の高い評価を得ていることはもちろん、徳島県政の歴史に特筆されるべきものであると、我々も確信をしておるわけでございます。常に真情あふれる郷土愛に立ち、卓越した才能を駆使し、積極果敢に県政に全力投球されてこられました知事の姿には、県民等しく敬服するところであります。 知事の御努力の結果、県勢は二十一世紀に向けて確実に大きく前進し、飛躍的な発展を遂げてまいりました。知事が県民の英知を結集して心血を注いで策定された徳島県総合計画二〇〇一及び三〇〇〇日の徳島戦略は、本県が架橋新時代へ向けてさらなる飛躍を目指すべく、既に順調なスタートを切っております。 知事が道筋をつけられました多くの事業は、我が郷土徳島発展の道しるべとなり、新しい世紀において、必ずや大輪の花を咲かせるものと確信をいたしておるわけでございます。二十一世紀に向けての本県の発展にとって、非常に重要な時期に差しかかっている今日、県政の停滞は一刻たりとも許されないまさにこの時期に知事が勇退されますことは、本県にとっても、また県民にとっても、大きな痛手であると思うわけであります。知事自身が御決断されたことであります。改めて惜しみない拍手を送りたいと思う次第でございますけれども、しかしながら、知事の任期は三カ月残っておるわけでございまして、お別れの言葉を言うのは少し早いんではないかと、このように思うわけでございます。 今後とも徳島県発展のため、また、三木知事は健康に留意されまして、後に続く後継者の皆様方に御指導、御鞭撻を切にお願いを申し上げまして、私の質問を全部終了させていただきます。 御清聴ありがとうございました。(拍手)   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 議事の都合により、休憩いたします。      午前十一時五十分休憩   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━    午後一時三分開議      出席議員計三十九名          (その番号・氏名左のとおりである)     一  番     福  山     守 君     二  番     西  沢  貴  朗 君     三  番     吉  田  忠  志 君     四  番     樫  本     孝 君     五  番     来  代  正  文 君     六  番     猿  瀧     勝 君     七  番     竹  内  資  浩 君     八  番     北  島  勝  也 君     九  番     杉  本  直  樹 君     十  番     佐  藤  圭  甫 君     十一 番     長  尾  哲  見 君     十二 番     児  島     勝 君     十三 番     川 真 田  哲  哉 君     十四 番     宮  城     覺 君     十五 番     北  岡  秀  二 君     十六 番     亀  井  俊  明 君     十七 番     堺        廣 君     十八 番     遠  藤  一  美 君     十九 番     原     秀  樹 君     二十 番     大  田     正 君     二十一番     榊     武  夫 君     二十二番     板  東  敬  二 君     二十三番     岩  浅  嘉  仁 君     二十四番     平  岡  一  美 君     二十五番     四  宮     肇 君     二十七番     近  藤  政  雄 君     二十八番     湊     庄  市 君     二十九番     木  村     正 君     三十 番     元  木     宏 君     三十一番     俵     徹 太 郎 君     三十二番     七  条     明 君     三十三番     松  本     弘 君     三十四番     服  部  昭  子 君     三十五番     小  倉  祐  輔 君     三十七番     大  西     仁 君     三十八番     原  田  弘  也 君     三十九番     阿  川  利  量 君     四十一番     木  内  信  恭 君     四十三番     日  下  久  次 君   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 休憩前に引き続き、会議を開きます。 三十三番・松本弘君。   〔中谷・谷口両議員出席、大西議員退席、出席議員計四十名となる〕   (松本議員登壇) ◆三十三番(松本弘君) 私は、社会党議員団を代表いたしまして、数点質問を試みるものでございます。 知事は、去る六月二十三日に電源開発株式会社及び四国電力から橘湾石炭火力発電所建設申し入れを受け、今議会の所信表明の中で、改めてこの火電計画を県南地域の振興の中核プロジェクトとして位置づけ、環境保全には万全を期して取り組む旨、表明をされました。 橘湾の工業開発については、これまで県政の最重要課題として企業誘致活動が進められてきたところでありますが、県においては昭和五十一年の住友重機工業の造船所計画が撤退された以降、不況に強いエネルギー関連業種として、石炭火力発電所の誘致を進めてこられたわけであります。我が社会党といたしましても、過去に紆余曲折がありましたが、日本における将来のエネルギー需要を踏まえ電源開発の必要性を十分認識し、また地元阿南市の企業誘致の必要性を踏まえ、御協力を申し上げていかなければならないと考えているところであります。しかしながら、この開発地点が橘湾という県下に数少ない景勝の地であり、また開発規模が日本第二を誇る二百八十万キロワットの石炭火力発電所でありますことから、特に環境保全には万全の対策を進めるべきと考えるわけであります。 そこで、このたび事業者から橘湾石炭火力発電所に係る環境影響調査書が提出され、県においても石炭火電等環境調査結果を取りまとめられたところでもあり、こうした調査結果をもとに環境保全対策等の観点からお伺いいたしたいと思います。 まず一点目については、大気環境濃度についてであります。 県は、平成四年、橘湾石炭火力発電所から排出される硫黄酸化物、窒素酸化物及び水銀について、大気拡散予測調査を実施したところでありますが、この予測結果を環境目標値と対比した場合、どの程度となるのかお伺いいたしたいと思うのであります。 第二点目は、発電所におけるばい煙処理対策についてであります。 長崎県松浦市に所在する電源開発株式会社松浦発電所を視察した際に聞いた話でありますが、石炭火力発電所から排出される窒素酸化物対策は、以前はボイラー出口濃度が六〇〇ppm程度であったのが、十八年を経過した今日、やっと二〇〇ppm程度となったとのことであります。橘湾石炭火電はこの値がどの程度となるのかお伺いをいたしたいのであります。 第三点目は、阿南地域の硫黄酸化物排出量の行政目標値が一二〇〇ノルマル立米パーアワーについてでありますが、このことについては、過去から何度も議論されてきましたが、県としては行政の目標値として遵守していくとのことであります。しかし、現状では八八八ノルマル立米パーアワーと聞いており、今回の石炭火電では最新最善の排煙脱硫装置を設置する計画ですが、それでも、四三一ノルマル立米パーアワーの排出があります。現状にてそのまま単純に加えますと、一二〇〇ノルマル立米を超える状況となります。一二〇〇について、県は今後どのように対応していくかお伺いいたしたいと思うのであります。 次に四点目でありますが、昨年来、種々議論されました石炭火力発電所に不可欠な石炭灰の処分についてであります。橘湾での埋め立て処分はしないとの県の基本方針が出されております。橘湾石炭火力発電所に係る灰の処分はどうなるのかお伺いいたしたいと思うのであります。 次に、五点目は送電に関してでありますが、橘湾石炭火力発電所は四国及び西日本の広域電源として計画されているものであります。発電した電力を関西方面に送電することになっておりますが、送電ルートの一つとして検討されている海底ケーブルに係る問題は、電調審段階までにすべてクリアしなければならないのかお伺いしたいと思うのであります。 さらにお伺い申し上げます。発電所立地に伴う雇用効果と経済効果はいかほどになるのか。 以上、多少質問点が多くなりましたが、簡潔にわかりやすく御答弁をお願いしたいと思うのであります。 次は、明石海峡大橋開通に伴う港湾労働者の雇用対策についてお伺い申し上げます。 本県の懸案であります明石海峡大橋の工事も着々と進み、九年度には完成目前となってきました。徳島県民にとっては大変喜ばしいことでありますが、しかし一方では、港湾労働者にとっては大鳴門橋完成後の港湾で取り扱う貨物は、運輸省統計によりますと五〇%も減少しておるんであります。港運事業者は事業の減少を余儀なくされ、港湾労働者も厳しい合理化や首切り、人減らし等、一層雇用状態は悪くなっております。橋によって泣いている港運事業者や港湾労働者にどう対処しようと考えられているのかお聞かせ願いたいと思います。 要は知事、進出企業における仕事があれば働いていただく、県の事業で働くところがあれば、例えば駐車場整理あるいは土木作業員等単純用務員とか、それでもなおかつ影響を受ける労働者や企業に対しては、企業を支援するための経済的な援助を含めての援助策や、労働者に職業訓練などの援助などあらゆる援助対策をすべきでありますが、大橋完成を目前に控えている今日、港湾労働者の失業対策並びに港運事業者の救済対策について、具体的にお聞かせ願いたいと思うものであります。 次に、小松島港でありますが、小松島港は古くから四国東部における物資の流通及び旅客輸送の要衝として、重要な役割を果たしているところであります。神戸─鳴門ルート、関西国際空港及び四国縦貫自動車道の供用など、将来のネットワークの整備、地域開発の進展、地域間の物資流通量や流通パターンの変化など、小松島港を取り巻く広域経済社会は大きく変容しようとしております。こうした情勢に対処するために小松島港港湾計画の中で、沖洲流通港湾、すなわちマリンピア沖洲の位置づけがなされ、公共埠頭の整備、廃棄物処分場等の環境整備施設の整備を行うとともに、地場産業の振興や流通機能拡充のための都市再開発用地の確保に努めるなど、新しい流通拠点港湾として昭和六十一年度より総合的な整備に着手し、完成間近となっているところであります。 さて、海上輸送の形態は一九六六年に北大西洋航路において、国際コンテナリゼーションの幕あけが告げられて以来、疾風怒濤の勢いで世界の主要航路を席巻し、まさに地球規模におけるコンテナ化の感があります。また、我が国の輸出入貨物のコンテナ化率も既に全体の八〇%を突破するなど、著しくその進展が見受けられているところであります。コンテナ貨物の取り扱い機能を早期整備し、港の活性化を図っていく上で不可欠なものとなっております。県が平成二年度及び三年度の両年度で調査を実施した小松島港コンテナ・ターミナル計画調査において、本格的な外貿コンテナ・ターミナルとしては、大水深岸壁と広いヤードが確保できる赤石地区公共埠頭が適当である。また比較的小さな船が就航するいわゆる韓国、中国などの近海航路や東アジア航路は、マリンピア沖洲でも対応が可能であると言っております。一方、これらの航路は今後有望で、六大港湾に加えて地方港湾においてもコンテナリゼーションの波は時間の問題となっている状況下に置かれているところであります。ここで忘れてはならないことは、コンテナ貨物は一度他港に流れができると、これを取り返すのは極めて困難であります。流れが、もうそちらに道がついてしまうから来ない。出おくれは、二十一世紀に向けて徳島の港湾の飛躍、発展に悔いを残すことはもとより、致命傷になるといっても過言ではありません。 そこでお伺いするものでありますが、県益保持のためにも、完成間近のマリンピア沖洲において、コンテナ基地を喫緊の課題として早急に整備すべきであると確信するものでありますが、今後どのように取り組むのか知事の積極的かつ熱意ある答弁を求めるものであります。 次に移りますが、六月二十九日の徳新の朝刊で、「ねらわれている県 脅迫まがいの行為 ほかにも定期的に十人前後 対策に決め手なし」という見出しの記事が載っておりました。県の事務執行に当たり、脅迫まがいで善良なる県職員を標的にし、それぞれ部局は違うが、許認可や有利な融資制度、指名入札の申し入れが目的で、要求のほとんどが無理難題であると言われております。手口は、何時間も延々とどなり散らし、「家族がどうなっても知らんぞ」などと脅迫まがいのやり方、深夜、自宅へ嫌がらせ等の電話、過去のささいな事務ミスや職員のプライバシーを調べ上げた上、人の弱みにつけ入るやり方、余りうるさいので一つ大目に見ると、それを根拠に次の約束を迫る等々、公平な事務執行に多大の障害が起きているという話を聞いたのは、私一人ではありません。 県としては、庁舎管理権を盾に退去を求める方法はあるが、本来県民に開かれている県庁で、頻繁にこうした手段に訴えることは内部で抵抗が強いという。手口が巧妙で、県警への通報もままならない。昨年の夏、部長会で、無理強いされる場合は、部長以下が力をあわせて対応することを申し合わせたが、特効薬はない。これに対して富田総務部長は、「目に余る行為に毅然とした態度をとるよう、従来の方針を改めて指示した」とある。従来の方針ではなまぬるいからこうした事件が起こっておるのであります。 三木知事としては、残された三カ月間に、庁舎にあるいは県職員にすっきりしたさわやかな公正な事務執行のできる体制に早急に取りかかってもらいたいものであります。これが実現の暁には、本庁並びに県の出先機関はもとより、市町村に及ぼす影響が大なりと思うものであります。知事並びに警察本部長の積極的な所見をお伺いいたしたいと思うものであります。 一問は以上でございます。答弁によりまして再問をいたしたい。   〔大西議員出席、岩浅議員退席〕   (三木知事登壇) ◎知事(三木申三君) お答えをいたします。 まず、石炭火電立地に伴います諸問題についての御質問にお答えします。 まず第一点は、予測結果を環境目標値と対比してどの程度になるかと、こういう問題でございますが、平成四年度に石炭火力発電所計画及び各種発生源というものを総合的にとらえまして、大気シミュレーション調査というのを行っております。この予測結果によりますと、二酸化硫黄及び二酸化窒素の大気環境濃度につきましては、環境基準に対応する年平均環境目標値をそれぞれ下回っておるというのが現状でございます。石炭火力発電所からの寄与濃度の最大につきまして環境目標値と比べてみますと、二酸化硫黄は百分の一、二酸化窒素が百二十分の一から百六十分の一となっておりました。また、石炭火力発電所において使用されます石炭中に微量に含まれております水銀についての予測結果におきましては、寄与濃度の最大に現況の環境濃度を加えた値を見てみますと、世界保健機関の環境保健クライテリアに示されております一般環境大気濃度のガイドライン値の七千分の一となったところでございます。 次に、松浦にあります電発の松浦発電所を御視察いただきまして、発電所から排出される窒素酸化物対策についてのお尋ねでございますが、石炭火電の公害防止技術につきましては、近年目覚ましい進歩が見られたところでございます。橘湾発電所におきます窒素酸化物対策につきましては、二段燃焼方式及び低ノックスバーナーを設置することによって、燃焼方法の改善をいたしまして、二二五ppmとしております。さらに、排煙脱硝装置で処理することによりまして、煙突からの出口濃度が四五ppmまで低減させるといったふうに窒素酸化物対策については、最新最善の措置が講じられることになっております。 それから、阿南地域の窒素酸化物一二〇〇ノルマル立米パーアワーについての今後の対応でございますが、阿南地域におきます大気環境を将来にわたって保全をいたしますために、橘湾石炭火力発電所の立地に際しましても、硫黄酸化物の総排出量の行政目標値一二〇〇ノルマル立米パーアワーを守っていくことにいたしておることは既に御承知のとおりでございます。 このため、石炭火電及び既設の四国電力株式会社阿南発電所につきましては、硫黄酸化物の排出量を八四〇ノルマル立米パーアワーの枠といたしておりまして、そしてまた今後の阿南地域におきます工業開発などに伴う新増設枠として、七二ノルマル立米パーアワーを確保することにいたしております。一二〇〇ノルマル立米パーアワーを遵守いたしますためには、橘湾石炭火力発電所につきましては最新最善の硫黄酸化物対策を講じていただきますとともに、既設の四国電力阿南発電所におきましても、硫黄酸化物の低減対策の推進を図ってまいりたいと考えております。 次、四点目は灰の処分方法についてのお尋ねでございますが、これにつきましては、去る二月十日に有効利用と既免許取得海面などでの広域処理により行うこととする県の基本方針を取りまとめまして、事業者の合意をいただいたところでございます。この基本方針に基づきまして、四国電力株式会社におきましては、石炭灰の全量をセメント混和材、骨材などとして有効利用を図ります。電源開発株式会社におきましては、約七〇%を有効利用し、残余は既存の自社灰捨て場で処理するという方向で具体の計画を詰めておるところでございます。 次に海底ケーブルの問題でございますが、電調審は、電源開発促進法に基づきまして発電所本体計画を国の電源開発基本計画に組み入れますために調整審議されるものでありまして、送電ルート計画は対象といたしておりません。二百八十万キロワットの配分に関しましては、現時点では、四国が百万キロワット、関西百四十万キロワット、中国三十万キロワット、九州十万キロワットという配分でございますが、今後、平成十二年七月の運開までに正式な配分量を電力間で協議、決定することにいたしております。 次は、経済波及効果と地元雇用についてのお尋ねでございますが、発電所建設に伴います波及効果といたしましては、大きくは経済・財政効果と雇用効果、この二つに分けられようと思います。県におきましては平成三年度に阿南地域振興計画策定調査を実施いたしまして、波及効果の推定を行ったところでございます。その調査結果によりますと、まず経済・財政効果でございますが、発電所建設工事に伴います経済効果として、約二千九百七十五億円、発電所操業後の経済効果として、約三十六億円などが見込まれております。また、財政効果といたしましては、交付金が県に対して年間三億円、阿南市及び周辺市町にそれぞれ総額で約六十二億円、固定資産税が阿南市に二十年間で四百三十億円などが見込まれております。 次に、雇用効果につきましては、建設中の地元雇用につきましては約六年間にわたり延べ約五百七十万人で、そのうち地元雇用は約二百七十万人、一日平均約千五百人程度が見込まれております。また、発電所操業後につきましては、常駐職員として関連企業も含め全体で約八百人のうち、地元からは約四百人程度、加えて揚炭作業等維持管理業務要員といたしまして、約百五十人が見込まれておりまして、これはほぼすべて地元から雇用がなされるものと見込まれております。そのほか点検補修工事が発電機一機当たり年一回二カ月程度ございまして、そのための要員も臨時雇用として見込まれるわけでございます。 以上でございますが、二年前の調査でございまして、前提条件が現在とは違っておる部分がございまして、現計画においては若干の修正が必要であることをひとつあらかじめお含みおきをいただきたいと存じます。 いずれにいたしましても、県としましては火電の立地によって地域経済に与えるインパクトは大きいものと受けとめておりまして、今後とも火電立地を起爆剤として県南地域振興に努めてまいりたいと考えております。 次は、明石海峡大橋の開通に伴い影響を受ける港湾労働者及び港運事業者、これは県はどう救済していくかと、こういう問題でございます。 本四連絡橋の建設に伴います港湾運送事業関係の救済は、昭和五十八年、国及び関係者におきまして、事業規模の縮小などを余儀なくされております関係港湾運送業事業者及びその労働者に対し、対策の基本方針が決められますとともに、国と労働者代表との間で協定が締結をされております。大鳴門橋への具体的な対策といたしましては、事業実施要綱によりまして、事業者に対する交付金や雇用調整金の給付などの措置が講じられており、明石海峡大橋につきましても、大鳴門橋と同様に、国においてこれらの措置が講じられますことから、この動向を見定めていきたいと考えております。 また、本県独自の施策といたしましては、誘致企業に対しまして、港運業務拡大のための働きかけを行います一方で、本四公団業務や県関係施設の維持管理業務を受託し、離職者の受け皿となります会社を第三セクターで設立するなど、雇用の場の確保を図ってまいりました。 明石海峡大橋供用に向けての雇用対策につきましては、大変重要な問題でございますので、従来から港湾労働者の方々と協議を重ねておりますが、今後、国など関係者によって構成されております本州四国連絡橋雇用対策徳島県協議会におきまして対応を協議し、万全を期してまいる所存でございます。 次に、業務の執行体制、特に脅迫まがいの行為の防止についての対策でございますが、御承知のように県行政は県民生活と幅広くしかも密接にかかわっておりますことから、さまざまな形でのいろいろな要望や要請というのが数多くあるわけでございます。そうしたものに対しまして、県としましては慎重に判断し、適切に対応をいたしてきておるところでございますが、要望や要請などの仕方につきましても、人それぞれに表現の仕方というものがございまして、特に要望が聞き入れられない場合に、感情が高ぶって声を荒らげるあるいはテーブルをたたくと、こういう場合も見受けられるわけでございます。その表現の仕方が度を過ぎておるかどうかという点につきましては、具体的状況下における個別的な判断にゆだねるべきでございまして、一義的にはその場にいた職員の受けとめにかかわる問題だというふうに考えております。 ただ、職員が職務執行過程におきまして、不当な圧力などによって過大な負担を負うことがあってはならないことは、これは申すまでもございませんが、御指摘のありましたように、職員が安んじて職務に精励できる執行体制でなければならないこともまた事実でございます。 したがいまして、今後におきましても、開かれた県庁という理念、これは堅持しながら公正な業務執行を確保いたしますために、度を過ぎた行為で不当な要求を行う者に対しましては、毅然として対応を図ることを指導いたしますとともに、必要な場合には関係機関と一体となって、適切に対処してまいりたいと考えております。 いずれにいたしましても、県民の方々が県に対しての要望は、県民のそれぞれの権利でございますから、要望は要望として県としては十分聞かなければなりません。ただ、それがかなえられるかどうかというのは、個々のケース・バイ・ケースで判断せざるを得ない、それがかなえられないからといって度を過ぎた行為に対しては毅然として対処していかなければならない、結論としてこう申し上げざるを得ないと思います。   (縣土木部長登壇) ◎土木部長(縣保佑君) 私からは、マリンピア沖洲でのコンテナ基地を整備すべきであるという御質問にお答え申し上げます。 港湾貨物のコンテナ化につきましては、荷役の能率が効率的であるということから近年著しく進展しておりまして、全国各地でコンテナに対する取り組みもとみに活発となっております。本県におきましても、物流コストの低減や産業の振興に寄与するためにも、コンテナ輸送への対応が要請されておりまして、できるだけ早い取り組みが必要となっておるということは認識しております。 このようなことから、平成二年度及び三年度に小松島港コンテナ・ターミナル計画調査を実施したところであります。この中で、マリンピア沖洲においてコンテナ・ターミナルを整備することにつきましては、内航コンテナ船や近海及び東南アジア航路の小型コンテナ船については、対応が可能であるという報告がなされております。このため、マリンピア沖洲でのコンテナ・ターミナルの実現に向けまして、現在、関係業界の御意見をお聞きしながら、施設整備計画、荷役の方式、管理運営の方式などにつきまして、鋭意検討を進めているところでございます。しかしながら、この計画の具体化に当たりましては、多額の投資を必要とする関連施設整備、官民一体となった推進体制の確立やコンテナ貨物の誘致戦略、さらにはポートセールス活動の実施などの課題を解決する必要があります。県といたしましては、関係の皆様方の御協力を得ながら、できるだけ早くこの計画をまとめまして、整備に着手できるよう取り組んでまいりたいと考えておるところでございます。   (栗本警察本部長登壇) ◎警察本部長(栗本英雄君) 県の業務執行体制に関連した警察への御質問にお答えをいたします。 申すまでもなく、県警察といたしましては、県民の生命、身体、財産の保護など県民の平安な生活を確保するため、懸命に努力しておるところでありますが、特に暴力的不法行為に対しましては、厳正かつ毅然とした態度で対処すべきだと考えておるわけでございます。 ただいま御指摘されました事案について、警察といたしましては事実関係を具体的に把握しておりませんが、今後こうした事案を認知し、あるいは相談を受けました場合には、関係者との連携を密にいたしまして事実関係を明らかにした上、関係者の保護にも十分配意しつつ、違法行為は看過しないという方針を堅持いたしまして、今後とも厳正に対処していく所存でございます。   (松本議員登壇) ◆三十三番(松本弘君) それぞれ御答弁をいただきました。 橘湾の開発におきましては、環境保全がまず一番である。今、世界はすべて地球環境保護時代でありますが、一方ではエネルギーの増高、西日本では年率二・三%ぐらい、電力は消費量が伸びておるんでありますが、そういう対策、その中にあって、いかに徳島県が対処していくかということが肝要でないかと思うのであります。今後とも環境保全には万全を期して取り組まれることを強く要望いたしておきます。 業務執行体制につきましては、知事と県警本部長、それぞれ御答弁をいただきましたが、私に言わせますと、ちょっとまだ元気が少ない。こういうときにかなりきつく取り締まりというんですか、行政指導と庁内の職員に勇気を持って対処することをしとかなんだら、今のままでありましたら、今、暴力はかなり減っておりますけれども、暴言がふえております。暴言は暴力にまさると言われております。こういうことで、本部長さんも知事さんも十分ひとつこの問題に対処していただきたいと思うのであります。 港湾労働者の問題につきましては、もう明石架橋は目の前に来ております。そして、それに県民あるいは関西経済圏は非常に注目しておるわけです。その影に先ほどの港湾労働者とか、あるいは港運業者が困っているということは、常にひとつ目を向けて、光を当てる施策を今から考えておかなければならないことを申し上げておきたいと思うのであります。 教育長に質問をいたします。私は昭和五十六年十二月議会で川北高校の新設の必要性を強調提起し、三木知事と歴代教育長は熱心にその必要性を痛感されまして、昭和六十三年度徳島県立学校・学科適正配置検討委員会を発足、平成二年九月十日答申を終えました。その結果は、総合選抜制とし、さらに国際人文科、情報科学科を採用、立地場所は丙学区内のいわゆる川内町、応神町であるべきと答申をいたしております。 また、平成三年二月の定例会では、小原教育長は川北高校の立地場所につきまして、私の質問に答えて、「検討委員会の趣旨を尊重し、丙学区、すなわち川内、応神のいずれかの地区に立地の方向で徳島市とも協議しながら、用地の選定の調査研究を進めているところでございます」と答弁をいたしております。 また、地元両町においても適地を物色して、陳情協力を申し上げましたが、近藤教育長は徳島市及び地元陳情者にどう対応されたのかお伺いいたします。 また、教育委員会は本年三月二十四日、県の教育委員会を秘密会にして、北島町東邦レーヨン敷地に決められた、どういう経緯で決められたか、現在の進捗状態もあわせてお聞かせ願いたいと思うものであります。 次に、教育委員会決定の東邦レーヨン敷地は乙学区であります。答申無視も甚だしいと思うものであります。具体的に言えば、徳島県は昭和四十七年に総合選抜制を導入して、県内を甲学区、いわゆる徳島市以南、県南です。乙学区、県北、丙学区は徳島市とし、例外的に下板三町には地元高校がないために、特別措置として丙学区扱いとして認められ、今日に至っております。 検討委員会も平成二年九月十日、検討委員会の答申の中においても、乙学区に高校を新設する場合は、わかりやすく言いますと、下板三町に高校を設置する場合は、丙学区扱いの特別措置が廃止されます。いわゆる下板三町はこの徳島市の総合選抜制に加えることはできないのであります。単独校として設置することはできるわけです。この場合は、下板三町は丙学区扱いが廃止され、本来の乙学区に戻るという大幅な学区制の変更を伴うことになるので、川北高校は丙学区である徳島市に新設する方が望ましいとあるのであります。 望ましいというのを拡大解釈されたら困る、望ましいというのは、社会通念上から言っても、少々は地姿や通学上の利便さや、あるいは環境上に問題があるから、そしてそこをのけるとか、こういったようなごく微小な面積を言うのであります。これは私だけでなく、一般の社会通念から言ってもそうであります。 教育長の言う東邦レーヨンではいける──東邦レーヨンの五万四千平米という計画をしておる面積の九九・九六%が乙学区、いわゆる北島町であります。そんなら、徳島市の面積はどうかといいますと、わずか二百平米、〇・〇四%しか占めておらない。こんなんで教育長が務まりますか、こういう見解で、これは。社会通念から言うたら、かかっとらんのに等しい。答申を無視したのは、私は裁量権の逸脱も甚だしいのでないかと重ねてお聞きしたいと思うのであります。 さらにこの用地は県内有数の工場地帯の中にあり、におい、騒音、形状は三角地、この上から言いましても、高校教育の場としては不適当であり、しかも一番多感な高校生が自己を形成する場として、全くふさわしくない場所であります。学校教育法第三条におきましては「学校の位置は教育上適切な環境にこれを定めなければならない」、特に、多感な子供の学校というのは環境に左右されます。いわゆる環境が人をつくるのであります。そういうふうに規定しておりまして、文部省の学校施設設計指針においては、「校地の周辺の環境は、健全な人格の形成や豊かな情操教育にふさわしいものでなければならない」と書いてある。そのためには工場の周辺はいかんと書いてある。私の調査では、あの東邦レーヨンは、工場でもいろいろあります。いわゆる住工混合の地域といろいろありますけれども、あそこはもう工場専門である、いわゆる用途としては専用工業用地である。壁一つでやはり東邦レーヨンの敷地で、そして東邦レーヨンに将来、織り姫を育成するための教育の城東高校の分校があるぐらいであります。こういうところでなかったら、高校の用地がないんですか。工場の横に、しかも専用工業地域の横に高校があるというのは私の調査の結果では日本ではここだけであります。 環境を言っておる。教育県徳島、徳島の教育が全国にないような専用工業地帯の横に、においと騒音と環境の悪いところにあんたは設置をして、しかもそこが丙学区でいけるんだというような運用の拡大によってやらんとしておるんですよ。これは一体どうなんですか。 さらに、学校教育法三条の一、二の設計指針によれば、ここでも、こういうことはいけないと書いてあります。また、通学距離におきましても、川北高校がここにできましたら、川内、松茂の生徒が近いと一般は思うとる。川北高校ができますと、今の教育長案のいわゆる東邦レーヨンのあとは、川内町の十郎兵衛屋敷を中心に円を描きますと、城南高校よりさらに三百メーターぐらい遠いんですよ、さらに遠い。アクセスはどんなんですか。あちらへ向いていくバスはもう数えるしかなくて、川内の生徒は二、三回乗りかえをしなかったら行けない、しかも、北環状の高い橋を通っていかなならん、そういうところにこしらえてええんですか。川内、松茂の住民を無視するも甚だしい。北島の人でも東部の人はいかんという、そういうところになぜあんたは設置をしようとするんでありますか。 そういうことでまず一問として、以上を質問をいたしたいと思うんであります。   〔堺議員退席、出席議員計三十九名となる〕   (近藤教育長登壇) ◎教育長(近藤通弘君) 川北高校に関する五点の質問について順次、お答えをさせていただきます。 まず第一点は、前小原教育長が平成三年の十二月の本会議において、徳島市とも協議をしながら用地選定を進めると言ったが、現在の教育長はどうしたのかということと、地元の陳情にどう対応したのかというお尋ねだと思います。 私自身、平成三年四月に教育委員会にお世話になって以来、新設高校の建設を教育委員会の数少ない重要課題として取り組んできたつもりでございます。就任早々、当時の徳島市長さん、助役さんなどとも数度面談の上、用地について協力をお願いをし、その後、徳島市とも協議を重ねてきたところでございます。しかしながら、徳島市の都市化が進む中で、約五ヘクタールを一団の用地として確保するということは、結果として極めて困難なことでございました。当時、用地取得は円滑にいくという前提のもとで、前教育長が平成七年度に開校をするという努力目標を掲げたわけでございますが、こういう中で一日も早い開校を期待されている県民の方々の熱い要望に沿いますために、県立高校の用地の選定につきましては、教育委員会の責任において早期に行うべきという考えから、その後も作業を進めてきたところでございますので、よろしくお願いをいたしたいと思っております。 陳情につきましては数度にわたる陳情をいただきましたが、ごく最近になりまして二つグループが参りまして、一つは川内町からの御陳情でございます。これは川内のある地区に立地をしてほしいと、もう一つは、川北五町のうち応神町、板野郡の三町から、現在私どもが事務的に進めている某企業の用地にできるだけ早く立地するというふうな陳情がございました。その際に、まだ私ども、最終的な準備作業ができておりませんでしたので、皆さん方の要望を十分お聞きして、ある段階で私どもが決断をして作業を進めさせていただいて、できるだけ早い機会に川北高校の開校に努力するというお答えをさせていただきました。 第二点は、どういう経過で今の場所に決まったのかと、主として教育委員会の事務手続上の御質問と承りましたので、それについてお答えをいたします。 学校の敷地の選定については、先ほど申しましたように教育委員会の権限に属することでございまして、私どもも県南養護学校も手がけてまいりましたが、それと同様に川北高校にかかわる用地取得に向けての作業状況については、適時に適切に教育委員会に、正式の議題としてではなくて協議をいたし、指導を受けてきたところでございます。現在の候補地につきましては、昨年からもそういう意味で数度か御報告をいたしましたが、本年度に入ってから地権者の意向はもちろん、陳情の件、先ほど申した陳情の件など、また、さきの二月の県議会における文教厚生委員会において、早期に教育委員会は決断しろ、生徒が主人公だ、一日も早い開校をという決議を受けまして、そういう御報告もした結果を教育委員会に報告し、御協議をいただいたところでございます。 教育委員会では、三月に入りまして委員の皆さん方に現地も御視察をいただきまして御協議をいただきました。三月二十四日の委員会におきまして、全員一致で現在の候補地で事業推進を図ることが了承されまして、一日も早い開校を目指して努力するよう指示がございました。 さらにつけ加えさせていただきますと、この件に関しましては教育委員会事務局内部のプロジェクトチーム、県立学校新設準備検討会議において、学校の内容とともに設置箇所についても検討を行っているところでございます。 三点目は、設置箇所が徳島県立学校・学科適正配置検討委員会の答申にそぐわないのではないかという御指摘でございます。 確かに検討委員会の報告書の中には、現行の学区制の総選制の絡みから、徳島市川内町または応神町が望ましいという報告が出されていることも事実でございます。しかしながら、検討委員会の報告の骨子はこれのみではなくて、これとともに、徳島市内の川内町、応神町並びに松茂、北島、藍住に至るいわゆる川北五町に普通高校がない、その高校をつくりなさいということが一つの柱でございます。さらに、早期に開校するようにというこの三本の骨子からなっているところでございます。このような現状を踏まえまして、私どももそれなりの努力を続けてきたわけでございますが、残念ながら、その両町において、一団の土地としての確保の見込みがございませんでしたので、早期の開校という与えられた命題に沿うために、現在の候補地を有力候補地として選定をしたところでございます。 なお、当地は現段階では、先ほど松本議員から面積の話がございましたが、測量の関係あるいは用地交渉の関係から、最終的に確定をしておりませんが、徳島市の応神町、藍住町、北島町の三市町にまたがる地域であることから、高校の設置に際しての所在地を徳島市とすることは可能であり、この点でも現状の学区制の変更を伴うものでなく、検討委員会の趣旨にも沿えているというふうな理解をいたしているところでございます。 四点目は、学校教育法、学校施設指針では、工場周辺は不適地とされているが、これに反するのではないかというお尋ねでございます。 これにつきましても、先ほど御質問の中にも御指摘がございましたように、学校教育法の三条にも抽象的な規定がございますし、さらに学校教育法施行規則第一条第二項で、「学校の位置は教育上適切な環境にこれを定めなければならない」と、学校を設置する場合、環境に配慮すべき一般的な規定がございますが、これについても具体的な基準が示されているわけではございません。 さらに、学校施設設計指針でございますが、この指針は学校建設について計画設計の段階での基礎的な留意点を示す行政指導的な位置づけで作成されてございまして、文部省においてこの指針を指導、助言する際の目安に使っているということでございます。なるほど、この指針におきまして、校地の環境は教育上ふさわしいものとするということが示されておりますが、この解説といたしましては、「校地周辺の環境は、健全な人格の形成や豊かな情操の育成にふさわしいものでなければならない。そのためには、次のような施設の周辺に校地を選定しないことが望ましい。」とされ、その施設の一つとして、先ほど御指摘の工場が挙げられているのは事実でございます。 しかしながら、画一的に工場周辺が望ましくないということではなくて、環境上問題がある工場周辺には校地を選定しないことが望ましいという意味でございまして、そこに言う環境上問題があるとは、法律上、条例等に規定する基準をもって考えるべきであるというのが文部省の説明でございます。私どもが候補地としている企業所有地を中心とした地区は、環境上においても特段の問題があるとは考えておりません。 さらに、これに関連しまして、工場、鉄道が隣接して騒音、悪臭の問題がある、不適当だと思うがどうかというお尋ねでございます。 この周辺の地域で、県の監視体制といたしましては、藍住町の役場、北島南小学校、徳島市応神支所、川内中学校に一般環境大気測定局を設置し、常時監視が行われているところでございます。平成三年度の測定結果におきましても、代表的な大気汚染物質である二酸化窒素及び二酸化硫黄を見ましても、環境基準を満たしております。現在、各事業所とも公害防止に対する努力を続けており、今後とも大気測定局と主要事業所に設置したテレメーターシステムなどにより、指導監視が続けられることになっております。 また、悪臭公害につきましても、当該地域は悪臭規制の対象地域となっており、規制基準を設けて監視が行われていること、現状として当該事業所の付近住民から悪臭に対する苦情がないことなどから、問題はないと考えております。 また、勝瑞駅に隣接しており、一面、通学生及び教職員の通学通勤の利便性がある一方で、隣接することの問題については県内の県立高校の他校の実例も数例あり、この面については十分対処できるものと考えております。 この候補地の中に、今日まで長年にわたって城東高校北島分校が存続している現状があり、今後とも教育の場としてふさわしい環境の保持に意を配してまいりたいと考えているところでございます。   (松本議員登壇) ◆三十三番(松本弘君) 私は文教厚生委員会に入っておりますので、教育長の答弁は文教厚生委員会で言わんなんようなことを淡々と言いおって、時間がのうなってしもうた、時間が。まことに済まんのやけど、少々ひとつお認めを願いたいと思うのであります。 先ほどの教育長答弁は、議会が早期に要望しとる、答申書も早期である、それを盾に、急いで急いでして、そして密室の中で用地交渉をしているという感が非常に強いんであります。あなた方に教育委員会の不祥事件がなかったら、もっと早うにできとんじゃ、これは。最近のあんた方の就任から五件における不正行為が出ておる。そういう問題についても、我々が多少は気の毒なという差し支えがあって、少々おくれた。それをええことにして、議会が早期に言いよるから、そして早くせないかん、平成七年と言っとる。一たん高校ができたら、百年、二百年、いかんなん。しかも、その生徒は非常に環境の悪いところで、一日の四分の一時間ぐらいをそこでせないかんのですよ。しかも、非常に難しい教育を受けないかん。多感な生徒なんです。そういうところを考えた場合、早期が早期早期言うて、自分の不正を棚に上げて、おくらすことができますか。私は、そういうことで、こういう問題については非常に不満である。あんたの教育長時代に答申無視二回やっとるんです。答申無視を二回やっておる。綱紀粛正会議を無視した。今度の答申も拡大解釈してある。いわゆる「望ましい」という言葉ですべて処理しておるんじゃないか。そういうような問題では、私は納得できませんので、次の文教厚生委員会で細かく質問をいたしたいと思います。そのときには教育委員長さんも心して聞いていただきたいと思うんであります。 最後に、結びに入ります。 三木知事の三期十二年間を振り返ってみますと、公約の二期八年は一党一派に偏らず、県民と対話の県政を推進いたしました。一方では、未来への基本計画の作成をしていただきました。いわゆる二〇〇一あるいは三〇〇〇日構想でありました。 一方では、武市県政の残務整理、これにあなたは追われて、非常な御苦労をされたことは私ももちろん、県民も認めるところであります。いわゆる東奔西走して、県民と対話の姿勢、あなたの一期のときには我々は知事に会うにも会えん、どこに行っとんか。みんな県南とか山間僻地に対応に行っておりますということで、我々は非常にあなたと会うことには苦労しましたけれども、内心はその公約を十分果たしているということで、賛辞を送ったんでありますが、三期になりますと、多少変わりましたですね。これは私は、体力、気力の衰えか、または公約無視の負い目があるのかもわからん。 したがって、手がたくいかないかんということで、私は知事には聞いておりませんけれども、内心は、ほとんどが役人任せの結果が今日の県庁の人心の硬直につながっていたんでなかろうかと思います。小さいながらも小さいいざこざもありました。最近では、自民党寄りの県政に県民の多くが失望いたしておったこともあります。(発言する者あり)そのとおり。 去る六月二十一日の定例記者会見の記事を読むにつけて、お世話になった人の御恩返しとして、その人に運動したいと言っております。恐らくお世話になった人でありますから、公明党、社会党、自民党も入っておると思いますけれども、もうそういうことはやめて、そして一党一派に偏らず中立を保って、そして残されたこの三月間、先ほど申しましたような庁内の整理とか、あるいは淡々とした果実ともに実った本当の知事らしい任期を終えていただきたいと思います。 したがいまして、私は、最後に知事には、本当に十二年間、一生懸命やっていただきました、御苦労さんという言葉を申し上げまして、私の質問を終わりたいと思います。 ありがとうございました。(拍手)   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 議事の都合により、休憩いたします。      午後二時五分休憩   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━    午後二時三十一分開議      出席議員計三十六名          (その番号・氏名左のとおりである)     一  番     福  山     守 君     二  番     西  沢  貴  朗 君     三  番     吉  田  忠  志 君     四  番     樫  本     孝 君     五  番     来  代  正  文 君     六  番     猿  瀧     勝 君     七  番     竹  内  資  浩 君     八  番     北  島  勝  也 君     九  番     杉  本  直  樹 君     十  番     佐  藤  圭  甫 君     十一 番     長  尾  哲  見 君     十二 番     児  島     勝 君     十三 番     川 真 田  哲  哉 君     十四 番     宮  城     覺 君     十五 番     北  岡  秀  二 君     十六 番     亀  井  俊  明 君     十七 番     堺        廣 君     十八 番     遠  藤  一  美 君     十九 番     原     秀  樹 君     二十 番     大  田     正 君     二十一番     榊     武  夫 君     二十二番     板  東  敬  二 君     二十四番     平  岡  一  美 君     二十五番     四  宮     肇 君     二十七番     近  藤  政  雄 君     二十八番     湊     庄  市 君     二十九番     木  村     正 君     三十二番     七  条     明 君     三十四番     服  部  昭  子 君     三十五番     小  倉  祐  輔 君     三十六番     中  谷  浩  治 君     三十七番     大  西     仁 君     三十九番     阿  川  利  量 君     四十 番     谷  口     修 君     四十一番     木  内  信  恭 君     四十三番     日  下  久  次 君   ──────────────────────── ○副議長(湊庄市君) 休憩前に引き続き、会議を開きます。 十六番・亀井俊明君。   〔俵・松本・原田三議員出席、大西議員退席、出席議員計三十八名となる〕   (亀井議員登壇) ◆十六番(亀井俊明君) 質問に入るに先立ち、私は、今国会における政治改革関連法案の審議過程において、その審議がまたしても県民の期待を裏切り、政治不信をますます募らせる結果となったことに大きな憤りを感じますとともに、我々自由民主党徳島県連においては、去る六月十五日、自由民主党宮沢喜一総裁に対して政治改革の断行を強く要望したところであり、私は、今後とも政治改革の実現に向かって努力を続けなければならないとの思いを強くするものであります。 それでは質問に入ります。 本年六月九日挙行されました徳仁殿下の御婚儀は、県民の皆様とともに大きな喜びとするところであり、心よりお喜びを申し上げる次第であります。 私はまず、皇太子殿下御成婚記念事業「瀬戸内・海の路ネットワークづくり」への取り組みについて知事にお伺いし、続いて、「神戸─鳴門ルート全通記念事業」に関係する諸問題について及び沿岸漁業振興、中でも小型底びき網漁業の振興について、最後に文化の森総合公園並びに鳥居記念館について、それぞれ理事者の御所見をお伺いをしたいと思います。 まず、瀬戸内・海の路ネットワークづくりについてであります。 皇太子殿下の御成婚を翌日に控えた六月八日、運輸省は、皇太子殿下の御成婚を記念し、殿下の学習院大学における卒業論文「中世瀬戸内海水運の一考察」に縁のある瀬戸内海において、特色ある歴史的港町を再生し、さらにそれをヨットなどで結ぶ海の路ネットワークを構築することにより、人々の海や港に対するあこがれを実現するための瀬戸内・海の路ネットワークづくり事業構想を発表いたしました。 私は、県北の拠点として、撫養港の整備をこの事業構想により展開してはどうかと考え、早速運輸省港湾局環境整備課を訪問し、その事業の概要を調査をしてまいりました。 運輸省では既に、平成三年五月、瀬戸内海沿岸百八十六市町村一府十県及び国により、瀬戸内・海の路ネットワーク推進協議会を設立し、二年間にわたり瀬戸内海を共通の資源として、海を生かした地域づくりを考え、実践するための研究が行われておりました。 これらの研究の成果は、既に瀬戸内圏に瀬戸内歴史ミュージアムや、瀬戸内リゾートギャラリーなどをつくる構想としてまとめられており、殿下の研究テーマと相まって新規事業としての具体的な取り組みをなそうとするものでありました。 そこで私は、事業化へのきっかけとなった徳仁殿下の卒業論文「中世瀬戸内海水運の一考察」における本県とのかかわりについての調査を行ったわけであります。 殿下の卒業論文の概要は、昭和五十七年十月発行の交通史研究第八号、「兵庫北関入船納帳」の一考察として発表された論文や、恩師で学長を務められた安田元久先生の退官記念論集に、「室町前中期の兵庫関の二、三の問題」として発表された論文によりうかがい知ることができます。 殿下の研究の対象となった兵庫北関入船納帳は、今から約五百五十年前の文安二年に兵庫北関、現在の神戸港に入港した船の記録で、室町時代中期の貴重な海運史料であります。 この記録を研究した県教育委員会の福家清司社会教育主事の論文によりますと、兵庫北関に入関した阿波の千石船は、鳴門市の撫養、土佐泊など、九カ所の港より出航しており、燃料としてのまきや米、大麦、阿波塩、阿波藍などを大阪や京都へ運搬していたことがわかります。 中世の瀬戸内海水運の主流は九州と大阪、京都を結ぶ航路でありますが、高知から徳島、淡路を経由して京都に至る航路も重要であり、平成三年十二月、徳仁殿下が撫養、土佐泊港などを調査に来徳された理由もそこにあったと思われます。 次に、兵庫北関入船納帳に記載のある阿波塩についてであります。 鳴門地方では既に五世紀ごろから土器製塩が行われ、製塩法も時代とともに藻塩法から揚浜法へと発展し、特に蜂須賀氏により近世製塩法の導入が図られました。 慶長四年、西暦一五九九年、藩主蜂須賀候に招かれた播州の人、馬居七郎兵衛と大谷五郎衛門が鳴門市撫養町桑島に、また、同じころ、淡路の国から篠原孫左衛門が高島にそれぞれ新しい技術による入浜塩田を築き、生産量は飛躍的に増大し、鳴門地区は古来より阿波塩の生産地として栄えました。 鳴門町高島に浜を開いた福永家の屋敷は、全国でただ一つの現存する製塩関係の建造物で、昭和五十一年、国の重要文化財に指定をされましたし、重要文化財福永家住宅を中心として既に塩田公園が整備され、福永家住宅とともに国指定重要有形民俗文化財鳴門製塩用具を展示するための塩業資料館の建設も予定をされております。 以上のような歴史的背景から、撫養港が瀬戸内海における港の中でも価値ある港であり、皇太子殿下の研究課題の中世瀬戸内海水運に関係する港であることがわかります。 しかしながら、現在の撫養港は往年の活気はなく、港湾機能も低下していて、ただ建設用細骨材の荷揚げ場として使用されているにすぎません。 幸い昨年二月、やっと浮き桟橋が設置され、阪急汽船による大阪、神戸への高速艇の運航が始められました。この際、鳴門市内にある撫養港と粟津港の機能分担を明確にし、撫養港の物流機能を粟津港へ集約して、撫養港は鳴門市の市街地にある港として、歴史や伝統を生かした、近代的な機能や景観を重視した県北における人の交流拠点としての整備を行い、粟津港は、農業や工業地帯を背景に持つ物流拠点としての整備を図ってはどうかと考えるものであります。 徳島の中洲港は、昔は貨物船や客船の出入りする港として、倉庫や上屋などが建ち並び、港湾利用をされておりました。港湾機能を下流へ移転し、環境整備や景観を創造することにより、市街地の中でヨットの景観を持ったすばらしい風景がつくり出され、近代的なホテルも誘致されております。私は、撫養港をこんなイメージで整備してはどうかと考えるものであります。まさに瀬戸内・海の路ネットワークづくりの事業は、瀬戸内海航路の寄港地において特色ある歴史的な港町を再生するとともに、これらを拠点としたクルージングネットワークの構築を目指した事業であるからであります。 私は、皇太子殿下の御成婚を記念して運輸省が発表した瀬戸内・海の路ネットワークづくりの事業構想により、撫養港を整備してはどうかと思いますが、知事の御所見をお伺いをいたします。 続いて、神戸─鳴門ルート全線開通記念事業に関する諸問題についてお伺いをいたします。 県においては、本年三月、神戸─鳴門ルート全通記念事業についての基本構想がまとめられました。この構想によりますと、事業の目的として、広域交流圏の形成、架橋新時代の地域づくり、望ましい環境の創造、徳島からの情報の発信を目的とし、兵庫県側で実施される明石海峡大橋完成記念事業との連携を保つこととなっております。 特に、三〇〇〇日の徳島戦略の中で、リゾートや観光の拠点として重点整備を目指した鳴門ウチノ海センターリゾートパークは、全通記念事業の記念公園と位置づけられ、記念館の建設を初め、交流の輪が広がるような魅力的な施設の整備を図ることとされております。 なお、ウチノ海については、昭和六十二年徳島県観光審議会によってまとめられた徳島県長期観光振興計画によりますと、マリンリゾートとしての開発拠点として位置づけられていますし、平成元年十月、国に提出した総合保養地域整備法、通称リゾート法による基礎調査の中においても、インターナショナルマリンガーデンとしての取り組みがなされ、本年三月、関係省庁との協議が調い、本申請がなされたところであります。 しかしながら、ウチノ海地区全体に対する総合的な整備構想がいまだ明らかでないため、ウチノ海地区全般における事業については、それぞれの事業に進展が見られません。 例えば、亀浦観光港であります。ウチノ海地区がインターナショナルマリンガーデンとして整備されるためには、亀浦観光港の整備に取り組まなければなりません。 亀浦観光港は、県下唯一の観光港として建設されていながら、公共の待合室やトイレがなく、ヨットや客船に対する給水施設や給油施設等、陸上の施設は全く整っておりません。港湾としての整備も第六次の港湾整備五カ年計画までの取り組みしかなされておらず、鳴門公園に位置する観光港としてどのような姿に完成させるのかという観光港としてのあるべき姿が見出せないまま、大鳴門橋の開通とともに昭和六十年度を最後に今日まで中断されております。亀浦観光港は、本県の海の玄関口として確たるビジョンのもと、完全な整備が図られるべきだと考えます。 第二は、大鳴門橋建設時に造成された鳴門公園相ケ浜における通称5A作業基地の問題であります。 環境庁との協議の結果、国土としての認定が受けられず、現在も仮設のままで、ルート完成時には撤去しなければなりません。せっかくの造成地であります。国土としての認定を受け、活用したいものであります。 第三は、鳴門公園の整備であります。 平成元年四月には、民間活力により新しく東洋一のエスカレーターを備えた観光施設がオープンいたしましたし、私は昨年六月議会で、開通記念事業として大鳴門橋の鉄道用空間に観潮用歩道の設置を提言いたしておりますが、平成元年に提出された総合保養地域の整備に関する基礎調査の中では、鳴門公園周辺の調査がなされておらず、事業計画もありません。 私は、本県の重要観光拠点としての鳴門公園の整備なくして鳴門地区の整備はないとの考えから、平成二年六月議会において、鳴門公園を中心とした駐車場を含む交通体系や観光施設の整備について、総合的な検討を要請したところであり、当時の長沢企画調整部長より、庁内関係部局や関係機関と検討したいとの御答弁をいただいております。 第四は、島田島の公用地の有効利用についてであります。 鳴門スカイラインの完成に伴い、県及び鳴門市は、昭和四十六年、一大レジャーランドの建設を期待して、その保有地二十二万九千二百二十九平方メートルを南海電鉄株式会社に売却をいたしております。しかし、その後、計画が大幅に縮小され、ホテル部分が開業されたにすぎません。 ほかに、鳴門市が中心となって大島田地区に推進しています健康と研修をテーマとした「鳴門アルカディア構想」があります。 以上、述べましたとおり、現在、ウチノ海を中心としたいわゆるインターナショナルマリンガーデンとして位置づけされている地域においていろいろな開発計画がなされていますが、ウチノ海を中心とした地域に点在する諸施設と、それらを結ぶ交通手段が整備されておらず、各施設間の関連性もありません。各施設は、それぞれの事業者によって思い思いの開発がなされているだけであります。各施設の整備が進むとき、それぞれの施設がどのように補完し合い、全体としてどのように魅力のある地域となっていくのかといった全体構想が明らかにされていないからであります。 私は、ウチノ海に面するセンターリゾートパークが神戸─鳴門ルート全通記念事業の一環としての記念公園として整備されるに当たり、県はしっかりとしたウチノ海地区全体の整備構想を策定し、今回記念公園として建設されるセンターリゾートパークがどのような役割を果たし得るのかといった理念を確定すべきだと思います。 ウチノ海地区を中心とした全体構想についての考え方と、センターリゾートパークの記念事業における役割について、企画調整部長の御所見をお伺いをいたします。 御答弁により、再問いたします。   〔大西議員出席、出席議員計三十九名となる〕   (三木知事登壇) ◎知事(三木申三君) お答えをいたします。 瀬戸内・海の路ネットワークづくりへの対応についてお尋ねがございました。お答えします。 お話のございました撫養港は、古くから吉野川流域で産出されます藍やたばこ、塩などの本県の特産品を近畿を中心に、東北から北陸地方までも積み出しまして、近世まで阿波を代表する商港として隆盛をきわめておったことは、ただいまお話しのとおりでございます。 しかしながら、この港は、水域が狭い上に、港口部に当たります小鳴門海峡は岩礁が非常に多うございまして、潮流が速いことなど、地形、自然的制約条件がございますために、船舶の大型化に対応できないで、撫養川沿いの港湾ゾーンにつきましては遊休化が進んでおるというのが現状でございます。 したがいまして現在、撫養港で取り扱われております骨材等につきましては、ただいまお話がございましたように、隣接する粟津港の港湾施設の整備に合わせてシフトさせますとともに、撫養川沿いの港湾ゾーンにつきましては、現在、倉庫などが建ち並んでおりますが、機能転換を図り、修景緑地として再開発を行うことにいたしておりまして、この具体的な整備内容につきましては、今後十分煮詰めていくことにいたしております。 一方、運輸省では、瀬戸内海において広域的な海の路ネットワークを形成をいたしまして、個性豊かな地域づくりを図るために、平成六年度、来年度の新規施策として、瀬戸内・海の路ネットワークづくり事業を計画をいたしております。 この事業は、瀬戸内海におきます歴史的な港町を復元いたしまして、あわせて、これらを結ぶ海の路ネットワークの整備を行うということによって、海洋文化の薫り高い地域づくりに寄与していこうとするものでございます。 現在は、運輸省でこの事業計画、あるいは内容等について検討が進められておるところでございますので、撫養港においてこの事業がなじむものかどうなのか、運輸省とも今後十分協議しながら検討いたしてまいらなければならぬというふうに考えております。   (三好企画調整部長登壇) ◎企画調整部長(三好勝則君) 鳴門ウチノ海地区を中心とした全体構想についての考え方と、センターリゾートパークの記念事業における役割についての御質問にお答えいたします。 鳴門公園地域は、本県が全国に誇れる観光地として、またリゾート地として極めて大きなポテンシャルを有しており、明石海峡大橋の完成に伴って名実ともに徳島の玄関口となると同時に、四国の玄関口ともなるものであると認識しているところであります。 このため、鳴門ウチノ海地区は、現在国に対して承認申請中であります本県のリゾート構想の重点整備地区として位置づけているのを初め、三〇〇〇日の徳島戦略の中でも鳴門ウチノ海センターリゾートパークなどのプロジェクトを推進しているところであります。 御提言のございました鳴門ウチノ海地区を中心とした全体の整備構想についてでありますが、平成二年度に、庁内関係部局で構成いたします鳴門公園検討会を設置し、いろいろな角度から検討を行う一方、昨年度には、ウチノ海を中心とした鳴門公園地域全体のあるべき姿を探るため、鳴門公園地域整備基本方針を調査いたしたところでございます。 その中で、各地域の特性を生かし、鳴門公園をうず潮観光ゾーン、亀浦地区・阿波井地区をスカイラインゾーン、日出湾地区・堂浦地区をハーバービューリゾートゾーン、高島地区をセンターゾーンとしてゾーニングするなどの基本方針が提案されたところであります。 今後はこの基本方針をベースとして、県といたしまして鳴門公園を本県の代表的観光地、リゾート地としてふさわしい拠点地域となるよう、この地域の中核的な施設として鳴門ウチノ海センターリゾートパークの整備を推進していきますとともに、民間リゾートプロジェクトの誘致に努めるなど、全体として整合性をとりながら、この地域の整備に関連部局ともども努力してまいりたいと考えている次第でございます。 次に、鳴門ウチノ海センターリゾートパークについてでありますが、この事業は、前段申し上げました鳴門公園地域全体の基本方向の中においても、地域全体の振興の先導的役割を果たすものとされており、既に平成元年度から調査が進められているところであります。 近畿圏からのゲートウエーのまさに中心と言える地に位置する鳴門ウチノ海センターリゾートパークは、海と気軽に接し、海とのかかわりを学び、体験し、味わい、楽しむことができる都市公園を整備するものであり、先般とりまとめました神戸─鳴門ルート全通記念事業の中においても交流の拠点づくり、新たな魅力づくりなどの基本方針に合致するとの観点から、記念事業としてハード事業に位置づけたところであります。 また、ソフト面でも、関係部局、関係機関等と記念事業のイベント計画の具体化について検討を進める中で、当地の活用についてもあわせて検討することといたしております。 今後は、記念公園にふさわしい魅力的な施設として整備を進め、ウチノ海を中心とする鳴門公園地域全体の発展の核となるよう努めてまいりたいと考えております。   〔近藤議員退席、出席議員計三十八名となる〕   (亀井議員登壇) ◆十六番(亀井俊明君) 知事よりは、撫養港の整備については運輸省とも十分協議をしながら検討くださるとのことでありますから、その事業化について大いに御期待を申し上げます。 三好企画調整部長よりは、ウチノ海地区を中心とした全体構想について、平成二年度より庁内関係部局で構成される鳴門公園検討会が設置され、最近、鳴門公園地域整備の基本方針が提案されたところとのことでありますが、ソフト面でのこの構想における全通記念事業の役割については、今後なお検討されるとのことであります。しかし、本県においては、あと四年後には神戸─鳴門ルートが全通し、本土と直結をいたします。 今回、私が提案したかったのは、まさにそのソフト面での対応についてであります。ウチノ海地区の整備や全通記念公園の建設については、時間的な余裕はほとんどありません。私は、本県発展のために、神戸─鳴門ルート全通記念事業計画などを含め、地域に根ざした発想でタイムリーに具体的提言のできるシンクタンクの設立を提言するものであります。 本県では既に、阿波銀行によって財団法人徳島経済研究所が設立され、産業経済の振興と地域の発展のため活発な研究活動がなされておりますし、徳島文理大学の添田学長が主幹されています民間の研究機関、阿波システム総合研究所では、県及び徳島市、大学、銀行、マスコミ、産業界を構成メンバーとし、経済同友会とも連携をとりながら、新しい時代に対応するための各種の研究が行われ、その成果が社会に発表されております。しかし、地域に根差した発想で県に対して具体的な政策について提言のできるシンクタンクまでには、まだ育っていないのが現況であります。 私は、数年前より、本県におけるシンクタンクの必要性を痛感し、機会を見ては財団法人埼玉総合研究機構や、財団法人横浜・神奈川総合情報センター及び財団法人神戸都市問題研究所などを訪問し、その運営実態を調査してまいりました。 私は、本県においては、行政主導ではなく、広く民間の頭脳を活用している財団法人埼玉総合研究機構型のシンクタンクが適切だと思われます。埼玉総合研究機構では、県、市町村、商工会議所、企業等の出資により、第三セクター方式で設立されており、運営は、県、市、民間企業よりの人材でなされていました。また、県のシンクタンクとしてのみならず、市町村の特色ある振興計画が県の全体的構想と整合性を持って策定できるようになったとのことで、市町村よりも好評であり、人材の養成の場としても広く機能しているとのことでありました。 私は、第三セクター方式による本県独自の具体的提言のできるシンクタンクが必要だと思いますが、企画調整部長に再度御所見をお伺いをいたします。 御答弁をいただき、質問を続けます。   〔大田・日下両議員退席、出席議員計三十六名となる〕   (三好企画調整部長登壇) ◎企画調整部長(三好勝則君) 地域に根差した発想で県の政策形成に対して具体的提言のできる第三セクター方式のシンクタンクを設立する必要があると思うがどうか、という御質問にお答えいたします。 地方の時代と言われる中にあって、県や市町村では、これまでのように国の政策の先導によって画一的に対応していくのではなく、御提言のように、自治体が地域の将来課題を的確に見通し、みずからの手によって政策化することが、個性と魅力ある地域づくりに欠かすことができないばかりでなく、本当の意味での地方の時代を築いていく礎となるのではないかと考えております。 さらに、各種のデータベースを各市町村がそれぞれに共通して利用することを初め、調査研究の過程において得られた情報やノーハウを県内に蓄積しておくということも、政策立案を円滑に進める上で極めて大切でなかろうかと考えております。 こうしたことから、御提案のようなシンクタンクを設立することは、県や市町村の長期的な政策形成に資するとともに、職員の政策立案能力を高めていくためにも有効な手段の一つであると考えられますが、シンクタンクが効果的に機能し、所期の目的を達成するためには、研究員の育成、研修、情報収集の方法など、重要な課題が考えられ、現状で直ちにこれらを解決するのは難しい面があるのではないかと考えております。 一方、国土庁が昨年度実施いたしました四国活性化ビジョンの中でも、四国総合シンクタンクの設置の提案がなされているところでもあり、御提案の趣旨を踏まえ、県といたしましても四国の他の三県や地元関係先とも十分協議しながら研究、検討を進めてまいりたいと考えております。   〔日下議員出席、平岡・中谷両議員退席、出席議員計三十五名となる〕   (亀井議員登壇) ◆十六番(亀井俊明君) 企画調整部長よりは、シンクタンクの設立について、四国の他の三県や地元関係先とも十分協議しながら研究、検討を進めたいとのことでありますが、本県発展のため、本県独自のシンクタンクの早期の設立を重ねて要望をいたしておきます。 次に、沿岸漁業振興、中でも小型底びき網漁業の振興についてお伺いをいたします。 昭和五十八年十二月、徳島県沿岸漁業等振興対策懇談会により沿岸漁業振興対策に関する中間報告がなされ、その中で、小型機船底びき網漁業などひき網漁業における現在の漁獲量は、資源量に比べ過大であり、資源の動向に即応してその削減を検討し、そのための調査、調整の必要なことが指摘されました。 当時、徳島、小松島、阿南など、紀伊水道海域における小型機船底びき網漁業などひき網漁業においては、既に漁獲量削減の必要性について業界の合意がなされており、その方法について意見の集約が図られている時期でありました。 中部底曳網協会がこれらの意見集約を行い、昭和五十七年より、減船基金として一隻当たり一年一万円の負担金を拠出し、将来の減船に向かっての自助努力がなされていたわけであります。 県としても、漁業者の自助努力や中間報告を踏まえ、昭和六十一年と昭和六十二年の二カ年にわたり、財団法人徳島県水産振興公害対策基金に対して総額一億円を拠出し、積み増した基金の果実で、中部底曳網協会に対し、減船による補償の二分の一補助を行うこととなりました。この結果、平成三年度八隻、平成四年度七隻の減船が実現をいたしております。 一方、鳴門市を中心とした播磨灘海域における小型機船底びき網漁業については、当時まだ業界の意向が定まっておらず、隣接県との動向も踏まえながら業界の意思統一が図られるべきだとの指摘がなされておりました。 昭和六十年に入り、ますます減少する漁業資源の中にあって、播磨灘では、百十七隻もの漁船が他県に比べ狭い漁場の中でひしめき合って操業し、年々厳しい状況に追い込まれていきました。 こうした状況の中で、平成の時代を迎え、播磨灘における小型機船底びき網業者間にあって、その円滑な操業と堅実な発展を図るための合意がなされ、昨年九月一日、徳島県北部底曳網協会の設立がなされたわけであります。 さらに本年五月、将来の減船に対応するため、徳島県北部底曳網協会基金が設置され、底びき網漁船一隻につき年一万円の負担金の拠出がなされることとなりました。 一方、北部底曳網協会では、その事業を円滑に実施するため、まず会員の漁業経営の実態を把握する必要性から、アンケート調査による実態調査がなされました。それによりますと、漁業専業者は八六%にも達しますが、そのうちの八五%は四十五歳以上で、後継者不足に悩み、所有する船の船齢も九四%が十年以上となり、船舶自体の老朽化も進んでおります。 一方、十隻以上の漁船が出漁した年間出漁日数は、三年間の平均で百十三日しかなく、一年のうちでわずか三〇%でしかありません。したがって、小型底びき網のみの実収入では、八五%が三百万以下であります。最近三年間で漁業経営が困難になった人は五一%に達し、その主たる原因は水揚げ高の減少であります。 底びき網漁業の将来について、七〇%の人が悪くなると答えており、生き残り策として、せき板及びまんが漁期の延期と、栽培漁業の振興及び減船を挙げております。 特に、現在禁止されている四月─五月期でのせき板及びまんが漁業の操業許可については、八二%の人々が切望をいたしております。 一方、資源の保護に対して、まず中間育成種苗放流、人工魚礁の造成及び遊漁船に対する禁漁区の設置などの施策が望まれております。 そこで、まず本県においては、年々減少する漁獲高と厳しさを増す経営環境の中にあって、沿岸漁業振興のため、特に小型底びき網漁業の振興のため、どのような施策をとろうとしているのか、お伺いをいたします。 続いて、北部底曳網協会において、漁業者自身による減船基金への負担金の拠出など、減船について積極的な自助努力がなされる場合、中部底曳網協会に対して行われたような支援、つまり、財団法人徳島県水産振興公害基金への積み増しがなされるなど、県として播磨灘海域においても減船事業の推進に取り組むべきだと思うが、農林水産部長の御所見をお伺いをいたします。 最後に、文化の森総合公園と、鳥居記念館についてであります。 まず、文化の森総合公園についてお伺いをいたします。 県民の大きな期待を担い、三百億円余の事業費を投じて建設された文化の森総合公園が、平成二年十一月開園し、以来二年八カ月が経過をいたしました。 文化の森総合公園は、開園当時の混雑から落ちつきを取り戻し、今日では県民の文化の発信地として定着したと言えましょう。平成三年度においては七十九万人の入園者があり、県民の九五%が文化の森を訪れたこととなります。 また、公園全体としては、平成四年度は、平成三年度に比べて入園者は一〇%減少していますが、博物館への入園者数は三〇%、近代美術館は四五%もの減少となり、特に近代美術館への入館者数の落ち込みが目立ちます。各館への入館者数においても、平成四年度の博物館入館者十一万六百二十七人、近代美術館入館者数四万七千二百五十四人と、近代美術館への入館者数は博物館のそれの四割強でしかありません。 一方、平成四年度までの作品の購入費は、博物館約五億四千万円、近代美術館約二十九億円で、近代美術館での美術品購入費は博物館のそれの五・四倍にも達しております。開館三年目を迎えようとする今日、特に美術館の運営について大きな曲がり角に来たのではないかと思うものであります。 平成四年度末において、近代美術館での所蔵点数は、新規購入点数、絵画二百六十七点、彫刻百四十八点、版画千五百四十点、写真資料千二百六十九点、計三千二百二十四点で、旧博物館よりの保管がえ及び寄贈品を加え、総数三千八百八十四点となっています。平成四年度の購入状況を見てみますと、点数の多い写真資料を含んでおりますが、購入点数は二百九十七点であります。 限られた予算の中で、開館当初は所蔵作品をふやすこともやむを得ませんが、作品も四千点近くになった今日、重点的な作品の購入を検討する時期ではないでしょうか。 全国では美術館の建設が進み、現在、全国美術館会議に加入している国公立、私立の美術館は二百七十六館に上り、国公立の美術館だけでも百三十五館になります。重点を絞った作品購入を行わないと、魅力ある美術館づくりは困難だと思われます。なお、この際、思い切って近代美術館開館五周年記念として、通常年では購入できない県民の宝となるような作品の購入も検討してはどうかと思うものであります。 美術作品の重点購入及び開館五周年記念としての作品購入について、教育長の御所見をお伺いをいたします。 次に、近代美術館所蔵品の広報の一つの方法についてであります。 近代美術館においては、毎年二億円に近い費用を費やして美術作品の購入がなされ、新収蔵品を中心とした所蔵作品展や各種の企画展が開催をされております。しかしながら、その情報をもっと広く県民の皆さんにお知らせすることができれば、もっと多くの方が近代美術館を訪れるようになるのではないでしょうか。 国鉄は、民営化に伴い、東京駅丸の内にステーション・ギャラリーを開設をいたしております。私も、気軽に立ち寄っておりますが、東京駅を利用するたくさんの方々が入館をしております。 私は、県庁にミニギャラリーの開設を提言するものであります。県庁に近代美術館の所蔵品の一部を常設展示する場所があれば、県庁を訪ねる県民の方々が気軽に美術品に触れることができると思うからであります。 幸い、県庁西玄関にあった旅券センターが徳島駅ビルの完成に伴い、本年五月、徳島クレメントプラザ六階へ移転をいたしました。私は、旅券センター跡に県庁ギャラリーを開設し、所蔵品の一部展示や文化の森の情報、さらには県下の文化情報、例えば、鳴門の恰美術館では、今、何を展示しているかなどを掲示してはどうかと思うものであります。 県庁ギャラリーの開設により、近代美術館が県民の皆さんのより身近なものとなり、ひいては文化の森総合公園の発展にもつながるものと確信をいたします。 県庁ギャラリーの開設について、教育長の御所見をお伺いをいたします。 最後に、鳥居記念博物館の整備についてお伺いをいたします。 本年は、徳島県が生んだ偉大な考古学者、元東京大学助教授鳥居龍蔵博士の没後四十年に当たります。博士の没後四十年ということで、今年三月十一日から五月十四日まで、大阪万博公園にある国立民俗学博物館では「鳥居龍蔵の見たアジア」と題した企画展が開催され、私は過日、大阪での企画展を見てまいりました。 本県においても、国体開催時、スポーツ芸術の一環として十月十二日から十一月二十一日まで、県立博物館において企画展が開催されることになっております。 去る五月五日、NHKにおいても「ETV特集─日本をつくった日本人 鳥居龍蔵」が放映されたことは記憶に新しいところであります。 博士は、明治の中ごろから昭和の初めにかけ、日本の人類学史上初めて調査の手段として最新鋭の写真機を使い、民俗、文化を客観的に記録したこと、そして、その研究は、考古学から人類学、民俗学のすべての分野を網羅する、極めて幅の広い総合的なものであったことなどから、日本の民俗学の基礎を築いた人物として今日、再び高く評価されているからであります。 つまり、昭和六十三年、長らく死蔵されていた東京大学の資料が、赤沢助教授らの手により「鳥居龍蔵博士撮影の日本周辺諸民族写真、乾板の再生、保存、照合」研究として取り上げられ、千八百五十九点の写真資料が整理されるとともに、それらの成果は「先史モンゴロイド集団の拡散と適応戦略」としてまとめられました。 続いて、平成四年度に入り、国立民俗学博物館において、写真と標本資料の分析を中心とした共同研究が行われました。 アジアを通して日本を見続けた博士の研究成果が、学問的に大きく再評価されてきたわけであります。 博士のコレクションは、韓国国立中央博物館、東京大学総合研究資料館、国立民俗学博物館と、本県の鳥居記念博物館に所蔵されておりますが、ここ数年の間に国内の未整理の資料が国の手によって整理され、再び学問的にも大きな評価が与えられたわけであります。 本県の所蔵する博士のコレクションは、昭和四十年に開館した鳥居記念博物館に展示されていますが、既に三十年近くの歳月が経過し、施設や展示方法が旧態化しています。現在の鳥居記念博物館は、資料数に比べ余りにも狭く多くの資料が展示されているため、博士の偉大さがじかに伝わってきません。その上、階段の勾配がきつく、身障者の方々は入館することができません。 私は、再評価されてきた鳥居博士の業績をさらに広くたたえるため、博物館の思い切った増築と、身障者の方々にも優しい建物へと改築し、展示方法も時代にマッチした方法に改善すべきだと考えます。 県立鳥居記念博物館の整備充実について、近藤教育長の御所見をお伺いをいたします。 御答弁をいただき、まとめに入ります。   〔平岡議員出席、出席議員計三十六名となる〕   (田中農林水産部長登壇) ◎農林水産部長(田中誠君) まず、沿岸漁業振興、特に小型底びき網漁業の振興についてお答え申し上げます。 本県の沿岸海域ではさまざまな漁業が活発に営まれておりますが、将来にわたって安定した漁業経営を維持していくためには、水産資源の動向、漁場利用の実態等を踏まえ、資源水準に合った合理的な漁業形態、すなわち、資源管理型漁業の実現を図る必要があると考えております。 このような考え方に立ちまして平成二年度には、つくり育てる水産業の振興を基本目標とする「徳島県水産業の基本計画」を樹立したところであります。 このような中で平成四年度には、資源水準に見合った合理的な管理方策として、休漁日の設定や減船等による漁獲強度の削減、小型魚の再放流、種苗放流事業の充実等の資源管理計画が関係漁業者の合意のもとに策定され、本年度から本格的に取り組んでいくこととされております。 県といたしましては、このような関係漁業者の取り組みを支援しつつ、本県の基幹漁業である小型底びき網漁業の振興のため、クルマエビ、ガザミ、マダイ、ヒラメ等の種苗放流事業や中間育成場の整備などの水産資源対策、魚礁漁場の造成や漁場環境保全事業などの生産性の高い漁場づくり、さらにワカメ養殖など、他種漁業との組み合わせによる経営の多角化などの推進に努めていきたいと考えているところでございます。 次に、減船事業の推進についてお答え申し上げます。 漁獲強度の削減方策としての減船整理につきましては、減船隻数の目標の設定、減船者に対する残存者のとも補償資金の拠出計画など、具体的な減船計画について業界全員の合意づくりに長期間を要する困難な事業でございますが、紀伊水道海域の小型底びき網漁業につきましては、昭和五十七年度に取り組みが始まり、平成三年度から事業の着手に至ったところであります。 播磨灘海域の小型底びき網漁業においては、隣接県との関係が密接であり、業界の意向も定まっておりませんでしたが、昨年、業界が自主的に徳島県北部小型底曳網協会を設立し、減船への取り組みの機運が盛り上がりつつあると伺っております。 このため、県としましては、減船対策への関係漁業者の自主的努力と熱意を踏まえて、当面、業界としての合意づくりに積極的に支援してまいる所存でございます。 また、具体的な支援方策につきましては、実行の可能性がある減船計画策定の熟度を見きわめながら、国の助成制度の導入も含めまして、今後検討してまいりたいと考えております。   〔大田・中谷両議員出席、出席議員計三十八名となる〕   (近藤教育長登壇) ◎教育長(近藤通弘君) 文化行政に関します三点のお尋ねに順次お答えをいたしていきます。 まず第一点が、数多く公立の美術館があるが、その中でも魅力ある美術館に本県の美術館をするために、美術作品の重点購入についての御提案並びに近代美術館の開館五周年記念事業として、普通の年度では購入できないような作品の購入を検討したらどうかという点の御質問にお答えをいたします。 近代美術館の作品収集につきましては、収集の基本方針に基づきまして昭和六十年から平成四年まで、三千二百点余の作品を購入いたしておりますが、購入点数の多くは、収集方針を受けて収集の重要な部門として位置づけております版画の作品を多く購入したことや、点数の多い資料等の購入によるものでございます。 近代美術館といたしましては、新設の美術館でありますので、現状では展示する作品の数が必ずしも十分ではないと考えており、ある程度の作品数については、今後計画的に購入していく必要があるのではないかと考えております。 しかしながら、今後の作品収集に当たりましては、御指摘の趣旨を十分踏まえまして、重点的な収集を行うなど、すぐれた作品の購入を図ってまいりまして、少しでも魅力ある美術館にいたしたいと考えておるところでございます。 また、開館五周年記念といたしましては、私どもといたしては一つの節目であり、また意義のある年であると考えております。このために、御提案の趣旨を含めまして、記念の年にふさわしい事業が何かやれないか、五周年に当たる平成七年度に向けて検討を進めてまいりたいと考えているところでございます。 第二点目が、近代美術館の広報の一つの方策として、県庁にミニギャラリーをつくったらどうかという御提案でございます。 近代美術館の広報につきましては、ポスター、パンフレットの配布、マスコミへの情報提供など、できる限りの機会をとらえて積極的に広報に努めているところでございます。 御質問の県庁ギャラリー構想についてでございますが、近代美術館をさらに広く県民の皆さんに知っていただく方策の一つとして、貴重な御提言であると受けとめておるところでございます。 しかしながら、県庁の一室を利用した展示室となりますと、美術品を管理する職員や防犯体制の問題、室内の温度や湿度など作品の保存上の問題、展示室の設備や維持管理にかかる経費の問題、県庁の一室を占有することについての関係部局との調整等々、さまざまな問題が考えられますので、ただいまJRのステーションギャラリーのお話や、他県の状況なども調査をいたしまして、関係部局と協議しながら今後研究をしてまいりたいと考えておるところでございます。 三点目が、最近再評価された鳥居龍蔵博士の記念館について、思い切った増築あるいは身障者の方が利用しやすい建物への改築あるいは展示方法も新たにしてはどうかという御質問でございますが、鳥居記念博物館は、本県の生んだ著名な人類学者、考古学者、民俗学者でございます鳥居龍蔵博士の業績を顕彰いたしまして開設をされた施設でございまして、年間七千五百人──平成四年度は一万人を超えておりますが、これは恰美術館の影響だと思いますが──の入館者を迎えて県民文化の向上に一定の役割を果たしてきたところでございます。 館内には、博士の研究成果を中心とした資料を展示しておりますが、施設の性格上、展示品も限定されており、昭和四十年度の開館以来、大きな展示変えもできない状況にございます。 しかし、ただいまの御質問の中にもございましたように、近年、東京大学に残されていた未整理の写真資料等が整理されるなど、博士の業績が改めて評価されてきているところでございます。 こうした最近の状況を踏まえ、新たな資料などの入手の可能性を検討するなど、博士の業績が広く御理解いただけるような展示の方法を工夫してまいりたいと考えているところでございます。 また、館の思い切った増築と、身体障害者の方々にも優しい建物の改築についての御提言でございますが、御承知のとおり当館は、妙見山頂に位置するという立地条件上、増築するための敷地スペースの確保が非常に難しい状況にございます。さらに、建物も天守閣様式といった特殊な形のために、その外観を損なわない形での大規模な増改築は難しいものと考えております。 このため、現在の建物敷地の中で、障害者の方々にも利用していただける方策について検討してまいりたいと考えているところでございます。   (亀井議員登壇) ◆十六番(亀井俊明君) 田中農林水産部長並びに近藤教育長から、それぞれ御答弁をいただきました。 特に、県庁ギャラリーの設置につきましては、予算と庁舎の管理責任者である富田総務部長にも真剣に御検討くださいますよう要望をいたしておきます。 それでは、まとめに入ります。 県民の待望する東四国国体秋季大会開会式まで、あと百十五日となりました。私は、特色ある県民参加の国体として、再三にわたり開会式での「第九」合唱を提言し、県民の一人として「第九」合唱で国体に参加するため、式典音楽隊一般選考に応募し、オーディションの結果、採用決定をいただき、既に第一回目の合同練習も済ませたところであります。 五万人によるベートーベンの交響曲第九番「歓びの歌」の演奏の正式決定を受け、長年夢見続けてきた「第九」合唱の実現に今、大きな感動を覚えるものであります。 県民一人一人がそれぞれの立場で心からのもてなしを行い、第四十八回国民体育大会が大成功のうちに心に残る大会となりますよう、念願するものであります。 最後に、任期もあと三カ月となりましたが、県民のため、県勢発展のため、身命を賭して取り組まれてこられました三木知事に、深甚の敬意と感謝を申し上げます。あわせて、今後ますますの御活躍を御期待申し上げまして、私のすべての質問を終わります。 御清聴ありがとうございました。(拍手)   ──────────────────────── ○副議長(湊庄市君) 議事の都合により、休憩いたします。      午後三時三十分休憩   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━    午後三時五十一分開議      出席議員計三十九名          (その番号・氏名左のとおりである)     一  番     福  山     守 君     二  番     西  沢  貴  朗 君     三  番     吉  田  忠  志 君     四  番     樫  本     孝 君     五  番     来  代  正  文 君     六  番     猿  瀧     勝 君     七  番     竹  内  資  浩 君     八  番     北  島  勝  也 君     九  番     杉  本  直  樹 君     十  番     佐  藤  圭  甫 君     十一 番     長  尾  哲  見 君     十二 番     児  島     勝 君     十三 番     川 真 田  哲  哉 君     十四 番     宮  城     覺 君     十五 番     北  岡  秀  二 君     十六 番     亀  井  俊  明 君     十七 番     堺        廣 君     十八 番     遠  藤  一  美 君     十九 番     原     秀  樹 君     二十 番     大  田     正 君     二十一番     榊     武  夫 君     二十二番     板  東  敬  二 君     二十四番     平  岡  一  美 君     二十五番     四  宮     肇 君     二十七番     近  藤  政  雄 君     二十八番     湊     庄  市 君     二十九番     木  村     正 君     三十 番     元  木     宏 君     三十一番     俵     徹 太 郎 君     三十二番     七  条     明 君     三十三番     松  本     弘 君     三十四番     服  部  昭  子 君     三十五番     小  倉  祐  輔 君     三十六番     中  谷  浩  治 君     三十七番     大  西     仁 君     三十八番     原  田  弘  也 君     三十九番     阿  川  利  量 君     四十 番     谷  口     修 君     四十一番     木  内  信  恭 君   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 休憩前に引き続き、会議を開きます。 三十二番・七条明君。   〔日下議員出席、出席議員計四十名となる〕   (七条議員登壇) ◆三十二番(七条明君) 今六月議会は、三木知事にとられては任期最後の定例県議会であり、私の初当選が三木知事と同じ昭和五十六年十月でありましたから、初登庁以来、知事も私も十一年九カ月が経過したことになります。くしくも私も本日十五回目の質問をもって、三木知事より一足早く、政治的さらなる飛躍を求めて躍進したいと考えております。(拍手) 最後の登壇となります本日でありますが、最後の最後までその責務を果たしてまいりたいと思います。 先輩・同僚議員各位初め理事者、報道機関、議会事務局、関係皆様方の温かい御理解、御協力に感謝を申し上げ、質問に入らせていただきます。 本日一般質問四番手でありますので、さきの質問と多少重複する点があろうかもわかりませんが、立場を変えての質問でありますので、御容赦をお願いいたしておきます。 今こそ政治改革は断行せねばなりません。その意味でも今、国の政治は、政界再編のうねりが高まり始めましたわけであります。戦後政治の大きな節目であります。この激動する政治状況のもとで、本県も東四国国体の開催という節目の年とともに、三期十二年の三木県政から次期県政へと、いよいよ本格的な架橋新時代に向けての新しいかじ取り役を迎えての新県政への重大な転換期を迎える節目でもあります。 この六月議会は、三木知事にとられて任期最後の定例県議会でありますから、いろいろと三木知事にとられては感慨深いものがあろうと御推察を申し上げます。 この定例県議会の意義は、九月に行われる知事選挙前の三木県政の検証と総括と、そうして新県政へ引き継ぐべき課題とその対策を論じるべき議会であろうと思います。 私もその観点に立って、以下三点、三木知事にお伺いしたいと思います。 まず第一点、総合計画二〇〇一と三〇〇〇日戦略についてでありますが、今議会冒頭の三木知事所信表明の中でも、この二つの計画を、健康県徳島の創生、あるいは四国の玄関を目指すと表現されておられます。この総合計画二〇〇一、三〇〇〇日戦略の二つの計画について、三木知事が所信表明で、「二十一世紀に向けて本県が大きく飛躍発展するために県政の進むべき道しるべを示し、私に託された一時期の役割を果たした」と表現されておりますが、果たして何を道しるべとして示されたのか、何が一番表現したかったのか、本県発展の基本的方向、理念、目標とする姿とはどういうものか、お伺いしておきたいと思います。 また、次期県政へ引き継ぐ課題として、何に一番力点を置いて道しるべとしたのか、新県政に引き継ぐ課題として一番重要なものは何か、三木知事にお伺いいたします。本県発展の基礎づくりの飛躍への道しるべの意味でも、三木知事の本音をお聞かせいただければ幸いであります。 第二点につきましては、地方の時代と言われる観点に立って、地方分権問題についてお伺いをいたします。 この問題については、さきの二月議会で、阿川先輩議員と三木知事との議論が実にすばらしく、今も印象に残っております。そのときの三木知事は、阿川質問に答えて、ミツバチの世界でのことを例に挙げて、将来構想を語っておられました。三木知事は、将来的にはローカルガバメントとして地方自治体が力をつけ、自主的な判断で住民のための自治が行われるべきであるとの答弁でありました。 そしてさらに、阿川質問には、本県の個性をどう発揮し、自己主張を全国に向けて発信する事業をどう組み立てるべきかとの質問でありましたが、私もこのお二人の論議、実に同感の思いで聞かせていただきました。 要は、私が三木知事にお伺いしたいのは、地方分権に関して、将来、本県がローカルガバメントとなるために表現すべき本県の個性や独自性をどう考えるのか、徳島らしい発展の基本は何なのか、この点についても三木知事にお伺いをいたしておきます。 さらにもう一点、健康県徳島の創生という観点から、本県の個性や独自性を、健康という、この健康にこだわり、健康県のイメージで自己主張をしてはどうかと思うわけでありますが、この点についても三木知事の御所見をお伺いいたしておきます。 以上三点、まず三木知事にお伺いをして、御答弁により再問をいたします。   (三木知事登壇) ◎知事(三木申三君) お答えをいたします。 まず第一点は、総合計画二〇〇一と三〇〇〇日の徳島戦略、この二つの計画で示しております本県発展の基本的方向、理念、目標とする姿は一体何だと、それから、二つの計画の中で、新県政に引き継ぐ課題で一番重要なものはどれなんだというお尋ねでございます。 二十一世紀を目前にいたしまして、徳島は情報化、国際化などの時代の大きな流れの中に置かれておりますことはもちろんでございますが、それに加えて、明石海峡大橋の開通や関西国際空港の開港、さらには、将来構想でありますが、第二国土軸構想の実現、こういうものも図らなければなりませんが、こういった構想の推進など、本県を取り巻く国家的プロジェクトが次々と完成をし、あるいは実現をしていく、そういう過程の中で、徳島県が受ける影響はかつてない大きな影響を受けるわけでありまして、言いかえますと、いまだかつてない大きな変化をする可能性に満ちている、そういう徳島県だというふうに基本的に認識をいたしております。 私は、これらのプロジェクトが進展する時期を、徳島が二十一世紀に大きく飛躍するための試練の時だというふうにとらえまして、そしてまた、徳島の真価と言われるものが問われる時期でもあるというふうに受けとめておるわけであります。この徳島発展の可能性をもちろん大きく育てていかなければなりませんし、これらを現実のものとする方向を明確に示すことの必要性というものをかねてから感じておったわけでございます。 私は、県民の皆様方のお許しを得まして三たび県政を担当させていただくに際して、それまで全身全霊を傾けてまいりました重要懸案事項の推進に加えて、二十一世紀に向けての道しるべとなる二つの計画、すなわち、前段申し上げましたように、明石海峡大橋開通までに対応すべき四十八の事業の推進、これは三〇〇〇日の徳島戦略に掲げておる内容でございます。それといま一つは、福祉、教育、文化、こういった総合的な分野にわたります計画であります総合計画二〇〇一、この二つの計画を将来に向けて策定をいたしたところでございまして、この二つの計画は御承知のように平成三年四月からスタートをいたしておりまして、三〇〇〇日の戦略におきましては、平成六年度がちょうど中間年を迎えるという状況で、平成五年度にフォローアップ作業を進めようといたしておることは御承知のとおりでございます。 この二つの計画では、架橋新時代におきます四国の玄関づくり、これは基本的な一つの方向でございます。これは三〇〇〇日の徳島戦略のそのような基本と方向と理念でもってこの計画を進めようといたしております。 二十一世紀に向けましては、健康県徳島の創生、これは総合計画二〇〇一の目指すべき基本理念と方向でございますが、この健康県徳島の創生を、徳島の発展を望む県民共通の目標として掲げたわけでございます。 御承知のように、この総合計画二〇〇一におきましては、私がかねがね申し上げておりますように、この健康県というのは、県民一人一人の人たちの健康にとどまることなく、県土全体が健康体のように十分なバランスと機能を備えたような、そういう徳島、言いかえますと、広く産業や社会のすべてにわたる、あたかも人間の健康体みたいな姿の実現に向けて取り組むことにいたしておりまして、そしてまた、この総合計画二〇〇一の部分的な先取りと言えると思いますが、これが三〇〇〇日の徳島戦略でございます。 特に、三〇〇〇日の徳島戦略は、来年夏に関西国際空港の開港が予定されておりますが、この開港によって受ける徳島県への影響、これを十分に受けとめて、発展につなげていくということが一つ。いま一つは、平成十年の春開通予定となっております明石海峡大橋の開通、これを見据えて、特に交通体系の整備と産業基盤の整備、この二つを部分的先取りとして抜き出しまして、四十八の事業をこの時期までにやってしまおうという期限つきの計画になっておるわけでございますが、これらをやっていくことによって、本県発展のための受け皿づくりをしていこう、これに万全を期すことにいたしておるわけでございます。 これは、交流と競争の時代に際して、徳島が二十一世紀に向けた確たる地位を得るために何が必要かと、こういう観点から私自身も考えたわけでありますが、県民各界各層の有識者の皆様方の英知を結集してまとめ上げた、いわゆる県民を巻き込んだ一つの共同作品と言える内容だと私は考えております。 ところで、新県政に引き継ぐ課題はこの中のどれとどれかというお尋ねでございますが、先ほども申し上げましたとおり、これらの計画は県民ぐるみで英知を結集してまとめ上げた、いわゆる県民の知恵の結実と言える内容でありまして、この中の計画どれ一つをとりましても、この計画は要らないんだということは言えない内容に私はなっておるというふうに思っております。 したがいまして、この計画に盛り込まれた事業内容がトータルに実現することによって本県の発展というものが約束されますし、県民福祉の向上が図られるというふうに私は考えております。 したがいまして、これら二つの計画のすべてをひとつ引き継いで、県民の力を結集して、この実現のために次なる指導者に御努力をいただきたいというふうに考えております。 次は、ローカルガバメントに対する御質問でございますが、御提言の中にございます地方の時代及び地方分権につきましては、先ほどもお話がありましたように、去る二月議会におきまして阿川議員の御質問にお答えを申し上げたところでございますが、要するに、地方は地方なりに汗をかきながらそれぞれが知恵を絞って、今や各地方がそれぞれに力をつけてきておる、これを地方の時代と一般的に言われておるわけでございますが、しかし、本当の意味での地方の時代を築き上げるためには、財源と権限というもの、今の中央に集権された権限というものは、住民に密接に関係ある行政事務については思い切って地方に移譲する、しかも権限の移譲だけではなくて、地方の財政の厳しさを勘案して、財源も含めてこれを地方にゆだねるという思い切った地方への権限移譲、いわゆる地方分権を進めることが必要であるというふうに、そういう意味合いで私は二月議会、阿川議員の質問にお答えしたところでございます。 このような地方の時代を進めてまいります中で、今後はそれぞれの地方が個性を求め、独自性を発揮するなど、今以上に競い合うようになってくるのが時代の流れではないだろうかというふうに考えております。 こういうことを踏まえた上で、私としましては、いわゆる徳島らしさには、本県の地域の特性と、地域に根づいた創造という、二つの側面が大切であろうと考えております。 二十一世紀を間近に控えまして、私たちの周りでは、先ほど申し上げましたように、情報化や国際化の進展、価値観の多様化、あるいはボーダレス化、そういった時代潮流が渦巻いておりまして、とりわけ本県では、明石海峡大橋の開通や関西国際空港の開港といった直接的に本県に大きな影響を与えるような、そういう国家的プロジェクトが進展をいたしておりまして、こういうことを考えますと、地域社会あるいは県民生活にかつてない大きな変化がもたらされるのではないかというふうに思います。これらの変化をプラスの面で受け入れる努力というのがぜひとも本県では必要でございます。 そういう意味で、本県が置かれております相対的な位置が今後どのように変化してくるかを把握することも重要でございますが、それにも増して重要なのは、徳島県としての特徴というものを十分見出し、それを大切にしていくことが大事であろうというふうに考えております。そのことが本県の独創性や個性というものに結びつきまして、一層の徳島らしさの創造の基礎になるものというふうに考えております。 独自性の表現におきましては、よい面を十分に生かしていくということ、そして、この面を生かし伸ばしながら、新しい徳島の個性というものを育てていって、それを外に向かって強くアピールしていくということが、いわゆる徳島らしさをつくり出す最善の方策ではなかろうかというふうに考えておるわけであります。 次は、健康にこだわってイメージを自己主張されてはどうかというお話でございますが、この徳島県総合計画二〇〇一では、基本目標を健康県徳島の創生と、この理由は、先ほども申し上げましたように、全く健康な人間の体というのは、各部が非常にバランスがとれておるものですね。このバランスがとれているということが健康体の一つの基本なんです。左手がよく動いて右手が余り動かないんでは、これは全くの健康体とは言えない。あるいは、失われた機能を代償機能として再生、発揮できるだけの、そういう機能復活の能力というものも健康体というものは持っておるわけであります。 そのようなことをイメージしまして、徳島はバランスのとれた、そういう健康体みたいな徳島をひとつつくり上げていこう。これは県民の健康志向だけではありません。例えて言いますと、道路交通網は人間の体の循環機能に、あるいは知能の発達はやはり文化、そういったものに代表されます。また産業は、いわゆるエネルギーを蓄積する、いわゆる消化機能に代表される。こういったように、健康体の人間を県土全体に当てはめて、そしてしかもそれがバランスよく調和がとれておる、こういう徳島の姿というものを求めてこの総合計画二〇〇一をつくりました。 当初は健康指標、百余りのそれぞれのチェック指標を設定をいたしまして、これによって今後健康度がどうかということをひとつ判断していこう、こういうことにいたしておりますが、これは御承知のように平成三年からスタートをいたしまして、まだ日がたっておりませんので、全国各地と対比する指標に見合う数値がまだ十分寄っておりません。適当な時期にそういった数値を統計的に全部集めまして、徳島県の健康指標を適当な時期に評価をしていく、こういう方法もとりたいということで、健康につきましてのイメージは十分に自己主張をしていっている、こういうことでございます。 もちろん、健康の前提となりますいわゆる自然条件、これにつきましては、森林資源が豊富であり酸素が多いということ、それから日照時間が全国に比較して非常に長い、山間地が多いし緑が多い関係で保水力が豊かで良質の水が多く供給をされる、こういった事柄から健康を保つ上での基礎的条件というものは十分備わっておりますから、今後におきましても、この健康ということを人間の体の健康だけではなくて、バランスのとれた徳島県の県土全体の姿としてとらえながら、バランスよく徳島が二十一世紀に向けて力強く発展していく、そういうことを主張してまいりたいというふうに考えております。   (七条議員登壇) ◆三十二番(七条明君) 知事から懇切丁寧に御答弁を賜りました。さすがに知事らしく、お医者さんでもあるから、体のことを対象に、いろいろな意味で誠意のある御答弁を賜りました。 私、今感じておりましたけれども、総合計画二〇〇一や三〇〇〇日戦略で示されている本県発展の基本的方向、理念、目標とする姿、いろいろな意味で国家的プロジェクトに対するこれからの変化に備えた徳島県の姿として、特に二つの計画を遂行をしていく、いろいろな意味ですべてがトータル的に実現をされていかなきゃいかぬ。県民ぐるみでまとめられたすべてであるから、トータル的に実現するのであって、一番重要なものはと聞いてみましたところも、やはりすべてそうだというお答えでありました。 それから、地方分権については、ローカルガバメントの中での徳島らしさと、こういう表現も、地方は地方なりに汗をかく、財源と権限を地方にゆだねる、こういう表現でありましたし、今以上に競争の時代だと、まさに私もこのとおりであろうと思いますし、徳島の特徴が一つの個性や独自性、徳島らしさとして強く強くアピールされることを私も望んでおきたいと思うわけであります。 そしてさらに、健康県という意味での健康のイメージについては、今後も一生懸命それについて努力をしていくよ、バランスのとれた健康体として、大きい意味での健康ということでやっていきたいと、こういうようなことであります。 非常によくわかる御答弁でありましたけれども、ただバランスがとれ過ぎますと個性につながるかどうか、バランスがとれてしまえばすべてトータル的に、総合的に個性として表現がしにくい状況になるのではないかというふうにも感じておるところであります。 三木知事に残された任期はあと三カ月であります。その残された任期も全身全霊を傾注をして県政執行に取り組む覚悟であるということが、この間の所信表明に書いておられました。頭の下がる思いがするわけでありますけれども、本県発展の近道は、徳島の持つ優位性や個性を最大限に生かすことであり、地方分権による国と地方の財源配分の見直しと相まって、本県の個性や独自性がこれから問われる時代であります。本県の個性や独自性を見直し検討する本県の個性にこだわりを持って地方自治体が力をつけ、自主的な判断で住民のための地方自治が行われるべきであり、その時代がやって来ておることはもう間違いがありません。三木知事がおっしゃられるとおりであろうと思います。その先取りこそが本県に求められております。 今、三〇〇〇日戦略は、徳島の玄関を目指す意味での他県にない行動計画かもしれません。しかしながら、本県の個性や独自性とは違います。総合計画二〇〇一も、どこに個性を求め、独自性の表現がなされているのかよくわかりません。健康県徳島という健康イメージや、健康にこだわりを持った地方自治体としての自主的な判断で住民のために事業が施行される、その先取りが今必要であります。 健康立県徳島としてこだわりを求める、そのためには予算の重点配分とも関係があります。本県発展の基本でなければならない地方分権の先取りをした計画ができるものかと思うわけであります。 国と地方の財源配分の見直しを求める意味でも、本県の個性や独自性を創造するために、本県のイメージアップ作戦の中でどう対応しているのか、また今後どうしようとするのか、次期県政へどういう形でそのことを引き継いでいかれるのか、もう一度、部長さんにもお伺いしておきます。 ちょうどここに、平成四年三月にまとめられた徳島県のイメージアップ作戦の調査結果があります。これであります。(資料提示)この徳島県のイメージアップ戦略の調査結果を読んでおりますと、こんなことが書いてあります。「他県に比べてイメージが薄い。県外人は徳島の位置さえわかっていない人がいる。東京から非常に遠くに感じる。特に心理的には遠さがある。心理的に遠いということは、行く必然性や目的が徳島にはないからだと言える。他県との差別性や独自性がない。池田高校や阿波踊りなどは徳島であると認識はしているが、地理的にはどこにあるかはわからない。」こんな調査結果であります。 そして、さらに本県の今後のイメージづくりについても、この調査報告書ではこういうふうに書かれておりました。「イメージは他県と同じものではなく、個性の強いものにしたい。イメージアップはCIが必要で、他県と違った個性、独自性を打ち出す必要がある。徳島のイメージの中心となるのは、海と太陽と自然であり、特化すべきである。そしてまた、二十一世紀のキーワードである「心のゆとり」を組み入れるべきだ。そしてまた、鳴門の渦潮、阿波踊り、四国八十八カ所等、今までの徳島を代表するイメージをリフレッシュさせて、それらをCIの中心に置かなければ徳島のイメージが変わってしまう。」そんな表現が本県のイメージアップ戦略調査結果でありました。 とにもかくにも、他県と違う個性と独自性を打ち出すことが本県の発展の一番近道であり、今、この調査でも明らかなように求められております。 今後、地方分権の論議が国でも活発になろうと思います。国と地方の財源配分の見直し論も並行して論議が進むものと思います。 要は、そのときまでに本県が何を準備をしておくのか。本県の持つ優位性を生かす時代であり、本県のこだわり方の位置づけが必要であります。先ほど三木知事は、地方競争の時代と表現をされておりましたけれども、いい意味での地方個性表現の時代ではないかと思います。 今後、本県が次期県政へ引き継ぐ課題として、本県の優位性を生かした個性や独自性を高める施策を、県政運営の基本指針である総合計画に位置づけるべきであろうと思いますが、この点についてもお伺いをしておきたいと思います。   (三木知事登壇) ◎知事(三木申三君) お答えをいたします。 地方の個性や独自性、特に本県のそういったものを高める施策を、この総合計画二〇〇一に位置づけるべきであるということについてお答えをいたします。 先ほどもお答え申し上げましたように、総合計画二〇〇一、これは県の行政全般にわたる総合的な計画内容に実はなっております。三〇〇〇日の徳島戦略は、明石がかかるまでに、あそこに橋がかかりますと必ずここへ人が入ってくる、今の道路事情ではどうにもならない、これは急いで道路をやらなきゃならぬということで、道路予算を重点的に実は配分を行っていることは御承知のとおりですね。 それからこの機会に産業基盤、これは観光も含めた、高次産業まで含めたそういう基盤というものをしっかりと整えておかなければ、これはやはりマイナス面だけが出てくるというようなことで、これは、明石がかかるまでにそれだけの準備をしなければならぬという次元の、しかも総合的な計画の中の先取り計画という、こういう位置づけでございます。 したがいまして、総合計画二〇〇一というのは、これは教育、文化、医療、あるいは環境、こういったものを全部網羅した計画内容に実はなっておるわけで、ただいまお述べになりましたように、本県の十分個性を発揮できるような自然環境というのは十分に守っていかなければなりませんから、既にこの二〇〇一の中では、そういったものの環境については十分守るだけの体制というものをお示ししてございます。 したがいまして、そういった本県の優位性を生かした個性、独自性というものは、内容的には二〇〇一の中に、二十一世紀までの総合的な計画内容として実は盛り込んでございます。 そういうことを全体を考えますと、二〇〇一というのは、健康体と同じような徳島をつくっていこうということで、先ほどもバランスがとれ過ぎるというお話がありましたが、バランスはやっぱりとり過ぎるということは、私はないと思うんですね。バランスというのは、とり過ぎがないからバランスがいいということでありますから、ですから、バランスよく徳島県全体が発展していく、こういう姿を私は二〇〇一で目指していきたい。既にそういった個性的な、あるいは独自性を高めるような、そういう内容は既にこの二〇〇一の中に盛り込んで、十分価値あるものは育てていこうということで計画内容を構築をいたしておるわけであります。   (三好企画調整部長登壇) ◎企画調整部長(三好勝則君) 本県の個性や独自性を創造するため、徳島県イメージアップ作戦の中でどのように対応しているのか、あるいは今後対応していくのかという御質問にお答え申し上げます。 イメージアップ作戦の目指すものは、まず第一に、徳島県に住む人たちが郷土に誇りと連帯感を持つことであり、次に、観光客の来訪、企業誘致、県産品の販路拡大など、県外の人に徳島への好感度を高めてもらうことであります。 したがいまして、イメージアップ作戦を推進するに当たりましては、まず一つは、いかにしてうまく本県の魅力を情報発信していくか、もう一つには、その情報発信するイメージにふさわしい徳島をどのように創造していくかという、二つの視点から事業を行っていくことが必要であると考えております。このため、マスメディアなどを利用して情報発信を行う事業を実施していくと同時に、イメージの実態づくり事業に取り組んでいるところでございます。 この実態づくり事業につきましては、本県の魅力ある資源を生かし、将来の可能性を開くという基本方向のもとに設定をいたしました三つのイメージ目標、すなわち自然が美しい徳島県、文化とスポーツが楽しい徳島県、未来への夢が膨らむ徳島県、この三つのイメージ目標に沿って推進プログラムに盛り込んだところでございます。 今後、このプログラムに盛り込みました各事業につきまして、具体化に向けての検討を行い、順次可能なものから事業化を図ってまいりたいと考えております。   (七条議員登壇) ◆三十二番(七条明君) 御答弁いただきまして、ありがとうございます。 三木知事が言われている本来の意味も、私が言おうとすることも同じようなことであろうと思います。三〇〇〇日戦略先取りの計画であります。確かに、徳島県にとって他県とは違う大きな戦略であろうと思いますし、総合計画二〇〇一全体としては、私は、バランスのとれたという三木知事さんの意味はよくわかりました。私が言おうとしたのは、ただただ総花的になってしまうとバランスがとれなくなる、あるいはバランスがとれ過ぎて個性でなくなるという意味で申し上げたわけであります。 ちょうど三好部長さんからもお話がありました。イメージアップ戦略、魅力の情報発信源にし、マスメディアから発信をしていく、この発想はよくわかります。自然や文化やスポーツや、あるいは未来が美しいという表現で、徳島を情報発信源にして他県に向けて一つの徳島の個性を表現しようとする、その気持ちは非常にいい発想だと私、思います。 しかしながら、情報を徳島から発送するだけで、じゃあ、その情報を聞いて来られた県外人の方々が徳島に入って、徳島県の方々に聞いて、「あなたのところは自然がいいですね」、「お水がおいしいですね」ともし表現をしたとしても、「うちのところは水がおいしいんですか、そんなものですかね」と、もし徳島県の方々があまり魅力を感じていないままに表現をすれば、「ああ、そんなものか」と言って、県外人は帰ってしまわれるわけでありますから、やはり徳島の中でも、その魅力はこういうものだ、よその県とは違う一つの個性があるんだと、いい意味があるんだということを、県内にも情報として発信をさせ、その情報をつくった意味での総合計画二〇〇一であっていただきたいなと、私は願ってやまないところであります。 しかしながら、もう二十分でありますけれども、私の気持ちとしてまとめに入りたいと思います。 昨年、平成四年四月から、小学校の一年生と二年生の課程で理科と社会科がなくなりました、生活科として変化しました。それまでは、算数、国語、理科、社会、音楽、体育、図工等々でありましたけれども、理科や社会科は三年生課程からでも間に合う、それよりも小学校の低学年から生活科として、人間として社会の後継者としての基本的な生活ルールや思いやりの心が優先されるべきだとの配慮であろうと思います。 テストで百点をとることも大切だが、それ以上に大切なのは、人としての生活ルールを守ることである、総合点でよい点をとる人が優秀で、そうでない人は優秀でないという教育ではよくないということになったようであります。全く同感でありますが、算数や国語はだめでも、体育だけは任せておけ、体育だけでは校内一だ、あるいは徳島県一だ、図工や音楽だけは私に任せてください、県下一になれますよ、日本一だと言われる子供がいてもいいはずであります。総合点で評価、判断をすることは、人間の個性がなくなってしまいます。 今までの教育は、大学の教授やお医者さんや弁護士さんなどをつくる教育であったように思えてなりません。大工さんや左官さんや農業後継者や地場産業で働く方々をつくり出す教育にはなっていなかったように思えてなりません。これからの教育も、最低限の人としての生活ルールを守ると同時に、個性の表現の時代であります。 そのことと同じように、現在、我が徳島県の財政力指数や民力指数など、総合点では全国四十八ある都道府県の中で四十番目から四十五番目程度であり、決して上位ではありません。しかしながら、体育だけは日本一だという子供がいてもいいように、本県の持つ優位性を大きく表現、自己主張するべきであろうと思います。 本県徳島県は、先ほど三木知事もおっしゃっておられたようでありますけれども、全国的にも生鮮食料品の安くてうまい、日照時間も長く、吉野川や那賀川や海部川など、水のきれいな自然の美しい本県であります。健康立県にふさわしい環境を十分に備えている、三木知事の言われたことと同感であります。 本県の個性の表現を健康イメージにこだわって、健康的な福祉行政にこだわりを持ち、その点に予算の重点配分をするぐらいの自己主張が必要な時代ではないでしょうか。地方個性表現の時代であります。本県発展の糸口がその個性の表現から始められると言っても過言でないと思います。個性や独自性を見直し、本県の行政のよい意味でのこだわりとして行動できれば、それが本県発展の一番近道ではないでしょうか。本県発展の道しるべに期待するものであります。 三木知事は、今議会冒頭の所信表明の中で、総合計画二〇〇一や三〇〇〇日戦略など、この二つの計画が着実に推進され、三木知事自身がまいた種がすくすく育ち、やがて郷土徳島の大地で大輪の花を咲かせていただきたいと心から願うと言われておりました。その三木知事の願いが実現できるように、大輪の花が咲くように、私も何かお手伝いができればと、お役に立てればと願う者の一人であります。あと残された三カ月の任期の中で、三木知事の個性の表現に大きな期待をいたす次第であります。 私は本日をもちまして、三木知事より一足早く最後の登壇といたしたいと思っておりますが、三木知事さん、どうかお元気で御活躍くださるようにお祈りを申し上げます。 今、生涯を通じて最後の県政壇上にいる私であります。三木県政の誕生と同時に私の県議生活も始まりました。それだけに三木知事とのこの壇上からの論争は、いろいろな思い出が数々残っております。初当選間もないころの私は、この壇上から三木知事に質問できるという、その喜びの一心で質問原稿を書きました。それだけに三木知事に対しては手厳しい質問ばかりになったかもしれません。私利私欲にとどまらず、本県発展のために今、今、そのときそのときどうあるべきか、ただただそのことばかりに忠実に原稿用紙を見直しながらの十五回の一般質問でありました。陳情型ではなく提言型の質問をしたいと思いながら、何日もかけずり回って勉強したこともありました。過去十五回の一般質問では、県産品愛用運動での三木知事の御答弁や、土木行政の明朗化問題やでこぼこ調整の論争では、議会が中断したこともありました。三木知事の政治姿勢や道路整備に対する責任論など、橘湾への新企業誘致約束に伴う責任追及など、随分とエスカレートした時代もありました。食品流通対策課の設置問題やCI戦略についても、再三しつこく、しつこく、三木知事に食い下がったこともありました。それら多くの思い出を思い起こせば、感慨ひとしおのものを禁じ得ません。 私の県議会における論争がどれだけ県民の方々に理解されたのか、その結果どれだけ県民の幸せにつながったのか、県議会議員として私、七条明が評価され得る足跡を残すことができたのかどうか、その歳月を振り返り思いますとき、汗顔の至りであります。 願わくは三木知事初め理事者の皆さん、厳しい経済状況の中にはありますが、本県発展のため、たゆまぬ努力と御精進を続けられ、さらなる新県政への道しるべとともに県勢発展のため、飛躍の先頭に立って御健闘あらんことを心から念じてやみません。 先輩・同僚議員の皆さん、報道機関初め議会事務局、関係者の皆さん、傍聴者の方々も長い間お世話になりました。 私は皆さん方からいただきました数々の御指導を胸に、政治的さらなる飛躍を求め、立場を変えた挑戦の船出をいたします。また異なる立場で必ずお会いできるよう渾身の努力を傾注してその覚悟でまいりたいと思います。 皆さん、本当に長い間お世話になりました。長年にわたり理事者初め諸先輩、諸先生の温かい温かい御厚情に対し心から感謝を申し上げ、私のすべての質問を終わらせていただきます。 ありがとうございました。(拍手)   ────────────────────────   〔七条議員退席、出席議員計三十九名となる〕 ○議長(元木宏君) この際、申し上げます。 七条明君から「議員の辞職願」が提出されております。 お諮りいたします。 この際、「七条明君の議員辞職の件」を日程に追加し、直ちに議題といたしたいと思います。 これに御異議ございませんか。   (「異議なし」と言う者あり) ○議長(元木宏君) 御異議なしと認めます。 よって、さよう決定いたしました。 「七条明君の議員辞職の件」を議題といたします。 お諮りいたします。 本件は、これを願い出のとおり許可することに御異議ございませんか。   (「異議なし」と言う者あり) ○議長(元木宏君) 御異議なしと認めます。 よって、本件は、これを願い出のとおり許可することに決定いたしました。   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 以上をもって、本日の日程は全部終了いたしました。   ──────────────────────── ○議長(元木宏君) 本日は、これをもって散会いたします。      午後四時四十一分散会   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━...