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◯委員長(人見 誠) ただいまから
大都市行財政制度に関する特別委員会を開会いたします。
本日は,大都市制度に関し参考人から意見を聴取するとともに,大都市制度をめぐる動向等について当局からの報告を聴取するため,お集まりいただいた次第であります。
なお,しらくに理事より,体調不良のため本日の委員会を欠席する旨の連絡が入っておりますので,御報告申し上げます。
2 ◯委員長(人見 誠) それでは,これより参考人としてお越しいただきました
砂原庸介先生から御意見をお聞きいたしたいと存じます。
砂原先生におかれましては,意見陳述をお願いいたしましたところ,御多忙にもかかわりませずお引き受けいただきましてまことにありがとうございます。
砂原先生は,現在,
神戸大学大学院法学研究科の教授として御活躍されております。御専門は政治学・行政学で,神戸市
タワーマンションのあり方に関する研究会委員のほか,全国知事会,兵庫県などの審議会や研究会の委員を歴任されていらっしゃいます。また,著書「分裂と統合の日本政治」──こちらのほうまた,市会図書館にありますので,御関心あれば読んでいただきたいと思いますけども──日本政治・経済等をめぐるすぐれた論考に贈られる
朝日新聞社主催の
大佛次郎論壇賞を昨年受賞されておられます。
本日は,
地方分権改革と大都市問題というテーマで御意見をお聞きしたいと存じます。
それでは,早速御意見を賜りたいと存じますが,予定といたしましては,ただいまより約1時間程度御意見の陳述をいただいた後,各委員からの御質疑をお願いしたいと考えております。
それでは,砂原先生,よろしくお願いいたします。
3 ◯参考人 ただいま御紹介いただきました,
神戸大学大学院法学研究科の砂原と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
では,あとは座って説明させていただきたいと思います。
本日ですが,
地方分権改革と大都市問題ということで,前半でこれまでの
地方分権改革について簡単に振り返った後で,そこの中で大都市問題というのがなぜ問題になるかということをお話ししていきたいと思います。その上で,現状が抱える大都市問題とその解決のあり方といったようなところ──もちろんそれは私見でございますが,そういったようなところについてお話しするということで,都合1時間ぐらいおつき合いいただければ幸いです。
初めに,全体の概観ですが,
地方分権改革,もちろん1980年代ごろも,当時は第2臨調──
臨時行政調査会の中で地方分権といったような議論はしばしばされてましたが,恐らく地方分権というものが本格的に議論のテーブルにのってきたのは1995年ぐらいということになります。
地方分権改革,
地方分権推進委員会ですね──
太平洋セメントの諸井会長が委員長で,西尾先生等が入ってらっしゃった審議会ですけども,そこで地方分権について集中的に議論されるところからスタートしております。で,何が決まったかというと,御案内のとおり,いわゆる
機関委任事務の廃止と,あとは,しばしば強調される成果としましては,国の自治体に対する関与というものを法定化するということですね。従来の法に基づかない行政指導ではなく,あるいは間接的な関与ではなく,それを──関与自体を法律に決めた枠組みの中で行うようにしたというのが大きな成果というふうにされております。もちろんその一環として
国地方係争処理委員会といったようなものもこの時期につくられております。
それの後を継ぐ形で行われていたのが平成の大合併ということでありまして,1999年,最初の合併は丹波篠山であったと記憶しておりますが,最近,御案内のとおり名前が変わったところですね。あそこはたしか1つ目の合併の市だったと思いますが,それ以来合併は非常に進んでおりまして,この間,基本的には2006年で一段落するわけですが,2010年までの間で市町村数が3,232から1,730まで非常に減っているわけですね。この後も少し合併ありますが。その間
政令指定都市が,この間で見ると7つ誕生と。この後熊本等もなっています。
それから,それと並行する形で小泉政権期の改革というのが2003年から2006年。当初は
地方分権改革推進会議というやつですね。当時の東芝の西室会長だったと思いますが,委員長を務められていて,ほかにもいろんな学識の方とかが入った会議ですね。これは実際余りうまくいかなかったんです。このあたりから地方財政の改革というのを始めていて,
地方分権改革推進会議の議論が実質的には財務省と総務省の対立で決裂した後,引き取ったのが
経済財政諮問会議で,
三位一体改革という──どう言うべきかわかりませんが,いろんな評価のある改革がなされたと。三位一体というのは,御案内のとおり,税源移譲と補助金・交付税の改革ということをやったものですね。連動する形で地方債改革も一応行われまして,長く,当分の間地方債は国の許可が必要だとされていたものが,一応許可ではなくなったといったようなことも起きているわけです。
その後,2007年以降は
地方分権改革推進委員会という審議会がスタートしまして,ここでの議論は地方に対する義務づけ・枠づけの見直しということで,第1次
地方分権改革で
機関委任事務が廃止されたとはいえ,残っていたいわゆる
法定自治事務の義務づけ・枠づけを解除していくといったようなことが議論されているわけです。これは今も続いておりますが。それから,
出先機関改革ということも議論されました。これは民主党政権でやや引き継いだところもありますが,実質的にはその後ほとんどストップしたというか,多分,最終的にこの議論にとどめを刺したのは
東日本大震災だと思いますが,
出先機関改革も議論になっていたと。このあたりですね。
この間の方向性が何かというと,いわゆる小泉純一郎さんのフレーズを使うならば,地方でできることは地方でということで,権限を拡充するというのが議論になってきたわけです。団体自治を強化するとか,義務づけ・枠づけの緩和といったような話はこの議論の上にのっているものですね。合併というのは権限を付与された自治体がその受け皿になることを目指すという議論だったわけです。平成の大合併で非常に多くの小規模町村が統廃合されたということもありますし,最近ではこういった──残されたというとあれですが,
小規模自治体を包含するような圏域といったようなものも提案されております。さらには,特に2000年以降の改革──小泉政権の改革なんかでは,各自治体が財源的にも自立するということが強調されていて,補助金の廃止とか地方税の拡充,地方債の自由化といったようなことが行われるという話なわけですね。
特にこの間大きな影響力を持ったのが恐らく小泉政権でありまして,第1次
地方分権改革においては,基本的には権限面の改革で,結果的には都道府県を相当強くするような改革というふうになったと思いますが,これをさらに切り込んで,財源面に踏み込むということをしたわけです。交付税総額の大幅削減と補助金のカット,補助金の裏見合いとして3兆円程度の税源移譲を行う。
ただ,これはあくまで
マクロベースの話であるわけですから,3兆円税源移譲しましょうといったときに,各自治体に──平等にというと,何が平等かという問題が出てくるわけですが,同じような額を配るというわけではなくて,それぞれの自治体が持っている税源に応じた額が移譲されるということになったわけですね。そうすると,補助金のほうはどちらかといえば財政力の弱い自治体に手厚く配られるのに対して,税源移譲をすると財政力の強い自治体が得をするということになるわけですから,格差が開くという話になったわけです。特に東京23区なんかでは非常に増収して,お金の使い道がないというとあれですが,いろいろある──ないわけじゃないんですけども,いろいろある。
だから,私なんかはこの間進んでいる
乳幼児医療制度無料化等は非常に批判的な立場でありますが,実際に乳幼児医療の無料化が始まったのはこの時期でありまして,23区中心に,お金があるというときに,じゃあ子供を──子育て支援という名目で
相当程度乳幼児医療の無料化等をするわけです。そうすると,それ東京にやられると,周りの自治体もつき合わなきゃいけないというちょっと悲惨なレースになってしまって,それは今の現状でかなり自治体にダメージを与えているところもあるんではないかというふうに考えています。
こういった
三位一体改革なんかの鍵となるアイデアが受益と負担の一致という発想であったように思います。これは要するに地方自治体で得ることができるサービスですね,便益,ベネフィット──受益でありますが,これと税金等の負担を一致させなくてはいけないという主張だったわけです。地方交付税は自前の財源ではないということで,地方自治体の財政規律を弱める原因になっているという批判が強かったわけですね。もちろん交付税のほうは国が保障する一定水準の
サービス確保のために使われるというのが建前なわけですから反対する人もたくさんいるわけですが,改革という言説の中では,交付税というのはそういった規律を弱める機能を持つんだということが強調されたところがあります。
その間,そういった発想からどういうことが言われるかというと,不交付団体はいい団体なんだという発想ですね。不交付団体は健全な団体なので,不交付団体をつくりましょうと。ただ,そうなると,当然ですが,皆様方は当然御承知かと思いますが,交付税自体を下げてしまえば不交付団体はふえるわけですから,不交付団体をつくること自体はそんなに難しい話ではなくて,交付税総額を下げる,まさにそれをやったわけです。結果として不交付団体をふやすということをしたわけです。
結果,どういったことが起きたかという話になるわけですが,この間,恐らく起きた特徴的なことの1つは,都市と地方というのの対立が顕在化した,あるいは強化されたというところではないかというふうに思うわけですね。財源のほうには限りがあるわけですから,
ゼロサムゲーム──両者を足した和は変わらないけど,取り分が変わるといったようなゲームが起きるわけです。都市のほうは特に不交付団体で何とか税源をふやして,その税源を自分たちの自前の財源として使いたいというようなことが強くなるわけです。交付団体の場合は,税をふやしてもしようがないところがあるわけですが──しようがないと言ったらあれですが,100税をふやしても25しかふえない──留保財源分しかふえないという発想になるわけですが,不交付団体になりさえすれば,100ふやすと100自分の財源として使えるんだと。実際100使えるかというと,問題があるとは思いますが,そういう発想で,不交付団体になった団体はそういった税源を涵養する
インセンティブが強い。そして,小泉政権の改革では,こういった都市の税源涵養を奨励する感覚というのが非常に強かったというふうに言えます。むしろこういう都市の税源涵養の
インセンティブを強化する改革を考えようという発想だったわけですね。
それに対して,地方のほうは都市の増収によってある種被害を受けるところがあって,
地方財政計画の中では歳入歳出の枠が決まっているわけですが,その中で,ちょっとこの後でまた詳しくお話ししますが,都市の収入──都市というか不交付団体の収入がふえると,マクロで見ると水準超経費がすごくふえることになって,結果として配られるほうの交付税額が下がってしまうという問題が起きるわけです。だから,都市が頑張って財源を育てるということをして,他方で国のほうが
地方財政計画でマクロの総額を変えないとなると,
ゼロサムゲームなので,都市がふやした分,地方が──損をするというとあれですけど,被害を受ける。どうしても不交付団体になれない団体は交付税の取り分が少なくなるということが起きてしまうわけです。特に2010年ぐらいまでは。
そうすると,都市なんかは,特に都市の不交付団体は,自分たちと同じように不交付団体になって財政規律を守れば
財源移転しなくていいんだから,そのほうがいいじゃないかと言いますし,地方のほうは,何かそういう財源涵養の
インセンティブを減らすようなことをしてでもやはり地方のほうにお金が回るべきだということを訴えるという話になるわけです。これが象徴的に出てくるのが,東京問題といいますか,まさに今,今回の税制改正等でも議論になっている話でありますが,端的には東京の問題なわけです。今申し上げたように,地方財政のほうの総額を変えない中で,都市の──不交付団体の税収がふえて,それで水準超経費が上がるとなると,それが,東京が使えるのはいいんですけど,地方に配分される額が減るということになってしまうわけですね。
そうすると,小泉政権以降の好景気というのは,基本的には東京を中心とした都市で税が上がる,税がたくさんふえる──東京一極集中みたいなものがしばしば問題視される文脈ではありますが,国全体の成長の果実というのが,地方で大きいというよりは,むしろ東京にかなり集中するというような状況が続いてますので,とにかく東京の水準超経費がふえてしまうということが起きるわけです。そうすると,その分地方は逆に苦しくなる。
それが問題だということで,先ほど地方のほうは毒まんじゅうとかいうふうに言って批判したりもしたわけですが,東京を中心とした都市部の法人事業税の一部を召し上げて,
地方法人特別税として国税化し,それを
地方法人特別譲与として各都道府県に配分するということをやっているわけですね。以前,最近の消費増税時にさらにこれ増額し,今回の税制改正の議論ではさらに倍というか,かなり大きな額を法人事業税から
地方法人特別譲与という形で配るということを考えているわけです。
結局これはだから,何がいい言い方かというのはなかなか難しいですけど,
三位一体改革の逆みたいなことをしているわけで,先ほど申し上げたように,地方税の税額をふやすとなると,当然,豊かな,税源をたくさん持っているところが潤って,そうでないところは余り何の意味もないと。補助金をふやすと,財政的に一番厳しいところが潤って,東京なんかは補助金を原資だけ負担させられて,自分たちにはメリットがないということを言うわけですね。恐らく法人事業税を一部国税化して
法人特別譲与として配るというのは,その真ん中みたいなところがあるわけです。大体補助金として配るほどに地方の個々の状況には配慮しないわけですが,1人当たり幾らという形で配るわけですから,割と──それはフェアと言っていいかわかりませんが,比較的フェアな配り方をします。さらにそれが法人税というふうになってしまうと,税源があるところとないところの差がはっきりするということになるわけです。その真ん中をとっているというのが現状なわけですね。それが格差への対応ということをしているわけで,東京から見たら,あるいは不交付団体から見たら,豊かな自治体から税収を吸収して貧しい自治体に配るというのは,ある種
三位一体改革の中でやってきたことの逆行になるんじゃないかということをしているわけです。
グラフで見るとわかりやすいんですが,これ,上が
地方財政計画の総額です。下の赤いラインが水準超経費の枠ですね。これはお手元のグラフとちょっとかぶってますが,先に出るものが出ちゃってますけど,要するにこれ,青のグラフが左側の目盛りで,赤のグラフが右側の目盛りになってますが,まず,
地方財政計画のほうですね,青の目盛り,マクロの総額を見ると,バブル期から’99年ぐらい──小渕政権で
相当公共事業をふやしてる時期までは
地方財政計画も大きくしているところがあるわけですが,小泉政権のときにそれをかなり絞っているのがわかります。ここですね。これが小渕政権まで上がってて,そこから絞ってるのがわかります。この時期ずっと,小泉政権から民主党政権の時期まで含めて,マクロの
地方財政計画の総額はほとんど変わってません。この後ちょっとふやしてると,これはこの後で少し御説明しますが,ちょっと財務省とか総務省のほうでも考えるところがあってふやしているとされています。
水準超経費,先ほどお話ししたように,不交付団体の標準的な
基準財政需要を超えた分の収入ですけども,それは彼ら自身の支出として利用することができる額。1兆単位ですけど,こっちが100兆,これ100兆で,ここが1兆ですが,小さいように見えますが,ここの部分が重要になってくる。2003年以降,東京一極集中が問題視された時期に何が起きたかというと,東京の水準超経費が相当ふえるわけですね。80兆の中の2兆ぐらいですから,これを多いと見るか少ないと見るかは見方はいろいろあるとは思いますけど,多いです,実際として。先ほど申し上げた
地方法人特別譲与をつくったのは結局この時期なわけですね。余りにも水準超経費が上がり過ぎていて,ここで
リーマンショックが起きるので,がくっと東京の経済も悪くはなるんですが,やはり水準超経費が高過ぎるというところで1回対応したのが前回の
地方法人特別譲与です。
1回戻るんですが,水準超経費──これ東京だけじゃないですが,全体ですが,しかし,やっぱりまた水準超経費が上がっているというのがわかるわけです。今,議論になっているというのは,まさにこの2兆ぐらいの水準になってくるとやばいという話が恐らく出てくる。それは東京が文句を言っても,ほかの自治体から見たら配られる財源に問題があるんだという感覚が多分このぐらいから出てくるんだろうと思います。
先ほど申し上げたように,こういうふうにふやしてるという話,2015年ぐらいから少しふやしているのは,財務省と総務省が少し手打ちをしてというか,
地方財政計画に色をつけるということをしているそうで,ちょっとそれが27年以降続いているのかよく──どれぐらい続いているのか私自身ちょっとよくわかってませんが,この2年ほどちょっとカナダにいたこともありまして。何をしたかというと,水準超経費でふえてしまう部分と,
あと社会保障の一般財源の増額ですね。要するに高齢化に伴う社会保障費の増に対して
地方財政計画をある程度拡張するということを総務省,財務省はやっています。なので,ここがちょっと上がっているわけですね。この時期は
相当程度公共事業でふやしたわけですけど,今回は社会保障の増と,あと水準超経費の増でふやすということをしているそうです。
東京から見たら,当然これは非常に望ましくない話なので,これは東京都財務局のツイッターの
公式キャラクターらしいです。メリーとハリーがおりまして,めり張りをつけろということを言ってるそうなんですが,こっちは羊のメリーで,もう1匹はヤマアラシのハリーなんですけど,要は税制改正の議論も大詰めになってきて,都民の税金が減らないようにしっかりと注目しないとということを言ってるわけです。これが東京の見方になるわけですね。ただ,東京以外の人から見たら,東京でふえている税額というのは本当に東京だけのものなのかという議論が当然あるわけで,まさにそれがこの次にお話ししていく大都市制度をどう考えるかという議論になっていくわけです。
大都市制度の論点というか,難しいところというのは,今まさに申し上げたところになるわけですが,東京等を中心とした大都市で税収がどんどんふえていく──それは好調な経済活動を背景にして税がふえていくわけでありますが,その税がふえていく──経済が好調であるというのは,日本の全国の富をふやしているというふうに考えるべきなのか,それとも東京という大都市で富がふえていると考えるべきなのかというのが非常に大きな論点となるわけです。
日本全国から見ると,東京を初めとした大都市というのはまさに金の卵を産む鶏みたいなところがありまして,人・物・金を集積するところです。そこで経済活動が活発になれば,それだけ国が潤うというところもあるわけですね。そうすると,ほかの地域から見れば,大都市からほかの地域に対して経済資源を移転する,要するに金の卵を産む鶏というのを生かさず殺さずつき合っていくというのが重要なふるまい方になるわけです。しかし,鶏のほうから見ると,余り搾り取られると殺されちゃうという。これはそういうふうに言っているわけですよね。鶏を搾るんですかと。そうすると鶏も金の卵を産めなくなると。そんなに搾り取られ過ぎて自分たちの再生産がきかなくなってしまうということを東京の側は主張するわけです。
そうすると,この金の卵を産む鶏というのは,集積の利益を再投資して人・物・金を集め続けるわけですけど,ほかの自治体と違う自治体として考えないといけないのか,そのほうがいいんだろうかというのが重要な論点として出てくる。これが大都市問題──大都市制度というのをほかの自治体とは異なる制度としてつくるべきなのかという論点になるわけです。金の鶏のアナロジーを使えば,鶏をどう育てるかというのを考えるのが大都市問題というふうに言いかえてもいいのかもしれません。
ただ,これは非常に難しいのは,マルチレベル・ガバナンスと書いてますけど,都市というのがどのぐらいの広さを考えるべきなのかというのは必ずしも合意点がない。余り広過ぎる都市だと
行政サービスというものがうまく供給されないという可能性があるわけですし,余り狭過ぎると大都市としてそれは呼べるものなんだろうかという論点も出てくる。大都市として経済活動するには小さ過ぎるという論点も出てくる。あるいは,きょう最後にお話ししますが,交通問題のような都市問題というのは恐らく1つの都市,1つの自治体だけで考えるわけにはいかないという問題もある。そうすると,1つの自治体という領域を超えて,自治を考える,都市を考えるというのはどうやったらいいのかというのが非常に重要な論点として出てくるわけです。
金の卵を産む鶏の,鶏から見た絵になるわけですが,これは大阪市が2009年──ちょっと古いんですが,2009年に出した図です。実はこういうのを毎年出してくれると研究者としては楽なんですが,恐らく大阪市は2009年以降この図出してないと思います。今回改めて調べてみたんですが,2010年以降は多分この図は出てないですね。橋下さんがやめろというふうに言ったのかどうかよくわかりませんが,多分知らないと思いますが,以前はこういう図があったんですが,最近は余りこういうのは報告されてません。
これ何やってるかというと,大阪市内で発生した税収というのがどういうタイプの税になってるかということが左側のグラフ。7割が国税として持っていかれてる。府税として持っていかれているのが14.3%で,大阪市税として使えるのは15%しかないんですというのがこの図の主張です。もちろんこの後税制改正等ありますので,やや今は違うと思いますが。それが,大阪市として使える分というのはどうなっているかというと,国税から還元されている分──大阪市,一応今は交付団体になっていると思いますが,地方交付税みたいなものも含めて,あとは国庫補助金ですね──国庫負担金・補助金,それから,大阪府から来るいわゆる県支出金を合わせても,実際に自分たちが稼いでいる──稼いでいると言うべきかよくわかりませんが,稼いでいる額の3割程度しか市内では還元されてませんというのが非常に強い問題意識になっているわけです。
神戸でも恐らくそういう問題意識はあると思いますし,今回調べてみると,最近だと福岡市が似たようなことを主張してまして,平成27年度決算では国,福岡県,福岡市合わせて税収は1.3兆円と。内訳は国税が8,320億円で約62%,県税が2,300億円で17%,市税が約21%になっているというのが,これは福岡市の推計だそうです。それに対する譲与税等の枠ですが,国と福岡県の交付金等を見ると,国から福岡県に行っているのが2,480億ですから,大体2割ですかね,税収の。福岡県からの枠は990億円だそうです。これは計算しないといけませんが,1割いかないぐらいですかね。もちろん福岡市の税収が21%ありますから,全部足すと4割ちょっと──5割いかないぐらいですかね。この大阪よりは福岡のほうが還元受けているような気がしますが,それぐらいだということですね。ですから,税収と,その還元というのは考えなきゃいけないというのは大阪だけの問題ではないということになっています。
こういった現状を踏まえて,先ほどは分権のほうから考えるということでお話を申し上げてきたわけですが,じゃあ都市のほうから考えてみると今まで何してたのかということを簡単に振り返ってまいりたいと思います。
従来の大都市モデル──これ従来といっても,戦前からのということになるわけですが,基本的に日本の大都市がどう発展してきたかというと,いわゆる6大都市──東京,大阪,横浜,名古屋,神戸,京都ですかね,6大都市があるわけですが,こういった大都市ではかなり早い段階から大都市に特有の都市問題というものが認識されてました。具体的には貧困問題であり,公害問題であり,また住宅密集問題。公害問題なんかは1970年代に非常に注目を受けますが,実際は1900年代からずっと問題になっている話であります。
こういった都市問題に対する基本的な解決方法としてとられてきたのは,都市の拡大だろうと。鉄道や道路を整備することによって交通を拡張して,その周辺部に新しい住宅地域を整備していくというのはどの大都市もやってきたところです。その過程で,周辺部に住宅地域を整備するのはいいわけですが,違う町村が住宅を整備するというと,なかなか意思決定がうまくいかないということで,市町村合併をしていく。つまり,言い方を変えると,郊外の成長を大都市が取り込んで,その成長の果実を再投資するというようなことをしているわけです。
その典型が1925年の大阪市の第2次大拡張というふうに言われているわけですね。関一市長のときに今の大阪市とほとんど同じ大きさぐらいまでいく。大大阪と言われる時期があったわけですが,相当合併で広げて,田んぼだった地域みたいなやつも住宅にしていくということをやっていたわけです。人を集めて,経済活動を活発にさせて,税金をふやし,それでさらに上がりを再投資していくということをしていたわけですね。一言で言えば自然増収を重視していた,自然増収を可能にするような成長ということをずっと考えていたわけです。
これですが,恐らくどこでも──今はこんな話は非現実的なところになるわけですが,このモデルを有効にする条件というのは恐らく,大都市の側が継続的に合併ができたということ,それから人口成長が続いていたということだと思いますが,合併のほうは,皆様も御案内のとおり,日本の大都市の合併というのは1960年までにほとんど打ちどめになります。神戸市も1958年で合併自体はとまります。これは神戸市だけではなくて,合併でできたような
政令指定都市,特に平成の大合併でできた
政令指定都市というのはやや例外,別の枠組みで考えるべき問題だと思いますが,いわゆる6大都市──先ほど申し上げた6大都市なんかが合併で広くなっていったのは昭和の大合併までですね。昭和の大合併で大きくなった
政令指定都市というのは恐らくないです。北九州市ができたというのはありますが,そのぐらい。
人口成長のほうも,人口流入,いわゆる社会増については,東京も含めて1970年ごろで1回打ちどめになります。その後一応一定の自然増はあるにしても,現在は少子化ということで,自然減になっている。こうなると,自然増収が期待できない環境になるわけですから,なかなか従来のような大都市モデルというのは現実味がないというのが現状になっているわけです。
神戸市で見ると,皆さんも御案内のとおりだと思いますが,こういったグラフ。1945年までの戦時中で1回人口減りますが,その後1回またふえていって,’70年代以降はそんなに人口はふえてないというのが現状となっているわけであります。
従来の大都市モデルというのがどうも限界に来ているという中で,今のじゃあ大都市がどういう問題を抱えてるのかというのを見ると,いろいろほかにもあるとは思いますが,今までお話ししている文脈で論点を整理するならば,今から申し上げる3つの点というのが重要だろうと。
1つは,共有資源問題というふうに呼んでますが,先ほど来申し上げているように,都市と,日本の場合は府県,それから国という3層の主体があるわけで,それが要は大都市の生み出す富みたいなものを──生み出す所得というものをとり合いしているわけです。これを共有資源問題というふうに呼んでます。税収の多くは国庫へ入ってて,その他の地方に再分配されるということになっている。都道府県,市町村ともに大都市の税収を使う。先ほど申し上げたように,国がかなりの部分をとって,それを地方自治体に交付税や補助金の形で配るということをしているわけですが,同じように府県が大都市の税収を一部とって,府県内で配るということも当然しています。典型的には消費税なんかがそうですけども,消費税の清算基準を考えると,大都市よりもどちらかというと周辺部のほうに有利というふうに言ってもいいでしょう。
そんな中で,右肩下がりというか,もはや自然増収が期待できなくなった大都市というのは,その共有資源というのは我々が生み出しているものなんだということを当然主張するわけですから,先ほどから申し上げているような形で紛争が表面化してくる。自然増収ができなくなっている原因というのは,人が減っているわけですね。フロンティアが消滅していっているわけです。人口流入がもうとまってしまって,東京以外は流出していると。東京のほうは,’95年ぐらいまでは余り流入してなかったと思いますが,その後東京だけが流入するようになっています。最近だと大阪市内も多少ふえていますが,誤差の範囲というふうに言ってもいいでしょう。
それに対して,大阪,名古屋,神戸もそうですし,福岡とかも,ウオーターフロント開発などをしていくわけですが,残念ながらそれほどうまくはいってない。そして,中心地域再整備というのも実際はおくれている。私は神戸市で
タワーマンションのほうの研究会も入ってますが,中心地域をどう再整備するかというのはなかなか,それほど確固として定まらない中で,やや宙ぶらりんになっているところがあると。宙ぶらりんになっているのは,実はまだましかもしれないというところがあって,補助金を使って中心地域を再整備しようというところは逆にひどい目に遭っているところは少なくないわけです。それは地方都市のほうが多いですけど,要するに誰かが責任を持って中心地域を再投資するというよりは,どこかから引っ張ってきたお金でやるとなると,明らかに採算のとれないビルに投資をしてしまっているというようなことがないわけじゃない。典型的なのは青森とかがよく言われる話でありますが,そういうこともやっているわけです。これは恐らくどこの大都市も抱えている問題。あとは,これは実際,大阪がそうですね。大阪は中心地域の再整備そんなに進んでいるとは言えませんし,今,うめきたとかやってますが,’90年代はウオーターフロントと一緒に,例えば高いビルをたくさんつくるとかいうのをやってたわけですけども,なかなか成功しているとは言いがたいところがある。
そんな中で,一応大阪都構想というのが1つ改革の機運みたいなところがあったわけです。あれはなかなかいろいろ,私自身も著書で分析しているところがありますが,割と幾つかのウサギを一遍に追っているところがありまして,一方で,大阪市を拡張するという感覚があるわけです。従来の市域拡大の延長線。府県の領域というものを変えない形で大都市を大きくするというと,大阪府まで大きくしようというのがある種のやりやすい話だったわけですね。大阪市と大阪府を合併してしまって,要は大阪市が大阪府全体なんだという話になるわけです。それに対して広域過ぎるというような批判をする人もいたわけですね。あるいは,特にこれは当初ですが,しばしば言われてたのは,都市を再開発する,デザインするための権限というものを大阪都に集中するみたいな話をしてたわけですね。国からも権限,財源の移譲を求めるんだということをやっていた。これだけ見ると,従来の大都市モデルを追いかけているようなところがあったわけです。
ただ,大阪都構想というのが比較的特徴的だったと私が考えているのは,こういうことを言っている一方で,特別区とか民間に分権していこうというのが非常に強い志向として,特に後のほうから出てきたところがあります。中核市並みに区を強くするんだというのはよく橋下さんおっしゃっていたことですし,あとは,これもいろいろ,必ずしも一貫したことを言っているとは思えませんでしたが,地下鉄や水道などの民間化を進めるということをしばしば言っていた。これは従来大都市がコントロールして,いわばお金を稼ぐ──水道なんかは典型的に従来の大都市ではお金を稼ぐ重要な手段の1つだったわけですが,こういうのを民間化していって,むしろ分権して効率化しようというようなことを言っていた。それを言いかえると,権限をむしろ大阪都に集中するよりは,そういう公企業体とか特別区に分散するというようなことが後から強調されるようになるわけです。独立した意思決定主体をつくって,それを調整すると。
ただ,私なんかがやや批判的だったのは,それは初めにお話ししている大都市モデルなんかから見ると,これって必ずしも合わないんじゃないということがちょっとやっぱり疑問で,大都市単位で何かするのはやや難しくなるんじゃないかということがあったわけです。ただ,これは恐らく大阪都構想で新たに追加されてきた大都市の議論と。その点で,こういった新しい部分,要するに大都市内での分権というのを考えるべきだということをかなり明示的に議論したのは大阪都構想の提案の重要な貢献だったと私は思います。
そこでしばしば言われていた現在の大都市制度ですが,これは時間もちょっと押してまいりましたので,やや簡単にスキップしますが,これは皆さん御案内のとおりだと思いますが,現在の大都市制度としては都制と
政令指定都市制度があるということですね。都制の場合は東京都だけで,基本的に市町村が行う仕事の一部を東京都が追加的に行っているということがあります。具体的には水道事業とか,あとは消防なんかが典型的にそうなります。それにあわせて市町村税の一部を東京都が持ってきているということです。一体性を確保する領域は広いわけですが,東京都が全部できるかというとそういうわけじゃなくて,特別区も一定の権限を持っているところがあります。
都市制度として見たら,要は都道府県制度として見ると,東京都はほかの道府県が持っているよりも多くの権限を持っていて,特別区に一定の影響力を持つ,あるいは特別区を一体的なものとして考えることができるというところがあるわけですが,都市制度として見るとそうでもなくて,東京都が都市として何ができるかというと,もちろん水道や消防みたいな事務もあるわけですが,多くの事務は特別区に既に移譲しているわけですから,都市として東京都を見ると,権限は比較的分散的というふうに言ってもいい。
それに対して,
政令指定都市制度ですが,これは現在20市あるわけですが,あくまでも道府県の中の都市としての性格がある。逆に道府県が持っている事務の一部を都市が持っているわけですから,都市としては普通の自治体よりもたくさんの事務を持っているわけですね。要するに東京都制と比べると,都市としては
政令指定都市のほうが圧倒的に権限が集中されているというふうに言っても過言ではない。
ただし,その領域というのは非常に限定的です。先ほど申し上げたように,1960年までに大体拡張はほとんど終わっているわけですから,そこから先は広がってない。大阪市なんかは非常に小さいというところがありますが,一体性を確保することができる領域はかなり限定されているわけです。
典型的にそれがあらわれるのが,次のページの都市計画なんかがそうですが,都市計画にどこがどうかかわるかという話を見ると,これは大阪府・市の特別区設置協議会で提出された資料が幾つか続きますが,これを見ると,東京都と
政令指定都市と一般市を比べると,一番左──恐らくお手元のグラフのほうがわかりやすいと思うんですが,政令市のほうはかなりの事務が政令市に集中しているのがおわかりになると思います。それに対して特別区であるとか一般市のほうは,特別区のほうを見ると,一部肝心なところを特別区が持っていたりするわけですし,一般市を見ると,都道府県がかなり強いということがわかります。要するに権限が非常に分散的になっている。政令市のほうは,都市計画区域のマスタープランなんかで道府県が入ってくるのを除くと──あとはもう1個あるかな。下水道ですかね。道府県が入る事務がありますが,それ以外は基本的に政令市が持っているわけです。そうすると,領域の狭さという問題はあるにせよ,基本的には政令市というのは相当事務権限が集中しているという性格があるわけです。
これは大阪都構想のときも非常に大きな問題となったわけで,じゃあどうしますという話なわけですね。例えばうめきた再開発しますといったときに,政令市だと,このグラフに書いてますように,大阪市のままのほうがむしろ大阪市がいろんな仕事できるんじゃないかという批判が来るわけです。東京都の特別区のパターンにしたら,要は特別区が決めるところと広域の大阪都が決めるところ──同じ都制を引いた場合ですけども,大阪都が決める話というのは入り組んでくるわけですね。これ右のほうの上側のグラフになりますが。都道府県と一般市のパターンで見ても,やっぱり広域自治体と基礎自治体が両方出てくるところがある。じゃあむしろ政令市の現在のほうが権限集中してるじゃないかというのが,これが議論になったわけです。
都市計画区域で見ても──これは済みません,お手元だといろいろ埋まっちゃってますけど,今の大阪府自体はこういうふうに4つの都市計画区域に分かれているわけですが,これを見ると,大阪市内はむしろ大阪市だけしか入ってこないので,ここだけ見たら非常に権限が集中しているわけです。1970年代の市域拡張なんかで言っていた話というのは,むしろこれを大阪市を拡大するという話で,恐らくそっちのほうが多分話としてはわかりやすいというか,周辺地域の合併ですね,これを抑えられてしまっているわけですが,ここら辺合併して大阪市に全部しちゃったほうが,むしろ権限は集中してるよねという話が一応あるわけです。
この辺の緑になっているところは,例の日本創成会議の話で,報告書で消滅可能性都市というふうに言われているわけですから,全部が全部大阪府域を都市にするというのは余り現実的でないように見えるところもあって,この辺を除いたところでむしろ大都市としてやっていくというのは,1つの話,1つの可能性としてはあったんじゃないかということですね。
名古屋なんかでもこういう形で,これはもうスキップしますが,名古屋についてもこういう形で都市計画区域は分かれてて,名古屋はそれなりに広いところがあるわけです。
少し具体の制度から離れて抽象的な話に戻しますが,こういった大都市,大阪都構想なんかの議論でも浮かんできた話というのは,近接性の要請と広域性の要請というのをどうやって両立させるかという話なわけです。大阪都構想で当初,大都市──大阪府を全部大阪都にするといったときに批判されているのは,とにかく住民から遠過ぎるという話なわけですね。住民自治が機能しないじゃないかと。しかもそんなに広い自治体になると,同質性を確保することも難しい。これに対して,例えば橋下さんの反論は,既に
政令指定都市で近接性はないという,それはそのとおりだなと思いましたが,そういうような反論もあるというか,要は近接性って,今の
政令指定都市でも十分に近接的ではないという話があるわけです。
他方で,
政令指定都市なんかは狭過ぎる。広域を考えるといっても,先ほど都市計画決定の領域見ていただきましたが,大阪市だけで全て決めて,そこの中は大阪市が決めれるからいいじゃないかといっても,実際,大阪市域を超えて大阪の経済圏域というのは広がっているわけですから,そこの部分に大阪は逆に何も言えないわけですね。大阪市──自分たちのところではいろいろできて,いろいろやっちゃうわけですけど,その外れたところで何もできない。とりわけ問題なのは交通とかそういった話になるわけで,自分たちの中をきれいにするのはやろうと思えばできるわけですけど,外と有機的に結びつけることは非常に難しいというのが現状の
政令指定都市の大きな問題になっているわけです。これは大阪市以外も抱えている問題だと思いますが。
とりわけその背景として,人々の日常的な移動というのが広域化している。従来だと日常的な移動というのは少ないわけですが,例えば私の友人なんかでも,宝塚から滋賀に通っている人がいるわけです。そうすると,そういった中で当然そういう日常的な移動がふえてれば,そういう人たちの移動を可能にする,便利にするというのは大都市に要請されていることになるわけですし,移動を便利にするほうが恐らく経済活動は活発になるわけです。
そうすると,生活圏が広がっている中で,生活圏全体を考えることができる自治体というか,ガバナンスの主体も恐らく必要になってくるだろう。そういう意味では,生活圏が大きくなるにつれて,ガバナンスの主体の広域性というのも重要になってくる。1つの自治体が両方これをやるというのはなかなか難しい。生活圏が大きくなっている中で両方を満たすことというのは非常に難しいというのが現状になっているわけです。
政令指定都市制度はこの観点から見ると2つの意味で限界を抱えてて,1つは広過ぎるということですね。近接性の観点から見ると,1つの市として見るには大き過ぎる。横浜なんかは340万人ですし,大阪も260万人。神戸でも100万人以上いるわけですね。120万とかいるわけです。これは1つの都市,自治体として,同質的な住民が集まっている都市として見るにはでか過ぎるだろうというのはさんざん言われていることです。
他方で,広域性の観点から言うと,広域行政の主体としてはちょっと狭過ぎるわけですね。しかも権限が重複する広域行政主体である道府県が存在すると,二重行政の問題なんかも生じやすいですし,実際,道府県が大都市を無視して仕事はできないわけですね。大都市を気にしちゃう道府県もあれば,むしろ大都市を無視しちゃう道府県もある。これは典型的に大阪だと思いますけども。
みんなが大都市の資源を活用したいわけですけども,結局,大都市の中を──より広い都市圏域から中心の大都市を考える主体というのはなかなかないわけですね。中心地域は中心地域だけのことを考えてて,より広域になると中心地域以外のところを考えてしまうという問題が出てきてしまう。
そんな中で,新しい大都市制度への要請というのが出てきているんだろうと思います。
政令指定都市を超えた広域を抱えるような主体,これは全国的な経済的なリーダーとして成長のエンジンになる──先ほどの私の表現で申し上げると,金の卵を産む鶏ということになるわけです。この金の卵を産む鶏は,本当にそうなのかというのは,いろいろここは議論があるし,検証する必要もあると思いますが,自分で好きなように産ませてくれたほうがいっぱい産めますねという話をしているわけですね。権限と財源を拡大することで,自律性を向上することによって自分たちで好きなことをする。自律的に動いたほうがいろんな経済成長に貢献することができるんだという主張をしている。これが恐らく現状の大都市制度の位置なんだと思います。
これが,ガバナンスの主体である政府から見たらいいんですけど,住民から見ると,ちょっとそれは広過ぎるんじゃないのと。近接性の観点から見ると,きめ細やかな住民サービス──それは一体何なのかというのは私にはわからないところもありますが,きめ細やかな住民サービスができないという批判は常につきまとうと。
こういった中で,じゃあ今後の大都市制度をどうやって考えていかなきゃいけないかということを最後にちょっと5分ほどお話しして,おしまいにしたいと思いますが,地方財政制度が,今少し申し上げてきたように,行き詰まっているところがあるわけですね。都市と地方の
ゼロサムゲームみたいになっているところがある。現行の制度を前提にすると,
三位一体改革のように財政的な地方分権を進めると,どうしても都市と地方の格差が大きくなってしまうという問題がある。ですから,先ほど来申し上げているように,
地方法人特別税とか
地方法人特別譲与でその揺り戻しみたいなことをしているわけです。
今はこうやってお話ししていますし,議員の皆様方は日常的にこういったお話を議論されているわけですから,全体像をつかまれているとは思うんですが,実際,普通の人から見ると,こういった全体像をつかむのは非常に難しくて,漸進的な改革をしているとはいっても,よくわからない不透明な改革をしているんだという批判にさらされているところも現状ではあると。
恐らくこの行き詰まりの背景としては,今まで申し上げてきたようなことを踏まえると,大都市と地方を同じ存在として扱っているというところにかなりの問題があって,権限の違いみたいなことは都市の──これを格と言うべきかはわかりませんが,都市の種類によって権限の違いというのはつくっているわけですけども,基本的にはどの都市も,権限の微妙な違いはあるにせよ,全国一律の
行政サービス確保のための補助金が出されて,その補助金を通じて国がいろんな制約をかけているというのがあるわけです。そうすると,恐らくこういった地方分権の行き詰まりの中で考えなきゃいけないのは,大都市というのをその他の地方と全く同じものとして考えていいのか,要するに,同じ枠の中でその配分をするから
ゼロサムゲームが起きるわけであって,枠自体変えるということも選択肢にあるのではないかということを申し上げたいわけです。
そうすると,今後の
地方分権改革の方向性等を考えていくと,恐らく2つの道があるんだろうと。1つは,今までと同じように,大都市と地方というのを同じ存在として整理をしていく。この形で整理をかけるとすれば,これはもう揺り戻しと言われようが何と言われようが,
三位一体改革のようなことは戻すべきだろうと。極端に言えば,全ての自治体を交付税化するような方向ですね。国と地方の役割分担というのを整理した上で,国の仕事は国庫負担金,地方の仕事は一般財源という,これはあくまで理念的なものになりますが,そういう振り分けをして,一般財源については1人当たりの歳入をそろえる形で財政調整をかけるという形です。その上で足りない分は自治体ごとに増税してくださいということですが,これは結局イギリス型です。単一国家であるイギリスがやってるのと同じように,基本的に地方交付税というか,地方の自治体全て財政保障と財政調整を受ける存在であって,日本で言う不交付団体みたいなものは存在しないというタイプですね。この中に大都市も地方も持ち込んでしまうというのが1つの考え方。ただ,東京は極めて反対するのは当然です。あるいは,東京問題をどうするかというのも残ります。
もう1つの方向性は,大都市を地方と違う存在として捉えるということで,一部の大都市のみを不交付団体にするということです。そのときに何を考えるかというわけですが,今までは権限面しか考えてないわけですが,むしろ財源面,財政面でそのほかと違う制度ということを用意してあげないと,やはり単に財源のとり合いになるだけではないかということですね。そのときに,権限と財源をセットにして,大都市に対しては一部負担金──国からの負担金を出さないかわりに──自前のお金でやってもらうというかわりに,そのかわり裁量をふやしますよと。オプト・アウトというふうに呼んでますけど,そういう制度を考えてもいいんじゃないかと。教育なんかでは3分の1の国庫負担金があるわけですが,この負担金を大都市は受けない,自前の財源でやりますというかわりに,教育に関する権限とか裁量を拡張するというような方向ですね。つまり,一律の財源保障を大都市にはしないというタイプの発想です。これは,大都市として従来の全国一律の制度とは異なる制度で管理運営されると。
どっちかというよりは,これをミックスさせるというのは恐らくより現実的になると思いますけども,いずれにしても,国庫負担金と地方交付税交付金のあり方の見直しというのは必要になってくるんだろうと。そのときに,要するに大都市に入る自治体なのか,それとも大都市じゃない普通の自治体としてやっていくかというのは非常に重要な論点になるのは間違いないというふうに理解してます。
時間が参りましたが,最後に,大都市と普通の自治体を分けると申し上げましたが,大都市のあり方っていうのは,例えば今の
政令指定都市をそのまま考えていいかというと,私はそうではないというふうに考えてます。やはり現在の生活圏の広さみたいなことを考えると,大都市が狭過ぎる──大都市とされている地域が狭過ぎるというのは恐らく事実です。郊外に延びてなかなか調整されにくい鉄道路線というのはありますし,大都市の面積が相対的に狭いので,ほかの国なんかと比べて地価が高いし,住宅も狭隘になっているわけです。そして,モータリゼーションが拡大していることもなかなか生かし切れてないというところがある。日本でも当然,ほかの大都市地域と同じように道路網が発達して,車を持っている人がたくさんいるわけですが,基本的には,例えば住宅価格が広さと駅からの距離でほとんど決まってしまうみたいな状態というのは変わらないわけですね。じゃあモータリゼーションをもう少し利用できないかということを考えてもいいんじゃないかと。しかし,そのときには大都市は狭過ぎるでしょうと。やはり道路も非常に狭いという問題があります。
そうすると,現在の自治体といったものの領域を超えた圏域というのが恐らく重要になってくるんではないかと。私自身が考えるのは,圏域として議論するならむしろ都市のほうが重要で,最近の総務省がやっているような
小規模自治体の圏域というのは,まあ最終的には後の話でよくて,むしろ大都市圏域を考えるべきではないかと。そのときの領域の広さなわけですが,実は首都圏とか京阪神大都市圏というのを見ても,国際比較ではまだまだ非常に小さいわけですね。さらにほかの大都市圏は,人口こそ稠密ですが,非常に小さいわけです。
これは私自身がやっている研究で出てきている図ですけど,例えば人口増加率と2000年度の面積みたいなものを,これは──こちらのアニメーションが入っているので,これは出てないんですけど,これ見ていただくと,全体がまずOECDの36カ国の中の260ぐらいの大都市がプロットされてます。2000年の面積を,これ対数でとってますけども──が横軸で,人口増加率が縦軸です。全体的に見ると,面積が大きいところのほうが人口が伸びているところがあって,この中で日本の都市というのは黒丸なんですね。
実は都市って,日本で言うところの都市で入っているわけではないんです。これはOECDの定義している都市圏なので,ここの黒丸に日本で一番大きい都市──面積的に大きい都市,これはいわゆる首都圏ですから,東京と,横浜とか埼玉とか千葉とか,その辺全部含めた首都圏です。それでも面積で見るとこの辺なわけですね。これ対数目盛り1つとったら2倍以上違うわけですから,世界の大都市というのは首都圏なんかよりも全然大きいわけです。それを都市として言っているわけですね。ロサンゼルスなんかそうですけど。これがソウルですね。ソウル大都市圏って全然,首都圏の4倍ぐらい広さがあるわけです。ちなみにこの2つ目に大きい丸,これが京阪神大都市圏です。京都,大阪,神戸,全部含めた大都市圏です。それでも,日本の中で見ればでかいんですけど,ほかの国の大都市との比較で見たら全然小さいことがわかります。この3つ目は名古屋大都市圏ですね。名古屋市だけではなくて,その周辺地域も全部含めた大都市圏です。この辺が日本の大きさで,ほかの大都市というのは,人口50万人以上の都市が入ってるんですけど,日本のほとんどのほかの大都市というのは非常に小さいことがよくわかります。
こういった大都市圏が実は──日本の大都市圏というのは結構特徴的で,ほかの,今お示ししたような大都市と比べると,自治体間調整のメカニズムが非常に整備されてないわけですね。しばしば挙げられる例は交通なんですけど,今こうやってお示しした大都市のほとんどが圏域で交通を考えるガバナンスの主体を持ってます。私が最近までいたバンクーバーとかは,中心地のバンクーバーは人口50万人ぐらいですけど,バンクーバー都市圏で300万人ぐらいいるのかな。市町村は10以上ありますが,そこの市町村が交通のガバナンス,主体をつくっているわけですね。メトロバンクーバーという大きな大都市圏の広域連合みたいなやつをつくってて,そこで交通機関を整備する。鉄道と道路の整備主体になっているわけです。これは普通の自治体とは別の機関なわけです。それぐらいの規模でやっているわけですね。
そうすると,やはり必要なのはむしろ大都市圏域でのガバナンスを図る主体ということで,府県は1つの候補になるわけですが,ただ,都市圏の領域というのはしばしば府県を越えてしまうわけです。さっき大阪都構想のときに大阪府がでかいんじゃないかという批判があったと申し上げましたが,実はこういう国際比較の文脈に置くと,大阪府全体で見てもまだ小さくて,京都,神戸と合わせてまだこれぐらいだということがわかるわけです。
最近だと関西広域連合はこれに近いことをいろいろ言ってて,私も少しお手伝いさせていただいたりするところがありますが,これは府県の連合体なんでちょっと難しいところもあるわけです。
そうすると,恐らく考えないといけないのは,こういう大都市圏の中でガバナンスの一翼を担う,大都市圏の一角として自治体がやっていくという選択肢──特にこれは神戸市にとって非常に大きな問題だと思いますが,京阪神の大都市圏の中でその一角として一定の役割を担うのと,あとは,小規模な都市としてやっていくというのはあり得ます。小規模で柔軟な都市というのは書いてますが,実は柔軟なほうが人を集めてるかもしれないというデータもあって,これは中心地域における自治体の数なんですが,中心地域における自治体の数が少ない都市ほど人口成長している傾向があるわけですね。
ただ,その例外が日本で,この辺の黒丸全部日本なんですけど,日本の小さ目の自治体というのは非常に人口成長してないところがあるわけです。もちろんこれは全体の少子化という問題もありますが,なかなか伸びてないんですね。ほかの国は1つの自治体で大都市圏をつくっているところのほうが伸びているところがある。これはあくまで解釈ですが,その都市の裁量というのが非常に強くなるので,人口増加のための政策も打ちやすいということがあるのではないかというふうにも考えられます。
だから,例えばここは京阪神ですけど,京阪神の一翼として神戸市がやっていくか,それとも,もうこういう自治体の1つになって,人口,都市の成長を目指すというのを基本スタンスにするかというのは,恐らくこれから考えるべき話になるんだと思います。
ただ,御存じのとおりというか,神戸市民はみんなわかってますように,神戸市だけで鉄道を引いているわけではありませんし,JRにしても阪急にしても地下鉄にしてもほかの地域と乗り入れ等はあるわけですから,なかなか神戸市だけで全てやるというのは恐らく難しいところがあるのではないかと私なんかは考えているところです。
ちょっと時間をオーバーしてしまいましたが,これで──どうも御清聴ありがとうございました。
4 ◯委員長(人見 誠) どうもありがとうございました。
それでは,ただいまの意見陳述に対して御質疑はございませんか。
5 ◯委員(坊池 正) どうもありがとうございました。最近,神戸市も今の政令都市ではどうかなということで,特別自治市制度についてちょっと研究もされとんですけど,今の先生の話では,こういう神戸市がこのまま特別自治市になるんなら圏域的に小さいというような御意見ですけど,先生の思われるのは,やはり理想はいわゆる道州制とか,ああいう感じなんでしょうか。神戸市の特別自治市制度への移行なんかについてはどのようなお考えをお持ちなんですか。お願いします。
6 ◯参考人 これは別に神戸に限りませんが,大阪とかでもそうですが,そういった大都市だけで特別自治市というのをやるのは余り現実的ではないんじゃないかなとは考えてます。
道州制というのはまた別の話で,あれはより広域自治体というか,もっと大きな範囲の話だと思うんですね。大都市と道州制というのは余り折り合いがいいものではないので,どういうふうに折り合いつけるかというのはいろいろ──どの国もいろいろ困っているところがあります。例えばドイツなんかは大都市圏域を道州みたいに扱っているところがあるわけですし,そういう対応も多分できるとは思います。
ただ,私なんかはそもそも日本で道州制を導入することは余り意味がないと思ってますし,基本的に単一国家なので,道州制ではなくて,むしろ大都市地域を拡大して,先ほど申し上げたように,大都市とそうじゃない地域を分けることのほうが先ではないかと。そのときに,市の大きさは──もちろん特別市みたいなことも重要ではありますが,より現実的には,先ほど申し上げたように,交通なんかを中心として,例えば神戸であれば京都や大阪と一緒に将来の鉄道とか道路のあり方を決める,枠組みをつくるほうが先ではないかというふうに考えています。
7 ◯委員(坊池 正) どうもありがとうございます。ただ,やっぱり自治制度できて,最初から
政令指定都市,神戸──いわゆる6大都市ですか,その辺のことなんですけど,やはり県とのその辺の権限の関係で,肝心なところをまだ県にしっかり握られてるところがあると思うんですね。それで,私らも中学校時分に社会科で,政令市いうたら県と同等の行政ができるいう,その辺の勉強も教えられてきたのが,実際に中に入ってみればなかなかそうでもないというんですけど,これ以上にはやっぱり
政令指定都市というのは無理なんでしょうかね。
8 ◯参考人 おっしゃるとおり,それは全く事実で,例えば先ほどから申し上げているように,じゃあ京阪神でとか何とかといったところで,例えば大阪市と京都市と神戸市だけがあるわけじゃないですから,途中に西宮もあれば尼崎もあるわけで,宝塚もあるわけですよね。その辺を入れて一緒にやりましょうみたいなことを言ったときに,それは府県が何も言わないわけは当然ないので,非常に大きな難しい問題になるとは思います。
これは,何といいますか,ここでの大都市制度の議論の外になってしまうかもしれませんが,私自身の研究は地方政治とか政党システムの研究をしておりまして,本質的に最も重要になるのは政党だと考えてます。つまり,そういった府県と市,とりわけ
政令指定都市の調整がうまくいかないところは,本来は政党内部の問題として処理すべきだというふうな理解です。
ですから,大阪維新の会みたいなあり方というのは,そこは非常に評価されるべきだと私自身は考えておりまして,ただし,現状の地方自治制度というよりは,選挙制度を考えると,そういう形で政党が強いガバナンスをきかせるのは現状では非常に難しい。それを考えると,むしろ,だから私なんかの考える──先ほど理想をということを御質問を受けたので,何を一番に取り組むかというふうに言われれば,選挙制度だろうというふうには考えています。とりわけ地方議会の選挙制度を変えるべきではないかと考えています。
9 ◯委員長(人見 誠) ほかにございますでしょうか。
10 ◯委員(吉田健吾) 貴重なお話ありがとうございました。私自身も圏域という考え方は多分これからの社会では絶対考えていかないといけないことだろうと思ってたんですけども,自分自身の考える中で言うと,やっぱり隣接市ぐらいしか範囲を見れてなかった中で,京阪神3都市というのは,自分の想像がまだまだ及ばない話だなというふうに,これからもっと勉強しないといけないなというふうに思った次第なんですけれども,先ほどバンクーバーのお話なんかされましたけれども,バンクーバー50万に対して300万ぐらいの都市で,一番私が気になったのは,先ほど答えとしては政党での調整がとかというお話が出ましたけれども,なかなか,例えばバンクーバー50万に対してほか250万で11市あるということは,バンクーバーが一番胴を取るような大きな都市であって,中心として考えていいんだろうけれども,京阪神3都市でいけば,それぞれが際立った都市として,それぞれがプライドを持ってやってきたというので,調整というよりも,それを包括したような大きなあり方みたいなのをまず検討しないことには,交通網だっていろんなことを考えていけないんじゃないかなと思うんですけれども,これが,バンクーバー以外の世界の都市とかで,似たような状況でうまくやってるよという事例とかがあったりしたら教えていただきたいなと。
11 ◯参考人 おっしゃるとおりだと思います。これ恐らく京阪神は本当に世界的にも結構まれな状況になっているというのは私自身も思ってまして,これぐらい──そもそも,だから先ほど来お示ししてますように,日本が非常に人口稠密なのはまず間違いないわけですね。圧倒的にほかの大都市と呼ばれているものに比べて面積が小さいというのがまずあるわけです。なので,これは2つの見方で特殊なんですが,1つの見方では,要はこれだけ大きい都市が3つ近いというのが1つあるわけです。もう1つの見方として,やっぱりすごい特殊なのは,これだけ連担しているのに別の都市としてやっているわけですよね。もちろん歴史があってというのはわかりますし,それはそのとおり,本当におっしゃるとおりだと思うんです。
これは,じゃあ京阪神として一緒にやるべきなのかどうかというのは難しいわけですが,しかし,これだけ都市間競争ということが言われる中で,それを考えないわけにはいかないと思うんです。最終的にやるかどうかは別ですよ。だから神戸市として,要は先ほど申し上げたように,小規模で柔軟な都市を目指すというのも恐らく1つの方法だと思いますが,しかし,京阪神で何らかの枠組みをつくるというのは,議論のテーブルに全くのらないというのは,それはそれで結構異常な話ではないかというふうに私自身は理解しています。
そのときに,だから望むべくもないというふうに言われると非常につらいんですが,望ましいのは恐らく政党のリーダーシップだろうというのが先ほどのお答えでありまして,それを,要は基本的に同格になっている都市とか,対等な自治体である府県が極めて強いリーダーシップを図ってやるというのは余り現実的ではないんじゃないかとは考えています。それを超えるような主体って何かと探してみると,国か政党ぐらいしかちょっと思いつかないというのが現状ですね。私自身は。
12 ◯委員(吉田健吾) 追加で,そういう先生の考え方のほかに,例えば今,熱心にやってるのは観光なんかで,京都は文化があって,大阪は食や買い物など経済があって,そこで神戸が割り込んでいくには,今後は自然を追っていかないと──世界の流れの中でいくと自然は1つ大きなキーワードになるんだろうと考えて進めたいと思ってるんですけれども,そういう例えば観光での枠組みをつくる上で,そこから交通考えましょうみたいな,何か1つの課題に向かって解決していくような取り組みというのが,何となくこの今の現状からいけば一番近いところにあるのかなというふうには考えるんですけども,そこら辺御意見あればいただければなと。
13 ◯参考人 非常にスペシフィックな意見になってしまいますが,それはおっしゃるとおりだと思います。ですから,それはどちらかというと小規模で柔軟な都市みたいなあり方に近いと思うんですが,それぞれの都市の魅力というか,もちろん大都市圏の中にあったとしてもそれぞれの自治体の魅力というのを訴える必要は恐らくあると思うんですね。
だから,それは何がいいかというのは,恐らくその都市がそれぞれで考えることだと思いますが,私の観点から申し上げて,日本の都市で余りちゃんとやっているところが少ないんじゃないかと思ってるのは,例えば廃棄物の問題ですね。多くの大都市は廃棄物の問題にかなり熱心に取り組むようになってると思います。
例えば,私ほかに住んだことないので,そこしかとりあえずわかりませんが,先ほど申し上げたように,おりましたバンクーバーなんかだと,あそこはグリーネスト・シティーみたいなことを言ってまして,要するにごみを出さない。もちろん出ちゃうものはしようがないわけですが,リサイクル・リユースをかなり徹底する上に,生ごみなんかはコンポストを使うわけですね。そうすると何が起きるかというと,これは非常に予想できることですが,臭いわけです,すごく。生ごみのコンポストなんかをやると。ある意味すごいなと思うのは,バンクーバー市がワールド・グリーネスト・シティーというふうに標語を掲げているわけですね。それで生ごみどこに持っていくかといったら,バンクーバーの南のリッチモンドという町に持っていって,その辺に住んでる人は本当臭いんですよ。日本でやったらえらいことになると思うんですけど,しかし,そういった形で,要は都市の売りをつくるときに,ほかの都市と違う何らかの特徴をそういう形で売るというのは恐らく重要で,しかもそのときに,バンクーバーのは余りいい例じゃないかもしれませんが,1つの大都市だけで考えるのもやっぱり厳しいんじゃないかと。
結局,例えば環境を考えましょうと神戸で言ったときに,神戸市だけでできるかというと,恐らく難しくて,地域や,近くの芦屋とか明石とか,そういったところを無視してできるわけでは恐らくないんじゃないかとは理解しています。それは,だからそのバンクーバーの場合は,前の市長が相当──強権的にとは言いませんけど,強くやったところがあって,やっぱり何らかそういう取り組みというのはどこでも必要になるかなとは理解しています。
14 ◯委員(吉田健吾) ありがとうございます。本当に考え方をもう1回一から考え直さなければいけないなという契機になりましたので,これから勉強させていただきたいと思います。よろしくお願いします。
15 ◯委員長(人見 誠) ほかにございませんでしょうか。
私からもちょっと。話が重なるところがあるかもしれませんけども,今,例えば神戸,兵庫県で言うと,大都市圏,小さいとなってくると,方向性としては周りのいろんな都市といろんな問題について連携協議をしていくということがあるんだろうと思います。そうなってくると,それが広域になってくるわけですよね。そうすると,そうといいながら,県は県として,県の大きさはそのままであるといった話だと思うんですけど,神戸市は広域になってくると県の大きさと近くなってくるというか,というところになってきて,本来はいろんな広域のところの調整は県がやるべき仕事でもあるのかなと思うんですけど,その辺の大都市としての神戸市の役割,あるいは今後のあるべき姿と,県との役割分担みたいなものについてはどのように考えていらっしゃいますでしょうか。
16 ◯参考人 それも見直す面は大きいと思いますし,白地でどうやってもいいんだったら,やっぱり府県の領域は狭いとは思います。1970年代に府県合併の議論がありましたので,それはやるべきだったとは思いますが,現状で府県を合併するのが現実的なんだろうかと言われると,相当なエネルギーが必要になって,それは余り現実的ではないんじゃないかと最近ちょっと思うところがあります。そうすると,府県のほうは府県のほうでやはり広域連合というか,そういったものをつくりながら大都市との関係つくるしかないんじゃないかとは現状では考えております。
十分なお答えではないと思いますが,都市の側も府県の側もいろいろ生活圏の変化に対応する必要があるわけですよね。日本のほうはたまたま今までの府県の枠組みが恐らくほかの国なんかと比べると非常に小さいわけですが,その中で生活圏が大きくなってしまったので,何かの対応しなきゃいけない。ただし,私の感覚では,やはり一番対応の先頭に立つのは大都市の自治体になるんじゃないかなとは理解しています──生活圏の広域化という問題について。その後で府県のほうの調整が出てくるんじゃないかなというのが私の見通しというか,感覚です。
17 ◯委員長(人見 誠) ほかに御質疑のある方はいらっしゃいませんでしょうか。
(なし)
18 ◯委員長(人見 誠) ほかに御発言がなければ,質疑応答は終了したいと思いますけども,よろしいですか。
(なし)
68 ◯委員長(人見 誠) それでは,御質疑がなければ,企画調整局からの報告事項についての審査はこの程度にとどめたいと存じます。
当局,どうも御苦労さまでした。
69 ◯委員長(人見 誠) 本日御協議いただく事項は以上であります。
なお,次回の委員会活動についてですが,既に御案内のとおり,来週12月20日から21日までの2日間の日程で行政調査を実施しますので,よろしくお願いいたします。
本日の委員会はこれをもって閉会いたします。
(午後1時43分閉会)
神戸市会事務局
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