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  1. 茨城県議会 2010-08-05
    平成22年土木常任委員会  本文 開催日: 2010-08-05


    取得元: 茨城県議会公式サイト
    最終取得日: 2023-06-12
    ↓ 最初のヒットへ(全 0 ヒット) 1                   午後1時開議 ◯森田委員長 ただいまから,土木委員会を開会いたします。      ─────────────────────────────── 2 ◯森田委員長 初めに,本日の委員会記録署名委員を指名いたします。  菊池委員と鈴木(せ)委員にお願いいたします。      ─────────────────────────────── 3 ◯森田委員長 次に,本日の日程について申し上げます。  本日の委員会は,「交流拡大と地域振興」について,まず初めに,2名の参考人から意見聴取を行い,その後,執行部からの説明聴取を予定しておりますので,よろしくお願いいたします。      ─────────────────────────────── 4 ◯森田委員長 それでは,これより議事に入り,参考人お二方からの意見聴取を行います。  意見聴取の進め方でございますが,初めに参考人から御意見をいただき,その後,参考人との意見交換を行いたいと思いますので,よろしくお願いいたします。  それでは,お一人目の参考人を御紹介いたします。  ノースアジア大学教授の野口秀行様でございます。  野口参考人のプロフィールにつきましては,お手元にお配りしておりますが,現在,秋田市にありますノースアジア大学の教授として経済学を教えるほか,東京大学及び東京工業大学でも非常勤議師をなさっており,専門の経済関係はもとより,都市開発やまちづくり関係でも多数の著書がございます。  また,平成19年度に国土交通大臣賞となる土地活用モデル大賞を受賞して,近年注目を集めている高松丸亀町商店街の再開発事業においても,その仕組みづくりの中心的役割を担うなど,実際のまちづくりで数々の成功をおさめられており,地域再生の専門家としても御活躍のとおりでございます。  野口参考人には,大変お忙しい中,本委員会に御出席いただきまして,まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして,厚く御礼を申し上げます。  野口参考人からは,「こうすれば地方都市の再生は十分可能!!」をテーマに,御意見をお伺いいたします。  なお,説明にはスクリーン画像が使用されますので,見えにくい場合は,適宜,席を移動していただいてごらんください。  それでは,野口参考人,よろしくお願いいたします。 5 ◯野口参考人 今,御紹介いただきました野口でございます。よろしくお願いいたします。
     きょうは手元に紙の資料,A4タイプのものがお配りしてございますので,それをごらんいただきながら,話を進めていきたいというふうに思います。  今,御紹介いただきましたように,実は,私は高松丸亀町商店街の再開発ということで,中心市街地の再開発の中では極めて乏しい成功事例というふうに言われております。ことしも今の政権から,総合特区──日本の経済を活性化させる21のプロジェクトという中で,地域の活性化をするために総合特区という制度を取り入れたいということで,その事例として,やはり同じように高松の丸亀町商店街の再開発を事例に挙げたいんだというふうに依頼を受けておりまして,近々,内閣府にまた説明に伺うということになっております。  これから,こちらをごらんいただきたいんですが,高松の丸亀町の開発というのはどんなものか,写真をちょっとごらんいただきたいと思うんですけれども,まあ,こういうタイプですね。  高松市というのは,人口で大体40~50万人というところでしょうか,四国の中では中心都市の一つ。松山市と高松市というのが中心都市ということなんですが,こういう開発をやりました。もう完成して3年ほどたちますけれども,これはグッチですね。たくさんのブランドショップが入ってまいりました。これはマックスマーラが入っていまして,それから,これはパパスというのが入ってまいりました。それから,ヨーガンレールと。おやじたちにはよくわからないブランドなんですけれども,実は若い人たちに大変人気のあるブランドです。それからGAPですね。これは紀伊國屋書店です。紀伊國屋書店は書店なんですけれども,大変凝ったデザインになっています。このデザイナーは,シンガポールから連れてきまして,中国系のデザイナーです。この後がミクニという,東京にありますレストランが,高松までやってきたということです。  ちょっと画面のほうに参ります。どんなものを手がけたのかと……。  讃岐というのは,高松市というのは,大変「けちな町」と言われていまして,「3食うどんしか食べない」と言われていた町なんですけれども,そこに,さっき申し上げたようにミクニが出てきて,これは多分1年間ほとんど予約が入れないというぐらいに,町全体に新しい文化を持ち込んできたと言っても過言ではないかと思います。  今,日本じゅうで中心市街地が疲弊をし始めたと,高齢化をし始めて,中心商店街はシャッター街に変わりつつあるということであります。高松もどういう状況にあったかといいますと,高松という町は,もともと四国には橋が架かっておりませんでした。橋が架かっておりませんでしたので,ジャスコだとかイトーヨーカ堂,ダイエーといった大型店は,四国にはほとんど出店をしなかったわけです。これは当然,物流上,欠航した場合には欠品が生じますので,とてもじゃないけども大型店は出店ができないという状況にあったわけです。したがって,松山であれ高知であれ,高松の商店街というのは,ほかの町が郊外の大型店にさんざん苦労しているとき,全く無風地帯であったわけです。  ところが,瀬戸内に3本橋が架かるということになりまして,80年代から順次橋が架かってきたわけですが,橋が架かると同時に今まで無風地帯,白地地域だった四国に大挙して大型店が,それも急速に出店するという状況になったわけです。したがって,全く免疫力がなかった高松の商店街は,何と言いますか,あっという間にシャッター街に変わるというふうな状況にあったわけです。  この開発ですが,法定再開発,市街地再開発事業ということで行いましたけれども,実はこの開発に16年を要しています。16年かかって合意を形成していったわけです。  ごらんいただきたいと思いますけれども,これが高松の状況なんですが,高松の形態ですね。A街区と書いてあるところに三越があります。いわゆる,よくありますけれども2核1モールという方式です。両方の片方に,こちら側に三越があって,地図からちょっと外れていますけれども,もう一つのほうに,天満屋というやはり大型の百貨店があると。その間をずっとモールでつないでいるということなんですが,大体600メートルぐらいの距離にあるアーケード街だというふうに考えてください。  これが,どんどん郊外にジャスコができ,そして,ちょうど郊外と中心市街地の真ん中ぐらいのところ,非常にデリケートなところに──広島資本なんですけれども,ゆめタウンというのが出てまいりまして,御多分に漏れず,この商店街も疲弊をしていくという状況にあったわけです。  これを何とか開発をしたいと,16年かかってどうするかということを,商店街の人たちがけんけんがくがく検討してきたと。それでも,16年かかったんです。それで,最後の2,3年で,あっという間に合意が形成されていきます。  今,中心市街地の再開発をやっていくといったときに,問題がどういうところにあるのかということで,意外と本音でだれも語らないところがあるんですけれども,一番大きな根っこは何かというと,実は過重債務にあるということなんです。多分,大半の方がバブル経済を経験されている。バブル経済の時代に,多額の借金を抱えてしまったということであります。  それから,もう一つ,やむを得ない理由があるんですが,阪神大震災の後,震災に対する耐震補強というのを,皆さんやらされたと言ったほうがいいですね。結果として,多額の借金が残ったままの状態ということであります。日本全国の中心市街地を何とかしたいという熱意はたくさんあるんですが,しかしながら,現実には多額の借金を抱えて身動きが取れないという状況にあるということが第1点です。  2点目は,テナントがほとんどいなくなってしまったということです。昔は駅前の再開発をやるときに,駅前にイトーヨーカ堂だとかダイエーだとか,あるいはジャスコといったGMSという業態のものを持ってくることができました。今,町中にGMSという業態のショッピングセンターはほとんど機能しなくなかった。完全に過去のものになってしまったということです。新たにテナントということになりますが,もはやこの国で,新たなテナントを探してくることは至難のわざということになります。  高松の場合,どういう状況になっていたかといいますと,高松の商店街の人たちは,中心市街地シャッター街になっていく最大の理由は,郊外に大型店が出てきたせいだと,あるいは,行政が何もしてくれなかったからだというふうに,従来どこの商店街も同じなんですけれども,人のせいだと思っていたわけです。「おれたちに責任はない」と「みんな行政が悪いんだ」と。あるいは「ジャスコが悪いんだ」というふうに皆さんおっしゃっておられた。「駐車場がないから,モータリゼーションに追いついていけなかったんだ」というふうにずっと人のせいにしてきたわけですけど,高松の丸亀町の商店街の人たちは,ある日突然「いや,いや,そうじゃないんだ」と「だめになったのは自分たちがだめだったんだ」と。要するに,世の中が変化していく中で,自分たちの商売のやり方も,業態も何も変えてこなかったということに,自分たちに責任があると。もっと言えば,リスクを取ろうとしなかったことに原因があるんだと言うんですね。  これ,意外なことですけれども,今,大都市の商店街に行って調べられるとわかりますが,大体7割ぐらいがリベート商売に変わっています。問屋がやってきて,問屋が勝手に品物を並べていくだけ。自分で仕入れリスクなんて,もう負わなくなってきているんです。みんなサラリーマン化してしまった。客層も客のニーズも全くつかめないという状態が,ずっと続いていたというふうにお考えください。これで活性化できるはずがないということだったわけですね。  その中で,この高松の丸亀商店街を何とかしたいということで,東京のコンサルタント会社なんですけれども,そこに依頼がありました。西郷さんという女性なんですが,シープネットワークというコンサルタント会社がこの中に入りまして,一からやり直していくということになりました。  A街区から最後のG街区までなんですけれども,今さっきごらんいただいたのはA街区の再開発です。一番でかいのはG街区というところになります。AからGまで,A街区は16年かかったんですが,今度はAからGまでを5年間で仕上げていこうということです。A街区だけでは,さっき言いましたように2核1モールでやろうとしていますから,A街区だけを再開発したとしても,BからGまでというのは,これは生き返らせることはできません。この商店街全体を一気に開発してしまおうということになります。小規模連鎖型というふうに呼んでおりまして,A街区が終わって,それからB街区,C街区が今完成をみたところです。あとD,E,F,Gというふうに,順次開発をしていくというふうになっています。  A街区で成功しましたので,B街区,C街区,それからD街区,G街区というほかの商店街の権利者の人たちは,自分たちもできると,やってみたいというふうに思われ始めましたし,A街区をやったときに,実は我々はたくさんのテナントのリストを持っています。ぜひ出たいというテナントが,意外なことにたくさんいるということに気づいたわけです。そういう人たちが,ぜひ開発をするのであれば出ていきたいということで,今,それら待っておられるリストのテナントに声をおかけして,順次,小規模連鎖型の開発を進めているというところであります。  じゃ,なぜ,これが可能だったのかということを,ちょっとお話してみたいと思います。  皆さんのお手元の資料3ページをちょっとごらんいただきたいんですが,皆さんはもうリーマン・ショックというのは当然おわかりだろうと思います。この開発をやっていく──まだリーマン・ショックの前だったんですけれども,まず基本的にこういうふうに考えていただきたいんですが,従来こういう開発をしていくとき,不動産の開発というのは極めてリスクの高い開発だとお考えいただきたい。不動産投資をやるわけです。不動産投資というのは成功すれば大きいのですが,不動産投資で成功した事例というのは余りないんですね。失敗する確率のほうが非常に高いという代物です。非常に多額の資金を要します。  この丸亀のA街区の再開発も,同じようなことだったわけですけれども,まずバブル経済が崩壊した後,日本は金融のシステム改革とビッグバンというのをやっていました。ビッグバンをやった結果として,大手の銀行の再編は終わりました。2004年ぐらいに,3つの金融グループに集約をさせたわけです。あれだけたくさんあった銀行だとか信託だとか生保が,どんどんなくなっていって,今,みずほのグループと三井住友のグループと,それから三菱東京UFJのグループと,大きく分けてこの3つの金融グループに再編をしていったわけです。これが第1次のビッグバンです。  第2次のビッグバンというのは何かというと,これは地方金融をビックバンやるんです。大手の金融機関は何とかなったんですが,地方の銀行,地銀だとか第二地銀だとか,農協だとか信金といった地方企業になっているところのビッグバンをこれからやっていこうとしている最中に,実はリーマン・ショックが起こったというふうに考えていただきたいんです。  何を言わんとしているかというと,地方都市で開発をやるときに──東京だったら別に何の問題もないです。汐留でやる,あるいは六本木でやるといった再開発の場合だったらば,なんぼでもお金を集めることはできます。しかし,一たん東京から外へ出ていったとき,もっと言えば,大阪だって名古屋だって実はつらくなってきているぐらいに,不動産投資に対する目は非常に厳しくなっているんですね。ましていわんや地方都市は,今,地方銀行がビッグバンのさなかにあって,地方銀行が負えるリスクというのは極めて小さいというふうに考えていただきたいと思います。現に皆さんが「開発をやりたい」と言って地元の銀行に駆け込んだところで,金はほとんど貸そうという気にはならないだろうと思うんです。銀行が「うん」と言わないという状況があります。ちょうどビッグバンをやっているさなかに,日本全体が,金融機関自体がリスクを取らなくなってきたという時代が一つあったということです。お金が集まらなければ,開発のしようがないわけです。もちろん財政的にも非常に厳しい状況が続いていますから,従来と同じような財政支援というのが期待できるという状況ではないわけです。したがって,民間がみずからの力で開発をしていこうとするときには,そのリスクをどういう形で分散させることができるかということを考えなきゃいけないということなのです。  もう一つ,一番大きな違いは何かというと,資金の出し手が変わったというふうに考えてください。今まで開発をやるときに,銀行からお金を借りるということが普通だったわけですけれども,今,銀行はお金をほとんど貸しません。彼らは国債を買うのに精いっぱいですから,新たに地方都市の不動産に対するプロジェクトに,長期の資金を積極的に融資するということには,今はなっていないというふうにお考えください。それにかわって出てきたものは何か。東京の六本木ヒルズだとか,汐留のあの高層ビルだとか,防衛庁の跡地の開発だとか,皆さん行かれるとわかりますけれども,高層ビルがたくさん建っております。じゃ,あの資金って,どうやって調達したのかといいますと,あれは全部証券化という手法を使います。不動産の証券化をするわけです。そのお金の出し手というのは,2通りあります。  1つは,リートという仕組みです。不動産投資の信託です。不動産投資信託,リアルエステートの,ということなんですけれども,インベスト・トラストですね。不動産投資信託というものが一つあります。これは,皆さんもインターネットで調べていただければわかりますが,REIT(リート)といいます。  これとは別に,もう一つ,プライベート・エクイティ・ファンドというものがあります。これはもともと外資系です。外資系の,簡単に言えばリーマンだとか,それからモルガンスタンレーだとか,欧米のお金ですね。欧米のお金で,日本に投資をしたいというところのお金を集めてきて,日本の不動産に投資をしていたというファンドです。  さっきのリートと,それから,今申し上げたプライベート・エクイティ・ファンド,きょうはちょっと難しい話をいたしますが,リートというのは,これは公でお金を集めます。社債を発行して,あるいは株式で資金を調達いたします。  プライベート・エクイティ・ファンドと言われているものは,これは不動産ファンドとか,私募債ファンドだとか──NHKではハゲタカファンドと呼んでいますけれども,と言われているものです。このファンドが,さっき申し上げたように,不動産投資というのは大変ハイリスク・ハイリターンなんです。リートは一般大衆からお金を集めてきますが,このプライベート・エクイティ・ファンドというのは,私募債という手法でお金を集める。私募債というのは,プロを相手に社債を発行します。私募債という方法をとるんですが,したがって,リートは情報開示をする義務があります。私募債ファンドのほうは,さっきハゲタカファンドと言いましたけれども,これはハイリスク・ハイリターンをねらうものですから,これは限られたところから,私募債という形で資金を調達いたしますので,情報を開示する必要は全くありません。別に公表することは義務づけられておりません。  何を言わんとしているかというと,さっき言いましたように,不動産投資というのは,ハイリスク・ハイリターンです。ベンチャーに対する投資と全く同じ扱いだというふうに考えてください。それを地方都市でやると。東京ならまだしも,六本木ヒルズだったら何とかなります。赤坂でやるんだったら何とか,銀座だったら何とかなるんだけれども,地方都市で同じような開発をしようとしたときには,極めてリスクが高くなっていくというふうに考えます。  日本の都市計画法だとか借地借家法だとか,あるいは建築基準法という法律は,不動産投資をする投資家に対しては,極めていいかげんな法律なんです。規制が何もないに等しいわけです。今,ここにビルを建てたとします。ある日,隣に突然,また同じような超高層のビルが建つんです。全体をどうやってプランニングして,どういうふうに規制をかけていってという発想は,日本の法律には全くない。法律さえ満たしていれば,だれだってビルを建てることができる。その地域全体がどうなるか,オーバースペースになるということすら,だれもマネジメントしていないというのが,この国の法律です。  ましていわんや,借地借家法という法律があります。ここは事業定借という方法を使ったんですが,ビルを建てます。今,私が抱えている問題でいきますと,柏だとか秋田でイトーヨーカ堂が退店をします。退店をする際に,アメリカと日本の一番大きな違いは何かというと,アメリカではウォールマートが,アンカーとしてショッピングセンターにテナントで入ってきます。アンカーです。アンカーというのは,いかりをおろすんです。それはどういうことかというと,彼らが,出店はしたんだけれども,予想以上に売り上げが伸びていかない。退店したいといったときには,仮にそのデベロッパー,ショッピングセンターのオーナーとの間で賃貸借契約を結んであるとします。25年の賃貸借契約を結んでいたとすれば,25年間の賃料を払わないと退店はできないんです。  ところが日本の場合は,イトーヨーカ堂が3年ごとに契約更新していたとしますと,3年前に「次の契約は更新しません」と言えば,3年後に出ていくことができます。これはどうしてか。これは,明治時代にできた借家法の影響なんです。借家人が弱者とみなされているわけです。今は全然それが逆転しているにもかかわらず,法律自体は変わっていない。だから,定期借家法という法律を新たにつくって,それを補おうとしているわけです。ところが,過去にあった例はほとんどが旧借家法でやっていますから,商店街のオーナーとかなんかも,今非常に厳しい状況に追われているのは,そういうことなんです。制度がそれに追いついていっていないということが大事なんです。  さっき申し上げたプライベート・エクイティ・ファンドと,それからリートという2つの新しいファンドができ上がった。今,こういった不動産開発を主導しているのは,銀行だとか生命保険会社ではなくて,実は「ファンド」と言われているものだというふうに,まず御理解をいただきたいということです。さっき申し上げた私募債ファンドなんですけれども,今,だれがお金の出し手かということなんですが,それは実は中国になります。ひところ前,リーマン・ショック前までは,欧米系のお金だったわけです。日本の不動産というのは,これは皆さん大半の方はまた御理解されていないんですが,今,東京の不動産の価格というのは,世界の主要都市の中で最も安くなっているんです。バブル経済が崩壊して,ずっと地価,賃料がずっと下がってきました。そうなりますと,北京だとか上海だとか,ロンドンだとかニューヨークに比べると,総体的にソウルよりも割安になっています。したがって,世界じゅうの余資と言われていますが──大体1京3,800兆円と言われていますけれども,そのお金が世界各国の不動産目がけて投資をされているわけです。その中の相当の部分が,日本の都市に向かってお金が流れ込み始めたということなんです。それが,リーマン・ショックが起こる前に「ミニバブル」と言われた状況だったわけです。  リーマン・ショックがあった後はどうなっているかというと,そのお金が今,世界じゅうで動きがとまっていますけれども,徐々にそのお金が日本の不動産に向けられ始めている。それは当然割安なわけですから,投資利回りが非常に高いということで,日本の不動産に投資が行われ始めているということです。それを最近マスコミでは,中国人の不動産買いということで取り上げているわけですが,中身はファンドというものを通じて行われているというふうに考えてください。  丸亀町再開発の不動産の証券化とどう違いがあるのかというと,これを説明すると,本当は1週間ぐらい時間をいただかないと難しい,非常に専門的な話になります。わかりやすくというか,3ページをちょっとごらんいただきたいんですが,私のやった仕事というのは,丸亀町の再開発でこういった不動産の証券化というスキーム,ファイナンスのスキームを導入したということなんです。これは何だということですが,3点あります。  1つは,さっき言いましたように地方銀行──ここのケースは右側の四角の中に香川銀行というのがありますけれども,資金調達の大半は,この香川銀行からの融資を受けています。が,この融資は従来と何が違うかというと,ノンリコースローンというローンを使っています。それも何だというと,これも説明するのがまた時間がかかるんですが,ノンリコースローンというのを使います。それはどういうことかといいますと,六本木ヒルズがありますね。六本木ヒルズは,皆さんは森ビルの所有だとお思いになっていると思いますが,あれは,森ビルは所有していません。あのビルを持っているのはSPCです。スペシャル・パーパス・カンパニー,あの不動産の開発をするためだけにつくった会社,ペーパー・カンパニーです。従業員はいません。形だけの会社だと思っていてください。なぜ,そういう仕組みをとっているかといいますと,銀行は──これはここだけの話で聞いてください。森ビルをだれも信用していないからです。あれだけの不動産の開発をやってきた森ビルという会社は,非上場の会社です。プライベート・カンパニーです。まず,それが第1点。  それから第2点は,1,000億円とか2,000億円の開発をやっていきますけれども,1,000億円とか2,000億円の開発をもし失敗したとすれば,今まで銀行は,森ビルが持っていたビルを担保に取っているわけですけれども,全部に波及していきます。したがって,六本木ヒルズが成功するかしないか。今でこそみんな,あれは成功したと思い込んでいますが,あれをプランニング,構想を立てたときに,だれもが安心して,六本木ヒルズは大丈夫だとは思っていなかったんです。  したがって,こういう方法をとります。六本木ヒルズとこのSPCと,それから森ビルとの間の関係を完全に法的に断ち切ってしまいます。これを倒産隔離というんですけれども,そういう方法をとって,銀行は既存の森ビルと,それから,あそこの六本木ヒルズの間を完全に分離して考えるという発想です。このノンリコースローンという方法をとることによって,銀行は森ビル本体が倒産しても影響がないような仕組みをとります。あるいは,森ビルの六本木ヒルズが仮にだめだったとしても,森ビル自体には影響がないように分離をしてしまうという方法です。  六本木ヒルズがうまくいったということになりますと,銀行は5年後のリファイナンスという契約になっていたんです。5年間だけはお金を貸しましょうと。5年たったら,その時点で見直しをしますということです。これは出口戦略といいますけれども,エグジットをどうするかということを,銀行団と森ビル側との間でちゃんと協議がなされていたということになります。  その発想を地方都市の開発に使おうではないかということで,ここでいきますと香川銀行にノンリコースローンという方法をとっていただくということです。それは,香川銀行サイドにも実はメリットがあったわけです。それはさっき申し上げたように,地方銀行は今ビッグバンをやっているわけですから,そうするとリスクは負えないんです。したがって,ここの開発のリスクをできるだけ銀行は負いたくないと考えたときには,テナントだとかゼネコンだとか,それぞれに少しずつリスクを負担してもらうというやり方です。従来ですと,銀行が全部そっくりそのままリスクを負っていたわけですけれども,それを,みんなでリスクを少しずつ負担しようという契約にするということです。  私の仕事は,その中で,このファイナンス・スキームをつくるということと,それからアレンジャーといいますけれども,そういった個々の契約を結んでいく。これは私と,それからもう1人,弁護士の方,この2人でやらせていただいたんですが,契約書の数が,このくらいのファイルで3分冊,このくらいの量になります。契約を結ぶことによって,契約によって将来発生するであろうリスクについて,すべてについてそのリスクをなくしていくというやり方です。どういうことかといいますと,例えば火災が起きたとします。火災が起きて,ぼやでとりあえず消しとめたと。しかし,それを補修するために新たなコストが発生したとします。そのコストの持ち分は,だれがどういう割合で持ち合うのかということを事前に,あらかじめ契約で結んでおくということなんです。よく日本でありがちな契約は,何か起こったときは甲乙が協議して決めると,めちゃくちゃいいかげんな契約になっていますけれども,そうではない。すべての場合によって,だれがどういうふうに負担するのか,ゼネコンが負担するのか,テナントが負担するのか,オーナーが負担するのかということについて,リスクアロケーションといいますけれども,リスクの分担についてあらかじめ取り決めをしておくというのが,ノンリコースローンの意味合いだというふうに考えます。そうすることで香川銀行は,リスクを小さくすることでファイナンスが可能になったということです。もし,リスクがリスクのまま残ったとすれば,金利に上乗せをしていきます。プレミアといいますけれども,リスク・プレミアが乗っかっていきますので,膨大な金利水準に変わっていきます。というのが,第1点です。  第2点は何かというと,ここのページのところの──ちょっと見にくいんですが,真ん中の黒枠で囲んだところですけれども,この中に劣後匿名組合出資というのがあります。これも何のこっちゃと,なかなかわかりづらいところなんですが,ここで,こういうふうに考えます。今までこういう開発をしていったときに,商店街だとか零細地権者ということで,彼らはリスクを取らなかったんです。もっと言えば,法定再開発をやっていったときに,ただで床がもらえたんです。たまたまそこに何坪かの土地を持っていただけで,新しくできたショッピングセンターの床を,ただでもらえるというのが従来のやり方だったんです。そのときに,権利者は何のリスクも負ってないんです。このケースは,それじゃないと。再開発をやっていくときに権利者──零細の権利者も含めてなんですけれども,全員がリスクを負担するんですよということを了解したということなんです。従来ですと,大手のゼネコンだとか銀行だとか,あるいは三越といった大手のテナントがリスクを負うという仕組みをとっていたわけですけれど,そうではなくて,自分たちも開発に参画していくわけですから,その開発では,リスクを自分たちも応分に取りましょうと。ただし一方で,もうかったら,ちゃんとリターンをもらいますよと。リスク・リターンの関係,どれだけリスクを負担したかということに対して,応分のリターンが入ってくるんですね。ノーリスクでリターンがあるということは,もうやめようということが,今回この高松丸亀町の再開発で明らかになったことなんです。というか,このことを権利者が了解したがゆえに香川銀行も,ここはゼネコンは西松建設ですが,それから,マンションの販売は穴吹工務店ですけれども──もう今は会社はなくなりましたが,みんなが,それぞれプロが応分にリスクを取ってあげましょうということになったのは,この権利者たちが,自分たちもリスクを取りましょうということに合意したからです。  どういうリスクの取り方かといいますと,ここで地代だとか家賃は劣後扱いにするという取り決めになったんです。通常,テナント収入が入ってきます。家賃が入ってきますから,この土地は権利者のものですから,権利者に地代を払うという仕組みになっているわけです。  ところが,家賃収入そのものは売り上げ歩合制をとっていますので,売り上げが伸びていかないと,要するに,たくさん人がやってきて,ここで物を買ってくれないと,ここのビルのオーナーである権利者たちは家賃収入が入ってこないんです。赤字になりますと,地代の支払いはしませんよということなんです。これは──これもちょっと難しい話で,民事信託という考え方です。今まで地代というのは,売り上げがあって,費用のところの地代・家賃というところで先に差っ引いていたわけです。それを,最終的に利益が出たらば──配当と同じ考え方なんです。信託配当と同じように,最後に利益が出たらば,皆さんたちに地代を払いましょうという仕組みになっているということです。それで,全員が応分にリスクを負担しましょうということで,全員がこれを納得したということなんです。  しょせん,これは不動産投資です。法定再開発事業だ,公共性が強いだとか,補助金をもらうためにいろいろ理屈をくっつけてありますけれども,しょせんは不動産投資なんです。不動産投資ですから,投資額に対して,どれだけの利回りがあるかということが重要になってきます。「どのくらいで回るんですか」と言うんです。その投資利回りを確保するために,いろいろ工夫を施したということです。  3点目は,ここの再開発というのは,これもちょっと専門的になるんですが,従前の土地と従後の土地というのは,全くいじってありません。Aさんが従前にこの地区で持っていた土地,このA街区の中で10坪の土地を持っていたとします。この上にビルを建てますけれども,ビルが建った後も,従前と同じように,その後も10坪の土地の所有者であり続けるんです。要するに,先祖伝来の土地は一切いじらないという仕組みをとってあります。これを土地土地権利返還といいます。土地土地権利返還というやり方をとったんですが,なぜこの方法をとったかというと,さっき申し上げたように,実はここでもたくさんの方が多額の借金を抱えていたわけです。多額の借金を抱えていますので,どうすればいいか。ここで従前の土地の評価をします。評価をしますと,地元の銀行から皆さんお金を借りていますけれども,従前の資産評価をした段階で,皆さん担保割れになっちゃうんです。担保割れになりますと,金融監督庁の指導がありまして,分離債券として追加担保を取るか,もしくは繰り上げ弁済させなさいということになっているんです。  そんなことはできっこありません。そんなことをやったらば,この会社自体がポシャってしまうわけです。したがって,それをやらないためには,従前の土地の評価をしなければいいんです。坪100万円だということで担保設定しているとすれば,銀行には,今でも坪100万円としておけばいいんです。そのためには,従前の土地の評価をしなければいい。従前の土地の評価をしないで済む方法は何かというと,それは,従前の土地と従後の土地をいじらないということなんです。10坪の土地は,従後も10坪の土地を持つというふうにしておけば,所有関係を一切変えなければ,従前の土地の評価をする必要は全くないということで,土地土地権利変換という方法をとったわけです。そうすることで,実は重債務者の救済をするという方法をとっています。  そうすることで,今3つ申し上げましたが,ポイントでこの再開発が動き出したというふうに考えていただければ結構だと思います。それぞれが少しずつリスクを負担する。そのリスクを負担することにみんなが同意をして,じゃ,お手伝いしましょうと。だから,三越はかなりいい条件で賃貸者契約を結んでいただきました。紀伊國屋書店もそうですし,ミクニもそうです。たくさんのブランドショップが,それなりのグレードの高いビルになりますので,ぜひ路面店舗,ロードサイド店舗として出店をしたいということで,さっき冒頭ごらんいただいたように,マックスマーラだとかラガーフェルドとか,たくさんのブランドショップがここにやってきたということであります。それなりの賃料がもらえるという仕組みをつくったということになります。  もう一つ,このスキームの中ですけれども,皆さんのお手元の資料3ページのところですが,このスキームを使った理由の一つですが,これは,日本の法律にはいろいろ面倒くさいのがたくさんあります。ここは信託銀行,住友信託というところが信託受益権ということになります。実物の不動産の売買というのは,実は日本ではなかなか難しいという面がありまして,この信託銀行,この高松丸亀町A街区コミュニティ投資有限会社という会社なんですけれども,ちなみにここの開発をするのに,会社を3つつくってあります。全部,補助金の受け手です。補助金をもらうためには,例えば経済産業省の高度化資金を受けるためには,商業者が中心にならなきゃいけない。市街地再開発事業の補助金を受けるためには,土地の権利者でなければならない。床だとか何かの権利者が何%以上なければならないというふうになりますので,商店街の開発をやるときというのは,必ずしも皆さんが商業者であるわけでもない。不動産のオーナーだけというのもたくさんいらっしゃる。したがって,高度化資金,無利子融資を受けるためには,こういう仕組みが必要なんです。国土交通省の補助金を受けるためには,こういう仕組みが必要だということで,全部補助要綱を満たすためには3つの会社をつくっている。まあ,面倒くさい話なんですけれど。  4つ目がこのSPCです。高松丸亀町A街区コミュニティ投資有限会社,これがSPCと言われています。資本金は300万円の会社です。ここがビル全体のオーナーをやるわけです。ここが,信託銀行に信託をいたしました。その信託受益権を受け取るという仕組みをとっているわけです。  こういう仕組みですね。なぜ地方都市で,ということになるかというと,冒頭申し上げたように,ここ茨城県も,常陽銀行がいつまでもリスクを負えるわけではないということなんです。きのうもテレビでやっていましたけれども,池上何とかという人の番組やっていましたが,日本は「借金大国」だと言いますが,日本は,借金は抱えていません。これは13年連続世界最大の債権国なんです。日本政府は,借金は抱えています。ここで気をつけていただきたいのは,地方債と国債とでは,全然意味合いが違うということです。国債はリスク・フリーです。ノーリスクなんです。ということは,日本国債というのはなんぼでも持てます。しかしながら,地方債は,これはリスクがかかります。茨城県の県債というのはどのくらいのリスクかというのは,格付けを見ればすぐわかります。要は何かというと,今までみたいに地方銀行はずっとそれを抱え込んでいって,資金を固定化させる余裕はなくなってきているということなんです。したがって地方都市は,東京と違って民間のお金だけで何とかできるというわけではありませんけれども,地方都市の場合は,こういった証券化のスキームを導入していかないと,市街地再開発事業というのは,ほとんど動いていかないというふうに考えていただきたいと思うんです。  ただし,こういう仕組みをとっていくためには,それなりのプロが必要になってきます。プロが必要になってくるということで,ここをちょっと見ていただきたいんですが,ここはさっきずっとごらんいただいたところなんですけれども──ちょっとわかりづらいですかね。開発をするに際して,3つのプログラムをつくってあります。  1つはデザインコード。皆さんのお手元の資料の5ページ,それから6ページと7ページと。まず,7ページのほうをちょっとごらんください。  高松の丸亀町のタウンマネージメントをやります。デザインコード,事業プログラム,それからMD戦略と,3つの委員会をつくってあります。A街区からG街区まで,どういうコンセプトで開発していくかということをあらかじめ決めてあります。  デザインコードは,地区計画を都市計画決定しまして,ついこの間──これも実名挙げますが,ドトールコーヒーがテナントで入ってきたんですけれども,ドトールコーヒーのロゴですとか,看板の色というのは日本全国全部同じなわけです。だけども,ここのデザインに合わなければ,それは変更してもらいましょうということです。随分抵抗されたんですが,最後は社長が出てこられて了解していただきました。それはドトールの従来使っているロゴだとか看板の大きさ,色でやったほうが,明らかにお客さんはたくさん入ってくるはずなんですけれども,だけども,全体の町のイメージ,外観のイメージ,デザインを統一をしていくということから,ドトールコーヒーにその条件をのんでいただくと。テナントも,リスクをちゃんと負っていただくという形をとっております。  事業プログラムは,これはさっき申し上げたファイナンス・スキームをつくるという仕組みですね。  MDは,何をどういうふうにテナント構成を図っていくのかということを決めていくものですけれども,実はこの3つの委員会ですね。タウンマネージメント委員会というのがありますけれども,これは小林重敬さんという前横浜国立大学の先生で,今は首都大学というんですか,の先生ですけれども,このタウンマネージメント委員会というのは東京にあります。高松のプロジェクトなんですが,実はタウンマネージメント委員会というのは東京に置いてあります。それはどうしてか。専門家がみんな東京にいるからです。残念ながら,地方にはそういうプロはいませんので,東京にその委員会をつくってあります。もう一つメリットがあるのが,地方のしがらみを負わないで済むからということがあります。実は,すべて東京で決めているというふうにお考えいただければと思います。  このエリアマネージメント,A街区からG街区まで,さっきちょっと地図でごらんいただきましたが,そこをずっとエリアでマネジメントしていくというやり方なんです。こういう仕組みをとって,丸亀町商店街の再開発をやっているというふうに考えていただければということなんです。  今,B,C街区というふうに小規模連鎖型でずっと開発を手がけてやっておりまして,さっき申し上げましたように,5年以内にこれを仕上げていくというやり方なんです。鉄は熱いうちに打つ。この開発をやっていて一番驚いたのは,日本全国から視察にお見えになります。高松丸亀町の再開発というのはすごくいいということで,日本全国から,行政の方も議会の方も視察にお見えになります。  去年,高松市から連絡がございまして,正確には高松市議会から連絡がございまして,高松市議会で初めて高松の丸亀町の再開発についての話を聞きたいということなんです。なぜかというと,議会の議員たちの仲間同士で,よその市議会の方から「高松の丸亀町の再開発の視察に行きたいんだけど,説明をしてもらえないか」と言われたときに,実は高松市議会は,だれも知らなかったということです。  この開発をやっていて最大のリスクはどこにあったかというと,実は行政にリスクがあったんです。高松市と香川県との間で,極めて意思疎通が行われてないんですね。高松市で補助をつけるといっても,県が予算化しないということで補助金が出てこない。出てこなければ,このプロジェクトは途中で完全に破綻するわけです。資金繰りがつかなくなってくるんです。そんなことを全く無視して,政治的に事柄が決められていくということで,我々は右往左往したわけですけれども,最後に残ったリスクというのは,実は行政リスクだったということです。  これから,何が必要かということなんですが,こういった開発をしていくと,茨城県にもたくさん──水戸も含めてなんですけれども,中心市街地の活性化をしたいと。日立市なんていうのは,私も何回か行ったことがありますけれども,日立市の中心市街地というのは,戦後復興の区画整理と,ついこの間の区画整理と2回区画整理やっているところがある,全国的にも大変珍しいところなんですが,そういったことで開発をしていこうといったときには,ここに書いてありますように,こういった証券化のスキームを,これから想定してやっていく必要があると思うんです。  さっきプライベート・エクイティ・ファンドという話をいたしました。リートという話をいたしました。もともとプライベート・エクイティ・ファンドという不動産投資ファンドなんですが,今どのくらいの規模にあるかというと,大体年間で12兆円から18兆円ぐらいの運用規模になっています。膨大な規模です。このお金の出どころなんですけれども,もともとは外資系です。しかし,その外資系で入ってきたファンドは,どこで調達しているかというと,別にアメリカからお金を調達しているわけじゃありません。国内で調達をしています。どういうことかというと,高松で再開発をやろうとしたときに,高松にお金がないのではなくて,高松のお金は東京に出ていっているだけの話なんです。水戸で開発をやろうとするときに,水戸にお金がないのではなくて,水戸のお金は全部東京に流れているだけの話なんです。さっき言いましたプライベート・エクイティ・ファンドというのは,地方のお金持ちからお金を集めているわけです。ですから,香川県だとか高松市にいるお金持ちたち──医者だとかそういう人たちなんですけれども,そういう人たちは資金運用するときに,地元で開発をやっているにもかかわらず,そのお金はみんな,野村だとか何かを通じて東京へ流れていってしまっているということ。それで,東京に全部1極集中している。ですから,地元にあるお金を,地元の中で循環させるという仕組みをつくっていかなきゃいけないんです。水戸で開発をやろうとするんだから,そのお金は水戸で調達しなきゃいけないんです。水戸の市民がそこに出資する,融資する,そういう仕組みをつくっていく。要するに,地域の中で資金が循環していくという仕組みをつくっていく必要があるということなんです。  高松丸亀町のこの開発のスキームというのは,最後に地元投資家と書いてあります。一番下の枠のところですね。ここに地元投資家と書いてありますのは,実はこういうファイナンス・スキームで開発をやりますよということを新聞で発表したときに,何と驚いたことに,たくさんの市民から「私もぜひ参加したい」と言っていただいたわけです。このケースは,それはできなかったんですけども,次回,あるいはその次から,地元の投資家からお金を集めるということを考えています。それは,さっき言いましたように,お金はないわけではない。お金はたくさんある。しかし,それが地方の中でぐるっと回っていくための仕組みが,実はつくれないというところに原因があるということなんです。  今,B街区,C街区,それからD,E,Fというふうに,小規模連鎖型でやっていっていますけれども,そういうお金が集まってきています。ここでは香川銀行なんですけれども,今,B,C街区は百十四銀行がやっていただきますし,それから,ゼネコンは西松から大成建設に移りまして,皆さんが一生懸命協力をしてやっていただけるということであります。  今,日本全国から視察にお見えになりまして,ここの開発について,これからたくさんの市民の方が「この開発に何らかの形で関与したい」というふうに言っていただいておりますので,G街区だけはちょっといろいろ事情があって難しいかもしれませんが,このままでいけば,あと2,3年で,少なくともF街区までの開発はいけそうだというところまで来ています。まあ,おおよそそんなところでございまして,その後,ぜひ,皆さんで1度は高松を視察に行っていただきたいということが第1点。  それから第2点は,東京まで小1時間という立地関係にありますので,茨城県の場合は特に問題ないと思いますけれども,基本的にはこういったビジネスは,会計士の世界であり弁護士の世界でもあるわけです。そういうのは全部東京に集中しています。大阪にもいないんです。名古屋にもいない。みんな東京なんです。お金も全部,東京に一たん集まってきます。それをどうやって地方都市に再配分していくかという仕組みなわけです。  さっき言いましたように,茨城県の中で,こういう仕組みが必要だと思うんです。茨城リートというのが必要になってくるんです。九州には,福岡リートというのがあります。これは,九州の不動産開発をやるためのリート会社です。地域限定のリートと言っています。東京を除くでいいと思いますけど,北関東だとか南関東で地域限定のリート会社があってしかるべきだろうと。東京は,東京しか関心がないわけです。もうたった1時間離れた水戸でも,東京にはほとんど情報がない状態です。さっき言いましたように,不動産投資をやっているリート会社だとか,それからプライベート・エクイティ・ファンドみたいなところというのは,基本的には東京にみんな集中して,それも東京の赤坂近辺にみんな集中していますので,そこから一歩外へ出ると全く情報もない。ちなみにやっている人たちは,みんな30代の若造です。大手町あたりを歩いていただくと,派手なシャツにサスペンダーをつけたさっそうと歩いている若い連中がいます。大半がアメリカのMBAの出身で,大体30代で年収にして5~6,000万円もらっています。そういう人たちがやっているビジネスです。だから,地方についてはほとんど関心がないし,彼らの関心事は利回りだけと。したがって,それを何らかの形で地方に目を向けさせると同時に,さっき言ったように彼らに依存するのではなくて,自分たちでこの資金を循環させる仕組みをつくっていく。これが,茨城県でこういったまちづくりをしていくための最低の条件だということなので,これを構築できたところはうまくいくということです。  最後になりますけれども,これだけは忘れないでいただきたい。なぜこういう不動産投資の仕組みができ上がったかというと,それは,不動産に対する評価の仕方を変えたからです。水戸駅の南で,駅前で坪幾らという発想はしないということです。路線価という発想は頭から除いていただく。要するに土地があって,これにどういうビルを建てて,そこで大体どのくらいの賃料収入があって,どのくらいのコストをかけてというふうに,最終的にどのぐらいのキャッシュフローが生じるというふうな計算をして,それをベースにして現在価値に戻したときに,ここは坪幾らだというふうに計算をするということなんです。ですから,路線価ということをまず頭の中から除くことで,このビジネスがスタートしていくということです。これはなかなか難しいんですが,どこに行っても「今,うちは坪幾らぐらいです。」とこうおっしゃいますけれど,簡単に言うと,駅前の1等地であろうが,雑草が生えている,ぺんぺん草が生えているような更地であれば,それは収益ゼロですから,しょせんそれは,価値はゼロに等しいというふうに考え直すということなんです。そういうのをDCFと言います。ディスカウント・キャシュ・フローという評価の方法なんですが,いち早くそれに気づいたのが東京都だったんです。このことを忘れないでください。大阪でも名古屋でもないです。東京都がいち早くそれに気づいて,汐留の区画整理事業,それでやったんです。ですから,坪幾らでなければならない。区画整理事業をやっていきますから,ずっと原価計算をしていったときに,最終的な処分価格は,この価格でなければならないというやり方を東京都はあきらめたんです。バブル経済が崩壊した後,汐留の区画整理事業をやっていくときに,最終処分価格は幾らぐらいかということを想定したときに,これだけのコストはかけられないというふうに計算をし始めたわけです。もう10年ほど前です。ですから,DCFという考え方,坪幾らという発想をまずやめたことが,東京都が汐留の区画整理事業をうまくいった理由の一つ,豊洲がうまくいった理由の一つは,そういうところにあるというふうにお考えください。それが一番肝要なことではないかなというふうに思います。  ということで,時間が参りましたので,私の発言はこれで終わらせていただきます。後は,質疑のほうを……。 6 ◯森田委員長 どうもありがとうございました。  ここからは,意見交換の時間とさせていただきます。  ただいまの先生のお話について,委員の方で何か御意見あるいは質問がありましたら,お願いいたします。なんでも結構でございます。  半村委員。 7 ◯半村委員 先ほど,Fまではあと3年ぐらいでできるということですが,Gだけはどうにかまずいのかなという話を先生がちょっとしましたことについて,これは何か問題があるんですか。 8 ◯野口参考人 G街区は,ちょっと全体がでかいということと,それから某デベロッパーが業務代行契約を結んでいるんです。ただ,その業務代行契約を結んだあるデベロッパーですけれども,全くリスクを取る気配がない。これはさっき言いましたように,全員がリスクをアロケーションするということが条件の一つになっています。ところが,自分だけ逃げようというのが見え見えなわけでありますが,これは多分合意も得られないだろうし,ゼネコンだとかテナントの協力も多分得られないだろうということで,G街区は実は我々のコンサルティングの外なんですね。そのデベロッパーがコンサルティングをやっていますので,そこは多分難しいだろうなという……。 9 ◯半村委員 そういった,例えば土地を持っているとか,この固定資産税というのはどうなんですか。みんな個人で持つということですから。 10 ◯野口参考人 それは当然,上に建物が建っていきますので,そこから上がってくる賃料収入があります。  それから,基本的には,こういうふうにしてあります。従来,市街地再開発事業,法定再開発をやったときには権利書と床をもらいます。今回は,土地に相当する床はもらえないで,もともと持っていた建物相当分については,床に変換することになっています。今回はその権利書,それで得られた権利書も,すべて三越に貸すことにしています。  どうしても自分で,この再開発をやったA街区のところでビジネス,商売をやりたいという人たちは,保留床を借ります。要するに,何ということはない。自分で家賃を払うんです。だから,一方では家賃収入は入ってきますけども,発想として,家賃を払って成り立つビジネスをやってくださいということなんです。もともと床がただで権利書をもらいますと,何業でもできちゃうんです。自分の小遣いというと変ですけど,生活費さえ生まれれば,何でもいいわけです。だから,よくあるケースは,再開発をやった1階のところでたばこ屋があったり,花屋があったりするわけです。そのショッピングビルの一番花になるところ,顔になるところに花屋があったり,たばこ屋があったりする。あるいは喫茶店になっていたりするというのは,大体そういうケース。それだと,全体のコンセプトが崩れてしまいますので,やはり1階部分は,さっき言ったようにマックスマラーに入ってもらう,コーチに入ってもらうというふうにするためには,権利者は自分で床を借りるというふうにいたしました。  ちなみに,この開発をやるに当たって,プロパティマネジメントというのとアセットマネジメントというのをやりました。AMとPMという話ですけども,これは東急コミュニティに依頼してあります。田舎のプロジェクトで,そんな大きなプロジェクトじゃないんですけども,それでも,ちゃんと東急に入っていただいて全体の床の管理,単に警備だとか清掃だけではなくて,テナント管理も含めてマネジメントをしまして,なおかつ西武にいた方,女性なんですけど,その方を1人雇ってきまして,その方に全体のマネジメントをやっていただいています。彼女はまだ若いんですけども,大変口が汚くて,例えばこの中に,チーズケーキのお店があるんです。昔はケーキ屋だったのを,チーズケーキに絞らせまして,なおかつ,つくっているところが見えるようにガラス張りにしてあるんです。したがって,そのパティシエ,昔の職人さんですから,黙々とおいしいチーズケーキをつくるんですが,やはりお客さんに向かって笑いなさいと,笑いながらつくれと。今まではしかめっ面でつくっていたのを,おいしいものがおいしく映らないということで,毎日笑う訓練をさせるんです。そうすることで,売り上げが伸びていくんです。それで,今,大変行列ができているんだそうです。そういった細かいマネジメントを,この開発を契機に人を雇ってきて,東京からプロを雇ってきて,その子にやらせる。ですから,単に入れ物をつくっただけではなくて,入れ物をつくった後にどうすればいいのか。それぞれが運命共同体ですから,売り上げを伸ばしていかなきゃいけない。  ここで気をつけていただきたいのは,我々が目指したのは,郊外のジャスコだとか,夢タウンに取られた客を取り戻すことが主眼なんです。ですから,今,よく相談を受けているのは,床を減らしたいと。昔みたいにたくさん人が来なくなったから,だから今ある建物を,減築といいますけれども,小さくしたいと。それをしないと耐えられないという発想が中心なんですけど,それでは多分,どんどんじり貧になっていくだけなんです。顧客,パイは一緒ですね。ですから,それをどうやってお互いに取りっこするか。だから,郊外店に逃げていた客をどうやってこっちへ連れ戻してくるのかというところが勝負なんです。そうしないと売り上げがふえていきませんし,ふえていかなければ賃料収入は上がっていかないという仕組みなんです。だから,一生懸命顧客をふやすために,マーチャンダイジングですね。それから日々の活動といいますか,営業をしっかりやるということですね。 11 ◯半村委員 それと,穴吹工務店が,という話がちょっとありましたけれども,これは一つのデパートの上に,マンションみたいにやって販売したと。 12 ◯野口参考人 そうです。 13 ◯半村委員 何戸ぐらい販売したんですか。 14 ◯野口参考人 80戸ですね。 15 ◯半村委員 それじゃ,みんなA街区もB街区も,こういうふうにつくったときには,そういうマンションをつくって販売,実質交渉はして,穴吹さんでやるよと。 16 ◯野口参考人 そうです。A街区コースのマンションを建てております。あと,B,C街区は小規模なので,中に住宅はまず入ってきません。最後のG街区だけ,これは200戸ぐらいのマンションを建てる予定になっています。 17 ◯半村委員 この売った金額で,こうした一つの開発するときにそれも……。 18 ◯野口参考人 なぜマンションにしたかというと,それは中心市街地に人に住んでもらいたいということが一つあったんですが,リスクを住宅にかぶせるというやり方は,最初からやっていません。というか,地方都市では,マンションをつくることはそんなに生易しいものではないんです。多分,高松市ぐらい,人口50万人ぐらいの都市で,年間に売れる新築のマンションの戸数というのは,せいぜい200戸ぐらいが限界です。ですから,80戸売っただけで,実は地域の地元のマンションの住屋の半分近くを占めるということになりますので,そう簡単に売れないんです。当時,まだ穴吹は隆々とした会社だったんですが,それでも,相当苦労して売っていました。  どういったところを苦労したかというと,高齢者向けのマンションです。これは,最後まで売れませんでした。ファミリータイプの80平米ぐらいのマンション,これは1等地にありますので,地元としてみれば非常に高いマンションなんですが,高いマンションから売れていきました。一番安いワンルームタイプなんですけれども,20坪弱の1LDKですか,高齢者用に想定したマンションが一番売れなかったです。最終的には,単身者用に名前を変えて売りました。そうすると,単身赴任の方を中心にあっという間に売却。高齢者用と言っているときは,全く売れませんでした。単身者用と言ったら,ぱっと売れた。 19 ◯半村委員 はい,わかりました。 20 ◯森田委員長 ほかにありますか。──海野委員。 21 ◯海野委員 私は,この高松丸亀へ行ったことはないんですけれども,この商店街というのは,全くの中心市街地だったんでしょうが,いわゆる業務地域や駅との距離はどれぐらいのところに所在するのか,まず1点。  それから2点目が,ここに入ってきているテナントの大型店と専門店の割合がどれぐらいなのか。  それから,このAからGまでの再開発地域の中で,何割ぐらい今,再開発の進捗割合があるのか。  それから,もともと定住人口,ここにどれぐらいいたのか。今80戸のマンションの話を聞きましたけど,どれぐらいいたのか。  それから,駐車場がどれぐらいのスペースで確保してあるのか。
     それから,地元のテナントが,いわゆる専門店がどれぐらい入ったのか。  以上,聞きたいんですけれども。 22 ◯野口参考人 まず,駅からの距離ですけれども,大体駅から歩いて10分ぐらいのところにあります。高松の場合は,駅のすぐ近くに業務地区があります。逆に商業施設,商業地区ですけれども,これは駅から離れたところにある。これはもともと古い城下町で,この丸亀町の商店街というのは,大変古い商店街,江戸時代からある古い商店街です。  ちょうど,さっき申し上げたように2核1モール,駅の近いほうに三越があります。それから,駅から離れたところと言いますけれども,実はこれは「ことでん」があるところ,地元の電鉄会社ですね。琴平電鉄という会社がありますが,そこの駅前。こちらがJRの駅前,それから琴電の駅前,この間をつなぐところが,ちょうどL字になっていまして,そこに天満屋と。もともとはそごうが入ってきて,そごうがだめになって,今,天満屋なんですが,天満屋と三越があって,その間を2つのアーケード街がつないでいるという仕組みになっています。ここに,一つのアーケード街で大体物販店で600店ほど,商業振興組合に加入しているものだけで見ていきますと,大体600店ぐらいのお店があるということです。その両裏側のほうに,飲食店街がひしめいているという状態です。まあ,地方都市によくある町の形態だというふうに考えます。  県庁とか市役所というのは,むしろ駅の近くに立地をしていますので,人の流れからいきますと,地方都市はどこでもそうなんですけども,今はほとんど車の社会ですので,ちなみに私が行っている大学で,私の今教えている学生なんていうのは,5人家族で5台車ありますから。それが地方都市の有り様。  駐車場は,新たにつくった駐車場が各地駐車場でありますけれども,実は駐車場は余り気にしていませんでした。駐車場で勝負しようとすると郊外店には勝てないんです。ただ,これはわかりました。実はこの周辺だけで3,800台駐車場があるんです。使ってないだけです。それは何でというと,夜の町のための駐車場です。それで,商店街とその駐車場の運営会社というのは,何の連絡もありません。ですから,昼間がらがらです。夜になると埋まるんです。商店街は,昼必要なんです。しかし,昼の間,商店街との間の契約はありませんので,そこにとめたとしても無料になるわけではないと。町会が別になりますと,全くコミュニケーションがなかったというような状態です。  ですから,エリアでだれかがマネジメントしているという発想は全くありません。これが欧米と違うところです。欧米は,町全体を1人がマネジメントするという仕組みをとっていますけれども,日本の場合は,全部ばらばらということですね。そういうことになります。ですから,業務系のごみなんかもそうなんです。みんなばらばらに業者と契約していますので,大変割高な契約になっているはずです。あるいは,このエリア全体で一つの契約にしていれば,もっとコストは下がっているはずだろうと思います。  あと,テナント全体は順次進めていきますので,今B,C街区までやって,DとE,Fについては,今交渉しているところです。それで,コーディネートしていくと同時に,我々が重視しているのは,やりたいという気持ちです。ですから,自分のところはいじりたくないという方は,そのままにしていただくと。ぜひ,やりたいとすれば,座して死を待つよりは,打って出たいという人たちについては,協力しましょうということですね。ですから,法定再開発と違って,戦略補助金みたいな補助金でやっていくという仕組みになっていますので,順次まとまったところから,マーチャンダイジングやりながら指導していくというやり方をとっています。 23 ◯海野委員 それから,地元専門店どれぐらい残ったの。 24 ◯野口参考人 今,ちょっと考え方を少しずつ変え始めていまして,最初のA街区は,ほとんどがナショナル・チェーンです。B街区,C街区になって初めて──実はよく考えてみると,どんどんお客さんが来てお金を払ってくれるんだけども,これも東京に逃げていっているんじゃないかということなんですよ,ナショナルチェーンだったらば。今,B街区に入ってきていただいた,これは地産地消のレストランです。ここは地元の農家の方,食材を供給する会社と,それからもともとNPOで地産地消のレストランを運営していた方と,それから全体のコーディネートをできる方ですね。この3人に会社をつくっていただいて,今,そこに新しいタイプの無農薬,低農薬のレストランを展開されまして,ここは昼も夜も全部バイキング・スタイルです。ビュッフェ・スタイルのレストランにされまして,今,昼間で1,200円ぐらいだと思いますけれども,大体60~80種類ぐらいのメニューを用意されまして,今大変話題で,ずっと待ち時間といいますか,30分ぐらい待たないと入れないと。  そういう形で,逆に言えばブランディングですね。地元に実はたくさん工房があって,高松にも有名な和菓子屋さんがいて,地元では大したことないんだけども,実はネット通販で日本で有数の和菓子屋になっている。ちょっと商店街の外れたところに,世界じゅうから受注している自転車屋さんがいて,自転車をつくっているんです。バイクなんですけれども,一番安いので25万円とか30万円ぐらいするやつです。これは世界じゅうで売っているんです。そういう人たちが,実は地元にたくさんいるということがだんだんわかってきたわけです。そういう人たちに中に入っていただく。だから,C街区とかD街区になると,今度は地元の人が中心になったテナントに変わってきます。それは地元を中心に考えると同時に,それは排他的にするわけではないんです。逆に言えば,どんどんネットワークをしていって,香川以外のところとネットワークしようと。愛媛とやってもいいし,広島とやってもいいし,あるいは北海道とやってもいいと。要するに,自分のところだけでやっていくのは,当然ながら小さくなっていくわけです。そうじゃなくて,横へ広げていこうと。  それで,さっき言ったように地産地消ですから,農家の方で,脱サラで農家をおやりになって野菜をつくっている方がいらっしゃるんですが,この方がつくった野菜は,プロがつくった野菜よりもはるかにおいしいんです。地元に,フジという大きなスーパーがあるんですけれども,そこに週2回だけ野菜を出店されるんです。週に2回だけ,開店前に行列ができるんです。キュウリなんか,値段が普通売っているキュウリの2倍から3倍ぐらいするんです。だけど,飛ぶように売れていく。それは,おいしいということと安心で安全だということですね。そういう人たちに中に入っていただきながら,新しいテナントをつくり上げていく。だから,どういう業態だとか,どういうものをつくっていくかというのは,実はこれから一緒に考えていく。  みんな,ミニ東京化しようとするんです。ミニ東京じゃ,全然売れないです。地元にあるものを使って,地元らしいものにつくり上げていかないと,しょせんはナショナル・チェーンを入れて,ミニ東京化していって終わりということになりかねないということですね。今,その壮大な実験をしている最中だということです。 25 ◯海野委員 わかりました。 26 ◯森田委員長 よろしいでしょうか。──。  それでは,以上をもちまして,「こうすれば地方都市の再生は十分可能!!」につきましての意見聴取を終了いたします。  野口参考人におかれましては,責重なお話をいただきまして,大変ありがとうございました。  本日,お話いただいたことにつきましては,今後の本委員会審査の参考にさせていただきます。  本当にありがとうございました。      ─────────────────────────────── 27 ◯森田委員長 ここで,暫時休憩いたします。  再開は,午後2時30分といたします。                  午後2時16分休憩      ───────────────────────────────                  午後2時35分開議 28 ◯森田委員長 それでは,休憩前に引き続きまして,委員会を再開いたします。  本日,お二人目の参考人として,株式会社ミカミ代表取締役の三上靖彦さんをお招きしておりますので,御紹介いたします。  三上参考人のプロフィールにつきましては,お手元にお配りしておりますが,筑波大学大学院修士課程修了後,株式会社地域計画連合を経て株式会社ミカミに入社,平成10年からは代表取締役に就任。  専門分野は自然地理及びまちづくりで,各地域の市街地整備計画等の策定やTX沿線の区画整理事業など,多数のまちづくりに携わっており,さらにオセロやコミケなどのまちおこしの活動もなさっております。  また,この秋公開予定で今話題の映画「桜田門外ノ変」映画化支援の会の事務局長として,地域の資源を活用した地域づくりにも取り組んでおられます。  三上参考人には,大変お忙しい中,本委員会においでいただきまして,まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして,厚く御礼を申し上げます。  三上参考人からは,「茨城発の再生プログラムで交流拡大・地域振興を」をテーマに御意見をお伺いいたします。  それでは,どうぞよろしくお願いいたします。 29 ◯三上参考人 三上でございます。よろしくお願いいたします。  普段,大変お世話になっておりまして,本日このようなお時間をちょうだいいたしまして,ありがとうございました。  私は,本業は都市計画,まちづくりの仕事をしておりますが,本業も含めて,ちょっと地域に何か役に立つことはないかということでやっていることを,事例としてお話申し上げまして,これからの茨城づくりの参考になればと思っております。よろしくお願いいたします。  こちらのパワーポイントをごらんいただきながら,進めたいと思っております。  きょうは,この「茨城発の地域再生プログラムで交流拡大・地域振興を」というタイトルをつけさせていただきました。ただ,先ほどの野口先生のお話のような具体的なお話というよりも,こういった考え方で再生プログラムを考えていったらいかがですかといったような御提案になってございます。  しかも,「桜田門外ノ変」の映画化支援,この取り組みを事例にしてお話しておりますので,一つの例として,こういったことでこういう取り組みがあるとしたら,ほかの場合だったらどうなるんだろうとか,そんなふうに考えてみたいなとも思ってまとめてみました。  この「桜田門外ノ変」の映画づくりというのは,ここにありますように,映画「桜田門外ノ変」から始まる地域づくりとありますように,映画づくりが目的ではなくて,ここから地域づくりが始まるといった性格のものです。もう既に4年半になります。4年半前にやろうと言い出しまして,やっと具体的な形になるのに4年半かかっております。  今,申し上げましたように,映画づくりから始まる地域づくりということで,何とかこの地域を元気にできないかということで,映画を起爆剤にしようというふうに考えてみました。4年半前に,私がこの取り組みを始めたときに「HAZAN」の映画が昔ありました。10年ほど前に「HAZAN」の映画の取り組みをした人たちが,私を誘ってきたわけですが,どうせ地域を元気にするなら,映画を絡めないかと。映画というのは,とても求心力があるんです。「映画をつくる」と言ったら,みんな振り向きます。それと,あと実際に映画が公開されますと,その波及効果,たくさんの方が見まして,すごく評判になると。例えば「地域の歴史を勉強しましょう」と言っても,そんなに人は集まらないんですけれど,映画に絡めて「地域の歴史をもっと勉強しましょう」と言うと,たくさん集まるんですね。こういった力をもっともっと地域づくりに使えないかというように考えました。  ちょうど昨年2009年が水戸藩開藩400年でありましたし,ことしがちょうど桜田門外の変から150年目と,こういった大きな節目,チャンスを地域が元気になるきっかけにできないかと。ただ,この「桜田門外ノ変」を考える前に,そもそも水戸藩をと考えたわけですが,この旧水戸藩というのは,色でついておりますように,茨城県の中でも半分ぐらいですね。スタートの段階で25万石,佐竹が常陸国を治めていたときは55万石ですか。ですから,その半分以下なんですね。主に,県央から県北です。  茨城県全体を見ますと,県南,南のほうは,つくばなどの力──東京に近いということもあって,そこそこ元気にやっていけるんじゃないかと思いますが,県央から県北というと,なかなか元気になる材料が乏しいと。そういったことも踏まえまして,何とかこの水戸藩を元気にできないかなというように思いました。  水戸藩を見ますと,狭いけれど資源が豊かであると。ここで言っておりますのが,真ん中に書いておきましたが,水戸藩の宝 歴史と文化,自然(蓄財としての豊かさ)ですね。蓄財とは,私も前はこういう言葉は知らなかったんですが,時間がたつほどに値打ちが出てくるものです。歴史とか文化とか自然,伝統といったものは,時間がたつほどに値打ちが出てきます。逆に,コンクリートでつくったものは,時間がたつほどに廃れていくといいますか,消耗品の種類なんですね。30年,40年たつと,逆にメンテナンスのお金がかかってしまうと。ところが,蓄財,歴史,文化,自然,伝統といったものは,時間がたつほどに値打ちが出てくる。こういったものが,この旧水戸藩領にはたくさんあります。これをもっともっと堂々と自慢して,地域の活性化に使えないかと。  この一番下に,薩摩の誇り 桐野利秋と書いておきましたが,これは今の企画部長の榊部長からお聞きした話なんですが,薩摩の鹿児島で桐野利秋の映画をつくると。実際にもうできまして,ことしの暮れに公開されるんですが,桐野利秋といいますと,幕末には中村半次郎,「人斬り半次郎」なんですね。人斬りの映画をつくって何の地域の振興になるんだと思ったんです。それで,企画部長の榊さんが鹿児島出身なので,「鹿児島での郷土教育は一体どうなっているんですか」と聞いたんですよ。「人斬りの映画をつくるって,これ,どうなんだろう」と。そうしましたら,鹿児島では桐野利秋は,明治維新後は陸軍少将にまでなって,鹿児島の男だったら,みんなああいう男にあこがれる。あんな生きざま,考え方がすばらしいと,そういうふうに教わるんだそうです。彼が幕末に,いわゆる中村半次郎という名前で人斬りだったということは,大学に入ってからほかの県の人から教わったと言うんですね。ですから,ああ,なるほどと。郷土教育では悪いことは教えなくていいんだと。それが,全部地域の誇りになっちゃうんですね。これぐらいのことを,私たち茨城県,水戸藩の人は,いいところをもっともっとずうずうしく自慢してPRしていけば,地域の誇りというのはできてくるんじゃないかなと思いました。  それだけの資源というのは,この私たちの地域にはあるわけです。例えば,光圀公の黄門様が生まれたときの話とか,藩主になるまでの話に,すばらしい話がたくさんあります。そういったことも私は──私は幼稚園が水戸城の三の丸で,小学校も三の丸,中学校が水戸城の二の丸で,高校が本丸にいて,全部で13年間水戸城の中で学んだんですが,全然黄門様のことは教わりませんでした。弘道館のことも教わりませんでした。これぐらい茨城県というのは,郷土教育がないんですね。謀反の誇りの塊のような地域なのに,ありません。  ここでずっといろいろ勉強していますと,とてもすばらしい人生ですし,一番下に書いておきましたが,この黄門様というは,1650~60年ごろに活躍しましたけれども,そのときの思いが,幕末というとちょうど200年後です。1867年が大政奉還ですから,ここに書いてある1657年から言いますと200年後ですが,幕末の200年前の黄門様の考え方が,幕末の水戸藩の基礎をつくっていくわけなんです。  しかも,ここに書いておきましたが,この黄門様の考え方が幕末に花開く,水戸学という形で開花していくわけですが,維新回天の原動力になっていくわけですね。慶喜公の大政奉還の考え方の基礎も,黄門様の考え方にあるわけです。  また,一番下に幕末の志士たちの「水戸詣で」と書いておきましたが,ここに西郷隆盛と吉田松陰,あと龍馬,3人挙げておきました。西郷隆盛は水戸藩の,今の後楽園のところの小石川の藩邸まで来て,藤田東湖に会ってびっくりして帰っていくわけですね。  吉田松陰は水戸の南町まで来て,会沢正志斎にいろいろ教わります。年末から年を越して,ずっと3週間ぐらい勉強して,それでお国に帰って松下村塾で教え始めると。  龍馬については,水戸藩の人に何かを教えてもらったという記録はありませんが,彼は千葉道場の北辰一刀流の免許皆伝なんです。北辰一刀流の千葉道場のメインスポンサーは,水戸徳川家なんですね。ですから,もうちょっと後の時代で,新選組に行った伊東甲子太郎はこの千葉道場から来るんですが,新選組の中では「あいつは北辰一刀流の千葉道場から来たんで,頭のてっぺんからつま先まで水戸学に染まっているんだ」と言われるんですが,このように龍馬も,どう考えても水戸学に染まっていたんじゃないかと思います。  このペーパーの右上のほうに「水戸には大変お世話になりました」と書いておきましたが,よく歴史の話を薩摩の人とか土佐の人とお話します。詳しければ詳しい人ほど,いろいろさんざん自慢話をした後に,「ところで,お宅どこから」と聞かれ,「ああ,水戸からです」と言うと,「いや,水戸には大変お世話になった」と言うんですね。「幕末に,私たちは水戸に世話になったんだ」と。これは思想的な面なんですね。そこの考え方をベースにして,薩摩,長州,土佐の人は維新回天に動いていくわけですが,そういうことを薩摩とか土佐の人たちというのは,ちゃんと水戸の人に教わったというのは,教えてもらっているんですね,今の時代でも。ですけど,地元水戸で育った私たちというのは,薩摩とか土佐の人の世話,何をやいたかなんて全然知らないわけです。こういうのも,もっともっと私たちが世の中を動かす思想を生んだんだと。また,龍馬であろうと,西郷隆盛であろうと,吉田松陰であろうと,彼らを動かす大きなもとというのは,この私たちの地域が生んだんだと,もうこれぐらいのことはもっとずうずうしく言ってもいいんじゃないかというふうにも思っております。  ただ,実際に幕末の水戸志士と一言で言うと,やはり純粋だったんじゃないかということに尽きるようですね。童門冬二さんが「井伊大老暗殺」という本を書いていますが──この赤い本なんですけど,その中で,明治の「新政府がどこかに置き忘れた初心,理念」があったという言い方をしています。水戸の人たちはこの桜田門外の変を「純粋な人々によって,純粋に実行された」と言われておりますが,この一番下にありますように,「だから,その後の人と組織によるダーティな政治技術によって,つぶされた」という言い方しているんですね。水戸の人ってとても純粋に尊王敬幕といった考え方で,どう世の中をよくしようかと動いていったんですが,それに対して薩摩,長州,土佐の人たちが,世の中をどうひっくり返すかと。まあ,外様の方々ですからね。関ケ原以来の幕藩体制をどうひっくり返すかということを中心に考えている方々の政治技術によって,水戸というのは破れちゃったんだというような言い方もされております。こんなことを童門先生もお話されています。  こういう,割とこのフルベッキ写真というのは有名なものでありますが,この写真は中に40人ぐらい,薩摩,長州,土佐,肥前,公卿,幕閣の幕末から明治維新にかけてのお偉いさん全部が映っている写真と言われているんですね。そんな写真だから,うそだとも言われているんですが,うそだという意見と本当だという意見半々なんですけれども,龍馬も写っています。西郷隆盛も大村益次郎も勝海舟も岩倉一族もみんな写っているんですが,私はこの写真がうそでも本当でも実はどちらでもよくて,この写真が本当だったら,なぜここに水戸藩の人がいなかったんだろうとも思いますし,この写真がうそだったら,なぜこのうその写真をつくる人は,この中に水戸藩の人を入れなかったんだろうと思うんですね。いずれにしても,この人たちと水戸藩の人は純粋さが違うんですね。ここは政治屋さんの集団なんです。というのがわかってきます。これはNHKの「篤姫」を見ていたときも,西郷隆盛とか島津久光がどんどんどんどん心変わりしていくところを篤姫に問い詰められますが,それに対して答えられない。彼らは政治的に変わっていっちゃうんですね,考え方が。でも,水戸の人は,もっと純粋に国を思う。これは篤姫と同じなんですね。どう幕府を建て直してやっていくかと,その辺の違いで,後の時代を担う人になったか,ならなかったかという差があったんじゃないかなと。ただ,私たちの地域の先輩たちが持っていた純粋さというのは,もっともっと誇りに思っていいんじゃないかと思っております。その気持ちが,確かに世の中を動かしていったんだと。  また,ちょっと違う見方をしていきますと,水戸徳川家というのは御三家ですけれど,尾張と紀州は権大納言で,こちらは権中納言で,将軍を出す家柄ではないわけですが,尾張も紀州も参勤交代というのはあったんですね。でも,水戸だけはいつも江戸にいてよいというので,それで副将軍とか御意見番と言われていたわけですが,こういった水戸家の役割をずっと見ていきますと,一番最後の最後に,一橋家から慶喜公が将軍になって何をしたかというと,幕引きをするというのは,この徳川の幕藩体制の中で御意見番というと,監査役のような立場だったと思いますね。本家のぐあいが悪いときに,そこは何をすべきかというと,やはり最後の最後に乗り込んでいって幕引きをするというのが,水戸家の役割だったんじゃないかと。こういった天下国家のために,最後は自分たちが動かなきゃいかんというのが,この水戸徳川家にもあったろうし,また,幕末には水戸藩の多くの人たちも,こういう気持ちを持っていたようです。そういったところから,この桜田門外の変というのが起きてきたというふうに考えると,この事件そのもの,テロではありますが,それは私たちにとって何だったんだろう,時代にとって何だったんだろうというのを,もっと考えてもいいんじゃないかと思っています。  この桜田門外の変,私も今回この映画をつくろうということになるまで,余りよくわかっていませんでした。何が大変だったかというと,この桜田門外の変は,江戸城の真ん前で起きたということなんですね。もし,どんなに偉い人でも,彦根のほうで起きた事件だったら,それほど大きくならなかったけれど,将軍のおひざ元で起きたと。これは大きなことです。それと,井伊大老が時の首相のようなんですね,大老であった。  大老が井伊家じゃなかったら,また話は違ったと思うんです。井伊家というのは譜代筆頭と言われるように,関ケ原の前から徳川軍団についていて,その中で一番強いのが彦根藩なんです。徳川軍団で一番強いチームの親分が,たった18人に襲撃されて殺されちゃったと。しかも,お城の真ん前でです。これは非常に幕府にとってぐあいが悪かったんですね。水戸藩としては,多分襲撃した人たちも,幕府を倒す気持ちはなかったかもしれませんが,結果的にそれだけの大きな事件,世の中をガラッと変えてしまう大きなきっかけになってしまったんだと。  下に書いておきましたように,今,私たち,こういうスーツなどを着ておりますが,150年前までは,着物でちょんまげをしていたわけです。日本の近代化のきっかけとなったのは,この事件からなんですね。ペリーが黒船で来たのが1853年です。それから7年たった1860年にこの事件が起きて,この桜田門外の変から7年たった1867年が大政奉還なんです。そうすると,ペリーが来て騒ぎ出してから大政奉還までの真ん中に,この桜田門外の変があって,私たちが知っている多くの幕末事件というのは,全部これ以降なんですね。新選組のことも,慶喜公のことも,みんなこの後にぎゅうぎゅう詰めに詰まっているわけです。そういった意味でも,この桜田門外の変が,今までの幕府というのは未来永劫続くものだと思っていたのが,いわゆる幕末という意味合いになってくるのが,ここからになってくるわけです。これは相当大きな事件だったわけです。  それで,今,映画もできてきているんですが,やはりいらっしゃいます,「でも,テロでしょ」って。そう,テロなんですね。司馬遼太郎先生は,水戸が大嫌いな先生なんですけど,この司馬遼太郎先生も「幕末」という本の中で──「幕末」という本は,幕末の暗殺劇を10篇集めた本なんですが,その中で,一番目が桜田門外の変なんです。このほかの9個については余り評価していないんですけど,この桜田門外の変だけは,時代を前進させたという意味で,世界史的にも例を見ない珍しい暗殺だと,非常に価値があると褒めているんですね。水戸嫌いの司馬遼太郎先生が,褒めている。  司馬遼太郎先生は,この事件そのものを褒めているのと,もう一つはここに参加した人,この桜田門外の暗殺者群そのものも,下のほうにありますが,詩精神があって非常にすばらしいと,人格的にもすばらしいと褒めているんです。まあ,テロはテロなんです。ですけど,これが歴史的にどういう意味があったのか,事件そのもののよしあしではなくて,ここに参加した人たちの志,また,この事件そのものが,どういう歴史の流れを生んでいったかと,そこのところに着目すると,その価値というのは,すごく評価できるんじゃないかと思っております。せめて地元の私たちは,これはすごく価値のあるものだと思うべきではないかとも思っております。  そういったことで,私たちはこの「桜田門外ノ変」の映画づくりをしようと考えたわけです。吉村昭さんが,とてもすばらしい原作を書かれておりました。これをベースに映画化しようと。吉村昭さんの「桜田門外ノ変」という本は,関鉄之助というこの襲撃部隊の現場の指揮官の日記をベースにしております。そういった意味で,純粋に水戸藩側から見た事件なんですね。これは,余り極端に水戸びいきになるんじゃないかという意見もあるかもしれませんが,吉村昭さんは,その辺はかなり中立の立場でお書きになっていらっしゃいますし,ただ,そこそこ水戸びいきで言っていても,今までほとんど薩摩,長州,土佐側からの歴史観だったので,この事件ぐらいは大きな声で,水戸から言ってもいいんじゃないかとも思っております。吉村昭さんの原作でいこうと。  そこで,ここぐらいまでだったら,この映画づくりそのものが,どの程度の大きさになるかという予想は,まあ,どうなるか,映画がどの程度いいものになるかわからなかったわけですが,この青字で書いてあります,監督で佐藤純彌さんですね。「男たちの大和/YAMATO」という5年前の映画ですが,戦後60年を記念してつくられた大きな映画で,全国で400万人以上の人が見た,大成功した映画です。この「男たちの大和/YAMATO」を撮った佐藤純彌監督が,この「桜田門外ノ変」の映画を「よし,おれが撮ってやろう」と言ってくださったんです。これがとても大きかったですね。  佐藤純彌監督は,この前に反町隆史さんが出た「蒼き狼」というチンギス・ハーンの映画があったんですが,その「蒼き狼」の監督をやらないかという話があったんです。これはもっと大きな映画だったんですが,ところが佐藤純彌監督は「今,この時代に『蒼き狼』撮ってどうするんだ」と言って,「今,この『蒼き狼』という映画を自分が撮る意味がない」と言ってお断りしたんです。その監督が「この『桜田門外ノ変』は,これは今の時代に撮る意味があるんだ」と言って,「よし,撮ろう」と言ってくださったんです。  この段階で,私たちのこの映画化の取り組みというのは,全国区にどんと大きくなってしまったわけです。どうしても地域発案型で映画づくりをしていきますと自主製作的な,茨城県の外にはなかなか出られないような映画づくりで終わってしまうわけですが,この佐藤純彌監督が「やろう」と言ってくれた段階で,それこそ世界とも勝負できる映画になってきたわけです。配給は,東映が全国に出していきましょうと。今は東宝とか東映,松竹,また最近アメリカの21世紀フォックスとか,そういう会社も配給しますが,大きな映画はこの配給会社に関係なく,どの映画館もあけるんですね。今回は東映ですが,もちろんひたちなかや内原にあるTOHOシネマズ,東宝の会社も映画館をあけてくれて,全国300館以上あけるというふうに,大きな映画として上映される予定になっております。  これは,先ほどお話しました原作ですね。今,文庫本で出ております。この主人公,関鉄之助って私も全然知りませんでした。現場の指揮官,18人のうちの一人なわけですけれど,水戸藩でも下級武士ですね。  この次にありますように,大沢たかおさんがこの映画の主役をやってくれることに決まったんですが,彼が何でこの映画に出ようと思ったかという話を後でしていましたが,佐藤純彌さんという超大物がメガホンを撮ってくれるというのもありましたけど,あとは,無名の人でも国を思う気持ちがあって,世の中を動かすきっかけをつくったんだという,そこに共感を覚えるという言い方をしているんですね。そういったところを,大沢たかおが2月の記者会見のときに言っておりましたが,自分もこういった幕末の志士たちと同じ遺伝子が流れているに違いないと。そういった思いでこの役を演じて,それを全国の人に伝えられたらと,そんなことを言っておりました。  また,北大路さんも,これは佐藤純彌監督と仲よしだったので,「じゃ,出てあげるよ」と言って出ていただいたんですが,とても超大物で,映画そのものの格が上がるんですね,この北大路さんが出るか出ないかで。しかも,現場にすごく緊張感が高まるといいますかね,すばらしい現場ができちゃうんです,彼が登場するというところで。大沢たかおさんは今非常に人気がありますが,それに加えて,北大路さんがそこに格をつけてくれたというような形になっております。  私たちは,こういった取り組みを進めていたわけですが,最初にお話いたしましたように,映画づくりが目的ではなくて,そこから始まる地域づくり,どうやって地域を元気にしようかということが目的でしたので,それを単に映画じゃなくて,もうちょっと総合的にやっていこうと。それで平成20年に,ちょうど福田内閣でした,そのころは。もう大分昔の感じがしていますが。福田内閣のとき「中央と地方の格差是正」というのがかなり大きな声で言われたときがありまして,そこで,地方の元気再生事業というのがあって,全国にソフト事業で,地域を元気にするための取り組みは何でも応援しますというのがあったんですね。そこに応募しまして,それで内閣府が応援してくれることになりました。  ここにいろいろ書いてありますが,具体的には,例えばここに,これは上に5つ,縦に4つで,全部で20個の写真があります。これは1つが1個のイベントなんです。ここに20個あって,この次にまた20個あって,この次に20個で,これは60個あります。60個のイベントをやりまして,全部で数千人の人が参加してくれました。映画が目的ではないので,先々映画が公開されて,その波及効果でたくさんの人が映画を見て,いやー,茨城って──映画ですから,風景がたくさん写ります。きれいな風景たくさんあるねとか,茨城の歴史ってすごいねと言って観光客がふえてくることを考えているわけですが,そういうときに地元の人たちが,地元の歴史のことを語れなかったのではぐあいが悪いわけですね。また,せっかく美しい風景が,手前に看板などをつくっちゃって見れなくなったりしたら,もう格好つかないわけですね。ですから映画化される前に,歴史の勉強をしましょうとか,自然を見直しましょうとか,自然散策会とか史跡めぐり,そんなことをしたり,あと,お客さんが来たときにはちゃんと対応できるように,おもてなしの講座などもやったりして,映画の効果で先々地域にたくさんのお客さんが来たときに備えて,こんなたくさんの勉強会などをやりました。  また,こういうかわら版とかポスターとかのぼりとか,そういったものをつくって,県内の方々に,こういう映画つくりますよ。この映画で地域を元気にしましょうということを伝えていきました。  これは平成20年度で,次の平成21年度にも──昨年度ですね,引き続いて内閣府から支援をいただいて,この地域発案型映画づくりを起爆剤とした活性化事業というのを進めてまいりました。これは,ちょっとごちゃごちゃ書いてありますが,こちらではもう少しわかりやすくなってまして,真ん中のオレンジ色の小さい楕円のところに,メインロケ・桜田門外オープンセットの誘致・建設と書いてあります。この映画づくりを進めて,それを地域の元気につないでいこうと考えているわけですが,これは皆さんよく御存じのように,「おくりびと」の例がよく出ますね。「おくりびと」が,せっかく富山県が舞台の映画なのに,それを全部山形県の庄内地方で撮ったので,お土産も観光客もみんな山形の庄内地方に行ってしまうわけです。今回のこの「桜田門外ノ変」という映画も,水戸藩のことがテーマになっても,これを水戸で撮らなかったら,だれもお客さん来ないんですね。  しかも,今回,配給が東映なもので,東映は京都に太秦を持っているんですね。「水戸黄門」を撮影しているところです。東映映画村を持っていまして,その東映の美術スタッフが脚本を読んで,「これは全部京都で撮れる」と言ったんですね,「このほうが安上がりだ」と言って。それをやられちゃったんでは,こちらはここまで仕掛けて,地域の元気にも全然つながらないというんじゃ,もう話にならんというので。ところが,この佐藤純彌監督は,前に「男たちの大和/YAMATO」を撮ったときに,一番大事なところは,つくるんですね。コンピューターグラフィックじゃなくて,本物をつくりたいと。「男たちの大和/YAMATO」は,広島に大和の艦橋と甲板の,大和の前半分実物大をつくったんですね。そこで実写で撮ったんです。兵隊が並んでいたり,いろいろ攻撃されたりするのは,実物のところで撮ったわけですが,そういったように今回も「『桜田門外ノ変』を撮るんだったら,一番の山場の襲撃シーンは,本物のセットでつくりたい」と言うんですね。全然何もないところでチャンバラのようなことをやって,あとの建物は全部コンピューターでつくっちゃうという方法もできるわけですが,それではこの映画はできないということで,本物をつくってほしいと。  それで,どうする。どこにつくるという話になったわけですが,だったら,これを水戸につくりましょうというので,私たちが水戸でつくると。そのかわり,一番大事なものは水戸が用意するから,この映画のロケ,最初は全部茨城で撮ってくれということを言ったわけですが,実際には,茨城に幕末の映画にふさわしい資源がそんな豊富なわけじゃないんですね。ですから,全体の3分の2ぐらいだったわけですけど,でも,大事なところは大体茨城で撮ってくれました。このオープンセットを水戸につくるから,なるべくたくさん茨城県内でロケをしてくれと,そんな話をして,全体の仕組みを考えていきました。このオープンセットがかなめになりまして,それを中心にたくさんの県内ロケ,また,それに絡めていろいろな活性化のイベントを進めていこうというように考えていったわけです。  実際に,候補地はもう一つ,県有地のところもありました。あと,ここは昔,徳川慶喜の展示館になったところですね。私たち,県有地とこの市有地の2カ所をお勧めしたわけですが,最終的には監督と美術スタッフのほうで,この水戸市の公園のところにつくろうというように決まって,実際に太秦の美術スタッフは,こんなのつくりたいという絵を描いてくるわけです。本当にこんなのできるのかなと思っていましたが,去年の10月に工事を始めまして,1月10日に完成ということですね。  たくさんの方にごらんいただきまして,ごらんになった方も多いかと思いますが,一番奥にありますのが彦根藩邸で,彦根藩邸は3階建てぐらいの高さがあるんですね,普通の建物の。手前にあります安芸広島藩とか杵築藩の建物は,2階建てから3階建ての高さがあります。まあ,こんな感じですね。  この桜田門そのものは,4階建てから5階建ての高さがあります。こういう門をつくって,また,襲撃シーンは雪の日ですから,雪化粧をした様子ですね。真っ白な桜田門,こんなふうに,これは寒水石という太田の大理石の粉を70トン敷き詰めてあります。  これは彦根藩邸ですね。北大路さん自身は襲撃と関係ないから,このシーンには出てこないんですが,サンダル履きで出てきまして,もうこのセットがすばらしいというので,かなり褒めて帰っていきました。  また,こういった襲撃の外のセットだけじゃなくて,これは江戸城の松の廊下ですけど,こういったところ,ここは北大路さんがどんどんのし歩いていったわけですが,こういったものもつくったり,あと,篤姫のだんなさんの家定公が亡くなった将軍の寝室とかですね。  そんなものをつくって,2月に撮影現場会見,現場のプレス発表というのをやりましたら,全国から,主に東京からですけれども,150人ぐらいマスコミ関係の人が見えました。  そして,一番左側の佐藤監督,真ん中の大沢たかおさん,あと右側の北大路さんの記者会見というのを行いました。  それで,撮影が始まったわけですね。  これは佐藤純彌監督。また,キャメラマンとかですね。  あと,これもあそこのセットの中につくったんですが,老中の溜まりの間というところの撮影です。  これは,また雪のシーンの撮影ですね。  雪の中を彦根のかごを担いだ行列が来るシーンですね。両サイドを水戸藩の人たちが,18人が待ち構えていると。  それで,まあ,こういったことをやって,ここのオープンセットを拠点に,県内でたくさんのロケを実現したというわけです。  そして,私たちはこういった映画そのものの応援,製作現場での映画づくりに参加しましょうという,映画づくりそのものの応援も含めて,全体で100万人の鑑賞運動というのをやっていました。  一つは,1,600人以上のエキストラ。エキストラ登録だけでも4,000人ぐらいいまして,1,600人ぐらいエキストラに出ていただきましたし,あと炊き出しの支援とか,オーディションもやりました。  また,そのロケの終わった後に,オープンセット・展示館をみんなで見に行こうといったような運動。また,映画づくりに対する後方支援というような形で,出資金や協賛金のお願いといったことも進めてまいりました。  これは,エキストラですね。これは,一度に400人の方にお願いしたんです。もう400人の方,一人一人カツラと着物を全部セットするので,朝の3時,4時に来ていただいて,撮影しました。  また,炊き出しの支援は,1月,2月で,全部で5,000食分提供しました。これも全部ボランティアの方にお願いしています。  また,2月20日に,ここでの撮影が終わってからは一般公開をしまして,たくさんの方においでいただきまして,6月までで10万人を突破しています。  ここでは,いろんなイベントもやっているんですね。こういう幕末のコスプレ・イベントもやっていまして,最近はコスプレといいましても,歴女という,歴史が大好きな女性たちが,忍者の格好とか,お侍さんの格好とか,お公家さんの格好とかをして写真を撮りたがっているんですね。こういった人たちが楽しめる日を設定してあげると,たくさん来ます。こんなこともやったりしています。  また,既に6組か7組ぐらい結婚式もしました。舞台が白いということと,大沢たかおさんの映画のセットだというので,結婚式をここでやりたいというのがあって,もう6組ぐらい結婚式が行われました。  あと,ゴールデンウィークからは,オープンセットはそのままに残しておりますが,記念展示館というのをスタートさせました。映画のことと,あと幕末のこと,水戸藩のこと,桜田門外の変のことがよく勉強できるような展示館をつくりました。  こういう大砲も,これは太秦の人がつくったレプリカですけど。本物の大砲は1トンぐらいあるらしいんですが,これは実際撮影に使った大砲ですけど,これはとても軽いです。さわるとわかっちゃうんですけど,でも本物そっくりですね。  また,こういった製作協力券というのも販売してたくさんの方に,エキストラとかオーディション,炊き出しのように映画の製作そのものに直接かかわるような形で,私も映画づくりに参加しましたよという方もあります。また,オープンセットと展示館に来ていただいて,映画づくりを実感していただくということもあります。また,こういった製作協力券を買っていただいて,後で見に行くということで,私も映画づくりに参加しましたよと。茨城県のたくさんの人が,この映画に何らかの形でかかわりを持って,それで映画の完成,上映を楽しみにしていただけるということが,後々この映画が,地域の元気につながる大きな基礎になるんじゃないかとも考えています。  この映画そのものの全体のスケジュールとしては,昨年の10月20日にオープンセットの着工をしまして,映画のクランク・インは1月20日にされまして,3月30日にクランクアップ,もう撮影は全部終わって,今,映画の編集も終わりました。そして,先々週ですか,週末に,7月25日に完成報告会,試写会,あと感謝の集いというのを開催させていただきました。委員の方にも,たくさんの方に御参加いただきまして,ありがとうございました。無事撮影が終わって,編集も終わって,映画が完成いたしました。  今後,10月16日ですから,まだ2月半ぐらい先ですが,からが全国公開・ロードショーということになっております。茨城県内の映画館といいますと,シネコンも合わせると11カ所ありますが,そこを全部開きます。そこでロードショーがスタートしまして,何とか大成功に持っていけないかなと思っております。  オープンセット・記念展示館のほうは,今の予定では来年の3月末いっぱいという予定です。私たちもあそこの場所を占拠しているわけで,もともとあそこは地域のいろいろなイベントに使われていたんですが,それを去年の10月から来年の3月までで1年半にわたって占用しているわけですので,私たちからはなかなか期間を延長してほしいとは言いづらいんですが,今後映画が成功して,地域の方がオープンセット・記念展示館をもっとたくさんの人がみたいという声が多ければ,ここを延長するということもお願いしたいなとも思っております。
     まあ,こういった取り組みをしてきているわけです。  あと15分ほどですが,この取り組みから見えてきたことということで,ちょっと私まとめてみました。  まずは,茨城の力ということで書いておりますが,茨城の人たちの本音として,どうしても茨城の人は東京に行ったりすると,「どこから」と言われると,堂々と「茨城から」と言えなかったりするわけです。でも本当は,ふるさと茨城がみんな大好きなんですね。大きな声でふるさと自慢できる理屈がほしいと。「あの納豆の」なんて言われないで,「『桜田門外ノ変』の」と言われるのか,「大沢たかおさん主演の映画の舞台の」と言われるのか,何と言われるのかわかりませんが,「あのすばらしい歴史を持った茨城県ですね」とか何か言われると,「そうなんですよ」というように,本当は自慢したい。ただ,それを言える理屈がなかなかないんですね。それをとてもほしがっているという感じがしました。ですから地域の人たちが,地域を誇りを持って堂々と自慢できないと,地域は元気にならない,豊かにならない,すばらしくならないので,この辺のところが大きな一つのポイントとしてあるんじゃないかなと思いました。  また,2)は茨城のすばらしさですね。ふるさと茨城にはとてもすばらしい蓄財,最初にお話しましたように歴史,文化,伝統,自然,風景がある。本当に時間がたつほど値打ちが出てくる茨城の,このすばらしい資源をもっともっと活用しないことには,地域は元気にならないんじゃないかなと思いました。  3)に,蓄財の活用が交流拡大・地域振興に,ということを書いてみました。全国に誇れる茨城の蓄財の再発見・利活用,これが他の地域からの交流拡大促進のかぎを握るのではないか。これは,ヨーロッパの町などを見ても本当にそうだと思います。新しくできた建物がどうだということじゃなくて,本当に地域の歴史,文化,例えば昔ながらの町並みとか歴史的な風景,自然,そういったものが,それがあるだけで,たくさんの人が見に来るわけですね。何も,わざわざ新しいものをつくらなくてもいいわけです。  ただ,今の茨城には,この交流を拡大するための基本的なインフラというのは,かなりしっかりできてきておりますから,これを今後,もっともっと効果的に活用することが地域の振興につながるわけですが,そのためには,こちら側,この茨城側が持っている宝をもっともっときちんと磨いて,見せていくという必要があるんじゃないかと思っております。その宝というのは,蓄財なんじゃないかなと考えています。  そして,茨城発の地域再生プログラム。プログラムそのものじゃなくて,その考え方として,この4年ぐらいやって思ったことなんですが,真の豊かさづくりで交流拡大・地域振興を,ということで,今お話しましたように,地域の持っている蓄財というものをもっと前面に出していこうということ。それで,茨城をもう一回組み立て直していく必要があるんじゃないかなと。  また,例えば県北でやっています,ああいった里山での暮らしというように,地域の持っている資源,蓄財と,生活スタイルというのをくっつけるというのが,とても大事じゃないかと思うんですね。ポーンと行って,ああ,それ,おもしろいというんだったら,それこそ,ただの観光地みたいな感じなんですが,そこの茨城の持っているよさが,ライフスタイルの提案につながるようなものということが,とても大事なんじゃないかと思っております。  茨城県というのは,日本人,海外の人に対しても積極的にPRできるだけの資源,それを使ったライフスタイルの提案ができるんじゃないかと思っております。これ,蓄財とライフスタイルをセットにした地域のよさ,豊かさづくりをする。これが交流拡大・地域振興につながるんじゃないかと。  次に,2つ目に思いましたのは,「新たな公」という言い方を最近よくします。地域づくり,まちづくりというと公共という概念があるわけですが,これはよく「新たな公」といって,もっと市民参加をとか,そういう言い方をしておりますが,よくよく考えてみますと,公というのは,公私と言って官民とありまして,日本だと割と,公は官,私は民なんてなっておりますが,昔は日本でも道普請といったら,近所の道を,お役所の人も民間の人もみんな一緒につくる,よく直すわけですね。道普請,公共のことというのは,官民一緒にやるんです。私のことは民でいいですけど,公のことが官じゃなくて,公は官民一緒にやるというのが,昔からの約束事だったはずなんです。それを最近「新たな公」なんて言い方をしますが,「新たな公」というよりも「昔からの公」と言ったほうがいいと思いますが,こういった地域づくり,地域再生といったようなことを考えるんだったら,これはもっともっと民間の力を使って,その人たちがどーんと考えているとか,何かをしたいって,それを行政が後ろからサポートしてあげる。そんなやり方ということも,もっともっと考えていただけたらいいんじゃないかなと思っております。  実際に地域で,経営の視点を持って頑張っている民間人ってたくさんいるわけですから,地域で頑張っている,そういった実践的なスタッフというのを,地域の再生のためにピックアップして,そこを後押しする。  ただし,そのときには,志の共有を,と書いておきましたが,今回の映画づくりから始まる地域づくりを始めてみますと,やはりいろんな人が途中で入ってくるんです。これで,ちょっと自分ももうけちゃおうかなとか,何か便乗しようといって,いろいろ入ってくるんですが,そういう人は大体うまくいかないんです。今回の映画づくりから始まる地域づくりをやっています私たちのスタッフというのは,すごく純粋に映画が好き,それを地域づくりにつなげたいと考えている人が多くて,そういった志とか考え方が,1本筋が通っていると,変な人が入らずに,真っすぐ行動ができるんですね。そういったのを見ていますと,単に力があるというだけじゃなくて,志をそろえて茨城のために頑張ると。こういったことを共有する人集まれというようなやり方というのが,とても大事になってくるんじゃないかとも思いました。こういった民間からの力をもっともっと使った,新しい担い手づくりというのを進めてはどうかというのが2つ目。  3つ目は,これは今回の映画の話をする前からちょっと思っていたんですが,個性を守り育てる独自の制度づくりを,ということを書いてみました。今回は茨城が舞台の映画づくり,そこで,どうそれを地域づくりにつないでいくかというのを考えたわけですが,今までは,いろいろな制度というのを国は考えてきました。国は,その時代その時代に必要な制度をつくって,制度設計をして,それを全国に広げていったわけですが,その国の言う制度にのっとって事業展開をすれば,大体地域は元気になったんですね,昔は。ですけど,今はもう地域は,そう国がホイと言った一つの色,一つの制度で元気になるわけもないし,特に昨年ごろからは,いろんな事業仕分けもありましたが,その中でどうも言っていることは「地方のことは地方で考えなさい」と,ポンと「お任せするから,後はどうぞよろしく」というような形に変わってくるように聞こえております。そうすると,例えば公園をつくる,住宅地をつくる,道路をつくるということがあります。また,地域を元気にするためにどうしたらいいかという,そのための制度というのは,茨城が茨城でちゃんと考えないと,茨城のためになる制度にならないんじゃないかということ。あるいは逆な言い方をすると,茨城の人が考えないと,だれも茨城のことを考えてくれない。ですから,この地域の個性とかアイデンティティを尊重した茨城独自の制度設計,その中に事業手法とか事業主体とか,そんなことも全部含めて,茨城だったら,こういう方法で地域づくりをするということを考えていくようなことが必要になるんじゃないかと思っています。  その際に,この下のほうに書いておきましたが,茨城の個性と発想を生かせる,総合政策としての制度設計を。省庁縦割りの形の事業ではなくて,例えば景観ですが,今回映画でたくさんの風景を撮りました。その美しい風景,全国の人が「茨城の風景いいね」と言って見たときに,それを守ろうと思ったときには,どういう施策で守れるんだろうかというと,風景ですから,その中にあって都市も,あと自然も,農村も,文化的な資源もみんなまざってしまうんですね。そうすると,それを部局ごとに所管していたんじゃ,とても追い切れなくて,まさに景観,風景というのは,総合政策の結果としてのものではないかと思います。こういったことをきちんとサポートできるような,茨城だったら,こうやって景観を守り育てていくんだというような制度設計,方法論の検討というのは必要になるんじゃないかと。  また,先ほどの「新たな公」,新しい担い手のことも含めますと,中央と地方の関係,あと,官と民との関係というのはどうなるんだろうかと。その辺も,制度的にきちんと今後考えていかなければいけないところじゃないかなというように思っております。今お話したのは,観点としてお話しておりまして,まだ具体的なことではないんですが,今後,こういったことで御議論いただけるといいかなと私は思いました。  最後に,「桜田門外ノ変」の映画の中で,映画のパンフレットとかマスコミのインタビューなどで,佐藤純彌監督と大沢たかおさんがおもしろいことを言っているので,ちょっと拾っておきました。  佐藤純彌監督が「水戸の方々の郷土愛により,それが日本を愛することに繋がるということに気付かされた」自分の郷土を愛するということ,そこから日本を愛することにつながっていくということに気づかされたと,そういうようなことを言っておりました。  また,その後いろいろ言っていますが,「歴史,時代に関わることが,その後の歴史,時代を変える,ということは,今の現代でも充分有り得ること」ですね。この映画を「観終わった後に『今という日本の社会にいかに関わっていけるんだろう』」と見た人は考えてくれたらいいなと。余りに今の若い人は,時代にかかわらずに横を向いている人が多いということも監督は言っていまして,どういう形で今の時代にかかわっていけるんだろうと,この辺,考えてくれたらいいなというようなことを言っておりました。  また,大沢たかおさんも,先ほどちょっとお話いたしましたが,この「幕末というと坂本龍馬・西郷隆盛・勝海舟等,たくさんいるが,別に歴史に名を残している人物だけではなく,無名の人でも国を思い,国の未来を思って何かをしようと動き出せる。若い人達だけじゃなく,現代に生きる人達に,国のことを考えて行動していた時代の”気概”を伝えていきたい。」と,こんなことを言っております。この映画が,まさにこの変革の時代に,これから一人一人が何か行動しようとするときのヒントにもなればなと思っております。  こういう映画づくりを進めながら,地域のことを,このように考えてみました。以上でございます。 30 ◯森田委員長 どうもありがとうございました。  ここからは,意見交換の時間とさせていただきます。  ただいまの参考人のお話について,委員の方で何か意見,または御質問がありましたら,遠慮なくどうぞ。いかがでしょうか,感想でも結構ですけど。  舘委員。 31 ◯舘委員 大変貴重な参考人としての御意見をいただきまして,ありがとうございます。  その中で一つ,私も応援団の末席の一人として,ちょっと今のお願いの中で残念だなと思うことがございまして,逆に応援団の一人として補足させていただきながら,また,参考人からももっとお願いをしていただければなという思いがございます。というのは,今回のこの事業の中で,地方の元気再生事業において茨城県が採択に協力して事業に乗ったということ,そして,またセットについても,茨城県がきちんとお金を出してきたということでは,県も責任があるということ。そういう中で,実は先ほど見ておる中で,3月に閉館予定であるということでございます。多分10月に上映された後に,場合によっては大ヒットするかもしれない。場合によると昨年の「おくりびと」のように,アカデミー賞を受賞するかもしれないという状況もあるかもしれません。そのときに,受賞した後に実は閉館でつぶしてしまったということでは,大変残念なのかなという気がいたしております。  実はセットの場所を私も,先ほど出てきましたが,佐藤純彌監督とともに行ったときに直談判をしてきた一人でございます。場所が,水戸市の管轄の千波湖公園の場所でございます。実は,その前から土木部の皆さんで御協力いただいて,偕楽園の側で撮影できるよう,いろいろもう御協力をいただいて準備万端だったんでございますが,やはり美術スタッフさんが,どうしてもこっちじゃなきゃだめだということで,あのロケの場所が水戸市の所管側になってしまいました。したがって,今後,茨城県も金を出した都合もありますので,ぜひともこのセットを映画が終わった後も,先ほどの郷土の歴史を学ぶ,また,いろんな方がもう一度あそこの場所を,これだけいいものをつくったんだから残したいという思いが多々あるというふうに思います。そういう中で,水戸市側のことではなくて,茨城県もお金を出したり協力しているという中で,できれば御協力のお願いじゃなくて,未来永劫とは言いませんけれども,もっとセットの期間,置ける場所の部分を,我々も協力していけるような部分を,ぜひ参考人からも再度お願いをしてもらったほうがいいのではないかなと,あえてフォローで。 32 ◯三上参考人 先ほど,舘委員からもお話ございましたように,このオープンセット・記念展示館にかかる費用に関しまして,県からも補助金をいただきまして,ありがとうございました。  県議会ではお決めいただきましたので,水戸市議会でもお決めいただきまして,本当に助かりました。それと,かなり今評判がよい施設でございますので,あとはもう一つ,別のことを言いますと,資金回収をする意味でも,今度の3月ではちょっと無理かなと。もちろんこれは映画の当たりぐあいによりまして,10月16日にロードショー,それで,どれだけの人が来るか。入場料収入であのオープンセットの費用は賄うようにしておりますので,たくさんの人が見えないと借金が残ってしまう。できれば,期間を延ばしたいという希望はもちろんございます。何とか県を挙げて御支援いただければと思っております。 33 ◯舘委員 あれは幾らかかったんですか,オープンセット。 34 ◯森田委員長 あれは,県と市と支援の会の3者で……。 35 ◯舘委員 合計幾らかかったんですか。 36 ◯三上参考人 全部で3億円です。  慶喜展示館は7億円だったんですけど,それに比べると半分以下なんですが。市と県,3,000万円ずつ,それと,あとことし──県は3月からですかね,緊急雇用対策のお金で,あそこの現場のスタッフの,今使っています全体の3分の2ぐらいのスタッフが,その緊急雇用の県と市のお金をいただいて,お金を払っています。 37 ◯半村委員 今のところ,入場料の収入はどうですか。3億円かかったんでしょう。3億円かかって,それで今帳尻を合わせようというんだけれども,どうですか。 38 ◯三上参考人 3億円のうち,1億円ぐらいはそのいただいた補助金と,あと今までの入場料収入でやっています。あと2億円ぐらい。 39 ◯半村委員 あと2億円じゃ,来年3月までじゃ,無理だろう。やはり期間を延ばさないと。今言うように映画をやって,そうしたらこれからあるんだってね。 40 ◯森田委員長 でも,幾らでしたか。700円でしたか,800円でしたか。 41 ◯三上参考人 800円。 42 ◯森田委員長 私も見てきましたけど,一緒に行った方が──20人ぐらい一緒に行ったんですが,みんな「800円で安い」と言ってましたよ。それほど中身はいいというようなことを。普通ちゃちなことが多いけど,かなり立派ですから。 43 ◯三上参考人 実際に,しかも800円ですけれども,団体ですと600円ですからね,さらに安く。 44 ◯海野委員 あの中で映画は公開しないんだ。上映する場所はないんだ。 45 ◯三上参考人 そうですね。あの展示館の中に小さいスクリーンはありますが,公開された後は,そこでも上映したいと思いますけど。 46 ◯森田委員長 ただ,先ほどお話がありましたように,映画づくりだけではなく,映画会社じゃないわけですから,ああいうものをつくることによって茨城の新しい発見につながったり,魅力を感じていただいて,交流人口をふやそうというふうなことにつながれば一番いいわけでしょうからね。 47 ◯三上参考人 だから,今回の映画も,全部わかって映画を見に来る方もいらっしゃると思いますが,例えば大沢たかおさんや子供店長も出ますので,子供店長のファンで,映画館に行ってから時代劇でびっくりした,これでもいいんですね。それで2時間映画を見て,それから勉強を始めていただいても,これは茨城にとっては大きなプラスになるわけですね。 48 ◯海野委員 これ,唯一物足りないなと思うのは,艶っぽさがないんだよね。(笑い声)ロマンがないところ。「龍馬伝」でも何でもヒットするのは,やっぱり艶っぽさが少し入るから。 49 ◯三上参考人 奥さんとお妾さんと2人いるんですがね。 50 ◯海野委員 見てないけども,多分艶っぽさがないんだよね。(笑い声)「龍馬伝」でも何でも,ちょっとあるんだよね。 51 ◯半村委員 水戸のほかには,12市町村でやったの,ロケは。 52 ◯三上参考人 水戸を含めて12市町です。 53 ◯半村委員 例えば常総の坂野家なんかでやったでしょう。 54 ◯三上参考人 やりました。高萩の穂積家住宅,日立の久慈浜海岸,大子の袋田の滝と久慈川の上流のところ,それと常陸大宮の諸沢地区の農家のところ,城里の公園のところと那珂川の河原のところ,水戸はオープンセットと偕楽園と弘道館と吉田神社,あと歴史館の茂木家住宅でもやりました。それと,茨城町の木村家住宅,あと,かすみがうら市のセゴビアゴルフ倶楽部のところに,ちょうど峠越えのいい雰囲気のところがあって,そこと,あと,つくばみらい市のワープステーションと,あと常総の坂野家住宅と。これで12になりますかね。 55 ◯海野委員 ひたちなか市は出てこないな。(笑い声) 56 ◯森田委員長 せっかくですから,ほかにいかがですか。何でも結構ですけども。  萩原委員。 57 ◯萩原委員 僕もセットは見に行かせていただきまして,やはり僕も水戸にちょっといたものですから,ああいう千波湖みたいなきれいなところで,偕楽園があって千波湖があって,皆さん散歩に来るようなところで今セットができているんですね。僕も映画を見に行きたいと思っているんですけれど,さっきも舘委員からもありましたが,やはり見に行ってから,また訪れてくれる人が多くなるんじゃないかなと思いますので,今後,そういった後の部分でも,頑張っていただきたいと思います。 58 ◯三上参考人 ありがとうございます。 59 ◯森田委員長 じゃ,土木部長,それ,何とか先延ばしできるように側面から支援してあげてよ。少し期間が長くなれば収入も違うでしょうし,できるだけ……。 60 ◯三上参考人 入場者がふえるためには,映画が成功するのが大きな要素なんで,少なくも茨城県民は──まあ,どれぐらいでしょうかね。例えば「劔岳」というのは富山県が舞台ですけど,富山県は100万人の人口なのに20万人が見たんです,2割が。 61 ◯海野委員 子どもたちに優待券渡してないの。(笑い声)出したらいいのに,各学校に優待券。 62 ◯三上参考人 そうですね。茨城県民が2割だと,60万人とかが見ていただけると。東映は,全国で200万人を目標にしています。 63 ◯半村委員 歴史を教えるときには優待券だな。 64 ◯森田委員長 県庁職員さんもぜひ見てもらうように,ちゃんとね。 65 ◯三上参考人 そうですね。 66 ◯森田委員長 よろしいですか。──。                〔「はい」と呼ぶ者あり〕 67 ◯森田委員長 それでは,ありがとうございました。  以上で,「茨城発の再生プログラムで交流拡大・地域振興を」についての意見聴取を終了いたします。  三上参考人におかれましては,大変責重なお話をいただきまして,大変ありがとうございました。  本日,お話いただきましたことを,今後の本委員会の審査に役立たせてまいります。  本当にありがとうございました。  以上で,意見聴取を終了いたします。      ─────────────────────────────── 68 ◯森田委員長 ここで,暫時休憩いたします。  再開時間は,午後4時ちょうどといたします。                  午後3時44分休憩      ───────────────────────────────                  午後3時56分開議 69 ◯森田委員長 それでは,これより再び議事に入り,執行部の説明を求めます。  最初に,澤田道路建設課長。 70 ◯澤田道路建設課長 それでは,「交流拠点をつなぐネットワークづくり(道路の改善と活用)」に向けた目指すべき方向性と今後の施策について,御説明させていただきます。  右肩に閉会中委員会資料と書かれた資料の1ページをお開きいただきたいと思います。  初めに,目指すべき方向性についてでございます。  まず,物流の効率化,企業立地の促進の観点では,人やものの交流を拡大し,地域の活力を生かしていくため,高速道路綱の早期構築や幹線道路の移動性を向上するなど,幹線道路綱の充実を図っていくことが求められております。  次に,観光振興の観点では,交流人口を拡大し観光振興を図るため,観光客の移動性の向上に資する道路整備や道路交通情報,観光情報の提供などを充実し,観光周遊ルートの形成を図るとともに,地域住民等と積極的に連携していくことが求められております。  このような方向性のもと,展開すべき今後の施策でございます。  まず,物流の効率化・企業立地の促進についてですが,高速道路綱の早期構築に向け,ミッシングリンクとなっている圏央道や東関東自動車道水戸線の整備促進を図っていく必要があります。  委員御承知のとおり,ことし1月には,日野自動車が古河市に新工場の建設計画を表明し,また先月には,雪印乳業が阿見東部工業団地の士地売買契約を締結するなど,圏央道の周辺では企業立地が進んできております。  また,昨年7月に開業いたしましたあみプレミアム・アウトレットでは,初年度の来場者数が目標を38%上回る550万人を超えるなど,地元雇用の確保や地域経済の活性化の起爆剤となっております。  しかしながら,圏央道のつくば中央インターから西側については,平成24年度の開通目標時期の検討が行われており,また,東関東自動車道水戸線の潮来・鉾田間につきましては,国の直轄事業により整備されるものの,開通時期は示されておりません。  このようなことから,来週10日の火曜日には,圏央道・東関東自動車道水戸線の整備促進大会を開催し,国土交通省を初め,関係機関に要望活動を実施することとしておりますが,今後も引き続き,高速道路の整備促進に向けて積極的に取り組んでまいります。  また,現在整備を進めております(仮称)石岡・小美玉スマートインターチェンジや,水戸北スマートインターチェンジのフルインター化などを促進しますとともに,高速道路の料金割引の活用などにより,高速道路の利便性の増進に取り組んでまいります。  さらに,幹線道路の移動性の向上を図るため,直轄国道等の4車線化,立体化を促進しますとともに,筑西幹線道路やインターチェンジへのアクセス道路の整備を推進してまいります。  また,茨城港,鹿島港の重要港湾や,工業団地等とのアクセスを強化するための道路整備を推進することにより,産業拠点や物流拠点間の道路ネットワークを充実し,幹線道路の移動性の向上を図ってまいります。  次に,右側でございますが,観光振興についてでございます。  本県は豊かな自然や歴史・文化的な資産など魅力ある観光資源を有しており,これらを活用して交流人口の拡大を図りながら,観光振興を促進していくことが重要となっております。  ことし3月に開港した茨城空港や北関東自動車道の整備の進展,あるいは乗車人員が順調に推移しているつくばエクスプレスなど,本県の交通環境は大きく変化してきております。  とりわけ北関東自動車道につきましては,来年のゴールデンウィーク前に全線150キロメートルが開通されることにより,北関東3県の人・ものの交流が活発化し,港湾や空港の活性化はもとより,観光面での連携が深まっていくことが期待されております。  このような中,一番上の観光拠点への移動性向上に向けた対策としまして,県内はもとより県外からの観光客がスムーズに移動できるよう,高速道路から観光拠点への円滑な移動のための道路整備や,観光圏内の幹線道路の整備,迂回ルートにおける屈曲部や幅員狭小区間の解消など,道路整備を進めてまいります。  また,韓国や中国を初めとする国外からの観光客に対し,単独の県だけではなくて,他県との連携を深めていくことが重要となってきますことから,茨城空港と成田空港,東京都心等とのアクセス強化を図り,広域的な観光圏における周遊ルートの形成を図っていく必要があると考えております。
     さらに,地域間の交流拡大・連携強化に伴い増大する案内情報へのニーズに対応するため,資料右側中段の写真にございますけれども,長野県小諸市と栃木県日光市を結ぶ日本ロマンチック街道などに見られるような,観光拠点間を結ぶ街道におきまして,わかりやすい案内標識の設置を進めてまいりたいと考えております。  次に,道路交通情報等の充実に向けた対策,いわゆるソフト対策としまして,混雑を回避するための迂回ルートへの案内・誘導対策や,道の駅などの交流拠点施設において,道路の交通情報や観光情報の提供を充実してまいります。  さらに,地域住民等との連携により,道路里親制度などの活用による沿道の修景など,美しい地域づくり,みちづくりを進めますとともに,先週の土木委員会県外調査の際に視察いたしました松江市の穴道湖夕日スポットのような「とるぱ」や,景観に配慮した道路空間の創出を図るなど,観光資源の魅力アップに取り組んでまいりたいと考えております。  最後に,観光拠点への移動性向上に向けた対策について,若干御紹介させていただきたいと思います。  資料右側の下段の図をごらんいただきたいと思います。  毎年,秋の紅葉シーズンにおきましては,奥久慈の代表的な観光地であります袋田の滝に集中するマイカーによって,国道118号を中心に激しい渋滞が発生しております。  このため,迂回ルートへの誘導により,袋田の滝へ行く車とそれ以外の観光地に行く車を分散させようとするものであります。具体的には,袋田の滝以外の観光地に行く車を,メインルートとなっている国道118号からではなくて,図面の青い線で示してございますが,常磐道の日立南太田インターチェンジから国道349号,アップルラインへ誘導しようとするものでございます。  誘導策としましては,迂回ルートとなる国道349号などへの誘導看板の設置や,常磐道や北関東自動車道のサービスエリア,あるいはパーキングエリアに案内チラシを配布することなどを考えております。  また,もう一つの迂回ルートとなります──左側のところなんですが,県道大子美和線においては,一部区間が幅員狭小となっていることから,待避所の設置により交通の安全を確保しますととともに,国道118号での道路情報板による交通渋滞情報の提供,さらには,道の駅の「旬な情報板」により,道路情報や観光情報などを提供していくこととしております。  このような対策につきまして,県警や地元の市や町,あるいはNEXCOなどの関係機関で構成します連絡調整会議を設置しておりまして,現在,検討を進めているところでございます。  今後,社会実験を実施していくことなどにより,観光拠点の移動性の向上を図り,魅力ある観光地づくりにつなげてまいりたいと考えております。  以上で,道路建設課の説明を終わらせていただきます。  御審議のほど,よろしくお願いいたします。 71 ◯森田委員長 次に,須藤技監兼港湾課長。 72 ◯須藤土木部技監兼港湾課長 資料の2ページをお開き願います。  私からは,「交流拠点をつなぐネットワークづくり」における「港湾の整備と活用」につきまして,御説明させていただきます。  初めに,目指すべき方向性ですが,鹿島港と茨城港日立港区,常陸那珂港区におきましては,主として企業に港湾を利用してもらうこと,あるいは,臨海部へ企業が立地することによる地域振興を目指しております。  また,茨城港大洗港区におきましては,主として,人・もの・情報の交流の促進による地域振興を目指すこととしてございます。  まず,港湾利用・企業立地による地域振興でございますが,具体的な方策として,3つの取り組みを考えてございます。  1つ目に,これまで培ってきた独自の優位性を強化し,企業が進出しやすい環境の整備を図っていこうとする,各港の特色を生かした港湾機能の拡充,2つ目に,利用者のニーズに合った港湾関連用地や工業用地の確保,3つ目に,ポートセールスの強化等による定期航路の拡充でございます。  次に,人・もの・情報の交流促進による地域振興でございますが,具体的な方策として,3つの取り組みを考えてございます。  1つ目に,クルーズ拠点の機能強化や快適な親水空間の提供等による魅力ある交流拠点の形成,2つ目に,快適な旅客ターミナルの空間創出,3つ目に,イベントの開催や港のPR等による知名度の向上でございます。  これらの目指すべき方向性を踏まえまして,今後展開すべき施策でございますが,まず鹿島港は,国内有数の産業集積地である鹿島臨海工業地帯の海上輸送基地として発展してございます。こうしたことから,特色を生かした港湾機能の拡充といたしまして,1つ目に,基幹産業を支える原油,鉄鉱石,穀物等のバルク貨物の安定的かつ低廉な輸送を確保してまいります。  具体的には,海上輸送の生命線である航路の必要水深の確保,公共貨物の増加や船舶の大型化に対応した外港地区水深14メートル岸壁の整備,港内静穏度の向上を図る南防波堤や中央防波堤の整備を促進してまいります。  なお,国においては港湾の選択と集中により,バルク貨物の安価でかつ安定的な輸送を実現するため,国際バルク戦略港湾を募集しており,本年12月ころに選定される予定でございます。県としましては,港湾の整備を促進するためにも,鹿島港について選定されるよう申請してございまして,今後手続を進めてまいります。  次に,増加するコンテナ貨物への対応でございます。  横浜港から東南アジア航路へ接続する内航フィーダー航路の開設や,四日市向けのコンテナ貨物の取り扱いが順調に増加していることから,ヤードの拡充など必要な港湾機能の強化を図ってまいります。  利用者のニーズに合った港湾関連用地や工業用地の確保といたしましては,鹿島地区の土地を保有する企画部と連携しまして,未利用地への企業立地を促進してまいります。  定期航路の拡充といたしましては,取扱貨物量が多く,今後の伸びが期待できる中国・東南アジア向けのコンテナ航路の誘致に引き続き取り組んでいくとともに,県南地域や千葉県東部等の荷主企業を中心に鹿島港セミナーを実施し,新規利用者の獲得に努めてまいります。  次に,右でございます。  茨城港でございますが,北関東地域や首都圏の物流を支える海の玄関口として,本県のみならず近隣諸県の経済や産業を支える重要な役割を果たしてございます。  こうしたことから,その特色を生かした港湾機能の拡充といたしまして,1つ目に,完成自動車輸出入基地の強化でございます。  日立港区におきましては,メルセデス・ベンツ日本の国内唯一の輸入基地として,また,日産自動車による栃木工場からの北米向けの輸出基地として,年間約10万台近い完成自動車の取り扱いが計画されておりますことから,地元日立市と連携し,モータープールの確保など,完成自動車輸出入基地としての強化を図ってまいります。  2つ目に,内貿貨物拠点の強化でございます。  現在,茨城港は,北海道との定期航路が週31便開設されているほか,北九州定期航路が開設されており,内貿貨物拠点としての機能が充実してございます。  内貿貨物拠点の強化といたしまして,常陸那珂港区において,船舶の大型化に対応した岸壁等の整備や定期航路の常陸那珂港区への集約など,さらなる効率化を図ってまいります。  3つ目に,建設機械,中古自動車などの外貿RORO貨物に対応可能な水深12メートル岸壁の整備でございます。  常陸那珂港区において減少していた建設機械の輸出が,ことし3月には,過去最高の月間輸出量を記録するまで回復いたしております。  また,中古自動車につきましても,常陸那珂港区へ輸出拠点が集約され,現在,南アフリカや南米向け等への年間約1万台の輸出がございます。これが,今後需要が拡大しつつあり,大幅な輸出量増加が期待されてございます。  このようなことから,中央埠頭地区において,外貿RORO貨物に対応した水深12メートル岸壁の整備を促進してまいります。  次に,利用者のニーズに合った港湾関連用地や工業用地の確保でございますが,初めに,東京ガスLNG基地用地への対応でございます。  東京ガスは昨年12月に,北関東地域における天然ガス需要に対応するため,液化天然ガスを備蓄するLNG基地を日立港区第5埠頭地区に建設し,平成27年度を目標に稼働することを発表いたしました。  栃木県真岡市までのパイプラインの建設とあわせまして,概算で約1,000億円の設備投資と,200名程度の新規雇用が計画されており,LNG基地の立地は,今後の企業誘致への好影響を含め,地域振興に大きく寄与するものであることから,県としましても,LNG基地に必要な用地について対応してまいります。  2つ目に,臨海部への新たな企業用地の創出でございます。  臨海部における大規模な用地の活用は,企業の輸送コスト,CO2削減など大幅な軽減に寄与することから,企業により大きな期待が寄せられております。  このような企業ニーズに対応するため,常陸那珂港区におきまして,建設残土を活用するなどコスト縮減を図りながら,新たな企業用地を創出してまいります。  次に,定期航路の拡充といたしまして,香港やシンガポール等のアジアの国際的ハブ港への直行便のニーズが高いことから,東南アジア方面への定期コンテナ航路の誘致を積極的に行ってまいります。  運航している北米定期コンテナ航路につきましては,輸出入のバランスをとるため,輸出貨物の確保に努めてまいります。  また,地理的優位性を背景に,北関東の企業の関心が高まっていることから,栃木県,群馬県向けのセミナーを実施し,新規利用者の獲得に努めてまいります。  次に,大洗港区におきましては,平成23年度の北関東自動車道の全線開通により,今まで以上に魅力ある交流拠点としての機能が求められていくことから,民間の資金やノウハウを生かした港湾緑地や観光施設等の一体的な整備・運営による魅力ある空間創出について,検討してまいります。  また,東京かねふくや大洗リゾートアウトレットのような集客力のある施設の誘致により,交流拠点としての魅力の向上を図ってまいります。  クルーズに伴う観光ツアーにつきましては,近年,旅客ニーズが多様化しており,寄港地の住民と触れ合うツアーなどが人気を集めていることから,クルーズ船の寄港は,地元大洗町を初め,県内外の観光地への誘客に大きく寄与することが期待されてございます。  先月には,大洗港振興協会と日光地区観光協会連合会におきまして,クルーズポートとしての大洗港と,海から行ける国際観光文化都市日光を,国内外の観光客や船社に広く情報を発信し,誘客の促進と観光振興を目指す日光・大洗クルーズ船誘致協議会が新たに設立されました。今後も,北関東地域の観光資源や地元の交流施設との連携を強化し,魅力ある交流拠点の形成に努めてまいります。  次に,快適な旅客ターミナルの空間創出でございますが,現在のフェリーターミナルは平成6年に整備されましたが,バリアフリーとなっていないため,利用者の利便性や快適性,非常時における安全確保のために,フェリーターミナルのバリアフリー化を進めてまいります。  最後に,知名度の向上でございますが,栃木県,群馬県向けセミナーの実施や,フェリー航路の就航25周年キャンペーン,ビルフィッシュトーナメントなどのイベントについて,関係機関と連携することにより,さまざまな振興事業や広報活動に積極的に取り組んでまいります。  以上,いろいろな施策を御説明させていただきましたが,茨城港,鹿島港における港湾の整備・活用が,今後とも,地域振興に大きく貢献できるものと考えてございまして,積極的に施策を推進してまいります。  説明は,以上でございます。  よろしくお願いいたします。 73 ◯森田委員長 次に,栗原公園街路課長。 74 ◯栗原公園街路課長 それでは「魅力ある交流拠点づくり」のうち,「観光交流拠点の魅力向上」について御説明させていただきます。  資料は3ページでございます。  まず,目指すべき方向性でございますが,広域都市公園の魅力向上につきましては,偕楽園を初めとする県内6カ所の広域公園がございますが,観光シーズンに各種イベントを開催しており,県内外から数多くの方々が訪れる魅力ある交流の拠点として,寄与してきたところでございます。  また,海岸の魅力向上につきましては,本県の海岸線は,延長約190キロメートルにも及び,また,豊かな自然環境が比較的良好に維持され,海水浴や釣りなど貴重な観光資源となっております。  このような観光交流拠点のさらなる魅力向上を図るため,前回の委員会におきまして,5つの方向性を示したところでございます。  1つ目は,地域振興の役割を担うため,地域の特性を生かした交流拠点としての整備と運営でございます。  2つ目は,公園サポーターなどによるボランティア活動や,民間団体主催のイベントの充実をより一層図るため,県民や各種団体等との協働でございます。  3つ目は,茨城空港の開港や北関東自動車道の開通など,広域交通ネットワークの進展に伴う国際化の進展への対応とユニバーサルデザインの導入でございます。  4つ目は,県を代表する観光拠点であります偕楽園の歴史的・文化的資産の適切な保全と魅力向上でございます。  また,海岸の魅力向上につきましては,安全で活力ある地域づくりに寄与するため,保全・利用のバランスのとれた「美しく,安全で,にぎわいのある海岸」の創出でございます。  次に,これらの方向性を実現するための展開すべき今後の施策であります。  1つ目の施策としまして,地域の特性を生かした交流拠点としての整備と運営として,まず1点目でございますが,地域活性化と魅力ある地域づくりでございます。  写真は,笠間芸術の森公園でございますが,イベント広場において行われます陶炎祭の風景でございます。ゴールデンウィーク中には,県内外から約30万人ものお客様を迎える県内最大のイベントとして活用されております。  また,大子広域公園のキャンプ場でありますが,平成20年度のアウトドア専門誌の人気ランキングでは,全国1位となっております。  また,偕楽園公園においては梅まつりを開催し,全国から多くの来園者を迎えているところでございます。  2つ目は,趣味やレクリエーションなど,多様なニーズに対応した公園づくりであります。  写真のグランドゴルフは,高齢者を中心に人気が高く,多目的広場などを活用して行えることから,今後,より一層広場の活用などを進めていく必要があると考えております。  また,隣のスケートボードでありますが,特に若者に人気がある施設であります。  このほか,子どもに人気の大型遊具や,大人が利用する健康遊具など,公園は子どもから若者,お年寄りまで幅広い年齢の方が,多様な目的で訪れております。だれもが楽しく利用できるよう,魅力ある公園づくりを推進してまいります。  3つ目は,施設の老朽化の進展に対する改修・更新でございます。  砂沼広域公園におきましては,湖畔の園路をゴムチップ舖装にリニューアルし,ジョキング,ウォーキングなど健康づくりに利用されている事例でございます。また,隣はトイレの改修に当たり,障害者や高齢者対応の多目的トイレにリニューアルした例でございます。  このように施設の改修につきましても,多様化したニーズに配慮した魅力ある施設へのリニューアルを進めてまいります。  2つ目ですが,県民や各種団体との協働でございます。  現在,県営公園の公園サポーターは,偕楽園公園外6公園で,13団体が活動中でございます。ボランティア活動や団体主催のイベントを実施しておるところでございます。  また,平成21年度には,偕楽園において制度化しました偕楽園公園花づくりパートナーですが,今年度,2団体が加わりまして,7団体となっております。  今後も,市民や団体等との協働で行う魅力的な花景観の創出などを進めることとしております。  次に,資料の右ページでございます。  3点目の国際化の進展への対応とユニバーサルデザイン導入でございます。  茨城空港の開港後5カ月が経過し,新たな就航などにより,外国からの旅行者がますますふえ,公園利用者が増加することが期待されております。  写真の例示は,偕楽園の本園に設置しております案内板であります。日本語のほか,英語,韓国語,中国語など5カ国語を掲載しております。今後,ますます充実を図っていく必要があると考えております。  また,外国人へのPRとして,外国語表記によるパンフレット,ホームページの拡充に努めてまいります。  さらに,これまで外国人にはわかりにくかった施設の説明を,外国語により案内できるよう,音声ガイドシステムの構築を進めてまいりたいと考えております。写真の事例は,栗林公園の事例でございます。  また,右側の写真でございますが,笠間芸術の森公園の階段をだれでも利用できるユニバーサルデザインとして,スロープ化した事例でございます。  今後,各公園において,バリアフリーの充実を図ってまいりたいと考えております。  4つ目でございますが,歴史的・文化的資産の適切な保全と魅力向上であります。  平成22年1月に,偕楽園公園魅力向上懇談会から具体的施策の進め方と,留意として提言をいただいております。  この中で,歴史的景観を今に伝えている建築物や名木の魅力をさらに高めるため,偕楽園光の散歩道事業を昨年度から実施しております。  また,写真は,偕楽園において行われている野点茶会の風景でございます。  今後とも,県を代表する観光拠点として,より一層の魅力向上に努めるとともに,歴史的資産の保全と文化施設を活用した施策展開に努めてまいりたいと考えております。  5点目の海岸線の魅力向上につきましては,海岸環境整備と保全及び利用のバランスのとれた「美しく,安全で,にぎわいのある海岸」の創出を図る必要がございます。  左側写真の鉾田海岸は,背後の鹿島灘海浜公園と一体となった観光スポットとなっております。
     しかしながら,近年海岸侵食が進んでいるため,大竹海水浴場の利用確保や景観等を踏まえた保全対策を展開してまいります。  左下写真の阿字ヶ浦海水浴場につきましては,侵食対策事業を実施しましたが,今後も海水浴場の利用確保のため,適切な管理を行ってまいります。  次に,海と親しみ,集い,憩える施設整備ですが,海水浴等の利用に加え,さまざまなレジャー・スポーツや憩いの場として,親水護岸や遊歩道等,人と海との触れ合いを確保するための施設整備を展開しております。  右側上の写真は,大洗町の磯浜海岸ですが,アクアワールド大洗などの周辺施設と一体となったレクリエーション空間の創出をしたものでございます。  また,サーフィンの全日本選手権が今月開催される日立市河原子海岸などにおいても,右下パースのような,安全で快適な海浜の利用空間の創出を図ってまいります。  以上で,公園街路課の説明を終わらせていただきます。  御審議のほど,よろしくお願いいたします。 75 ◯森田委員長 最後に,浅見都市計画課長。 76 ◯浅見都市計画課長 恐れ入りますけれども,同じ資料の4ページをお開き願います。  私のほうからは,「魅力ある交流拠点づくり(個性豊かで魅力ある都市づくり)」について,御説明させていただきます。  初めに,目指すべき方向性といたしまして,資料左上に記載してございますように,少子高齢社会への対応,中心市街地の活性化,地域資産(景観・歴史・自然)の活用,そして立地特性を生かした市街地整備の4項目につきまして,お示しさせていただいております。  その右側の図につきましては,今後のまちづくりを進めるに当たりまして,目指すべき方向性とそのポイントを概念的にお示ししたものでございます。  図の中心にございます,まちづくりの外側の輪に,先ほどの4つの目指すべき方向性をお示ししてございます。そして,その内側に展開すべき今後の施策の要素といたしまして,駅周辺整備やバリアフリー,徒歩生活圏,子育て支援,拠点づくり,資産活用を示してございます。  それぞれの地域の特性に応じまして,これらの要素を複数組み合わせることなどによりまして,目指すべき方向性に沿ったまちづくりを進めていこうという概念をお示ししたものでございます。  続きまして,目指すべき方向性ごとの具体的な展開すべき今後の施策についてでございます。  まず初めに,少子高齢社会に対応した多様な都市機能の集積についてでございます。  人口減少あるいは少子高齢社会に対応するため,町なかに住宅,医療福祉,教育,文化及び商業などの都市機能を集約させ,徒歩や公共交通などにより容易に移動できるなど,暮らしやすい都市を形成しようとするものでございます。  具体的な施策の取り組みといたしまして,4つほど示させていただいております。  まず,駅や駅周辺の交通基盤施設整備による接続強化でございます。  これは,交通結節点として鉄道,バス,タクシーなど公共交通の乗りかえ利便性等の強化を図るもので,駅の橋上化,自由通路や駅前広場の整備及びアクセス道路の整備などがございます。  次に,多くの人が利用する施設のバリアフリー化でございます。  駅,病院などの公共公益施設やその周辺施設において,高齢者を初めだれもが使いやすい公共空間を形成するため,エレベーター,多目的トイレ,誘導ブロックなどの整備により,バリアフリー化を図るものでございます。  3つ目としまして,町なか居住の推進でございます。  これは,土地利用の規制や誘導により都市機能の集約を図るとともに,都市基盤の整備により町なか居住の推進を図るもので,駅周辺への居住施設の整備や,子育てを支援する公共施設の整備などを挙げてございます。  4番目としましては,公共交通システムの整備でございます。  環境意識の高まりなどにより,低炭素型社会が求められていることから,自動車への過度の依存から,利便性の高い公共交通への転換を図ろうとするものでございます。  これらの施策の県内の事例といたしましては,緑色の線で囲った3つお示ししてございますけれども,上から,日立市におきましては,JR日立駅の橋上化,自由通路,駅前広場などの整備や,アクセス道路の電線地中化などが行われております。また,あわせまして,駅前平和通りの一角におきましては,市の子育て支援施設を県営住宅に併設するなど,駅周辺の基盤施設整備とあわせて町なか居住の推進を図っているところでございます。  また,ひたちなか市におきましては,JR勝田駅東口地区の市街地再開発事業によりまして,ひたちなか地区の玄関口としてふさわしい土地利用の高度化を図るため,駅前広場や都市計画道路などの交通基盤整備と民間住宅の建設が進められるのとあわせて,まちづくり交付金事業により,駅に近接した総合病院のバリアフリー化や,民間施設と連携してバリアフリー化した歩道を整備するなど,駅を中心として高齢者を初めとして,だれもが暮らしやすいまちづくりが進められているところでございます。  次に,一番下でございますけれども,現在,石岡市,小美玉市によりまして,かしてつ跡地のバス専用道化,通称BRTと呼んでおりますが,この事業が進められております。  これは,平成19年3月に廃線になりました鹿島鉄道跡地のうち,石岡駅から旧四箇村駅までの約5.1キロメートルについてバス専用道化しまして,定時性と速達性のあるバスを民間が運行するという日本初の試みでございます。これによりまして,石岡駅から小川駅間が,これまで25分~30分要していたところが約20分になるなど,沿線住民の公共交通の利便性が向上するとともに,国道355号の渋滞緩和に寄与するものと期待されております。  なお,このBRTにつきましては,今月30日,運行開始の予定となっております。  さらに,あわせまして,石岡市におきましては,このBRTターミナルが設けられる石岡駅において,橋上駅舎,自由通路,駅前広場,公営住宅や民間住宅等の建設の計画がされておりまして,公共交通システムの整備や交通結節点の強化とあわせまして,町なか居住の推進が計画されているところでございます。  次に,右側のほうにお移りいただきたいと思います。  資料の右側一番上のほうでございますけれども,2つ目の方向性といたしまして,中心市街地の再生とにぎわいの創出でございます。  具体的な施策といたしまして,まず,新たな広域都市拠点の形成及び都市機能の再編でございます。  これは,市街地の整序や防災性の向上などが必要な中心市街地に,新たな拠点の整備により都市機能の再編を図るもので,市街地再開発事業により商業・業務施設などの整備をするところでございます。  次に,多くの人が集まるにぎわい拠点の整備でございます。  シャッター通りなど,空洞化が進む中心市街地ににぎわい拠点を整備するもので,幅広い世代が集まる交流施設の整備や地域と連携したにぎわいのあるまちづくり等がございます。  先進事例といたしましては,先週県外調査で委員の方々にはごらんいただいたところでございますけれども,鳥取県境港市では,シャッター通りでございましたJR境港駅前の活性化のために,市や地元商店街が協力して「ゲゲゲの鬼太郎」を中心とした妖怪のブロンズ像を配置いたしました水木しげるロード約800メートルの整備とあわせまして,空店舖対策などをするほか,各種イベントなどを行っております。これによりまして,平成6年度に28万人だった観光客が,平成20年度には約172万人まで膨れているということで,今年度は「ゲゲゲの女房」の影響もあって,200万人は達するだろうと言われておりまして,多くの観光客でにぎわっているところでございます。  本県内の事例といたしましては,水戸市では中心市街地におきまして,泉町の市街地再開発事業により,多くの人が集える交流拠点を整備するとともに,ここに近接しましたところに,主に就園前の親子がいつでも自由に遊べる子育て支援施設や多世代が交流できる拠点的な福祉施設といたしまして「わんぱーく水戸」という名称がついておりますけれども,それを整備いたしておるところでございます。この「わんぱーく水戸」につきましては,平成20年度には年間約5万人の利用があるなど,中心市街地の再生と活性化に寄与しているところでございます。  また,同じく水戸でございますけれども,通称「くろばね通り」と言われておりますが,ここは地元商店街との協力によりまして,セットバックとあわせて電柱の地中化や石畳風の歩道を整備して,あわせまして,地元の商店街が月1回開催しています朝市などによりまして,にぎわいの再生が図られているところでございます。  次に,3つ目の方向性でございますけれども,地域資産(景観・歴史・自然)を活用したまちづくりでございます。  個性豊かで魅力あるまちづくりを進めるためには,地域が持つ固有の景観や歴史,自然などの豊富な地域資源の活用が重要でございます。  具体的な施策といたしましては,市民協働による歴史的な町並みや建造物の保存・活用,あるいは親水施設や遊歩道等の交流施設の整備を挙げてございます。  県外の先進事例といたしましては,右側の緑の枠に囲ってございますけれども,これも同じく先週御視察いただいたところでございますが,岡山県倉敷市の倉敷美観地区でございます。倉敷美観地区では,伝統的建造物の修繕等に当たっては補助金を出すなど,その保存に努めているほか,景観条例を制定し,地区外の建物の高さを制限するなど,まち全体の景観の保全に努めているところでございます。  また,まちづくり交付金事業によりまして,電線地中化やアーケードの撤去,ファサード整備などにより,美しい町並みの創造を行っているところでもございます。  本県内の事例といたしましては,桜川市真壁地区におきまして,城下町特有の町割りや見世蔵等の歴史的建造物群が数多く残っているところがございまして,これらを保存しつつ景観に配慮した道路やトイレ等の整備を進めるとともに,地元ボランティアにより真壁のひなまつりが開催されるなど,市民協働による歴史的な町並みや建造物の保存・活用が進められているところでございます。平成17年度には,期間中約12万人の来訪者でにぎわっていると聞いております。  なお,真壁地区につきましては,本年6月,重要伝統的建造物群保存地区に指定されているところでございます。  また,潮来市の前川におきましては,県のふるさとの川整備計画に基づき,あやめ園付近において河川整備とあわせて遊歩道や環境護岸,舟運施設などを一体的に整備して回遊性を確保するなど,水辺空間の創出を図り,人々の交流・集いの拠点として整備しているところでございます。  最後に,4つ目の方向性でございます,立地特性を生かした拠点づくりでございます。  先ほど道路建設課のほうからも御説明がございましたけれども,今後,本県内で整備が進みます圏央道や東関道水戸線などの,インターチェンジなどの拠点を生かしたまちづくりを進めようとするものでございます。  県内の取り組み事例といたしましては,圏央道の阿見東インターチェンジに隣接しました阿見吉原地区の土地区画整理事業区域内には,平成21年度にあみプレミアム・アウトレットがオープンし,年間約550万人の来訪者でにぎわっております。  このような先進事例を参考にいたしまして,今後とも市町村や地元住民等と連携し,目指すべき方向性に沿ってさまざまな施策を展開いたしまして,個性豊かで魅力あるまちづくりを進めていきたいと考えております。  以上で,都市計画課の説明を終わります。  よろしく御審議のほど,お願いいたします。 77 ◯森田委員長 以上で,説明聴取を終わりますけれども,訂正や説明漏れはないでしょうか。  ないようですので,説明聴取を終了いたします。  それでは,ただいまの説明に対する質疑に入ります。  質疑のある方は,お願いいたします。  ないようですので,以上で質疑を終了いたします。      ─────────────────────────────── 78 ◯森田委員長 それでは,以上をもちまして,本日の委員会を閉会いたします。  大変お疲れさまでございました。                  午後4時36分閉会 Copyright © Ibaraki Prefectural Assembly, All rights reserved. ↑ ページの先頭へ...