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平成15年第5回定例会(第3号 9月17日)

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    平成15年第5回定例会(第3号 9月17日)


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    平成15年第5回定例会(第3号 9月17日)   平成15年第5回黒部市議会(9月定例会)会議録 平成15年9月17日(水曜日)           議 事 日 程(第3号)                           平成15年9月17日(水)                           午前10時開議 第1  一般質問(個人) ────────────────────〇─────────────────── 本日の会議に付した事件  議事日程に同じ ────────────────────〇─────────────────── 本日の出席議員     20人      1番 辻   靖 雄 君       2番 寺 田 仁 嗣 君      3番 吉 松 定 子 君       4番 伊 東 景 治 君      5番 辻   泰 久 君       6番 中 田 利 次 君      7番 橋 本 文 一 君       8番 牧 野 和 子 君
         9番 松 原   勇 君      10番 山 内 富美雄 君     11番 山 本 達 雄 君      12番 木 島 信 秋 君     13番 中 谷 松太郎 君      14番 吉 田 重 治 君     15番 稲 田   弘 君      16番 岩 井 憲 一 君     17番 新 村 文 幸 君      18番 能 村 常 穂 君     19番 森 岡 英 一 君      20番 山 本 豊 一 君 ────────────────────〇─────────────────── 本日の欠席議員    な し ────────────────────〇─────────────────── 説明のため出席した者  市長部局    市長          荻 野 幸 和 君    助役          安 原 宗 信 君    収入役         南 保 弘 幸 君    総務部長        宮 崎 勝 昭 君    民生部長        小 柳 龍 一 君    産業部長        能 登 健 次 君    建設部長        木 島 孝 正 君    上下水道部長      森 岡 辰 清 君    総務部次長総務課長   平 野 正 義 君    総務部次長財政課長   名 越   誓 君    民生部次長市民環境課長 松 井 喜 治 君    産業部次長商工観光課長 石 川 幹 夫 君    建設部次長都市計画課長 山 田 丈 二 君    上下水道部次長水道課長 中 谷 三 嗣 君    総務課長補佐      滝 沢 茂 宏 君  病  院    市民病院事務局長    島   邦 夫 君    市民病院事務局次長   荻 野 佳 秀 君  消防本部    消防長消防監      田 中 幹 夫 君    消防本部次長      稲 垣 勝 夫 君  教育委員会    教育委員長       廣 瀬 捷 負 君    教育長         西 坂 邦 康 君    教育部長        平 野   忍 君    事務局次長       柳 川 一 成 君  監査委員          木 下 光 久 君 ────────────────────〇─────────────────── 職務のため議場に出席した事務局職員    事務局長        吉 本   昭 君    事務局次長       幅 口 文史朗 君    主事          能 登 隆 浩 君    主事          籠 浦 尚 樹 君 ────────────────────〇───────────────────               開     議   午前10時09分 ○議長(能村常穂君) 皆様、おはようございます。  どなたも続いてご苦労さまでございます。  定足数に達しましたので、これより本日の会議を開きます。  本日の議事日程は、お手元に配付したとおりであります。  念のため、事務局長に朗読させます。  事務局長。            〔事務局長 吉本 昭君議事日程朗読〕 ○議長(能村常穂君) 日程第1、前日に引き続き「一般質問の個人質問」を行います。  12番、木島信秋君。                〔12番 木島信秋君登壇〕 ○12番(木島信秋君) おはようございます。引き続きご苦労さまでございます。  9月15日晩、2003年プロ野球セリーグペナントレースにおいて、阪神タイガースが18年ぶりに見事4度目のリーグ優勝を決めたのであります。就任2年目の男星野監督の力量、采配が開花し、地元甲子園は歓声と地鳴りと六甲おろしで覆い尽くし、また熱狂的な全国にいるタイガースファンが優勝の喜びで沸いている様子がテレビで放映されていたのを見て、感動を受けたのは私だけではなかったと思います。タイガースおめでとう。  それでは質問に入らせていただきます。  富山県立桜井高等学校、強い野球部復活を目指して、今回、私は総務文教常任委員会委員として、大きく言えばスポーツの観点から見た学校教育問題について、県立高校ではありますが、小学生から中学生へ、そして高校生へと流れの関連がありますので、その点よろしくお願いいたします。  現在、平成17年3月を目標に進められています、大変大きな課題の1市3町の合併問題及び景気対策や雇用問題、北陸新幹線の整備促進、少子長寿化問題、また冷夏であったためのコメを筆頭にしての農作物の今後の問題等々、数を挙げればきりがないぐらい重要な諸課題が山積している時期に、桜井高校の卒業生でも、また野球部のOBでもない私が大変失礼とは思いますが、昨今の低迷は何が原因であるのかについて熱烈な高校野球のファンであり、同校野球部後援会理事として、また黒部市民の一人として何点かについて、桜井高校卒業生であり、同校野球部OBである市長に所見をお願いいたします。  回を重ねて第85回全国高等学校野球選手権記念大会が歴史と伝統のある阪神甲子園球場で、全国から49チームが各地区予選を勝ち抜き代表校として、先月8月7日から23日までの17日間、開催されたのであります。1球1打、気迫に満ち溢れたはつらつとしたさわやかなプレー、手に汗握る好ゲームが展開されたのは記憶に新しいところであります。  高校野球のすばらしさは勝っても負けても最後まで全力で戦い、決しであきらめることなく正々堂々とプレーする姿等々であり、またスタンドの生徒を中心としてのチアガールや応援団、これこそがスタンドとベンチー体となってのVICTORYの目標に向かうすばらしい姿であると思います。  私は、今年のゲームを何試合かテレビで観戦しましたが、実力が以前のように北だから、南だからという差がなく、レベルがお互いに均衡し、上がったなと。また1、2年生の選手が多く出て活躍しているのが目についたのであります。そして東北高校(宮城県)と常総学院(茨城県)の決勝戦、スコアは4対2の逆転で常総学院が初優勝を成し遂げ深紅の大優勝旗を手中にしたのであります。  常総学院のキャプテンは喜びのあまり涙声で監督さんに感謝と、応援してくださった方々への感謝、そしてすばらしいチームの仲間のおかげだとインタビューに答えていました。また、名将木内監督は本当に子供たちがよく頑張った、そして私のための甲子園はどうでもよく、甲子園は子供たちを野球でも人間でも一人前にする場所だと言われたのであります。野球を通しての人間形成、体力の向上、感謝の心、どれ一つとってもすばらしいと思いました。  高校野球の富山県内の春、夏合わせての甲子園出場校と回数を見ますと、富商18回、高商16回、新湊6回、そして桜井と滑川ともに3回、魚津、氷見、富山北部、高岡第一が2回、石動、不二越工が1回となっています。また、戦績は春、夏合わせて24勝56敗、勝率全国44位で優勝、準優勝ともにゼロであります。  甲子園出場は大事業でありますが、昭和53年の第60回、夏の大会から出場枠が北海道、東京都を除いて各県に1校となり、以前より出やすくなったのは周知のとおりであります。  私は県内の県立、私立を含めて監督、部長はもとより、関係各位のレベルの向上に力強く日々努力されていることに対して頭の下がる思いをしています。  そこで市内唯一過去3回の甲子園出場という輝かしい実績のある桜井高校野球部についてであります。同校は明治42年、地域の熱い期待を担って富山県下新川郡立農業学校として創立、昭和23年4月に富山県立桜井高等学校と改称され、90数年経過し、2万名を超える卒業生を送り出している県内きっての歴史と伝統ある総合制高校であると聞いております。普通科、土木科、生活環境科の6クラス、約720名の生徒が校訓である「自主・協和・創造」のもと、勉学に部活動に活気溢れる高校生活を送っていると思います。  野球部は昭和26年に創部され、学校はもとより市、そして市民全体の念願であった甲子園初出場を熱血指導の、きょう来ておられます蛇田監督が昭和54年、第61回大会に輝かしい1ページを築いたのであります。当時、市は祭りのごとくと喜びと活気に沸いたと聞いています。その後、昭和58年、第65回大会に2度目の出場、年号もかわって平成2年、第72回大会に蛇田監督の教え子である舘野監督で3度目の出場を果たしたのでありますが、いずれも残念ながら2回戦に進めなかったのであります。その後、平成9年から学校側で選任された中谷先生が指導を引き継がれたのであります。  野球やテニスをはじめすべてのスポーツは、選手の性格、特性を考慮し能力を最大に引き出す采配、選手1人1人をじっと見続け観察し、目標は一つ、監督が選手を信頼し、選手は監督を全幅に尊敬する師弟愛が生まれて初めて大きな夢をつかむものだと思います。また、桜井高校野球部の粘り強い野球、厳しさや、気力溢れるガッツプレー等、かつての過去の伝統や経験が生かされていない状況だと思われます。  次に、選手の育成についてであります。  甲子園を目指している中学生達の意見を聞くと、現在の桜井高校野球部については、優勝を目指す高校としては何か足りないという意見をよく聞きます。文部(武)両立は大変ですが、野球をする少年にとっては重大な選択であり、OBの方々が母校愛を持って強くしたい。また魅力ある野球部となるには何が必要か、どうすればよいか市長の見解をお願いいたします。  指導者の民間導入や選手の育成強化、そして後援会組織を含めた支援体制の充実、コーチ、OB派遣等々、学校側と後援会組織が一体となり、強い桜井高校を目指してほしいと思うのであります。  私は市内の少年野球のレベルは、監督さんや指導者の皆さんのおかげで、確実に県内でもトップクラスに来ていると思います。また、中学校の市内の3校のレベルも県内ではトップクラスだと思います。各大会の成績がそれを物語っているのであります。黒部市に強い中学校があり、素質のよい選手がいるにも関わらず、なぜ桜井高校に入学してくれないのか、原因は何なのか、桜井高校教育振興会会長としての立場も含めて市長に所見をお願いいたします。  また、高校生にとって高校野球とは何か、そしてどうすれば強い桜井高校が復活するのか、今月いっぱいで任期満了となられます、元高等学校の教師であり、また元県高野連副会長であった廣瀬教育委員長の所見をお願いいたします。  以上であります。              〔12番 木島信秋君自席に着席〕 ○議長(能村常穂君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) おはようございます。  議員の皆様方には、連日ご苦労さんでございます。  木島議員から1点、富山県立桜井高校、強い野球部復活を目指してどうすればいいか、ご質問の中でいろんなお話がありましたが、木島議員から、本当に私は聞きたかったのは、どうして富商に行かれたのかな、そのことがすべてのことを解決する根幹になるのだがなと思いながら質問を聞かさせていただきました。そのことが、これから桜井高校がどういうふうに、あるとすれば反省をも含めてこれからどうしていけばいいのかなというヒントがその辺にあったのではないのかなと思いながら聞かさせていただいておりました。  ご質問の強い桜井高校野球部の復活を目指して、桜井高校は先ほど話がありましたように、昭和54年、58年、平成2年の甲子園大会出場は黒部市のスポーツの歴史を語る上で欠かすことができない大きな喜びでありますし、有史以来の快挙でありました。  私も3回とも甲子園へ応援に行きました。ただ昭和54年のときには、皆様と一緒に紅葉パラダイスまで行ったのですが、行きましたらそこに張り紙がかかっておりまして、仕事をやっている会社で食中毒が発生という、すぐに電話しろということで、そこから引き返した、そんな苦い思い出がありますし、58年、平成2年の大会も、蛇田監督等を初めとして、あのキャラクターにとんだ蛇田監督、また選手が大変印象的でありました。  さて、私がこうやってあまり大きな病気もしなくて、今までずっとこれたというのは、小学校高学年からでありますが、小学校、中学校、高校と、ずっと野球をやらさせていただいた、決して強い、中学校もそう強くなかったですし、小学校も高校もその当時の桜井高校というのはそんなに強いチームだということではありませんでした。私はここまで大きな病気もしなくてやってこれたなと思うのは、そのときに鍛えられた精神ですとか肉体ですとか、そんなことが基礎になって、それを少しずつ使っているのだろうなと、そんな気持ちでスポーツというものを見させていただいております。  最近の風潮、桜井高校普通科も含めてレベルが高くなってという話がありますが、私たちの時代は、高校は小学区制でありました。それですからこの地域に住む人たちは、みんな桜井高校へ行くと、特殊な学校は別にして。それですから黒部なら黒部地域、宇奈月も含めて地域の人たらはみんな桜井高校へ行ったのです。この廣瀬教育委員長も同じ世代ですから同じですが。それが国とか県の教育方針等々によって、小学区制から大学区制に変遷された。  学力の話ですると、私たちの時代は桜井高校から東大にも行きましたし、京都大学にも行かれたし、慶応、早稲田、六大学のところへもみんな行ったし、桜井高校出身者として行ったわけですよ。ですから今のように桜井高校から、東大がいいかどうかということは別にして、そういう子供たちがなかなか出にくい環境になっていると、それは大学の優劣をつけるつもりはありませんが。ではどうしてそういうふうになっていったのだという背景の中では、子供たちをもっと大きな大海で、ある地域というのではなしに、もっと大きな大海で可能性を引き出したらどうだという、その当時の教育方針があったのだろうと思います。ただし、我々地元に住む者としては、ノスタルジアに浸るつもりはありませんが、やはり地元の高校としてのプライド、また歴史もありますから、本当は小学区制に戻してくれればいいのになと、そんな思いがないわけではありません。そのことと、子供たちがもっと大きな海原へ出ていって、可能性をもっと発揮してくれたらいいのかなという思いも、片方ではないわけではない。  大変難しい選択の話だと思いますが、私が一番最初に、個人的なことを言って申しわけありませんが、昭和24、5年のころですから、グローブやなんかはありませんでした。おふくろが麻袋でグローブをつくってくれた、かばんも大体そうでした、麻袋を切って黒く、横がけのかばん、そんな時代でしたから、私個人が歩いてきた道、それから木島議員や、また皆様方が歩いてこられた時代とは違うにいたしましても、野球を愛する、好きだということの気持ちには今も変わりはありません。  ただし思っているだけで強くなるかというご指摘だと思いますが、どうぞ、先日からもずっと言っておりますように、私たちは高校時代に、本当にそんなに強くないし、出れば負けるし、一生懸命に野球の練習をやっていたつもりだけれど、それでもそのことを次の世代に、桜井高校から野球部をなくさないという、そういう強い信念で、指導も含めて次の世代へきちんとバトンをタッチしていく、いつか甲子園へだれかが行ってくれるのだろうなという青春の夢を次の世代に伝えていったという思いであります。夢は追い続ければいいと、希望は持ち続ければいいと、でも行動はし続けなくてはならないと思います。  一朝一夕に、恐らくそんなに簡単に甲子園へ行けるほど他の高校も甘くありませんし、そのときには野球をやってくれる選手の皆様方が、できるだけ桜井高校へ来てくれればいい、子供たちが、先ほど私は木島議員がどうだったのかなと、そんなことを純粋に思ったのは、子供たちはどんなふうに思ってるのだろうな。やはり夢を追い続けるのだろうな。自分の短い青春時代ですから、短い青春時代に可能性をどこにぶつけたらいいのだ、野球をやってきた子ならば、やはり甲子園へ出たい、甲子園へ出たいという自分の夢を実現していくときにはどうすればいいのだと。恐らく子供は子供たちなりに大きな悩みを持っているのだと思います。  黒部の中で、木島議員をはじめとする野球の青少年のリーダー、指導者として活躍しておいでになります皆様方のおかげで、小学校も中学校も、先ほど話がありましたように、県大会で優勝するよりも黒部市内で優勝する方が難しいと、黒部大会で優勝すれば、大体7、8割、県大会で優勝できるところまで、子供たちのところはきてるわけですね。あとはこれをどうやってそこに集約するのかということではないのかと思います。  それで桜井高校において野球部のどんな夢を子供たちに負わせることができるのか、そんなこともありまして、私たちも西坂教育長、そのころスポーツ健康課長だったのですが、甲子園を改装すると、58年ぐらいですか。この大会を機にして甲子園を改装するという話が出たのですね。それがテレビで流れたときに、そのまま西坂初代スポーツ健康課長に来てもらって、すぐに大阪へ飛べと、そして甲子園がもし改装するのなら、何か子供たちのあこがれの的であるものを、この黒部の宮野運動公園へもらってくる交渉をしに行ってきなさいと言って指示を出しました。そのときには時計がいいのだがなと思いながらですが、それはなんであっても任せると、きちんと交渉してきなさいということで、彼がすぐ飛んでいって話をしてくれました。名板と甲子園のポール、この二つを、甲子園を改装にするに当たって持ち出してもいいという話にまでこぎ着けたわけです。その後が本当は大変だったのです。その後、甲子園球場の改装する物を甲子園から持ち出してはならないということが出てきたわけです。それは甲子園の記念館に全部そういう物は保管していくと。ただし最初に黒部市と約束したものですから黒部市と約束した物の名板とポールは、これは仕方がないということで、宮野運動公園へ設置することができたと。  私たちは県の大会も含めて宮野運動公園高校野球の予選をやろうではないか、やってもらおうではないか、そのための球場の改装も行いました。あそこの球場はホームベース、ライトの間が92メートル、今は96メートルだろうと思いますが、もう少し短かった。もう少し短かったものを軟式のオリンピックの大会に合わせられるような広さにしようではないかということで外野側をずっと広げた。そのころに甲子園の蔦を持ってこようということで、野球部のみんながだったと思いますが、甲子園の蔦を持ってきてくれたのです。そしてそれを宮野運動公園のところに植えようと。蔦ですから、どんどん、どんどんと張っていきますし、大きくなって今もその蔦が三塁側のところにずっと生えてきているという状況であります。  ですから、私は夢を実現していくときには、やはり現役の選手、それから桜井高校における子供たちに県大会ですとか、夢ですとかということをしっかりと打ち出していけるような監督ですとかリーダーというのは、また学校も含めてかもしれません、またOBも含めてかもしれませんが、どんな応援体制をするのか、そしてその応援体制をしていく中で、子供たちは敏感ですから、そういうことを感じたときに初めて、では我々は今こういう桜井高校の状況だけれど、我々はパイオニアになっていこうではないかという、子供たちがあらわれてくると思います。だれかが何かをやってくれるからということというのは、決して子供たちには伝わらないと、私はそう思います。  ぜひ地域、OB、後援会、それから監督も含めたいろんな苦しい選択、苦渋の選択はあろうと思いますが、その選択をすることによって、必ず私は桜井高校がかつての栄光を勝ち取っていってくれると信じております。  桜井高校の振興会の会長としてという話もありましたが、桜井高校の振興会の会長ということであれば、すべての子供たちのあらゆる部に対して公平でなくてはならないというのが振興会長としての立場でありますし、ただしどの子たちも、放送部の子であっても、バスケの子であっても、そういう子供たち桜井高校生としてすばらしい活躍をしてくれる。そのバックアップを、精神的なバックアップも含めて振興会というのはやらなくてはならないと。振興会長としては、ある一つのことだけに特化してという責務ではないというふうにご理解賜りたいと思います。  黒部市長とかOBという立場で話をするようにと言われれば、それはそれで話はできますが、ご指摘は、桜井高校教育振興会の会長としての答弁はその程度にとどめておかなければ、教育の公平さというのは保てないと思っております。  話は長くなるわけですが、桜井高校が甲子園に行ったときに、関西黒部会の皆様方が、本当にいろんな、いいように物心両面にわたって応援してくださいましたよね。今でもそれは語り種です。そして関西黒部会の皆様方のいろんな影響も受けたり、桜井高校のOBの皆様方が関西だけでなしに東京からも応援に駆けつけられた。そのことが一つの大きなきっかけとなって、桜井高校東京支部を結成しようではないか、これはまさに野球が取り持った物すごく大きな縁、今でも桜井高校東京支部が隆々と発展して、毎年総会が東京で開かれて、OBの皆様方も一緒になっていろんな高校のことや、地域の事を心配してくださっていると。まさに甲子園へ昭和54年に行かれて、そしてそのことが機運になって桜井高校東京支部ができ上がっていったと。森丘実先生桜井高校の校長の時代ですから、ちょうどそのころだったと思います。
     歴史をも振り返りながら、これを機会にいたしまして、黒部ドリームを、ぜひ実現していっていただきたいものだと、人のせいにすることなく、それぞれが、それぞれの精いっぱいの努力をしていくと、そのことによって子供たちはあすへの可能性を信じてくれると、私はそのように思います。どうぞ、暗いといえば暗い世相、そこには暗いというからにはひょっとするともっと違った可能性があるのではないかという可能性を追求できる、そういう時代でもあるのかなと。時代に埋没されることなく、皆様と一緒になって私もでありますが、エールを送っていきたいと思っております。一緒になって頑張りましょう。 ○議長(能村常穂君) 教育委員長廣瀬捷負君。               〔教育委員長 廣瀬捷負君登壇〕 ○教育委員長廣瀬捷負君) 木島議員のせっかくのご質問ですので、お答えしたいと思いますが。ご承知のように、黒部市教育委員会というのは、まずもって桜井高校の設置者ではないという問題が一つありますし、それから先ほどの質問からお聞きしますと、高等学校の内部にいた者としての、あるいは高野連の役員をしていた者としての意見も聞きたいというようなところもありましたので、いささかそういう面も含めてお答えできるかなと思っておりますが。  市長のお話にもありましたけども、議員自身は甲子園出場の経験者でもありますし、甲子園に出場するまでのご体験とか、あるいは指導体制とかは、我々よりも、もっともっと身をもってご存じでいらっしゃるわけですから、木島議員の方が全部知っておいでで、廣瀬委員長、どれだけわかっているのかというような、面接試験みたいな感じがないわけでもありませんけれども、私なりに考えていることを述べさせていただければと思いますが。  まず高校生にとって高校野球というのはどういうものかというご質問でありましたけれど、これは木島議員のご発言の趣旨に、全くそのとおりでありますが、私もそのとおりであると思いますけれど。私なりに言葉でお答えさせていただければ、高校生にとって高校野球については、高校野球の精神であるスリーF、すなわち、ファイト・フレンドシップ・フェアプレーの精神のもと、すべての高校球児が甲子園でのプレーを夢見て、日々白球を追いかけてプレーし、厳しさと楽しさの中で仲間意識の高揚と、規律や礼儀を学び、強靱な体力のもと心豊かな人間をつくる場であると。言葉でなにかまとめるということになりますと今申し上げたような、すべて網羅して漏れるものがないような答え方になってしまって、さてその具体的なものは何かと言われると、非常に大きくなってしまって答えがなかなか具体化しないということであろうかと思います。このことは、高校野球に限らず、すべてのスポーツとか運動関係の部、あるいは文化活動の部にとっても同様かなと思います。  2点目の桜井高校の野球部の、強い野球部の復活についてはどう思うかということでありましたけれども。市長のご答弁でほぼ言い尽くされて、私の申し上げることは何もないような気がしておりますが。これは野球だけでなく、あらゆる分野において生徒がみずからの目標に向けて活動できて、さまざまな経験を通して、今後の人生を歩むための貴重な3年間となるような、そういう指導体制づくりが必要だと。これも包括的な言葉表現でありまして、ではどういうことか、具体的には何をするのだということになってくると、非常に難しい問題であろうかと思いますが。実際に高校教育の中におりまして運動部のみならず、各部の活動強化について見てきましたけれども、一つは人の問題、指導者の問題、それから実際にプレーする生徒の問題、それから経済的なお金の問題。1回試合に出ますと、30人ほど移動するときに、バス1台出すと、さあ何十万円かかるかと、こういう卑近な問題とか。あるいは生徒が野球だけでなくて、3年間、高校生活を終えたときに、さてその生徒の進路が見えてくるのかというような問題。それから学生が富山県の場合は実質全県一区という形になっておりますから、生徒の高校卒業後の人生を考えたときに、さてどこの学校を選ぶかとかいうような、個々の具体的な問題になってくると、非常に難しい問題が出てくると。  先ほど市長の話にもありましたけれど、私たちの時代の桜井高校の野球というのは、正直言って試合に行きますと、市長には大変失礼かと思いますけれど、大敗を重ねるようなチームであったわけです。私たちが卒業して何年かたちましたら、突如甲子園へ行くというようなことになりました。私の思いますに、その大敗をしていたような桜井高校の野球部が、あるとき甲子園に行けるようになったというときの取り組みがどうであったのかというのを、もう一遍関係者で考えて参考にしていけば、桜井高校野球部復活には一番近道ではないかと、そのころの経験者はたくさん本市にもいらっしゃるわけですから、それが一番いいのではないかなというふうに考えております。  以上、答弁になったかどうかわかりませんけれど、私の考えているところを申し上げました。                〔12番 木島信秋君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 12番、木島信秋君。                〔12番 木島信秋君起立〕 ○12番(木島信秋君) 市長、そして教育委員長、本当にありがとうございました。  私も甲子園経験者としてですけれども、いろいろ体験、経験をしてますが、高校生にとて高校野球とは、私はその当時の青春は甲子園であると思って毎日練習をしてきました。今思えば、いろいろな面で恵まれたのかなと思ったし、自分の選択して行ったところが間違いなかったのかなと思っております。先ほど市長が言われたように、健康でおられるのも、そういったことで頑張ったおかげかなというのもあります。  ただ、地元に来まして、スポーツ少年団の子供たちの指導をしたり、中学生の子供たちを見ていると、やはり自分の経験したことを、果敢にもそういう大舞台で花が咲いてほしいなというのは私だけではないと思います。したがって、全然、今までの経験がない高校であれば、決してそういう気持ちにはなかなかならないと思いますが、県内では3回出場というのは、僕は名門に入ると思います。そういったことを思うと、やはり復活してほしいというのは、議員、20名おられますが、約半数が桜井高校出身者だと思います。そういうことを思って、自分の守備範囲であるこういった質問をさせていただいたのですが。学校のことについて私がとなると物すごく失礼なのですが、この辺で、平成2年以来出ていない、13年出ていないとなると、やはり指導者にも問題があるのではないか、あるいはそういった生徒たちに問題があるのではないか、学校側にも何かあるのではないか、当然、後援会・OBにもそういったものが、何か問題があるのではないかなと思います。今行われております三位一体でないですけれども、お互いにそういったものを、だれだれのせいだとか、こうするべきであるかとかばかり言ってないで、ぜひその辺の話し合いも必要ではないかなと思うわけであります。  地方分権ではないですけれども、富山県の地方分権という、野球に例えれば中央の方にばかり強いというのはよくない。やはりすばらしい黒部の名水っ子がたくさんいますから、ここで種をまいて、幹を育てて花を咲かすのは富山の方でというのではなくて、ぜひ地元で開花してほしいなと思うわけであります。  先ほどは市長に教育振興会会長としての所見をと言ったものですから市長はそういうふうに言われたのですが、卒業生として、そしてOBとして再度市長に、市長のできることは必ずあると思います。学校との話し合いの中でもいいし、花を咲かすには市長の立場として、OBとして、卒業生として所見をお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。                〔市長 荻野幸和君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君起立〕 ○市長(荻野幸和君) 今度、話がだんだん難しくなり、市長としてどこかに特化をして力を入れてやってくれという教育の分野に、政教分離の中で市長が本当にそこまで言っていいのかどうか。ただし個人として、OBとして、ただしここは議場ですので、OBとしてということに限定されて答弁するということであれば、私はお答えいたしたいと思います。  先ほど教育委員長が言われたように、一度あの強かったとき、どうしてそういうふうになってきたのかという原点に、やはりそれぞれの応援する者も、それぞれの組織がやはり一回原点に帰ってみるべきなのだろうな。そしてどういうふうにしたらこういうふうになってきたのか、どこかでマンネリがあったのではないのか、どこかに体制の欠陥があったのではないのかということで、私は今の段階ではそのことに尽きるのかなと思います。  ただ、先日も黒部の桜井中学校の子供たちが県大会で優勝し、北信越大会に行ったわけですが、訪ねてくれました。また、少年野球チームも県大会で優勝しました。そして訪ねてくれました。次に桜井高校に行くのだろうな、小学の子ですから中学校へ行って桜井高校へ行くのだろうなと言ったら、だれもあまり返事しなかったのですね。返事しなかったというのは、わかったということだったのだろうと、いいふうに私は解釈しておりましたが。そこで少し話が出たのは、桜井高校に行ける学力があるのかというみたいな話が出たのですね。私は少なくともスポーツをやる子も、そうでない子もいっぱいいますが、文武両道にたけることができるのですよ。一生懸命に集中してやることができる子は、何をやっても集中してできるのですよ。それをスポーツをやっているからこの子は勉強ができないのではないのかという大人の考え方を子供に押しつけることというのはどうかなと。例えば高校浪人をする、私も大学浪人を1年間やりましたが、大学に入るのに。高校だから、みんな入学させてやりたいという、100点満点主義というのは、本当にそれが正しいのかどうか、親の気持ちはそうではないと思いますが。それでそういう指導を、学校を批判するわけではないですけれど、学校の先生方が中学校を卒業した子は全部高校に入れてやりたいと。それですから、この点数のクラスの子はこっちへこっちへと指導しておられるのだと思うのですけれど。少なくとも地元の子たちが地元の高校へ、ハードルが少し高いからとか、高くないからとかというのは、逆にほかから来る子供たちよりも、地元の利というのは、私は随分あるのだろうと、受験のところであっても。そういうことにも私はやはり文武両道、必ず可能だと思っておりますので、子供の能力というのは、1日、1日伸びていきますから、ぜひそんな、例えばハードルが高いとか高くないとかという、そんな考え方でなしに、その子たちに挑戦をさせてやる、そういう、ある教育制度というのもあってもいいのではないのかな、1次試験があって2次試験があってもいいのではないのか、そして志望校へ行けるという方法だってあってもいいのではないのか。  これは体制の話ですので、あとは個人的な笑い話として聞いていただけたらと思いますが。実はあるときに校長先生に、市長としてというのは変な言い方ですけれど、「推薦入学の枠ってくれんものですかね」というふうに言いましたら、「それは市長、そういうことはできません」と、当然でしょう。また「そのことをやると、選ぶのに大変ですよ、あなたは」と言われて、逆に脅しをされましたが。そんな話を個人的にしたことがありますけれど、教育の現場というのは、もっと公平・公正・無私な形で行われているということではないかと思います。  特に、野球に限らずですが、私はスポーツをやる人たちというのは、スポーツというのは、あるルールを守るということが大前提で成り立っているわけですね。このルールを守るということを、子供のときから社会で自分たちの活動をするときから、ルールを守るのだと。ある決められたルールを守って自分たちというのは、相手とか人と対等にいけるのだと。全然ルールのない世界も、決まりごとがあってもルールがない世界というのはありますね、もっとルールがアバウトな世界。少なくとも、私は小・中学校、高校、社会に出てからも、そういうルールを守って、そのルールの中で、お互いに対等な立場で競争をするということというのは、社会秩序を保っていくときに大変大切なことなのではないのかと思います。  ぜひ、子供たちが次への可能性にチャレンジできる環境、そう思える環境を一緒になってつくり上げていきたいと思います。それですから、先ほどから話がありましたように、もう一度当時の、昭和50何年かの当時の原点に、もっと40年代でしょうか、原点に戻ってみるのもと思います。私が在籍したのは、昭和29年から昭和32年ぐらいの、ずっと昔のことですので、あまり参考にならないと思いますが、でもそのときには青春を謳歌するために野球に、放課後ずっと6時、7時ぐらいまでやっていたと。日が暮れる、暗くなるまでやっていたと、高校になったら毎日ですから、そんな思い出がふっとよみがえります。そういう中での子供たちが可能性を見いだしていってくれたら私はありがたいと、またそう願ってやまないところであります。  以上です。                〔12番 木島信秋君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 12番、木島信秋君。                〔12番 木島信秋君起立〕 ○12番(木島信秋君) 今、市長の話を聞いておりますと、なるほどと思います。私たちもスポーツ少年団の子供たちに野球を教えているときにいつも言うのは、「野球をやりたかったら勉強をしようよ、野球を続けたいなら勉強もやろうよ」ということをよく言います。したがって、自分の進路を選ぶには、やはり能力というものが一番の原因だと思いますし、行きたい、それを取る受け皿というのも、これはお互いにそういうものにならないといけないということもありますし、片方が思うばかりではうまくはいかないと思います。何回も同じようなことを言うわけですけれども、復活してほしいなと心から思っております。  自分は学校は違うんですけれども、子供たちを見ていると、教育長もよく言われますけれども、「この子らちゃ、やっぱり輝いておらにゃだめだ」と、市長もよく言われます。我々はそういったことをいろいろ残していかなければいけないし、彼らがやれるための環境をつくらなければいけないと思います。市内ただ一つの県立高校であります。野球だけではないのですけれども、いろんなスポーツにまた頑張っていただきたいなとこのように思います。  以上で終わります。 ○議長(能村常穂君) 次に2番、寺田仁嗣君。                〔2番 寺田仁嗣君登壇〕 ○2番(寺田仁嗣君) どなた様もご苦労さまでございます。  6月の定例会に続いて本定例会においても質問の機会を得まして、深く感謝申し上げます。  9月に入りましてからめっきり秋らしくなりました。7月の梅雨明け前の長期予報では、7月下旬より8月にかけて夏型の天候が続くと予報されておりましたが、全くの予想外で、本当に日照時間の少ない冷夏で、稲作においては全国的に見ても平年作どころか、東北地方で著しい不良と報道されております。  富山県においても8月15日の作柄概況は、平年に比べて「やや不良」と見込まれております。その後の天候に特に影響が大きいと心配されております。ちょうどコシヒカリの刈り取り時期に来て、平年並みの収穫量が達成できることを期待しているものでございます。残念ながら少し精彩のない年になったのではないかなと思っております。  去る7月31日より8月4日にかけて、黒部市と国際友好都市を結んでいる韓国の三陟市より招請を受けた、第1回三陟市海辺洞窟祭りの公式行事に出席させていただきました。歴史や文化の違い、言葉や食べ物の不自由さを乗り越えて、両市間の議員交流や、協定に基づきますマラソン大会の参加、そして昨年の台風被害の復旧状況など、現地確認、意見交換と貴重な教訓を得て、意義のある交流ができたと思っております。  特に感心したことは、水害の復旧状況はすさまじい勢いで進んでおりました。橋の復旧においては1河川で4本の橋が壊滅的な被害を受けたというにもかかわらず、1年足らずで3本の橋が完成するとのことでした。大変力強いものを感じてまいりましたが、けさほど話を聞きますと、つい先日の土曜日に台風14号で、また少し被害が出たと聞いております。大変心配しているところでございます。  私にとっては、これらいろいろと体験したことを、これからの議会活動を通して微力ながら生かしていきたいと念じ、感謝いたしております。  それでは質問に入らせていただきます。  今回は将来に向かっての地域の活性化とまちづくりのあり方として、1点目は県定公園について、2点目はNPOについて、3点目は河川敷について質問いたしたいと思います。  まず、最初は仮称「新川台地の県定公園」と「嘉例沢森林公園、鋲ヶ岳、烏帽子山、僧ヶ岳を含めた県立自然公園」の指定申請について、市長にお伺いいたしたいと思います。  9月中旬ともなれば、高地から下界に向かって紅葉の色づきのニュースが多くなってきます。昔から1年で一番さわやかでおいしい季節、実りの秋が今年も到来し、四季の自然の移り変わりの恩恵が充分満喫できる時期がやってきました。この黒部を中心に黒部川扇状地に生まれた者として、待ち遠しい季節ではないでしょうか。今一度これら自然の恩恵に改めて感謝の気持ちを持って思い見直したとき、宮野山仏舎利塔を含めた墓地公園のある栗寺台地、また新川牧場、中山のため池を含めた十二貫野台地、そしてこれら両台地をとりもつ大谷川のダム公園、少し上部の嘉例沢森林公園、鋲ヶ岳、烏帽子山、僧ヶ岳と自然の豊かさを求めて気分転換のできる場所が、近いエリアに数々ございます。  昨今の県内における市町村合併等の状況を見るにつけ、着々と進んでいる地域においては、新しいまちづくりが打ち出され、おのおのの市町村で立てられた総合振興計画は、それなりに計画に従ってきっちりと進められていくものと思います。  バブル崩壊後の社会情勢を見たとき、過去の成長時代と違ってどんどん箱型をふやし潤いを求める時代ではなく、最少限にとどめ、もっともっと自然との共生を図り、環境に配慮した生活基盤を求める時代でなければならない。  今、ここに提案する二つの台地を含めた県定公園の指定、そして鋲ヶ岳、烏帽子山、僧ヶ岳を取り込んだ県立自然公園の指定、合併を含め、宇奈月町との協合、そして僧ヶ岳については魚津市とも協合になりますが、きっちり整備する必要があるのではないでしょうか。  県定公園は現在、県内に12カ所が指定を受けております。また、3、4カ所がただいま申請中と聞いております。一番身近なところでは魚津市の松倉城址の1,083ヘクタールが平成4年に指定を受け、現在2カ所目を片貝川の上流にレクリエーション基地として申請中でございます。この県定公園は他の県にない本県独自の制度で、主に里山地域における身近な自然や歴史資産に着目して、子供からお年寄りまでが気軽に楽しめるレクリエーションの場としての指定公園であります。三方が山に囲まれた富山県では、山岳と都市との中間に位置する独特の地形がこの制度を生み出しているものと思います。  特に歴史的資産としては、両台地を通っている十二貫用水は加賀藩の命を受けた椎名道三が天保10年に着工し、わずか15カ月で完成させ、34カ所の谷より取水し、標高差100メートルもないゆるい勾配で通水したことと、また栗寺地内に分水する第1分水が途中で谷を横断するための逆サイフォンを利用した龍ノロ用水などが、道三のすぐれた土木技術を示すもので、教育の面においても紹介され、名が知れわたり、今もエリア内に一部保存されています。  新川牧場においては、標高240メートルから424メートルの範囲において85ヘクタールの草地が広がっていて、比較的起伏が少なく、北へ向かって緩やかに傾斜し、北アルプスを背に富山湾と能登半島を一望する雄大なロケーションは他に劣らない景観といえます。夕日の沈む光景は生地海岸より見る光景とは少し趣を変えて心を引くものがあります。  大谷川のダム公園については、小規模生活ダムとして「遊びの広場」、「親水の広場」、「学びの森」とゾーン別に整備され、コントロールスタンドを備えたラジコンコース、コース選定も自由に選べ、初めての人から上級者まで気軽に利用できる。「親水の広場」では霧の体験コーナーで微細な濡れにくい霧を発生させ、その中を散策できるだけでなく、ライトアップによる光の演出で、見て楽しむ広場となっております。  栗寺台地の末端に位置する運動公園及び墓地公園においては、既に桜の名所や運動公園として完備され、多くの人に親しまれ、県内外よりたくさんの人が訪れております。  特に仏舎利塔付近の北側丘陵地より見る景観は、文化庁が選定した文化的景観全国180カ所に県内で5地区が選ばれています。その一つである黒部川扇状地が広域的景観を指定する複合景観の分野で指定を受け、愛本より一気に広がる扇形の有数の典型的な扇状地で、新しい市となる1市3町が同時に手に取るように見えます。  この二つの台地を結ぶアクセスはほとんど舗装された道路で、車で見て回っても、比較的短時間で回れます。  現行の県定公園の要件は県を代表するすぐれた風景地で、交通の便がよく、多数の人が利用していて、公園計画に基づく市町村の事業執行が容易で自然公園に含まれていないことなど規制があるものの、10年後の北陸新幹線の開業におけるまちづくりプランの一つでもあり、都市観光の基軸としたい。人口の減少する時代を迎え、都市と人の交流による人口増につながるまちづくりが重要である。都市が本来持つ多様性、機能の豊かさを市民が実感できるように、また、市民がそのまちに誇りを持つ意味においても将来の新市における唯一の県定公園として実現させたいものであります。  一方、嘉例沢森林公園、鋲ヶ岳から烏帽子山、そして僧ヶ岳としての県立自然公園案については、県定公園と違って、すぐれた自然の風景保護と利用を進める公園として、自然公園法に基づく条件があります。これら保護のための規制が行われております。  僧ヶ岳の雪形は昔から長野県の白馬地方以上に親しまれ、お花畑も雪どけとともに自然の魅力を与えてくれます。烏帽子尾根コースより見る植物の豊かさは、まさに自然公園である。長井真隆先生のユキツバキなど、僧ヶ岳の代表的な花木もたくさん自生しております。布施川のみどり湖より上流が対照になるかと思われます。  以上、県定公園と県立自然公園の2足を申し上げましたが、まず県定公園より検討を願うものです。市長の見解をお伺いいたします。  2点目、NPOと法人格について総務部長にお伺いいたします。  近年、長引く不況で停滞気味な「企業活動」とは対照的に、「市民活動」という言葉が新聞等メディアで頻繁に使われております。特に1990年代になって、それ以前に普及していた「市民運動」という言葉が、政府や企業などの特定の上位者に向かって訴え、要求することを主眼とした概念であるのに対し、「市民活動」とはみずから独自の活動を継続的に実施することを重視した概念で、社会を変えていこうとする動きである点は共通するものがあります。  阪神・淡路大震災や重油タンカー流出事故などを境にボランティアやNPOという言葉が非常に使用されるようになりました。今や新聞紙上では毎日賑わしております。はっきり言えばNPOは元気そのものである。  NPOとは民間の非営利組織で幅広い概念を持っていますが、現在、国内で言われているNPOとは簡単にいうと「市民活動」を行う団体がその代表的なものと言えます。地域社会を支えるNPOは県内では自発的な社会活動です。ボランティア、NPO活動への関心はますます高まってきています。特に「特定非営利活動促進法」の施行後、法人格を取得するNPOもふえております。「特定非営利団体」に法人格を与え、認証させた法人をNPO法人と呼んで今やごく普通の言葉になってきました。  NPOは無償の奉仕活動をする団体ととらえがちですが、「非営利」とは利益が生じても団体の構成員に分配しないということであれば、必ずしも無償という意味ではありません。したがって、NPOは活動資金として会費などを集めるほか、活動に対する対価をもらうことができる。また専属スタッフを雇用することも、給料も常識的な範囲であるかぎり可能である。  NPO法人については全国的に見ても、富山県においても、平成10年12月1日より「富山県特定非営利活動促進法施行条例」以来、急速にNPOよりNPO法人へと設立する数がふえております。登録された法人数は全国で1万1,900件。うち3割近くの団体が環境保全活動に取り組んでいて、また法人化していないNPOや市民グループ、ボランティアを含めると総数は8万とも10万とも言われております。県内においては法人格を受けていないNPOは、現在約600ぐらいあると推定されている。法人格の取得で法的な義務や権利がはっきりし、対外的な信用が高まることなどから、各種団体の運営にメリットがあるとされ、県内では14年度に入り、最多の22件が法人格の取得を申請した。12年度の認証数で全国最低で3件など関心の低さが指摘されていましたが、制度の定着やボランティア意識の高まりを受け、14年度には一気にふえ、現在は61件が認証を受け、6件が進行中と報告されております。  NPO法の目的である特定非営利活動を行う団体に法人格を付与することにより、ボランティア活動をはじめとする市民が行う社会貢献活動の健全な発展を促進し、公益の増進に寄与することを目的として効果は、先にも述べましたが、社会的な信用の高まりと法律行為の主体とした法人名で契約ができるようになったり、不動産の登録や銀行口座の開設もできるようになっております。いろいろ税制上の優遇措置等で法人化の動きは衰えそうもありませんが、住民のニーズが多様化する中、福祉や環境問題など、課題解決には市民参加が欠かせないと思います。財政的に厳しい行政では、NPOによせる期待は大きいのではないでしょうか。所見をお願いいたします。  今後、県内でNPO法人は大幅にふえつつあるものの、都道府県別に見たときに、人口比率順位では下から数えて、青森、鹿児島、埼玉、富山と依然低いレベルにあります。県内のNPOの多くは、より満足できる生活環境を求めて、みずから率先して行動を移した人々が集まったもので、足りないものは互いに補い、助け合う集落内の共同作業体と同じ精神が流れております。  しかし、NPOはボランティア的な性格が強いために、高齢者介護や障害者支援など福祉分野の活動が中心と思われがちですが、実際はさまざまな分野で活躍している。本年度県内で認証を受けたNPO法人を見ましても、大山町でスキー場を運営する「NPOあわすの」、また全国で初めてのライチョウを絶滅から守るNPOとして「ライチョウ保護研究会」が発足したり、この事務所が東京で活躍し、県内外の研究者や自然保護団体が連携して活動を展開しています。  また、9月14日の新聞によりますと、新湊市で自己破産したショッピングセンターを商工会議所や、市の連合婦人会などの協力を得て、施設運営にNPO法人が乗り出し、大型店を福祉拠点に活用し、地域ぐるみで市の活性化に図ることを目的として、県内でこの開設を目指しております。  県は15年度において、優遇税制の設置や協働のためのガイドラインをつくるなどして、NPO法人の支援体制を強化し、活動助成金などの支援策も盛り込まれ、大きく報道されております。また、国においても支援制度を拡充する予定で、今後ますます活発化するものと予想される。  県庁男女参画ボランティア課では、4月よりNPO法人の設立について県庁職員が「出前県庁しごと談義」を実施し、随時相談受付などにより、NPO法人の設立を積極的に支援している。  市としては、これからどのような考えで対応するのか、ただ成りゆきにまかすのか、市内における実態と今後の展開について、支援するとすれば、どのような態勢で行うのか、市報くろべの9月号には市内におけるボランティアが63団体、1,692人が登録されており、活動分野も多彩で、これらを含めて合わせてお伺いいたしたいと思います。  3点目、黒部川左岸河川敷区域の活用について、別名黒部川ワンダーランド構想について市長にお伺いいたします。  昨年の大晦日の「NHK紅白歌合戦」で、中島みゆきさんの歌う「地上の星」が厳冬の黒部川第四発電所より生中継されました。中島さんの出演していた午後11時1分には瞬間最高視聴率となる54.9%を記録し、全国の大きな注目を集めました。美しい自然に恵まれた黒部川はたくさんの人々に大きな恵みを与え、生活の基盤をなし、昔から人に潤いをもたらしてきた豊かな川であります。また、その反面、黒部川は宇奈月町、入善町、黒部市と扇状地に位置する住民として、洪水をもたらす危険な存在で恐れられた時期もありました。いつも同時に畏敬の念を持って受けとめられてきました。  一方、豊かな自然が、市民の伝統行事などの文化面で深く入りこんでいて、「流木を拾う」、「土砂を採集する」、「川で泳ぐ」、「グミを取る」、「魚をとる」、「ウサギや鳥などの動物をとる」ごく普通の自然帯であった。しかし、現在の黒部川は市民の生活から少し離れた存在となりつつある。特に子供や若い世代には、川は遊んだりスポーツをしたりするところではなく、少し怖い存在であり、ツツガムシ病などの病気をもたらすという、受けとめ方をしている人もおります。  新川広域圏水博物館構想推進室においては8月下旬より10月にかけて「水博ツアー2003」を4回にわたり行い、黒部川扇状地に点在する水に関するスポットめぐり、フィールドツアーで、毎回違った観点から扇状地の恵みなどを再認識してもらうという企画が実施されております。  今やこの世界的にも少ない典型的な扇状地内にある河川敷を有効活用することにより、子供たちをはじめ身障者や高齢者が幅広く利用でき、健康保持増進や心の洗濯場として、また集いの場として活用したいものである。  お隣の片貝川では渇水問題をきっかけに川の恵みについて考えようと発足した「片貝川の流れをもどす会」は7月26日に青空集会と片貝川ウォッチングを開き、川の生物などに親しもうと呼びかけております。  黒部川左岸河川敷活用促進同盟会が平成12年に結成され、今日まで確実に下準備がなされてきていて、北陸高速道路の上流部より権蔵橋の上流部に至るラジコン飛行場までの間を整備し、四つの基本構想では、  ①水に親しみ触れ合う空間としての黒部川。  ②水を中心とした自然を考える空間としての黒部川。  ③先人たちが水と協調し水を克服しようと努めてきた歴史を考える黒部川。  ④黒部川の自然を体で感じ、共生する感覚を持つことのできる黒部川。  以上は基本構想で、具体的には、水に親しみ触れ合う空間としては、川の中で遊ぶとともに、流れる水の冷たさ、速さ、深さなど、また昆虫採集のできる空間としてはヤナギ、ハンノキ、グミなどの木が茂る林を残すなど、伏流水や引き込み水などを利用して、川と木道等の周遊道路やアクセス道路、そして世界にないこの清らかな恵みの水辺を「水と石」、「流木と石」、いろんなテーマでアウトドアを楽しむことができます。特に女性が求める小さな石、花崗岩の硬い重い石、石の存在は常に宝石の原点であります。  小学校の低学年より高学年と黒部川での現地学習を重ね、その成果を発表したり、黒部川に寄せる思いや黒部川の将来像を絵や作文にまとめ、とてもユニークで夢のある作品が多いこともわかりました。  「豊かな体験活動」を通して黒部川探検を中心に流木展が企画されたり、初等教育資料として「生きる力」を育む学校づくりで、若栗小学校が野菜づくりから水とのかかわりをまとめ、全国の指導事例の3校に選ばれるなど、夢のある郷土が全国に紹介されようとしています。  費用対効果と厳しい時代ですが、先にも記しましたが、新幹線新駅の周辺整備と合わせて、観光コースの一翼を担うような面も考慮して、清流黒部川にだれでも気軽に立ち寄ることができることを要望するものです。国土交通省懇談会において、伝統工法や舟運、水辺の景観整備など、それぞれの川が持つ個性を引き出して流域を活性化すべきとする、今後の河川整備のあり方が報告されております。普段から、川に接し、固有の自然や歴史に詳しい流域の住民や市民団体などと連携して情報を共有することが個性ある川づくりには不可欠です。金を出すのは県や国、管理するのは市という時代ではなく、地元や地域の住民も一緒になって、草を刈ったり清掃したり、しっかりした意識を持って管理に当たらなければなりません。  この黒部川ワンダーランド構想を子供たちの願いを入れ、国土交通省を通して夢を追い続けていただきたいと思います。市長の思いをお伺いいたします。  これをもちまして質問を終わります。               〔2番 寺田仁嗣君自席に着席〕 ○議長(能村常穂君) 寺田議員の気持ちもわかりますけれども、質問も簡潔にお願いをいたします。  市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 寺田議員からは、冒頭に三陟市の台風のことについて、また三陟市に行ってこられたときの感触、そしてこれから取り組もうとしておいでになります姿勢に心から敬意を表するものであります。どうぞ、これからも日本海を中心、日本海というものを共有している韓国三陟市といろんな関係で、これからお互いに連携をとりながらいきたいものだと思っております。  台風14号、私たちのところには来ませんでしたが、韓国の方に直撃をしていきました。釜山をはじめとする、どちらかというとずっと下の方のところが被害が大きかったようですが、三陟市にも被害が及びました。私たちが、今すぐに、いろんなことで連携を取り合っておりますので、9月16日の10時の時点での三陟市のみの情報というのも入ってきております。全体的には正確ではありませんが、降雨期間は9月12日から13日の2日間、それから最大降雨量が540ミリだったと、それから最大雨量が86ミリ、被害状況でありますが、人命被害につきましては、人員9名、死亡3、行方不明1、重傷3、それから軽傷2ということだそうであります。被災民は1,458世帯、4,615名。財産の被害、公共施設等では49カ所、道路橋梁等でありますし、また住宅被害等につきましても1,307世帯。全壊ですとか流失ですとか半壊、それから浸水、流失は49、半壊が180、浸水が1,078、それから工場施設、それから農作業場の施設等々も幾つかあるようであります。それから孤立をしている地域も10地区、785世帯、1,943名の皆様方が孤立をしておいでになるという状況だそうであります。被害については、前回ほどではありませんが、ニュースでは全体被害は、現在、日本円に直すと14億円程度ではないのかと。被害の中でも、この金額ですとそう大きな、金額的な比較からすると、この前の被害から見ると軽傷なのかなと思われます。  ただ、人ごとでありませんで、我々のこの地域についても、先日行いました災害等についてもしっかりやっていかなくてはならないし、特に韓国、三陟市の最近の被害状況を見ておりますと、三陟市だけではないのですが。やはり山火事があった、大変大きな山火事があって緑が失われた、山が急峻であったということも、もちろんありますが、ずっと山が大規模に、あの地域、江原道の地域のところでは山火事があって、そして緑が失われた。緑が失われたところへ降雨があったと、そうすると保水力がないと、保水力がないものですから一挙に海に出てくると。そんな状況が火災のころから、かなり頻繁に出てくるようになった。私たちも、この黒部川、黒部というものを考えていったときに、やはり緑の山々の保水力ということ。それからそれにもどうしても堪えられないものについてはダム、その他の方法でやっていかなくてはならないということを端的にあらわしている事例ではないかと思います。  さて、寺田議員からは質問を聞いておりまして、議員も政治活動のテーマを見つけられたのかなと思いながら聞かさせていただきました。  まず、合併と新幹線を見越したまちづくりプランの一環としてゾーニングをしながら、整備並びに県の指定を受けていったらどうかという話でありましたが、当市のまちづくりプランといたしましては、本年度を初年度とする第7次総合振興計画があります。その計画の中では政策目標、快適で活力に満ちたまちの中で、公園、緑地の充実ですとか、地域資源を活用した交流の促進、さらに広域観光を推進していくということが第7次総合振興計画の中で盛られておりました。まだ地域指定等は行われておりませんが、これから行われます合併協議の場でも、それぞれの市町がこれまで進めてきたまちづくり計画を、新市のまちづくりの基調とすることとなっておりますので、全体の調整を図っていくことが必要なのかと思います。  さて、合併と新幹線を見越したまちづくりプランとしてこの地域におけるいろんな資源、先ほど話がありました栗寺、十二貫野台地、新川育成牧場、大谷ダム、嘉例沢森林公園、僧ケ岳等を包括的に活用する施策といたしまして、提言のありました県定公園、県立自然公園の地域指定に挑戦したらどうかということであります。そのことによってまちづくりのイメージアップ、広域観光ネットワークを図ったらどうかということでのご提言であります。
     ここで県定公園というのは、富山県定公園規則に基づきまして、現在、先ほど話がありましたように、県内には12地区が指定されております。圏域内で指定されているのは、朝日町が県立の自然公園に認定されているということであります。広域圏の中では、先ほど話がありましたように松倉城跡が魚津市で県定公園として認定されていると。  それで富山県立自然公園条例に基づいて、先ほど申し上げましたように5地区が地域指定されておりますが、県定公園は、県を代表するすぐれた風景地であり、交通の便がよく多くの方が利用することなどが指定要件となっておりまして、気楽に楽しめるレクリエーションの場で、美観を損ねない範囲で自由に利用でき、市町村が管理するということになっております。  一方、県立自然公園という指定要件は、県内のすぐれた自然の風景地となっているところということでありまして、県立公園との違いは、規制をかなり受けるということであります。  このような点を含めまして、議員の提言であります県定公園並びに県立自然公園の指定につきましては、施設の管理、地域の指定、土地利用の規制など、多くの点について基礎的な調査ですとか研究をすべき事項があると思いますので、その効果を十分に引き出すには、広域的な取り組みが重要であるというふうにも考えておりますので、広域的な機関で調整、合意形成の上、地域の持つ多様性、各種施設の機能性を十分に生かしたまちづくりの施策として関係自治体と連携しながら検討してまいりたいというふうに考えております。  2番目のご質問はNPOの法人格等については、総務部長へのご質問であります。総務部長から答弁させます。 ○議長(能村常穂君) 総務部長、宮崎勝昭君。               〔総務部長 宮崎勝昭君登壇〕 ○総務部長(宮崎勝昭君) 寺田議員から私に対しまして、NPOと法人格についてということで、NPOに対する期待、それから市内における実態、それから今後の展開、それと支援態勢についてのご質問であります。答弁をさせていただきたいと思います。  NPOの状況につきましては、ただいま議員の方からるる申されたとおり、福祉、環境、国際協力、まちづくりなど、さまざまな分野におきましてボランティア活動をはじめとした民間の非営利団体による社会貢献活動が活発化しております。また、その重要性が認識されているところであります。  このことから、国は平成10年12月に特定非営利活動促進法、いわゆるNPO法ですが、これを施行しまして、特定非営利活動を行う団体に法人格を付与することにより、法人名で契約ですとか登記をすることができるなどの法律行為の主体としての活動の道が大きく開かれたところでございます。また、税制面におきましても、寄附金の控除や損金としての参入、それから法人県民税の均等割ですとか、不動産取得税の減免といった優遇措置が講じられているところであります。  一方、反面ですが、このNPOの法人格を取得しますと、規則に従った届け出や報告の手間など、法人としての事務が増加しますので、規模の小さい団体等は事務量の増加を考慮しながら、メリット、デメリットを整理して検討した方がよいとも言われているところであります。  市内におきます実態でございますが、黒部市内におけるNPOの法人格を取得した団体は、これまで2団体ございます。  一つは、障害者の自立支援事業を行っております、生地にあります「くろべ工房」が平成14年1月に設立を認証されているところであります。なお、この「くろべ工房」につきましては、平成15年3月に社会福祉法人に移行しております。  もう一つは、魅力的な地域づくりを目指したまちづくり活動を積極的に展開されている「黒部まちづくり協議会」が平成14年6月に設立を認証されております。この「黒部まちづくり協議会」には、市の職員を派遣しておりまして、NPOの法人格の取得には、この派遣している職員が主に携わったところでございます。  また、今後、市内でのNPO法人格の取得の見込みにつきましては、市内で居宅支援サービスを行っている1団体が現在、県に対して設立の申請中であると聞いております。  地方分権が進められる中で、市民の意思で自分たちのニーズに合った地域をつくることが求められている中で、ボランティア活動など住民が自発的に行う社会貢献活動の意義や役割が社会的に認知されてきており、これからの地域社会を支える重要な担い手として、期待が高まっていると認識をしております。  とりわけ、NPOは、機動的かつ柔軟な取り組みが可能なことから、予算的な制約ですとか、いろんな手続きを必要とする行政では、なかなか対応のできないきめ細やかなサービスや効率的で質の高いサービスを提供していくことが期待されていると思っております。  市民と行政が相互信頼関係を築きながら連携・協働という基本姿勢のもとで地域づくりを進める時代にあって、市民の自発的かつ主体的な活動が一層活性化するように、行政が従来の地域自治活動に加えてボランティアやNPO活動などを支援していくことが求められていると思っております。  今後のNPOの支援につきましては、法人格の取得認可の機関であります県をはじめ、現在NPO活動のサポートを行っております富山県の県民ボランティア総合支援センターとも連携を図りながら、情報提供や相談活動などの支援機能を担ってまいりたいと考えております。  また、NPO活動の促進としまして、市内では社会福祉協議会内に設置されております「黒部市ボランティアセンター」とも今後の活動の充実や活性化に取り組んでまいりたいと考えております。  また、市の財政的な支援につきましては、現在、NPOの法人化の有無にかかわらず支援がなされていると思っておりますので、今後ともこの方針については変わらないものと、私は認識をしております。  以上、答弁にかえさせていただきます。 ○議長(能村常穂君) 念のため申し上げますけれども、寺田議員の持ち時間は12時7分まででございます。  市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 寺田議員には、黒部川左岸の河川敷区域の活用について、黒部川ワンダーランド、平成10年から地域の皆様方がこのようにしていったらいいのではないかという、夢を大きく育まれておいでになりますことに対しては、私もよく存じ上げております。いろんな子供から大人まで、地域の皆様方も含めてこれらのことに参加されて、いろんな議論がなされているということに対しては、心から敬意を表するものであります。  以前ですと、川の中にいろんなものを整備するというのは、大変厳しい時代でありました。まず、この河川敷を利用するという大前提になるのは、その地域が河川敷のあるところまでは安全性が確保されると、そのために河川の中を、いろんな洪水等を防いでいくための物を構築していくと、まさに治水ということが大前提の時代でありました。ただ、結構コンクリートですとか、そういうことで川が見苦しくなってきているということも含めて、自然型の河川をつくっていくべきだということ等が時代背景としてありました。当然、環境にも配慮したものでいけばどうかという河川法の方向転換がなされて、今日に至っているという状況にあります。  私は、皆様方のこのワンダーランド、あるエリアということになるわけですが、黒部川の洪水、歴史を少しひも解いてみてもよくわかると思いますが、昭和44年の8月、448の災害というのは、最近の私たちに大変記憶の新しいところです。これは今から35年ぐらい前ということになるのでしょうか。そのことが一つの、今まで想像していなかった水が、洪水が愛本のあの地点で出たと、これは今まで、例えば建設省の場合には100年洪水と言いまして、100年間に1回ぐらい起こるかもしれない大洪水に対して、いろんな河川の整備をしてきたり、治山をしてきたりということがやられてきたわけです。448の洪水のときというのは、100年計画をはるかに上回る水が出たと、そのことの教訓をもってもう少し上流のところで100年洪水のことを見直さなくてはならないということは、計画はずっと進んできていたわけですが、宇奈月ダムを促進させていったと、大きな方向に転換されていったと思います。かなり安全度が確保されてきました。  ただし、愛本地点で毎秒700トンの水が来ますと洪水認定ということになります。洪水が出ますよと、愛本で700トン。愛本で700トンというのは、我々、普通下流で見てますと、どこかその辺をちょろちょろと流れていると、そんなに危険な状態ではないよという状況ではありますが、それがそこからどれだけの水が上流から到達して、その700トンというのをオーバーしていくかという、そういう状況の一番最初の危険信号。それですからそのときには、愛本地点で700トンの到達量があれば、そこの川からは、すべての方が出てくださいということをせざるを得ないという状況でありまして、現在の例えばワンダーランドのところがそういったことにたえられるかどうか、そんなに長い間かかってあそこが形成されたわけではないですから、その安全性等を確認しながら、やはり土地利用というのを考えていくということをしなければ、黒部川という、あるときに危険なところに、人々が自由に利用できる物をつくろうとすれば、当然、危機管理というのをしなくてはならないというのは当たり前の話だと思います。河川の安全の確立を、人間がだれもいなくて流れていく分野ということと、そこに人がいるという状況の危機管理というのをしっかりやっていかなければ、私はその方向性というのは見つけ出していきにくいだろうと思います。それが行政としての責任であります。  ただし、私は今のところ、先日、水防演習が行われました出島地先、それから黒部川の橋のすぐ下流であります沓掛のところの広場、それから今の河川公園、その河川公園の上流の、今言われているワンダーランド、恐らくこの黒部川河川公園から出島の整備されたところまでの落差というのは、大体15メートルぐらいというふうに計算上なります。15メートルの落差というのは、水が出たときにどんな状態になるか、これは大変であります。川が広がっているというのもありますが、そんなこと等も含めながら安全性を確認しながら、その河川公園等の整備を図っていきたいと、そのことも大分調査等も進んできていると思っておりますので、そんなに遠くないと言った方がいいのでしょうか、平成17年とか18年、そこら辺りで安全性の確保等を、確認、お互いにできていけばアクションを起こすことができるのかなと思っております。  そのワンダーランドについてはその程度ですが、先ほどNPOの話がありました。  私からつけ加えることもないと思いますが、時代はまさに参加から参画型へ、参画型から共有型へというふうに時代が動いていっております。黒部におきましても、そういうそれぞれのNPOの皆様方が発足されて、参加型から参画型へ、参画型から共有型へという、この動きについては、これからもいささかもとめることはできないと思いますし、そしてまたとめるべきでもないと思っておりまして、市民の皆様方のやる気を増長していくということについては、後ろ向きに考えるつもりはありません。推進していきたいと思います。                〔2番 寺田仁嗣君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 2番、寺田仁嗣君。                〔2番 寺田仁嗣君起立〕 ○2番(寺田仁嗣君) これで質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。 ○議長(能村常穂君) 一般質問の途中ですが、昼食のため午後1時まで休憩いたします。   休  憩  午後0時01分   再  開  午後1時02分   出席人数  20人 ○議長(能村常穂君) 休憩前に引き続き会議を開きます。  一般質問を続けます。  4番、伊東景治君。                〔4番 伊東景治君登壇〕 ○4番(伊東景治君) どなた様もご苦労さまでございます。お腹の皮が張るとまぶたが緩むという時間でございますが、ひとつしっかりと質問していきたいと思います。  去る13日は最高気温37度の中で行われた小学校の運動会では、児童はもちろん先生、保護者なども大変な1日でありました。いよいよスポーツの秋であります。  また、きょうの新聞を見ておりますと、昨日、NOWPAP(北西太平洋地域海行動計画)というのがあるわけですが、その富山事務所設置に関する合意文書、ホスト国協定が結ばれ、開設の準備が本格化すると報道されました。NOWPAPは、日本海と黄海の環境保全と資源管理を行う国連機関であります。日本海側初の国連機関であり、環日本海地域の中央拠点を目指す本県にとって重要な意味があると中沖知事はコメントしておられます。  コラーレ展示室では、今月14日から23日まで海藻おしば展が開催されております。ノリ、ワカメ、コンブ、テングサなど、食品としてなじみ深い海草をおしばにして海草本来の色彩美と造形美を楽しむことができます。海面下では海の植物による美しい森が広がっている。海草は海水の浄化と生態系を守る大切な役割を果たしていると、おしばの考案者である野田三千代さんが美しさを楽しむと同時に地球環境の保全の重要性を再認識するきっかけにしたいと言っておられます。芸術、文化、そして書物を楽しむ秋でもあります。  それでは、通告によりまして3項目について質問いたします。  1点目、国道8号バイパスと背骨道路について。  2点目、市制50周年を迎えることについて。  3点目、市内の防犯への取り組みについて。  であります。  まず、国道8号バイパスと背骨道路についてであります。  合併後の新市に向けて、1市3町は産業、文化のいろんな面で互いの交流を促進し活力ある新市を目指さなければなりません。自治体交流の基幹インフラの一つとして道路があるわけでございますが、一般国道8号入善黒部バイパスは、魚津市江口から、黒部市を通り入善町椚山を結ぶ重要な幹線道路として大いに期待されております。一方、市道新堂中新線、いわゆる背骨道路は、新幹線開通後の黒部市と宇奈月町はもちろん、他2町を結ぶ幹線道路となるのであります。「脱ダム宣言」に代表されるように、公共事業の凍結、見直し云々と言われている昨今ではありますが、都市計画道路南線が開通間近の今、これからはこの2本の道路は早急に推進すべき、黒部市民にとって必要不可欠な公共道路であります。  基幹道路網整備について6月定例会で新世紀の会を代表して森岡議員が質問されましたが、私は大布施地区に関係する2本の道路、すなわち国道8号バイパス、背骨道路について、改めて質問いたします。  平成13年12月国道8号バイパスの黒部川に架かる「四十八ヶ瀬大橋」が開通しました。入善飯野方面から黒部市古御堂まで往来がスムーズにできるようになり、特に朝晩の通勤時間帯における交通の緩和に大変喜ばれており、早く全線の開通が期待されております。しかしながら、その後が続かないということで、特に朝晩の通勤における古御堂地内では、農道を通って通行する車が後を断たず、近隣の住民の方には危険にさらされている人たちもおられます。公道ということで、通行禁止にもできず大変困っているところであります。  石田地区では、犬山、立野地区の道路確保のための土地買収がほぼ完了して、関連工事も始まっていると聞いております。そこで大布施地内・古御堂から石田を通って魚津までの国道8号バイパスに関しての進捗と今後の計画について、市長にお伺いいたします。  さて、市道新堂中新線は、国道8号線と8号バイパスを結ぶ重要なアクセス道路であります。現在、コラーレ横の道路の拡幅工事が行われておりますが、おおむね10年後、つまり新幹線が開業するまでにどのような姿になっているのでしょうか。今の状態で進むと開業までに間に合うのか、計画に対する進捗と今後の対応について、市長にお伺いいたします。  次に、市制50周年について質問いたします。  黒部市は、昭和29年4月、桜井町、生地町両町が合併し誕生いたしました。その年に、三日市の大火や生地の波浪被害などがありましたが、本市はおおむね順調に発展し、来年、平成16年には50周年の記念の年を迎えるのであります。さらに翌年の平成17年には、1市3町の合併による新しい市制が施行されようと、合併協議会で検討がなされております。合併協議会の成果に大いに期待したいものであります。  さて、これまでも市制の節目、節目に記念事業が行われてまいりました。24年間本市を我が子のように慈しんでこられました荻野市長には、それぞれ思い出深いものがたくさんあるかと思うのであります。来年迎える市制50周年の記念事業について、市当局はもちろんでありますが、各地区や各種団体でも話題にのぼり、いろいろと検討しているところもあると聞いております。姉妹都市の招聘も検討の一つでありましょう。  そこで、来年迎える市制50周年の記念事業について  1点目、事業の期間は、いつからいつまでなのか。  2点目、メインの式典は、いつごろなのか。  3点目、事業全体の規模は、対象となる範囲や予算的にはどれほどか。  以上、3点について、市長にお伺いいたします。  次に、市内の防犯への取り組みについて質問いたします。  最近、特に小中学生の通学環境の安全性が問題になっております。交通事故などもありますが、下校における「嫌がらせ」から誘拐殺人、さらには北朝鮮の拉致問題といわれるまで、最近の子供たちの通学環境はますます安全ではなくなってきたのであります。埼玉県での小学生監禁事件、新潟県村上市の中学3年の女生徒が10日間軟禁されていた事件、あるいは宮城県名取市で登下校中の小・中学生2人が不審な男女から連れ去られそうになった事件など。さらに、名取市周辺で、車に乗った不審者から児童が声をかけられる事件が6件起きているとのことであります。  水害、地震に対する防災訓練が、本市において、国あるいは県との共催で大々的に行われました。しかし、防犯についてはいかがなものでしょうか。  昨年6月下旬に、フィルムコミッションに関して萩市を視察してまいりました。市庁舎に向かう車の中から、青地に白い文字ののぼり旗が目に入ってまいりました。交通安全の旗かなと思いましたが、よく見ると「こども110番の家」と書いてありました。萩市は子供の安全について市全体で取り組んでいるのだなと、こういうことが強烈な印象に残ったのであります。  富山県あるいは本市でも、「こども110番」の家には小さなワッペンを玄関に貼りつけるなど、取り組みはなされているわけでありますが、市民全体に浸透していないのが現状であります。子供は家庭、学校、地域で守り育てると言われておりますが、地域の中での安全は、地域全体で取り組んでいるのだということを周知徹底することが必要ではないかと思うのであります。  見知らぬ変な人に声をかけられたとき、子供たちが安心して近くの家に飛び込んで通報できるような「分かりやすい安全な地域づくり」、子供、女性だけでなく、市民全体が安心して住めるまちとして、「みずからが取り組んでいるのだということを示す時代」になっているのではないかと思うのであります。  そこで3点質問いたします。  1点目、市における児童への登下校時の嫌がらせ等の状況について、教育長にお伺いいたします。  2点目、こども110番について。  3点目、黒部市における防犯について。  以上2点は、市長にお伺いいたします。  質問は以上です。               〔4番 伊東景治君自席に着席〕 ○議長(能村常穂君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 議員の皆様方には午前中に引き続き大変ご苦労さんであります。  まず、伊東議員からは、3点について、それぞれご質問を賜ったわけですが、最初のNOWPAPの設置の話ですとか、それから海藻おしば、野田三千代先生の話ですとか、今、世の中にはいろんなメッセージを出す方法があるものだなと関心をさせられているところであります。  市内の出身の方で荻浦八郎さんという方が、現在、刻書画展を市民会館でやっておいでになりまして、見に行かさせていただきました。これにつきましても、日本の文字、文化、歴史、刻書画というところから、刻印というのはよくありましたが、この刻書画展というところから見えてくる日本の歴史、それから文字というのも大変興味深く説明を受けたところであります。  なお、海藻おしば、CATVでも取り上げておりまして、いろんな場面でおしばという、野田三千代先生のおしばというものについての新たな観点からのPRをしたり、メッセージをすることができているかなと思いまして、いろんなことに挑戦しておいでになる方のキーワードは環境、それから歴史ということかなと思います。これからもいろんな方が、市内の公共施設を使われて、オープンにして、そんなメッセージを、ぜひいろんな観点から送っていっていただいたら、またそれを感性豊かに我々が偏見を持たないで受け入れる、そういう文化が育っていってくれたらと思います。  さて、ご質問の、1番目の国道8号バイパスとバックボーンロードについてということでありました。  国道8号入善黒部バイパスにつきましては、端的に言いますと、先日からもずっと言っておりますように、北陸新幹線が開通するまでには、ぜひ暫定2車線であっても全線を開通させるということでの、国土交通省並びに県、ただし地元の皆様方の地権者の協力というのはぜひとも必要でありますが、その基本方針はいまだに変わりません。少なくとも北陸新幹線が開通、今のところ富山までということですが、将来的には金沢・福井ということになるのでしょうが、現在のところでは、そういう計画で整合性をもって進めていくということになります。  ただし、そのときには暫定の2車線は海側の開通ということになるのではないかと思います。現在のところ、それ以上でもありませんし、それ以下でもないと、一日も早く、現在も用地買収等の予算等が来ておりますし、それからカドミ汚染田等の整合性というのは、これは二重投資を避けるということから大変長い間の課題だったわけですね。農水省の事業と国交省の事業があい交差するわけですが、復元を行ってしまってから、そこにまた道路を入れていくということは、これはむだ遣いでもありますし、その整合性をずっと図ってきたと。それが今一致しましたので、まずそこの解決したところからの用地取得を始めていくということであります。順次、国土交通省のところにも用地買収等の予算についてお願いをいたしておりまして、順調と思いますが、きてると思っておりまして、現在のところは石田地域、布施川側から用地買収を進めてきているという状況にあります。それを延伸させていきたいと思って、現在の出島まで来ているところに向かって延伸させていきたいと思っております。  それからバックボーンロードにつきましても、おおむね同じような考え方でありまして、これも北陸新幹線が開通するまでは、本当は8号バイパスまで接続させたいというのが念願であります。その手法については、8号線から上は、少なくとも県道で整理をしてもらうということで、現在、地元の皆様方で稲田議員は促進期成同盟会の会長ですが、沿線の振興会の会長を中心にしながら促進期成同盟会をつくっていただいて、いろんな取り組みをしていただいていると。地元の皆様方とのいろんな、県の皆様方も入ってですが、県道としてやるとすれば、皆様方で今進めているという状況です。かなりいい方向に進展をしていっていると私は思っておりますし、県の皆様方も大変やる気でやっておられますので、計画的に、用地の協力の問題はありますが、進んでいくものというふうに期待いたしております。  そこのところについては、高速道路のボックスが今の幅に合わないので、ボックスに穴をあけなくてはならない。このことも本当は大事業としてあるわけです。ボックスを大きくしていかなくてはならないということ等もありますので、そのことも含めながら予算の配分について、県の皆様方にもぜひお願いしていきたいし、国土交通省にもお願いしていきたいと思っております。  さて、8号線から下流、海側、当面はバイパス道路までということになりますが、市の財政もあり、目標は新幹線が開通するまでには、私は計画的にそれを進めていくべきだろうと思います。では本当に市の事業としてやっていくとすれば、財源的に可能なのかどうかという議論は当然必要になります。当然、これは本当に市としては大事業になりますので、財源的に可能かどうかということも含めて、今までも協議してきてますが、今からも予算を編成していくに当たっての中での取り扱いというものを、慎重を期していかなければならないと思います。  現在は8号線から下のところについては、できるだけ私たちは、市道と県道であってもいいと思いますが、できるだけ一部供用開始ができるように市道の場合にはしていきたいと思っているわけですね。それですから、今のところ8号線から県道沓掛魚津線のところまでを整備したときには一部供用開始ができる。そこから先の六天天神新線のところまでというのが、次に考えられる区間だろうと。六天天神新線から8号バイパスのところまでというのは、第3期工事ぐらいになっていくのかな。それをどこまで、10年間のうちに基幹道路網整備として予算を配分していくことができるのかどうかと、これは大変、大きな事業であるだけに、他の事業への影響もかなり大きいと思われますので、その辺は予算編成をしている段階の中で配慮すべきことだろうと思います。  そのことと、これは新しい市に移行する段階ということになると思いますが、新しい市においては、特例債の発行が認められておりますので、そんなことも特例債の発行に準拠する事業になっていくのかどうか、それから一般補助事業としてやっているわけですが、補助事業としてやっていく中での特例債への移行ということも、この事業はできるのかどうか、それをまた県が認めてくれるか、国が認めてくれるかというような複雑な作業がありますので、計画、希望とすれば、私はやはり8号バイパスができ上がるころ、それからバックボーンロードにいたしましても、そこのところに焦点を合わせていくべきだろうと、私はそんなふうに思っております。  2番目のご質問の市制50周年を迎えることについて、期間はいつからいつまでですかというご質問ですが、実はこの新川地域の中では、魚津市はもう終わってしまっておいでになるわけですが、1市3町の中では合併のこのエリアの中で50周年を迎えておいでになりますのは、今年は入善町です。そして来年の平成16年にいきますと、朝日町・宇奈月町・黒部市とこの3地域が同じ年に、平成16年に50周年を迎えるということになります。  それで市制が誕生したということからすると、期日とすれば、黒部市が昭和29年4月1日からですから、一番早い、その辺でやるべきなのか、そうでなしに、皆様方がやられた、その後でメインの記念式典は、平年行っている11月ぐらいに行うべきなのか、選択はその二つだろうと思います。これからも、いろんな議員の皆様方とも相談をしながらということになりますが、新川地域の中では、最後の総締めくくりも黒部市が50周年として、最後の総締めくくりをやっていけば、本当はやられたらいいのかなというのも、私の思いの中にないわけではありませんが、これはそういった中での選択、メインの記念式典が、これは慎重にお互いに検討していきたいと思います。  それからいろんな記念というのがあるとは思いますが、記念事業とか記念行事とかというのがあると思いますが。今、助役を中心にいたしまして、黒部市制施行50周年記念事業推進委員会、これは会長を助役にいたしておりますが、全庁的に取り組んで、事業調整等の検討を行っているという最中であります。各担当部にあります、それぞれの関係の市民の皆様方の団体もあることですから、ぜひそういったところからも市民参画型をも含めましてイベント、また冠事業等々について集約をし、取捨選択をしていきたいと思います。  市制30周年のときには、今定着いたしております39代大統領のカーターさんが、YKK50周年ということとの同じ年でしたのでおいでになりました。そのときに私も大変荒っぽかったのだろうなと思いますが、黒部市の旗はこの色の旗ではなくて、ワインレッド、富山県の旗と同じワインレッドだったのですね。そのときに本当に黒部市にふさわしい旗の色というのは、このワインレッドでいいのかどうか、単純にそんな疑問を持って投げかけて、そして黒部のカラー、黒部の色を出していこうというのが、この旗に込められる気持ちだと思ったわけです。我々は一つの旗のもとに心を一つにして進んでいく、その精神がどうやってこの市旗の中に入っていくことができるのか。そんなことを考えながら、それでは市旗の色も含めて一回考えてみようといって市民の皆様方からいろんなアイデア、それからいろんなデザインを募集したりいたしました。幾つかありましたが、最終的に決まった色が水色というか、そのときの森丘教育長は群青色だというふうに言われましたが、この水色。もっと議論をされたのが、この旗が、もし雨に濡れたときに、本当に水色になるような素材を選別すべきだというような話等もありました。いずれにいたしましても、その方向でこの市旗が30周年のときに決まった。横に「KUROBE」という字がストライプでありますが、これも市旗の中に「KUROBE」という字を入れるのがいいのかどうか。この市旗は、市章は違います。これもいろんな議論がありました。これは後世が評価することになると思いますが。実はこの「KUROBE」というのは10本のストライプになっております。黒部市10地区、それぞれで合わせて「KUROBE」という文字を表したと。やがていってたくさんの市町村が加わってきたら、これをだんだん補足して、同じような字にしていけば、形も変わらないでいいではないかというようなことまで話をしていた。それはアメリカの星条旗のところで星をずっと置いていくというようなことが。
     話があっちこっちへいってしまいましたが、申し上げましたのは、そういうことでこれからいろんなことを検討していくということであります。お金をたくさん使えばいいというものではありませんし、ただし必要なものについて、合意が得られたものについては、やはりせっかくの50周年、しかも黒部市が市単独として残る最後の年になるかもしれないという、大変歴史の峠、大きな節目の年でありますので、それなりの、他のことを少しは節約しても、きちんと歴史に残る年にしていかれればいいのではないかなと、私はそう思っております。これからいろんなアイデアが出てくると思いますので、ぜひ議員の皆様方からも、適切なご指導を賜りたいと、また協議をしていきたいものだと思っております。  市の防犯の分野についての登下校時のことについて教育長にご質問ですので、教育長から答弁してもらいます。 ○議長(能村常穂君) 教育長、西坂邦康君。                〔教育長 西坂邦康君登壇〕 ○教育長(西坂邦康君) それでは伊東議員の質問にお答えいたしたいと思います。  登下校時の嫌がらせ等の状況についてということでありますので、発生件数、それから対応についてお答えいたしたいと思います。  14年度市内で、不審者、変質者等による児童・生徒に対する事件におきましては、写真の撮影強要、それから声かけ、つけ回し、あるいは身体の露出、それから児童・生徒への住所の聞き取りなどの不審電話、それから同行してくれという強要事件などがあるわけであります。14年度は15件であります。15年度におきましては、8月末までで、現在8件発生をいたしております。  しかし、いずれにしましても、日ごろの家庭、あるいは学校での指導を受けての児童の適切な対応で大事には至っておりませんことは、私どもは喜びたいなと思っております。  それでは対応をどうしているかということでありますが、それこそ平成13年6月の大阪教育大学の附属池田小学校で痛ましい児童・生徒の殺傷事件以来、それまで以上に通学路で人の少ないところの把握を十分にするとか、あるいは注意すべき箇所の把握、あるいは万が一事件と言いましょうか、そういうふうに遭遇したときには、ご指摘がありましたように「こども110番の家」や、あるいは近くの民家へ駆け込むという指導。あるいは最近では、日も暮れるのが早くなったものですから、女子の部活などについては、部活の顧問が交代で通学路の巡視も積極的にしようという、教職員の自発的な行動もしております。そういうことで児童・生徒の安全の確保を指導してきております。  また、保護者に対しましては、生活指導の案内文書を配布しまして、見知らぬ人からの「声かけ」に気をつけるなど、家庭内での十分安全教育を徹底するように学校を通じて行っております。  さらにそういう不審者、あるいは変質者が発生と言いましょうか、出没したという状況等につきましては、魚津教育事務所管内で発生した場合、それぞれの当該小中学校で警察へ連絡するとともに、教育センターへ連絡することになっております。それを受けて各小中学校、あるいは幼稚園に不審者の特徴、それから状況を速報しまして、児童・生徒の指導の徹底、保護者への注意喚起、警察へのパトロール強化の要請を行っております。  さらに、ことしの夏休みを迎えるに当たりまして、教育委員会といたしましては、地域の子供は地域で守ってほしいということで、地区の振興会長、それから公民館長宛に、児童・生徒が予期しない被害に巻き込まれることがないように、十分見守ってほしいという要請もいたしているところでありますが、さらに緊急時には、本年整備されましたみら-れテレビの緊急放送システム、確立されてきているようでありますので、それを利用して市民の皆様への周知とか、あるいは避難場所確保の依頼を文字放送等で放送していただくなど検討していきたいと思っておりますし、学校におきましては、危機管理におけるマニュアルを作成していきたいと思っておりますし、今まで以上に学校、それから家庭、そして地域の連携を、あるいは地域の防犯組合、あるいは警察など、関係団体との連携をとりながら、児童・生徒の安全確保に努めたいと思っております。  以上であります。 ○議長(能村常穂君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 伊東議員には「こども110番」の充実等について、それから市の防犯の取り組みについて、市長にということでありますが。  まず、「こども110番」については、近年全国的に相次いで発生している小学生の殺傷、通り魔事件、誘拐やわいせつ犯罪など、子供を対象とした凶悪な犯罪の被害を地域ぐるみで防止する目的から、子供の緊急避難場所としての、警察及び防犯協会が主体となって発足させた制度であります。確かに子供たちはよくわかってるのでしょうが、大人が見てわかりやすいかどうかということについては、やはり問題点のあるところかなと思います。子供たちは自分たちのこととして、よく教育を受けていますので、一般的な人たちについてはそんなことかなと、伊東議員が言われたようなことかなというふうに認識します。  また、ホイッスル等、それから必ずしも防犯だけでなしに、交通安全のところ、また地域の防犯協会等々を、あらゆるそういうものの連携、隣近所も含めてですが、ということの相乗効果をもって、やはり防犯というものをやっていかなくてはならないと思っております。今ほど教育長も言いましたように、CATVを使っての警察からのメッセージ、防犯協会からのメッセージも出しておりますし、全部見ているかどうかは別にして。それからファックスによります各防犯連絡所、それから振興会長等、いろんな最近起きた、また緊急を要するものについて、防犯協会の方からファックスで流れることになっております。このシステムは6、7年もたって定着をしてきていると思われます。あちらこちらへ行ってよく話をされる方々のところへ、防犯協会の支部長をはじめ振興会長方というのは、結構地元の皆様方によく話をされますので、いろんな会合にも出られますので、そのときにこういう事犯が起きてますよと、「おれおれ」の話がありますとか、それから変な電話がありますとか、どこかで子供たちに対しての危険な行為があったとかというのは、できるだけ早くファックス等で流すことにしております。  伊東議員はご承知のことと思いますが、黒部地区防犯協会というのがあります、出ていただいたことがあるかどうかわかりませんが。その防犯協会は、宇奈月町と黒部市、つまり黒部警察署管内を一つのエリアとした協会を結成いたしておりまして、会長、副会長、理事、それから顧問、参与、監事、それから評議員、評議員会、事務局とあるわけですが、その中で大きな流れ、大きな柱とするものは、黒部地区防犯連絡所協議会という組織であります。片方のところで地区防犯支部というのがあります。全部で三日市支部から音沢支部まで含めまして、それぞれの校下単位での支部、それからもう一つは地区防犯団体、例えば宇奈月町の連合青年団、黒部市の連合青年団、老人クラブの皆様方、婦人会の皆様方、企業の皆様方、企業の中でも女性防犯広報隊の皆様方、有害環境浄化推進委員会の皆様方、青少年の育成市民会議の皆様方、青少年補導員協議会の皆様方、黒部地区健全活動少年団、コンビニエンスストアの防犯協会、金融機関、社会福祉協議会、両市町の。こういった皆様方で防犯協会を設立していまして、この中に警察の皆様方も参与、評議員として入っていただいて、そしていろんな地域全体の防犯について、こういうふうにしていこうと。今の「110番」というのは子供が犯罪にあわないという一つの事例ですが、全体、いろんなことについては、この黒部地区防犯協会が中心になって事業を進めてきているという状況であります。  いずれにいたしまして、子供たちというのは、なかなか防御ができない弱い環境にあります。子供が子供というのではなしに、大人が子供をという例というのが多くありますので、ぜひわかりやすい表示方法の改良など、これから地区安全のための基盤づくりを推進していきたいというふうに考えております。  市の防犯の取り組みについてということについては、今ほどお話した、組織としてのお話をした、そのことで尽きると思いますが、何と言いましても、近年、いろんな防犯事例があるわけですが、自転車を乗り回す、窃盗の意思がないのでしょうが、都合のいいところにあったから乗ってどこかへ乗り捨てるといったような自転車盗難というのが大変たくさんあります。そのことも含めまして、市では新年度に入ってから黒部駅前地域に防犯カメラを設置いたしました。大変今のところ効果が上がっていると。そのことというのは、積極的に防犯カメラを設置しましたよということについては、子供たちもよくわかっていると、子供たちだけでなしにわかっていると思いますので、かなり抑止効果としては進んできているだろうなというふうに期待をいたしております。ただし、いろんな創意工夫をする人々も世の中に出てきて、防犯カメラの隙間をどうやっていくかということを、逆に愉快犯みたいなことをする子もいないわけではないということですので、逐次、創意工夫をしながら関係機関の皆様方とともに犯罪の起きにくい地域をつくっていきたいということで、これからも取り組んでまいりたいと思います。  青少年の健全育成にいたしましても、先ほどスポーツの話がありましたが、各地区の少年柔道剣道大会、今年は例年になくたくさんの子供たちが柔道剣道大会に参加してくれました、夏休みの間ですが。それは先ほども申し上げましたように、社会ルールを守ろう、ルールを守っていくことの大切さ、そこから心・技・体を学んでいってくれる、そういう子供たちが育っていってくれればという願いで、これは柔道剣道だけではないでしょうが、少なくとも防犯協会の管轄の中では、その大会をずっと、これで何十年間続けてきていると、また成果をおさめてきているというふうに思っておりまして、一つずつの歩みはスローかもしれませんが、そのことを着実に歴史を重ねていくことによって、その実行があらわれてくるものだと、私は信じて黒部地区防犯協会の会長を引き受けさせていただいているということであります。これからも安全なまちづくりというのは、何よりもまして大変大切な、市にとりましても課題であります。ぜひ議員の皆様方にも市民の皆様方にも協力をしていただきますよう、お願いを申し上げまして答弁にかえます。  以上です。                〔4番 伊東景治君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 4番、伊東景治君。                〔4番 伊東景治君起立〕 ○4番(伊東景治君) 今、市長並びに教育長の答弁をいただきました。  その中で答弁漏れということかどうかわかりませんが、50周年記念の件で、この50周年の期間と言いましょうか、いわば冠をつけて何か、例えば事業をやろうとか、そういうことについては、例えば今から50周年とつけるわけにもいかんでしょうし、いつごろからどのぐらいまで、年度でいうのか、あるいは年でいうのか、その辺、少しわかりませんが、その辺について1点お聞きしたいということと。  それと予算については最後の年でもあるという、合併があれば最後の年ということで、そこそこ考えればというふうな答弁でもございましたが、やはり市長とすれば、市制50年のうちの半分を黒部市のためにやってこられたわけでございますので、やはり市の50周年の記念もしっかりと音頭をとってやっていきたい気持ちはたくさんあるのだろうなと思うわけですが。そうなると、やはり50周年最後でもありますし、少し予算的にも従来より出せるような、そういう予算編成を、予算をいただけないものかなということで、その辺について、もう少し伺いたいと思います。  防犯については、例えば防犯カメラのような予防ということでの対策については、私ども非常に歓迎いたします。ただ組織をいっぱいつくっても、いろんな組織を市長は述べられました。しかし、組織の中にはいわば毎年人がかわったりとか、そういう組織もございますし、なかなか取り組みというものが目に見えないというのが一番の、犯罪が起きてからではなくて、予防という立場で言えば、一番大事なのではないかと思っているわけで、そういう面では萩市の例を出しましたが、県とか、そういう協会からだけではなくて、市としての取り組みを、何か期待したいと思っているわけです。これについては何か、今後取り組んでいっていただけるものだろうということで、これは私の希望といたします。  それと8号バイパスと背骨道路につきましては、市長はそういうふうな答弁でございますが、現実問題として、私どもの大布施地内の古御堂、あるいは金屋、そういったところで、実際どうなっているのだというふうなことがいろいろと言われております。そういう中でもう少し具体的計画なり、そういう取り組みというものがあるのではないだろうかというふうなことも言われておりますので、それについて10年後はこうなりますということではなくて、もう少し、1、2年後ぐらいまでには、少なくともどうなる、だから今はどうしたいというふうなことを、ぜひ聞かせてほしいと思って質問したわけでございまして、その辺はどうなのか、この点について、50周年の件と今の件について、少しお話を伺えればと思っております。                〔市長 荻野幸和君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 念のため申し上げます、伊東議員の持ち時間は2時04分までであります。  市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君起立〕 ○市長(荻野幸和君) 済みません、答弁漏れだったということでありますので。私は感覚的には言ったつもりでいるのですが、始まりと終わりというのは、50周年ということですから、4月1日から3月31日までというのが50周年の期間だろうと。ただ常識的に考えて記念式典をいつにするのか、それが本当は最後になるのかなというイメージをもって私自身は申し上げましたので、そうすると例年行っている11月3日の文化の日、そこが記念式典に一番ふさわしい時期なのかなと。ただしこれは私の個人的な考え方ですので、4月の初めにやるべきだという論もあるでしょうし、11月、そうではなく3月だというのもあるでしょうから、その辺はよく議論をしていかなくてはならない。ただし、その間に行われる冠の事業ですとか、そういったことについては、年間を通じて行っていくということではないかと思います。  先ほど申し上げましたように、朝日町、宇奈月町も8月ですとか、どこかその辺、周辺で計画しておられるわけですので、本当にダブっていいのかどうか、後でやった方がいいのか、先でやった方がいいのか、そんなことも含めながら記念式典の日を考えていきたいと思います。  防犯協会のことで触れられましたが、なかなか見えない、それぞれの組織も変わってきますから。我々はそんなふうに思っておりませんので、伊東議員の言われるのは、見えないのではなく、見ようとしないのではないのかと思いながら、もう少し防犯協会にもよく参加をしていただいて、いろんなことを活躍してもらいたいなと。それぞれの組織は変わりますが、毎年我々も総会をやっておりますし、支部の中でもいろんな議論が闘わされておりますので、ぜひ見ようとして見てあげてもらいたい、お願いいたします。  市独自の取り組みがないかということでありますが、市の独自の取り組みというのは、そういった全体のことをしっかりやっていくということによって、防犯の効果をあらわしていくことができると。何か一つをやれば防犯の効果があらわれるということではありませんし、それぞれの皆さん方、それからそれを所轄しております警察の皆様方、それから宇奈月、黒部の連携の話も当然あるわけですので、ぜひ今までの方向でいきたいと思います。  市制50周年の予算のことにつきましては要望でありましたので、私が予算を組めるかどうか、まだ大変微妙なところにおりますし、予算の編成方針は出していけるだろうと思いますが、そのことに直接触れることは避けたいと思います。  それから8号線のことについては、少しその辺のスケジュール等については木島部長の方から、現在わかっているところまでの報告をさせたいと思います。               〔建設部長 木島孝正君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 建設部長、木島孝正君。               〔建設部長 木島孝正君起立〕 ○建設部長(木島孝正君) 8号バイパスの未着工区間、県道若栗生地線から石田前沢線、県道までの2.2キロ、この区間だけ、あと黒部で残っているわけです。この区間の事業促進に向けた国土交通省への協議の中では、私どもの意見が受け入れられれば、予定とすれば今年の収穫後、10月中には地元対策協に設計協議の概要を提示できるのではないかと思っております。もし、そういう形でいきますと、年内に関係地権者へも設計協議が行われるということになります。さらに、年内で設計協議が合意されれば、年度内に、場合によっては一部、用地買収が実施できるという状況になります。そうしますと、15年度内に切り口がつきますと、これまでの例からいきますと、遅くても16、17年度には買収がほぼいくのではないかと思っております。いずれにいたしましても設計協議に入って、地元の調整いかんが、これからの要になります。ぜひとも議員の力をかりまして、地元の調整を円滑に進めようと、私の方からお願いしまして、答弁にかえさせていただきます。                〔4番 伊東景治君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 4番、伊東景治君。                〔4番 伊東景治君起立〕 ○4番(伊東景治君) 8号バイパスについては、今、建設部長の方から伺いました。いずれにしても合併後の基幹道路であろうということで、1市3町の大事な道路でありますので、私どももできるだけ協力し、そして早くできるように期待したいと思っております。  時間もまいりました。私の質問はこれで終わります。 ○議長(能村常穂君) 次に、9番、松原勇君。                〔9番 松原 勇君登壇〕 ○9番(松原 勇君) どなた様もご苦労さまでございます。  ことしの夏は、気候も不安定な冷夏でしたが、9月に入りまして、残暑はことのほか厳しい日もございました。が、先日の台風14号通過の後は、日中の暑さに比べて、朝夕はようやくしのぎやすくなったような気がいたします。  さて、9月1日は“防災の日”であり、災害に対する備えは日ごろから必要とされます。今月4日には「富山県総合防災訓練」が実施され、自衛隊や海上保安庁など、国の関係機関、関係市町村、自主防災組織、民間企業、ボランティア団体などの防災関係機関及び地域住民の方々約4,000名の参加により、大規模地震災害に対する実践的かつ広域的な防災訓練が、市民の皆様の協力により行われました。  地震は繰り返し必ず起こるという自然の摂理からすれば、日本、とりわけ関東地方は奇跡の中にあると言われてきました。そんな中で、富山県はほとんど災害が起きていないため、安全ボケしているとも言われています。平成7年1月17日の阪神・淡路大震災の教訓を十分に生かした安全対策を講じておかないと、災害は必ずや拡大再生産されると言えましょう。  中沖県知事のあいさつにもありました、“災害は忘れないうちにやってくる。自分の家は自分たちで守り、私たちのまちは私たちで守ろう。”との言葉のように、日ごろから災害に備え、災害の発生時には的確に対処できる基礎知識を身につける、そして体で覚えるという訓練であったかと思います。  去る8月24日午後11時50分ごろ、黒部市岡の北星ゴム工業本社工場2階から出火、時々ドーンという大きな爆発音がしたりして黒煙がもくもくと上がり、広い範囲でゴムの焼ける異臭が立ち込め、付近住民が不安な表情で消火活動を見守っておりました。黒部消防署が直ちに消火活動に当たり、隣接する魚津・入善・宇奈月の各消防署などからの応援も得ながら行った懸命の消火作業の結果、工場2階の約9,500平方メートルを全焼し、出火から約9時間後の明朝8時50分ごろようやく鎮火したようであります。  その2週間後の9月8日には正午過ぎ、栃木県黒磯市上中野のブリヂストン栃木工場から出火して建物約4万1,000平方メートルをほぼ全焼し、消防庁と東京消防庁は科学消防車や特殊災害部隊を派遣、黒磯市は対策本部を設置し、付近住民5,032名に避難を指示、市立東那須野中学校に一時約250人が避難したと報道されました。  また、テレビなどの報道によれば、栃木県のブリヂストンの火災は、初期消火に失敗したとも言っていました。東京消防庁への応援は、出火してから7時間もたってからのようであります。  もし黒部市において、地元の消防能力を超えた火災が起きた場合には、隣接からの支援体制がどうあるべきかという課題があります。時同じくして黒部市三日市の住宅密集地で火災が発生しました。幸い風もなく、消防の方々の懸命の消火作業にてほかへの延焼をまぬがれました。が、改めて火災の恐ろしさというものを痛感した次第であります。  地元の消防本部の役割としては、  1番目、火災の状況の把握や消火計画の立案。  2番目、応援部隊の指揮。  3番目、大量の水や機材の確保。  4番目、追加応援の必要があるかどうかなどの判断など、さまざまな項目に及びますが、黒部の地元消防署が、消火活動にすべての責任を持たねばならないという大変な任務をもっております。そこで質問いたします。消防長、市長にお伺いいたします。  第1点目、防火について。  一つ、市内の公共施設及び企業や住民に対して防火の予防行政をどのように指導されているか、詳しくお伺いします。  2点目、消火対策について。  出火時における対応策について、このたびの市内2件の火災について、隣接の消防署の出動協力を求める場合に、どのような基準があるのかお同いいたします。  2番目、防火用水や消火栓等の整備はどのようになっているのか。  農業用水及び生活用水の“水不足”で、泥水を吸い込んだり、エアーを吸い込んだりして充分利用できなかったのではないか。そうであった場合は、至急整備する必要があると思います。  3点目、また市内の貯水槽は、40トン、50トン、100トンクラスとあるようですが、ひとたび火災が発生したときはこれだけで充分なのか、もっと各所に整備の必要がないのか、必要とすれば何トンクラスが何箇所必要なのか、お伺いいたします。  次の質問でありますが、市長にお伺いいたします。  国道8号バイパスヘの「道の駅」誘致についてであります。  現在、国道8号バイパスが黒部市に建設中、あるいは用地買収中でありますが、黒部市総合公園付近に「道の駅」を誘致できないでしょうか。車社会の今、地域の核として“道の駅”が必要と思われます。長距離ドライブや、女性や高齢者のドライバーが増加する中で、一般道路にも安心して利用できる休憩のための施設が求められています。  そしてまた、これらの休憩施設では、地域の文化、名所の案内、そして特産物販売など、「道の駅」を活用して多様なサービスを提供することが望まれております。  さらに、これらの施設ができることで地域の核が形成され、道を介した地域連携が促進されるなどの効果も期待できます。  こうしたことを背景に、道路利用者のための“休憩機能”、道路利用者や地域の方々のための“情報発信機能”、そして「道の駅」をきっかけにまちとまちとが手を結び合う“地域の連携機能”、これらの三つの機能をあわせ持つ休憩施設「道の駅」を、特に観光については、地域内にはすばらしい観光資源を保有しており、合併をしようとする1市3町の観光ルート開発は重要と思われますので、ぜひ「道の駅」を国道8号バイパスの総合公園付近に誘致できないものか、お伺いいたします。  以上であります。 ○議長(能村常穂君) 消防長、田中幹夫君。                〔消防長 田中幹夫君登壇〕 ○消防長(田中幹夫君) ご苦労さまです。松原議員には、大きく分けまして防火についてと消火対策についてのご質問でありますので、順次答弁させていただきます。  初めに市内の公共施設及び企業や住民に対してどのような指導をしているのかというご質問でありますが。  市内には消防法施行令に基づきます、一定規模以上の防火対象物が335事業所あります。それぞれの対象物には防火管理者を定め、消防計画に基づく消火・通報及び避難訓練の実施のほか、消防用設備の点検及び整備、火気管理などの指導を行っているところであります。  また、黒部市民病院、あるいは市内の小・中学校などの公的機関についてでも、同様に火災などの事故発生時に的確な初期消火・通報・避難誘導などができるよう、毎年2回の訓練指導を行っているところであります。  なお最近、「放火」による火災が全国で出火原因の第1位を占めております。また富山県でも同様に第1位となっております。当市におきましても、放火をされないように「建物のそばに燃えやすい物を置かない」とか「家のまわりは明るくする」などの指導を行っているところであります。  次に、出火時における対応策についてのご質問でありますが、119番受信で消防署では、2隊のタンク車を同時出動させております。また、火災現場の状況によりまして、化学車及びはしご車などの出動体制をとっております。また、消防団員や非番職員の出動体制につきましては、サイレン吹鳴のほか、NTT回線を使いまして、順次指令による出動要請を行っているところでもあります。また、消防団の分団長以上の方には、消防無線の傍受機を貸与しておりまして、火災状況等の早期把握に努めているところでもあります。  先ほど議員がおっしゃいました、先日発生しました、工場の大規模火災につきましては、危険物貯蔵工場であったため、富山県市町村消防相互応援協定に基づきまして、魚津消防署の化学車、入善及び宇奈月消防署のタンク車並びに魚津消防団から3分団の出動を要請し、消火活動を行ったところであります。  次に、防火用水や消火栓等の整備についてのご質問でありますが、消防水利の整備につきましては、防火上最も緊要な課題であります。現在、黒部市内の消防水利は、消火栓451基、防火貯水槽79基、河川50カ所、プ-ル5カ所の合計585カ所となっています。消防施設整備計画の設置基準数671カ所に対しまして、消防水利の設置が望まれる数は86カ所となっています。  その内訳といたしまして、消火栓は59基、防火貯水槽は17基となっております。消火栓につきましては、総合振興計画及び水道管布設計画に基づきまして、毎年10基設置しますと6年を要します。また、防火貯水槽につきましては、17カ所のうち5カ所を中山間総合整備事業で計画しておりますが、残りの12カ所につきましては、設置場所の土地の確保に大変困難をきたしているところであります。  次に、貯水槽は充分か、不足か、についてのご質問でありますが、先に答弁いたしましたとおり、17基の設置が望まれるところであります。  以上であります。 ○議長(能村常穂君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 松原議員から何点か質問を受けましたが、火災等の件については、ほとんど消防長が答えましたので、それで尽きているのではないかとは思うのですが、その前に先日来、何件か火災があったわけですが、消防団並びに地区の皆様方、そして被災に遭われました皆様方にはお見舞いを申し上げたいと存じます。  早速、防火貯水槽等の不足について、これからどうするのかということ等も話がありましたが、防火貯水槽が計画的に足りないところというのは、消火栓の話ですとか水利の確保等の話もありますので、総合的に判断した上での防火貯水槽の必要なところというのは、先ほど言いましたように17カ所ぐらいあると。その17カ所のうちの15カ所ぐらいは、実は東布施地域がそうであります。東布施地域の方では水道幹線というのがありませんから、消火栓が設置できないといったような事情、それから水利の話等があって、そのうちの5基については中山間総合整備事業で、まず取り組んでいこうと、防火貯水槽については不足地域というのは、そちらの方というふうに認識しておりますし、またそういう消防署の方では計画で、トータル水利としての確保をしていこうとしているわけです。  それから、防火水槽等については、大体一般的には40トン、初期消火。それから黒部の中では100トンというのも1カ所あります。先日火事になったところですが、市民会館の真ん前につくられております、これは100トンの貯水槽ということで、市民会館の公共用地を使うということで、用地確保ができた作業なのかなと思っております。  いずれにいたしましても、一般的には40トン、本当に大きくなっていけば100トンぐらい。他の水利のこと等も考え合わせながら、これからも整備を進めていきたいと思っております。  なお、黒部消防署、また地域消防の皆様方、消防団の皆様方、地域の皆様方のおかげで黒部市の消防というのは、大変技術が高くなってきている。そのことというのは、先ほど消防長は控え目で言えませんでしたが、2軒隣の家を燃やした歴史というのはないのですね、近年。それですから通報の速さと、それから初期消火に対する対応のよさと、それから消防力というのが三位一体になって、私は隣の家を燃やさない、本当に数十センチしか離れていないところの家でも燃やさない。それは水幕方式ですとか、新しい方式も取り入れながら、技術革新をしながらということですが、飛び火であったことはないわけではありませんが、少なくとも火災がいって、その隣の家を、また隣の工場を燃やしたということについては、ここのところ皆無と、かなり私は信頼されている地域消防団、黒部消防署、それから地域防災の皆様方のおかげだというふうに思っております。今までなかったからこれからもないのかというと、そういうことではありませんので、常に気を配りながら安心して住める地域の消防力の向上に努めていかなくてはならないと思っております。
     防火のところで田中消防長も言いましたが、地域間協定、県の消防協定の中でいろいろあるわけですが、近々の事例としては幾つかありました。まず山火事が起きたときに、魚津の消防、それから宇奈月の消防、それから入善の消防の皆様方の協力を得ながら山火事の消火、延焼防止並びに、その火が越野荘の方まで下りてきそうになったということも含めて、宇奈月側からの皆様方への協力等も行われました。  それからもう一つは、三日市のまちの中での飛び火の火災があったわけですが、このときも近隣市町からの応援を得ていると、そういうことであります。それで、先ほど申し上げましたように、地震等による対応という場合には、市町村で同じような状況が起き得るかもしれない。その場合にはどうするかということという問題というのは、課題として残るわけでありますが。いずれにいたしましても、そのときには自衛隊の出動の問題ですとか、それから県への全体の要請をするということ等によって、それを大きくならないように防いでいくという対策をとっていくということであります。  いずれにいたしましても、日ごろからの火災を出さない、そういう啓発が必要でありますし、地域の皆様方は夜回りをしておいでになったり、防犯のこともありますが、火の用心で回っておいでになる地域も、いまだに何十年間の歴史を積み重ねておいでになるところもありますので、そういった皆様方にも応援をしていきたいと思います。  2番目のご質問の国道8号バイパス「道の駅」の誘致について、道の駅を誘致できないか。これは前々から申し上げておりますように、国道8号バイパスがきたときには、道の駅をぜひ私たちはつくっていくべきだと。これは松原議員が議員としておいでになったかどうかわかりませんが、黒部市にその当時の建設省から部長を2人、人事交流をさせていただいておりました。その1人が相浦さんという方と、もう1人は福田さんという方であります。その当時、福田部長が帰られるときというのは平成7年だったので、平成7年の福田建設部長の最後の質問に対する答えというのがありました。黒部市に対する思いでありました。それは8号バイパスを早くつけていかなくてはならない。そのときに総合公園も含めた、その地域に道の駅をつくって、そしてそこから地域の文化や活力ができていくような総合公園と一体になっていけばいいねというふうなあいさつをしていかれたのが平成7年、あれから8年ぐらいたちますが。福田部長、今も国土交通省におられますが、ときどきその話をしますと、苦笑いをしておいでになりますが、決してお忘れになっているということではないと思っております。  道の駅の場合に、幾つかの問題点があるわけです。  一つは、道の駅としての機能、例えばトイレ、案内板、サイン関係、小休憩、駐車という意味でしょうか。その部分は国道の分野としてやりますと。ただしそれ以上の、先ほど言われた地域文化ですとか、そのほかの機能をされるときには、それは地元の皆様方がおやりくださいと。議員もあちらこちらの道の駅に行っておいでになる、視察も勉強もしておいでになると思いますが、基本的にはそういうことなのです。それで、では地域文化だとか、地域歴史だとか、それが商業の活性化だとかというふうにしていこうとするときには、ではそちらの方の事業を合わせ事業として、どういう制度を一緒に合体させるかと。中山間地の道の駅のかなり多くの部分は、割合に山間地域というところが多いのですが、農林水産省の予算と合体させたものですとか、以前にありました地域整備債を使っての事業ですとか、多種多様であります。いずれにいたしましても、道の駅は、私は黒部市内のどこかには必要だと、できるだけ現在ある施設が利用されていって、ほかのところと同じような考え方で道の駅をやっていっても、それは道の駅は駅としての機能、そのもう少しバックグラウンドというのは、ほかのところと違った考え方でいかないと、魅力のあるものにならないのではないかと思っておりますので、今の言われたところというのは、私はいいところの場所ではないかなと。ただJRとオーバーになったり、複雑な要件がありますので、そういった物理的な複雑な要件をうまくクリアできるかどうか。そのことによって多大な資金が必要になるのかどうか、そんなことも含めて道の駅の設置等についての場所の選定をしていかれるべきだと思っております。いらないということではありません、ぜひそれはやっていかれるべきだと思います。  以上です。                〔9番 松原 勇君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 9番、松原勇君。                〔9番 松原 勇君起立〕 ○9番(松原 勇君) 今ほどはどうもありがとうございました。  2点ほどについてお伺いしますが。  消火についてのことですが、先ほども申し上げましたように、黒部の工場火災のとき、あるいは民家の火災のとき現場で消火活動を見ていますと、水が足りない、水が足りないと言って、例えば農業用水とか、生活用水に、そこから水をとろうとしたときには、そこに水が流れていなかったとかという現状にあったかと思うわけなので、例えば田んぼに水が必要なときは農業用水には流れているわけですが、やはり収穫の時期になりますと、田んぼには水がいらないということになったりしますと、せっかくの用水が、いざこういう火災時になった場合、そういう場所が使えないというようなことが起きたようであります。ですから、例えば、これからも農業団体の皆様ともお話をしながら、例えばそういう水が必要でないときでも、こういう災害時を想定した中で水を流してもらって、直接田んぼの中に入れないで、そのまま河川の方へ流すとかというふうな方法をとっていただければ大きな災害を最小限度にふさげるのではないかなと思っておりますので、その辺もまたご協議賜りたいと思っております。  それからもう1点、国道8号バイパスの道の駅ですが、今、市長からいろいろお話しを聞きまして、平成7年にそういったようなお話があったということを承りました。どうぞ新幹線が走るころには、もちろんこの8号バイパスも開通していようかと思いますが、そのときにはやはりすばらしいといいましょうか、ほかをまねしたことではなくして、新しい道の駅というものができていれば幸いかと思っておりますので、どうぞ誘致に力をかしていただきたいと思います。  以上であります。                〔消防長 田中幹夫君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 答弁いりますか。  消防長、田中幹夫君。                〔消防長 田中幹夫君起立〕 ○消防長(田中幹夫君) ただいま松原議員の方から、工業団地の火災の折りにつきましては、国が示す消防水利の基準、消火栓1基と防火貯水槽50トン級のものが1基あります。そういうことで基準は満たされていたわけなのですけれども、ご存じのとおり、大規模火災となりまして、私たち消防としましては、約200メートル離れた黒瀬川から中継送水を行いまして、消火活動を行ったわけであります。  約9時間の消火作業と、私たちも2階からの出火だったものですから、最大限努力して注水作業を行ったのですけれども。ゴム製品が燃えていたということです。そういうことで屋内進入もままならず、外から注水して、有効注水にはなかなかならなかったわけです。そういうことで化学消火薬剤も投入しましたけれども、屋内進入ができず、それと遮蔽物が多かったことで消火時間が長くなりした。ようやく下火になりましたのですけれども、ゴム製品が燃えた後、いったん消火はしましたけれども、再度また燃え上がってくるような状況が繰り返しまして、約8時間後に鎮火しております。  消防水利のことでありましたのですけれども、私たち消防につきましては、200メートル離れた場所からでも、有効に中継送水を行っております。ということで、農業用水とか、あるいは生活用水につきましては、通年通水ができるように、関係用水管理者の方とご相談申し上げたいなと思っております。  以上です。 ○議長(能村常穂君) この際、10分間休憩いたします。   休  憩  午後2時37分   再  開  午後2時49分   出席人数  20人 ○議長(能村常穂君) 休憩前に引き続き会議を開きます。  一般質問を続けます。  7番、橋本文一君。                〔7番 橋本文一君登壇〕 ○7番(橋本文一君) どなた様もご苦労さまでございます。  通告による質問は私で最後ということで、あとしばらくお時間をいただきたいと思います。  今回は、大きく分けまして4点について質問いたします。なお、本議会より質問時間が90分から60分になりましたので、答弁は簡潔にお願いいたします。  1点目には、市内にある墓地について質問いたします。  平成12年3月定例会で審議され、可決されました黒部市の墓地、納骨堂または火葬場の経営の許可等に関する条例について質問いたします。  その中でも墓地について質問いたします。  地方分権一括法が制定され、以前までは墓地、納骨堂、火葬場の経営許可等は県で行われていたが、地方分権一括法制定後は、各市町村が県にかわって許可等を行わなければならなくなったわけです。  黒部市内の墓地の設置状況を見ていますと、お寺に設置されているもの、各集落単位で設置されているもの、集落でなくても親族などが集まって設置されているもの、単独で自分の土地に設置されているもの、または宮野墓地公園のように、黒部市で設置しているものなどさまざまであります。  そこで伺いますが、条例ができる以前と、条例ができた以後ではどのように変わったのか。また各集落で設置されています墓地は、どこでもいっぱいだと聞いております。周辺で土地を求めて墓を建てることは可能なのか。なお親族などが集まって設置されている墓地についても、同様に土地を求めて墓を建てることができるのか。また単独で自分の土地に設置されて墓地についても、移築や増設が可能なのかお答えください。また、黒部市で代表される墓地では、宮野山墓地公園がありますが、墓地公園の現在の状況についてお答えください。  2点目は、農業について質問いたします。  本議会において、新村議員、山本豊一議員、辻靖雄議員と、それぞれの方が同様の質問をなされております。私も自分なりに戦後の農業政策を振り返り、農業について質問いたしたいと思います。なお、文章が長くなりますので、お許しください。  農業構造改革の中でコメ政策の大転換が動きだしました。農水省は2年近い生産調整研究会の議論を経て、昨年12月米政策改革大綱を決定いたしました。この内容は、  1番目には、これまでに政府の責任とされた需給と価格の安定は生産者の努力で行い、国の責任は放棄する。  2番目には、財政支出の大幅削減を目的に助成金と稲作経営安定対策を廃止し、当面産地づくり推進交付金を設定し、経営安定対策は一部の認定の業者と集落経営体に限定する。  3番目には、意欲と能力のある経営体がコメ生産の大部分を担う望ましい農業構造を実現させる。ここにはWTO協定、食糧法施行以来1俵5,000円も米価が低落し、コメ農家が大変な経営難に陥っている中、いかに再生産できる米価を保障していくかという観点は全くありません。  農業は日々欠かせない食糧、農産物を生産する製造業とともに物づくり経済を担う国の基幹産業であります。しかも、植物や動物の生育に依存する農業は、土地や気象など自然条件に制約されております。生産する食糧、農産物は工業製品に比べて保存性も弱く、それぞれの国、地域で毎日大量に消費されるため、需要量に比べて貿易に回る比率が少なく、自給的な性格を持っております。そのため、国、地域内で一定の水準の生産を維持することは食糧の安定確保に絶対欠かせません。農業を民族生存に不可欠な基幹産業に位置づけ、その特徴にふさわしく維持発展させることは国政のもっとも重要な課題であります。21世紀の国際社会に対する責任でもあります。  ところが、我が国では自民党を中心とした農業政策のもとで農業そのものが存亡の危機に直面しております。輸入自由化による食糧の外国依存と生産者価格暴落による農業経営の困難は国内生産を年々縮小させ、農業就業者や農地も減少し続けております。食料全体、カロリーベースでは60%、穀物では72%も輸入に頼るという、世界でも異常な状態にあります。こうした事態は財界、大企業とアメリカ利益を最優先し、農産物市場の開放、自由化を進め、国際競争力のない国内生産をつぶしてきた農政の破綻を明らかにしております。にもかかわらず、政府、財界は、競争力のない産業の退場を促進させる経済構造改革の一環としてグローバル化の進展に対応して、農業が産業として競争力を発揮することを求めて、マスコミも無責任に「市場の機能を生かして外国産のコメに立ち向かおうというのだ、高い価格水準が安い方に収れんすることは日本も他国並みになることだ」などの論調を繰り返しているわけであります。  今やることは、貿易拡大を絶対視するWTOを、世界貿易機関体制と一体で繰り広げられている国際競争力強化論を打ち破ることは、国内の農業発展を基礎に食糧主権を確立し、安全な食糧の安定供給という国民的要求を実現することであります。  我が国の農政は、貿易為替の自由化と相前後して制定された農業基本法、昭和36年以来一貫して国際競争力のある農業をつくることを課題に上げてまいりました。財界は国民経済にとって負担にならずプラスになる農業であり、企業的にも自立してかつ国際競争力を持ち得ることを求め、アメリカの市場開放の圧力に呼応して、国際分業論を展開し、政府に次々と農産物の輸入自由化を実施させてきたのであります。日本の食糧、農業がどう破壊されてきたか、振り返ってみたいと思います。  日本の貿易収支が黒字に転換したのは昭和43年、コメの自給を達成したのであります。減反が始まったのは翌年、昭和44年であります。平成6年のガット・ウルグアイ・ラウンドで多くの国民の反対と数回の国会決議を踏みにじりまして、コメを含む農産物輸入を全面自由化するWTO農業協定を受け入れて、農業や食糧政策の基本をWTOに従属させたのは、自民党が水面下で支えました村山内閣であります。日本経済と農業の一つの転機となったのは昭和45年を起点として、現在と比較してみたいと思います。  食料の自給率、カロリー換算で60%から40%、20%の減であります。穀物全体の需要量2,924万トンから3,662万トン、738万トンふえる中で国内生産量は1,386万トンから990万トンと387万トン減少したのであります。穀物の輸入量は1,538万トンから2,660万トンに、1,122万トンもふえているわけであります。自給率は48%から28%と、20%も減っているわけであります。  また、コメの需要量は、1,220万トンから964万トンへと、256万トンも減っているわけであります。コメの生産量は1,269万トンから906万トン、71%に363万トンも減少いたしました。コメの自給率は106%から95%に低下し、いわゆるWTO農業協定を受け入れて、輸入しながら減反を拡大、主食のコメすら自給できなくなってしまったのであります。  また、野菜の需要量1,521万トンから1,662万トンとふえて、144万トンふえているわけであります。野菜の国内生産量を見ますと、1,513万トンから1,356万トンに157万トンも減っているわけであります。野菜の自給率、99%から82%に低下し、果実の需要量は642万トンから920万トンに、278万トンもふえ、果実の国内生産量は545万トンから408万トン、137万トンも減っているわけであります。自給率を見ますと84%から53%へ減っているわけであります。数字ばかり並べているわけでありますけれども、もうしばらくおつき合いください。  肉類の需要量は183万トンから548万トンへと365万トン、3倍近くふえて、肉類の生産量163万トンから291万トンへと128万トンもふえていますが、肉の輸入量を見ますと、20万トンから257万トンと237万トン増、なんと10倍以上の増加であります。そして肉の自給率は88%から53%へと、38%も低下しているわけであります。  日本のカロリー自給率は40%と、世界の主要国では最低クラスであります。穀物では175カ国中128番目、OECD加盟国30カ国の29番目だと聞いております。農業総生産額は昭和45年には4兆6,600億円、その後、畜産、野菜、果樹などの拡大と高度成長による価格上昇もあり、昭和59年には11兆7,000億円までふえてきましたが、それ以後は減り続け、平成13年には8兆8,500億円にまで落ち込んでおります。農家の実収入である生産農業所得は、昭和45年の2兆6,000億円から平成6年の5兆1,000億円までは増加する年もありましたが、平成6年にWTO協定を受けて以降は減少に転じ、平成13年には3兆4,000億円と1兆7,000億円も激減して、農家と農村地域の経済に深刻な影響を与えているわけであります。  農家数は504万戸から312万戸と192万戸も減っているわけであります。農業就業人口を見ますと、811万人から389万人へと422万人も減り、半分以下になりました。注目すべきは就業人口の年齢構成は、35歳未満が2.9%、60歳以上が51%を占め、高齢化、後継者不足など、農業労働力をめぐる問題は極めて深刻であります。  農地は一定の面積の造成もあり、昭和45年、580万ヘクタールから開発転用など急速に進み476万ヘクタールへと104万ヘクタールも減っているわけであります。その中で重大なのは農作付総面積が631万ヘクタールから452万ヘクタール、72%に、平成12年には不作付農地が49万ヘクタールにも及ぶ農地の利用後退と荒廃が深刻化しているわけであります。このことは大変重要な問題であります。  以上に述べた農業の破壊は、農家農村を窮地に直面させるとともに、食糧自給率の低下、正体のはっきりしない輸入の農産物や加工食品のはんらん、輸入食品から残留農薬の検出、産地や品質の偽装、BSEや出血性大腸菌O-157などの中毒が発生しており、食の安全性をも脅かしております。自民党を中心とした政治のあり方が問われているのであります。  以上、数字の事実が示すように、日本にとって国内農業の自給率の向上は緊急課題であり、21世紀の戦略課題になっています。小泉内閣、農水省は、昨年12月に決定いたしました、米政策改革大綱の具体策が先の国会で決まり、各地域で本格的に地域水田農業ビジョンづくりなど、来年度、平成16年度から始まるコメ政策改革の準備作業が本格化へと動き出しております。今回決まった産地づくり対策などの具体策を有効に活用いたしまして、米政策改革大綱が目指す需要に見合うコメづくりの実践や、地域農業を振興するための知恵が問われていることになります。この趣旨の説明を主役である農家の皆様に説明し、また4ヘクタールに満たない農家をどのように指導していくのか伺います。なお、農業政策については、本議会で他の議員の皆様の質問もありますので、簡潔にお願いいたします。  3点目には、黒部市土地開発公社について質問いたします。  土地開発公社についても、幾度となく本議場で議論なされております。黒部市にとって土地開発公社の問題が、いかに重要であるか物語っていると思います。土地開発公社は1972年に公布され、「公有地の拡大の推進に関する法律」に基づいて、地方公共団体によって設立された特別法人であります。地域の秩序ある整備を図るために必要となる公有地となるべき土地の取得、造成、その他の管理を行うことを、その設立の目的としております。  黒部市の土地開発公社では、現在、公共事業用地として先行取得した土地が面積で約50万6,390平米、原価にして約35億7,440万円近くあるわけであります。市長はいつも夢と希望をもって事業を進めていかなければと述べておいでになります。しかしながら、当初の目的であった公共事業が困難になった土地、または代替地として取得し、不要になった土地など幾つもあるわけではないでしょうか。そういった土地については、売却も含め見直しをしていかなければならないのではないでしょうか。例えば、都市計画道では、前沢大布施線や荻生大布施線、住宅・公園では阿古屋野開発、代替地としては新幹線代替地などであります。  市長は在の土地開発公社の現状をどのように見ておいでになるかお答えください。  また、保有地の今後の見通しについて簡潔にお答えください。  4点目には、土砂災害の防止についてであります。  黒部市には、春の雪溶け時、梅雨時、秋の台風時期、または思わぬ集中豪雨等によって、土砂災害の起きる恐れのある箇所がたくさんあります。平成8年に策定されました黒部市地域防災計画によれば、急傾斜地崩壊危険箇所は6、地滑り危険箇所11、砂防指定地域が15、土石流危険流域22、崩壊土石流危険地域17、山腹崩壊危険地域13、老朽化したため池18などとなっております。もし災害が発生した場合、黒部市の生命、身体及び財産を災害から保護しなければなりません。私が今最も不安に思うのは、そういった危険箇所に隣接する地域での開発行為についてであります。例を挙げれば、特別養護老人ホーム越野荘周辺の開発についてであります。  最近、私のところに電話、または直接家に来られまして、「目の前の無残な姿があなたには見えないのか」、「すぐ近くに老人ホームがあるのに本当に大丈夫なのか」、「市長は何を考えているのか」などと訴えております。私も以前、産業建設委員会の場で越野荘周辺での土砂採掘について質問いたしましたが、改めて本議場にて質問いたします。  土砂採掘についての許可はどこが行うのか、黒部市が出す意見書にどのような意見をつけて出したのか、お答えください。  また、本年8月31日から9月1日にかけての豪雨によって、越野荘の駐車場が土砂で埋まり、一時使用できなくなり、越野荘の2階の一部にも土砂が入ったわけであります。原因は土砂採掘と関係がないということでありますが、今後の再発防止についての対策を伺います。  以上のことを踏まえまして、今後、宮野山周辺の河岸段丘開発行為について、市長の考えを伺います。  私の質問は以上であります。               〔7番 橋本文一君自席に着席〕 ○議長(能村常穂君) 民生部長、小柳龍一君。               〔民生部長 小柳龍一君登壇〕 ○民生部長(小柳龍一君) 橋本文一議員の方から、私に黒部市内にある墓地について、質問要旨につきましては、平成12年3月に可決された条例について答弁させていただきます。  「黒部市墓地、納骨堂または火葬場の経営の許可に関する条例」につきましては、地方自治法の改正によりまして、「条例による事務処理の特例制度」が創設され、平成12年4月1日、富山県条例により事務の委譲を受け制定されたものであります。  市条例の概要は大きく4点あります。  第1に、墓地、納骨堂または火葬場を経営する場合、市長の許可が必要であります。  第2に、墓地の区域または納骨堂、火葬場の施設の変更、廃止する場合も市長の許可が必要であります。  第3に、墓地、納骨堂、火葬場の設置基準であります。  第4に、許可を受けた墓地、納骨堂、火葬場の経営者が講ずるべき措置であります。  なおこの条例でいう墓地とは墓ではなく墓が建っている敷地のことを指しているわけでございます。墓地等の設置につきましては、市民の生活上、なくてはならない必要不可欠なものであります。例えば近親者が亡くなられたとき、お墓を持っておられればそのお墓に納骨できますが、持っておられない場合は納骨する場所を探すことになるわけでございます。  しかしながら、新しく墓地等を建てる場合、周辺の住民の感情も考えなくてはなりません。だれでも自宅の近くにお墓が建った場合、気持ちのいいものとは思えません。また精神的な負担も大きくなると思われるわけでございます。  このような経緯から、墓地等の建設につきましては、この条例によりまして一定の規制を設け、乱立するのを防いでいるわけでございます。  そこで墓地の許可基準についてご説明したいと思います。大きく3点あるわけでございます。  まず、1点目といたしまして、経営主体となる条件といたしまして、永久に管理できることが必要条件になります。原則は地方公共団体、宗教団体、地縁団体です。地縁団体と言いますのは、市長の許可を受けた町内会でございます。また、個人の墓地の経営につきましては、真にやむを得ない場合のみ許可をしているわけでございます。例えば地方公共団体、宗教団体、地縁団体の墓地に空きがない場合、既にある共同墓地に隣接し、設置することが適当であると認めたことなどであるわけでございます。  2点目は、建設場所についてであります。道路、河川、海などから一定以上離れていることが条件になるわけでございます。これは災害時など、流されたり、道路をふさいだりしないためでございます。  3点目には、周辺住民の同意を得るということでございます。先ほど言いましたとおり、墓を建てることで周辺住民の精神的な負担にならないよう、事前に同意を得るということでございます。  そのほか、他の法律等があるわけでございます。そういった場合は、その許可を求めるわけでございます。  そんなことで、いろいろこの墓につきましては、いろんなケースがございますので、墓の許可については、個別の書類を審査することになりますので、ぜひ市民環境課の方へ相談していただきたいと、このように思うわけでございます。  以上でございます。 ○議長(能村常穂君) 建設部長、木島孝正君。               〔建設部長 木島孝正君登壇〕 ○建設部長(木島孝正君) 私に対しまして、宮野墓地公園の現在の状況についてということでありますので、お答え申し上げます。  本市の宮野墓地公園は、都市公園として昭和56年、11.6ヘクタールの都市計画決定を受け、園路、植栽等の修景施設の整備が図りながら、墓域の整備も順次行ってきたところでございます。  当市の市民性は、古来より祖霊崇敬のごとく先祖を敬う信仰が厚い地域ということから、墓地の建立につきましては、市民の優先されるべき生活慣習と見受けられるところでございます。このようなことから公共墓園の整備が久しく望まれていたところでございます。  さて、墓地埋葬の概要でありますが、墓地公園の基本計画といたしましては、面積1万5,000平米、これは全体の11.6ヘクタールのうち1万5,000平米を墓域として区画を整理すると。その区画は1,500区画ということになっております。
     墓域の整備につきましては、第1期として昭和59年から始めております。59年では、340余りの区画を第1期として整備を行っております。そして完売を見た上で、次なる増設をしていくということを、今日まで6回実施してきております。現在のところ1,500区画に対して1,230区画のところまできております。全体の8割を今墓域が整備され、それぞれに需要に供されているということになります。  したがって、現在のところ大体60区画が余っているわけでありますが、さらにそれも完売しますと、まだ墓域として整備する面積は3,000平米、区画数にして約300ございますので、墓域の必要が生じた場合には、次の整備ということになるかと思っています。  以上であります。 ○議長(能村常穂君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 橋本議員からは農業のことについて、るる述べられました。農業の歴史等についておっしゃったわけでありまして、現在、そのように推移をしてきているというのが日本の現状ではないかと思います。  「米政策改革大綱」につきましての所感につきましては、先の山本豊一議員の代表質問のところで申し上げたところですが、くどくは繰り返しませんが、私は国が担うべき地方分権、国と地方の関係を、これから協力、対等の関係に世の中をもっていくという中で、私たちも国もそうですが、議論すべきことは、国が担うべきことというのはなんなのだということを、やはり明確にしていかなくてはならないと。地方のことから、地方の国に対する期待ということからすれば、安全な国であってほしいということであります。  その安全というのは、何を指して安全というかということには、いろいろ議論があろうと思いますが、国防の話もあるでしょうし、外交の話もあるでしょうし、それから食の確保、それから教育というのは、やはり国是として、私はやっていくべき国の大事業だろと、本当は思います。もっと公平性のことですとか、いろんなことというのは、国が政策指導をしなくてはならないものというのはありますが、真に国が担うべき事業というのは、やはり明確にし、そして地方が担っていくべきことをはっきりさせながら対等であり、協力関係を結んでいくと、これが私は21世紀の国家像だと思うわけであります。  さて、農業政策、食糧政策と言っていいのだろうと思います、国の安全からいえば。国の食糧政策の中でのコメ政策について、コメだけが食糧政策ではないですから。ただし、日本の国民の主食であるコメということについては、大きな関心を持たざるを得ないと思います。  先ほど、橋本議員がおっしゃいましたように、カロリーベースで言いますと40%ぐらいだと、しかもそれを45%まで、当面の目標として上げていこうと。そのときにはどのような方策をとっていけばいいのかということであります。  先ほども人口の問題について、数字で農業生産のことについても触れられましたので、逆の見方をさせてもらうと、1945年、ちょうど日本が敗戦、終戦のときというのはその年であります。その年の日本の人口は約7,200万人、国調ということで2001年の統計では1億2,700万人余、約56年間に約5,500万人の日本の人口が増加したと、いいというふうに思うか、悪いというふうに思うか。ただし、それは5,500万人の人というのは56年間でふえたわけですから、毎年100万人ずつ日本の人口が増加をしてきたということになります。今の40%を7,200万人で割返してみると、もし全然人口がふえなかったということでの割返しをしてみると、もっと高い数字、1.6倍ぐらいですから68%ぐらいということになりますね。その間、本当に日本のところでは増産をしてきたのかというと、やはり私は増産をされてきたと。それは農業者の技術改良、それから品種改良、それから経営基盤を、生産基盤を確立していくということが、土地改良等も含めて行われてきたと、品種改良もその中に入っているでしょう。そういった中で進められてきたけれど、人口の増には追いつけなかった、これが現実の姿だろうと思います。本当にそのことが、すべてのことに行われていった、国家の食糧政策の中で行われていったとすれば、それでも60%台ぐらいなかったと思われます。  さて、コメ政策についてでありますが、コメの増産についても、いろんな技術革新や圃場整備、土地改良、それから生産技術、農業者の皆様方の懸命な努力、こういうことが積み重なってきて、どんどんと、反当たりの増収が図られるようになってきました。  以前には、例えば黒部でも川原の縁の方というと、せいぜい1反当たり5合、5合田、6合田という田んぼの評価の仕方がありました。1升田なんていうのは、ごくまれなところでしかなかった。今はどんどんとそういう社会投資をされてきて、今はおおむね平均的な収穫を農地から受けることができるようになってきたと、増産への私は努力というのは、やはり関係者の皆様方の懸命な努力、歴史の積み重ねが実を結んできたのだろうと思います。  生産もそうですが、人口はふえてきましたが、橋本議員の時代もそうだったでしょうが、終戦直後のころというのは食糧が足りなくて外国から輸入もそんなにありませんでした。イナゴを食べたり、それから芋の茎を食べたり、先日もサツマイモの茎とヨシナとよく見分けがつかなかったという笑い話がありますが、そんな時代を経て今日まで来て、コメを食べるというよりも、バランスのいい栄養をとるという食生活の変化になってきたと。その中で従前と同じようにコメを生産していると、コメが余り始めたと、さてどうしようかと。ただし大半はコメをつくられていた場所、日本の主食としてつくられていた場所が多いわけですし、そしてどんどん品種改良されて、本当は亜熱帯のところの物でしょうが、品種改良されて寒いところまでできる、わせの技術というのが進んできたということで、増産が可能になってきたということが背景にあろうと思います。  いずれにいたしましても、コメが現実に余っているという、この現実に向かってどうするかというところでの、他の農産物への転換を図っていく。それは一律にということに、国の方はかわいいところ、憎いところをつくらないで、一律に30%とか20%とか40%とかというふうに一律にやるのが公平だという議論と、そうではなしに適地適作をやっていけばいいということと、いろんな議論があると思います。  私たちは、少なくとも富山県の場合には、コメの水もいい、それから気候もいい、そういうコメの適産地だと思いますので、いろんなことがあると思っても、そのことを基軸にやはり進めていくのが、富山県ですとか黒部、この扇状地の基本的な方向性なのではないかと。ただし、それには農業経営基盤の確立を行いながら、農家所得を上げていくということが大変必要でありますし、ただしそのことだけでなしに、通年の農業経営ができるような、やはり方向も見いだしていくべきだろうというのも、片方の議論であります。  農業のところで通年でやっていこうとすると、例えば冬もありますし、稲が終わった後、何をするか、例えばハウスをやってみようかとか、それからその他の作物を植えてみようかとかという、そういう創意工夫が必要で、できるだけ通年で農業に携わりながら、そこに経営が安定化されていくということが、農業所得が上がっていくという方向を模索していく、そんなこと、そのことが、要は万が一の場合の農地をしっかりと守っておくと。それですから、その農地をしっかり守っておくということですから、国の方も転作奨励ですとか、そういう農地を守っていくための政策経費を、私は出していると思います。  単に何かのための補助で出していると、どうも都会の方々はそういうふうにおっしゃる方がありますが、それは日本の国策としての食糧政策として農地をしっかり守っていく、そのうちの生産調整をやっていく、それは農地をきっちりと守っていくためのコストだというふうに私は理解するのが正しいのではないかと思います。このことについて申し上げますと、まだまだ長くなりますので、この程度にとどめて、山本豊一議員のこととも合わせて勘案していただければありがたいと思います。  いずれにいたしましても、コメ政策はメッセージが明確でわかりやすい政策の構築を基本理念のひとつとしていると思いますが、大変複雑で、なかなかわかりにくうございます。  大綱では平成22年までにコメづくりの本来あるべき姿の実現を目指すとしておりますが、ことしはその準備期間であり、新しい仕組みのもとでの生産調整や助成措置が、平成16年度から円滑に実施できるように、生産者をはじめ関係者の方々への周知期間の年、あるいは意識改革の年だと、現在は。  本市では、各地区で開催された生産組合長会議、農業振興会議、水田農業推進会議に引き続き、農作業受託者協議会や集落営農協議会など農業関係団体の総会等の場におきまして、理解をしてもらう促進活動に取り組んできたところでありますし、現在も進行中であります。  また、3月、8月のJA主催の農事懇談会におきまして、PR用パンフレット等を全農家へ配布しながら、個々の生産者への理解に努めてきたところであります。  さらに、経営規模が大きい農家の方々を対象にいたしまして、また28日には集落営農組織等を対象に説明会が開催されてきております。  今後、大綱のより具体的な内容が明らかにされてくると思いますが、引き続き周知活動に取り組んでまいりたいと考えております。これらの水田農業の根幹をなす地域水田農業ビジョンの策定につきましては、関係機関を構成員とするワーキングチームを組織し、検討を現在、進めているところであります。今後、地区を単位としてビジョンの素案がまとめられ、これらを踏まえて本市のビジョンが策定されていきますが、生産者をはじめ消費者の意見を集約しながら、特色ある産地づくりに向けたビジョンが策定されるよう関係機関一体となって取り組んでまいりたいと考えております。  次に、土地開発公社について質問を賜りました。  土地開発公社の現状について、保有地の今後の処分等を含め有効利用等の見直しについて、どのように考えているのかということであります。  先ほど橋本議員から話がありましたように、当土地開発公社は昭和47年に公布された「公有地拡大の推進に関する法律」に基づいて地方公共団体によって設立された特別法人であります。地域の秩序ある整備を図るため必要な公有地となるべき土地等の取得、造成、処分、先行取得等を、地方公共団体の分身というべき役割を果たしてきたということであります。  いろんな時代がありました。公共事業を進めていくという一つの面の先行取得、処分。それからもう一方では、時代的には企業誘致、それから企業の皆様方を支援する背後地等々についての問題というのはありました。企業の皆様方というのは、きょう言って、これから5年後に、10年後に工場を建てますから、今から用地をお願いしますというような甘い話はありません。いついつまでにどれぐらいの用地が確保できますか、それはどういう場所ですか、そういうことであれば私たちは真剣に考えますというのが、やはり企業の進出する条件ということになってくると、そんな時代もあったと思います。  今でもその基調というのは、私は変わらないと思います。企業は生きていかなければならないわけですから、より条件のいいところへ、そしてよりスピードのあるところへ工場を立地しようとされます。そのときに、それでは今から買いますと言っていて、対応をしていって1年間か2年間か、それぐらいで物事を、ある規模を解決できれば、それは成功の分野だったと思います。ただしその前に、ある程度の動きを察知しながら用地を確保していく方向性というのも土地開発公社に求められていた時代というものでありました。  新幹線の話もされましたが、新幹線の話もそうであります。新幹線のところでも先行取得をし、将来起きている事態に備え、そしてその代替地等を想定しながら新幹線のルート上以外のところでの用地取得を行って、そしてそこで農業をしておいでになる方、全部というわけにはいきませんが、そういう皆様方をそこへ誘導しようということでの用地取得等も、当然私たちは事業を推進していくために行ってきたということであります。  ただし、バブルがはじけました。そして最近の農業事情等も含めまして、代替地をくれという人がどんどん少なくなってきている現状にあります。先ほど言われましたように、面積では土地開発公社、50万6,397平方メートル、金額にして35億7,000万円もあります。  この内訳は、主に都市計画事業として持っているものは18億6,000万円ぐらい。それから道路新設改良のために持っている、これは金額ですが、約2億4,000万円ぐらい。それから教育施設関係で持っておりますのは1億5,000万円ぐらい、それから住宅、公園等で持っておりますのは6億500万円、それから農林水産施設事業等で持っておりますのが1億6,200万円、それからその他の公共事業ということで5億5,000万円ぐらいということでありまして、このトータルが35億7,000万円ということであります。  もちろん先ほどご指摘がありましたように、不要不急になったものについては、できる限り処分をしてきておりますし、これからも処分をしてまいりたいと思っております。ただ、実際に売買する価格と簿価との差額等が出てくることがあると思いますが、ここ1、2年は資金の借り入れ先を市の方の協力を得て利息の低減を行ったり、用地を処分させていただいたり、公共事業としての引き取りをやっていただいたりしながら、どうにか単年度としての赤字というのは、ここ2年間ぐらいはなくなりました。逆に何千万円かプラスになっているということでありまして、それは次の経営のための資金として、今プールさせていただいているという状況にあります。  いずれにいたしましても、基調としては3年以内ぐらいに事業が確実視されるもの以外の先行取得はできるだけ避けていきたいというふうに考えております。  土砂災害のことについて、産業部長と私等に質問がありますが、産業部長に先の分について答弁をさせます。 ○議長(能村常穂君) 念のために申し上げます、橋本議員の持ち時間は3時50分までであります。                〔市長 荻野幸和君挙手〕  市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) ついつい熱が入ると、長く答弁がなって申しわけありません。  土砂災害について端的に申し上げますと、開発行為については、これからも慎重を期していきたい、許可を出されるのは県、ただし私たちのところも通っていきますので、その許可等については、よりチェックしていきたいと。  以前にもあのところについては、私も「名水の里 黒部」という看板を上げたときにも、環境破壊ではないかとしかられた経験があるわけですが、今は随分落ち着いてきた。ただし、あそこで土砂を取られるということについては、やはり下に用水が走っていてため池等もつくって、そういう条件を付した上でやっておいでになりますので、想像を超える雨量以上であれば別として、通常の雨量の場合には用水に対してその条件を遵守していただいておれば間違いがないと思うわけです。ただ、緑化の問題ですとか雨が降った場合に地滑りですとか、水の流れが早くなるとか、それから山からの材木等々が用水を閉塞すると、特に今回の場合には用水の脇のところに流木等、土砂等が溜まって、用水の脇から下に流れなかった、それがそのまま取水オーバーして、山田新用水にずっと入ってきたと。山田新用水のところで越水したものが、その用水のところの土砂を削って、そして土砂災害が起きたということで、原因ははっきりとわかっておりますので、私はこれからも開発等については、より厳しく規制をやっていきたいというふうに考えております。  以上です。                〔7番 橋本文一君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 橋本議員の持ち時間は少ないのですが、議長の判断により5分以内で延長を認めます。  7番、橋本文一君。                〔7番 橋本文一君起立〕 ○7番(橋本文一君) 幾多にわたって質問したわけでありますけれども、農業問題については、これからが本当に重要な問題になってくると思います。2、3年の周知期間、そして7年後には完全実施されるというようなことになっております。やはり農家の皆様方のコンセンサスを得ていかなければならないのではないかと思っております。  最後の土砂の問題であります。私は本当に嘆かわしいな、そう思っているわけであります。私が家の目の前から見ますと、あのような開発が、この宮野河岸段丘が起きてからあったのか、山の尾根まで変わるような開発が、いくら許可が出たとしてでも、本当にそれはよかったのか、本当にいまいましい思いであります。業者の皆様もやはり経営をかけて一生懸命にやっておいでになります。その許可の出すとこに問題があるわけであります。意見書がどうであったか、本当に真剣にそのことを考えたか、そういうことが問われるわけであります。許可がなければ業者は採掘しないわけであります。本当にこれから新駅もできます。自然にやさしい新黒部駅とうたっております。どうか長年あの宮野丘陵について、目の前にある宮野丘陵については、黒部市の誇りとして守っていっていただきたいと思うわけであります。  議長の判断によって時間をいただきまして本当にありがとうございました。私の質問はこれで終わりたいと思います。どうもありがとうございました。 ○議長(能村常穂君) 以上で通告による質問は終わりました。  これより通告によらない議員の関連質問等について発言を許します。  質問ありませんか。               〔「質問なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(能村常穂君) これをもって一般質問を終結いたします。  以上で本日の日程は終了いたしました。  お諮りいたします。  議事の都合により9月18日から24日までの7日間は本会議を休会といたしたいと思います。  これにご異議ありませんか。               〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(能村常穂君) ご異議なしと認めます。  よって、9月18日から24日までの7日間は本会議を休会とすることに決しました。  なお、9月20日、21日及び23日は市の休日でありますので休会であります。  休会中、18日午前10時から総務文教委員会、同日午後1時30分から民生環境委員会、19日午前10時から産業建設委員会、同日午後1時30分から海岸地域整備及び水資源特別委員会、22日午前10時から北陸新幹線整備促進特別委員会、同日午後1時30分から合併推進特別委員会がそれぞれ開かれます。  各委員会において審査する議案等は、既に付託してあるとおりであります。  この際、執行機関に申し上げます。各委員会への出席を求めます。  9月25日は午前10時開議、委員長報告、質疑、討論、表決を予定しております。  本日は、これをもって散会いたします。  ご苦労さまでした。   散  会  午後3時53分...