2153件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧

由利本荘市議会 2021-06-17 06月17日-06号

本市からの代表選出は、平成26年以来7年ぶりとのことで、これは、この両名はもちろんのこと、消防職員が一丸となって、日頃より救助技術を切磋琢磨してきたあかしであると考えられます。全国大会においても、訓練の成果を存分に発揮されますよう、当委員会からも御健闘を祈念申し上げますとともに、市当局においては、この快挙について市民に大いに広報いただくようお願い申し上げます。 

由利本荘市議会 2021-05-17 05月17日-01号

本市は、総合計画である新創造ビジョンに基づき、人口減少に歯止めをかけるという大きな課題に取り組んでまいりましたが、先日、秋田県が公表した令和2年国勢調査の人口速報集計において、本市人口は7万4,763人と、前回、平成27年から5,164人減少し、減少率は6.5%と、秋田県全体の減少率6.2%を0.3ポイント上回る状況となっております。 

仙北市議会 2021-03-19 03月19日-05号

また、生保内財産区の当初予算では、収入未済額についての質疑の中で、当局から、滞納分は9件で658万6,737円になるが、全て平成25年度までのものである。改選前の生保内財産管理会委員から了承を得て、仙北市の債権管理条例に基づき、消滅時効を理由として債権放棄の予定になっているとの答弁がありました。 議案第36号 新市建設計画の変更について。 

男鹿市議会 2021-03-15 03月15日-05号

本案について、委員より、基金設立の経緯及びこれまでの活用実績基金廃止後の管理運営方針ついて質疑があり、当局より、本基金は、温浴ランドおが及びなまはげ館からの剰余金が市に寄附され、その運用益により、観光施設の整備、修繕及び良好な管理運営に資するための財源に充てることを目的として、平成9年に条例を制定したものである。

仙北市議会 2021-03-04 03月04日-03号

マニフェストは、今まで私の市長という職に対する思いを取りまとめたもの、これまで1期目は平成21年、2期目が平成25年、そして3期目が平成29年、3回皆様方にお目通しをいただいておりますけれども、しかし、議員が御指摘のとおり、マニフェストというのはその政策課題に対して数値目標を設定して、その目標にどのようなアプローチをするのかということがマニフェストの本質ですので、そういう意味からいうと1期目の平成21

能代市議会 2021-03-03 03月03日-04号

本案は、平成29年度に策定した第7期介護保険事業計画令和年度で終了することから、介護保険法規定により令和年度からの第8期計画を策定しているところでありますが、当該計画に基づき、令和年度から令和年度までの第1号被保険者保険料等を定めようとするものであります。 第2条は、保険料率規定で、対象期間平成30年度から令和年度までを、令和年度から令和年度までに改めるものであります。

北秋田市議会 2021-03-03 03月03日-04号

当局からは、里帰り分娩については、市民病院としても十分な診療体制が取れていないということで平成30年の4月からだったと思いますが、受入れを中止しているような状況になっております。これについては、診療体制の拡充ということで市民病院のほうにもそういった里帰り分娩の対応が可能となるような働きかけをしていきたいと考えておりますとの答弁がありました。 

男鹿市議会 2021-03-01 03月01日-04号

議案は、一般職職員勤勉手当の額に人事評価の結果を反映するため、本条例の一部を改正するものでありますが、地方公務員法等の一部を改正する法律が平成26年5月に公布され、平成28年4月1日から施行されております。 改正では、人事評価制度の導入が義務づけされ、評価結果に応じた勤勉手当運用を図ることが示されております。 

男鹿市議会 2021-02-26 02月26日-03号

ちなみに船川港港湾振興会などが平成30年7月6日に秋田県へ提出した秋田港、船川港能代港に係る要望において、船川港国関係官公庁船拠点化を要望していました。今、日本海で武装外国船が密漁、密輸などしている状況において、船川、秋田能代、各港が連携し、国関係官公庁船拠点校となることは男鹿市民を含む国の安全保障に重要と考えます。 

由利本荘市議会 2021-02-24 02月24日-02号

高貴な花にも路傍の花にも太陽の光は平等に降り注ぐ、平成21年初当選以来3期12年、就任1期目の平成23年には、全国で死者、行方不明者2万2,000人余り、原発のメルトダウンと地球規模で衝撃を与えた東日本大震災、幸いにも当市は大きな被害を受けることもなく、市長陣頭指揮の下、議会市民の御協力をいただきながら、災害支援に回ったことは、まだ記憶に新しいところでございます。