黒部市議会 > 2003-09-16 >
平成15年第5回定例会(第2号 9月16日)

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  1. 黒部市議会 2003-09-16
    平成15年第5回定例会(第2号 9月16日)


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    平成15年第5回定例会(第2号 9月16日)   平成15年第5回黒部市議会(9月定例会)会議録 平成15年9月16日(火曜日)           議 事 日 程(第2号)                          平成15年9月16日(火)                          午前10時開議 第1  議案第40号 平成15年度黒部市一般会計補正予算(第3号)     議案第41号 平成15年度黒部市公共下水道事業特別会計補正予算(第1号)     議案第42号 専決処分の承認について     議案第43号 黒部市各種委員会の委員等の報酬及び費用弁償に関する条例の            一部改正について     認定第1号 平成14年度黒部市一般会計歳入歳出決算の認定について     認定第2号 平成14年度黒部市国民健康保険事業特別会計歳入歳出決算の認           定について     認定第3号 平成14年度黒部市水産物地方卸売市場事業特別会計歳入歳出決           算の認定について
        認定第4号 平成14年度黒部市地域開発事業特別会計歳入歳出決算の認定に           ついて     認定第5号 平成14年度黒部市老人保健医療事業特別会計歳入歳出決算の認           定について     認定第6号 平成14年度黒部市農業集落排水事業特別会計歳入歳出決算の認           定について     認定第7号 平成14年度黒部市公共下水道事業特別会計歳入歳出決算の認定           について     認定第8号 平成14年度黒部市漁港利用調整事業特別会計歳入歳出決算の認           定について     認定第9号 平成14年度黒部市公共用地先行取得事業特別会計歳入歳出決算           の認定について     認定第10号 平成14年度黒部市病院事業会計決算の認定について     認定第11号 平成14年度黒部市水道事業会計決算の認定について              (15件 質疑、委員会付託) 第2  一般質問(代表・個人) ────────────────────〇─────────────────── 本日の会議に付した事件  議事日程に同じ ────────────────────〇─────────────────── 本日の出席議員     20人      1番 辻   靖 雄 君       2番 寺 田 仁 嗣 君      3番 吉 松 定 子 君       4番 伊 東 景 治 君      5番 辻   泰 久 君       6番 中 田 利 次 君      7番 橋 本 文 一 君       8番 牧 野 和 子 君      9番 松 原   勇 君      10番 山 内 富美雄 君     11番 山 本 達 雄 君      12番 木 島 信 秋 君     13番 中 谷 松太郎 君      14番 吉 田 重 治 君     15番 稲 田   弘 君      16番 岩 井 憲 一 君     17番 新 村 文 幸 君      18番 能 村 常 穂 君     19番 森 岡 英 一 君      20番 山 本 豊 一 君 ────────────────────〇─────────────────── 本日の欠席議員    な し ────────────────────〇─────────────────── 説明のため出席した者  市長部局    市長          荻 野 幸 和 君    助役          安 原 宗 信 君    収入役         南 保 弘 幸 君    総務部長        宮 崎 勝 昭 君    民生部長        小 柳 龍 一 君    産業部長        能 登 健 次 君    建設部長        木 島 孝 正 君    上下水道部長      森 岡 辰 清 君    総務部次長総務課長   平 野 正 義 君    総務部次長財政課長   名 越   誓 君    民生部次長市民環境課長 松 井 喜 治 君    産業部次長商工観光課長 石 川 幹 夫 君    建設部次長都市計画課長 山 田 丈 二 君    上下水道部次長水道課長 中 谷 三 嗣 君    総務課長補佐      滝 沢 茂 宏 君  病  院    市民病院長       高 桜 英 輔 君    市民病院事務局長    島   邦 夫 君    市民病院事務局次長   荻 野 佳 秀 君  消防本部    消防長消防監      田 中 幹 夫 君    消防本部次長      稲 垣 勝 夫 君  教育委員会    教育委員長       廣 瀬 捷 負 君    教育長         西 坂 邦 康 君    教育部長        平 野   忍 君    事務局次長       柳 川 一 成 君  監査委員          木 下 光 久 君 ────────────────────〇─────────────────── 職務のため議場に出席した事務局職員    事務局長        吉 本   昭 君    事務局次長       幅 口 文史朗 君    主事          能 登 隆 浩 君    主事          籠 浦 尚 樹 君 ────────────────────〇───────────────────               開     議   午前10時02分 ○議長(能村常穂君) おはようございます。  どなたも続いてご苦労さまでございます。  定足数に達しましたので、これより本日の会議を開きます。  本日の議事日程は、お手元に配付したとおりであります。  念のため、事務局長に朗読させます。  事務局長。             〔事務局長 吉本 昭君議事日程朗読〕 ○議長(能村常穂君) 日程第1、「議案第40号から議案第43号まで」及び「認定第1号から認定第11号まで」、以上15件を一括議題といたします。  これより質疑を行います。  まず、「議案第40号」の質疑を行います。  質疑ありませんか。               〔「質疑なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(能村常穂君) 質疑なしと認めます。  次に、「議案第41号」の質疑を行います。  質疑ありませんか。               〔「質疑なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(能村常穂君) 質疑なしと認めます。  次に、「議案第42号」の質疑を行います。  質疑ありませんか。               〔「質疑なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(能村常穂君) 質疑なしと認めます。  次に、「議案第43号」の質疑を行います。  質疑ありませんか。               〔「質疑なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(能村常穂君) 質疑なしと認めます。  次に、「認定第1号から認定第11号」まで、以上11件を一括して質疑を行います。  質疑ありませんか。
                  〔「質疑なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(能村常穂君) 質疑なしと認めます。  これより議案の委員会付託を行います。  ただいま議題となっております「議案第40号から議案第43号まで」以上4件は、お手元に配布してあります議案付託表のとおり、それぞれ所管の常任委員会に付託いたします。  お諮りいたします。  「認定第1号から認定第11号まで」、平成14年度各会計決算11件については、委員会条例第6条の規定により、「7人」の委員をもって構成する決算特別委員会を設置し、これに付託の上、審査することにいたしたいと思います。  これにご異議ありませんか。               〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(能村常穂君) ご異議なしと認めます。  よって、平成14年度各会計決算11件については、「7人」の委員をもって構成する決算特別委員会を設置し、これに付託の上、審査することに決しました。  さらにお諮りいたします。  ただいま設置されました決算特別委員会の委員の選任については、委員会条例第8条第1項の規定により、「辻 靖雄君」、「寺田仁嗣君」、「吉松定子君」、「辻 泰久君」、「牧野和子君」、「橋本文一君」及び「木島信秋君」以上7人を指名いたしたいと思います。  これにご異議ありませんか。             〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(能村常穂君) ご異議なしと認めます。  よって、ただいま指名いたしました7人の諸君を決算特別委員会の委員に選任することに決しました。 ────────────────────〇─────────────────── ○議長(能村常穂君) 日程2、一般質問代表質問及び個人質問を行います。  まず、代表質問を行います。  一新会を代表して、17番、新村文幸君。              〔17番 新村文幸君登壇〕 ○17番(新村文幸君) 皆様、おはようございます。  どなたもご苦労様であります。一新会を代表して一般質問をさせていただきます。  初めに、市長の今後の政治姿勢についてお尋ねをいたします。  荻野黒部市長には、昭和55年に初当選されてから、今日まで6期連続無投票当選の栄に輝かれ、約24年間にわたり黒部市民の幸福と市勢発展のために、日夜を分かたずご尽力いただいておられますことに対し、会派を代表して心から感謝と敬意を表するものであります。  この間、今も市長の胸に深く刻み込まれていると思いますが、「和を以て貴しと為す」の聖徳太子の言葉を基本理念とされて、「名水の里 住みよい黒部」の理想都市づくりに邁進されておいでで、その聡明な頭脳と卓越した行動力で市民の先頭に立ち、数々の成果を上げておいでであります。  思い起こせば、村椿小学校高志野中学校など、教育環境の整備をはじめ、医療・福祉体制の充実強化として市民病院の改築や特別養護老人ホーム越野荘、越之湖の建設、社会資本整備基幹事業である公共下水道整備促進国際交流事業や黒部市の文化の発信基地として国際文化センター「コラーレ」の建設、市民の憩いの場、あるいは健康づくりスポーツ振興の拠点として総合公園、総合体育センターの建設、また市産業の発展と雇用の確保を主眼として、YKK荻生工場誘致、さらに今年中に完成予定の新三日市小学校校舎の新築等々、常に市民のニーズや時代の流れ、社会の変化を把握しながら、市政全般にわたって、経済状況の順調なときも近年の非常に逼迫した厳しい財政事情にあっても、きめ細かな市政運営を行われ、その功績は市民だれもが認めるところであり、高く評価するものであります。  特に、長年市民の悲願でありました、北陸新幹線の工事着工や(仮称)新黒部駅の誘致成功につきましては、後世に残る顕著な功績として、その血のにじむようなご努力と成果は長く市民に語り継がれることと思います。  しかしながら、本市が当面する諸課題はまだ山積しております。具体的には北陸新幹線と新黒部駅の建設促進、国道8号バイパス整備促進、下水道、区画整理事業など市民生活に密着した社会資本の整備、そして長寿、少子化に対応した教育・福祉施設や制度の充実強化などであります。  ことに戦後60年を迎え国政の制度疲労や産業経済の停滞に加え、高齢化の進捗で福祉サービスの増大が見込まれ財政的負担マンパワーの確保が心配されること。また、住民の価値観の多様化、技術革新の進展などによる、住民が求めるサービスの多様化、高度化に対応した、専門的、高度な能力を有する職員の育成、確保が求められているなどにより、住民に身近な行政の権限をできる限り国から地方自治体に移し、地域の創意工夫により行政運営を円滑に推進できるようにすることが求められております。  以上を含め、行財政基盤を強化するための方策として、黒部市・宇奈月町・入善町・朝日町の1市3町の合併が必要不可欠な状況であり、この合併への難事業を平成17年3月いっぱいで無事軟着陸するよう事業の調整が求められております。  これらを含め、多くの課題を着実かつ迅速に解消するには、荻野黒部市長の今日までの成果により、だれもが納得するその先見性豊かな識見と他を圧倒する抜群の政治手腕、さらには卓越したリーダーシップが必要不可欠であり、我が一新会として、荻野黒部市長に本市のかじ取りを、ましてや来年度、めでたく市制施行50周年という大きな節目の年であり、意義ある年にするためにも、ぜひ引き続き行っていただきますよう強く熱望する次第であります。  私個人といたしましても、その思いを抱きまして、もう1点、質問をさせていただきます。  ことしの夏は異常気象が続きました。フランスのパリでは例年8月の最高気温の平均が23.8度であるものが、ことしの8月の最高気温は40度となるなど欧州を熱波が襲い、フランス保健省は猛暑による死者は直接、間接合わせて約1万1,000人余りに上ると発表しております。また、農作物への被害、森林火災の多発が報じられております。  国内では梅雨明けが遅れ、北日本を中心に冷夏となり、稲作をはじめとして農作物への影響が出てきており、世界的規模の食糧難が懸念されているところであります。  欧州や日本の異常気象は、北半球を回る偏西風の蛇行が原因であり、温暖化との関係を気象庁は示しておりませんが、世界的に気象変化の幅は大きいとのことであります。温暖化の影響を示すデータそのものもふえており、欧州の熱波はアルプスの氷河の後退をより速め、一方、ヒマラヤでは氷河が解けて氷河湖の水位が上昇、決壊の危機が迫っている、と専門家は警鐘を鳴らしております。  気象庁によりますと、日本沿岸の海面水位が1985年以降上昇を続け、2002年は過去100年で最も高く、平均を5.12センチ上回っていると発表しております。二酸化炭素がこれら地球温暖化の要因の一つとされ、京都議定書は国際的な地球温暖化防止策として二酸化炭素などの温室効果ガスの排出抑制を目指しており、ロシアの批准が確実になっていることは地球環境にとって幸いであると考えております。  このような環境変化が進めば、今以上に農作物の被害がふえ地球規模での食糧難が、今後継続的に進むことは目に見えています。それにもまして、現在日本の食料自給率は40%であり、穀物自給率では26%と食糧の大半を海外に依存している状況であり、近い将来日本は、食糧危機が叫ばれる不安定なものから、確実に食糧難の時代に突入すると、そう思うのであります。  このことを考えた場合、地域で生産したものを、その地域で安心して食べる「地産地消運動」といった原点に立ち返る農林水産業振興が広められていることは、食品の偽装表示問題の解消や、供給過剰の排除、大量生産の圧力で消滅していった地場産業の再生にもつながるすばらしい事業であると思うのであります。  そこで、市長には、この事業について、  今後の地産地消運動のあり方。  今後の地産地消運動の課題。  今後の地産地消運動の具体的な計画と実行。  以上3点についてご所見をお伺いします。  改めて、私ども一新会も微力ではありますが、市長とともに全力を尽くして市民福祉の向上、市民の幸せに邁進する所存であります。荻野黒部市長の今後の政治姿勢、しつこいようでありますが、積極的な決断、答弁を期待するものであります。  終わりに、この9月30日で任期満了となられます廣瀬教育委員長には、平成11年10月1日教育委員会委員就任以来4年間の長きにわたり教育行政に熱心にご尽力いただきました。市民の一人として、その誠心誠意のご努力に心より敬意と感謝を申し上げます。  この間、現政権である小泉内閣が平成13年4月に誕生しまして、国会の所信表明演説の中で首相は、明治初頭、財政窮乏に苦しんだ旧長岡藩が救援物資として届いた米百俵を将来的な学校設立資金に使った逸話を「今の痛みに耐えて明日を良くしようという『米百俵の精神』」として紹介しており、「日本が希望に満ちあふれた未来を創造できるか否かは、国民1人1人の、改革に立ち向かう志と決意にかかっている」と呼びかけておりました。  これを聞きながら、教育それ自身がまさに国づくりの基本であり、教育の荒廃が国の凋落に直結するもので、近年の景気低迷からの脱却と行政改革の推進のためにも、教育の一層の改革に真剣に取り組んでいきたいとの表明であったと私は受け取っております。  これを受けて、文部科学省は、平成14年度から新学習指導要領の本格実施と、これによる完全学校週5日制の実施により、子供たちがゆとりの中で生きる力を育む学校教育の推進がうたわれておりますが、不登校やいじめ問題、少年犯罪の増加など学校教育を取り巻く環境は必ずしも順風満帆とはいかないようであります。  そこで、まだ日はあるのでありますが、委員長退任にあたり、長きにわたり高等学校の教師を務めておいでであったと伺っておりますが、教育の真っただ中でご活躍されておいででありました経験も踏まえて、今後の本市の教育に対する思い、課題について教育委員長の見解をお願い申し上げるものであります。  以上で私の代表質問を終わらせていただきます。            〔17番 新村文幸君自席に着席〕 ○議長(能村常穂君) 市長、荻野幸和君。              〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 皆様、おはようございます。  議員の皆様方には、連日大変ご苦労さんであります。  ただいま一新会を代表されまして新村議員から、今後の市長の政治姿勢について、それから地産地消に対する基本的な考え方や課題、それをどのように具体的に実行していくのかというご質問だったと思います。  私の任期が後5カ月ということになりました。私は大変お世話になりました黒部市議会の皆様方や市民の皆様方、また行政の皆様方に、与えられている任期の中で、本当に何を恩返しができるのか、そして何をやるべきなのか、悶々としている昨今であります。  4年前に、またその前のときもだったかと思いますが、私たちは20世紀に生きる者として、20世紀から21世紀への橋渡しを確かなものにしていきたい、そんな思いで20世紀の末を私たちが過ごしてまいりました。それは政治の世界であっても、それから行政の世界であっても、市民の皆様方もそういう思いだったろうと思います。本年は2003年、確実に20世紀から21世紀へ進みました、時間は無情に過ぎました。  4年前のちょうど9月議会だったと思っておりますが、そのころにもちょうど国においては総裁選挙が行われていた最中ということであったと思います。これからの日本をどうしていくのか、それぞれたくさんの議論があって、2期目の小渕内閣が発足をしたと、そんな時代ではなかったかと思います。  その中で、私は今任期の選挙に立候補するに当たりまして、20世紀から21世紀への橋渡しを何か形のあるものに、また皆様方にわかりやすい、そのようにしていきたいという思いがありました。それで、市民の皆様方に訴えたのは、議会の皆様方にもそうですが、訴えたのはセブンブリッジという七つの橋、虹もかけてでありますが、「セブンブリッジ構想」でありました。今任期中にそれぞれの地域や、遅れていると言われて批判を受けております道路、それから地域間交流等々を行っているときには、この七つの橋が大変大切だと、しかもそれは20世紀から21世紀への架け橋だと、そのことに全力を、この4年の間では傾注させていただきました。  おかげさまで、議会の皆様方や地権者関係の皆様方の協力で、この七つの橋が完成、最後の南線の高架橋をもって完成すると、自分の中では、4年前の話の中での、市民の皆様方に訴えてきた、20世紀から21世紀への橋渡しをするというその夢は、私自身の夢は、訴えてきたものについては達成できたのではないのかと思っております。  ただし、政治は世の中は常に動いております。そのときの代表質問、吉田議員だったと思いますが、「これからIT社会、情報化時代にどう対応していくのか」、それから「今地方の時代と言われて久しいが、地方というのはこれからどうなっていくんだ」というご質問があったころであります。  ただそのときには、まだ地方の時代とは言われていながら、具体的にどう動くのかということは、今から4年前というのは、そういう状況にはありませんでした。市長に第6期目の当選をさせていただいて以来、その地方の時代ということを、かなり具体的に進めていこうという大きな動きになりました。いろんな社会背景はあると思いますが、財政の問題ですとか国債の問題ですとか、それから地方の状態の問題ですとか、いろんなことがあると思いますが、国と地方が対等、しかもお互いに協力をしていくと、そういう関係に地方自治と国の仕事を分けていこう、これはまさにあらゆることに干渉してきた国から地方が自己責任、自己決定ということをこれから行っていこうという大きな流れです。これが21世紀の地方自治のあり方だというふうに私は信じます。  ただそこの中での問題、財源の問題とか税源の移譲の話ですとか、交付税のあり方の話ですとか、何でもこの地方と国が対等で税源の移譲を行わないでやれるというふうには私は思っておりません。それですから、私たちも合併という一つの方向性を出して、そして議員の皆様方も苦渋の選択をしておいでになります。また我々特別職の四役もそうであります。そして、市・町の職員もそのことについて、自己改革をしていこうとしております。市民・町民の皆様方にできるだけ直接ご負担をかけることのないようにしながら、私たちはその道を選択しようと、合併という方向で選択しようとしていると思います。  その期限が平成17年3月というふうに法定協議会の中では方針を出しました。そして来年の黒部市におきましては、来年の1月ですか2月ですか、2月ということで、任期満了がくるということでありまして、私自身、どういうふうにしていけばいいのか、行政、政治の分野においては常に課題がありますが、この歴史的なことは方向性をしっかりと見極めていかなければならないと思っております。それが私の与えられた任期中、どこまでできるのか、そして次の世代の人たちにどういうふうにしてバトンタッチできるのかできないのか、まさに私はこの5カ月間に、そのことがかかっていると思います。その気持ちを持って判断を、その方向性を持って私自身は最終ぎりぎりの判断をいたしたいと、かように思っております。  一新会を代表されました新村議員からは激励等を賜りましたが、率直な今の私の気持ちを述べさせていただいて答弁とさせていただきます。  2番目のご質問の地産地消についてということのご質問でありました。  先ほど新村議員からお話がありました。私たちもある方向で分析をいたしたところであります。  まず、終戦のときにどれぐらいの日本の人口がおいでになったのだろうと、これは戦中も含めてということですが、1945年の統計では、日本の人口は7,214万7,000人、もう少しさかのぼりましても、大体6,000万人から7,000万人という人口であります。その当時の日本の食糧需要、受給というのはどうだったでしょうか、新村議員は、まだそのころは生まれておいでになりませんから、よく実感としてはわかないと思いますが。いろんな日本は封鎖をされました、日本は封鎖されて、その中で7,000万人の人口を養っていかなくてはならない、食糧を供給していかなくてはならない、賢明な農家の皆様方や、それから消費者の皆様方、都会の皆様方も買い出し、芋のつるを食べる、そんな時代というのが、つい60年前の日本だったわけです。今の日本の人口は1億2,700万人余。1945年と2001年の統計ということになるわけですが、この間、56年の間に、日本の人口は約5,500万人増加したということになります。当然、こういう皆様方を食べさせていかなくてはならないし、これは政府だけではなく、お父様もお母様も、これを単純に割り算いたしますと、1年間に日本の人口は終戦のときから毎年100万人ずつふえていったという勘定になります。富山県が、毎年50何年間、一つずつふえていったと。戦後58年間という日本はそのような状況であったということであります。  私たちも農林水産省の皆様方や政治家の皆様方といろんなお話を聞いたり議論をしたりいたしますが、農林水産省、もちろん国としてということになりますが、日本の安全を守っていく、それは単に戦争ですとか、防衛ですとかということも物すごく大切ですが、日本人の食、これを守っていくということが、国家戦略としては大変大切なことだと、日本の国民を守っていく中で。そして日本の、今食料の自給率は40%というふうに言われております。これを45%まで上げようと、それでも今ほど申し上げましたように、そのまんまどこからも入ってこないことはないと思いますが、入ってこなかった場合の日本人の生存率というのは大変危ういものになる。  農業王国と言われている富山県におきましても、実際に110何万の人がおいでになりますが、富山県においてさえ、87、8%台の自給率しかない。ましてや東京1%、大阪1%の自給率。そこに人口が集中しているということであります。北海道、東北の方は140何%ということになると思いますが。  そういった中で、日本の農業というものを農地の確保というものを図っていかなくてはならない、これが国是です。万が一のときでも、例えば今はコメが余っている。ただし片方では輸入をしている物がある、コメだけでなしに、ほかの野菜も含めて。しかもその野菜や牛肉やそういうものが本当に目に見える形でのところでないものですから、狂牛病の問題ですとか、食品表示の話ですとか、それから農薬の管理ということが、日本が相手国に対してできるのかどうか。これは国際法上の問題、それから外国の生産者との問題だろうと思います。今日本で求められているのは、まさに食の安全ということではないかと思います。  地産地消運動を進めていく大きな理由の一つは、信頼される農産物を目に見える形で、地元で消費してもらうことによって安心ですよと、黒部でつくられているいろんなものは、富山県でつくられているものは。地元で信用されないものが、ほかの消費者の皆様方が信用してくれるでしょうか。我々は直接生産者の皆様方と目に見える形で安心していろんなものを食する、まずそのことから始めていこうという運動が、この地産地消の運動だと思います。  もう一つは食育という言葉が、最近耳にされると思います。食育というのは「食」べると教育の「育」ですね。古来からの日本の食の伝統、地元でつくられたものを、すごい創意工夫をして、すばらしい歴史と伝統があります。そういう巧み、そういう生活の知恵というものを、次の世代にきっちりと渡していく。母親の味ですとか、ばあちゃんの味ですとかという味の文化もさることながら、それを創意工夫していろんな食の文化をつくってこられた、今それがなくなりつつあると。  まさに本年、黒部市で行われます「食祭とやま2003in黒部」におきましても、このことをぜひテーマにしながら、ある一つの方向性を我々は見いだしていきたいものだと思っております。  今月の25日、この議会中ということになると思いますが、全学校を中心にして、幼稚園、それから小学校・中学校も含めまして、オール地場産の食材を用いて、そして学校給食をしようというふうに教育委員会でも、また我々行政のところでも進めました。まさに地産地消運動の第一歩、また食育の第一歩を踏み出すということであります。  どうぞ、9月25日、それぞれの小学校で行われますので、地域の振興会の皆様方や議員の皆様方も、子供たちと一緒になっていただいて、その給食に加わっていただけたらありがたいなと思っております。  いずれにいたしましても、これから地産地消運動や食育の話というのは、大変大きなキーワードになっていると思いますので、皆様方の格別なご支援とご協力を、私からもお願いを申し上げたいと思います。  最後にもう一度、最初の今後の政治姿勢のところで総括をさせていただきますが、我々は勇気を持ってあらゆる困難を乗り越え、来るべき時代に対応できる自治体を再構築し、市・町民の幸せのための自治体のあり方に見直し、その実現を図るには対等と互恵の精神を共有し、持てる資源を融合・発見・進展させていくということで、これからの21世紀の地方自治のあり方を推進していきたいと思っております。議員の皆様方の格別なご協力、ご支援を賜りますようお願い申し上げまして、答弁にかえさせていただきます。  以上です。 ○議長(能村常穂君) 教育委員長、廣瀬捷負君。               〔教育委員長 廣瀬捷負君登壇〕 ○教育委員長(廣瀬捷負君) 今月いっぱいで教育委員の任期を終えることになりますが、これまでいただきました議員各位並びに市長、市職員の皆様方のご支援、ご協力にまずもって厚く御礼を申し上げたいと思います。どうもありがとうございました。  さて、新村議員から4年間の思い出や教育に対する思い、今後の課題等について質問がございましたが、質問をお聞きしましたところ、大変格調高くて、教育の本質的な部分に触れた問題が非常に多くございましたが、それに対して、私のこれからお答えすることが大変瑣末的な答えになって大変失礼になるのではなかろうかなというふうに危惧をいたしておりますが、ひとつお許しいただければと思います。  まず私の在任、4年間において残念に思うことから先に申し上げたいと思いますが、市の埋蔵文化財の調査等の手続きに不手際があったりしてご迷惑をおかけしたこと。それから本市の教育委員会所属の学校教職員に、教職員にはあってはならない不祥事があったということ。あるいはかなり改善されてきたとはいえ、依然として不登校など、あるいはいじめなど、あるいは学力低下などの教育の今日的課題の改善が、まだまだ不十分で反省点も多いということに関して非常に残念に思っておりますし、この場で市民の皆様にもお詫びしなければならない点が多々あったのではなかろうかというふうに考えております。  次に、この4年間で印象に強いことを申し上げますと、やはり2000年にとやま国体がございました。それに取り組みました市民のパワーと言いますか、協力態勢と言いますか、市をあげての大イベントになりましたことは、大変うれしく思った次第であります。  それから学校教育の面では、学校の完全週5日制と新学習指導要領が実施になりました。また「14歳の挑戦」という事業、あるいは「豊かな体験活動推進事業」等も取り組まれまして、いささか試行錯誤もありましたけれども、その際、学校と地域が連携して、子供たちの社会性や豊かな人間性を育むということで取り組まれてきていることは大変よかったのではないかと思っております。  それからこのほか新しい取り組みとしては、昨年から始まりました小学校の英語活動指導補助員の派遣、あるいは学校図書館活動推進員の派遣、情報教育指導員の派遣等があります。また、この間、小・中学校のパソコンの整備、あるいは校内LANの整備が精力的に行われまして、情報教育の設備、整備レベルが近隣市町村と比べましても大変高い水準になったということも喜ばしいことではなかったろうかと思いますし、念願でありました三日市小学校の建設についても、昨年8月に起工式が行われ、今年の12月に校舎棟が完成になるという運びになりましたことも、大変うれしいことと思っております。  次に、法体系と現在の教育行財政とか、あるいは文部科学省と各県、あるいは各市町村教育委員会のあり方とか、あるいは各地の教育委員会と行政のあり方とかいう本質的な問題に関しても、いささか考えているところはありますけれども、この場で申し上げますと、非常に長くなりますし、非常に大きな問題でありますので、きょうのところはもっと現場に近い段階での感想ということでお許しをいただきたいと思います。  考えますと、最近、どうも教育の評判が芳しくないとよく言われております。学校教育に関しても、どうも画一的に過ぎるとか、あるいは近ごろですと学力低下を来しているのではないかと、あるいは指導力不足の教員がいて、子供と親が迷惑しているとか、あるいは教員がサラリーマン化して、どうも情熱が感じられないといったような学校や教員に対する非常に手厳しいものがあります。  また、学校教育のみならず家庭教育とか、あるいは地域社会による教育というものに関しても、以前から見たらその教育力が低下したのではないかというふうに言われております。家庭で基本的な生活習慣をつけさせていないのではないかとか、家庭での教育を学校に任せすぎているのではないかとか、あるいは近所同士でありながら、近所の子供の顔も知らないとかということも言われて久しいわけであります。  これらの問題解決については、さてどうするかということになるわけですけれども、言葉の上で建前的に申し上げるということは、教育の場合は非常に簡単なわけですけれども、ただそれをいかに実践していくかということは極めて難しいわけで、例えば言葉の上で、建前の上でどうするかと言われたら、基礎基本を大切にするんだ、近ごろ非常によく言われていることですけれど、基礎基本を大切にすると言いながら、では具体的に第1学年の基礎基本はなんなのかとか、あるいは中学1年生の基礎基本はなんなのかというような具体的な把握は少しぼやっとしているのではないかと。あるいは1人1人の個性を大事にするとか、あるいは自主性を引き出すとか、あるいは学校とか家庭、地域社会の3者が意思疎通を図って共通理解のもとに力を合わせて教育に当たるとか、言葉の上ではまことにそのとおりなのですけれども、しかし、実際にこの3者がどうやって取り組んでいくかということになると、非常に難しいと私は考えておりますし、現実もそうであろうと思います。  例えば学校が家庭と協力していこうとしましても、実は子供の親の態度がいろいろありまして、そのすべてと意思疎通を図って共通理解をもって力を合わせて教育に当たると、これは言うのは簡単ですけれども、非常に難しい問題であります。学校の先生方が、あるいは保護者の方が、あるいは地域の方が、ある事柄が起きたときに、その時々、瞬時に的確に判断して、どういう教育を実践していくかということは、極めて難しいと言わざるを得ないわけであります。  しかし、教育に対して大きな期待が寄せられていますし、とりわけ学校や教師に対する期待が大きいということを考えますと、学校の教職員、あるいは教育委員会の我々が親や、社会が学校教育の欠くべからざる大事なパートナーだということを思えば、お互い協力、理解をすることに力を尽くしていかなければいけないというふうに考えております。  最後になりますけれども、まちづくりは人づくりとも言われて、本市は黒部市民憲章の精神のもとに、教育による人づくりを市政の基調として、豊かで明るい市民生活とまちづくりを進めております。どうか今後も、このまちづくりの根幹である教育による人づくりが関係各位の緊密な連携のもと、着実に進展していきますように心から念願して、大変行き届かない答弁になりましたけれども、答弁とさせていただきたいと思います。  ありがとうございました。              〔17番 新村文幸君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 17番、新村文幸君。              〔17番 新村文幸君起立〕
    ○17番(新村文幸君) どうもありがとうございます。  廣瀬教育委員長、今の話を聞いておりますと、教育は決して派手ではない、どうもやはり地道に、小さいこともしっかりと1個ずつ積み重ねたものが、本当の真の教育のあり方なんだなというふうに聞いておりました。教育委員長の、今まで先生の経験で思われる信念がそんなところにあるのかなと思います。今後もまだまだ元気な限り、教育指導に対するご鞭撻の程をよろしくお願いしたいと思います。  市長、どうもありがとうございます。  まず地産地消、私も全く同感であります。やはり食の安全というのは、まず我々田舎と言いますか、地方からしっかり発信していかないといけない問題だなと思います。地元出身の宮腰代議士もこの地産地消の中身の「食育」を一つの政治テーマとして国会で頑張っておられます。本当に頼もしい限りであります。  一番聞きたかった来年の1月の決断でありますが、市長はまだ迷ってらっしゃるのか、まだ心の中がすっきりしないような答弁になりましたが。合併は17年3月ということで、市長は初日の本会議のときに「避けて通れない」と言っておられます。我々は1月に選挙があったのですが、11月ごろだったと思うのですけれど、市長に合併の信念を聞いたことがあります。私はしっかり覚えておりますので、これは「避けて通れないよりも、みずから退路を断つ、その覚悟でやるんだ」とおっしゃいました。これからが合併推進に当たっては一番重要な時期であります。その詰め、本音、各論が出てまいります。そういった時期がちょうどこの1月の本市の市長選であります。私はこの合併を本当に間違いのない、やってよかったと、10年、20年後言われる、この判断がこの時期だろうとは、だから来年の3月、4月、ここまでが一番重要な時期なのかなと思っております。多分市長もそう思っていると思います。この市長選、これはしっかりそれを乗り越えて、やはりこの合併問題を解決していくべきだと、私は思うのであります。これは1市3町、すべての想いと思うのですけれども、そこのところ市長、どうなのでしょうか。              〔市長 荻野幸和君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 市長、荻野幸和君。              〔市長 荻野幸和君起立〕 ○市長(荻野幸和君) まず、ことをなすスタートをするとき、無心であらねばならぬと思いますし、自分の決心をあらわすのに、自分の退路を断って、そしてこのことに当たる、私はその気持ちには今もいささかも変わりはありません。  それですから、以前にも新世紀の会の方からの代表質問でもありましたが、私は少なくとも私の任期中にどこまでできるのか精いっぱいやりたい、そして次の人たちにバトンタッチができる状態になるのかどうか、私はしたいと、今任期中にそういう方向性をしっかりと見いだしていきたいと思います。  議員の皆様方にも本当に苦渋をされながら1市3町の議員の定数の話、今現在68人おいでになります議員、これはまだ法定協議会で決定したわけではありませんが、その68名の議員の皆様方を30名にしようではないかと、これは歴史的なことであります。それぞれ議員の皆様方が自分の首をかけて、自分の政治生命をかけて、そして市民の皆様方や町民の皆様方やそれぞれの地域の発展をやっていこうと、そういう決心をされて、今度法定協議会にかかるわけですね。  新村議員からの、理論的には平成17年3月という目標がありますから、それを完成させないでいくのは卑怯だと、またやるべきだという時間の話で言われたんだと思いますが、私は中身の話だと思います。  私の今任期中に本当にどこまでこの合併の話というのを進めることができるのか、それは与えられた任期中、最大限の努力をしていきたいという私の気持ちであります。それですから、そのときになって、私はぎりぎりのところで判断をしていきたいと思っております。気持ちは今任期中にある方向性をきっちりと出していければ、それにすぐる幸せはないというふうに私は思っているところであります。  これから合併協議会の中で進めていかなくてはならない問題は、議員の定数の問題、農業委員の定数の問題があります。それからどういう組織をしていくのかという課題もあります。それから新しい市の名前をどうするのだという、過去の歴史を大切にしながら将来に向かっての新しい市の名前というのも、これから決めていかなくてはなりません。それぞれ分庁舎方式による組織のあり方ということについても決定していかなくてはならない。ただしこのスケジュールというのは、来年の、少なくともこの5カ月ぐらいの間に、あるところまでの方向性は私は進んでいくのだろうと思います。  あと大きな政治判断をしなくてはならない課題というのは、今ほど申し上げたこと以外で、そう多くあるのかなと、私は今ほど申し上げましたように新市の名称や組織や、そしてそれの財源の問題やまちづくりプラン、これは一番難航すると思いますが、基本的にはそれぞれの市町の総合振興計画を尊重していく、それで新しい市の共通とした課題、それをどういうふうに共通した課題としてみんなで取り組んでいくかと。私は合併後の大切な10年間というふうにずっと言い続けていますが、この大切な10年間でやるべきこと、それからもっと未来にやること、そして毎年それを積み重ねていくこと、私はそのことが、今この合併という課題に与えられている大きな課題だろうと思っておりまして、少なくともそういった問題を、任期中にめどをつけることができたら、次の人たちに私はバトンタッチを、次の世代へバトンタッチをすべきだろうというふうに、私の気持ちの中ではあります。それは状況判断を、ぎりぎりのところでさせていただきます。  以上です。              〔17番 新村文幸君挙手〕 ○議長(能村常穂君) 17番、新村文幸君。              〔17番 新村文幸君起立〕 ○17番(新村文幸君) 先ほども質問の中で、我々一新会は、この合併問題、1市3町の議会の中でも特例は使わないということで、17年3月いっぱいで失職するといいますか、そういうふうに決めたわけなのです。これは特別職と一緒の形をとったわけなのですから、これまで市長が言われましたように、やはり断腸の思い、そして血がにじむ思いで17年まで全うしていくという気持ちで一致したわけです。この合併に関しては、本当に後戻りもできないし、積極的に市民の皆様に納得していただけるように頑張ってもらいたいと思っております。  我々一新会、市長の来年の1月のことで、一緒になって推進、または本当に住民の幸せを願って一緒にやりましょうと問いかけたわけなのですけれども、市長はまだ、どうも今の答弁の範囲であります。しかしながら、任期満了まで完全燃焼していくと、これは私の判断ですけれども、その任期満了、積極的な思いだろうと、次に受けます者も、それはバトンタッチするかどうか、その次においてでも積極的な理念でいくというふうに解釈して質問を終わらせていただきます。 ○議長(能村常穂君) 次に、新世紀の会を代表して、20番、山本豊一君。              〔20番 山本豊一君登壇〕 ○20番(山本豊一君) どなた様もご苦労さまでございます。  9月定例会に当たり新世紀の会を代表して、大きく分けて次の4点について質問をいたします。  1点目、市長の今後の政治姿勢について。  2点目、小泉首相の政策評価などについて。  3点目、「三位一体」改革について。  4点目、農業問題について。  以上4点についてであります。  先ず冒頭に、市長の今後の政治姿勢についてであります。  荻野市長は、昭和55年に次の四つの公約、一つ新幹線の誘致、一つ水資源の確保、一つ公共下水道の整備、そして地方鉄道の高架を旗印に42歳の若さで立候補され、見事北陸3県で一番若い市長として当選され、市民に夢と希望を与え、これまで無競争6期24年間、任期を余すところ後わずかで終わろうとしているのであります。  この間、市長は厳しい財政環境にもかかわらず、市政各般にわたって常に長期的展望に立って「名水の里 住みよい黒部」のまちづくりに全知全能を傾注されてこられたものと思います。  このことは黒部市民だれもが認めており、誇りとするところであり、その姿勢に心から敬意をあらわすものであります。市長にとりまして、この24年間を振り返りますと万感こもごものものがあろうかと思うのでございます。特にこの24年間において、小中学校の整備をはじめとして市民病院の改築、公共下水道整備促進、特別養護老人ホーム建設、YKK荻生工場の誘致、三日市保育所周辺の区画整理事業の着工整備促進、総合公園の整備充実と総合体育館の建設、1市3町によるケーブルテレビ局の開局などまさしく、市民憲章にあります「あたたかく交わり互いにたすけあい明るいまちづくり」、「健康でたくましく働き豊かなまちづくり」、「きまりを守りよい風習を育て住みよいまちづくり」、「環境を整え清らかな美しいまちづくり」、「教養を高め情操豊かに文化のまちづくり」の、この五つの市民憲章の精神を絶えず大切にして、さまざまなことに積極的、果敢に挑戦し、常に時代の背景や社会の変化を把握しながらきめ細かな政策実現に汗と知恵を絞り、今日の黒部市の発展に大きく貢献されたのであります。  特に北陸新幹線にあってはフル規格と新黒部駅設置が決まり、現在、平野部においては新黒部駅ST、BL工事(いわゆる駅ステーション工事)と本線の高架橋工事が順調に進んでおり、山間部においては3号トンネルが貫通し、2号トンネルの掘削工事とともに第1号トンネル外工事については、去る12日に安全祈願祭が執り行われ、黒部市内の工事がこれですべて着工されたことは、まさしく市長の政治的な手腕であり高く評価するものであります。  反面、今後の黒部市を展望いたしますと、一昨年4月に地方分権一括法が施行され、各地方自治体にあっては、今後ますます各自治体の特殊性のある地方行政が強く望まれている中で、合併特例法による市町村合併が本市においても、宇奈月、入善、朝日による1市3町の合併について法定協議会が設置され、現在合併に向けての協議が真剣になされているところであります。  黒部市の21世紀を展望すると、今日ほど重要な時期はないと思うのであります。この時期こそ温厚で誠実さと情熱を持ち先見性豊かな識見、そして大局的な見地に立った政治的手腕に基づく卓越した人を、黒部市のかじ取りにする必要があると思っているのは私一人ではなく、黒部市民等しく同じ考えだろうと思うのであります。  このことを踏まえて、次の3点について市長の所見をお伺いします。  1点目、市長は6期24年間の任期の終わりを迎えて、市制施行に当たって何か思い残すことがありますか、あればどんなことか聞かせください。  2点目、市長の6期目の任期が終わりに近づくにつれて、無競争は別として自治体首長の多選について市民の間でいろいろなところで、いろんな意見が取り交わされております。  私は、自治体首長の6選は多選かどうか疑問視する者の一人でありますが、自治体首長の多選について市長の所見を間かせください。  3点目、先ほども述べましたように、今、黒部市は合併を控えてどんなまちづくりをするのか定める大事なときかと思います。今後の市長の政治姿勢に期待するものでありますが、市長の7選に向けての政治姿勢についての考えをお聞かせください。  次に2点目の質問であります小泉首相の政策評価とその手法についてお聞きします。  小泉首相は平成13年4月に自民党のみならず多くの国民の期待のもとに首相に就任して早くも2年5カ月を経過いたしました。就任に当たって初の国会での所信表明演説では、「聖域なき構造改革」を断行して、これまでの景気回復を優先してきた経済運営の比重を構造改革に路線転換し「改革断行内閣」を全面に揚げて構造改革を本格的に取り組む姿勢を打ち出してスタートし、これまで郵政の民営化や道路公団の民営化、地方分権一括法の施行などにより数多くの行政や構造改革に積極的に取り組んでこられましたが、景気は多少上向きの傾向にはありますが、ほぼ今日まで横ばいの状態が続いてきており、国の財政も益々厳しさの一途をたどり、政府与党はもちろんのこと、各野党各党からも経済政策の変換を強く求められているのであります。  市長は平成13年の市議会6月定例会の新世紀の会の代表質問において、小泉首相に対する期待として、これまでの10年ほどの間に多くの首相がかわり、首相が誕生するたびに、それぞれの首相のやり方と方針や結果が浸透しないうちに新しい首相が誕生してしまう。これでは自民党員はもちろんのこと国民も戸惑うから、少なくとも小泉内閣には、過去の反省をするとすれば4年か8年ぐらいの期間はやってもらいたいものだと、反対して引き下ろすようなことだけは小泉首相に対してはしてもらいたくない、それが国民の念願だと思う、また余り長過ぎるのもどうかと思うと。小泉総理の所信表明演説に対する感想をこのように述べておられるのであります。  政局は今、9月8日告示、20日投票の自民党の総裁選挙とその後の内閣改造、衆議院解散の想定に伴う衆議院選挙などを焦点に、動きがここにきてにわかに慌ただしくなってきているのであります。特に自民党の総裁選挙にあっては各派閥間の駆け引きはもちろんのこと、総裁候補者同志がしのぎを削る厳しい選挙戦を展開しているのであります。  反面、野党の民主・自由両党は合併して政権交代を狙う構えで社民党の共闘態勢を全国各地で模索を続けており、日を追うごとに政局は緊迫の度合いを強くしてきているのであります。  そこで市長に、次の3点について所見をお聞きします。  1点目、市長はこれまでの小泉首相の政策や手法をどのように見ておられるのか。  2点目、特に経済政策については、今回、自民党総裁選挙に立候補されておられます3候補者がそろって厳しい批判をなさっておられるのであります。小泉首相の経済政策に対して市長の考えはどうかお聞かせください。  3点目、市長は平成13年6月市議会定例会、新世紀の会の代表質問で先も述べたように、小泉首相には、これまでの過去10年間という時代を反省した場合、少なくとも4年ないし8年ぐらいはやってもらいたいと、小泉首相誕生についての所感を述べておられるのであります。今の考えはどうかお聞かせください。  次に、質問の3点目であります。  政府の「三位一体」改革についてお伺いいたします。  政府の経済財政諮問会議は、去る7月26日、国と地方の税財政の「三位一体」改革など七つの改革を盛り込んだ「骨太方針」の第3弾を正式決定し、小泉首相に答申されたのであります。  それによりますと、国庫補助金削減と税源の地方への移譲、地方交付税の見直し、この三つを同時に進め「三位一体」改革を図ろうとしているのであります。その内容は2006年度までの3年間で補助金を4兆円程度減額し、地方自治体に移す税源は、減額した補助金の8割を目安として、教員の給与など義務的経費は効率化して全額を移譲しようとしているものであります。しかし削減する補助金の中身は未定となっており、税源移譲についても所得税などを移譲するかは不明確、また地方交付税の見直しについてもはっきりしておりません。今後予算編成などで政府与党や省庁間の折衝によっては、改革が骨抜きになる恐れがあると懸念されているのであります。  小泉首相は諮問会議では「『三位一体』改革は大枠を決めて、規制改革で新しい歩を進めることにした。今後、目標達成に向けて改革を加速させる」と述べているのであります。  そこで市長にお伺いします。  1点目、2006年度までの3年間で4兆円程度補助金を削減することについて。  2点目、所得税などの国から地方への税源移譲について。  3点目、地方交付税制度の見直しについて。  以上3点の「三位一体」改革のあるべき姿はどうなのか、市長にその考えお聞きいたします。  最後に農業問題について市長及び産業部長に質問いたします。  今年のコメづくりは1等米が5年連続低下し食味も下がったことから、全県的に田植え時期は例年よりも1週間ほど遅れて田植えがなされ、5月下旬からの高温多湿により生育が順調に進んできておりましたが、6月下旬以降、8月上旬にかけて低温、日照不足が続き生育が緩慢となり、幼穂形成期が平年より10日ほど遅れたようであります。  このほど、北陸農政局が発表した8月15日現在の県内の水稲作柄概況は、「やや不良」が見込まれるとしており、富山県はもとより本市の主要品種であるコシヒカリの収穫量の減収と品質低下が懸念されているのではなかろうかと思うのであります。  今、政府は新しいコメ政策として、これまで30年以上続いた国主導の減反政策に終止符を打って、国の新しいコメ政策を平成16年度からスタートさせ、農政の軸足を「生産者の保護」から「自己責任と競争」へ転換しようとしているのであります。  生産調整の関与を段階的に弱めていく「米政策大綱」を策定し、国は来年4月から第三者機関の需要見通しに基づいて従来の減反面積ではなく生産目標数を配分し、遅くとも平成20年度には国に変わって生産者、農業団体が配分を行い自主的に需給調整する仕組みを構築し、助成金制度もこれまでの全国一律方式を改めて「産地づくり推進交付金」を都道府県ごとに一括交付し、地域の産地づくりと米価下落影響緩和対策にあてる、助成を包括したもので地域ごとの判断で助成金の配分や単価を決めることができるようにしようとしているものであります。  交付に当たっては一定規模以上の認定農業者、集落型経営体を担い手と明確に位置づけたものに限られているようであります。これでは国主導の一律方式が必ずしも転換されたと言えないのではなかろうかと、私は疑問視するものであります。  黒部市の農業はコシヒカリを主にしたコメづくりが主体で、しかも兼業農家が多いのであります。これからも、コメづくりが農業生産の基盤であることは変わりないと思います。本市の今後の農業を考えたとき農業政策は、地域を担うという観点からおもいきった農業政策の転換を図って、地方分権時代にふさわしい政策が必要でなかろうかと思うのであります。  これらのことを踏まえて、次の4点に、市長及び産業部長にお伺いいたします。  1点目、平成16年度からスタートする新しいコメづくり政策について市長の所見を聞かせてください。  2点目、新しいコメ政策の移行まで残された期間はあとわずかであります。国任せではなく地域の特性に応じた水田農業の将来ビジョンを早急に樹立する必要があろうかと思うのであります。市長の将来ビジョンを聞かせてください。  3点目、今後、担い手育成、農地の利用集積、新規就農の促進などを総合的に推進する必要があろうかと思うのであります。市長はこれをどのように進めようとしておられるのか、その推進策についてお伺いいたします。  4点目、平成16年度の地域ごとの「産地づくり推進交付金」の配分方法が既に検討されているかと思うのであります。その検討内容について産業部長にお伺いいたします。  以上4テーマ、13項目について、明瞭、簡潔な答弁を求めて新世紀の会の代表質問といたします。            〔20番 山本豊一君自席に着席〕 ○議長(能村常穂君) 市長、荻野幸和君。              〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 新世紀の会を代表されまして山本豊一議員からは、4点についてご質問を賜りました。  先の新村議員と同じように、市長の今後の政治姿勢についてどう考えているか、それから多選についてどのように、どんな見解を持っているか、これからの合併等々について、どういうふうにするのかを含めたご質問だったと思います。また、もうすぐ24年間になるわけですが、24年間にいろんなことをやってきたが、思い残すことはないのかというご質問でありました。  まず、第1番目のご質問で、私が昭和55年に市長に就任、選挙の訴え方をいたしましたのは、「いきいきとした黒部市、健康で豊かなゆとりある黒部市民生活」、そういう事を目指していきたい、やることについては勇気と実行をもって、勇気と決断をもって進んでいきたい。かなり威勢のいいことを言ってたなと思いますが、ただしその気持ちは今も変わりはありません。一番、本当は言いたかったのは、そこの中では「いきいきとした黒部市」ということを訴えたかった、私自身はそういうふうに思っております。その中でいろんな、当時の課題がありましたし、また我々が、先輩がやり残してこられた、岡本市長が急逝された後ですので、いろんなやり残しておいでになりましたことを引き継いだ者として、いろんな葛藤がありました。  その中で、先輩がずっと挑戦してこられた、夢を追ってこられた、そのことについては引き継ぐべきだというふうに私は決心を、また決断をいたしました。その一番大きな問題というのは、北陸新幹線の話だったと思います。  北陸新幹線、昭和40年代後半、かなり国の政治に翻弄されながら、ただし我々の先輩は、そのことについて夢を追い続けて、そして希望を持ち続けて、行動をし続けてきた、そのことで現在のような状況があるのだと、私は思います。  夢だけで何かできるか、希望だけで何かできるか、行動だけで何かできるか、私はその夢を追い続ける、希望を持ち続ける、そして行動し続ける、そのことが一つのことをなし遂げていくのだと、私はそう思っておりますし、その気持ちで今までもやってまいりました。かなり粘っこいところもあったと思いますが、常にその信念を曲げることはありませんでした。  また、水資源の話につきましても、この黒部扇状地が持てる、この水資源の恵みを、我々が自然から与えられた恵みとしてどうやって活用をし、そして守り、豊かな地域を、この資源としてつくり育てていくことができるのか。私は先輩の皆様方が、この水との戦いや、いろんな沼田の話ですとか、そんな話というのはずっと悩み続けてこられた。その悩み続けてこられたことというのは、ひょっとすると、それは本当はプラスなのではないのか、どこの地域もまねができないそういう資源を、悩みというのは、そういう発想を変えればそういう資源になっていく、私たちはそのことの発想の転換、水は悪いものだとかという気持ちは、皆様にはなかったと思いますが、それを表面に出して言われることはあまりなかった。私はそのことを表面に出して、水というのは大変大切なものだし、そしてそれを黒部市の特色にしていこうではないかと、そのための調査、研究をやろう、市民団体をつくっていこう、そして開発可能なものについては挑戦をしていこう、実は水資源の特別委員会の皆様方と昭和55、6年当時のときに、いろんな議論があったと思いますけれど、議会の皆様方と三つの方針を定めさせていただいて、黒部市の特色を打ち出していこう。その延長線上では、「名水の里 黒部」ということで、この黒部の特色を打ち出していこうではないですかということで、昭和60年の「名水百選」に選ばれたことを一つの大きな機にして、そのことを進めさせていただいた。最初のころは、決していい評価ではありませんでした。看板を上げたのが一番悪かったのでしょう、黒部ではありませんでしたが、ほかのところの皆様方からは、いや環境破壊だと、何を上げてるんだと、いや看板が上がってるけれど、どこに名水のところがあるのだと、そんな批判をたくさん受けました。でも一緒になってそのことを実行していく、思い続けて実行していくということが大変大切だと思います。  下水道のことについて、議会の皆様方の協力を得てここまで進めることができました。  特に印象的なことは、第3次処理まで行うことができたということと、もう一つは、自然の水に返そうとする職員の努力、環境の努力、そんなことがあって、イトヨですとかザリガニですとか、いろんな動植物が下水の処理水の中に生息する。もう一つの大きな特色は、下水道処理場の回りに塀をつくらなかった、市民の皆様方にいつでも監視されるような状態の下水道処理場につくり上げることが、皆様とともにできたと。今までの下水道処理場というのは、ほとんど回りを塀で囲んで、密室の中でいろんな処理が行われてきたというのが下水道のイメージだったのです。私たちは議会の皆様方とも一緒になりながら、市民の皆様方の協力を得て、下水道事業についてはそのことができたと思っております。これからもあの黒部の下水道パターンというのは、全国各地で恐らく展開されていくと思います。  最後になりましたが、何かやり残したことはないのかという話でありましたが、先ほど話がありましたように、地鉄の高架化事業というのは、いまだにでき上がっておりません。  ただJRへのオーバー事業というのは、若栗生地線並びに南線も含めてオーバー事業として、黒部市を4分断しているJRと、それから地鉄、目的はJRと地鉄で分断されていることと、道路計画との整合性をどうとっていくかということが、私は大きな課題であったと思います。方法は地鉄を上げる方法、JRを上げる方法、そうではない道路をオーバーにする方法、アンダーにする方法、いろいろ方法があったと思いますが、地鉄の高架化というのは大変難しい事業だなと、今でも費用負担の問題も含めて思っておりますが、実はこのことについては、芦崎市長の時代ぐらいに一度挑戦された、でも次の市長、次の市長がこれを積極的に継承して進められたかどうかというのは、私はよく見えてきませんでした。一度夢を追い続ける、希望を持ち続ける、行動し続けるというのは、私はそういうことなのではないのか、途中一回中断すると、また1から始めなくてはならない、ある事業については。ただし、私も24年間やっていてまだできないわけですので、これは次の世代への、この道路計画とそれから地鉄のあるべき姿ということ等をもう少し柔軟に考えながら、JR等によって4分割されていることと、その道路網計画というのを、これからも見直しながら挑戦してもらいたいものだと思っております。  南線ができますと、先ほど申し上げましたように、石田、それから三日市方面というのは、まさに風通しがよく、それからいろんな交通道路網としてもすばらしいものになっていくだろうと、私は思っております。  当初のころからのやり残しというのは、そんなところではないかと思います。ただ政治課題は、次から次と、私たち政治の世界、行政の世界、また市民の皆様方のところで出てまいります。それぞれの市民の皆様方の要望について、本当にすべて満足いく方向でいけたかどうかということについては、じくじたる思いはありますが、これからも市民の皆様方の要望というのは、大変多岐にわたりますし、これからもぜひ議会の皆様方も、我々もそうですが、行政に携わる者もそうですが、ぜひ進めていってもらいたいと思っております。  私は山本豊一議員と同じ世代でありますので、最近、お互いに65歳ぐらいになりました、いい年であります。こんな文書に出会いました「緑があるのはいい、花が咲き誇るのはなおいい、それにもまして美しい瞳の少年少女が生きる精気を発散させて駆けていてくれたらもっといい、それを大人たちが未来への希望と感じて機嫌よく笑っていてくれたら、こんなすばらしいことはない」、私たちが究極に求める世の中というのは甘いよと言われるかもしれませんが、この年になりますと、そんなまちが一番いいのだろうな、またまちというよりもそんな家庭、そんな年をとっていくということに対して、このことが一番なんとなくぴったりするなと思うような年になってしまいました。ただし、感傷に浸っているということではありませんが、我々は究極の家庭像、それから究極の人間像を求めていく、逆にそういう世代になっているのかなと思います。  今ほど申し上げた、本当にそのことが実現されていっているかどうか、これは私がこれから進んでいく自分というものなのでしょうか、家庭という規範なのでしょうか、またまちづくりという規範なのでしょうか、これをひとつ大切にしていきたい、そういうふうに思っております。今言いましたようなことは、まだ実現されておりませんし、ぜひ次へのメッセージにしていきたいと思います。  さて、2番目のご質問の、簡潔にということでありますが、今後の多選についてどう思うかというご質問でありますが、一般的には首長の多選というのは3期以上、これは一般的に言われている多選論です。そして国の方におきましても、多選禁止法を出そうかという動きもあることはよく存じております。  私はその倍ですから、多々選になったのだろうと思いますが、そのことは立候補すべきかどうか、立候補しなければそのことは多選ということにならないわけですから、本当に長い間することがいいことなのかどうか、私は方丈記の一節を、4年前だったと思いますが、申し上げました、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」、この方丈記の一節ですが、本当に自分が、よどみに浮かんでいるうたかたになっているのかどうか、そんな反省をもきっちりと踏まえながら、常に私は黒部市の市長としての職務を全うしていきたいと思っております。多選禁止というのは3期以上というのが社会的な通念情勢であります。  私のところにもいろんなお手紙やら、それからいろんな電話やらいただくことが多々あります。市民の皆様方に多選に対する批判というのはあることもよく承知いたしておりますし、またそうではない激励の話というのもあることもよく存じております。ただし、私は今まで立候補するのに当たって、一度も競争がないなんて思って出たことはありません、議員の皆様方もそうだったと思います。自分の考えていることを、当然訴えながら、市民の皆様方の信託を受けてきたという自負は、私はあります。ただそれは長過ぎるという批判、一人の者が24年間もその座にとどまるということは、決していいことなのか悪いことなのか、これは後ほど後世が歴史として判断すべきことだろうと思っております。  小泉総理の話にも触れられました。  ちょうど小泉さんが出られたときに私は、議会で言ったかどうかわかりませんが、アメリカの大統領のクリントンさんがその前後においでになった時代でありました。「クリントン一人の間に七総理」、これはある新聞の川柳でそんな川柳が載っておりました。クリントンさんが2期やられる間に、日本では7人の総理がかわりましたという、皮肉も交えた川柳でありました。私は少なくとも、アメリカだけがいいというわけではありませんが、アメリカの場合には、例えば2期まで、アメリカの市長の場合も2期までです、3選禁止なのです。一回やめてもう一回出るという権利はあります。ただし、3回続けて首長になるという、また、大統領になるという選挙制度にはなっておりません、これはアメリカの例です。  日本の憲法はそうなっておりません、法律はそうなっておりませんから、私もここまで長く首長を務めることができたのだろうと思いますが、その3選禁止論も含めた、そういう時代背景の中で、アメリカの大統領が8年やっている間に、日本の総理大臣が7人もかわった、これはどんな国なんだということが、恐らく日本人の皆様方もそうですし、それから世界の皆様方も日本という国はどういう国なんだ、リーダーがころころ、ころころとかわって歩く、そんな国が信用できるかどうかということも、社会的な評価としてあったと思います。そういう背景の中で、私は少なくとも小泉さんには数年間、きっちりとやってもらいたいという思いであのとき答弁をさせていただいたということであります。  小泉さんがなられてからの評価、いろいろ申されました、確かに都会志向型、私の目から見ると、少し都会志向型で地方志向型ではないなというような、大ざっぱに言いますとそういうふうに見えます。それは経済の面についてもそう言えるのかなというふうに、何となく見えます。構造改革、金融改革の話というのはやらなくてはならないわけですが、その下にあるのは、やはり国民、下請け、中小企業、そういう皆様方の中に立って、日本の経済が支えられているんだという観点はお持ちなのでしょうが、それに対しての対策が打たれなかったような気がいたします。これは竹中大臣の個性的な理論だけで進んでいったということもあるのでしょうが。でも大なたを振らなくてはならないことは大なたを振らなくてはなりません。しかし、大なたを振るときには、きっちりと細かいところに目配りをした上でやっていくということが政治だと私は思います、それだけのスタッフがあるわけですから。ただ大なただけを振ってしまったなというのは、私の小泉内閣に対する不満の点であります。ただし、方向性としてはそれほど間違ってないのかな、どれだけのスパンで見るか、短いスパンで見るか、長いスパンで見るかということになりますが、世界の情勢、それからこれから進めていく、本気になって国と地方の対等協力関係という関係で進めていかれるとすれば、私は21世紀への新しい国の形ができ上がっていくと思います。  三位一体論についても触れられました。
     三位一体に補助金を削減する、今の段階では補助金のことについては、4兆円の話はありますが、これは補助金という項目をやめて別の形で交付金なのか、何かの形で今の4兆円の分は県に出しましょうということでありますし、あとの事業等に関する1兆円については補助金の分は、削減した分は、地方にそのまんま渡しなさいと言いたいところですが、そのうちの数割しか予算化しませんと、これに対しては大変不満ですから、市長会等を通じながら、また我々も運動を展開していきたい。  それから三位一体の中での所得税等の税源移譲については、今国が集め、使っているお金は6対4、4対6という論があるわけですが、これは税源移譲については地方も1対1の税源配分をやろうではないか、1対1の税源配分をやるべきだというのが三位一体論の税源移譲の分野です。それは所得税で出すか、ほかの税源で出すか。例えば消費税のところで出す、今の消費税の分を移行するということだって、方法論としてはあります。それですから、ただ基本的には1対1、6対4であるものを1対1にしようと、そして国は国の政策、地方は地方の政策をやって、税源移譲をやろうではないかということを主張いたしております。  それから地方交付税制度の見直しについて、これは地方交付税自身の財源が落ち込んできていて、交付税特会という制度を設けて、地方に今まで収入よりも多いものを出してきたという背景があります。それは数十兆円になっていると。それですからこれの改革をしていかなくてはならない、交付税制度の中で改革をしていかなくてはならないということ。  もう一つは交付税自身、補助金との関係が出てくると思いますが、補助金を地方の税源に移したときに、交付税の中である事業を行うために、ある事業を行ったらそれを交付税に算入しましょうというのが、交付税の中で今まであったわけですね。今までのものをなすために交付税というものはあるのではなしに、補助金というのはあるわけではなしに、こういう事業を行うから国から補助金を出しましょうということで補助金というのはあったわけです。では交付税の中ではどういうふうにしていくか、これは借り入れの話等も絡んできますが、では補助金のところを、例えば地方の財源に渡したということであれば、交付税の中での事業起債というのは起こさなくてもよくなるということになるわけです。そういったことというのは、三位一体の中では一つのことだけが単独してあるのではなしに、お互いに関連してあるということですので、ですから三位一体論というのがあるわけです。  ただその三位一体論が、一番危険だと思われるのは、1対1ですと必ず結論が出ますけれど、鉄のトライアングルとなって3点ありますと、その中で責任をぐるぐる、ぐるぐる回してしまうと、それは交付税でやったら、それは補助金でやったら、それは税源移譲でやったらと言って、ぐるぐる回ってしまう可能性があります。ですから本当は三位一体を議論していくときに、例えば補助金と交付税はどうだと、それから補助金と税源移譲はどうだと、それから税源移譲と交付税のあり方というのはどうだと、これは1対1で議論を闘わせない限り、恐らく責任の転嫁、だれやらが悪い、何やらが悪いというところでぐるぐる回しにされる嫌いがあると。私は三位一体論という、この政治手法の危険性を感じるのはそんなところです。  いずれも関係がないということではありませんので、ぜひ皆様方にも、先の6月議会で、この三位一体についての力強い決意を賜って、政府に対してものを言っていただいたわけであります、総意を出していただいたわけであります。議長会並びに、また関係の皆様方と協力していただいて、手法については別にいたしまして、そんな問題も抱えながら、ぜひ国と地方のあり方という形を、このことによって変えていく、国は国の仕事、地方自治地方自治の仕事、しかもお互いに責任を持ってやっていくという社会を、21世紀の社会に変身していく、大変大切な時期を我々は迎えていると、そんなふうに思います。  小泉さんが再選された方がいいかどうかという話でありますが、私は今の段階ではその方がいいと思います。これでまた内閣がかわって、こういう地方の場合に、こんな節目のときに、まただれかが来て、ずっといい政策を出してくだされば、それに乗っかるという方法もないわけではないですが、では今までの方針が全然変わっていってしまうということになると、これはまた混乱を起こしてしまうということになります。  介護保険のときにありました、介護保険をずっと続けていく中で、それはいい政策だねと言った人もおいでになりますが、例えば初年度は介護保険料を半分にします、それは物すごく聞こえがいいですし、でもそうではないところで進んできていた現場の者にとっては、ある日突然の寝耳に水、全く次の年へいって、今度はもとへ戻しなさい。政策の一貫性がないのか、政治パフォーマンスだったか、でもそのことは住民の皆様方に幾らかでも負担が少なくなることでありましたから、我々はそのことは甘んじて受けましたが、現場がかなり混乱したことは間違いありません。我々はそういうことを、市民の皆様方の負担が幾らかでも少なくなる、国がお金を出してやってくれるのなら、それはそれでよしとしながらも、現場の苦労は大変だったということはご理解賜りたいと思います。  そのことをやるのは我々の仕事ですからなんとも思いませんが、これからも大きな変化をしていくというのではなしに、ここまで続いてきた、我々地方分権について、しっかりとした方針を出していってくれる人であってほしいと私は念願をいたしております。  農業問題についても触れられました。  新しいコメ政策についてということでのご質問であります。  新しいコメ政策につきましては、先ほどの新村議員のところでも申し上げましたように、コメ政策というよりも農業政策の中のコメ政策、それから日本の国是、国防という中で、国防ということがいい言葉かどうかわかりませんが、日本国民をしっかり守っていくという国の安全という観点からの、やはり政策、これは決してばらばらで行われているということではないと、またばらばらで行うべき話ではないと。でも何となく我々のところに伝わってくるのは、ばらばらにこっちのチャンネルからと、こっちのチャンネルから伝わってくるものですから、国は何を考えているのかよくわからないと、こんな話になるのだと思います。それを整理いたしますと、日本の国民の農業生産物の食料カロリーベースでの自給率は40%ですと、現在。これを45%まで上げたいというのは第1点としてあるわけです。本当は100%というのは理想でしょう。ただし恐らく100%というのは今の日本の人口では不可能な数字なのだろうと思います。ただしどこまでカロリーを下げるか、摂取カロリーを下げるか、1,500キロカロリーを、もっと1,000キロカロリーに減らしたりという状況にすれば、もっとそれは高くなるのかもしれませんが、それは人間が栄養失調になってしまうということでありますから、基本として。そういった、まず国是としての観点から、ずっとそれは一貫して農業政策にもコメ政策にもきてると思います。  それで例えばそういう中にあって、では農地管理、農業政策というのはどうするのだと。今日本に足りないものはなんなのか、日本に余っているものはなんなのかということでの需給調整、その中でコメというのがどうも日本の消費の中では余っていると。それですから、そこの農地を別のものに切りかえたらどうですかと。ただし農地をなくするという話ではないです。休耕田にいたしまして、管理田にいたしましても、農地をなくしてしまったら、万が一のときに、そこで作物をつくることができなくなる、そんな環境にはするべきではないと。万が一のときにそれが国民の皆様方の食糧を供給できる土地として確保、どういう形であっても確保していくべきだと、これが日本の国策であり、そして農水省が考えている、そういう農地をきちんと確保していくためには、農家の皆様方にはいろんな経費がかかるでしょう、ただしそれは遊ばしておくだけでなしに、その経費については、ある程度国の方針、国の食糧の安全という観点からすれば、国が少し出していきましょうというのが根底にあって、そしてコメというのは、どうも最近余り気味だと、では余り気味のコメをどうするのかというのが、今の日本のコメ政策の現状だと思います。  それでこれは農家経営の問題とも、コメの問題とも、余りというのも絡んでくるわけですから、とも補償をしたり、本当は政府が全部買い上げるのが、私は一番よかったのだろうと思いますが。そうではなしに、例えば野菜を、土地の有効利用をするために、そして農地として確保していくために、コメが余っているのなら、ほかの作物をつくって、そして農家経営がある程度成り立っていくようにすることができないかとか、小さな田畑でやるのではなしに、もう少し大きい圃場でコストを下げて、そして市場に対応できるような品質のいい物をつくっていこうではないかと、安全の問題と担い手の問題と、そして集落営農、それから担い手、そういう皆様方の英知を結集して、このコメの問題というのを解決していこうではないかというのが、私は政府の全体の姿勢だろうなと思います。  ぜひ、この米政策改革大綱については、国はかなり英断をしなくてはならないと思います。適地適作というのがありますが、コメをつくる適地ではないところもあるわけですね、現実、消費者が求めているというよりも。だから適地適作を国全体で考えていけば、全部万遍なく何割カットをするということでない政策だって片方では本当はとれるのではないかと思います。  北海道の名前を出して申しわけありませんが、北海道等へ行きますと酪農、コメもつくっておいでになりますが、4割、5割のコメの減反をやりながら、ほかのところに転作をしておいでになりますが、やはりその中では消費者から求められるいい物を出していくということにおいては、自然からの恵みを我々は受けるわけですから、水ですとか、風ですとか、そして太陽ですとかという自然の恵みを受けるわけですから、その自然の恵みを受ける適地というのは、やはりコメについても、いろんな野菜についてもあるだろうと、そういった観点から国は適地適作の分野をこれからも進めていった方が、私はコメ政策ということについて、いいのではないかなと、難しい問題はあると思います。  ただ、今出してきております米政策改革大綱を整理いたしますと、需要に応じたコメづくりの推進と、意欲ある担い手の育成を大きな目標にしながら、合わせて需給調整手法、助成制度、過剰米処理方法、流通制度等を見直そうということを政府は考えているわけであります。ただし、そのこと自身が先ほど申し上げましたように、農政、農業、食糧、全体の足を引っ張るものではないだろうと。ただし、日本人の主食であることを政府が守るということの基本姿勢が見えてこないとすると、これは国防という、国の安全を守るという、国民の安全を守るという観点からは、私はいつも申し上げておりますように、違うのではないのかなと思います。  今ほど申し上げましたように、特に助成制度につきましては、全国の一律方式というのから、その地域がその使い方を決める方式となります。意欲ある担い手に施策なり助成体系の重点化が図られるということに方針を打ち出してきております。ここでいう担い手というのは、ご承知のように、一定規模の経営面積を有する認定農業者及び集落型経営体であり、そういう制度から考えると、零細な農家にとっては大変保護が薄い対策であるというふうに危惧いたしております。  一方、米政策改革大綱の具体的な内容と合わせて、今後、3カ年のコメの需給見通しが発表されております。それによりますと毎年13万トンずつと需要量が落ち込むと予想されておりまして、平成18年度の減反目標は、過去最大112万ヘクタール、全国平均で約42%が見込まれると。ただし先ほども話がありましたように、世界的な食糧需給、天候不順等によって大きく左右はされるとは思いますが、基調としてはそんな見込みが立てられている。私はこうした一連の対策を見ますと、国の役割責任を、農業者団体の自己責任に移行させようとしているのではないかと思っておりまして、果たして国がどこまで本気で私たちの主食であるコメを守ろうとしているのか納得しかねるものがあると、これは以前から申し上げてきている基調には変わりはありません。それは国の主食である、根幹であるコメというものをしっかりとした方向を打ち出すという政府の気構えがどうも見えてこない、市場に任したり、それから農家のそれぞれの団体にしたり、先ほども申し上げました国の安全、そして人口、食糧の安全という観点からすれば、どういう形かで農地を守っていこうとする国の姿勢には、私は同調はできるなと思います。  もう一つは、コメ消費量の漸減の前提のもとでコメ政策が講じられているわけですが、需要が減っていくという中でやられているわけですが。コメ消費拡大に向けた対策なり視点がもっとあってもいいのではないかと思います。コメがなかった時代の酒屋というのは、1石幾らで政府から割り当てられました、今は自由です。ただし、いつまた割当制度になるのか、これは酒よりも主食の方が大切ですから。でもその中でいろんな発酵技術ですとか、いろんな技術をもってある製品を出していく。コメは食糧と酒と、それ以外に何かいい使い方がないのか、例えばコメパンの話等もあろうと思います。それも本当に消費者の皆様方にマッチするものになるのかどうかの研究は、例えばきちんとしていくとか、そのほかのすばらしい素材であるコメというものが、もっともっと多用な使い方をする可能性というのはあるのではないのか、そんな視点でコメを利用する、それからそれを原料として使っていくという視点が、私はもっとあってもいいと思いますし、もっとそれを研究していくべきだろうと思います。  コメ政策につきましては、いろんな意見等があると思いますが、私自身、次の3点に留意していくべきであると考えております。  まず、第1点目は、適地適作と地産地消も含めた土地の有効利用の推進、これは前々から、先ほどもくどいほど申し上げたところであります。これらはこの地域的なことで言いますと、地域水田農業ビジョンの中に盛り込んでいきたいと思っております。  第2点目は、有効に助成制度を活用していただけるように、指導体制の強化及び担い手の育成であります。先ほども申し上げましたように、助成体系は一定規模を有する認定農業者や、集落型経営体にシフトされていくというのが方針ですので、それ以外のものには、そういう助成制度というのはありませんので、そのことについては創意工夫も含めながら、担い手の育成に努めていきたいと思っております。  3点目はコメづくりの本来あるべき姿への過程の中で、良質米ブランドとしての「名水の里 くろべ米」のさらなる産地基盤の確立をしていかなくてはならないと思っております。  水田農業の将来ビジョンにつきましては、新たなコメ政策を含めての本市の水田農業の将来ビジョンについて、私は富山県、特に黒部、この黒部川扇状地、ここは水田に大変適している地域だというふうに認識をしておりますし、皆様方もそうだと思います。  国の全体的な適地適作を進めていく中で、我々のこの地域が水田農業をずっと進めていくという地域になっていってくれればいいなというふうに私は思いますが、ただ一人だけ勝手を許されるという状況ではありません。本市の水田農業の将来ビジョンについてでありますが、このビジョンにつきましては、現在、農協支所、支店単位等で検討が進められております。先ほど申し上げました3点に留意しながら、担い手の明確化や水田の有効利用など、水田農業が発展する方策を生産者並びに関係機関と話し合い、知恵を集めていきたいというふうに考えております。  担い手の育成や農地の利用集積、新規就農などについての推進策についてでありますが、農業者の高齢化が進む中で、農地の有効活用を図るため、地域農業を担う、意欲ある担い手等へ農地、農作業の集積を推進していく必要があると思います。  高齢化が進んでいく中で、一番の問題は、機械化が進むことによってのお年をとった方の農作業場に対するアレルギー等々というのがあると思います。これはパソコンにしても、農業機械にしても、ラジヘリにしても同じだと思いますが。ただこれから出てこられるお年寄りの方々というのは、割合にそういうことについては、ひょっとすると堪能な人たちが出てこられるのかもしれません。そういう意味では、高齢化イコール担い手不足という、ある時代の狭間はありますが、これからは本当に高齢化イコール農業者担い手不足、それから農作業者担い手不足という図式になっていくのかどうかなという感じがしないわけではありません。  いずれにしましても、この農用地利用の集積を高めるためには、認定農業者、集落営農、営農生産組合等の担い手を育成するとともに、JAの基幹営農施設の効率的な利用を図る必要があります。  なお申し上げますと、農業というのは1年間に、例えばコメの場合には1年間に一度しか、その経験をすることができません。例えば50年間農業をやっていても50回の経験しかできないわけです。ただし、その経験の蓄積をどういうふうに客観的なものにしていくかと、そしてそのことが、次の世代がどうやってそれを受け継いでいくかということが、私は大変大切なことなのだろうと思います。そういうことも含めて、いろんなノウハウを、農業技術の伝承も含めた継承を行っていくことにも力を注いでいかなくてはならないと思います。  本市の農用地の利用集積率は、現在47.6%となっておりますが、その内訳は認定農業者が26.5%、集落営農が6.4%、営農生産組織が6.6%、基幹営農施設が8.1%となっております。本市では年次的に農用地利用集積率を高めてきておりますが、これからの高齢化の進行や農業の構造改革に対応するためには、集落機能や用水、農道管理の役割を考慮しながら、さらにその率を高めていく必要性を感じておりますが、冒頭に申し上げましたように、高齢化イコール担い手不足かということについては、もっと研究をしていく必要があると思います。  また、新規就農者の育成でありますが、本市は平成10年ごろまで新規就農者は年1人ないしゼロでありましたが、ここ5年間で合わせて8人の新規就農者の方が出てまいりました。今後とも新規担い手推進協議会活動の充実に努めるとともに、長期的な観点から食農教育の推進を図っていきたいと思っております。  定年帰農に向けた取り組みをも強化していきたいというのは、先ほど申し上げたとおりであります。  また、一方平成13年度より本市独自の施策といたしまして、大学研修生派遣事業を行ってきております。これは農業にやる気のある新規就農者や農業後継者など、岐阜大学農学部に1年間派遣し、農業の調査研究とともに、人的ネットワークをも広げてもらうことを目的といたしておりまして、研修生から実のある成果の報告を受けておりまして、これからの黒部の農業を担う指導者として活躍していってくれるものと思っておりまして、これはこれからも、私は黒部市としては続けていくべき事業だろうと思っておりまして、単独事業ではありますが、ぜひ議会の皆様方の理解を賜りたいものだと思います。  あとは産業部長の答弁でありますので、産業部長に任せます。 ○議長(能村常穂君) この際申し上げておきますが、市長には答弁をもっと簡潔にお願いいたします。  一般質問の途中ですが、昼食のため午後1時30分まで休憩いたします。   休  憩  午後0時31分   再  開  午後1時32分   出席人数  19人 ○副議長(吉田重治君) 休憩前に引き続き会議を開きます。  一般質問を続けます。  議長の都合により、副議長が引き続き議事を進めさせていただきます。  なお、念のために申し上げます。  山本豊一議員の持ち時間は1時42分までの10分間であります。  産業部長、能登健次君。               〔産業部長 能登健次君登壇〕 ○産業部長(能登健次君) 山本議員からは、産地づくり推進交付金の配分についてということで、質問を受けております。答弁させていただきます。  産地づくり推進交付金の配分についてということで、何か大変夢のあるような表題になっているわけでありますけれども、現行の水田農業経営確立対策事業と、今ほどの産地づくり推進交付金制度、先ほど市長の答弁の中にもありましたように、今回の米政策改革大綱の一番大きな点といたしまして、育成すべき農家を保護していこうということでございまして、集落営農につきましては、20ヘクタール以上、認定農業者等については4ヘクタール以上ということ。もちろん知事の特認ということで若干の緩和はあるわけでありますけれども。こういったところが今回の一番大きな改正の内容ではないだろうかと思っております。  そういった中で、この後、水田農業のプランニングをしていかなくてはならないということで、できれば本年中に素案づくり、それと年度中には黒部市水田農業推進協議会によりまして、策定のところまでこぎつけてまいりたいというふうには考えております。  そういったことで、今回、今まで同様、黒部市のいわゆる名水コシヒカリのさらなる良質米の産地としての産地づくり基盤強化を図ってまいりたいというふうには考えております。  それともう1点は、売れるコメづくりというふうに、今後シフトされていくことになりますので、やはり今ほど申しました兼業農家の方には、やはり厳しい今回の制度でございますので、できるだけ今ほど申しました良質米を、今までより以上に産地のブランド化を図ってまいりたいというふうには考えておりますので、よろしくお願いいたしたいと思います。  ほとんど先ほど、今回の米政策改革大綱についての内容につきましては、市長答弁で尽きるだろうと思っておりますので、具体的なところだけを述べまして答弁にかえさせていただきます。                〔20番 山本豊一君挙手〕 ○副議長(吉田重治君) 20番、山本豊一君。                〔20番 山本豊一君起立〕 ○20番(山本豊一君) 時間の関係もありまして、簡潔にお話したいと思います。  今後の市長の政治姿勢についてでございますが、先ほど新村議員の質問にも答弁がありましたが、その答弁を聞いておりますと、7選目以降の選挙については、出馬の意欲があるような、充分意欲があるような、そういう受けとめ方をしたわけなのですが、そのように解してよろしいかどうか。  次に、あと残り5カ月ほどあります。その5カ月ぐらいまでの間に方向性を定めてぎりぎりの時点で判断したいという、こういう答弁でありましたが、ぎりぎりにもいろんな解釈があるかと思います。12月もぎりぎり、1月に入ってからもぎりぎり、告示前の前日もぎりぎりと、市長の考えるぎりぎりの線というのは、どの辺を指してぎりぎりと言っておられるのか、この2点について簡潔に答弁してください。                〔市長 荻野幸和君挙手〕 ○副議長(吉田重治君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君起立〕 ○市長(荻野幸和君) まず、山本議員に一言お詫び申し上げておかなければならないと思います。代表質問、1時間半になったこと、実は失念いたしておりまして、従来どおり2時間のつもりで答弁をいたしておりました、大変時間を食ったこと、申しわけなく思っております。  政治姿勢について、7選出馬について前向きなのかどうかというご質問でありますが、そのことについては、今自分自身で悩んで対峙をしているところであります。  2点目のぎりぎりの線というのはどういうことかということでありますが、先ほどからも申し上げておりますように、合併協議会で決めていかなくてはならない課題、私は幾つかの課題だと思っておりまして、議員の定数、それから農業委員の定数、それから名称の話、それからまちづくりの基本計画の話、それともう一つは組織のあり方の話、そのほかもたくさんありますが、ほかのことにつきましては、基本的な路線は大体決まっていると。どうしても決めていかなくてはいけない問題の、今四つか五つ言いましたものについて、私の今任期中にどこまで進めることができるかという方向がきちんと決まれば、それは次の時代の皆様方がそれを受けて立っていかれるということについてもやぶさかではないのではないのかなと、最後の最後まで見届けるべきだということのお話だろうと思いますが、期限が切られている平成17年3月ですので、それも一つの選択肢なのかな、それ以降任せるべきなのか、そうでなしに、自分の今任期の後で任せていくべきなのか、その辺は、私は次の世代へバトンタッチする者としての責任を今任期中に果たしておきたいと思っているということであります。ぎりぎりというのは、そんな状況をも含めて期限を定めるということでなしに、合併の決めていかなくてはならない案件についての見通しをいつまでつくることができるのかというのが、私が言っておりましたぎりぎりの線ということでご解釈賜りたいと存じます。                〔20番 山本豊一君挙手〕 ○副議長(吉田重治君) 20番、山本豊一君。                〔20番 山本豊一君起立〕 ○20番(山本豊一君) これで新世紀の会の代表質問を終わります。 ○副議長(吉田重治君) 次に個人質問を行います。  ただいまのところ、通告者は8人であります。  念のため発言順を申し上げます。  1番目「吉松定子さん」、2番目「辻 靖雄君」、3番目「牧野和子さん」、4番目「木島信秋君」、5番目「寺田仁嗣君」、6番目「伊東景治君」、7番目「松原 勇君」、8番目「橋本文一君」以上であります。  順次発言を許可いたします。  3番、吉松定子さん。                〔3番 吉松定子君登壇〕 ○3番(吉松定子君) 本日は皆様ご苦労さまでございます。  日中の日差しは、まだまだ厳しいですけれど、朝夕の虫の声と澄みきった夜空の月の美しさには、心にいろんな思いをはせさせてくれます。高齢者の健康づくりと在宅介護支援について、これからの高齢者支援のあり方について進めていきたいと思います。  今平均寿命が延び、急速に高齢化社会になりつつあります。人は皆、年とともに徐々に老いていきます。そして市税の6、7割は福祉、医療関係で占められ、2015年には4人は1人を支えなくてはなりません。現在、市では、高齢者在宅支援センターを4カ所(越野荘、越之湖、つばき苑、市民病院)と保健センターが軸に行われておりますが、合併を考えるとき、支援センターを総括する基幹型支援センター、利用者台帳、実態調査、予防プラン、相談、福祉行事情報、統計、効果、安全性について、関係者の研修指導をシステム化し、65歳以上1人1人の状態を把握して、即対応できるようにしなくてはならないと思います。合併になれば、なおのこと組織づくりは大切なものと思われます。  また、一番肝心なことは、それらをもとに指導ができる専門のスタッフがいることです。支援センターのバランスと指導をしっかりすることにより、市税をむだにせず、健康な市になるのではないでしょうか。  これは希望として、三日市小学校跡地はぜひ黒部市全体の子供から高齢者までの総合保健福祉センターにしていただけたら、市の中心でもありますし、市民は本当に安心で助かると思いますが、いかがなものでしょうか。  また、在宅介護についても、施設入所希望者がたくさんおられますが、施設の費用は一人月30万円から40万円かかります。今入所しておられる方で3万円以上支払いをしている方はまれです、ほとんど皆様の肩にかかっているのです。ですからできるだけ入所者、要介護1、2の方は筋肉トレーニングによる機能回復をしたり、家族の状況調査、勤めていたけれど定年になったから家で見ようかとかを調査し、在宅介護復帰を進めていくことが大切と思います。  県内のある市では、病院、施設など退院、退所した人には、本人が希望すれば、その人の病状、糖尿病とか胃が弱いとかに合わせた病院と同様の昼食、夕食を500円でシルバーセンターの人たちの配食で、機内食同様温かく届けていただくことができ、ひとり暮らしや家族の忙しい方々には大助かりと聞いております。こうして在宅を支援することが一番大切と思います。  高齢者は、7、8割は家で家族と暮らしたいと望んでいるのです。大変なとき、疲れたときは施設を大いに利用し、ショートステイ、デイサービスやホームヘルパーに遠慮なく助けてもらいましょう。無理は長くは続きません、憎しみになります。皆様、いずれは我が身もそうなるんだと悟り、相手を思い頑張ることがお互いの幸せにつながると信じます。  高齢者予防対策(痴呆予防、転倒予防、嚥下(飲み下す))に予防にしても、行政ばかりでなく、少しでも地域ぐるみのボランティアで助け合い、住みよいまちにしていきたいものです。  何かたくさん述べましたが、基幹型支援センターについて、お考えを市長にお聞きいたしたいと思います。               〔3番 吉松定子君自席に着席〕 ○副議長(吉田重治君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 議員の皆様方には、午前中に引き続き、大変ご苦労さんであります。  吉松定子議員からは、高齢者の健康づくりと在宅介護の支援についてというご質問でありました。  まず、高齢者の在宅介護に関する支援や介護予防等の実施機関といたしまして、在宅介護支援センターがあります。在宅介護支援センターは、在宅の要援護高齢者並びにその家族に対しまして、在宅介護等に関する総合的な相談に応じる、これらの方々が介護保険をはじめ各種の保健、福祉サービスを適切に受けられるように、行政等関係機関、サービスの実施事業所等との調整を行うことを目的にいたしまして、これらの業務を地域において実施する「地域型支援センター」と地域型支援センターの支援や連絡調整などを図ります「基幹型支援センター」を置いているところであります。  当市におきましては、地域型支援センターが4カ所あります。市の委託事業といたしまして、在宅介護等に関する各種の相談、助言、要援護高齢者の実態把握、保健福祉サービスの利用申請手続きの代行や事業者との連絡調整、それから福祉用具の展示、紹介、使用方法に関する相談、助言などを行っている状況であります。  また、高齢者ができる限り、要介護状態にならないように介護予防に関する支援や事業も行っておりまして、介護予防サービスの利用に関する相談ですとか、それから介護予防プランの作成、それから関係機関、事業者との連絡調整を図っているほかに、昨年度から実施しております転倒骨折予防教室につきましても、今年度は各地域に出向いて実施しているという状況下にあります。  このほか保健センターにおきましても、高齢者の健康づくりや介護予防、寝たきりや痴呆予防事業などを行ってきてると、年々健康に、寝たきり等、それから特別養護老人ホーム等にできるだけ入られないような健康予防推進をしていくことが、この介護保険、また人生においても大変大切なことだと我々は思っておりまして、そのような方向で実施していきたいと思っておりますし、私たちもそのことを実行していくことのための、それぞれの施策を打ち出していきたいと思っております。  なお、介護保険制度ができ上がりましたときに、私たちは介護保険組合の精神といたしまして、我々のこのすばらしい地域をつくっていただいた先輩の皆様方に尊厳のある人生を送ってもらいたい。そして介護保険制度のもともとの目的は在宅介護、吉松議員が言われましたように、施設介護ということでなしに在宅介護を支援していこうと。そのことが大きな介護保険制度のあり方ということでの保険制度がスタートして、我々も今その方向に向かって進めているわけですが、おっしゃったように、社会情勢のニーズ、それから家族形態等々のいろんな問題から黒部市内におきましても、特別養護老人ホームへの入所の希望というのは、大変多くございます。  費用の面から見ましても、今ほど申されたように、特別養護老人ホームでかかる費用というのは、大体一人月30万円から40万円、年間にいたしますと三百数十万円かかります。在宅介護で行っていただいておりますと、その数分の1で済んでると。これはお金の換算の話ですので、そのことが絶対的にいいかどうかということは別にいたしまして、介護認定をしていく中での、大きな今までの矛盾点というのは、これは途中の経過もいろいろあったこともありまして、申し込み順番制度というのが、この介護保険制度ができ上がる前の状態の中で、申し込み順番によってしていこうということでの時代というのがありました。それは今も確たる区分けができていないものですから、私たちは介護保険組合でもいろんな議論をさせていただいているわけですが。  例えば要介護4の人とか5の人、それから要介護1の人とか2の人、3の人、それによって先に申し込み順でなしに、そういうことで優先順位を片方で決めていくべきなのではないのかと。そうすると、今までの人たちはどうするのだといういろんなこともあるわけですが。それには、介護保険制度ができる以前のときには、そういう判定制度というのはなかなかなかった。要支援、介護1とか5とかという、そういう客観的に見て測る方法がなかったと。介護保険制度ができたから、そういうものができたわけですから、やはり重度な人たちに対して特別養護老人ホームへ入所してもらう基準をもっていくべきではないかと。ただし世の中はそうでもなく、ひとり暮らしの家庭の状況がありますし、それから経済的な問題等もあって、それで介護保険の中では、入所される方のある基準みたいなものをつくっていったらどうだと。それは介護度4とか5とかということだけでなしに、家庭環境、経済環境、その他の環境ということも、例えば点数化して、そしてある点数以上の方を、例えば優先させていくといったような、かなり難しいこと等もあるわけですが、富山県の方でも我々の方でもそういうことを今議論している最中であります。
     それで吉松議員から三日市小学校の跡地についてという具体名を出して言われましたので、これはどう答えていいのかなと思っているわけですが、この介護保険制度、それから福祉、そういうネットワークをつくっていったり、指導員を置いていくときには、先ほども吉松議員から話がありましたように、これは黒部市だけという独自ではなしに、合併の中でもいろんな協議をしていく必要があると思います。  特にこれは私の個人的な考え方として聞いていていただきたいと思いますが、医療と福祉と介護と、これを連携させる、どういうふうにして連携されるかと。ただその中で前からも何回か申し上げておりますが、例えば病院のカルテが、今電子カルテ化されてるわけですね。あさひ総合病院も電子カルテ化されると思います。そうすると病気の形というのは、今までのペーパーカルテから見ると瞬時に取り出せる、しかも両方の病院が連携するとなると、ほとんどの市町民の皆様方の恐らく8割、一度でも病院にかかっていただければ、そのことについてのデータはそこに蓄積されると。ただ問題は、セキュリティーの問題とそれから個人情報の問題というのは、当然クリアしなくてはならない問題でありますし、そしてそのことが例えば開業医の皆様方や介護をされるヘルパーの皆様方も、ある程度の知識を持ってやってもらいたい。ただし個人の病状について知ることになりますから、当然守秘義務というのをどうするか。このおばあちゃんとかこのおじいちゃんは、例えばどうだとかこうだとかと言って人に漏らしたりすることがないような、そういうシステムを当然考えていかなくてはならない。あの人は糖尿病ですよということが、本当にいいかどうか、本人申告でどうするのか、そんなセキュリティーの問題ですとか、プライバシーの問題というのは、今も研究をしている最中でありますが。ただ病院が電子カルテ化をすることによっての開業医の皆様方との連携や、福祉との連携や、介護との連携というのは、私は図っていける。そのことによって、この新川地域の医療・福祉・介護というのは数段高まっていくだろうなと、前提はセキュリティーとプライバシーの話ということがマニュアル化されて統一化されてという前提条件はあったにいたしても。このことは、物理的にケーブルテレビを使ってできることになるわけですね。そんなシステム化も可能なような光ファイバーの敷設というふうになっておりますから。ぜひそのことは、本当に住んでみたい、老後は、新しい市は名前はどうなるかは少し別にして、例えば老後は黒部で住んでみたいよね。そんなまちになっていけば、いいのかなというふうな思いでおります。これから新市計画の中でもこのことが大きくクローズアップされていくことだろうと思います。  三日市小学校の跡地が適地であるかどうか、その利用方法がいいかどうかということについては、またご要望、ご提言があったという程度にとどめさせていただけたらと思います。  いずれにいたしましても、これからの進み行く長寿社会に向けて私たちがどうしても取り組んでいかなくてはならない、一つのご提言、方策だというふうに思いまして、指導者の問題や、それから連絡の密の問題や、現代に合ったような管理の仕方等というのは、おっしゃったように研究、検討を加えていかなくてはならない、最近の大きな課題だろうというふうに認識しておりまして、これからも行政といたしましても、また地域の問題として取り上げて頑張っていきたいと思っております。これからも格別なご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げて答弁といたします。                〔3番 吉松定子君挙手〕 ○副議長(吉田重治君) 3番、吉松定子さん。                〔3番 吉松定子君起立〕 ○3番(吉松定子君) どうもありがとうございます。  私は在宅介護を考えるときに、3月に言いましたように理学療法士のことを述べました。今400人の在宅の人たち、それから各施設の老人の方たちの、やはりそういうことを進めていく上には理学療法士が必要だと思います。ですけれども、財政面でそんなに楽ではありませんので、一人の方を各施設に、指導するような、簡単なものを指導していかれるようなそういうシステムで全体を回してくださるような、そういうふうなことを考えて理学療法士もまた忘れずに継続してお願いしたいと思います。  三日市小跡地は、あそこにあったらいいのではないかなという、いろんなところを視察してきまして思いましたので、たくさんのいろんな皆様からもアイデアが出ると思いますけれども、頭の片隅にでもそういうふうにして入れていただければいいかと思っております。  終わります。 ○副議長(吉田重治君) 1番、辻靖雄君。                〔1番 辻 靖雄君登壇〕 ○1番(辻 靖雄君) どなた様もご苦労さまでございます。  9月定例議会に、質問の機会を与えていただきましたことを、まず心より感謝申し上げます。  さて、ことしは、世界的にも異常気象による被害が大きく報道されましたが、日本でも天候不順、長雨、台風による水害、土砂災害等に見舞われ、また農作物への影響も懸念されております。  9月1日は「防災の日」として、全国各地でさまざまな防災訓練が実施されておりましたが、富山県では9月4日、ここ黒部市の4会場で「富山県総合防災訓練」が行われました。  富山湾でマグニチュード7.0、震度6強の地震が発生したとの想定で、関係自治体・消防・病院・学校・自衛隊・海上保安庁、また民間企業・ボランティア団体等々、約4,000名の方々が参加し、多彩な訓練活動が実施されました。  私は、各担当の方々の、迅速にして真剣なる取り組みに大変感動いたしました。これらの訓練を生かし、さらなる防災意識を高めるためにも、今後、例えば各町内で、避難場所の確認や誘導等、「自分たちの町内は、自分たちで守る」という、身近な取り組みが必要ではないかと実感した次第でございます。  そこで、私は6月議会でも「防災」について質問いたしましたが、今回の「富山県総合防災訓練」の成果と今後の課題について、市長よりご答弁をいただきたいと思います。  さて、次に食べる方の「食の安全」という観点から、幾つかの質問をさせていただきます。  私たち人間は「食うために生きる」のではなく、「生きるために食う」のであります。まさに「命は食にあり」で、食の安全性は大変重要であります。古来より「食に三つの徳あり、一に命をつなぎ、二に活力を増し、三に知恵を発揮する」との名言も、あります。  しかし、今はお金さえ出せばいつでもどこでも食べたい物が食べられる社会であります。「グルメ社会」、「飽食の時代」と呼ばれる現代にあって、「食」の基本となる「農業」への関心は薄れる一方であります。  以前、民間の調査機関が、東京都内の小中学生に「農業」のイメージを描いてもらいました。その結果、農業が身近にある子供たちは「田畑」を力強く描いたのに対し、農業が身近にない子供たちは「魚や野球の絵」を描いたり、あるいは全くの白紙に「農業の意味がわからない」と書いた子供もいたそうであります。私は、命を支える「食」や「農業」をないがしろにすることは、自分自身の「生命」を軽視することに等しいと思います。  さて、来る11月8日・9日の2日間、非常に多彩なメニューにいろどられた「食祭とやま2003in黒部」が、黒部市総合体育センターで約4万名の参加者を予定して開催されます。今回のテーマは「食育と地産地消」と聞いております。大変重要でタイムリーな視点であると思います。  そこで第1点目に、この「食育と地産地消」をテーマに選ばれた、理由と目的についてお伺いいたします。さらに、このイベントの成功を目指しての決意と、現在の進行状況についてお聞かせください。  また、このテーマで「市報くろべ」に特集を組まれてはいかがでございましょうか、合わせてお伺いいたします。  話は変わりますが、先の通常国会で、食の安全と国民の健康を守る目的で「食品安全基本法」が成立し、7月1日から施行されました。さらにBSE(狂牛病)の発生や、米・肉の産地偽装問題などの反省を受けて、今年6月「牛肉トレーサビリティ法」が成立し、生産段階は今年末、販売段階は来年末までに、牛肉識別番号の導入が義務づけられることになりました。トレーサビリティシステム、いわゆる生産・流通の履歴追跡情報とは、農産物がいつ、どこで、どのように生産、流通され、店頭に並んでいるかを知るシステムでございます。これを受けて、全国農業協同組合中央会(JA全中)は、このほど、2006年末までに全農産物でのシステム導入を目標に、来月10月の定期全国大会で、生産履歴表示の確実な実践を打ち出す方針を決めました。私は、JA全中のこの決定は、消費者の立場に立った、画期的なJA改革の一環として評価されると思います。  そこで、第2点目としてこの「トレーサビリティシステム」の導入について市長の見解を求めます。  引き続き「食の安全」の観点からお尋ねします。  昨年、我が国では初めてのBSE発症が確認され、私たちに大きなショックを与えました。それ以来ずっと、「牛肉は買ったこともない、食べたこともない」という人もおられます。そのほかにも「雪印乳業」の大規模な食中毒事件、食品虚偽表示の多発、発がん性の無登録農薬の販売使用、残留農薬の輸入野菜や果物、生命を脅かすダイエット食品等々、さまざまな事件が連続して起きております。  市民の「食の安全」に対する不安は募るばかりであり、食品選びが非常にシビアになっております。この不景気の中、「安い」ことは確かに魅力的でありますが、それ以上に安全かどうか、「多少高くても、顔の見える地元の物がいい」という声が大きくなってきております。  そこで、質問の第3点目として、このたびの「食祭とやま2003in黒部」において、市民のますますの健康増進のために、生産者、流通業者、消費者、有識者による「食の安全」フォーラムの開催及び相談コーナーの開設を検討していただくことを要望いたします。  次に、第7次黒部市総合振興計画の中の、第1章「心豊かで笑顔あふれるまち」、第4「交流の推進」の項で「グリーン・ツーリズム」、「ブルー・ツーリズム」の推進とあります。  「ブルー・ツーリズム」については、生地浜の地曳網漁の実体験や清水の里めぐりを通して、地域の人々との交流を楽しむ滞在型旅行形態として、インターネットでも紹介されております。  「グリーン・ツーリズム」はその教育的観点から、コンクリートと喧騒の中で生活する都会の子供たちと、自然に恵まれた環境で生活する田園の子供たちが、一緒になって遊んだり、学んだりと交流を深めることは、互いの人間的成長によい影響を与え、教育的効果も大きいと思います。  そこで、この「グリーン・ツーリズム」の現状と、今後具体的にどのような計画を立てておられるのかお伺いいたします。  また、観光的、経済的観点から、例えば「魚釣り・農作業体験・森林浴」といった、黒部の自然を生かしたユニークな構想を立てておられるのか、お伺いいたします。  最後に、私は本年1月末の選挙において、「新時代の生命産業(農林水産業)の振興と、その担い手の育成」を公約の一つに掲げました。そこで、桜井高校に新時代の「農業科」の設置をという、少々乱暴な質問でございますが、ご答弁をよろしくお願いいたします。  ご存知のとおり、桜井高校の前身は「三日市農学校」であり、全国に名だたる農業土木科・農業科・定時制農業科が長きにわたり伝統を重ねてまいりました。しかし、詳しい経過はわかりませんが、時代とともに農業関係の科はすべて消えてしまいました。この一事をもってしても、農業を取り巻く環境がいかに厳しいかわかるような気がいたします。  現在、富山県内に「農業科」がある高校は、中央農業、福野、有磯、小矢部園芸、入善の5校であります。共通して言えることは、高校生の出身が農家・非農家の割合が半々だそうであります。また、卒業後の就職先はほとんど農業とは別の分野だそうであります。例えば入善高校では、この5年間で農業後継者の道を歩んでいるのは、200人中、ただ1人だけとのことでありました。しかし、担当教諭のお話を伺う中で、私はその教育内容に深い感銘を受けました。教科は、実習を主として「生産こそ力なり」をしっかり教え、コメづくりはもちろんのこと、メロン・ジャンボズイカ・チューリップ等々の栽培課題を与え、自分で考え、自分で行動する「自立した人間」の育成に全力を挙げるといいます。  また、春休みや夏休みを利用して、それぞれの農家に行き、1週間実習するとのことであります。そして3月の卒業式には、1人1人の門出を祝福するように、色とりどりのチューリップがちょうど満開になるように育てるそうであります。「農業科」は教師として最高の教育現場であると自負しているが、いかんせん社会での受け皿がないと嘆いておられました。  このような状況では農業後継者を輩出する意義も見いだせず、問題は深刻であります。5年先、10年先、20年先の農業の未来を考えるとき、本当に心が寒くなる思いがいたします。現実に、日本の農業は国際化、工業化、バイオ化への道をたどっております。しかし、だからこそ逆転の発想で、原点に立ち帰り、「黒部川の水・肥沃な土壌・思いやりのある人々」という三位一体で、新時代の農業のあり方を追求してみたいものであります。  市長のご意見を伺いたいと存じます。  以上で私の質問を終わります。ご静聴ありがとうございました。               〔1番 辻 靖雄君自席に着席〕 ○副議長(吉田重治君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 辻靖雄議員には、私に対して防災、食祭とやま、食の安全、都市との交流、それから桜井高校、この5点についてご質問を賜ったわけであります。  まず、第1番目のご質問の防災訓練についてでありますが、5月31日に行われました黒部川水防演習に引き続きまして、9月4日には黒部市で9年ぶりの開催となります富山県の総合防災訓練を市内一円にわたって行いました。  辻議員は初めての参加であったのかなと思いながら聞かさせていただいておりますが、9年ぶりであります。  その中で私も開会のときに申し上げたと思いますが、9年前から、また随分変わった、随分進化したな、そんな印象が大変多くございました。5月31日に行われました黒部川水防演習におきましても、そのような感じを受けたところであります。  世の中は防災について、技術、組織、そして体制が年々確実なものになってきているという大変力強い感じを受けたところであります。  さて、今回の富山県の総合防災訓練は、人命救助やライフラインの復旧、消火活動などの訓練が71項目にわたってありました。また、自衛隊等の国の機関、また関係市町村、自主防災組織、民間企業、ボランティア団体等の防災機関並びに地域住民の方々などの、41団体の皆様方が参加していただきました。子供たちも含めて約4,000名による大規模な防災訓練でありました。  黒部市にとりましては、未曾有の被害をもたらした阪神・淡路大震災、その後の初の総合的な、実践的な防災訓練であったわけであります。今回の富山県総合防災訓練の特色といたしまして、自主防災組織の参加を促したということであります。  自主防災組織は、それぞれの地域が同じ災害を受けるということは、一つの事象があっても同じ災害を受けるということは、ごくまれであります。例えば海のところ、陸地、平野部のところ、山手のところ、それぞれの災害の起き方、被害の起き方というのは違います。それですから、それぞれの自主防災の地域のところでの避難の方法や対処の仕方というのは違ってくる。それですから私たちは自主防災組織を、ぜひ黒部市内でずっとつくっていきたいということで、今までも関係の皆様方の協力でお願いしてきているというところであります。  それから2番目には、災害応援協定市からの緊急物資輸送というのが、今回、初めて受けました。私たちの黒部市は姉妹都市の根室市、それから大野市と災害応援協定を結んでおります。特に今回のような地震が起きたとしますと、恐らく黒部だけということでなしに、近隣の市町村も同じように被害を受けているだろうということが当然想定されます。それですから、すぐ近くの市町村に、本当に応援を求めることができるような状態かどうか、それは今回の地震災害想定からすると、とてもそういう状態にはないだろうと。それですから、もっと違ったところからの応援態勢を求める、そんなことをぜひ今回の訓練でやりたいということも含めまして、災害応援協定を結んでおります大野市から緊急物資を輸送していただいたということであります。  それから3番目には、今までなかったことですが、毒劇物の流出事故の防災訓練が実施されたと。訓練場所は体育館の中でありましたが、防災服を着た人が、毒劇物が流出した場合を想定しての救出方法等が行われたと。これは時代が進んでいって、火災等におきましても、例えば一般の家庭においてもいろんな問題があったり、それから工場等においても劇物があるところがあります。そんなところからの訓練が実施されたということであります。  4番目は、防災ヘリコプターによる消火救急活動ということでありました。ヘリコプターから実際に消火のための水を落として消火をすると。これは空からの消火活動、当然、山の森林火災やなんかのときにはテレビ等でよく見られると思いますが、そんなこと等も今回行われたと、これは今までにはありませんでした。  それからもう一つは輸送艦「のと」によります緊急物資の搬送というのがありました。緊急物資を必ずしも陸路だけでなしに、海からの救援物資、また救助のこともありましたが、そんなことが行われたというのが、今までの防災訓練から見てかなり特色的な災害訓練であったと思っております。  いずれにいたしましても、この結果といたしましていろいろございますが、一つ目が自主防災組織の必要性、二つ目が災害応援協定の実効性ということではなかったかと思っております。自主防災の皆様方にも参加していただきましたし、災害協定を結んでいただいた大野市からも、このことについて参加していただいたと、大変ありがたいことだと思っております。早速、大野市にもお礼を申し上げたところであります。  さて、自主防災組織は、現在40組織、黒部市にはあるわけでありますが、結成率は54%、約半分ぐらいということでありますので、これからも自主防災組織のさらなる結成を勧めていきたいと思っておりますし、自主的な訓練の講習や講演会等の参加を勧めるなど、自主防災組織の育成をも図ってまいりたいと思っております。  このほか、今回の富山県の総合防災訓練を通じまして、職員にあっては常に危機管理意識を持ち続けて市民の皆様方の安全で安心な生活を支えていくよう努めるほか、防災思想の普及啓発も進めてまいりたいというふうに考えております。  市民の皆様方におかれましても、今回の防災訓練を機にお互いが助け合い、自分たちの地域は自分たちで守るという気持ちを持ち続けながら、万が一の災害に備えていただければと思っておりまして、その指導的な役割を果たしていきたいと思っております。  次にご質問の「食祭とやまin黒部」について、何点かご質問がありました。  食育と地産地消をテーマにした理由はなんだというご質問でありましたし、成功へどんな決意を持っているのか、辻靖雄議員からもその方向についての提言があったところであります。  まず、先のお二方の代表質問のときにも申しておりましたが、食というのは、先ほど辻議員が言われたように、大変大切なことであります。  ある小学校では必ず昼食をとるときに「いただきます」、その「いただきます」という、手を合わせて「いただきます」、これはどんなことなのだろうねということを先生方は子供たちに教えておいでになりました。毎回であったかどうかということは別にいたしまして。それはそのことが真実かどうかということは別にして、「あなたの命をいただきます」、それは草にしても木にしても動物にしても、「あなたの命をいただきます」、そういう気持ちで食事をするのだと、それが手を合わせて「いただきます」ということなのだということを子供たちに教えておいでになった先生が、宗教的なことか哲学的なことかということは別にして、ああいいことを教えておいでになるなと、お父様、お母様に感謝する、それからつくってくださった方に感謝するということも、当然その中に含まれているのだろうと思いますが、原点はそんなことかなと思いまして聞いておりました。まさに日本の文化、命へのいとおしさ、それからありがたさというものに対する表現を、そういう形であらわしてきた日本の文化なのかな。最近は、どうも本当に「いただきます」と言って食べてるかな、どうかな、その文化がしっかりと伝承されていってるかどうかな、そんなところから、やはり食祭とやまというのは、単に技だけということでなしに、精神文化も当然引き継いでいくべき、「食祭とやまin黒部」に私はなっていけばいいなと思うわけです。  その中での食育とそして安全性を求めた地産地消というものをテーマにしながら、この精神文化と、実際にそこにつくっておいでになります、品物が安全であるという、今の日本の状況を感じたときには、この「食育と地産地消」というのをテーマにするのが一番、私は今の段階ではいいテーマだろうと思っておりまして、県との連携をとりながら、このテーマに賛成をしたものであります。  さて、成功への決意と進行状況についてということでありますが、これまで県レベル、新川レベル、市レベルにおいて、それぞれの会議を経て企画・事業内容が固まってきてると、黒部市独自でということでは、諸会場は黒部市で受け持ちますが、そういうレベルでずっと積み重ねられてきてると。その内容の展示コーナーですとか全市町村の特産品が一堂に会する「特産とやまふれあい市」、また「食」について親子で楽しく学べる「食育劇場」、それから地域の伝統の味を後世に伝えていく「食の伝承コーナー」、「食の体験イべント」等を行っておりまして、これらを盛り込んだポスター、チラシ、のぼり旗が完成いたしました。先月の8月28日にとやま特産大使を招いてPR活動を行ったところであります。  今後もあらゆる機会をとらえまして、精力的なPR活動を行いまして、できるだけたくさんの入場者に来ていただきたいと思っておりますし、会場を受け持つ責任を果たさなくてはならないということと同時に、黒部市としては、その利を生かしていく必要があるだろうと思っておりまして、名水が育んだ当地域の農林水産物、食文化並びに地産地消と食・農の取り組みなどを力強く発信していきたいと思っておりまして、その方法の中で、先ほどありましたフォーラム等の開催、それからこの新川地域だけでありますと、CATVや広報等を使ったPRの方法というのは、これからも検討し、そんなに時間があるわけではありませんが、前向きに検討してまいりたいと思っております。  その中のご質問の食の安全について、これも市報くろべ等で特集を組んではどうかと、フォーラムの開催をしてはどうかと、トレーサビリティの導入についてどう考えているかということのご質問であります。  市報くろべだけでそのことが足りるとは思いませんし、ただし黒部ではこんな考え方を持っておりますよという、もう少し広範な感じでの、国全体ですとか県全体ですとかというところで、やはり統一的な見解としてやっていくべきであって、黒部だけの特集を組むその効果、やらないよりやった方がいいと思いますが、その効果ということについても、よく検討をしてみたいと思います。  フォーラムの開催も「食祭とやま」と合わせるか、そうではないか、この「食」の安全ということだけについてやるとすると、市単独でできるのかどうか、それは当初予算のところには盛っておりませんので、どんなことができるのか、できないのかも含めて考えてみたいと思います。  それからトレーサビリティの導入につきましては、これは生産者から消費者まで顔が見える、それからその流通の中で変化しないようにチェック態勢をとっていくことができるというシステムですので、これは一番最初に導入されたのがBSEが始まった牛の生産、それから消費というところまで、すべて入れてきたということですので、それを全食品に拡大できないかということがJA全中等で議論されていると、そのことが確立されていけば、私は流通過程の中で起きる変化、それから生産の中での明確化、顔の見える生産ということが確立されて、食の安全というのはより質の高いものになっていくだろうと思います。これは単に生産者ということだけでなしに、物流、販売というところまですべて関係することですので、全国的な取り扱いをぜひ国の方でもしていってもらいたいということでの要望も、我々もやっておりますし、全中もやっておりますし、これからの運動として展開していきたいと思っております。  さて、4番目のご質問の都市と農村の「グリーン・ツーリズム」ですとか「ブルー・ツーリズム」ですとか、最近、新しい言葉がよく出てまいりますが、この前のころにあったのは、グリーン・ツーリズムの前に自然休養村という制度があって、今から30年ぐらい前になるでしょうか、自然休養村というのは農水省のところで始まっておりました。いかにして都市農村交流を行いながら、農村地域の魅力を高めていくかということが自然休養村という考え方の中で進められてきていたわけです。いろんな制度が変わりまして、それを引き継いだ都市農村交流グリーン・ツーリズム、これは観光も含めて、地域おこしも含めて、1村1品も含めたそういうところに、21世紀は対流の時代とか交流の時代というふうなところで、農村地域や山村地域や漁村地域が活力をもって生きていける方向を見いだすことができないかという大きな施策のうちの一つであると思っておりまして、その中に食育の話が入ってきて、子供たちが実際に体験をするすばらしさや思い出やということで、都市と農村の交流をしていくという、交流を深めていけばすばらしい子供たち、次の世代の子供たちが育成されていくのではないのか。これは日本全国で行われよといたしておりますので、まだ全然手をつけてない市町村もたくさんおありですが、私たちはそれに先駆けて、自然休養村の時代からも含めて、このグリーン・ツーリズムの推進を図ってきてると。  それをどうやって実行するかということにつきましては、グリーン・ツーリズムの子供たち版といたしまして、東京黒部会の皆様方の関係されるお孫様たちですとか、それから関西黒部会の、第一段階としてはそういう皆様方のお子様に、まず体験をしてもらおうということで進めてきているということであります。  くどいようですが、自然休養村のときに進めてましたのは、石田、大島にあります、俗に言う青い屋根、赤い屋根のあそこ、自然休養村の予算でつくらさせてもらいました。そしてそのときに関西黒部会のお子様たちがこのことに参加してくれて、何年間か農村体験、それから地元の子供たちとの交流、それから海というものから山というものまで体験してくれた。あとは少し間がありましたが、今度は東京黒部会の皆様方の子供様たちを昨年、本年受け入れたということであります。このことは続けていきたいと思います。  話が横へそれますが、実は今度古稀を迎えられる方たちの、戦時中、疎開をしておいでになった方が黒部へ訪れたいという、これは荻生の話ですが、荻生に訪れたいという話が、古稀になった方、70になった方々でしょうか。そんなにいい思いをしたわけでもないでしょうし、大変厳しい食糧の時代であったと思いますし、そうであっても、何十年たっても、やはり自分たちが過ごしてきた青春時代、子供の時代というのは、やはり忘れられない。今度そういうことでおいでになるという話を聞いておりまして、私もぜひその皆様方とも少し話をしたいものだなと思っております。  それから2番目の滞在型観光拠点の整備についてということでありますが、これは民宿も含めて大変、黒部にも民宿をやっておいでになる方は何軒かあるわけでありますが、観光の拠点というのは、大変たくさん黒部にあります。ただ通年型であるか季節型であるかということについては、これはトータルとして考えていかなくてはならないのだろうなと思います。  どちらかと言いますと、滞在型というのは3日間とか1週間を滞在型とか、1カ月間を滞在型というふうにするのか、それはどちらでもいいのですが。でもあるところでの自然観光の魅力というのは、やはり季節に左右されます。それが通年型になり得るか、それが商売として成り立つかどうか、営業として成り立つかどうかということになりますと、大変難しい観点があります。ただし黒部市全体とか新川全体のトータルとすれば、春・夏・秋・冬、必ずすばらしい受け入れるところがあると。トータルとすればある、でもそれが通年のものではないと、この辺に四季がはっきりしている日本海、特に富山県等が一番四季がはっきりしているわけですから、四季のはっきりしたものをどうやって我々は特色にしていくのかというのが一つの課題だろうと思います。ですからトータルとしての拠点というふうに考えていかなければ、1年中そこで観光拠点として成り立つところがそんなに多いというふうにはなかなかならないと思っておりまして、いずれにいたしましても、そういったことも含めながら拠点整備というものを含め観光の皆様方を受け入れるような魅力ある地域にしていきたいと思います。  経営ということになりますと、なかなか厳しい、通年型にならないだけに大変厳しい自然条件があるかなと思っておりまして、創意工夫をしていきたいと思います。  最後のご質問の桜井高校に農業科の設置をしたらどうかということであります。  桜井高校は農業学校として最初に設置されて、時代の変遷をもっていろんな変化をしてまいりました。その中で一番大きく変わったのは農業高校から普通高校へ変わったというのが、一つの大きな転換。もう一つは、吉田知事の時代ですから、昭和30年代から40年代ぐらいでしょうか、7・3体制というのが敷かれました。7・3体制というのは、7割が実際に地域産業に役立つような、例えば農業土木ですとか、それから農業ですとか、家庭科ですとかという、そういう職業を中心にした人たちが7割ぐらい、普通科を3割ぐらいという時代があったわけです。これは教育における7・3体制という時代がありました。ただし高学歴社会になるに従って、どちらかというと普通科への転向が本人希望、それから親御様も社会もということなのでしょうか。もう一つは受験、大学への進学率が高くなっていったということも含めてだと思いますが、普通科志向がどんどん強くなってきていったと。その上に、今度は国際化の問題ですとかが随分出てきたと。  幾つかの桜井高校の変遷というのがありますが、県の考え方の中では、例えば新川なら新川地域を一つのゾーンとして、必ずしも一つのところですべてのものを持つということでなしに、それぞれ通学の可能範囲であれば、ゾーンの中でのいろんなことを考えていけばいいと。先ほど辻議員も言われたように、例えば農業高校の場合は、入善のところにありますから、黒部の子たちも入善高校へ行って農業科のことを勉強する。そのかわり国際のことについては、例えば桜井高校へ来て勉強するといったような、相互乗り入れというのでしょうか、ここに高校が三つあります。実際に入善高校では、実践を第一に行いながら、CATVもよくやっておいでになる状況を見てて、ああいいことをやってるなと思いますし、それから自分たちのつくった物を実際に売ってみようというふうなこともやっておいでになります。  それから泊高校のところだったと思いますが、あそこでは商業科の勉強をしている子供たちが、実際に自分たちで株式会社をつくったのですよ、模擬の株式会社だと思いますが。そこでは最初に仕入れる物から売る物まで、それから簿記も、販売促進も含めたことを、実際に高校の中で株式会社をつくって実践をしていく、会社の経営もやっている、販売もやっているということ等を、実際にやっているという高校、商業だったと思いますが、そんなことをやっている。まさに高校生というのは、いろんな分野で大学へ行くことも大変大切なことでしょう。ただし実践のところで学ぶことというのは、大変たくさんあると私は思っておりまして、そういう中では1市3町のところでは高校が三つあるわけですので、ぜひそういったことのすみ分けをきちんとやりながら、すばらしい子供たちが育っていってくれたらと思っております。  桜井高校に農業科を設置することの是非については、よく県の教育委員会ともご相談をさせてもらいますが、大変難しい話ではないかと思います。                〔1番 辻 靖雄君挙手〕 ○副議長(吉田重治君) 1番、辻靖雄君。                〔1番 辻 靖雄君起立〕 ○1番(辻 靖雄君) 今、市長のご答弁をお聞きしました、ありがとうございました。  防災については、本当に地元のそういう町内とか地域住民の自治組織と言いますか、防災組織をさらに油断せずに強化していっていただければ、そんなふうに思っております。あといろんな提案型の質問をさせていただいたので、これでよろしいかと思います。どうもありがとうございました、終わります。 ○副議長(吉田重治君) 8番、牧野和子さん。                〔8番 牧野和子君登壇〕 ○8番(牧野和子君) どなた様もご苦労さまでございます。  本定例会で質問の機会を得ましたことに、心より感謝を申し上げます。  今年は冷夏で夏も終わりを告げ、先週の暑さの中にも鈴虫の鳴き声に秋の気配が感じられるきょうこのごろであります。そして実りの秋、スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋と、何をするにもよい季節を迎えようとしております。  それでは通告によりまして質問をさせていただきます。  まず第1点目は、不妊治療の助成についてです。2点目は出産児の見舞金について。3点目は北方領土返還についてであります。  最初に1点目の不妊治療の助成について申し上げます。
     結婚や子育ては楽しいものだと若い人たちにもっと教えてあげないと、少子化対策は前に進まないのではないかと、ある人が発言した言葉です。子育てと仕事が両立できる職場環境を整えたり、受け皿になる保育サービスを充実させるという少子化対策の基本方向は間違っていません。しかし、県内でも結婚を先延ばしする若者がふえるにつれて未婚率が高まり、子供の数は減り続けています。結婚するかどうか、子供を産むかどうかは個人の夫婦の判断の問題で、国や自治体が強制できるはずもありません。だからといって若者の意識変化を仕方がないで済ませていいのだろうか。少子化の進行を前提にした従来の対策を見直さなければ加速する少子化を食いとめることはできません。  一つ目の不妊治療の現状についてお伺いします。  平成15年10月1日より県では不妊治療助成制度をスタートします。子供が欲しくて治療に通う若い人にとって1回の治療費が20万円から30万円と聞き驚きました。当市民病院では、年間何人ぐらいの方が治療に訪れるのか、またその治療によって子供を授かった人は何人おられるのか、現状を高桜院長にお願いいたします。  私が耳にした話ですが、治療を続けて7年目にして子供が生まれ、かかった費用が400万円程度だったと言われました。金にはかえられない大切な子宝ですが、費用の負担が重すぎます。途中であきらめる人もあるように聞いております。そこで市独自の不妊治療の助成制度をぜひ実現してほしいのです。各市町村においては、トップを切って取り組んだのは小矢部市です。かかった費用の2分の1、2年間で50万円まで。上市町、福光町、大沢野町、大島町、そして今年10月より高岡市、大門町、新湊市、そして婦中町が制度を取り入れます。黒部市民病院は指定病院として認定されています。ぜひ少子化対策として、不妊治療助成制度に取り組んでいただけるよう市長にお願いいたします。  次に、第2点目の出産児の祝い金についてです。  少子化時代の子供たちはきょうだいが少なく、小さな子供たちと接する機会がほとんどありません。厚生労働省が発表した15年版の厚生労働白書の中に、富山県人は三世代同居率が高く、また女性の就業率も高く、66.5%と全国平均12.8%を大きく上回っています。子育てを支える受け皿整備は、全国に比べて劣っていません。そこでもっと若い人に子供をつくるように呼びかけることが必要です。黒部市においては、出産児に対して祝い金が出ていません。他市町村では第2子、第3子等に奨励金が出ています。黒部市もぜひ出産児に対して祝い金制度を設け、若い家庭に子供の養育費の負担を少しでも軽くし、子供をたくさんつくってほしいと思います。このことについて市長の考えをお聞かせください。  最後に第3点目、北方領土返還運動についてであります。  北方領土返還要求の声は、既に半世紀の歳月がたとうとしています。北方領土問題を解決するためには、ロシアとの外交交渉を粘り強く継続していく必要がありますが、この対ロ交渉を支えるのは、国民の一致した世論と力強い支持です。北方領土返還を目指した返還要求運動は、幅広い国民運動として全国各地で大きく展開されています。  富山県におきましても、毎年北方領土の日を2月7日に決め、大会やパネル展、キャラバン活動など多彩な行事が行われています。また、返還を求める署名運動も多くの人たちから寄せられています。私たち黒部市連合婦人会もこの話を聞き、早速返還運動に取り組みました。募金箱43個を各地区に配り、ほかには公民館、婦人の家、スーパーと人の出入りの多いところに備えつけ、ときにはイベントのときに会員が箱を持って回り、趣旨を理解していただき、募金運動を呼びかけました。昭和61年当時、倉田義子会長のときでした。その後、田中純子会長も賛同し、さらに運動に取り組んだ記憶があります。以来、今日まで市連婦の運動として大きく展開いたしました。  納沙布岬には北方領土返還祈念シンボル像「四島のかけ橋」の灯火台の「祈りの火」は一日も絶えることなく燃え続けています。その祈りの燃料代として始めた募金運動でした。  昭和62年と平成4年の2回、根室市へ募金を届けています。今回、8月28日から30日の3日間、私たち現連合婦人会長とこの運動に携わったOB会長、副会長、16人が根室市へ募金とともに黒部市長よりの熱い返還への思いを込めたメッセージを根室市長に届けてきました。  根室へ初めて訪れた人も多く、納沙布岬から眺めた北方四島を目の前に見、どうしてロシアの領土なのか納得できない気持ちがいっぱいでした。北方館では、各島々の地図が示され、世帯主も書き込んである名前を見て、私たちの仲間からは非常に感慨深い思いに浸った方もいらっしゃいました。実際、この目で確かめた島を見て、今後の返還運動をさらに力強く推し進めていかなければいけないことを痛感しました。私たち富山県民は、粘り強い運動を続けながら北方領土返還実現のその日まで呼びかけなければなりません。黒部市においても、今後、さらなる返還運動を続けてほしいと思いますが、市長の所見をお聞かせください。               〔8番 牧野和子君自席に着席〕 ○副議長(吉田重治君) 市民病院長、高桜英輔君。               〔市民病院長 高桜英輔君登壇〕 ○市民病院長(高桜英輔君) それでは、ただいま牧野議員からいただきましたご質問に対してお答えを申し上げたいと思います。  私がいただいた質問の内容は不妊治療の当院での現状についてということでございます。  医学的に不妊症と診断してますのは、自然な妊娠成立過程のどこか1カ所にでも異常があれば妊娠が成立しないわけでありますが、このような状態を不妊症と診断しております。実際の診療では、どこに原因があるかを診断し、それに対する治療を行うことによって不妊に対する解決がされているのでありますが、これまでのどの方法によっても妊娠し得ない場合や、原因が不明でさまざまな治療方法を試みても長い間妊娠し得ない場合に、体外受精という手段を用いることになります。  難治性の不妊症のカップルに対しては、体外受精や顕微鏡授精のように高度な熟練と設備を要する生殖補助医療技術が臨床応用されるようになりまして、当院では平成6年から体外受精を行っております。さらに平成14年からは顕微鏡授精も実施しているところでございます。  現在は不妊治療の手段として体外受精は一般化されております状況下であります。当院で不妊治療を受けておられます患者様は年々増加傾向にありますが、経済的な負担等から体外受精を受けられない患者様も少なくないようであります。  ちなみに当院での患者様の負担額は、体外受精は20万円、これは顕微鏡を用いない方ですけれども。それから採卵顕微鏡授精の体外受精は25万円の料金の設定をしております。  当院での不妊治療の状況でございますが、平成14年度におきましては、27名の方が治療を受けられまして、体外受精実施数27回、妊娠者数は3名、出生者数は3名となっており、妊娠率11.1%となっております。また、この内、顕微鏡授精が5回実施され、妊娠者数は1名で、妊娠率20%となっている状況であります。  当院の平成6年からの成績を見てみますと、患者数は平成6年3名、それから7年が5名、8年7名、9年7名、10年5名、11年11名、12年17名、13年26名、14年26名と、だんだんしり上がりに受診患者様はふえておりまして、合計107名の方が当院で不妊治療を受けられております。  そして妊娠された方は、最初の6年から順番にいきますと、1名、3名、2名、1名、ゼロ、3名、4名、6名、4名というふうな成績でございまして、合計しますと24名の方が妊娠成功でございます。成功率22.4%でございます。そして出生児数は、107名の患者様に対して29人の赤ちゃんがもうけられたということでございます。  まだまだ、この成功率のパーセントは高いとは申しません。もっと努力するべき数字かと思っておりますけれども、だんだんアップしてきているということで、ますます医療技術に磨きをかけまして、成功率を高めていきたいと思っております。  患者様の朗報としまして、今年8月に富山県不妊治療費の助成事業の指定医療機関として当院は指定されましたので、ますますこの領域の診療に力を入れていきたいと思っております。  以上でございます。 ○副議長(吉田重治君) 市長、荻野幸和君。                〔市長 荻野幸和君登壇〕 ○市長(荻野幸和君) 牧野議員からは、私に対して不妊治療の助成について、市独自に不妊治療の助成制度として取り組めないかというご質問であったわけであります。ほかの市町村が実際に実施していることも、私たちは承知いたしております。  ただ、先ほどの牧野議員の質問の趣旨からいたしますと、大変多額になり、経済的にも大変だ、それから精神的にも大変だということであったと思いますが、経済的な面だけから、もしそういうふうなことをやっていくとすれば、所得制限を加えなくてはならないのかな、そんなことも必要なのかなと思ったりしながら聞いておりました。  それからもう一つは市民病院において、必ずしも黒部の方だけが受けられるということでありませんので、ある患者様が、例えばどこかの補助を受けることができる、ある患者様は受けることができない人が、例えば市民病院の中に混在されるという状況になるわけです。そんなことも考えたときに、私は経済的に、本当に子供さんが欲しくて必ずしも、これは病院長が先ほど言いましたが、1回で大体20万円とか25万円とかかるわけですから、成功されるまで、何回も、1年間に何回されるかわかりませんが、何回も挑戦をされるということで、10回、例えば挑戦されたとすると、20万円ずつ10回なら200万円かかるわけですね、同一の方が。そういった場合の回数の問題を、本当は考慮すべきなのかな、ただ何しろ1回不妊のことがあったから、そのときにこれだけの補助をしましょうというふうにするのか、その辺は経済的なということでの限界論というのも、我々は検討をしなくてはならないことなのではないかと思います。  ただし、いずれにいたしましても、本当にお子さんが欲しくて経済的に大変窮屈で、そしてそのことが精神的に負担を軽減するということであれば、私は前向きに考えていくことであろうと思います。  ただ、先ほど少し気になりましたのは、子供さんをたくさん産め、少子化の対策だということが、よく言葉で言われるのですが、少子化の対策というのは何のためにやるのだと。子供さんが少なくなったら何が大変なのかということを、やはり国も我々も議論をしなくてはならないのだろうと思います。それは子供さんがたくさんいた方が温かいよい家庭ができるよとか、きょうだいがたくさんいた方がいいよとか、2人よりも3人とか4人とかいた方が、きょうだいの愛というのはすばらしいものだとか。私はそんなところでの、本当は家庭とか家族とかというところでの少子化という問題を、本当は議論すべきであって、今子供さんが少なくなったら日本の経済が没落していって、そして年寄りの面倒を見てくれないから少子化対策をやらなくてはならない、そんな議論だったら、今子供たちを産む若者をいませんよ。どうせ今子供を産んだら、その子たちは年寄りの面倒を一生懸命にみなくてはならないというメッセージを与えたとすると、その子供たちの将来というのは暗いではないですか。しかも今は4人で1人をみてるのに、もうすぐいったら2人で1人をみなくてはならない、そんなことのメッセージを発しておいて、そして片方で子供を産みなさいというのは、私は現実論を言うには、私はそれでいいと思いますけれど、数字の世界ですから。もっとそうではなしに精神文化的な話をきちんとやりながら若者たちに対して、メッセージを我々は出していくべきなのではないのかと、そんなふうに思います。  これは私の勝手な思いでありますので、少子化現象というのを盾にとって、そして社会全体の高齢化とリンクさせていく、産業の空洞化とリンクさせていく、それは私は考え方としては、国が発する、地方自治が発する、発し方としては違うのではないのかなと思います。もっときょうだいだとか家族だとかということを原点において、この少子化の問題というのを、夫婦の問題として、もっともっと議論を深めていく必要があるのではないか、そんなふうに思います。それが生まれてくる子供、家族、家庭というものに対する我々の、今現在置かれている責務ではないかと思っております。  出産祝い金のことについても触れられました。  どうしてここでお金の話になったのかなという気はするのですが、その方法はもっと別の方法がないのかな、もっと気持ちとして行動としてあらわすことができる方法がないのかな。お金で、それは多いにこしたことはないでしょう。お金で何かをするという時代の考え方というのでなしにもっと気持ちのこもった行動をすることができないか、そんなことを工夫したり、私たちの気持ちが伝わったりすることが、私は大変大切なことではないのかと思います。簡単な方法は、お金を渡していけば、それは一番簡単な方法なのかもしれませんが、それではあまりにも創意工夫がなさすぎるなと思います。  黒部市ではこれはいいか悪いかは別にいたしまして、私も米寿の皆様方のところにできるだけ行くようにしています。今も断りがなければ必ず行きます。そのときに、それはお金で米寿を祝い、何か品物で米寿を祝い、それは物すごく簡単なことかもしれません。でも足を運びます、お会いします。3分間でも5分間でも10分間でもお話をします。私はそれはその方と話をして、私の方も教えてもらうことがたくさんありますから、そのことの方が、よほど何万円もらう、何万円渡すよりも、そのことの方が私は大切だと思います。何か創意工夫を、この世の中に生を受けておいでになりますお子様に対して、みんながどのようにしてお祝いをしてあげればいいかという創意工夫は必要だなと、全体の予算を組むことについては、私はやぶさかではありませんが、ただしお金を渡して、解決しようという考え方にはどうも賛同できかねます。済みません。  北方領土のことについて触れられました。  牧野議員には、北方領土返還の運動については、常日ごろ大変ご協力、またご活躍を賜っておりますことを、この席をかりまして厚くお礼を申し上げます。  先ほどから歴代の会長、そしてその精神を引き継がれた牧野市連婦の会長、私は歴史を継承しておいでになった精神を、おいでになった現会長に、牧野会長に心から敬意を表するものであります。しかもそれを行動をもってこのたび北方領土のところに行って実践を、実施をしてこられた、大変だったと思います。  どうぞ、北方領土は私たちの先祖が苦労して開拓した我が国固有の領土であります。その領土が戦後旧ソ連軍によって占領されて、今年で58年目を迎えようとしております。今もなおロシアの不法な占拠に置かれていることはまことに遺憾であるという気持ちは、牧野会長も一緒だろうと思います。どうぞこれからも、私も県民会議を預かる者といたしまして、ぜひこの輪を大きくしていきたいし、またその実現に向かって、県民会議が果たすべき役割、住民の皆様方へ北方領土の理解とPR活動、それから署名運動等々をぜひ進めていきたいと思っております。  なお、県民会議が昭和57年に結成されまして、20年少したちました、21年目を迎えております。その21年を、私はそんなに大きな変化がなくても、黙々、黙々と皆様方と一緒になって進めてきた、途中で足を投げ出したくなったりしたことも、恐らく会員の皆様方の中にもあったと思いますが、それに耐えて、耐えて今日まで私は来たと思っております。  今度、富山県の中沖知事が北方四島に行ってくださったことによって、この局面というのは大きく変わってまいりました。それは県も含めまして、県もこのことに対して対応していこうと、役員の中に一人送り込んでくださいましたし、それから事務局を置いてくださいました。  そして子供たちがこれから、今まで私たちは北方領土返還要求の青少年派遣事業をずっと行ってきていたわけですが、その青少年の派遣事業も理解していただいて、これは沿岸の関係ある人だけでなしに、富山県全体の青少年の子供たちをやって、納沙布へやるべきだということで子供たちを倍増してくださいました、必ずしも北方四島に縁のある人だけでない子供たちのところまで。  もう一つは語り部の皆様方を世の中の伝承として、語り部の皆様方をきちんと学校の中でや、各大会の中で行っていこうと。県では学校教師、それから薬剤研究等々のために北方四島へ専門家を派遣しようと、知事がそういうことになりましたから、一挙にこの輪が広がっていこうとしているところであります。  ただし国が外交を進めていく中での日本国民はこういうふうにしっかりと北方領土のことに関心を持ち、その悲願を達成するまで運動をずっと展開してますよということが相手国を動かす、そういう原動力にやはりなっていかなければならない、それにはまだまだ運動の実というのは、我々は上がっていないと思います。これからもぜひ皆様方の協力を得まして、黒部市の皆様方はもちろんでありますが、関係する皆様方と一緒になって進めて、この北方四島返還要求運動というのを進めていきたいと思っております。  なお、根室の皆様方とは、根室市と姉妹都市提携を結んでから27年目を迎えております。先日もソフトボールの皆様方がスポーツ交流、それから議員の皆様方、婦人会の皆様方も根室との交流をしていただいて、そのきずながより強くなってきている、その願いはお互いの共通の問題であります北方四島の返還について、一緒になって運動を展開していこうということが、一つの大きな基軸になっていると思っておりますので、ぜひこれからも北方四島の返還につきまして、姉妹都市の推進も含めながら、県民会議にも格別なご指導を賜りますよう、またご協力賜りますようお願い申し上げて答弁にかえさせていただきます。  以上です。                〔8番 牧野和子君挙手〕 ○副議長(吉田重治君) 8番、牧野和子さん。                〔8番 牧野和子君起立〕 ○8番(牧野和子君) どうもありがとうございました。  この不妊治療の助成の話ですけれども、新聞に出てたから、あのまちがした、このまちがした、だから黒部市もしてくれというのではなくて、本当に不妊治療にかかる費用が高いということを、私、しみじみと感じたわけです。妊娠した中の10組中の1組が不妊治療とまで言われていますので、やはりこれは相当かかるお金に少しでも市の負担があったらいいなということで、先ほど院長からも聞きましたら、医療技術が非常に高くなっていると、ということは成功率も高くなるのではないかなと、その夢を託して、もう少しそのような制度を、市独自のものを取り入れていただけたら、また少し望みがあるかなといってきょう取り上げてみました。またその点はよろしくお願いいたします。  それと北方領土のお話ですけれども、やはり市長、常日ごろ、見た人と行った人でなければわからないものだと、いつもおっしゃいますけれど、本当に実際に行ってみなくてはわからないと思います。だからもっともっと黒部市の方、一人でも多く北方領土の方を見て、これがやはり、絶対この運動は続けなければならないなという気持ちを持ってほしいために県民会議の会長でもいらっしゃいますので、黒部市独自でも、毎年でもいいから何人かの方を派遣していただき、北方四島を眺めていただけたらなという熱い願いをきょう申し上げたわけです。  以上です。ありがとうございました。 ○副議長(吉田重治君) お諮りいたします。  本日の会議はこの程度にとどめ、明日に延会いたしたいと思います。  これにご異議ございませんか。               〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 ○副議長(吉田重治君) ご異議なしと認めます。  よって、本日はこれにて延会することに決しました。  明日9月17日は午前10時開議、残る一般質問のうちの個人質問を行います。  本日はこれにて散会いたします。  ご苦労さまでした。   散  会 午後3時22分...