17件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

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八戸市議会 2013-12-10 平成25年12月 定例会−12月10日-03号

〔市長小林眞君降壇〕 ○議長(田名部和義 君)石橋議員 ◆31番(石橋充志 君)このフィールドミュージアム、私も思い入れがあるものですから、平成17年に愛媛県の松山市に行政視察に行って、のフィールドミュージアム構想を視察して、それから1年たって、何かそういうところで、やはり八戸は近いものを持っている、それ以上のものを持っているという思いでいました。  

八戸市議会 2013-08-21 平成25年 8月 総務協議会-08月21日-01号

◆石橋 委員 オリジナルナンバープレートは、歓迎を申し上げたいと思っているんですけれども、私たちも行政視察で愛媛の松山に行ったときに、あそこはもう全国に先駆けてに舞台になったということで、雲形のナンバープレートを全国でも早いほうだと思いますけれども、それを見せてもらった経緯があって、ぜひ八戸でも欲しいなという思いがあります。

八戸市議会 2013-03-05 平成25年 3月 定例会-03月05日-03号

例えば、愛媛県の松山市では、にちなんで雲の形をしたナンバープレートを採用しており、また、香川県の高松市では、源平合戦の舞台となった屋島をモチーフにしたナンバープレートを導入するなど、それぞれの自治体が地域ブランドの向上に御当地ナンバーを活用しているようです。

弘前市議会 2012-09-12 平成24年第3回定例会(第3号 9月12日)

その証拠に、中央通り裏の「庄苑」のあるところで生まれ、代官町に本籍地を移した作家の石坂洋次郎は、弘前になく秋田県横手市に記念館があり、次いで親方町出身の佐藤紅緑、サトウハチローの親子の記念館が岩手県北上市にあり、さらに紺屋町出身の寺山修司の記念館が三沢市にあり、で有名な在府町出身の陸羯南は松山市の正岡子規会館に恩人として写真があったり、岩手県盛岡市の原敬会館には友人としての写真があったり、

八戸市議会 2012-03-21 平成24年 3月 都市基盤整備推進特別委員会−03月21日-01号

というのは、先日うちの会派の方々とちょっと松山のほう、東温市というところに行って、途中時間があったので、のミュージアムのほうにも、短時間ですけれども寄りました。あそこでもやはり、町をどういうふうにデザインしていくかというので、テレビというので、見せているわけです。

十和田市議会 2012-03-07 平成24年  3月定例会(第1回)-03月07日−一般質問−02号

前回の質問でも触れましたが、司馬遼太郎の「」、明治維新後のイデオロギーが鮮明にわかる作品ですが、そこに中国の辛亥革命から100年、そして太平洋戦争から70年、山本五十六の真珠湾攻撃であります。山本五十六司令官は、アメリカとの開戦に一番反対論者で、日本の資源の10倍有するアメリカに戦いを挑むなど無謀な策と説得しましたが、大本営はノーでした。考えた末の策は奇襲攻撃、新高山登れ1208でした。

青森市議会 2011-12-07 平成23年第4回定例会(第4号) 本文 2011-12-07

一昨年からことしにかけて、12月に3回にわたって放映されております「」が最終年のことしも1回目の放映がされました。私は別にこの「」の宣伝をしようというわけではなく、6年前、当時の浪岡町と青森市の合併に当たり、経過してきたこの6年間を考えるに当たり、大変意味深いことが、この中で作家司馬遼太郎によって述べられている。

十和田市議会 2011-09-12 平成23年  9月定例会(第3回)-09月12日−一般質問−02号

」、司馬遼太郎が10年近い歳月をかけて刊行いたしました。資料収集に7年、執筆に3年かけた6巻から成る長編小説で、昭和47年8月に書き終えた作品であります。主人公は、愛媛伊予の国に生まれた秋山好古、弟の真之、そして明治の文豪、俳人正岡子規であります。この小説は、明治維新から大正、昭和初期までの我が大日本帝国のイデオロギーが鮮明に理解できます。

八戸市議会 2010-06-14 平成22年 6月 定例会−06月14日-02号

松山市では『』フィールドミュージアム構想として、まちづくりに取り組んでいました。  小説「」を軸として、単に新しいものをつくるだけでなく、地域で古くから培ってきた既存の地域資源を最大限活用して、小説の主人公たちのように夢や希望を持ちながら、松山らしさを主眼とした官民一体となった21世紀のまちづくりを目指すということでした。

八戸市議会 2009-03-19 平成21年 3月 定例会−03月19日-06号

大洲市では、明治時代の町並みを生かした観光施策と、新たな観光資源の創出による観光振興策、松山市では作家司馬遼太郎の代表作である『』の中のメッセージを21世紀の新しい指針としたまちづくり及び観光振興への取り組み、武雄市では新たな観光イベントの創出と地域ブランド化の推進、太宰府市では歴史的遺産や九州国立博物館を核としたフィールドミュージアムの構築と、それらを生かした市民、来訪者に魅力的なまちづくりへの

八戸市議会 2007-12-10 平成19年12月 定例会−12月10日-02号

先般、観光開発特別委員会でミュージアムに伺いました。その際にも、維持管理はまず約6000万円、ただ、学芸員の人件費が年間2億円と。博物館的な部分があって、学芸員がちょっと多いものですから、2億円かかるというような報告が出ていました。  

八戸市議会 2007-09-19 平成19年 9月 観光開発特別委員会-09月19日-01号

当委員会の視察でありますが、10月1日から3日までの予定で、愛媛県大洲市の「町並みを生かした観光振興策」及び松山市の「」フィールドミュージアムについて視察したいと思います。  なお、視察を実施するに当たり、議長に対し委員派遣承認要求を行うこととし、諸般の手続につきましては私に一任願いたいと思います。  これに御異議ありませんか。  

八戸市議会 2007-09-11 平成19年 9月 定例会−09月11日-03号

私がこの八戸に移った平成の初め、経済の合理化、効率化の追求により、大きな犠牲の中で驚異的な経済発展を遂げ、見事に経済大国になり、まさにをつかんだといった風潮でありました。その当時、青森県で県民意識調査をしておりますが、結果を見ますと、所得志向が大幅に下がり、所得はほどほどでも、レジャーや趣味が大事といった意識が6割を大きく超えております。

八戸市議会 2006-09-11 平成18年 9月 定例会−09月11日-02号

昨年、会派の同志と行政視察で、愛媛県松山市に、「」を軸としたまちづくりについて伺いました。司馬遼太郎氏の小説「」、この物語は正岡子規、秋山好古、真之兄弟の3人の人生をたどりながら、近代国家の仲間入りをしようとした明治の日本を書いたものであります。  

八戸市議会 2005-03-01 平成17年 3月 定例会−03月01日-03号

実はこの件につきましても司馬遼太郎さんが絡んでおりまして、「」の中にもこの野田正太郎氏にかかわる部分が、数行でありますけれども、出てまいります。  このお孫さんに当たる野田康夫さんという方に私もいろいろお話を伺ったんですけれども、司馬遼太郎氏が40年以上前に八戸に取材に来ているんです。野田正太郎に関する資料が何かないかということで、実際、この野田さんのお宅を訪ねたんだそうです。

八戸市議会 2004-09-14 平成16年 9月 定例会−09月14日-03号

その40歳代を私は――という小説がございますが、このを書くのに、ほぼそのすべてを費やしたんだというように書かれております。  坂の上の雲といえば、日露戦争の話を中心とした物語でございますが、日露の開戦からちょうどことしが100年目だということで、NHKも近々特集で、大河ドラマですか、そちらの方で取り上げる方向だというふうに聞いております。  

八戸市議会 2000-12-11 平成12年12月 定例会−12月11日-02号

戦後55年、戦争もなく、世界の人々がうらやむ平和を保ち、ひたすら経済大国という「」を目指し歩んできた日本、それを手に入れた途端、皮肉にも国の宝と思われる青少年の淪落、子どもたちが人生行路から逸脱していく状況は、どのような危機よりも深刻と言えましょう。当市にも軽犯罪ながら目立つようになってきております。  

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