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1998-07-17 平成10年行財政改革基本問題特別委員会 本文

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  1. 東京都議会 1998-07-17
    1998-07-17 平成10年行財政改革基本問題特別委員会 本文


    取得元: 東京都議会公式サイト
    最終取得日: 2019-09-06
    ↓ 最初のヒットへ(全 0 ヒット) 1    午後一時八分開議 2 ◯内田委員長 ただいまから行財政改革基本問題特別委員会を開会いたします。  初めに、先般の人事異動に伴い、所管局長及び幹部職員に交代がありましたので、紹介いたします。  まず、財務局長に横山洋吉君が就任いたしました。  横山洋吉君を紹介いたします。 3 ◯横山財務局長 ただいま委員長から紹介いただきました横山洋吉でございます。  七月十六日付をもちまして財務局長を命ぜられました。  微力ではございますが、全力を尽くして職責を全うしたいと考えております。  内田委員長を初め委員の皆様方には、どうぞよろしくご指導、ご鞭撻のほどお願い申し上げます。 4 ◯内田委員長 あいさつは終わりました。  次に、所管三局長から、交代した幹部職員紹介があります。 5 ◯佐々木政策報道室長 昨七月十六日付人事異動がございまして、当室の職員にも異動がございました。交代いたしました当室の幹部職員紹介させていただきます。  政策調整部長川崎裕康でございます。調査部長の鳥飼源宏でございます。  よろしくお願いいたします。  それから、本日、安間計画部長と中島地方分権担当部長の両名が、公務出張のためこの委員会を欠席させていただいておりますので、ひとつご了承のほどよろしくお願いいたします。    〔理事者あいさつ〕 6 ◯木宮総務局長 七月十六日付をもちまして、総務局では、行政改革推進室の設置を内容といたします組織改正及び人事異動がございましたので、幹部職員紹介させていただきます。  まず、行政改革推進担当の理事行政改革推進室長の事務取扱となりました浪越勝海でございます。総務部長の田原和道でございます。人事部長の前川燿男でございます。行政部長の高橋信行でございます。勤労部長の高橋功でございます。行政改革推進室行政改革担当部長の森澤正範でございます。同じく行政改革推進室組織担当部長の山本碩一でございます。  以上でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。    〔理事者あいさつ〕
    7 ◯横山財務局長 このたびの人事異動によりまして異動がございました財務局幹部職員をご紹介させていただきます。  経理部長の立花壯介でございます。主計部長の鈴木良一でございます。  どうぞよろしくお願い申し上げます。    〔理事者あいさつ〕 8 ◯内田委員長 紹介は終わりました。      ━━━━━━━━━━ 9 ◯内田委員長 本日は、行財政改革の基本問題について、多様な角度から意見を聴取するため、二人の方に参考人としてご出席をお願いしてあります。  ただいまご出席いただいております参考人をご紹介いたします。  マッキンゼー日本支社パートナーの上山信一氏でございます。  本日は、ご多忙のところをご出席いただき、まことにありがとうございます。  行財政改革の基本問題につきまして、ご専門の立場からご意見をお伺いいたしたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。 10 ◯上山参考人 どうも初めまして。今、ご紹介にあずかりましたマッキンゼーの上山と申します。  マッキンゼーという会社は、広い意味では経営コンサルタント会社でありまして、アメリカ・ニューヨークに本社がございます。全世界九十カ所に事務所を置いて、日本では東京、大阪で活動しております。  本日は、お手元にあります横長の冊子、これに沿って私の考え方をご紹介したいと思っております。  早速ですが、お手元二ページをお開きください。レジュメが一枚ありますので、後ろの方は、これに沿って見ていただければ、おわかりいただけると思います。  まず初めに、今回いただいたテーマですけれども、行政改革のあり方について、民間の経営コンサルタントという立場からどう考えるのかというお題をいただきまして、私は、経営という観点、それから顧客、都にとっては住民ということになりますが、その視点からいかにあるべきかというポイントでお話をしようというふうに思いました。  それで、きょうの構成なんですが、まず、私どもは実はコンサルタントといいましても、ある意味では非常に特殊な分野をやっておりまして、日本語でいうと改革屋、英語でいうとチェンジエージェントという概念なんですが、かなり抜本的な改革をするときに、経営のトップと現場の改革の第一線のリーダーの方、この間をつないで、二年あるいは三年にわたるかなり大きなプログラムを展開する、こういうことを仕事としております。その概念を最初にお話をします。その後、民間企業の経営改革、特に、都の場合も非常に大きいわけですが、巨大企業の経営改革というのはどういう要素がないと成功しないのかということをお話しします。それから、欧米行政改革はかなり民間手法を取り入れておりますので、それに関して私が直接見てきたこと、インタビューで聞いたことなどをもとにご紹介します。それから、それに照らして日本の行革、これは私は全くだめだと思っておりまして、国の行革も地方の行革も、手法において相当根源的な欠陥がある、これについての見解を述べさせていただきます。最後に、東京都が今後本格的な行革に取り組まれるときに、恐らくこういう視点でやられてはいかがかというのを、門外漢ながらも、幾つかお話し申し上げたいと思っております。  三ページを飛ばしまして、四ページをおめくりください。  先ほど、私どもは改革屋だというふうに申しましたが、改革というのは、何も省庁再編とか、組織を縦のものを横にしたりとか、大げさなことをやることが改革ではありません。現場の第一線、例えばスーパーマーケットであれば、店のレジ係の動きが変わるといったような、現場の動きが変わらない限り改革とはいえない。恐らく都の場合も、現業部門ですね、高校とか病院とか、そういうサービス部門の現場の人の動きが変わらない限り改革とはいえない、ここが我々のまずの立脚点であります。もちろん財政状況であるとか、その現場の改革を支えるための組織改革、こういったことも後についてきますけれども、現場改革のないような改革は改革とは呼ばない、これが我々の強い信念であり、これまで手がけてきた大企業の成功事例はすべてこれがあります。  それで、「スーパーの女」という話をいきなりここで持ち出したわけですが、多分ご存じの方は多いかと思いますが、伊丹十三さんの映画です。これは、さえないスーパーがありまして、「正直屋」という名前なんですが、そこの隣に競合スーパー「安売り大魔王」というのが出てきまして、そこが安売りをして、かなりこの「正直屋」は窮地に入って、倒産に近い状況に追い込まれる。そこにお客さんの一人である「スーパーの女」という女性が出てきまして、彼女が、こうしたらいい、ああしたらいいということを同級生である社長にいろいろアドバイスをし始めるわけです。彼女はただのお客さんであったわけですが、お客さんの目線で物を考え出しますと、いろいろいいたいことがあったということで、パートのアルバイトになって、最終的には彼女は店長になるわけですが、一連の改革を始めるわけです。  で、経営の視点というのは店長が持っている。お客さんの視点というのは、この「スーパーの女」が持っていて、彼女がやったことは、お客さんが出してくるクレームを全部集めて職場会議で議論する、あるいは、かまぼこをつくっているメーカーのところまで行って、一体なぜこういうものしかつくれないのか、値段はどうなのというような話をしていく。それから、最終的には、右端に書いていますが、日付を変えて、古い食品をきょうの日付にして売るというようなリセールをやめるとか、一連の、現場から見てはなかなかできなかったけれども、お客さんの視点から見ると当たり前のことをちゃんとやった。これを一連の改革と呼ぶわけです。  これは別にどうという話ではないわけですが、今の行政改革にこのような発想があるのかというと、国の行革を見ても、地方の行革を見ても、こういうことをやって住民の満足度を上げるんだという視点は、ほとんどないのではないかというふうに思います。  以上は前置きなんですけれども、本論に入ります。  五ページを見ていただきますと、巨大企業の経営改革に共通する成功要因と。この成功要因といいますのは、かなり共通した四つの要素に支えられています。  一つは、しっかりした現状分析がある。これは、現場の管理部門が上げてくるような数字、これを一切うのみにしないで、本当はどうなのかということをきっちりと数字で分析する。それに基づいて、まず何をやらなくちゃいけないかということを考え、そして危機感をトップの間で共有化する。  それから、改革をするときに、目標と期限をはっきりさせる。例えば、三年後に赤字のこの三つの事業を黒字にしてみせるとか、目標と期限をはっきりとさせて、社長はそれができなかったら、自分は退任をするというようなところまで株主総会でしゃべる、こういったことが改革の前段階として必要です。  実際に改革をやるときは、上からの流れと下からの流れと二つ必要で、下からの流れというのは、さっき申し上げたような、「スーパーの女」のような人をあちこちで発掘して、抜てきをして、現場のリーダーとして、QC活動とかCS顧客満足度追求運動というような現場活動をやる、これは必須です。なぜ必須かというと、これをやってお客さんの反応が変わる、あるいは収支が変わるというようなことが目に見えない限り、改革は持続しないからであります。絵にかいたもちといわれる改革のほとんどは、案としては立派だけれども、線香花火のように消えてしまったと。持続する改革は、立派な絵は全然かけていない、案はつまらない組織図だというようなやゆをされながらも、現場の改革が先に進んでいて、やった分、それだけ収支に返ったり、お客さんが喜ぶというようなことで、感動を呼ぶからであります。現場がこのような形で動いている限り、改革は持続するわけでありまして、現場が動いていない改革は、したがって必ず線香花火に終わる、これが鉄則であります。  それで、そういう現場の動きをプロデューシングしていくチームというのが必ずいて、トップ、社長の周りに数人のかなり腕っこきのスタッフがいて、三年から五年ぐらい、どういう段取りで、どんな手順で改革すればいいのかというのを、幹部職員よりも、場合によっては半年ぐらい早く、先を読みながら動いていく、こういう体制が必ず必要であります。  分析というのはどういうことかというのを簡単にご紹介しますと、六ページ、これはたまたま私どもが環境ビジネスの分析をしたときに、ある企業が出していた社内資料ですね、それを見て、おかしいではないかという指摘をしたときに使った資料なんですが、皆様ご記憶あるかと思いますが、バブルの前半のころ、首都圏のごみの処分場、最終埋立場がなくなる、これは大変だという議論が一時出たことがあります。八六年にそれが話題になったときは、あと一・一年というふうにいわれていました。この図を見ますと、八六年のところに一・一と書いていますが、これが正しいとすれば、八七年にはもう処分場がなくなるはずであった。ですが、八七年には、実はあと一年という数字がまた出されて、去年のあれは何だったのかということです。八八年には〇・七、九〇年には〇・五と、だんだん危機感をあおるという意味では悪くないんですが、これは典型的なオオカミ少年でありまして、実際は、処分場はいつまでたってもなくならなかった。これは別にだれかがうそをついていたというこというようなことではなくて、こういうことが発表されると、首都圏以外の処分場がどんどん開拓されていく、あるいは処分場の値段が、首都圏の値段がつり上がって、ごみの容積を圧縮しようというような動きが出てくるという経済原則が働くからです。  ですが、申し上げたいのは、この会社戦略を立てるときにベースにしたのは、役所が発表した数字である。役所が発表した数字というのは、ことごとくこのように経済原則あるいは人の心の動きというものを余り読んでいない、マクロな予測が多くて、そういうものをベースにすると戦略を誤るということであります。  同じような分析が次のページにありますけれども、これはちょっと似た分野なんですが、これも民間企業のためにつくった分析ですが、自治体向けビジネスというのはどうやってもうけるのかという収益構造の考え方です。左がごみ、右が下水です。左のごみの場合は、企画部門はわずか四十億円で焼却炉を売ると。これはとてもペイしないから、だめですというふうに私のお客さんの場合はいったわけですが、よくよく見ると、先発企業は、四十億円で納入した後、毎年二億円のメンテナンスフィーをもらい、そこから先、更新の時期にも必ず四十億円が入ってくるということは、四十億円で赤字受注をしても、未来永劫とはいいませんが、かなり長い年月にわたって利益が保証される、こういうメカニズムになっているわけです。ですが、これはパブリックにはなかなかいわれていない話であり、業界の人は知っているけれども、外の人はこの分野はもうからないと思っている。これはからくりでも何でもないんですが、こういう事実がある。  右の下水の場合も同じですが、これは時間の関係がありますので、省略します。  何を申し上げたいかといいますと、企業の中のスタッフ部門にある数字も、役所の中にある数字も、恐らくだれもうそはついていないんだけれども、本当の意味で今後どうするかということを考えるときに、使える数字はないということです。誤った数字はないけれども、加工するときの切り口が経営者の視点になっていない、あるいは経済原則というものを十分わきまえていない数字が非常に多い。ですから、実態はこうです、赤字ですという話があっても、本当にそうなのかどうか、これはかなり危うい、怪しいものがあります。  それでは、実際に大企業がこんな作業も含めてどういうことをやっているかというのをお話ししますと、八ページになります。これは、今まさに私がやっております非常に大きな企業なんですが、そこの改革プログラムの例です。この企業の場合は、前半三年、後半三年、合計六年をリストラというふうに名づけて、ことしの四月からスタートしているわけです。前半三年を、シュリンクする時期だ、ぜい肉を落として飛躍に備える時期だと。後半の三年、二〇〇一年から後がいよいよ新しい事業の展開に移る時期だと。ここ三年は冬ごもり、その間に十分人を育て、財政状況を改善しと、そういうプランです。まさにリストラそのものです。  やっている作業は、この縦に1)2)3)4)と書いた四種類ありまして、一つは、まさにさっき申し上げたような、各事業部がもうからないとか大変だというけれども、それは本当なのかと。分析してみたら、実はもうかる種を見落としているではないか、あるいは赤字だというけれども、とんでもない仕事のやり方をやっているではないか、こういったような分析に相当のエネルギーを半年間、十人のチームで、いわばガサ入れをするわけです。これを今やっている最中ですが、やりながら、三年間でどう変えるのかという段取りを、社長とその周りのスタッフ、そして我々でデザインをしていきます。  現場の行動改革、さっき申し上げたようなものに関しては、リーダーを任命して、やりやすい事業からやる。やった成果が出やすくて、みんなが元気になれるものからやる。これがAという事業であって、Bという事業であると。これが軌道に乗れば、A事業を立ち上げたメンバーがCの事業に移って、そこで改革のやり方を教えながら、子会社などにもどんどん広げていく。これを六カ月、一年サイクルでローラー作戦で現場の行動改革を広げる、これが基本であります。  それから、こういうボトムアップの活動とセットで、今度はトップダウンでこの改革を支えるための組織体制の再構築という作業をやるわけです。現在は、問題点の発掘、あるいは各役員にインタビューをして、今の業績評価の仕組みのどこが悪いのか、あるいは各事業部のその先のお客さん、この会社のお客さんに話を聞いて、サービススピードが悪いというのは一体どういうことなのかといったような問題点を、社内の中から上がってくるデータではなくて、客観的なデータ第三者データをもとに、それをまた我々第三者加工して、トップに直接届けるという作業をやっています。  こうしますと、社内の経営会議でいわれていた問題点とはかなり違う切り口の問題点が出てまいりますし、社内では大丈夫だといわれていたお客さんが、実は大変な不満を持っていたというようなことがどんどん発掘できてくるわけです。これを出しながら、現場の行動改革を促していくという作業が最初にあり、それから、どう見てもおかしい制度のやり直しということで、予算決算人事、評価、こういう仕組みの見直しというのが次に予定をされています。これをやるプロセスでも、ほかの巨大企業海外の例などを、さっきのプロデューシングチームが見に行って、よそとうちはどう違うのかというような分析作業を十分にやった上で議論をし始めると。内部だけで議論して、現在、悪い点が三つあるから、この三つを直そうというような矮小な手口はとらないということであります。  それから、さらに今度は経営サイドの仕事のやり方も実は問題だと。現場の改善だけやっていてもだめで、経営会議の意思決定の仕組みを変えようとか、あるいは事業部の投資は、一億円から十億円までの投資は事業部に全部任せようとか、こういう経営会議の役割の見直しみたいなものも考えられています。  組織機構の見直しというのは、最終的に、二〇〇〇年ぐらいになってやっていこうではないか、こういうような流れでこの会社の場合は考えています。もちろん、組織機構というのは、全体の改革機運を高める上で非常に大事ですから、ある程度の手直しは、前倒しでことしの四月にも一回ありましたし、十月にもある。少しずつ組織機構や体制は変えていくと。ですから、大きな見直しは、二〇〇〇年に各事業の戦略あるいは現場行動改革が見えてから、それを支援するための組織は何なのかという議論を十分尽くしてから変えるという形になるわけです。  もう一つ大事なのは、外と中へのコミュニケーションでありまして、この会社の場合は、六カ月ごとにどんどん弾を打っていくというペースを設定しています。改革ビジョンを発表し、それからA事業、B事業の現場の成功体験というものを外に発表し、予算人事制度の改革を発表し、矢継ぎ早に六カ月ごとにいろいろな新施策を社内と社外にプレスリリースで出していく。そのことによって、いったことはやらざるを得ないわけで、ますます改革を確かなものにしていくと。社長も、いったからには成果を出さざるを得ないので、みずからを厳しい立場に、外にいうことによって持っていく。こういうような、いわば自己規制といいますか、律するポリシーがあるわけです。  このような形が前期三年ということで、具体的な収益の目標も掲げられています。三年以内に売り上げはこれだけ、利益はこれだけ、それから海外ビジネスと国内の比率はこれだけ、そのために必要な人材はこれだけで、投資はこれぐらいというようなプログラムがきっちり書かれております。  以上が企業のケースなんですけれども、九ページに移ります。  それでは、このようなやり方が行政の場合に使えるのかと。私も大昔は霞が関にいましたので、行政にこういうのが使えるのかというのに関しては、易しいものではないということは体で感じております。しかしながら、海外の実際にこれをやっているイギリスあるいはアメリカ連邦政府、あるいはアメリカオレゴン州であるとかサニーベール市であるとか、幾つかの自治体の直接の担当の方あるいは市長さんとお話をしてみますと、かなりの部分は、実は使えるんだという確信を持つに至っております。日本だけができないというような理由はないというふうに思っております。  何をやっているかというと、歴史は向こうの方が十年ほど早くて、八〇年代半ば以降、企業改革の手法を正面から入れている。このために必要な要素として、分権化と情報公開、これがないと実は進まないという経験則もはっきりと出てきております。  要素を最初にご紹介しておくと、まず行革の理念ですが、日本では、官から民へ、それから中央から地方へというようなことが行革の理念といわれていたり、財政再建というのが柱になっています。ですが、これは行政あるいは政治のプロの人たちの中のスローガンでしかなくて、海外では、むしろ国民にとって改革とは何なのかというところから議論をスタートさせております。成果志向、顧客志向という言葉が、どこの国においても二つのキーワードとして語られておって、これは、実は企業の場合の業績評価の考え方の柱にある二つの基本理念であります。  イギリス市民憲章というのは、例えば、入院患者憲章とか旅行者の憲章といったようなことで、市民側が行政にこれだけのサービスをやってくれということを突きつける、こういったような形で、市民憲章を官民一緒になってつくっています。例えば、病院に入院したい人が入院を待つ期間というのは二週間、二週間以上は絶対待たせないとか、非常にだれにとってもわかりやすいような憲章が決められている。  アメリカナショナル・パフォーマンス・レビュー、これはクリントンとゴアが始めた九三年からやっている活動ですが、ここにも財政構造の改革とか機構改革というような言葉はほとんど出てまいりません。成果志向、顧客志向、このキーワードが端から端まで徹底されていて、これをやるためのことが改革であると。まさに先ほどの「スーパーの女」の現場改革ですね、これをやるのが行政改革だという定義が非常に明快になっております。  やっていることは、さっきの企業の例と非常によく似ておりまして、ボトムアップの方は現場改善活動ですね、これをやっている。これは執行部門でやります。ですから、多分、都の場合は、外郭団体であるとか清掃局であるとか、直接サービス部門でやるのはこういった手法ではないかと思います。  それから、管理部門の方は何をやるかといいますと、目標管理と競争原理の導入、この二つをやります。これは日本でほとんど紹介されていない言葉なんですが、ニュー・パブリック・マネジメントという概念がありまして、向こうの経営学者が行政を見るときに使っている言葉であります。日本の行政学者は、この言葉を余り使われないんですけれども、経営の人たちが行政を見るときには、ニュー・パブリック・マネジメントという理論と概念が構築されております。  この中身は、次のページでお話をします。一〇ページをごらんください。  これは、たまたまクリントン、ゴアのナショナル・パフォーマンス・レビューのエッセンスをまとめたものですけれども、彼らがいったことは非常に簡単でありまして、従来、役所というのは、決められた内部の手続をきっちりやるのが正しい仕事だということであった、だが、これはもうやめたと。国民がお客さんだ、そこから対価として税金を自分たちはもらっているので、行政はサービス産業である、したがって、だれがお客さんかということを各部門はそれぞれ考えましょうと。運輸部門であれば道路を利用している運転手であるし、病院であれば患者であるし、社会保険であれば受給者であり、環境対策であれば全国民、全企業である。それぞれお客さんがだれかということを考えて、次に、その行政が提供すべきサービスのレベルはどういうことかということを考えましょうと。  例えば環境問題であれば、水の汚染度が今から十年先にこれぐらいの濃度になっているということが、将来のお客さんである、その時代の国民にとって、この水準、こういう数値であらねばならないというような形で、とらえにくいものも含めて全部顧客というものを明快に決めて、その人たちにとってハッピーという水準をサービス基準ということで決めて、それに役に立つことだけが行政がやる仕事だというふうに定義をし直しております。  この活動は九三年から始まっておりまして、もう少し具体的に見ますと、次のページ、一一ページになります。  これがクリントン、ゴアがやっております行革のメニューなんですが、テーマとしては大きく二つ。一つは政府がやるべき業務範囲の見直し、もう一つが今申し上げた成果志向、顧客志向の行政システムの改革、この二つがあります。もちろん現場の改善運動というのが、当然この裏についてまいります。  考え方としては、現場の改善活動が一番大事であるということで、いい活動をした部隊を表彰したり、あるいは新聞に、政府広報紙に載せたり、かなり派手な表彰とか運動論の展開をやっています。  さらに、それを支えるためということで法律までつくっておりまして、GPRA法という、下に書いていますが、ガバメント・パフォーマンス・アンド・リザルツ・アクト、これは、政府業務の業績評価及び連邦政府への報告を義務づける法律というものであります。これは、各省庁、各部門に自分たちのお客はだれかということを書かせ、それから、お客さんが期待しているサービス基準というのはこういうレベルだということを調査させ、さらに、自分たちがやっているいろんな事務事業がそれにどう役に立っているかということを点検させ、かつ一定の期間がたったときには、それが実際のサービスベルにどれだけ影響を与えたのかということを報告させる、こういう仕組みです。  九三年からやっておりますので、まだ、これが予算に直結するというところまでいっていませんが、二〇〇〇年以降は、このお客へのサービス貢献が説明できないような業務、事務あるいは事業には予算はつけない、あるいは人もつけないというポリシーが出されておりまして、これは今まだ実験中でありますけれども、将来的に予算定員に影響するということで、各省庁は、すべてのポリシーをこれで説明するという作業に去年から入っている。  ことしも私は行って、ワシントンでインタビューしましたが、おもしろいもので、こういうシステムができますと、あなたの部は何をしていますかという話をインタビューで聞きますと、まず、自分たちのところのカスタマーはこういう人たちだ、それから、もう一つ、パートナーという概念がありまして、パートナーというのは、連邦の道路局であれば各州の道路局ですね、パートナーはこういう人たちですと。カスタマーとパートナーが連邦に期待していることはこのような仕事です、それに関して、彼らに今提供できている仕事のレベルはこのレベルですというような、話の順序も、とても官庁とは思えない段取りで、まるで民間企業の人に話を聞いているような、そういう感動を覚えたというきっかけがあります。  申し上げたいのは、わずか三年や四年やっただけでも、かなりこういうものは変わるということであります。行政は変わらないというのは、行政官側のエクスキューズとしてよく使われる言葉なんですが、行政に継続性は必要ですが、公務員意識は、このように法律あるいは条例で縛っていけば、かなり変わるというふうに私は思います。しかも、数字が毎年上がってまいりますし、予算にも影響するということになれば、いわゆる市場競争原理に似たようなことが行政の中にも持ち込まれるのではないかと考えます。  このGPRA法の詳しい内容はちょっと省略をしまして、一三ページに移ります。  先ほど現場改善活動があるんだといいましたが、一三ページはほとんど目が痛くなりそうな資料ですが、これはカリフォルニア・シリコンバレーの、サニーベール市が信号機のメンテナンスをやる作業員の業務効率をチェックしている、このチェックシートそのもののコピーです。二週間ごとに、例えば信号のメンテナンス作業をやるのに幾らコストがかかったのか、これは去年の実績と比べてどうなのかというのが事細かくレポートされる仕組みになっておりまして、管理職は、四カ月ごとにこの内容を業績評価で問い詰められ、年間のボーナスもマイナス五から一〇%の割合で、この結果に応じて査定に響くというような体制がとられております。これがさっき申し上げた、まさに成果志向という理念そのものが直結したシステムです。  特に、市町村がやっております直接サービス部門に関しては、かなりサニーベール型のモデルが今、広がりつつあるということがいえます。  一五ページに参りますと、今度はもう一つの理念であります顧客志向、この活動の内容をご紹介します。  これは、私も毎月、仕事でたまたまアメリカに行くもので、ついでに、ときどき行政関係のインタビューをやるわけですが、そこで聞いてきた話をご紹介しております。  ニューヨーク市の交通局、これは市ではなくて、実は州の外郭団体なんですが、地下鉄バスの経営をやっています。ご存じのとおり、駅の中で殺人が起こるとか、老朽化が激しいとか、非常に評判が従来悪かったわけですが、ここ十年で見違えるような改革をやっております。  どういうふうにやったかというと、私も驚いたんですが、マーケットリサーチ部門というのが組織としてちゃんとありまして、お客さんの満足度というものを、三カ月置きに五千人にアンケートをとって調査をしている。三カ月置きの満足度数値というのが、地下鉄バス、駅の清潔さなど細かい項目について全部出ていまして、それの推移で各担当者はどうすればいいかという改善を迫られる。  それから、あとはマーケットシェアという概念がありまして、その五千人の人が移動するとき、歩いたり、タクシーに乗ったり、自家用車を運転したりしますが、どれだけの比率で地下鉄バスを使ったのかというのをマーケットシェアというふうに考えて、そのシェアを高める方法というのを分析しています。  コンペティターという概念も中にありまして、そのコンペティターからシェアをどうやって奪い返すか。そのためには昼間の乗車率を上げると。そのためには、危険だというイメージのある駅の内装を変えるとか、かなり具体的な企業戦略論がここで使われています。  近代美術館、これは民間非営利の組織ですが、ここもお客のインタビューは定期的にやって、ここから出てきた内容で巡回ルートを変えたり、職員の応対の姿勢を変えたりというようなことはやっております。  全米老人ホーム協会、一番下になりますが、ここは、技術的ないろんな基準を満たしているかという調査もやりますけれども、老人ホームの入居者に直接第三者調査員を派遣して、具体的にどういう点が不満なのかというような調査もやって、老人ホーム設計にまで生かすというような活動をしております。  このような活動というのは、一見、日本でもよく似たことはたまにやっているんですけれども、大体の場合、一般市民に調査票をばらまいて、市政に対して望むこと、あるいは市政全体に満足していますかといったような非常に漠然とした調査ものが多くて、具体的に個々のサービスに関して、有識者も入れて分析をして、本当に改善すべき点は何かという仮説を持った上でやらないと、その調査自体が税金のむだ遣い、このようになる場合が非常に多いわけです。  アメリカの場合は、やはり企業マーケティング手法というのを──人をヘッドハンティングしてきたり、あるいは連邦でやっておりますGPRAの手法を自治体が使ったりして、内部の議論ではなくて、実際にお客様の声を聞いたり、数字をとったりして、かなり科学的に改革をやっている、そのことでスピードアップを図っておるわけです。  もう少しシステムという形でのご説明をいたしますと、一六ページになります。  民間企業の改革の原理というのは、この中にも企業経営されていた方がおられるかと思いますが、非常に単純化しますと、目標管理というのが頭にあります。業績目標を決める。来年、今ごろまでにはこういうことを達成したい、サービスのレベルあるいは売上利益と。それに対してプラン・ドゥー・チェック・アクションという一連の流れがあって、常に状況を見ながらギャップを埋めていく。  もう一つは競争原理で、これは市場競争もありますし、部門内の競争もあります。業績の悪い事業部は張り出される、あるいは人事異動で昇進がされない、こういうことがあります。  私も民間人ですが、民間人は、なぜ行政で当たり前のことができないのかと、非常にいら立たしい思いを持つわけですけれども、できない理由は、実は右側にあります二つのことをやらないから、できないわけであります。  一つは、分権化をしないと目標管理ができない。政策立案部門と執行部門を分離しないと、目標の設定の仕方が物すごく異なる。政策部門が資料をつくるのに、延べ何人かかりました、それが減ったから、いい仕事をしていますというふうにはいえないので、政策部門の評価と執行部門の評価は手法が全く違う。これを分けないでやっているので、多くの都道府県の改革は、余りうまくいかないというふうに観察しています。  それから、権限委譲ですね。人事権であるとか予算の策定権、場合によっては銀行からお金を借りる、このようなことまでも、かなり末端の執行部門に権限委譲しない限り自由な経営はできないわけで、民間企業で考えられるような競争原理がなかなか働かない。人事制度がこうだから、あるいは財政がこうだから、自治省がこうだからと、できない理由が役所の場合は山ほどあるわけで、したがって、権限をかなり外郭団体などに移して実験を始めないと、分権化の動きを始めない限りは目標管理はできない。  もう一つは、情報公開であります。競争原理がないのはご存じのとおりですけれども、それでも首長議会、住民に行政のパフォーマンス、立てた目標が達成できた、できない、あるいは民間だとわずか百円でやっている仕事が三百円もかかっている、このような情報が外へ出ますと、さすがに改革への圧力が出てきます。それから、このような数字が出ますと、そういう意味では擬似的な競争原理が働く。隣の市と比べるというような方法もありますし、民間企業と比べるという方法もある。比べて出てきた数字をグラフにして公開してしまう。そうすると、公務員の方々は非常に皆さん、まじめですから、まじめな人は、周りよりレベルが低いと非常に恥ずかしいと思って、いろんな努力を始められる、こういうような流れになります。  これを体系化しますと、一七ページにあるような仕組みになります。  これを、私はニュー・パブリック・マネジメント型行政というふうに呼んでいるんですが、真ん中にありますサイクル、計画、予算、執行、これは今でもそれなりにあるわけですが、一つは、計画を立てる前段階で、左にあります行政評価、実態の分析をやらなくてはいけない。行政の内部にある資料で見ますと、前年度はこうだったから、ことしもこれは必要ですという話に必ずなるわけです。ですが、これが先ほどの企業の改革例のときにお話ししたような、データを新しく外からとってきて、そのことで実際評価するということをやりますと、かなりゼロベースの予算設定、計画立案ができる。それから、目標達成が余りできていないような事業があれば、その原因は何なのかというような分析ができます。それから、他機関、民間企業と実力を比較すると。こういうデータがありますと、その分野に精通していない首長あるいは議員さんでも、おかしいものはおかしいということが簡単に発見できますので、この行政評価というのは、行政部局のためにあるのではなくて、実は議会首長のためにあるわけです。  これが入り口にありまして、それで計画が立ちます。それが予算に流れて執行されていくプロセスでは、情報公開というのが常にないといけない。これは、行政評価の結果の情報公開ということでもありますが、外に対していうというのは市民との約束でありまして、こういう理由なので、こういう計画を立てて、これをやることにしました、目標はこれですということをいって執行する、これがもう一つ重要なテーマであります。いわないでやると、中だけの反省ということになります。  これが新しいタイプの企業経営のシステムを入れた行政のプロセスということになります。  次、一八ページを見ていただきたいんですが、企業の場合は、製品カタログのようなものがあります。あるいは財務諸表が会社案内にあって、うちの会社はこういうことを目指しています、こういうものが商品ですというリストがあって、だれが見てもお客さんにはわかりやすくコミュニケーションできるわけですけれども、行政の場合は、一体何をやっているのかさっぱりわからないものが非常に多くて、直接サービス部門以外は、行政の目標というのがなかなか市民にはわかりにくい。この点を改善したのが、ベンチマーキングという手法でありまして、これはオレゴン州の場合ですけれども、全部で九十三項目あるうちの一部をここでは抜粋していますが、オレゴン州民が幸せである、つまりお客様が満足であるということを、オレゴン州政府はこういう状態であるというふうに考えていますという目標の設定です。州がやっている事務事業を並べて書いて評価しているわけではないわけですね。州がやろうが、市がやろうが、民間企業がやろうが、オレゴン州民にとってハッピーであるということが大事だと考えていて、したがって、健康のところを見ますと、十歳から十七歳の女子の妊娠率とか、あるいは千人中の幼児の死亡率とか、だれが見てもわかりやすい数値の推移をずっと横に書いております。  一番上の妊娠率を見ていただきますと、百人中二・四七人だったのが、九一年、九二年とだんだん下がっていますが、最近また上がってきている。これは原因は何なんだということが議会で議論され、お金が足りないのであれば予算をつけよう、あるいは予算をつけているけれども、こういうふうに悪化しているんだったらそんな予算は削ってしまえと、賛否両論あるわけですけれども、いずれにせよデータをもとにした客観的な議論というのをやる上では、こういう数値は非常に役に立っているということであります。  このような形で、なるべく数量的に物事を解釈していこうというのが正しいタイプの行政アプローチ。これで何が起きるのかというのが二〇ページにございますが、突き詰めますと、こういう流れであります。従来型の行政というのは、役人がみずから目標を立てる。それから対前年度ベースの予算というのが当たり前になっていて、事業のくくりそのものを見直すというのは余りない。それから、業務内容に関しても自己評価で、新しいことというのは大体陳情ベースの個別対応でやる。福祉とか農林とか、部門別の行政執行がされている。縦割りで、かつ中で管理されている。これが伝統的な行政統制なわけです。それに対して、このNPM型の行政というのは、受益者の声を取り入れて目的をフォーカスする、絞り込む、それで予算の優先順位をつけ、めり張りをつけていくと。それで達成状況をモニタリングをしていく。これも内部の評価ではなくて、客観的な数値を使って、議会首長、住民、プレスも巻き込んで議論を喚起していく。  従来は、財政当局と各部の担当者の、いわば内々の呼吸、ニギリみたいなものでかなり意思決定されていた部分を、いわばビッグバンのようにすべてオープンに外へ出してしまう。そのことによって、実は市民参加も進みますし、行政そのものも不必要な責任と気苦労を負うことがなくなる、こういうようなメリットがあるわけです。  以上が海外の話なんですが、海外でやったことが日本ですべて使えるというふうに私は思いません。しかしながら、それにしても日本の行革というのは、手法そのものを行政改革したらどうかというふうに思うぐらい、経営のプロという視点から見ると、非常に稚拙であるというのが私の感想であります。  二一ページに書いておりますが、まず、正確な問題の分析がそもそもされていないのではないか。これはいい出すと切りはないわけですが、財政危機だといいますけれども、本当にそうなのか。何がどう財政危機であって、大蔵省がいっている話というのはどこまで本当なのか、このことをマスコミを含めてだれもちゃんと分析していないのではないか。したがって、うその分析というと語弊がありますが、分析がないままに危機だ、危機だといっているだけですから、本当に危機だというふうに心底思う危機が出てこないわけです。  現実に見ますと、財政危機官僚バッシングという二つの外圧に迫られて、後追い型の手法を出すと。出てくるものも例の省庁再編のようなものだけで、ビジョンも手法も非常に古い。大企業でも、昭和三十年代は、改革というと、まずは組織の刷新ということで、我々のお客さんの社史をひもとくと、人員の整理と組織の刷新というのが、昭和三十年代には手法として使われた時期もありますが、それだけで改革というのはいかにもお粗末である。  それから、現場レベルの自律変革というのが、霞が関でも、自治体でもほとんど起きていない。行革本部の指示待ち状態ですね。組織改革が終わってから、やれ知事選挙が終わってから、やれ国の方針が出てからと、いいわけは山ほどありまして、いつまでたってもやれないようになっている。  それから、行革の議論に参加している人が、そもそもノウハウを持っていない。民間企業の改革のノウハウを持った大企業のリストラをやり遂げた経営者が参加していませんし、海外の先行事例も、調査団はいっぱい行っていますが、表面的なことを政治、行政のプロが話を聞いているわけで、NPM的な発想に関しては、同じ人に会っておられるわけですけれども、私が行って聞いてくる話と違った視点で聞いてこられる。したがって、執行調整を入れればいいんですよという話で、イギリスの調査も終わってしまう。マークス・アンド・スペンサーというスーパーマーケットの経営者を入れて、顧客インタビュー、調査をやって、五年間もリサーチをして、それから戦略を立てて、その結果、執行調整をこういう部門に入れるんだという議論になったんだというようなプロセスは、政府の行革の調査団は全然聞いてきていないわけであります。  以上が行革に関する議論なんですが、二二ページ、若干つけ足しですけれども、私は今の行革は本物の行革ではないと。幕末の改革というふうに書いていますけれども、本当の改革の条件というのは、やはり現場が危機感を持っている。若手のキーマンが活躍したり、トップと連動している。それから、管理部門に今までにないようなリーダーが来ていると。企業の例でいいますと、人事部長に技術屋さんが来るといったようなことが、日常茶飯事のように最近の改革では行われています。外から人をとってくる、あるいは社内にないスキルを外国に行って見てくる、こういったようなこともやる。  それから、何よりも大事なのが、明るいビジョンというものをきっちりと先に打ち出すということであります。明るいビジョンのないような改革はやる気がしない。幾ら公務員がまじめだといっても、財政再建と人減らしというのがビジョンですといわれると、僕の人生、将来どうなるのかという気持ちがやはり先に立って、なかなか改革は進まないということであります。ですから、改革をした後、その先にこういう世界が開けているんだ、あるいは行政の役割は、こういう分野では縮めるけれども、逆にNPOのガイダンスなど新しい分野で、ここには出ていくんだというような新しく攻める部分、予算をふやす部分というのが理念を持って打ち出せないと、改革はとてもできない、こういうふうに思うわけです。  最後になりますけれども、二三ページです。  このようなことを踏まえて、私が申し上げたいのは、東京都がこれから取り組まれる改革は、その辺にあるような幕末の改革ではなくて、ぜひ明治維新的な改革にしていただきたい。先ほどの原則をはめますと、私は内情をよく知らないのでどこまで正しいかわかりませんけれども、まずは市民に対する直接サービス部門、図書館であるとか、交通水道あるいは学校病院、こういったような現業部門の改革にまず手をつけるべきで、目に見える変化というものを出して、改革に対する都民のサポートというものをまず得るべきではないか。  それから、知事と議会があくまで主役で、行政サービスの質と量の見直しと評価をやる。多くの県が、いわゆる事務事業評価というのを、行政部門内だけで、しかも住民にも何も公開せずにやっているわけですけれども、あのような作業では、ほとんど経費節減すらできない。三重県だけがその結果を外に公開しております。その三重県ですら、約七千億円の予算がありますが、ほんの二百億程度しか、いろんな見直しが進まない。  そういうような状況で、民間企業で同様の手法をとった場合に比べると、非常に遅々として進まない。これは経営者が参加していないからであります。行政の場合は、知事と議会が経営者であって、そこがやらない限り成果は出ません。アメリカは、テキサスも議会の事務局が行政評価をやっておりますし、連邦政府大統領府だけではなくて、GAOが評価をやっている。  こういうことで、評価主体が外にない限り、あるいは結果を公開しない限り、成果は絶対出ないということがいえます。やる上の手法に関しても、大学の先生、あるいは民間のシンクタンク、普通の企業のプロ、こうした人たちを入れて第三者評価をやらない限り、別に悪気があるわけではないんですが、ほぼ現在の業務のままでいいですという結果になるのは、火を見るより明らかであります。
     あと大事なことは、そもそも都が何をどこまでやるべきかと。官民分担論の話もありますし、あるいはNPOに任せるといったようなこともあります。これに関しては、時間をかけて、かなり国の政治情勢なども見ながら、将来的なビジョンを持ってつくらないとだめな話で、なかなか急に決まらない。  したがって、私がお勧めしたいのは、現業部門の改革あるいはサービスの評価、そしてその情報公開、こういった非常にわかりやすい、かつ実際の成果が出やすい部分から手をつけてはどうかと。いきなり本丸の機構あるいは定員予算の見直しというところで大胆な話をやりますと、政府の行革のように、結局中身がないものになってしまう。こういう手法の問題があるように思います。  あるべき姿というのは、党派を問わず、官民問わず、みんな大体こうなればいいなというイメージは、そう違わないと思います。問題は、手法が余りにも稚拙であるというところであるのではないかと思います。  ちょっと時間をオーバーしていますが、あと一分で終わりますけれども、最後、二四ページ、行政評価の実行体制でありますが、やはり私は、条例化しないとなかなかできないと思います。行政機関の自助努力、これはあるにしても、財界の指示あるいはプレスのキャンペーン、議会が相当このテーマに関心を持つというようなことがあって首長が決意すると。その上でこれを条例化していかない限り、行政評価というのは、毎年目標を立て結果を評価しというサイクルの繰り返しですから、一回だけやってもだめなわけです。アメリカの最大の教訓は、GPRA法という法律を、ウィリアム・ロス議員という共和党の議員が、議員立法で、信念でもって通したというこの一点に尽きるわけであります。それがあるがゆえに予算の改革まで進み、各省庁は自分たちの仕事を説明するときに、自分たちの顧客はというような言葉で説明するというところまでいっているわけであります。  ですから、ぜひ、この行政評価を条例化するというようなことに取り組んでいただければというふうに思います。既に市町村で幾つか条例化しようというような動きがあります。首長さんみずから、GPRA法の研究をされたり、かなり動きが出てきておりますので、ぜひ東京都においても取り組まれてはいかがかというふうに考えております。  以上です。(拍手) 11 ◯内田委員長 ありがとうございました。  これをもちまして、上山参考人に対する意見聴取は終わらせていただきます。  上山参考人には、大変お忙しい中をありがとうございました。貴重なご意見をお伺いすることができまして、心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)      ───────────── 12 ◯内田委員長 それでは、ただいまご着席いただきました参考人をご紹介申し上げます。  東京大学法学部教授森田朗氏でございます。  本日は、ご多忙のところご出席いただきまして、まことにありがとうございます。行財政改革の基本問題につきまして、ご専門の立場からご意見をお伺いしたいと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。  なお、委員会の委員はお手元にご配布させていただいております名簿のとおりでございます。委員の紹介は省略させていただきます。  それでは、ご意見をお聞かせいただきたいと思います。森田参考人、よろしくお願いいたします。 13 ◯森田参考人 今ご紹介いだたきました東京大学の森田でございます。  私は、都民のための行政改革を考える会のメンバーとしても、いろいろと都の行政改革のお手伝いをさせていただいておりまして、きょうはそうした観点も含めまして、私の行政改革について考えているところについて、意見を述べさせていただきます。  なお、私自身は、ちょっと申し上げておきますと、現在、国で行っております地方分権推進委員会参与という資格も持っておりまして、そこで行政関係検討グループ及び地方政体制等検討グループに参加しておりまして、勧告案の作成にもかかわってまいりました。また、もう既に任期は終了いたしましたけれども、国の中央省庁等再編準備委員会の方でも参与という役割を賜りまして、そこで例の基本法案についての審議、基本法案の作成にも若干かかわり、お手伝いをしてまいったところでございます。  きょうは、そうした地方分権ないし国の行政改革という観点も踏まえまして、行政改革の問題、都が今取り組んでいらっしゃる課題でございますけれども、その都の課題に限られず、もう少し広い観点から、その行政改革のことについてお話をさせていただきたいというふうに思っております。  なお、申し上げておきますと、私自身の学問上の専攻といいますのは、行政学という学問でございまして、これは行政一般について研究をしている学問でございますけれども、広く申し上げますと、政治学の一分野に属しております。類似した学問分野として行政法学というものもございますが、対象そのものは重なるところが多いわけですけれども、方法その他につきまして、少し異にしているということでございますので、そうした観点から、行政学の、いうなれば専攻している人間としてお話を申し上げるということをあらかじめ申し上げておきたいと思います。  それではきょうは、これから申し上げますものは、紙に書いたものは何も用意してまいりませんでしたけれども、最初に行政改革基本的な考え方、日本も含め、海外もそうですけれども、外国の先行している国の方法というものを、かなり参考にしているところがございますので、そうした行政改革の考え方というものがどういうものかについて、簡単にお話をさせていただきまして、それから、現在日本で進められております行政改革地方分権の動きというのがどういう考え方にのっているものか、それについての私の考え方を述べさせていただきます。そして、最後に、この東京都を念頭に置きまして、日本地方公共団体における行政改革の課題ということについて述べさせていただきたいというふうに思っております。  まず初めに、行政改革基本的な考え方とか理念というものについて述べさせていただきたいと思いますが、日本の行政改革はもちろんそうでございますけれども、世界の多くの国で、現在、行政改革が進行しております。日本でも国のレベルで話題になり、都でもそうした方法について検討が進められているわけでございますけれども、例えばエージェンシーといわれるような制度が、かなり注目を集めております。これも外国でそうした発想が生まれてきて、それをそれぞれの国が応用しようという観点から検討が進められているものでございます。  そこで、特に外国の場合に、どういう考え方に従って行政改革が行われているのかということについて申し上げさせていただきたいと思いますけれども、ご存じのとおり、こうした行政改革の先頭を切っておりますのは、イギリスでございます。同じように、英連邦に属しておりますニュージーランドオーストラリアカナダというところも、かなり大規模な行政改革を進めております。それぞれの国によりましてもちろん事情が違いますし、改革のあり方もかなり異なっておりますけれども、基本的な改革の考え方というものについては、かなり共通したところがあろうかと思います。これは、最初にイギリスで改革が行われたときに基礎としたような考え方というものが、今日でも貫かれているというふうに考えられるのではないかと思います。  それでは、具体的にどういう考え方かと申し上げますと、初めに──その前に、少し前提として申し上げておきますと、日本の行政改革については後ほどもう少し詳しく述べさせていただきますけれども、日本の場合にはいろいろと改革すべき点があるということもございまして、いろんな改革案、いろんな問題点、いろいろな方向というものが追求されているかと思います。もちろん、外国におきましても、行政上の課題、行政システムの問題点というものはたくさんございますので、それをどう改革するかということについてはいろいろな議論がございますけれども、率直に申し上げて、日本と違って、外国、今申し上げておりますイギリスなんかですと、改革の考え方といいましょうか、筋道というものが相当はっきりしている、はっきりした考え方に従って改革が進められているというふうに申し上げていいのではないかと思います。  どういうことかということについて、もう少し具体的に申し上げますと、イギリス行政改革が始まりましたのは、一九七九年にサッチャー首相が首相の座についてからでございます。その前のイギリスといいますのは、日本でもかなり報道されておりましたけれども、福祉国家を進めていった結果、社会福祉サービスの面では相当充実したものを見ましたけれども、それに伴う歳入の増加というものがなかなか得られない、その結果、財政的に非常に苦しい状態に陥ったわけでございます。そうした社会福祉サービスといいますのは、福祉国家を実現していく上で大変重要でございますけれども、それを支えるだけの財政的な収入が得られないということは、将来的にだんだん政府の力が弱くなってしまう。その状態を何とか改善しなければいけないというのが、そもそもの出発点でございます。  したがいまして、そうした問題のあり方、あるいはその問題についての認識ということからもいえることでございますけれども、改革を行う場合には、何よりもそうした行政サービスの効率化、できるだけ少ない資源で充実したサービスを実施する、それが目指されたわけでございます。当然そのことは財政赤字を縮小して、効率的なサービス供給するということになったわけでございます。そうした明確な目標のために何をなし得るか、どういう考え方に従って、どういうことを改革したらいいかということがかなり意識されたというふうに思います。  その考え方といいますのは、これまたしばしば報道されておりますけれども、思想的に申し上げますと、新保守主義とか、あるいは経済理論でいいますとマネタリズムと呼ばれております。どういうものかといいますと、税金に基づいて政府公共部門がサービス供給するというのは非常に能率が悪い、非能率である。それに比べまして、マーケットメカニズム、要するに市場原理を使って民間市場サービス供給する方法といいますのは非常に効率的である。したがいまして、社会的にさまざまな行政サービスといいましょうか、公共的なサービスが必要とされるわけでございますけれども、そうしたサービスというものは政府部門がみずから供給するのではなくて、できるだけ民間の市場を通して供給するという方法が考えられないのか。  そういった意味でいろいろな方法が考え出されてきたわけですけれども、そうはいいましても、現代国家におきましては、なかなか民間市場だけを通して社会的なサービスというものを供給することができない。その場合にはどうするかといいますと、今度は行政部門、公共部門の運営のあり方にもその市場原理を導入することができないのか。特に、公共部門の行政の管理のあり方というものを大きく変えていく。こうした市場における競争の場でそうした管理の方法を培ってまいりましたのは民間企業ですから、そういう意味でいいますと、民間企業経営、企業経営的な方法というものを行政部門にも導入することが可能ではないか、そういう考え方をとったわけでございます。  後者の新しい経営についての考え方につきましては、ニューパブリックマネジメント、新しい公共管理というようないい方をされておりまして、その内容につきましては、必ずしも共通したものがあるとはいえないような気がいたしますけれども、名称につきましては、そうした一群の新しい考え方についてニューパブリックマネジメントといういい方が頻繁にされております。  今申し上げましたように、そうした非能率な公共部門を縮小する、そして民間部門を拡大するという考え方から出てくるスローガンとして、小さな政府ということになるわけでして、できるだけ市場メカニズムを取り入れる。市場におきましては、一般的な商品がそうですけれども、何がいい商品かということは消費者が決める。安くていい物、そして必要な物を消費者が望み、それを市場において評価をして購入する。当然、供給する側はなるべく消費者が買ってくれるように、いい物を安く市場供給しようとする。そうした仕組みというものが、社会において効率的な資源利用をもたらすという考え方になります。  したがいまして、これはまさに経済学の比喩を使っているわけですけれども、消費者の選考というものを尊重すると。消費者主権というようないい方をされますけれども、そういう考え方であるとか、あるいはもうちょっと俗ないい方をしますと、コスト感覚、コスト意識というものが非常に尊重されるということになるわけです。  具体的にどういう形でそうした改革が進められていったかといいますと、一つは、今まで何らかの社会的な必要で、いろいろな産業、民間の経済活動に規制が加えられておりましたけれども、これはやはり市場というものの本来の力をかなり弱めているという考え方から、規制をまず緩和するということがいわれました。それがまず第一に考えられるかと思いますけれども、その次といたしましては、これまでは市場メカニズムがうまく動かないところでは多くの企業を国営化していた、それをやめて民営化する。日本でも第二次臨時行政調査会などで国鉄及び電電公社が民営化されましたけれども、同じような形で、民間企業として成り立ち得るようなものは民間企業化してしまう。  さらにいいますと、三番目のステップとして考えられますのは、行政サービスをいろいろやるといいましても、すべて行政組織の内部で、自前でサービスを生産するのではなくて、安く購入できるものは外から購入する。アウトソーシングとか、民間委託なんかもそうですけれども、質が変わらなければ、外部の安いそうしたサービスないし材というものを購入してくるというやり方が考えられます。  最後のやり方としましては、先ほど申し上げましたように、政府部門からどうしても出すことができない部分で、なおかつその政府活動というものを効率化する、そのための方法として編み出されましたのがエージェンシーという考え方、組織の形態であろうかと思います。  規制緩和民営化、アウトソーシングにつきましてはいろいろとお話がされておりますが、エージェンシーにつきましては、いろいろな理解があるようにも思われます。そこで、時間の都合もございますので、そのエージェンシーについて少し説明を加えさせていただきますと、これもよくいわれているところでございますけれども、行政の仕事、政府が行っておりますさまざまなサービスといいますのも、中にはいろいろな機能が組み込まれているのではないか。そこで、行政という機能を、企画立案、新しい仕組みをつくる、新しい政策をつくるという部門と、その決められた政策というものを実際に執行し、実施するという部門、これは機能的な区別でございますけれども、それを分ける。そして、後者の政策の実施ないし執行という部門につきましては、これはある程度目的が与えられていて、それを実現するという活動と考えられるわけですから、企画立案と切り離して、これを別な組織にしてしまうというのが基本的な考え方でございます。  別な組織にするということはどういうことかといいますと、一般に企業経営は、経営者の業績の評価といいますのは、一定の期間の後における企業収益、その収益率なり何なりで、そうした指標で評価をされる。同じように、行政組織につきましても、そうした一定の明確な目的を追っかけるような部門につきましては、その目的をどの程度達成したか、そうした指標でその部門の業績というものを評価する。  そのことはどういうことかといいますと、そのプロセス、現在の行政組織でいいますと、あらかじめこれこれというかなり細かく予算をつけて、また、事務の執行の仕方につきましても、きちっとした法的な規制をかなり事細かく決めている。そうしたことが行われますのは、主として行政の場合には、最終的なアウトプットをきちっと評価することがなかなか難しいという考え方がとられてきたわけでございまして、そのために、いうなれば入り口とプロセスをコントロールをするというやり方をとっていたわけですけれども、そういうやり方をやっている限り、能率の向上、効率性というものは達成できないのではないか。  したがいまして、このやり方の場合には、今も申し上げましたように、アウトプット、出口の方をきちっとコントロールするという仕組みをつくることによって、入り口とプロセスというものは相当裁量にゆだねるということになります。だれのどういった裁量にゆだねるかといいますと、そのエージェンシーのトップ、その人に予算の使い方であるとか、あるいは人事システム等につきましても非常に広範な裁量権を与える。そのトップの人が最大限のアウトプットを産出するように、いろいろな仕組みを柔軟に臨機応変に組みかえるようにする。それによって政府活動の効率化を図るというわけです。  さらに申し上げますと、なぜこの仕組みが効率化をもたらすかという点ですけれども、一つの仕組みといいますのは、この考え方のもとが、先ほど市場メカニズムを非常に高く評価するというふうに申し上げましたけれども、要するに、人間といいますのは、自分の労働に対して、仕事に対して高い報酬が得られるということを目指して行動するという行動原理を前提に考えているわけでございます。したがいまして、そうしたエージェンシーで仕事をする場合に、一定の成果を上げる、あるいはコストを減らすということになりますと、その人自体に非常に大きな報酬が得られるような、そういう仕組みを組み込むということが基本的に考えられていると思います。  もちろん、実際にはいろいろなバリエーションがあるわけでございますけれども、一例を申し上げますと、例えば百なら百単位という予算で一定の成果を上げると。そのトップのリーダーが創意工夫をして、例えば九十単位の予算で同じ百の成果を上げるとしますと、その残りの十の部分のうちの幾つかを彼自身のボーナスということにする。そうしますと、国全体としてもといいましょうか、その自治体なり何なりの予算としましても節約がかなりできる。例えば十節約されたうちの三なら三をボーナスにしますと、七%は少なくとも節約ができるということになる。  そうした仕組みを毎年繰り返すことになってくる。ある年は百の成果を達成するために九十単位の予算でできた。そうしますと、次の年はその九十単位の予算で同じ仕事をする。そうしますと、さらに効率化を進めますと、あるいはトップリーダーなり何なりがそれなりのボーナスを得ようとしますと、さらに効率化を進めることになる。そうしたいわば効率化を進めるようなメカニズムが組み込まれた、そうした組織の考え方というものがエージェンシーである。簡単にいいますと、そうご理解していただいていいのではないかと思います。  したがいまして、これが理想的に動くとしますと、毎年毎年能率向上へのインセンティブといいましょうか、誘因が働くことになるわけでして、冒頭に申し上げましたような行政改革の目的に大変資するということになろうかと思います。  ただ、こうした仕組みが行政一般どこでもうまく使えるのかどうかといいますと、それはなかなか難しい問題があろうかと思います。一つは、ある組織、行政の場合その執行というふうに申し上げましたけれども、目的を明確な形で設定することができるのかどうか。また、目的が設定できたとしましても、結果について客観的に評価ができるのかどうか。もちろんこの評価の仕方につきましては、先ほど上山先生の方からお話があったのかもしれませんけれども、もっと創意工夫することによって、いい評価方法というものが開発されると思います。しかしながら、なかなかこれも難しい問題があることも否定できないと思います。  また、イギリスなんかでよくいわれておりますのは、そうしたエージェンシーが、いわば一つの企業経営者のように経営努力をするということはいいわけですけれども、基本的に、その目的というものが何か、何をしなければならないかということが契約という形で決められているとしますと、そうした行政の仕事について何か問題が発生したときに、だれが最終的に責任を負うのか。その政策決定をした人が最終的な責任まで負い切れるのか。責任を負い切れるということになりますと、実施過程について相当コントロールができなければならないということになるわけですけれども、コントロールをしますと、今度は効率性のメカニズムというものが必ずしもうまく動かないということにもなりかねません。  したがいまして、これは、新しいといいますか、次のステップの問題かもしれませんけれども、そうした政治的な責任の問題というものが問われております。イギリスと同様にニュージーランドも同じような改革をしておりますけれども、ニュージーランドの方が、もう少し大胆な形で改革をしているかなというふうな気がしております。  最初の理論の部分についてやや長くお話ししましたので、次に日本の話に移らせていただきたいと思います。  日本の行政改革も、第二次臨時行政調査会、八〇年に始まりましたけれども、それからしましても二十年近くたつわけでございます。そもそも日本の行政改革でもそうした試みが始まりましたきっかけといいますのは、やはり財政上の問題があろうかと思います。ただ、申し上げますと、当時の日本といいますのは、イギリスが始めたころほどには状態は悪くはなかった、現在は非常に厳しいものがありますけれども、そういうふうな気がいたしております。第二次臨時行政調査会、規制緩和であるとか民営化であるとか進められてきたのも申し上げるまでもないと思います。  しかしながら、今回の行政改革会議による改革の提案までは、行政組織とか、行政基本的なシステムについての改革というものは行われてきませんでした。もちろん、定員管理であるとか、さまざまな効率化のための試みは行われておりましたけれども、組織のあり方、あるいは、今申し上げましたエージェンシーといったような新しいシステムを組み入れるというような改革はなされてこなかったと思われます。それを初めてやろうとしたのが今回の行政改革会議、間もなく終わるようですけれども、橋本内閣行政改革であったというふうにいえるのではないかと思います。  今後この行政改革がどうなるか、まだ途上ですので、よくわかりませんけれども、一つ、今度の行政改革会議が新しく試みた大きな特徴として指摘できますのは、今も申し上げました組織、その部分を改革するということを提言したことでございます。日本の行政組織の場合には、どうしても組織の硬直性と申しましょうか、縦割り構造というものがかなり強固でございまして、これがいろいろな面で日本の行政にひずみをもたらしてきたというふうに考えられるわけでして、その部分にメスを入れようとした点は大変大きな改革であるというふうに評価できるのではないかと思います。  ただし、今回の日本の行政改革について申し上げますと、イギリスその他の国と比べて一つ指摘できますのは、それでは今回の日本の行政改革が本当に行政の効率化、日本流にいいますとスリム化を目指して行われ、そのスリム化という観点でさまざまな提言というものが一貫したものであるかどうかということですけれども、この点に関して申し上げますと、必ずしも、その辺の筋道というものははっきりしていないのでないかという気がいたします。  行政改革会議、かなり大部な報告書が出ておりますけれども、それを見ておりますと、行政改革として、改革の課題として挙げられております問題点というものが幾つかございまして、それぞれが、こういういい方をあえてさせていただきますと、いろいろな方向を向いているのではないかなという気がいたします。大きく三本の柱に整理させていただきますと、一つは、内閣機能の強化ということですし、二番目は、省庁の統廃合、組みかえの問題です。三番目が、アウトソーシングという言葉を使われておりますけれども、いわゆる行政のスリム化というものです。もちろん、これらは共通するところがないわけではないし、今の日本システムを変える上で、それぞれが意味を持った改革の方向ではないかと思われます。  例えば、内閣機能の強化といいますのは、やはり本来のあり方として、国民代表であるところの政治行政に対して、ある意味でいいますと、優位に立つ形をきちっと決める。そういう意味でいいますと、権限ないし権力の官から政へ、行政から政治へのシフトというものを目指した改革だと思われます。  また、省庁の統廃合といいますのは、その省庁間が組みかえを目指しているわけでして、これは、先ほど申し上げましたような、省庁の硬直的な縦割りのシステムを変えるということになろうかと思います。  スリム化については、申し上げるまでもありませんが、これに関してもう少し付随して申し上げますと、規制緩和行政改革委員会の方でなされておりますのは、官から民へのシフトになるわけですし、次に、これから申し上げますところの地方分権といいますのは、中央から地方へ、これは官から公へというと、ちょっといい方として不自然なところがあろうかと思いますけれども、中央から地方へということになろうかと思います。  いずれにしましても、どちらの方向へ権限ないし権力がシフトしていくかというその方向はばらばらですけれども、もとの中心は、国の行政機構であるというところは変わりないわけでして、そういう意味で、もちろん今回の行政改革が共通点がないわけではございません。  それぞれについて簡単にコメントさせていただきますと、内閣機能の強化ということにつきましては、これは国レベルだけの問題かもしれませんけれども、戦後日本政治システムのかなり基本的な、根本的なレベルでの枠組みの改革ではないかと思っております。民主的に選挙で選ばれた政治部門が、いわば行政機構に対してしっかりとした指導性を確保するということを目指したものなわけでございまして、これは、それぞれの日本の行政部門における選出部分のリーダーシップのあり方とかかわっている論点ではないかと思います。  省庁の統廃合につきましては、どうもマスメディアを見ておりますと、こちらの方に多くの焦点が集まっておりまして、何々省と何々省が一緒になってどうなる、あるいはここはどうなる、権力が集まり過ぎるのではないかとか、いろいろな議論がなされておりますけれども、これはある意味でいいますと、これまでできなかった部分に、先ほども申し上げましたように初めてメスを入れたという意味で、大変大きな改革ではないかと思いますけれども、そもそも私が思いますところでは、その省庁組織をどう組み立てるかということにつきまして、ベストの答えというものは簡単にない。これは国レベルだけではなくて、どこの組織でもそうですけれども、ベストの答えというものはなかなかないのではないかと思います。  そういう意味でいいますと、むしろいろいろな状況に応じた形で組織を組みかえるという仕組みをある程度考えていかざるを得ないわけでして、今回の場合には、硬直的な仕組みを変えるという意味での、これはある方がおっしゃった表現をかりていわせていただきますと、揺さぶり効果というものが大変意味を持つというふうにいえるのかもしれません。  最後の行政のスリム化という点ですけれども、これが、ある意味でいいますと行政改革の一番基本的な部分として位置づけられなければならないのではないかというふうに思いますけれども、残念ながらと申しましょうか、国の行政改革の報告書、あるいはその後の基本法のレベルでは、この部分が必ずしも明確な形で具体的な改革案が示されているかということになりますと、やや疑問に思います。改革報告書が出た後の動きを見ますと、むしろスリム化するためには、地方分権を進めるべきであるという議論につながってきているような気がいたします。  そこで、次に、その地方分権の方の話に移らせていただきたいと思いますけれども、ご存じのとおり、一九九五年、平成七年に地方分権推進法ができ、国に地方分権推進委員会が設置されました。そして、分権推進委員会の方はそれ以後、戦後地方自治制度、特に集権的な構造というものを改革するために、かなり具体的で詳細に及ぶ改革の勧告をなしてきたわけでございます。これもご存じのとおり、九六年の十二月に出ました第一次勧告から九七年の十月に出ました第四次勧告に至るまで、四度にわたって改革の勧告をしてきたわけでございます。  その主要な内容といいますのは、これまでの戦後地方自治制度の一つの特色をなしてきた、その集権的な構造の中心になってまいりました機関委任事務制度を廃止するということでございます。二点目としましては、同じように中央集権的な仕組みを支えてきた補助金税財源、地方財政の仕組みにもメスを入れるということであろうかと思います。  地方分権推進委員会は、そうした大きな制度の改革というものをまず目指したわけでございますけれども、どういう観点から改革をしたかということについて申し上げますと、これにつきましても、もう既に随分報道もされておりますので、ご存じのところかと思いますけれども、簡単に申し上げますと、国と地方の関係は、特に機関委任事務制度を中心にして、国の方が優位に立つと。特に、国の機関として地方が位置づけられることから、いわば組織の内部における指揮命令関係というものが、国と地方の間にも及ぶという仕組みになってきたわけでございます。そうである以上、憲法の八章で定めるところの地方自治というものが、純粋な意味で確立できないのではないかと。そこで、その前者の国が地方に対して、いわば包括的な監督権を持つような構造、それを上下主従の関係と呼ぶならば、それを対等な関係で協力し合う関係へ変えなければいけないというふうに、スローガンとして、基本的な考え方として示しているわけでございます。この場合の対等、協力といいますのは、現実の行財政能力において対等という意味では決してございませんで、むしろ法制度上、法的に対等な位置に立つというふうにお考えいただければ正しいのではないかと思います。  これは、いい方を変えますと、これまで地方自治体の活動につきましては、先ほど申し上げましたように、行政上のさまざまな統制が行われていた。より具体的に申し上げますと、通達によって地方自治体の活動が国によって規制を受けていたわけでございますけれども、その仕組みを改める。地方自治体が国によって何らかの制約を受けるとしますと、あくまでもそれは国会の定める法律か、あるいはそれに基づいて制定された政令に限られるべきであって、それ以下の省令、通達等によって地方自治体拘束するというのは、原則として認められるべきではないという考え方でございます。  したがいまして、これまで通達等によって示されておりました行政の活動に関する細々なルール基準等につきましては、地方自治体がみずから条例によって定める、こうした自己決定権を拡充するということが、そのポイントなってくるわけでございます。  分権推進委員会は、こうした基本的なアプローチ、考え方をもとにしまして、具体的に機関委任事務制度の廃止等を行ってまいりましたけれども、そこでもう一つ申し上げておかなければならないことは、通常、国から地方への権限の移譲という場合には、事務権限、そして組織、さらにいいますと、人というものも地方へ移す、それが一般的に権限の移譲といわれている場合に意味されていることが多いわけでございますけれども、日本の場合には、これまで機関委任事務制度存在してきたということもございまして、地方自治体が現実に行っている事務というものは相当量に及びます。世界の先進国の中でも、トップクラスの仕事を既に地方自治体はやっているわけでございます。ただ、仕事を行っているわけですけれども、その仕事の仕方について、先ほどもいいましたように、国の非常に細かい、厳しい監督を受けているという仕組みになっていたわけでございます。  したがいまして、分権推進委員会が目指しましたのは、そうした事務権限の移譲、組織の移譲というものではなしに、むしろ国のそうした監督を廃止する、地方が現在やっておる仕事は地方みずからの判断でできるようにする、そういう形での分権の改革だったわけでございます。それに伴いまして、当然のことながら、先ほど申し上げましたように、法的に国と地方が対等な関係になりますから、そこでは法律の解釈を、ある意味で自治体自由にできるようになる。そこで、国と地方の間で法律の解釈をめぐって対立が生じる可能性が出てくると。これまでですと、国の解釈といいますのが自動的に優先するという考え方がとられてきたわけですけれども、機関委任事務制度が廃止された後は、両者の関係というものが対等ですから、そういう形での優先性というのは認められない。そこで、最終的には裁判所に行くことになりますけれども、その前段階として、第三者的な国と地方との間の係争処理の仕組みというものを置かなければならないと。  分権推進委委員会が行ってきた仕事といいますか、勧告の内容は非常に種々雑多にわたるわけですけれども、一番基本的な部分といいますのは、今申し上げましたような法的な仕組み、枠組みの廃止、そして、それにかわる新しい仕組みの提示であろうかというふうに思います。  ところで、そうした分権が行われますと、それぞれの地方自治体は、先ほども申し上げましたように、みずからの活動の細則については決定することができる、決定しなければならない。この自己決定権は、法令によってのみ拘束されるということになるわけですけれども、みずから地方自治体が自分たちの行動の規範を定めるということになりますと、これはその条例の制定、あるいはその組織の編成もそうですけれども、それなりに必要とされる高い行財政能力というものの裏打ちがなければ、これは実現しないわけでございます。そこから地方政体制の問題が出てくるわけでございまして、第四次勧告以降の地方自治をめぐる主たる論点といいますのは、むしろそちらの地方政体制のあり方、自己決定と自己責任というものを、どのようにしてきちっと実現していくかというところに移ってきているのではないかなと思っております。  なお、先ほど簡単に触れて、それ以上申し上げませんでしたけれども、財政的な国の集権的構造というものの改革というものも重要な課題です。これは一番多く関心を持たれているところではないかと思いますけれども、今回の地方分権の改革に関して申し上げますと、この部分に関しては、国の財政的な事情の問題もありまして、ここからは私の個人的な見解になりますけれども、必ずしも十分なものとはいえないような気がいたします。かなり国の拘束といいましょうか、基本的な枠組みが残っておりますし、国の強い統制というものが残っているというふうにいわざるを得ないわけですし、特に税財源の問題に関しては、大きな進歩というものは見られなかったような気がいたします。  地方自治というものを考える場合に、財政的な自主権の問題というものは大変重要でございまして、申し上げるまでもないと思いますけれども、それぞれの自治体の住民が負担とサービスというものをどのように結びつけて認識するか、それをつなぐのはそれぞれ、当然のことながら自治体に対する負担と、そしてそれから得られるサービスとを比べることによって初めてそうした認識が持たれるわけですから、その意味では大変重要な論点ですけれども、それについては今後の課題であると。かなりの勧告はしておりますけれども、課題として残された部分が多いといわざるを得ないのではないかと思っております。  いずれにしましても、勧告が出た後は、それぞれの自治体が、先ほど申し上げましたように、地方政体制ということで、どのようにして地方自治体行政の仕組みを形成していくかというところに関心が移ってきたように思います。国の方で行政改革の動きがかなり積極的になったこともありまして、行政体制について勧告いたしました第二次勧告の検討の時期になりますと、当初予定していた以上にかなり細かいことといいましょうか、かなりの項目について勧告することになりました。ご存じのとおり、都道府県市町村の関係はいかにあるべきかという論点であるとか、あるいは地方行革のあり方として、定員管理をどうすべきか、さらに受け皿論というふうに呼ばれておりますけれども、地方自治体同士のいわば合併、規模の拡大の問題というようなものが、その以後の問題として出てきております。これ自体は、そもそもはそれぞれ自治体がご自身で考えるべき課題ではないかと思っておりますけれども、やはり何らかの形でそれを促進したり、あるいは、それを可能にするような国の制度の改革がなされなければならないという観点から見ますと、その勧告の持つ意味というものも十分にあろうかというふうに思っております。  ところで、こうした地方分権推進委員会の四次までの勧告で、一応当初予定していた勧告内容というものが勧告し終わったわけでございますけれども、ご存じのように、それ以後第五次勧告への動きというものが出てまいりました。この理由といいますのは、先ほども申し上げましたように、国の方の行政改革におけるスリム化についての必ずしも具体的な提言というものが、国の方で出されなかったということでございます。省庁を大ぐくりにし、数を減らすにせよ、あるいは行政をスリム化するにせよ、国が現在のままの事務量を持っていたのでは、なかなかそのスリム化というものが進まないという問題が浮上してきたわけでございます。  そこで、そうした国をスリム化するために、国の仕事を地方へ移譲すると。今度は実質的な意味での移譲というものが課題になってきたわけでございまして、地方分権推進委員会の方は、先ほども申し上げましたように、事務権限につきましては、既存のものをそういじらず、むしろ国の関与を廃止するという形で勧告したわけでございますので、そこで、その両者の間のそごといいましょうか、それをすり合わせるために、もう一度地方へ実質的な意味での権限の移譲、事務権限の移譲というものを行うべきではないかということがいわれるようになりまして、それで第五次勧告でその部分に取り組むことになったわけでございます。  現在、これについては進行中の話ですので、どういうことになるかわかりませんけれども、これまで国が行っておりましたさまざまな事業のうち、地方に移管しても差し支えないものについては地方へ移していただく。このことは、先ほども申し上げましたように、単なる権限の移譲だけではなくて、財源の移譲を伴うものですから、これまで十分に進まなかった財政面における改革というものにも踏み込まざるを得ない。ただ、このことは逆にいいますと、非常に改革そのものは困難になるわけでして、それがどうなるかといいますのは、今後の推移を見守っていただくしかないと思いますし、政治情勢がかなり混迷しているようでもございますので、どうなるかということは、これからの課題ではないかというふうに思っております。  やや長く一般論をお話ししてまいりましたけれども、それでは次に、東京都を初めとしまして、地方自治体行政改革はどうかということでございます。  申し上げるまでもなく、今までお話ししてまいりましたのは、日本の現在の地方公共団体地方自治体東京都を含めてですけれども、その行政改革が行われております背景といいましょうか、前提になる状況でございます。現在の地方行革といいますのは、もちろん地方が主導されて、地方のイニシアチブで始められたところもございますけれども、多くが、こうした国の行政改革、あるいは地方分権と関連した形で改革に取り組まれているというふうに申し上げていいのではないかと思います。これまでも、行政改革大綱がそれぞれの自治体でつくられまして、事務組織定員等の見直しがかなり積極的に行われてきたところは申し上げるまでもないと思います。  ただ、これまでのといいますか、第一次の行政改革に関して申し上げますと、既存の枠組みというものはそれほどいじることなく、いかにしてむだを省き、より住民のニーズにこたえていくのかと。つつましやかなという形容詞がふさわしいのかどうかわかりませんけれども、今行われております改革から見ますと、そういう印象をぬぐえないような改革ではないかと思います。それなりに大きな意味を持っていることはいうまでもございませんけれども、それ以後出てきた動きといいますのは、もっと本格的な意味での改革を要求しているということは否定できないかと思います。  今日、分権推進委員会の勧告が出された以降つくられるようになりました行政改革大綱、あるいは行政改革に関して申し上げますと、やはり何といいましても、地方財政の問題が大変深刻になったという状況を前提にしまして、国がそれに対してかなりの大規模な改を行っている、それに呼応して、地方もそうした改革の必要が叫ばれるようになったわけでございます。  この行政改革の議論をする場合に若干気をつけなければいけない論点といいますのは、最初に申し上げました理論といいましょうか、イギリス的な理論の考え方に従いますと、いわゆる公共部門と民間部門、公共部門を縮小するということ、小さな政府ということが大きな行政改革のポイントになっているわけでございますけれども、地方分権といいますのは、そういう意味でいいますと、そうした方向とは、ややクロスする、交差する方向での改革であるということです。どういうことかと申し上げますと、いわば公共部門の内部において仕事の分担のあり方を変えるということになるわけでして、公共部門全体としての仕事量が変わるかどうかというのは、それとはちょっと別の問題であるということでございます。  したがいまして、地方分権によってスリム化するといいますのは、あくまでも国のレベルがスリム化するわけでございまして、地方がそのまま自動的にスリム化するわけではない、むしろ仕事が場合によってはふえることにもなりかねない。それが、地方においてより一層行政改革を進めなければいけないという声にも結びついてくるということでございます。この辺は、ある意味でいいますと、整理をして考えていかないと、本来国がやるべきことなのか、地方がやるべきことなのかと。分権の観点からいいますと、地方がやるべき仕事ということでありますと、当然地方の仕事量がふえることもあり得るわけですけれども、それはどのように考えるのか。ふえること自体がいかぬというのも、余りにも短絡的な考え方ではないかという気がいたしております。  そこで、地方自治体における行政改革の話にもう少し入っていきたいと思いますけれども、私も若干の地方自治体でお手伝いをさせていただいておりますが、その行政改革のあり方を見て感じますのは、何を目指して行政改革をしようとしているのかというのは、国レベルもそうなんですけれども、必ずしも鮮明ではないところが多いような気がいたします。それが、何よりも財政的な問題を解決するため、解決に近づけるために行政部門のサービスのあり方の効率化を図るとするならば、できるだけ少ないコストで、いかにして今までの活動を維持していくのかということになるでしょうし、それでもなかなか解決できないということになりますと、これまでは行政の仕事として、行政サービスとしてやっていた仕事そのものを見直し、不必要なものについては廃止をする、あるいは民間部門で担えるような部分については廃止をする、そうした見直しがかなり積極的に行われる必要があるのではないかと思います。そのためには、何を目指して行うのか、具体的な改革の提案というものが、そうした究極の目的とどのように論理的に結びついてくるのか、そういった点につきまして、しっかりとした体系的な考え方、そうした全体の体系の中にどのようにして位置づけていくのか、そこについてきちっと見ていくことが必要なのではないかというふうに思います。  ちなみに、東京都行政改革に関していいますと、幾つかの問題点が大きな論点として指摘されているかと思います。一つは組織編成のあり方、もう一つは行政システムのあり方、改革の問題、そしてあえて申し上げますと、もう一つは行政サービス供給主体を多様化するという議論でございます。それぞれ名前のつけ方は違っているわけですけれども、ほかの行政改革における論点と共通したところは、かなりあろうかと思います。  まず、組織編成の問題ですけれども、これはトップマネジメントの強化といいましょうか、その論点とかなり重なってくるところがあるわけでございます。これまでの行政組織といいますのは、どちらかといいますと縦割り構造であって、いわば、かなりしっかりとした組織の形態ができ上がっていて、それを前提にして政策をつくる、あるいは施策を考える、施策を実施していくということが考えられてきたわけでございますけれども、基本的に行政組織というものをどのように認識していくのか。一つの政策というものがまず前提にあるとしますと、組織そのものは政策を実現するための手段としても考えられるわけでして、いわばその政策目的を達成するために最も適した形での組織の形態というものを探っていくと。  そういう意味でいいますと、政策の変化が起こるということはしばしば見られるわけですから、それに伴って組織の組みかえ、見直しを行うということも行われてしかるべきではないかということになろうかと思います。それによって最も効率的な、あるいは合理的な組織というものが模索をされて、そして改革がされていくべきであるということになるわけですけれども、そうした組織をだれがどうやって改革をしていくのか。また、よくいわれますのは、そうした組織がある程度でき上がっておりますと、それが、先ほど申し上げましたように、非常に硬直的になってくる。それを統合するためには、国の行政改革会議の用語でいいますと、総合調整ということになるわけですけれども、それをどのような形で実施していくのか。その論点に入りますと、やはりトップのリーダーシップの問題というものが大変重要になろうかと思います。  ただ、ここでトップのリーダーシップといいましても、個人的なトップの方がどの程度政治的なリーダーシップを発揮されるかという問題ではなしに、むしろここで申し上げたいのは、内閣機能の強化と共通するところはございますけれども、制度として、そのトップのリーダーシップが発揮できるような形になっているのか、なっていないのか、どうやってそれをすることができるのかという論点でございます。この話になりますと、まさに国の行政改革会議の内閣機能の強化のところで触れられている点でございますけれども、やはりそうしたトップのリーダーと一体化した補佐体制というものをどうやって組み立てていくのか。そこのところのあり方といいますのは、かなり議論されてしかるべきではないかと私自身は考えております。  日本の場合は、どちらかといいますと、それぞれの組織の部門というものが相当独立性が高く、平等で横並びに共存しているという形が多かったわけでございますけれども、これはそれなりにそれぞれの分野に目配りがいって、なおかつそれぞれの部門間の競争というものが健全な形で行われますと、行政の展開というものが非常にスムーズに、かつ漏れなくできるのではないかと思いますが、一たびそれぞれの部門が、保守的な殻に閉じこもってしまいますと、その硬直性を打破するということは大変難しくなってくる。それを打破するためには、かなり強力なリーダーシップと、それを補佐する部門が、そうしたそれぞれの部局に対する管理というものをきちっと行うという仕組みをつくっていくことが重要になると思います。  普通、これは行政学教科書に書かれていることですけれども、そうしたトップあるいは補佐部門が管理するポイントとしましては、それぞれの横並びの部局の持っております基本的な資源というものについての管理をどうするかというのが論点になるわけでございまして、それとしましては、一つはそれぞれの組織権限に関する法制、もう一つは予算、そして人事情報、そうした要因をどのような形でコントロールする仕組みにするかというのが、考える上では非常に重要なポイントになろうかと思います。  二番目に、都の行革の方でも挙がっております行政システムの改革ということでございますけれども、これは、初めのころ申し上げましたエージェンシーの考え方というものとかなり共通するところが、目指されている方向としてあるのではないかと考えております。要するにこれまでの行政のあり方といいますのは、初めに予算あり、そして事務執行についてはそのプロセスを相当細かく法的に規制をする。そうすることによって確実な結果が得られるように、行政の仕事ですから、公正かつ平等に、しかも能率的にその成果が出されなければいけないわけですけれども、それを出すような仕組みというものが担保される、そういう考え方に従って制度がつくられていたのではないかと思います。  ただ、この方法ですと、先ほど申し上げましたように、いわば限られた資源をできるだけ有効に使う、そこで効率性を上げる、効率を達成するというような仕組みが中に組み込まれておりません。したがいまして、財政的な問題が発生した場合には、それを改善していくためのメカニズムというのはなかなかそこには入ってこないわけでございます。そこで、それを変えるためにはどうするかといいますと、先ほど申し上げましたように、アウトプットでもって評価をする。そして、途中のプロセスについては、創意工夫を発揮できるような裁量の余地を広げるという仕組みをできるだけ取り入れていくということが必要になると考えられるわけです。  そして、なおかつその裁量の範囲内で効率の向上をもたらすためには、それぞれそうした創意工夫をした人の努力というものが、何らかの報酬に反映されるような仕組みというものが考えられるのかどうか、その辺がポイントになってくるのではないかと思います。  いずれにしましても、民間企業でいいますと事業部制であるとか、幾つか、下部の機関に大幅な裁量権をゆだねるという制度のあり方が議論されておりますけれども、それと同じような形で、それぞれの下部の単位のトップに、かなりの責任裁量をゆだねるというあり方が検討に値するのではないかと思います。  ただ、これもエージェンシーについてお話ししたところで申し上げたことですけれども、民間企業の場合と違いまして、そうしたそれぞれの部門の業績をどのようにして評価するのかということに関しては、相当これからも考えておかなければならない問題点があろうかなと思っております。  もう一つは、これは地方行革の例でいいますと、例えば三重県でそれに類似した、あるいはそれに一歩近づいたような仕組みというものが提言され、試みられているというような話がかなり聞こえてまいりますし、また、それぞれほかの自治体におきましても、そうした新しい改革の工夫がなされております。もちろん東京都もそうです。  そうした工夫がなされておりますけれども、日本地方自治体において、そういう制度というものを実際にどの程度実現することができるのかということになりますと、ここで注意をしなければいけませんのは、やはり地方財政制度、あるいは地方公務員制度といいますのが国の法律で決められておりまして、この制度の原則を貫くとしますと、なかなか今申し上げましたような形での改革は難しいのではないかなという気がいたします。そうはいいましても、いろいろと工夫の余地はあろうかと思いますし、それがこれからの論点になるのではないかと思っております。  さらに、当然のことですけれども、そうした評価を含め、今いった仕組みが動くようにしていくためには、目的を明確に示すとともに、評価を的確にすべきためにも、プロセスについての情報公開というものは不可欠の前提になろうかと思います。  いずれにしましても、透明な状況でバランスシートをきちっと公開し、それによって評価をするという仕組みをどうやって導入していくかということになろうかと思います。  また、それとちょっと付随することになろうかと思いますけれども、東京都もそうですが、地方自治体組織において、エージェンシー的な制度というものを考える、それを導入していく可能性についても議論がされているように思いますけれども、その点についてどうかということを一言申し上げておきますと、これも現在の日本の財政制度あるいは公務員制度のもとでは、この仕組みのメリットを本当に生かすということがどれくらいできるのかということについては、私自身はかなりクリアしなければならない問題があるのではないかと考えております。  それよりも、この種の議論といいますのがあちこちでされておりますけれども、そうした議論を聞いておりまして一番気になりますのは、一体何のためにこの制度を入れようとしているのか、そしていろいろ提案された制度といいますのが、その行政の効率化なり何なりになぜ貢献するのかということがいま一つはっきりしないということです。エージェンシー的な制度を可能な限り導入すれば、自動的に行政の効率化が進み、改善がなされるかというと、それほど物事は簡単ではないというような気がいたしております。  さて、次の論点としましては、行政主体の多様性の話、多様な行政主体との協働の話に触れさせていただきたいと思います。  冒頭に述べましたようなイギリスにおける行政改革の考え方の場合に、一つ前提になっておりますのは、これまで社会がだんだん複雑になってくる、そして福祉国家が進んでくるということになりますと、社会が必要とするさまざまな公共的なサービス──あえて公共的と申し上げておきますけれども、そうした公共サービスに対するニーズ、需要というものはかなりふえている。そして、それ自体にこたえないということは社会的に必ずしも望ましいことではないわけです。
     問題は、これまでそうして発生してまいりました公共的なサービス公共的なニーズに対して、それにこたえるのは政府公共部門だけであるという考え方を改めるというところがポイントになろうかと思います。これも改めて申し上げるまでもないことかと思いますけれども、社会的に必要とされるサービスを、例えば民間企業による通常のビジネスとして、そして、もちろんこれまでどおり公共部門の活動として効率化を図るにせよ、さらにいいますと、今注目されておりますようなNPOとかNGOとか、そうした民間の非営利的な活動によってそうしたサービス供給する。民間企業であれ、NPOであれ、そうしたものを同じような公共的なサービス供給主体として考える可能性というものはあるのではないか、ますますこれは広がってくるのではないかと考えております。  そうなりますと、重要なことといいますのは、そうしたそれぞれの役割分担をどう考えるのかということもありますし、そもそも民間企業が、何もしないでもビジネスになる分野ですと、もうビジネスは始めているはずですから、それがビジネスを行っていないというのは、何らかの制約ないし障害があるからと考えられるわけでございまして、したがいまして、民間企業に、より効率的で、消費者といいましょうか、住民の方のニーズに応じたようなサービス供給をさせるためには、そうした障害を取り除くための制度というものを行政の側は考えていかなければいけない。  これは、社会的な仕組みはある意味でいいますと大変複雑なものになってくるのかもしれませんけれども、これからますます日本の場合でいいますと高齢化が進みますし、こうした社会的なニーズというものはふえてくるであろう。それに対して行政部門の活動だけでこたえていくということは到底無理なわけですから、どういう形で供給するのが最も合理的であるのか、それについては多様なバリエーションがあり得るわけでして、それを考えていき、制度設計していくというのがこれからの、特に地方自治体における政策課題になってくるのではないかというふうに考えております。  その場合に、当然のことながら、イギリス流の考え方を参考にしますと、そこで健全な競争が行われるように、また、そうしたサービス供給することにインセンティブを組み込むような、そうした仕組みというものを考えていく必要があるわけでございまして、そういった意味でいいますと、これからの行政の仕事といいますのは、いわば直接何らかのサービスをするということはもちろん残りますけれども、むしろそれに加えて、あるいはそれ以上に、そうした社会の仕組みを設計し、管理していくというところに重点が移ってくるのではないかと考えております。  そこまで申し上げますと、かなり進んだ話になりますけれども、そうした方向なり、あるいはそうした考え方に基づいていろいろなサービス主体との関係というものを、個別具体的に検討していく必要があるのではないかと思います。  若干余計なことかもしれませんけれども、これまでの日本ボランティアとかNPOについてのとらえ方といいますのは、どちらかと申しますと、行政補助といいましょうか、俗ないい方をしますと下請的な位置づけが強かったわけでございますけれども、今議論されておりますのは、むしろそうではなしに、対等なパートナーとして、NPOなり民間の非営利活動というものを位置づけていくべきではないかということになろうかと思います。  ただ、現在のところ、NPOといいましても非常にまだ不安定なものがありますから、それを対等なパートナーとしてどのように育成していくかというのが、これまた課題ではないかと考えております。  もう時間も参りましたので、最後の締めくくりにいきたいと思いますけれども、そういうさまざまな行政改革の論点というのが出ておりまして、きょうはかなり一般的な形でお話しをさせていただきましたが、その場合にもやはり一つポイントになりますのは、財政的な仕組みが現状のままでは、なかなか改革が進みにくい、これは地方自治体の範囲内だけで解決できる話ではありませんけれども、その部分というものは認識しておく必要があろうかと思います。  といいますのは、最終的にそれぞれの自治体がどういう政策を実施するか、そしてそれがどのように水準に達するかということにつきましては、最終的にはそこに住んでいらっしゃる住民の方が評価をするということになるわけでして、その評価をするためには、これまた民間企業との比喩を使わせていただきますと、自分たちの出したもの、出資に対して、見返りとしてのサービスというものが結びついているかどうか。当然のことながら、充実したサービスのためには一定の負担は必要になる。逆に負担が重い場合には、負担を軽くしようとするならば、サービスというものはある程度低下せざるを得ない。そこのところがどれくらい具体的に見えてくるのか。その中でできるだけ少ない負担で多くのサービス、そこからいわば行政改革、効率の向上というところに結びついてくるのではないかと思います。  日本の場合、現在の制度のもとでは、それぞれの住民の方の負担とサービスというものが直接結びついていないという地方財政的な仕組みは改革をしていかなければならないわけでして、これは地方分権の問題に密接にかかわっておりますけれども、そちらの方の働きかけというものも必要なのではないかという気がいたしております。  いずれにいたしましても、行政改革の場合、これも本当に最後の締めくくりになりますけれども、やはり何を目指しているのか、そして、それぞれの提案というのがそれとどのように結びついていくのかということをしっかり認識をしておくということの重要性は、繰り返し強調しておきたいと考えております。  それでは、非常に漠然とした話でございましたけれども、私の話はこれで終わらせていただきます。(拍手) 14 ◯内田委員長 ありがとうございました。  これをもちまして森田参考人に対する意見聴取は終わらせていただきます。  森田参考人には、大変お忙しい中をありがとうございました。貴重なご意見をお伺いすることができまして、本当にありがとうございます。心から御礼を申し上げます。  以上をもちまして参考人に対する意見聴取を終了いたします。  これをもちまして本日の委員会閉会いたします。    午後三時八分散会 Copyright © Tokyo Metropolitan Government, All rights reserved. ↑ ページの先頭へ...